ソードアート・オンライン《かさなる手、つながる想い》 作:ほしな まつり
えー…勝手に長期休暇をいただきまして申し訳ございません。
とりあえず投稿癖を取り戻そうと短いのですがご査収ください。
全てキリト視点となっております。
あっ、そして『SAOプログレ9-青き水月のノクターン(上)』
発売おめでとうございまーす!
……えっ!?、ええっっ!!??『(上)』なの!!!???
本当に今、この前書きを書くためにページめくって
知りました…………(唖然)
《スキル》
右にエギル、左にクラインと、間違っても「両手に花」とは言いがたい状態でオレは手に持っていたタンブラーの中身をストローでズズッと吸い込んだ。
「キリトよう、ホントにいいのかよ?」
「後悔しないんだな?」
気遣いは有り難いのだが、両側から迫ってくるのが禿頭のアフリカ系アメリカ人とバンダナを頭に巻いている独特なセンスの野武士面男という時点で感謝の念は一ミリも沸いてこない。
「ああ、もう決めたんだ。SAOのキャラクターデータは引き継がない」
ALOが『新生ALO』となり世界樹の上部には《イグドラシル・シティ》が新設され、更にその上空には《浮遊城アインクラッド》までもが復活を遂げた今、誰もが……いや、たった一人を除いてはオレが《黒の剣士》と呼ばれたキリトのデータを引き継ぐと思っていたようだ。
「決めたって……そんな、もったいねえ」
自分の事でもないのに心底惜しんでいるクラインに何と説明すれば納得してもらえるのか……と言うよりこの状態を解放してもらえるのか頭をひねる。
しかしもう一方のエギルも同意見らしく、しかめっ面のまま「うーん」と顎をさすって真剣な目を向けてきた。
「かなりの数のスキルを、しかもほぼマスターしてる状態だっただろ?。《片手直剣》《投剣》《索敵》《武器防御》、あとはまぁ、当然《二刀流》も……《隠蔽》もあったか」
人のスキルを次々と言い当ていく様はさすがと言うべきか、よく見ている。だがあの蜜月期に《釣りスキル》を獲得した事までは知らなかったようだし、池の主との対決は出来れば語りたくないエピソードのひとつだ。
「今の《新生ALO》だと種族間の戦いがメインじゃなくなってきてるから防御系より攻撃系が主流になりつつあるしな。それにもともとオレはソロだからフォワードの方が得意だし」
初めて《ALO》にログインしてからアスナを取り戻すまで色々と強行したせいで一対一の勝負ならサラマンダー最強と謳われている将軍ユージーンとやり合える位にはなっている。
「それにアスナが後方支援に特化したウンディーネを選んだから回復系も問題ない。《索敵》もなんとかなるだろ」
彼女だけはオレがキャラデータを引き継がないと告げた時、ほわんとした笑みを浮かべて『そうすると思ったよ』と肯定された。相変わらずオレの事はオレ以上にお見通しのようだ。
「そもそもアスナもユイも賛成してくれてるから何の問題もないと思うけど」
「……なんかよぅ、一流企業に勤めてたヤツが転職するって時の『妻と子の同意は得ている』みたいに聞こえるのは俺だけか?……」
実はアスナもデータをリセットするか悩んでいたがオレ達二人共容姿が変わるとユイが寂しい思いをするかもしれないのと、単純にアスナの《料理スキル》はそのままにして欲しくて結局引き継ぐ事になったのだ。
ここまで言えばもう意思は固いと理解してくれたようでエギルは「そのユイだけどな」と話題を変えてきた。
「実は旧SAOのシステムの一部でお前がプログラムを《カーディナル》から独立させたAIだって話は……飲み込むとして、だ…お前達のことをパパ、ママって呼ぶのは…その……」
濁された先の言葉の見当がつかなくて首を傾げるとエギルも困ったように眉間に皺を寄せている。
「言っておくけどオレやアスナから言い出したわけじゃないぞ。ユイを保護した時かなり不安定な状態で自分からそう呼んできたから、それで安心するなら別に構わないと思ったんだ」
そうは言ってもお前達《現実世界》じゃ高校生だろうが、と言いたげな目だが……
「ちょうどギルドから離れて攻略戦も休んでたし、新居も購入して二人きりの生活を送っていた頃だったしさ」
そこまで言えば察しの良いアニキ的存在はうんざりした口で「あ゛あ゛ぁ」と唸り禿頭をボリボリと掻いた。
要は「パパ・ママ」と呼ばれても受け入れてしまうようなあれやこれやをしていたとご理解いただけたらしい。
クラインには届かないような小さな声で「あの噂、本当だったのか」と呟いているところをみると、さすが顔の広いぼったくり屋は倫理コード解除について当時も何やらつかんでいたようだ。
そんな男三人の華やかさの欠片もない会話の後方ではアスナ達の楽しげな笑い声が絶え間なく湧き上がっている。
「あ、ごめんね。私ちょっとお手洗いに…」
会話が一旦途切れた隙間にアスナの声とイスが動く音を聞いてオレは素早く立ち上がった。単純にイスから立ち上がって進行方向へ歩き出すのならいいが……
「あっ!」
「アスナ」
丁寧にもイスを戻して身体の向きをひねりながら後ずさりした所でバランスを崩しかける。
「もっとゆっくり動かなきゃ駄目だろ」
腰を支えると同時にまだまだ細い手首を捕まえた。《仮想世界》とは違って彼女の身体は本来の動きを取り戻していないのに《ALO》では空まで飛べているせいか、多分感覚の違いがありすぎて《現実世界》ではよろける事が増えている。
「うー…ありがとう」
本人も十分わかっているらしいがもどかしさが丸見えの表情が少し珍しくて「ふっ」と笑ったらすぐさま睨まれた。
それでもオレに身を預けてくれているのでそのままエスコートを続けクライン達の横を通り過ぎると、この当たり前の密着ぶりにエギルは「はあぁっ」と大きな溜め息をつき「そう言や《ALO》でも揃いのリングしてたな……」とどこか遠くを見る目で呟いていた。
《ラッキーカラー》
「どれにするか決まりました?」
ひょこっ、と妹の直葉がアスナの手元を覗き込む。
ここは都内の基幹駅のひとつで、そこに直結しているショッピングモール内の雑貨店だ。
アスナの白く柔らかな手の平に収まっているのは色違いのクマのキーホルダー。
「うーん、どれも可愛くて迷っちゃうな」
「可愛い」は正義で最強らしい。
それが証拠にふらり、と立ち寄ったこのショップで女子高生二人はこのクマのキーホルダーに釘付けになっている。
フォルムも表情も手足の角度も質感も文句のつけようがない完璧に「可愛い」を体現しているクマのキーホルダー……しかもお手頃価格……それが全十二色展開……迷うなという方が無理だろう。
ちなみにオレは二人の背後に従者のごとく控えている。
確か今日はアスナとデートの日だったはずなのに……と発しているオレのオーラには完全スルーでスグは楽しそうにアスナと一緒にクマを見比べていた。
「おい、スグ。時間は大丈夫なのか?」
「え?、うんっ、大丈夫大丈夫。交流試合の高校、ここからすぐだもん」
休日の昼過ぎ、部活の交流戦で他校に赴くスグと、アスナとの約束で家を出るオレ、家の玄関で鉢合わせしたのが運の尽きだったな、と思うが、行き先が被った時点でこうなる事は半ば予想できたので今は半分諦めの境地だ。
それにアスナも楽しそうだから、まぁ、いいか、とも思う。
今日は特に目的地を決めていたわけでもないし、なんとなく互いの家から出やすい駅を選んだにすぎない。
「お兄ちゃんはどのクマにする?」
「うぇ?!、オレも?」
「そうだよ。せっかくだからお揃いにしようよ」
「いや、オレがカバンにそのクマ付けてたら可笑しいだろ」
「えーっ、そうかなぁ?……じゃあカバンじゃなくてもいいから、とにかく選んでっ」
ほら、こっちおいでよ、と示すように自分がいた場所を譲ってくれるので妹の好意を無下にもできずオレはアスナの隣に移動した。
「アスナはどの色で迷ってるんだ?」
もうこうなったらアスナが選ぶクマと同じ色にしてしまおう、と密かに思っていたのだが手にしてた色が白、ピンク、オレンジの段階で浅慮な自分に後悔する。
オレンジ、はまだいいかもしれないがピンクを選ばれたらさすがに「じゃあオレも」とは言えない。
「キリトくんはどの色がいいと思う?」
自分のクマの色すら決められないのにアドバイスなど浮かぶはずもなく、オレは口をへの字にして「うむぅ」と唸ってからポンッと握った右手で左の手の平を叩いた。
「そうだっ、アスナって占い好きだろ?」
途端にアスナが理解不能と言わんばかりのキョトン顔になる。
え?!、違ったか?、と焦りが生まれたのを察して彼女もまた戸惑い気味に「え……と…」と曖昧な笑みで応じてくれた。
「特別好きって言うほどじゃないよ…たまたま目に入ったらチェックするくらいかな」
あれ?、とオレの混乱は更に深まる。
「運気が上がるとか、幸運を呼ぶとか…色々あるだろ?」
「ああ、ラッキーアイテムの事ね。身につけたり意識するといいらしいけど、私はあまり気にしない方だから。他にラッキーナンバーとかラッキーカラーなんか…も…………っぁ!」
ようやくオレの言わんとしている事を察したらしいアスナが小さく息を飲んだ。
そう、オレは単純にアスナがチェックしているだろう今日の占いのラッキーカラーを勧めようと思っただけなのだ。
それなのに彼女の言動は占いにそれ程興味がない事を示していて……オレは真実を確かめるように大好きなはしばみ色の瞳をじいぃっと見つめた。
そしてアスナの顔は見つめれば見つめるほどどんどんと赤く染まっていく。まるでオレの視線が彼女の顔を炙っているかのようだ。
オレは無言で訴えた。
『だって確かあの時言ったよな?「今週のラッキーカラー、黒だし」と』
それはセルムブルグのアスナの部屋で《ラグー・ラビットの肉》を調理してもらった時の会話だ。ソロだったオレに向かって「私とコンビ組みなさい」と半ば強制的に言い放った後、クルクルと器用に銀色のナイフを回転させてから付け足すように小さく添えられた言葉をオレは奇跡的に覚えていた。
決断を渋っていたオレへのひと押しだったのは理解しているが、同時にアスナが占い好きだと認識したのもあの時で、どうやらそれが間違っていたらしい事実にオレの追求は止まらない。
と、そこへスグが割り込んできた。
「なになに?、占いがどうしたの??……あっ!、占いでクマの色決めようとしてる?!、じゃあ私が調べてあげるよ、お兄ちゃんのラッキーカラー」
そう言うと携帯端末を取り出したスグは画面の上で指を踊らせる。
「今ね、学校でも流行ってるんだ、占い」
オレの為、と言う事で一旦視線を妹にズラせば、ふぅっ、とアスナが息を吐いたのがわかった。件の話は後で二人きりの時にじっくりするとして、画面を操作しているスグに「そうなのか?」と問いかける。
「うん。でもいっぱい種類があるから『どの占いを見たらいいかを占う』サイトとかあるんだよ」
なんだ、それ……と半ば呆れるが決めて貰えるならその方が気が楽だ……ピンクじゃない限り。
サクサクと慣れた手つきで操作をしている妹は端末画面から視線を外さずに「天秤座はねぇ…」とオレの星座を口にした。
「今日のラッキーカラーは…白!」
すっ、と思わずアスナを見る。
「…もう、持ってる」
「……え?、そうなの?」
不思議そうに首を傾げているので一呼吸置いて内心で「そっか」と納得する。スグはあの鋼鉄の城に閉じ込められていた頃のアスナの騎士装を見た事がないし、《アンダーワールド》でも互いに降臨した場所が違っていたせいでその姿を目にしていないから「白」がアスナをイメージする色とは思わなかったようだ。
方やアスナはオレが「持ってる」と言った意味に気付いたらしいが、スグが理解していないのに口を挟むわけにもいかず再び頬をじんわりと染めたまま耳だけをこっちに集中させ無言でクマ選びを続けている。
そしてとにかく「白」ではないと受け入れたスグは次の提案をすべく再び視線を画面に戻し指を滑らせ始めた。
「じゃあじゃあ血液型占いだと……赤っ!」
「それも大丈夫だな」
「……えー?、ほんとに?」
「本当だって」
アスナの騎士装と言えば白地に赤だ。加えてアスナ自身も好きな色らしく《現実世界》で見る私服姿でも赤は頻繁に登場している。
「あとはねぇ、誕生月占いとか干支占いなんかもあるけどラッキーカラーが載ってないんだよね……赤と白がラッキーカラーなのは間違いないんだから、いっそ混ぜてピンクのクマにしちゃえば?」
オレの扱いがだんだん適当になってきているな、と感じたところで案の定スグの興味はアスナに移った。
「アスナさんっ、アスナさんのラッキーカラーも調べましょうか?」
「えぇっ!、ラ、ラッキーカラー!?」
『ラッキーカラー』に対する反応がすごいことになっている。
その過剰反応をどうとらえたのか、スグの眉尻が僅かに下がった。
「あ、余計なお世話でしたね」
「ちっ、違うのっ、ありがとうっ、直葉ちゃん。でもね、えっと…私のラッキーカラーは決まってて……」
そう言って陳列されているクマの行列の奥に手を伸ばしたアスナは一匹のクマを捕りだした。
「売り切れちゃってるのかと思ったら……見つけたよ。後ろのほうにひとつだけ、キリトくん」
嬉しそうに微笑むその手には真っ黒なクマ
「まぁ、ソロだったから、かな」
なんとなくアスナに捕まった一匹だけの黒いクマが照れているように見えるのは気のせいか?。
多分あの時のオレは「今週のラッキーカラーだから」と不可抗力的な何かを挟んでもらわなければ血盟騎士団副団長サマとのコンビなんて恥ずかしくて受けられなかっただろう。だけど今のオレなら迷いや躊躇いはない。
彼女が黒を選ぶのなら……と、ゆっくりと某有名ドイツ社の手作りクマのような色を手の中に迎え入れ、アスナの顔に近づけてみれば、うん、よく似ている。
互いのクマを見て微笑むオレ達にスグは微妙な視線を送ってきた。
「二つとも一番クマっぽい色だけど……それで選んだわけじゃないよね?」
わかりきった問いにオレとアスナはほんの少し照れた笑顔を交わしたのだった。
《呼ぶ声》
……ふと目が覚める。
どうやら座ったまま俯いて居眠りをしていたらしい。
『どこだ?』
未だぼやけた意識ではここがどこの《世界》なのかすぐには判断出来ず戸惑うのは……もう、何回目かも覚えていないが周囲を伺うために顔を上げるより早く鼻腔が捕らえた香りですぐ隣のぬくもりに気付く。
オレに軽く寄りかかるようにして密着しているあたたかくてやわらかな、オレがどの《世界》にいても存在意義と言っていい彼女。
傍らに在るのが当たり前すぎて改めて意識しないと認識できなくなりそうだな、と自嘲しつつ嗅ぎ慣れた甘い香りを胸の奥まで吸い込んで惑いは霧散する。
彼女がいてくれるならどこだって大丈夫だと、理由すら必要ないくらい今やオレの本能レベルで絶対的不可欠な存在だ。
自らの意思ではログアウトできない、そんな絶望を鋼鉄の城と世界樹の鳥カゴの中で二度も経験しているのに、それでもオレと一緒ならと三度目の絶望を笑顔で受け入れてくれたのだから、万が一の時、これ以上は強いられないと最近は日に何度も自分に言い聞かせる。
なぜなら刻限が近づいているから。
この世界で共に在ろう、と決めてからようやく二百年が経とうとしているのだ。
あちらの《世界》で計算通り順調に復旧作業が進んでいれば…だが………いや、進んでいるはずだ、勘の良い彼女がついこの前「そろそろだね」と嬉しそうな、寂しそうな笑顔でそう告げてきたから。
『いよいよ、か』
準備はとうに済んでいる。
既に全権限は人界統一会議…今は星界統一会議か…に委譲したし……と考えをまとめていた所で隣から聞こえる、パラリッ、という軽い音が耳に届いて、彼女が紙をめくっているのだとわかりこっそりと呆れの息を漏らした。
もう何の責務も負っていないのに責任感の強い彼女は未だに幼年学校や修剣学院で使う教科書の内容を熟考しているのだ。
全てのアンダーワールド人が白麻紙のノートと銅ペンを必要な時にいくらでも使えるようにしたい、と願い努力を重ねたお陰で今では教科書も紙質の良い物が大量生産され帳面やペンも誰もが買えるようになっている。ただそのお陰で星王と星王妃の名前が史書や伝承に残ってしまい、それらを完璧に削除するのは予想外に骨の折れる仕事だった。
『だって私達はこの世界の人間じゃないから』
『ああ、そうだな』
そもそもいるはずのない二人の名前。この世界にここまで関与するはずではなかった異界の人間の名前など刻まれる必要はない。
だからオレも彼女の名は口にしないと決めた。
文字にもせず、周囲の者達の耳にも残らなければいずれ自分達の名前はこの世界から忘れ去られるだろうから。
それでも時折無性に呼びたくなって……今もそっと目を閉じたまま唇だけを動かしてみる。
ア・ス・ナ
ぴくっ、と触れていた肩が揺れ、ゆっくりと離れて行くと同時に「起きたの?」と覗き込んでくるのがわかって、オレは別の意味で目を瞬かせた。
届くはずのないオレの声に気付いたのか?、と顔を上げれば見慣れているが見飽きる事のない彼女のかんばせが陽だまりのような暖かさで輝いている。
「あ、ああ…王妃」
「もうっ、この部屋の中では名前で呼んでいいんだよ、キリトくん」
ここカセドラルの三十階にあるオレ達の部屋は今まで一度も他者が足を踏み入れた事はないし、二人だけの領域であるといつの間にか暗黙の了解の様になっているから、ここでなら彼女の名前を声に出しても第三者に聞かれる事はないとわかってはいるのだが……
「うっかり外でも呼びそうになる」
「なら私も『陛下』って呼ぶ?」
そう問い返されてオレは苦笑いで首を横に振った。
オレの事を『陛下』や『王』と呼ぶ声も、この部屋でだけ『キリトくん』と呼んでくれる声も全て覚えていたいから……多分、あと数日でオレ達はこの世界から消える。
やっと…、という思いと、もう…、という相反する気持ちが交錯しているのは間違いなく彼女のお陰だ。
副代表剣士の時も、星王妃の時も常にオレを一番に考え守り支えてくれた彼女と共についに《リアルワールド》へと帰還する時を迎えようとしている今、色々な可能性についても話し合いは済んでいた。
一番はアリスにセルカがディープ・フリーズ状態であると伝える事……それさえ果たせればあとは自分達の記憶を消去してくれればいい。
二百年もの記憶を抱えたまま高校生として生きていくのは無理があると、これは話し合うまでもなく頷き合った。ましてやオレ達はこの世界で王、王妃として人界だけでなく他の星まても統治している。その経験や知識を持ったままの高校生なんて社会に上手く順応する自信は、オレはもちろんさすがの彼女もないのだろう。
そして、もしも……もしも、どちらか一方だけが魂をコピーされた場合……それを話し合った時、オレは自分の選択を告げられなかった。
いつも、どこにいてもオレを一番に考えてくれる彼女の姿が今でもたくさん心に刻まれている。
『キリトくんは私が守る。だからキリトくんは私を守ってね』
しかしオレはこの世界を守らなくてはならない。
彼女が傍らから消えたらオレはアンダーワールドを守護することが存在意義になるのだ。
そしてその時、リアルワールドでは彼女の隣に彼女を守ると誓い続けているオレがいるんだろうな、と安堵と信頼が混在した嫉妬の感情が自嘲めいた声となって「ふっ」と零れた。
「どうしたの?、キリトくん」
未だにオレを覗き込んでいた彼女が不思議そうにはしばみ色をまあるくしている。
この瞬間のやり取りも、この二百年彼女と過ごしてきた日々の記憶も持ち続けているのはフラクトライトのコピーの方だけ。オリジナルより膨大な量の思い出を保持していられるのなら、少しは救われるというものだろう。
懐に入ってくる彼女の身体をゆっくりと抱きしめる。
この感触も香りも全てを覚えていられるように……けれど触れれば触れるほど「もっと」と求める衝動は抑えきれず、肉体がなくなって睡眠も食事も不要となった魂だけの存在になればこんな欲もなくなるのか…と考えて、すぐさま己の浅はかさに気付く。自分が複製品だと認識した直後、まず間違いなくオレは彼女もコピーされたかどうかを尋ねてしまうだろうから。
「……いいんだよ」
彼女がオレの背に両腕を回し、あやすようにさすってくる。
魂を複製された時、自分一人だけなら迷うことなく消滅を選ぶ彼女とは違う道を歩むと決めているオレに気付いているような言葉。
『知ってるんだから。キミのことは、なんだって』
そうなのか?、という疑問は一瞬で、そうなのか、と……やっぱり彼女に隠し事は無理だと白旗を揚げる気持ちで抱きしめる腕に力を込めると更に後押しをしてくれる声が胸元から伝わってくる。
「キリトくんが、したい事をして……」
それなら、と消えてしまうかもしれない今、消えないかもしれない今、この状況でしたい事なんてひとつしかなくて、オレは彼女の耳元に口を寄せ「…それじゃあ遠慮なく」と宣言すると軽く心意を使い細い肢体を抱き上げて「ふぇっ?!」と混乱している顔にニコリと微笑み足早に奥の寝室へと運び込んだのだった。
お読みいただき有り難うございました。
もー、ギリギリで書いてますので今月はこれだけで(苦笑)
ウラ話は前回のキリ番感謝編も含め今夜UPします。