ソードアート・オンライン《かさなる手、つながる想い》   作:ほしな まつり

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『ソードアート・オンラインヴァリアント・ショウダウン(SAOVS)』で
七夕モチーフのアリス、アスナのイラストから


短編・『SAOVS』七夕の願い

「それで?」とアリスに問われ、しかし何を問われたのか皆目見当がつかずにアスナは笑顔のまま僅かに首を傾けた。するとじれたようにアリスの機嫌が下降する。

 

「何かあるのでしょう?」

「何かって??」

「今までだってあったではないですかっ」

「えっと……なんの事かな?」

 

意地悪でとぼけているのではない。アリスの言わんとする事が本当にわからずアスナの顔にも笑みが消え戸惑いが覆い尽くしていた。

さっきまでのアリスは本当に楽しそうに参加してきたイベントの話をしてくれて、そこで入手したアイテムを装着し自信満々で「どうですっ」とアスナに見せつけていたのに、寸刻前にクラインから「ほらよ」と手すさびに渡された長さ三十センチ程の笹の葉を乱暴にワサワサと揺らして不満を訴えている。

チラッ、とログハウスの中庭で作業をしているキリトとクラインに視線を飛ばしてみるが二人共獲得してきた竹笹を剪定する作業を本格的に始めていて……と言うより初めて持つ刃物・剣鉈の扱いに夢中でこちらの様子など気にも止めていない。

男性陣へ救援を求めるのは無理と諦めたアスナは再び目の前のアリスに向き直る。

今のアリスは七夕イベントで手に入れた衣装を身に纏ってまるで天女のごとき様相になっていた。

古代中国風のゆったりとしたデザインの衣装は銀河を思わせる深いコバルトブルーで、所々に描かれた細い金色の波模様がアリスの髪色とマッチしておりまさに『織り姫』の気品が漂っている。

なのに、だ。そのお姫さまは何をご所望なのか、さっきからアスナに催促じみた目で迫ってきている。

アスナはイベントに参加したキリト、アリス、リズ、クラインがこのログハウスに帰ったきた時の様子を冷静に思い返した。

クラインが笹の葉がもっさもさに茂った竹を担いでいて、キリトは初めて手にした剣鉈を嬉しそうに見せてくれ、アリスとリズは手ぶらだったが、リズが『織り姫の衣装があるから、アスナ着てみる?』と誘ってくれた。

正直全く興味がないわけではなかったが、そういうアイテムの使用はまずイベントに参加した人からだと思っているし、何より『織り姫』は愛する人と年に一回しか会う事の許されない身だから、なんとなく抵抗感もあって首を縦には振らなかった。「ならば、私が」と早速アリスが『織り姫』になり、リズは「短冊の準備をしてくるわね」と一旦ここを離れている。その間にキリトとクラインは竹笹を良い感じに整える為中庭に出て、アスナはリビングでアリスから七夕イベントの様子を聞き終え現在に至るというわけだ。

 

「ごめんね、アリス。本当に何の事かわからないんだけど……」

 

この言葉にアリスは愕然とした様子で唇を震わせた。

 

「そ、そんな……今までクリスマスケーキに年越し蕎麦、おせち、恵方巻き、ひなあられと用意してあったのに……」

 

アリスの口から順序よく出てきた名前にアスナもようやく合点がいって大きく頷きく。

それらはアリスがリアルワールドにきてこのログハウスで仲間達と集うようになってから振る舞った品々だ。

クリスマスの時には大きなホールケーキを、年末のお蕎麦とお正月のおせち料理はなんとなくそれっぽい物を作ってテーブルに並べた。節分の太巻きはかなり苦労したけれどみんなで一斉にかぶりついたのは今でも笑える思い出だ。他にも春には桜餅、端午の節句には柏餅とその時節毎にこの世界の伝統や歴史、文化を知って欲しくて色々試行錯誤したのだが、実はアリスも季節や行事毎にでてくる手料理を楽しみにしていたらしい。

 

「そっか……でも七夕の行事食って私知らないのよね…」

 

『ガーンッ』という岩文字が頭の上に落ちたきたかのような悲壮な顔つきになったアリスを見て慌ててアスナは言葉を繋いだ。

 

「でも、調べてみるわ。その間、星形に型抜きしたミルク寒天入りのゼリーが冷えてるから、それを食べて待っててくれる?」

 

途端に満面の笑みで復活を遂げたアリスが「ゼリーがあるのですね!」と手にある笹の葉をクルクルと回しながらキッチンに向かおうとするのをガシッとつかんで引き留める。

 

「待って、アリス。リズが戻って来てないし、キリトくん達もまだ作業してるから皆がそろってからっ、ねっ」

 

渋々頷いたアリスが方向転換をし中庭にいるキリトとクラインに応援という名のせっつきを飛ばして、リズも合流し作業が一段落ついた所で涼しげなゼリーを口に運んだ『織り姫』は嬉しそうに頬を緩めたのだった。

 

 

 

 

 

「お疲れ、アスナ」

 

笹を観察する事に集中していたアスナは突然背後からかけられたキリトの声に肩を振るわせた。

 

「キっ、キリトくん」

「台所の片付け、やっといたから」

「ありがとう」

 

持っていた黄色い短冊を急いで隠すように胸元へ引き寄せる。

どこに吊そうかと迷っていたら思いのほか時間をかけてしまっていたようだ。「蜜月」と呼べるだろう、あの二週間も食後の後片付けをキリトは率先してやってくれていた。

「作るのはほとんど任せっきりになってるからな」と申し訳なさそうに軽く笑って流し台の前に立つキリトを見て、《現実世界》で父や兄がキッチンに立つ姿など見た事のないアスナの目には随分新鮮に映ったものだ。ゲーム世界での後片付けなどたいした手間でもないだが、二人の生活が特別なものに感じた思い出のひとつである。

 

「……み…見た?」

 

どうやら願い事を知られたくないらしい。短冊をギュッと両手で握りしめ、少し上目遣いで聞いてくる彼女の頬は淡く色づいており、困り眉なのにそれでも軽く睨み付けてくるはしばみ色は精一杯で威嚇している小動物みたいで……ナンダカトッテモカワイイデスネ、とうっかり漏れそうになった本音を咄嗟に片手で口を塞いで回避し、ついでに視線も明後日の方向にずらしてみる。

今のアスナは大輪の花が随所に咲き乱れてる薄桃色の浴衣姿で、その色が羞恥の肌色と相まってとにかく美味しそうなのだ。

髪も結い上げているせいでほっそりとした色白の首はあらわだし、洋服より華奢な肩もよくわかる。ピンク色の帯の下の腰周りだって……と逸らしたはずの目はしっかり視覚情報を得ていて、ゴクリ、というSEがキリトの内で爆音と化して響いた。

 

「…どうしたの?」

 

いつまで経っても返事がない事に加えての挙動不審ぶりに疑問が勝ったらしく、アスナが小首をかしげる。

 

「いや、浴衣、似合ってるなぁ、と…思いマシテ」

 

総じてそういう事だから、と内側の熱を誤魔化すように言えば、改めて自分自身に視線を巡らせてから愛しい彼女は「素敵な浴衣をありがとう、キリトくん」とふわり微笑んだ。

七夕イベントで手に入るアイテムはランダムで、キリトのストレージには女性用の浴衣が入っていた為、悩むことなくアスナに譲ったのある。

ちなみにリズのストレージには『織り姫の衣』、アリスは『竹笹と鉈』だった。

だからリズはアスナに「着てみる?」と聞いてくれたのだが、親友が辞退したのとアリスからの要望でトレードが成立している。武具屋としては鉈について色々調べてみたいようだ。

クラインは『彦星の衣』を入手したが姫の衣装とは違い牛飼いの衣装に煌びやかさはなく、試しに装着してみたもののリズの大笑いをはじめアスナでさえ顔を横に向けて軽く吹き出したほど牧歌的な装いだったせいで「二度と着ねえ。エギルんとこに売りつけてやる」と決意を固めていた。

ちなみにログハウスに帰って来た時、クラインとキリトが竹笹と剣鉈を持っていた理由は「力仕事は任せたわ」とリズに言われたかららしい。

 

「アリスも七夕を満喫したみたいでよかったよ」

 

織り姫の衣装もだが、作っておいたゼリーを食べてもらっている間に七夕の伝統食を調べ、「索餅(さくべい)」という揚げ菓子に辿り着いたアスナは急いでそれに似た物を用意したのである。

 

「そうだな。あんな菓子があるなんてオレは知らなかったから」

「結局最後はドーナツパーティーみたいになっちゃったけど」

 

本来、甘味はほとんどない菓子なのに仲間達からもっと甘くしてくれとの要望が強くて、結果、見た目は索餅で味はドーナツという、麻花(マーファ)に近い物が出来上がってしまったのだ。

七夕イベントに参加しゼリーとアスナオリジナルの索餅を食べ竹笹に取り付けた短冊がひらひらと舞う様子を眺めてからアリスは満足げに頷いて「今日はとても楽しかったです」と言ってログハウスから姿を消した。

続いてリズは譲り受けた鉈を持って自分の店へ、クラインは早速『彦星の衣』をエギルの店へ持ち込みに、そしてようやく二人だけの時間になったのである。

 

「アスナも早く短冊付けちゃえよ」

「あ、うん」

「オレはアスナの願い事を叶えるために今夜はずっと一緒にいられるよう寝室で待ってるからさ」

「ふへ?」

 

一瞬、何を言われたのか理解が追いつかないアスナは呆けた顔でキリトを見るが、キリトからはいつものニヤリとした笑顔が返ってくるだけだ。が、しかし、一拍置いてその意味を悟ったアスナの顔が先程とは比べものにならないほど真っ赤に熟れる。

キリトだけが知っている瑞々しく柔らかな触感の唇がぷるぷると震えていて欲が刺激される。

これ以上オレを煽ってどうするつもりなんだろうな、と己の内の獣を制する為に半ば呆れた感想を抱いてみるが、多分瞳の熱は誤魔化しきれていない。

あの時は純粋な気持ちで「今夜は一緒にいたい」と願ったが、それ以上の行為で応えてくれたのはアスナだし、もちろん今の発言も素直に正直に本心で告げた言葉だ……ただ「一緒」の密着度がかなり濃厚なだけで、と己を全肯定しているキリトにアスナの口からようやく声が出てきた。

 

「私のお願い事は、今夜だけの事じゃないもんっ」

 

必死になりすぎて見られたくなかった短冊の一部分の暴露に、本気で彼女の願い事が今夜の過ごし方とは思っていなかったキリトが自身の推測に確信を持つ。

見えたのは「……くんとずっと一緒に……」だけだった。

アスナが「くん」付けで呼ぶ者と言えばキリトだ。だから……

 

「オレ達がずっと一緒なのはアスナがわざわざ願わなくてもオレにとっては決定事項なんだけどな」




お読みいただき有り難うございました。
イラストをご覧いただけるとバレちゃうんですけど
アスナの髪色が栗色なんですっ(涙)
でも《現実世界》だと色々成り立たないので……
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