ソードアート・オンライン《かさなる手、つながる想い》   作:ほしな まつり

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ご本家(原作)さまの時間軸で言うと
ちょうど『マザーズ・ロザリオ』編です。


眠る彼女

新生アインクラッドの二十二層、周囲を広大な自然に囲まれているログハウスは夜時間になると静寂に包まれる。

木々の枝葉や草の葉が風にさわさわと揺れる度、微かな音を立てるがそれも完全遮音が施されたこの部屋の中までは届かない。

ただそこにこの時間には珍しくSEがシュンッと鳴った。

夜の使者と見紛いそうな黒のみを装着しているこの家の所有者のひとり、キリトだ。

まっ暗なリビング内でいつもの場所にログインすると明かりもつけずに迷うことなく、けれど音を忍ばせて隣の寝室へと足を進める。そのままドアの取っ手を掴んで僅かに扉を開くと隙間から中を覗き込んだ。

唯一、サイドテーブルの上のランプだけがぼんやりとしたオレンジ色の光を灯している。

何かを見る為と言うよりはこの空間を暗闇にしたくない為につけられている光源。

そもそも闇妖精族ほどではないが影妖精族であるキリトも暗視スキルは他の種族より優れているのでランプの明かりがなくともベッドに誰かが横になっているのは気付いている。

それがこの森の家のもうひとりの所有者であるアスナであることもわかっていて……そもそもこの寝室は自分達とユイしか入室権限がないのだから当然と言えば当然なのだが……キリトがこんな《現実世界》でも夜中の時刻にログインしてきたのもこれが理由だ。

「やっぱり」と心の中だけで予想が当たってしまった事に複雑な感情を抱きつつ、これまで通り無音で室内に身体を滑り込ませ、ベッドへと近づく。

異世界と言えどここが我が家と認識し、寝室に立ち入るには権限が必要なせいかキリトが入室しても警戒心の強い彼女が目覚める気配はない。

ただその姿は安眠とはほど遠いもので、時折苦しげに眉根を寄せ唇から短い息を吐く姿に我慢出来なくなったキリトは小刻みにゆれる頬へと手を伸ばした。

 

「…アスナ」

 

さすがに皮膚接触と愛しい人からの声ですぐさま反応が返ってくる……眠りが浅かったのもあるだろうが「っう…ん?」と何かから解放されたような少し安堵の混じった吐息と共にぼんやりとはしばみ色がランプの光を反射して水膜を張ったように揺らめいていた。

 

「……キリト、くん?」

「こっちで寝るなら言ってくれればいいのに」

 

未だ完全な覚醒には至ってないようで、ぽやぽやとした顔に疑問符が散りばめられている。

 

「少し詰めてくれよ」

「ん」

 

言われるまま素直に身体をずらすアスナの隣へするり、とキリトが滑り込んだ。

旧SAOのアインクラッド低層で暫定的にコンビを組んでいた頃には想像も出来なかった光景である。

ちゃんと二人分のベッドがあるにも関わらず片方のベッドを二人で使う……まぁ、あの頃も結果的にくっついて眠っていたって事が何回かあったよなぁ、と懐かしさを覚えながら「おやすみ」と囁けばすぐに再び寝入ってしまったアスナの顔を至近距離で眺めた。先程よりは落ち着いた寝顔になっている。

探りながらそぅっ、と腰に手を回し軽く引き寄せれば応えるように顔を押し付けてきて、これが二人で眠る時のいつもの形だ。

オレもこの体勢が一番安心してリラックスできるんだけど……きっとアスナもそうなんだろう、と思えば自然と溜め息ももれる。

 

『本当に…言ってくれればいいのに』

 

アスナが不安や焦燥が睡眠に直結するタイプだと知ったのは鋼鉄の城の虜囚となり行動を共にするようになって割とすぐだった。あの頃は離れて寝たはずなのに起きてみるとその距離がもの凄く近くなってて驚かされた事が何回もあり、それでうまく眠れないのだと気付いたわけだが、無意識に移動してくる理由はきっと傍で一緒に眠る人間がいれば少しは気持ち的に違うのだろうと理由づけていたのだ。

それから色々あって、今なら一緒に寝る人間は誰でもいいわけではない……はず、とキリトは思っている。

現に腕の中の寝顔はさっきと比べものにならない程穏やかになっているし、寝ていたベッドもキリトのベッドだったし……少なくともキリトは死んだように熟睡できるのはアスナの隣だけだ。

今のアスナの心を揺らしているのが年明けにデュエルで知り合った《絶剣》と呼ばれている少女なんだろう事は容易に推測できる。

あそこまで二人の仲が深まるとは思わなかったが……甘える事はあっても弱音を吐く事は少ないアスナがユウキと連絡がとれなくなったと帰還者学校の屋上で縋るように胸に飛び込んできた時の顔を思い出して、キリトはあの時と同じだったな、と別の記憶をたぐり寄せた。

それは第七十五層のボス攻略戦に参加すると決めた《血盟騎士団》の一室での会話だ。

二人きりになった時、《現実世界》のベッドの上で寝かされている身体の状態だっていつまでも続くとは限らないのだと聞かされた時、とにかく上層を目指して攻略を続けていた自分の考えの甘さを認識した。

だから、きっと、ユウキの事も…………

 

『昼間はもうすっかり見慣れた通信プローブを肩に載せた姿で京都旅行の計画を楽しそうに話してたのにな』

 

これが当たり前の日常だと楽観視なんてできるわけもなく、それはキリトもメディキュボイドを調べた時からわかっていた事だが、そうなるとアスナの睡眠状態が気がかりでこうして夜中にALOへログインしてみたら案の定、というわけである。

最近はほんの少しだが弱い部分も見せてくれるようになったと思っていたのに、と感じていたキリトだったが、まだまだ「強さ」を意識しているアスナのそれが自身の発言に起因しているとは夢にも思っていない。

 

『まぁ、オレも寝る時はアスナが傍にいてくれた方…が……』

 

やわらかな感触に甘い匂い耳をくすぐるような微かな寝息にキリトの意識もまた落ちていったのだった。

 

 

 

 

 

「スグ、ほら、荷物」

「ありがと、お兄ちゃん」

「あんまりはしゃぎすぎるなよ」

 

三月に入って期末試験という試練を乗り越えた面々は東京駅の新幹線ホームに集まっていた。

今日から三泊四日で明日奈、里香、珪子、直葉の四人は京都旅行にでかけるのだ。もちろん携帯端末にはユイもいるし肩に載せている通信プローブのレンズを通してユウキをはじめとした《スリーピング・ナイツ》のメンバー達も旅の参加者として駅構内の光景を眺めている。

 

「本当はアンタも行きたかったんじゃないの?」

 

からかい混じりの目で、ススッと寄ってきたリズにキリトは苦笑いで軽く首を横に振った。

 

「さすがに《現実世界》の泊まりがけの旅行でこのメンツの中にオレが入るのはマズいだろ」

 

明日奈の兄、浩一郎ほど歳が上ならば保護者として同行も可能だろうが女子高生四人のグループ旅行に同年代の男子が一人混じっては各家庭からの許可もおりたかどうか。

 

「それに京都の宿泊場所は結城の本家だって聞いたし……」

 

ははーん、とリズがキリトの思考を先読みする。

 

「なるほど、なるほど。キリトとしてはアスナのお父さんの実家の敷居は白龍のいる山よりも高いってことね」

「…あの山そんなに高くなかったけどな」

「私もちょっと緊張しちゃうわ。寝泊まりするのは敷地内にある離れのひとつで母屋の人達と顔を合わせることはないってアスナは言ってたけど」

 

離れのひとつ、という表現が敷地面積の広さを物語っているし、明日奈からの提案だから女子四人が宿泊するのに十分な居住施設なのだろう、と考えると母屋の規模は……と想像力が追いつかない和人に里香が追い打ちを掛けてきた。

 

「それに母屋のお屋敷は京風数寄屋造りなんですって」

「へぇ、それはそれは……」

 

もう言葉がみつからない。

デスゲームから《現実世界》に生還した後、京都の本家行きには渋い表情だったのにナゼ今回は?、と疑問に思って明日奈に事前に聞いてみたところ、「三泊四日だと交通費や飲食代だけでも結構かかっちゃうでしょ?、節約できるところはしないと」と実に堅実なお言葉が返ってきた。

多分一番の理由はそれなんだろうが京子さんとの母子関係が改善された事で本家への苦手意識が幾分薄らいだようにも感じる。

それに結城本家の造りがそういった建築様式なら、レアな樹木や木製家具好きという彼女の意外な好みも仙台にあった自然豊かな母方の実家の影響だけではないのかもな、と思い、きっとレンズ越しでもユウキ達に歴史在る日本家屋を見せてあげたい気持ちもあるんだろうと、新幹線の到着を待つ間小首をかしげるようにして通信プローブに話しかけている姿を眺めていると、その視線に気付いたのか会話を終わらせて和人の元へと明日奈がやって来た。

 

「わざわざお見送りありがとう、キリトくん」

「まぁスグの荷物持ちって役目もあったしな。あいつ、部活の遠征試合や合宿で外泊する事は多いけどこういった遊びオンリーの旅行は久々だから妙に気合い入れて荷造りしたみたいで……」

 

そう言われて直葉のパンパンに膨らんでいる大きめの旅行鞄を見て明日奈が「ふふっ」と笑うと和人もまた何とも言えない笑みになる。

 

「浮かれすぎて迷惑かけなきゃいいけど」

「大丈夫。本家の離れなら多少騒いでも周囲には聞こえないし。ただ広さは十分なんだけど通信設備がね……キリトくんとユイちゃんが頑張ってくれて助かったよ」

「アスナの端末からデザリングしてなんとか四人分のアミュスフィアは使えるはずだ。ただ実際現地でやってみないと絶対とは言えないんだよな。いちをスグの荷物の中にブースターも入ってるから」

 

思いつく限りの事はやったはず、後は「私に任せてくださいっ」と可愛らしい拳で胸を叩き自信満々に宣言していた愛娘がなんとかしてくれるだろう。

 

「色々ありがとう」

「通信プローブを充電中の夜はALOで皆と泊まるんだろ?」

「うんっ、全員でお泊まりできるように一棟貸しの宿をおさえてあるの」

『ボク、こんな大人数で寝るの初めてだよ』

 

和人と明日奈の会話が聞こえたらしく弾んだユウキの声が通信プローブから飛び出してきた。

 

『アスナ、ボク、隣で寝ていい?』

「もちろん。そこの宿にはお風呂もあるから一緒に入ろうね」

『やった!』

 

ウィーンッ、と意味ありげにレンズが和人をとらえる。

なんだ、なんだ?、とその意図を考えてひとつ大きく頷いた。

和人が参加しない明日奈との旅行……マウントをとられた気分にはなるがオレだってアスナと風呂を一緒した事は何度だってあるし、なんなら寝る時もひとつのベッドで……と内心で張り合ってグッと堪える。

この分だとアスナの今一番の不安の元となっているユウキと一緒に就寝なんてしたら……きっと無意識に寄っていきそうだな、と年下の女の子とは言え自分以外の人間があのアスナの一面を知ってしまうだろう事に「うーん」と唸るとその声を聞き取ったアスナがへにょりと眉尻を落とした。

 

「ごめんね、私達だけ。キリトくんも行きたかったよね」

 

里香にも言われたがこちらは茶化す気のない正真正銘気遣いの言葉だ。だから和人も誠実に返す。

ただこれだけはユウキにも聞かれないよう通信プローブとは反対側の肩に顔を近づけて……

 

「気にしなくていいよ。それに……ほら、アスナのお祖父さんとお祖母さんの家なら……まぁ、将来的にお邪魔する機会も……」

 

未だ明日奈の家でさえ決心がつかず門扉前まで彼女を送るのが精一杯だから京都の本家なんて今の和人には遙か彼方の地に思えるが、それでもこのまましておくつもりも、このままでいいと思ってるわけでもないのは伝えておきたくて、最後までちゃんとは言い切れなかったがそっと離れて伺うと真っ赤に茹で上がった明日奈の顔があって、伝染したように和人の頬も赤みを帯びる。

 

『アスナ、どうしたの?』

 

ユウキの問いにすら返事が出来ない様子に、ふっ、と笑った和人はいつもの調子にもどって「まぁ、めいっぱい楽しんでこいよ」と送り出した。

明日奈も、そしてユウキもわかっているはずだから……こんな風に一緒に出掛けられる機会が何度も訪れる未来は難しいことを……

 

 

 

 

 

明日奈達が旅程通り三泊四日の京都旅から無事に戻ってきたその日の夜、二十二層のログハウス内では明るい声が響いていた。

 

「とっても楽しかったですっ」

「よかったな、ユイ」

「はいっ」

「本家の離れでは電波が安定しなかったんだけど、ユイちゃんが調整してくれて。お陰で夜もみんなとたくさんお喋りできたよ」

「枕投げもしましたっ。リーファさんがすごく枕を投げるのが上手だったんですよ、パパ」

 

妹が興奮ぶりが容易に想像でき兄として微妙な心境に陥っていると、ユイはキリトに旅の話を存分に語って満足したようで「ふぁっ」と欠伸の仕草まで添えて「そろそろ寝ますね」と告げ、「おやすみなさい、パパ、ママ」と消える。

それを見送ったキリトは「オレ達も寝るか」とアスナを促し場所を寝室へ移した。

妹ほどではないだろうが明日奈もそれなりに非日常の三日間で気分の高揚が続いていただろうから心身共にリラックスして休養をとって欲しいからと、単純に彼女がちゃんと戻ってきたと感じたくて当たり前のように二人でひとつのベッドに横たわり隙間をなくす。

素肌を合わせなくてもしっくりと収まる感覚に、これをユウキも体感したのか、と思うとやっぱりほんの少しだけモヤッとするものは蠢いて既に半分ほど隠れそうになっているはしばみ色の瞳に問いかけた。

 

「アスナ…旅行中、夜はちゃんと寝られたのか?」

「…ん?、うーん、夜?…夜はね、みんなと枕投げしたよ」

「それは聞いた」

 

もしかして二晩ともやったのか?、と妹の暴走具合に軽い頭痛を覚えたキリトは「そうじゃなくて」と更に追求を続ける。

 

「出発の時、新幹線のホームでユウキが言ってただろ?、隣で寝たいって」

「んぅ?……となり?………うん、ユウキは私の隣で…私はユイちゃんと一緒のお布団…で」

 

ユイと一緒、という眠気も吹き飛ぶワードにキリトの心の内のモヤが晴れていった。

キリトも初めてのALOでユイと再会した日の夜はログアウトするまで宿屋のベッドを二人で使った経験がある。多分あんな感じで今度はママの添い寝をユイも堪能したのだろう。

 

「そっか…ユイと……」

 

ところがもう一つ、キリトにはどうしても心に引っかかっている事があった。

 

「あとさ、リズが言ってた話だけど……」

「リズぅ?」

 

語尾がかなりあやふやになってきているが今を逃しては改めて話題にする勇気も出ないと、キリトは離さないとばかりに腕の中の華奢で豊満な身体をギュッと抱きしめた。

 

「京都の本家で見合い相手がどうとか……」

 

それは数時間前、新幹線の到着駅まで迎えに行った和人が帰路に就く前の里香から早口で言われた話だ。

 

『さすがに今回は私達が一緒だったからアスナの見合い相手も現れなかったわよっ』

 

なんだか「いい仕事をした」と言わんばかりの笑顔で突如爆弾を投下して手を振りながら在来線方面へ消えていった里香を和人はまともな声すら発せずに見送ったのだが、隣で手を振り返していた明日奈は「リズったら、もう」と困ったように笑っていただけだったのだ。

あれ?、否定しないんデスか?、見合いって…オレ、何も聞いてないけど……アスナさん?、で口を開きかけたタイミングで「おにーちゃーんっ」と妹に呼ばれ強制的に行きよりも更にパンッパンッになった鞄を持たされズルズルと家路につかされたのだ。

疲れているだろう明日奈宛てに送ったメッセに「今夜、ログハウスで旅行の話が聞きたい」と書いたのは嘘じゃない。嘘ではないがそれだけが目的ではないのだ。

 

「…おみゅあい?」

 

可愛らしく寝ぼけ始めているし下顎の近くでもぐもぐと唇を動かされて気持ち良くもこそばゆいが、これだけは絶対に有耶無耶にできないから、と覚醒を促すためにぽんぽんと背を叩いたのがうっかり逆効果となる。

 

「…それはぁ、もう大丈…ぷぅ…………」

「いや、ぷぅって……アスナ?」

 

最後に気持ち良さげにスリスリと頬をすり寄せて寝息を立て始めてしまった恋人の安心しきった様子に毒気を抜かれたキリトは「はーっ」と静かに息を吐いた。

ここまで睡魔に襲われながら口にした言葉だから「大丈夫」が強がりではないんだろう、と思うことにして、こんな穏やかな日々が少しでも長く続くことを祈りながらキリトもまた諦めたように瞼を閉じたのだった。




お読みいただき有り難うございました。
ユウキと一緒にいた頃はアスナもいっぱいいっぱいな感じ
なのであまりイチャらせられない……と思ってるので
こんな感じかなぁ、と。
キリトが色々フォローにまわるのが珍しくも新鮮で
ラストはせつないですが好きなお話です。
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