ソードアート・オンライン《かさなる手、つながる想い》 作:ほしな まつり
なぜか(?)「お気に入り」にポプッとしてくださった方が900人以上も!!
私は全く何の異能も持っておりませんからポプッてくださった皆さんにほんの少しでも
良い事が起こりますよーにっっ!!……ステイシア神に祈ります。
と言うわけでいつも通りささやか(短い)ですが感謝の気持ちを。
同じ世界観の連続投稿はなるべく避けてきましたが、そうも言っていられず(笑)
ほんの一時楽しんでいただければ幸いです。
《現実世界》ではホテルマンをしている男がひとり、ALOにログインしている。
妖精の種族はシルフ……単に消去法で選んだだけなのでどこぞの誰かさんみたいなスピードホリックというわけではない。
現に今も大空を飛び回ることなく、とある宿屋の一階にあるカフェでいつもの席に座りのんびりとコーヒーを啜っている。
今日は仕事が昼シフトだったので早めに職場から上がり、いつものように駅前のスーパーで適当に選んだ弁当とお茶を購入してワンルームマンションに戻る。まずシャワーを浴びてそれから胃袋を落ち着けた後、アミュスフィアを装着したという流れだ。
特に趣味らしい趣味もないので翌日も仕事のある日はこうして数時間ゲームの世界に身を置き心身をリセットしている。
このゲームも以前は種族間の争い事が多くなかなかに物騒だったらしいが《ALO事件》で世間を騒がせた後、大規模アップデートによって対人戦をモンスター戦にシフトチェンジしたプレイヤーが多く、お陰で男が新規登録をした頃は安心して全種族の領地で《仮想世界》ならではの美しい風景や常識と法律に囚われない建造物など物見遊山が出来たが、それも一通り満足するとここ空中都市《イグドラシル・シティ》のお気に入りのカフェでぼやんりと周囲を観察するのが常になっていた。
カランッ
宿屋のドアが開閉して二人の若い客が入って来る。
歩速を緩めることなく一直線に宿屋の受付へ向かうということは常連客かな?、と、そう感じるのは実はこの宿屋、入り口から受付が見えずらいからだ。真面目に言えば一直線ではなく一曲線でないと受付には辿り着かない。
カフェスペースとの境を示すように巨大な円柱がどんっ、どんっ、どんっ、と等間隔に並んでいるからである。
カフェ客と宿利用者との相互視線を遮るためだろうが一体なぜこんな巨大円柱にする必要が?、…と毎回思ってしまうのは職業病かもしれない。
しかも男の座っているテーブルからだけ受付が見えるのである。
わざとなのかデザインミスなのか偶然なのか……とにかく人間、いや妖精観察を楽しむには絶好の席なのだ。
「いらっしゃいませ」
宿屋の受付、と言うよりフロントクラークと呼んだほうがしっくりくる、かちっとした制服を身につけた男性NPCが頭をさげる。
男は数時間前までの自分の姿と重ねて「今日も完璧な角度だな」と当然のことを思った。
《現実世界》の職場であるホテルではフロントに新人が投入されるとまずは所作から叩き込まれる。
立ち姿、表情、腕や手、指の位置や動かし方、そして会釈や敬礼と名付けられているお辞儀の角度だ。これが自然と出るようになるまで意外と時間がかかる。
しかしNPCなら最初から出来て当たり前。退勤してから自宅の鏡の前で自主練習する必要もない……NPCに自宅があれば、の話だが。
そして男はこのカフェで観察をしていて初めてNPCの謝罪の言葉を耳にした。
「申し訳ございません。ただ今個室が二部屋空いておりません。あちらの方々にもお待ちいただいているのですが、よろしければ…」
「相部屋はナシだ」
言い終わる前に少年の声が払い落とす。
相部屋とは文字通り見知らぬプレイヤー同士がその場で合意して宿代を折半し大部屋を借りてログアウトするケースだ。パーティーメンバーが一斉にログアウトできる点で大部屋は重宝される反面そこまで需要があるわけではない。そこで少しでも宿代を安くしたい手段として相部屋希望者同士で借りる場合があるが、当然初対面の相手だ、トラブルも少なくない。
それでも同性同士なら友好的に利用できる事が多いらしいが男が観察している二人は若い男女のペア、客側から相談があれば別だが……提案するべきじゃないだろ……とNPCの画一的な接客に嘆息していると、少年が再び口を開いた。
「一部屋ならあるのか?」
「はい。一部屋でしたら空きがございます」
「ならそこでいいよ」
男はこのカフェで観察をしていて初めて困惑するNPCを目にした。
「…個室一部屋ですとベッドが一つしかございません」
NPCよ、バグったのか?、と男は急にフロントクラークの精神状態、もといブログラムの不具合を心配した。
一人部屋にあるベッドはひとつ、世の常識である。
すると今の今まで黙って聞いていた少年の同伴者が、くいっ、と少年の黒いコートの端を引っ張った。
「キリトくん、個室だと一人しか部屋に入れないよ」
「あ、そうだった」
旧SAOと違い宿屋を利用したプレイヤーはチェックイン後、部屋からログアウトしてしまうのでルームキーが存在しない。よって最初から部屋の設定に応じて入室できる人数が決まっているのだ。
誰でも入室可能になってしまうとログアウト時に後から入って来た侵入者によって攻撃を受ける可能性も出てくるし、入室可能人数を制限しないとそれこそ大人数で個室を借りて床で雑魚寝の《寝落ち》をするケースが多発する事も容易に想像できる。
少年は「ふむ」と軽く考え込んだ後「ちなみに…」とNPCに問いかけた。
「ダブルルームってある?」
「キリトくんっ!」
同伴者の少女の顔が茹だっているのはあるはずのないタイプの部屋の有無を聞いた相方の無知無謀に対してではなく、二人でひとつのベッドを使うことを示すのになんの躊躇いもない口調だったからだろう。
だが相手はNPC、間違っても内心で「おいおい、この二人同じベッドでいいのかよ」とは思っていないはずだからそんなに恥ずかしがる必要もないと思うが、見た感じ《現実世界》なら高校生くらいのカップルなので少女の羞恥心も理解できる。むしろ慣れた様子で暗に自分達はダブルルームで構わないと言ってのける少年の飄々とした姿が、《現実世界》では努力と苦労を重ねて日本を代表する老舗ホテルのフロントに二十代で立てて人生順風満帆と思われた矢先の数ヶ月前いきなり彼女にフラれた男の心を抉っていた。
「ダ、ダブルルームはございません」
なんと今度はNPCが噛んだ。
しかし男にもう驚きはない。あるのは同情だけだ。
カフェの席とフロントは距離があるし角度的に見えづらいのだが、少年と一緒に来たのはかなりの美少女。その美少女が未だ頬に赤みを残しつつ掴んでいた少年の黒コートの端をもう一度ツンッとやって少年の意識を引き寄せ、叱るように、でも甘く「もうっ…」と囁くのが聞こえてしまう風妖精族の聴力の良さを今こそ恨んだことはない。
対して少年は動揺を見せるどころか軽く微笑んでいなしている。
「どうする?、アスナ。少し時間を潰して出直すか他の宿屋にするか」
少女が一旦考えるそぶりに入った時、NPCが「あの、もしよろしければ…」と口を挟んできた。
二人の間に割り込んでいいのだろうか、と絵に描いたようなおずおずぶりだ。
おずっているNPC……もう何も言うまい。
「ツインルームでしたら一部屋ご用意できますが」
「…なるほど、ツイン……それでいいか?」
「もちろん」
あからさまにホッとした様子のNPCだが、男からしたらなんでもっと早く言わないっ、事案だ。
多分、だがツインルームは夫婦や兄弟、たまに親子のケースもあるが基本的に同じ回線を使っているプレイヤー用に準備してある部屋だからホテル側から提案することはまずないのだろう。
フロントにいる二人はどう見ても夫婦ではないし、互いに絡まり合う視線の温度から察するに血縁者とも思えない。
「ではご準備させていただきます」
NPCがウィンドウ操作を始めたのを認めてから少し離れ、少年が少女へ語りかける。
「今はオレの部屋から二人でログインしてるから問題ないけど、次にログインする時は時間を合わせないとだな」
「……どうして?」
今からログアウトに利用する部屋にはベッドが二つあるのだ。それぞれを使うのだから次のログイン時は何も問題ないはず、と首を傾げる事で伝えれば少年は真面目ぶった顔を横にふるふると振った。
「ログイン時やアウト時の五感は《現実》と《仮想》どちらの世界でも同じにしておいた方がいいだろ?」
「うん、そうね」
「つまり五感を揃えるって事はただ布団の上で横になっている状態を同じにするだけじゃなくてその時嗅いでいた匂いや触れていた質感なんかも重要になってくる。今、アスナは《現実世界》ではオレの部屋からログインしていて、もっと言えばオレと同じベッドに寝ている状態で、更に言えば…むぐっ」
「それ以上は言わなくていいから」
少女の両手が高速で少年口に蓋をしている。
「お待たせいたしました。こちらのツインルームをお使いください」
「ああ」
かけられた声に素早く反応して少年はフロントクラークの元へ戻り請求された金額を支払い終えると少女の手を取って歩き出した。
「有り難うございました」
再び完璧なお辞儀を披露するも手を引かれている少女は早口で「お世話になりました」と告げるのが精一杯だ。そして半歩前を行く少年がぽつりと「ツインでもベッドはひとつしか使わないけどな」と零すのを聞いて今度こそ羞恥心いっぱいの「もうっ」を発したのだった。
二人が客室フロアへ続く階段に消えていったのを見送ってから男はふぅっ、と息を吐き出した。
「なんなんだ、あの二人は……」
フロントマネージャーへの道はほど遠いがこれでも毎日百人近い接客をする職務だ。人を見る目には多少自信がある。それでも男の目には先程まだいた二人は奇異に映った。二人ともアバターの年齢設定を弄っている可能性もあるが歳相応の振る舞いも垣間見えたし、実年齢だとしたら互いの信頼感が既に熟年夫婦のそれなのだ。
一体これまで二人でどんな人生経験を積んできたんだか……それはさすがに予想できないが、ただ男の感は告げていた……ああいう男女は何があっても離れないな、と。
そして男が念願のフロントマネージャーに就任し、ブライダルの打合せに来た二人に見事な角度のお辞儀を披露するのはもう少し先の話である。
お読みいただき有り難うございました。
せっかく私達の《現実世界》とSAOの《現実世界》が同期しているので
ほんの少しでも「二人の結婚」に触れられた話が投稿できてよかったです。
あちらではそろそろユイちゃんに出会う頃ですね。