ソードアート・オンライン《かさなる手、つながる想い》 作:ほしな まつり
原作19巻、20巻の「ムーン・クレイドル」後のお話になります。
原作未読の方でもなんとなく楽しんでいただければ。
ちなみに英語(カタカナ語)は神聖語と言われアンダーワールドでは
意味が通じないのでキリトやアスナは人界語(日本語?)に訳して
会話をするようにしてます。
南セントリアで起きた殺人事件の真相を探る過程で飛行術を体験したティーゼは、それから何度も自ら風素飛行術が使えるようになるべくロニエと共にセントラル・カセドラルで訓練を重ねていた。
「……ちっとも上手くいかないわ」
「うん。でも最初の頃よりはなんとなくコツが掴めてきた気がしない?」
「……そうかなぁ」
ポソリと弱音を吐く親友を見てロニエの顔にも苦笑いが浮かぶ。
ロニエだって手応えを感じているわけではないのだ。ただティーゼの頑張りを隣で見てきたからなんとか励ましたいと思ったからで、実際自分の身体だって一ミリセも浮き上がった感覚はない。
「せっかくキリト先輩が教えてくれてるのに……」
ただでさえ忙しい代表剣士という立場の先輩が時間を見つけては色々とアドバイスをしてくれる事が嬉しい反面、ここまで上達しないとかえって申し訳なくなってくる。
「でも先輩の教え方って『ぐるぐる回転するみたいに』とか『ばーんっと弾けて』って感覚的な説明が多くて実はあまりよくわからないけど」
それについては否定の言葉を持たないロニエがいちを「剣技だとすごくわかりやすいのにね」とフォローを入れた。
「それにしても何が足りないの?、風素の数?、生成速度?」
ティーゼの自問に涼やかな声がそよ風のごとく流れ込んでくる。
「そうね、もしかしたらイメージ……想像する力、かも」
「アスナさま!」
「アスナさま!」
声が重なると同時に二人が振り返ると、コツコツと響く靴音に合わせて柔らかな栗色の髪を僅かに揺らし、簡素ではあるが銀白色の騎士装を纏ったアスナが優しげな微笑みを浮かべていた。
「調子はどう?」
「全く駄目です。飛ぶどころか浮かぶ事すらできません」
「何度かキリト先輩にもお手本で飛んでもらってるんですけど」
珍しくしょげている二人を見てアスナはいつもの癖でおとがいに人差し指を当て「うーん」と思案してから「多分、だけど」と少し自信のない声でその指を空に向ける。
「二人は……もっと言うとアンダーワールドの人達は鳥や飛竜みたいな羽根や翼のある生き物しか空を飛んでいる姿を見たことがないでしょう?」
当然とばかりにコクコクと頷く二人を見てアスナの笑顔に僅か郷愁の感情が溶け込んだ。
「リアルワールドではね、キリトくんが作ろうとしている物よりもっと大きな金属製の乗り物が大空を飛んでいるの。私も詳しい仕組みを知っているわけじゃないけど彼はそれをこの世界の素因(エレメント)を使って実用化しようとしていて……」
「じゃあ、キリト先輩やアスナさまは金属製の乗り物が自由に空を飛んでいるのを見たことがあるんですね」
「うん。だからその技術を再現しようと色々試してるわけで、キリトくんの風素飛行術も基本は同じなんだけど、そもそも飛行する物体を見た事のないティーゼさんやロニエさんが苦戦するのは当たり前だと思うの」
アスナの言葉を聞いて少し肩の荷が下りたのか「そうなんですね」と納得した後で二人は互いの顔を見合わせて頷き合うと真っ直ぐ、強い決意を込めた目で「それでも」と続ける。
「やっぱり諦められません」
その返答を予想していたようにアスナもまたニッコリと笑って「だから私も何かお手伝いできないかな、と思って」と応えれば整合騎士見習いの二人は、ぱあぁっ、と顔を輝かせたのだった。
それから一時間ほどロニエとティーゼはアスナに見守られながら風素飛行術の訓練を続けた。
「風素の連続開放はもっと早く、一定にね」
「は、はいっ」
「まずは真っ直ぐ飛べるよう自分の身体の軸を意識して。それから風素は直線的に鋭く開放してみて」
「うっ、むずかしい……」
それでも何とか身体が押し上げられているような感覚を得る事が出来た頃、アスナが白く華奢な両手をパチリと打って「休憩にしましょうか?」と提案した途端、二人はへなへなと床に座り込んでしまった。
「実は新作のお菓子があるんだけど……味見してもらえる?」
どこにあったのかアスナがバスケットを持ち上げて見せれば、それを目にした途端もうしばらくは動けないと思っていたはずのロニエとティーゼが「はいっ」と返事をしてパッと立ち上がりイスやテーブルのセッティングを始める。
そんな様子を微笑ましく眺めつつアスナがコヒル茶の準備をしていると実にタイミング良く現れる人物がひとり。
「あれ?、アスナ、ここにいたのか」
「キリトくん!、どうしたの?、なにかあった?」
「そういうわけじゃないけど……」
と言いながらキリトの目は準備が整いつつあるテーブルの上に釘付けになっている。
「ふふ。時間が大丈夫ならキリトくんも食べる?」
「もちろんっ」
こんなこともあるかと多めに用意しておいた茶器を取り出し四人分のテーブルセッティングが出来上がれば当然のようにアスナの隣にはキリトが、そして二人の向かい席にロニエとティーゼが腰を降ろす。
まるで最初からこれが目的だったのではと疑いたくなるほど満面の笑みでもぐもぐとアスナの手作りお菓子を頬張るキリトを後輩の二人が半笑いで眺めつつ自分達も初めての甘味を堪能していると、コヒル茶の入ったカップを持ったままアスナがポツリとこぼした。
「飛行術、私も練習してみようかな」
ゲホッ、ゴホッ、グホっ、直後盛大にキリトがむせ込む。
「なっ、どうして?!」
「ん?、出来ないより出来た方がいいかな、って。この前みたいな時、やっぱり時間が肝心でしょ?」
「この前?」
「キリトくんとロニエさんが大広間のバルコニーから外に飛び出してオロイさんの所へ向かった時よ」
「ああ、あれか」
「また何かあった時ひとりでも多く飛行術が使えた方が安心だと思って」
そう主張されると一考の価値ありと思ったのかお菓子を食べる手が止まり、代わりに「うーん」と小さな唸り声が響いてきた。
確かに一刻を争う事態の報告が届いた時、いつもキリトがセントラル・カセドラルに居るとは限らない。どちらかと言えばアスナの方が塔に留まっている確率は高く、もしまたあんな事件が起こったらと想定してキリトは何を思い浮かべたのかブンッブンッと頭を左右に振った。
「ダメだ」
「キリトくん?」
「当たり前だけどアスナには傍付きがいないだろ?」
「それは……そうね」
唐突に出てきた「傍付き」という単語の意味を思い出す。
「だって修剣学院のシステム…制度なんだから」
「ああ。あの時はオレが一人で行くより他に塔の人間がいた方が説得力があると思ったし、傍付きだったロニエが志願してくれたから付いて来てもらったけど、アスナの場合誰と一緒に飛ぶつもりなんだ?」
改めて問われるとキリトの単独行動に散々頭を痛めている身としては例え飛行術を会得しても単身で先行するわけにはいかない事に思い至りその相手を脳内で探してみる。既に飛行術を自在に操っているキリトやそう遠くない未来で術を習得するだろう目の前にいる騎士見習いの二人は当然除外だ。
「……きっとその時によって適任者は違うと思うの。例えばアユハさんだったりもしかしたら局長さんだったり…」
「きょっ!?」
妙な高音で驚きを焦りを表したキリトにティーゼはやれやれと肩をすくめる。
「アスナさま、御存知でしたか?、あの時キリト先輩はロニエを小麦粉袋みたいに抱えて飛行したんですよ」
薄桃色の唇が小さく「こむぎこぶくろ?」と動いたのを見てティーゼがこくりと頷き、自らの片腕を使って脇の下に円く空間を作り再現を見せた。
「!?…それ、本当なの?」
キリトいわく「近道だから」という理由で広間から大階段を使わず直接外へ飛び降りるためロニエの腰に腕を回している後ろ姿は見たが小脇に抱えたとは知らなかったアスナがキリトに顔を向ければ平然と頷く代表剣士に「はぁっ」と溜め息をついてから眉根を寄せ「どうして?」と表情で疑問を投げかけた。
「とにかく急ぎたかったしロニエをオレと一緒に風素の膜で包むには手っ取り早いだろ?」
「私は別に気にしてませんけど。一瞬でしたし」
本心から不満を感じてない様子のロニエの顔を見てアスナがもう一度「はぁ」と息を吐く。いくら傍付きだったとは言え影響を受けすぎではないだろうか?、と考えてるのがありありと分かる目で二人を交互に見ている間、ティーゼはティーゼで全く別の想像を膨らませていた。それは四角い眼鏡をかけた資材管理局の局長がアスナに片腕一本で抱えられている姿である。
「ぷっ」と噴き出しそうになるのを堪えつつ、もしあの時カセドラル約二十階分の高さからキリト先輩と一緒に飛び降りたのが隣にいる親友ではなくアスナさまだったら、と仮定して違和感に気付いた。
「でもキリト先輩、異界戦争の時、アリスさまを追うのにアスナさまを横抱きで飛んで行きましたよね」
「あー…うん。そうだったな」
「それに北セントリアのノルキア湖畔近くまで私達を探しに来ていただいた時はアスナさまの腰に手を回していただけで空中に留まっていたし」
「ああ、あれは心意飛行術を応用した…心意浮遊術、とでも言うか…そもそもアスナは飛行感覚が身についてるから一緒に飛ぶ時も楽なんだよ」
自覚がなかったらしく一瞬虚を突かれたように大きくなったはしばみ色にキリトが優しく微笑みかける。
「多分ALOで飛んでたからだろ」
ウンディーネとして過ごしたあの世界の情景や仲間達との思い出が次々に思い浮かんで泣きそうな笑みで頷くと、ティーゼの驚声が二人の間に飛び込んできた。
「えっ!!、もしかしてリアルワールドの人達って皆さん飛行術が使えるんですか?!」
「ごめんごめん。そうじゃなくて。リアルワールドとはまた別の世界での話なんだ」
「なーんだ」とホッとした様子の後、うんうんと納得を示し「だからアスナさまは飛行術の指導が的確なんですねっ」と元気良く告げればキリトが複雑な表情になっている。その反応にくすっ、と小さく反応してからアスナは慈愛の籠もった瞳でティーゼを見た。
「指導なんて、そんな本格的なものじゃないよ。それに結局キリトくんが超高速で飛ぶ時はギュッて……」
声が途切れるとほぼ同時に笑顔のまま固まってしまったアスナのかんばせが熱素で炙られたように赤くなる。
「アスナ?」
「アスナさま?」
「ギュッて、なんですか?」
ギュッ、の続きが気になるティーゼは好奇心で紅葉色の瞳を今のアスナの顔に負けないくらい輝紅に染めてグイッ、と身を乗り出した。
自分から言い出して止めてしまった話を「えぇっと、その、あのね」などと言い淀みながら珍しくもオロオロする姿にキリトは善意から助け船を出す。
「スピード…じゃなくて、速度を上げるなら出来るだけ密着した方が良いからアスナはオレにこう抱きっ…」
話の途中、テーブルの下、見なくてもわかる白磁のように滑らかで力を込めれば折れてしまいそうに華奢な指がキリトの手を強く掴んだ。キリトが口を開きっぱなしのままぱちぱちと瞬きをしながら隣を見ればその手の主はふんっふんっ、と首を横に振っている。
アスナを抱えて飛行術を使う時、最高速を出すためには互いの身体を抱きしめる体勢で飛ぶのが一番効率的なわけで、アスナはキリトの首に両腕を絡ませ、キリトはアスナの腰を抱き寄せて一分の隙もない完全密着状態になるのだが、どうも副代表剣士サマはその事実を告げられるのが恥ずかしいらしい。
ギュッ、と抱き合って飛ぶって言ったらダメなのか?、と目で尋ねてみれば間髪入れずに彼女が、こくこくと首肯する。
セントラル・カセドラルの同じ部屋で暮らしていて、同じ寝室を使っていて、ついでに一緒のベッドで寝ている事をこの塔の全員が知っているのに?、と視線で問えば、やっぱり、こくっこくっといたく真剣な顔が高速で上下する。
羞恥を滲ませた懸命な懇願にうずうずと悪戯心が芽生えるが、意外と怒りん坊で恥ずかしがり屋の副代表サマの機嫌を損ねると今度飛行術を使う時しがみついてくれない可能性があるのでキリトもまた真面目ぶった顔でひとつ頷いた。
「というわけでこれまで通りアスナはオレと一緒に飛行するから。ロニエ、ティーゼ、二人は引き続き風素飛行術の訓練を頑張ってくれ」
なにがどうなって「というわけで」に繋がるのかはわからなかったし、「ギュッ」の続きも有耶無耶になってしまったがロニエとティーゼにとってやるべき事はひとつだ。
「わかりました、キリト先輩。そうですよね、アスナさまに他の人を抱えて飛んでいただくなんて、とんでもない事ですし」
今でもアスナは事ある毎に自分は創世神ステイシアの生まれ変わりではないと説いているが、それに納得しているのは多分キリトくらいで、もしその彼女に抱きかかえて飛行してもらう事態になっても畏れ多いと誰もが辞退するだろう。
「あっ、でも私達が風素飛行術を使えるようになったら、私かロニエがアスナさまを抱っこして飛んであげられますねっ」
その提案にアスナと「わっ、素敵ね」と喜色を浮かべ、反対にキリトはギョッとした顔で「えっ?!」と小さく漏らすも、その未来に興奮している少女達三人の耳には続いた「あのぉ…アスナはオレが抱っこして飛ぶから」と言ったキリトの声は全く届いていなかった。
お読みいただき有り難うございました。
ご本家(原作)さまではロニエ、ティーゼ、共に
風素飛行術を使えるようになりたいっ、と強く願っているので
すぐに練習したかな、と。
ただアスナに関してはヤル気をだせばすぐにでもマスターできちゃう
気がするんだけどな。
キリトがロニエと一緒に風素飛行術でバルコニーから飛び出したシーン。
「キリトの左腕がロニエの体に回されていた。」(一部略)だけで
どういう体勢だったかは想像の余地ありだったので(挿絵もなし)
アスナと同じ、はキリアス脳的にNGでしょ。