ソードアート・オンライン《かさなる手、つながる想い》 作:ほしな まつり
(そんな「前書き」が許されるのだろうか?)
フロアボスが待ち構えているであろう重厚な扉の前に集まっていた三人の元へ同時にメッセージが届く。
全く同じ内容の一斉送信なので互いに確認し合わずとも頷くだけで合意を示し、代表して一人が送り主へ了解の意を返信した。
そしてそれを受け取った最初の送信者であるクラインは己の提案に了承の意を得て満足そうに「よっし」と小さくガッツポーズを決め、背後の二人へ振り返った。
「お前ら、こっちは了解とれたぜ」
「あ、じゃあ一緒させてもらうかな」
「なんか悪いな、急な話で」
「なーに、こっちも急に二人来れなくなってよ。お前達もとりあえず情報収集なんだろ?」
「ああ、このフロアのボスにはまだ一度も挑戦したことないんだ」
「流石に初戦でどうにか出来るレベルなわけないしな」
「オレ達も今日は様子見だが可能な限り粘りたいからよ。加勢は大いに助かるってもんだ。どうせ全員顔見知りだし、いっちょ気楽に頑張ろうぜっ」
「こっちこそ、よろしく頼む」
「他のメンツはもうボス部屋前にいるんだろ?、だったら急ごう」
こうしてクラインは迷宮区最奥に向かう途中、偶然再会した懐かしい男性プレイヤー二人を伴い仲間達の待つボス部屋前へ向かったのだった。
フロア最強、最難関の場所に相応しい緻密な装飾の施された両開きの巨大扉の前でクライン達を待っていた三人は少し遠くから発せられた「おーい」という聞き覚えのある声に反応して顔を動かした。
一方、クラインのすぐ後ろを歩いていた二人は申し合わせたようにピタリと足を止める。
「……お、おい、クライン」
「……ちょっ…と待った」
背後から戸惑いの中に怯えさえ混じっているような声で呼ばれて「あ?」と振り返ったクラインは顔を強張らせている二人に「どうしたんだよ?」と己も歩みを止めて軽く首を傾げた。
「これから一緒にボス部屋に入るのって……あの三人じゃ、ない、よな?」
「あの三人に決まってるだろうが」
他に人待ち顔のプレイヤーはいない……と言うかそもそもその三人しか扉の前にいない。
「《風林火山》のメンバーじゃなかったのかよっ!」
「ああ、あいつらと挑む時もあるけどよ。今日はあの三人だ。どっちにしろお前達も知ってるメンツだから問題ないだろ?……わりぃ、遅くなったー」
最後のはこちらに手をあげているエギルに向け飛ばした声だが、固まっていた二人にとってはもう気付かなかったふりで引き返すという逃げ道は存在しない決定打でもあった。
「ほら、来いよ」と促され仕方なく不自然な笑みを顔に貼り付け自分達を待つ三人の前へと到着するとまず直角に腰を折り体育会系よろしく生きの良い声を上げる。
「お久しぶりですっ、副団長っ」
「ご無沙汰してますっ、副団長っ」
いきなりの挨拶に顔を引き攣らせたのはアスナだ。
「えぇぇ…もう、そういうのは無しでいいわよ。メジロさん、ガンドさん、二人とも元気そうでよかった。ALOでその姿って事はステータスを引き継いだのね」
「あー、まあ、能力値の数字だけじゃなくて、やっぱり愛着があるっていうか……」
「この姿だったからお互い一発でわかりましたよ」
へへっ、と照れ笑う顔はかつてこの浮遊城の第五十五層に《血盟騎士団》の本部があった頃、緊張した面持ちで、それでも白を基調とした団員服を初めて装着した二人が互いの姿を見た時の顔そのままだった。
「クラインさんから、偶然かつての攻略組のメンバーに会ったから連れて行っていいか?、ってメッセージが届いた時は驚いたけど、急な話で大丈夫だった?」
「大丈夫ッス!」
「全く問題ないッス!」
共闘するのがギルド《風林火山》ではないと判明した途端、どうにか合流を回避する方法はないかと頭をフル回転させた事など微塵も感じさせない変わり身の早さである。
「オレらも驚きました。副団長が…」
「今は《KoB》はないんだから、アスナでいいわ」
「ア、アスナさんが、斧使いのエギルや《風林火山》のクラインと交流が続いてたなんて……それに、あの」
盗み見るようにキリトへ視線をやった二人にアスナは気まずそうな表情で頬を掻いた。
元《血盟騎士団》だったメジロとガンドは古参のメンバーではない。ゲームクリアとなった十一月初旬の数ヶ月前に入団しアスナが指導を担当した新人団員の中にいた二人だ。
結果的には最終戦となった第七十五層のフロアボス攻略には参加していなかったが、その少し前の層の攻略戦では良い動きをみせていた。その時もアスナが総指揮を執っていて、例に漏れず攻略会議で作戦のフォーメーションにおいてキリトと意見が合わず対立したのである。
《血盟騎士団》のサブリーダーである《閃光》と呼ばれているアスナの立案に真っ向から意見を述べる『黒の剣士』の異名を持つソロプレイヤーのキリト、低層から付き合いのある者達は内心「またか」としか感じていなかったが、新参者からは火と油の関係と思われていたのなら今の状況は天変地異の状況と言っても過言ではないだろう。
そのキリトだが、当人はそんな風に見られているとは気づきもせず合流したクラインに「よっ」と挨拶をした後、そそっ、とバンダナを巻いた頭に顔を近づけ小声で「なぁ、あの二人って……」と懸命に記憶を掘り起こしていた。
「覚えてねぇのかよ?、《KoB》にいただろ」
キリトが「うーん」と唸っている隣でエギルが諦めたように頭を左右に振る。
「キリトの場合、覚える気がないってのが正解だろうな」
「そんな事は……顔は見た気がする。まぁ、だいたいのプレイヤーはアスナに聞けば教えてもらえるし……」
問題無し、と言いたげな顔にクラインの眉と両肩が同時に下がった。
「お前、よくそれでソロやれてたよなぁ」
反論の言葉が見つからないキリトは年長者達からの呆れ視線を避けようとアスナ達の方へ逃げるように移動し元《KoB》の二人に「今日はよろしく」と声を掛ける。
すると今まで緊張しつつも再会を喜んでいたいた二人の顔が再びピキッと強張った。
ガンドが絞り出すように「よろしく」と硬い声を吐くとメジロがあからさまにキリトから視線を逸らし「俺達、エギルにも挨拶してきます」と二人連れだってその場を離れていく。
その後ろ姿を見つつ、キリトはふぅっ、と鼻から息を抜いた。
「やっぱりオレ《KoB》のギルメンからはいい印象持たれてないよな」
「うーん、そうかなぁ。LAボーナス持っていかれちゃうのは皆騒いでたけど、それだって怒ってるって言うより悔しがってる感じだったし……それにあの二人と一緒のフロアボス攻略は一回しかしてないからキリトくんとそんなに接点なかったと思うんだけど」
「……懐かしいな。《KoB》の副団長サマが作戦指揮の時はオレが動きやすい配置だったからボス部屋の攻略経験が浅いメンバーは近くにいなかったもんな」
ニヤりと笑って言えば目元を色づかせたアスナが、ぷいッと顔を背けてそれ以上の会話を拒む。そんな仕草さえ愛おしさを誘うには十分で、キリトは口元をそのままに漆黒の瞳を優しく細めた。
「うえっ!、《黒の剣士》が笑ってるっ」
「副団長と普通に話してるっ」
少し離れた場所からクライン達と雑談をしていたメジロ、ガンドの二人が、ふと視界に入った光景に目を丸くしていると、その反応こそ心外だと言いたげにエギルが「お前ら…」とたしなめるような声を出す。
「元々キリトとアスナは険悪な関係ってほど不仲なわけじゃないぞ」
攻略会議で意見を衝突させていた頃でもエギルの店で鉢合わせた時は色々なアイテムを物色しながら、あーでもないこうでもないとお互い真剣に楽しそうに時には巫山戯ながら言葉を交わしていた。それこそ低層ではコンビを組んでいた二人である。当人達に自覚があったかは知らないが攻略戦でも一番息の合った動きを見せていたし、何きっかけかは教えてもらっていないものの、いつの間にか特別な関係になりそれが今でも続いているのはエギルにとってごく自然な流れに映っていた。
《ALS》や《DKB》の初期メンバーならキリトを忌避するのもわからなくはないが、この二人はそこまで深い関わりはないだろ?、という気持ちで軽く睨みを利かせれば、メジロが「そうじゃないんだ」とガンドと共に苦味の混じった笑いをこぼした。
「あれは俺達が《KoB》に入団して少ししてからだったよな?」
ガンドが「そうそう」と相づちを打つ。
「ほぼ同時期に入団した新規メンバー数人と一緒に副団長のアスナさんがレベル上げに付き合ってくれた夜があってさ。《KoB》にも慣れ始めたところだったし……今思い返すと俺達ちょっと浮かれてたんだ。そろそろ終わりにしようってなった時、背後にポップしたモンスターに気付かなくて……」
「細いピアノ線みたいなのが何十本も伸びてきたのが一瞬見えたと思ったんだけど、驚きと恐怖で咄嗟に動けなかった俺達が次に見たのはそれこそ《閃光》の如く副団長の細剣がそれらを斬り落とした斬撃エフェクトの光でさ」
「ハッキリ言ってあれは痺れた」
「なんか色んな意味で震えがとまらんかった」
「ただ……」
なっ、と同意を求めるように隣にいるメジロへガンドが目だけを動かして見れば、「ああ」と盛り上がった気持ちを沈めるように重い溜め息を落とした。
「そのモンスターの攻撃で副団長の髪が切られたんだ」
その発言はさすがに予想外でエギルとクラインの目がこれでもかと大きくなる。
「いやっ、切られたって言ってもほんの一部だっ、全体の六分の一?、一握りの半分くらい?」
「そうそうっ、それも先っちょのほうの五センチ?、三センチくらいだったか?」
被害状況がどんどん控えめになっていく二人に向かいクラインが軽く手を振った。
「別にお前達を責める気はねぇよ」
身体の一部を切り落とされると起こる「部位欠損ダメージ」はその切断面から血赤色の光点を撒き散らすが少量の毛先ならそこまでのエフェクトは出ないし三分間の部位欠損ステータスも行動に支障はでないはずだ。
腕組みをして話を聞いていたエギルも表情を和らげ「アスナにしちゃ珍しいが、それを理由にお前達を叱責はしなかっただろ?」と問いかける。
「うん。実際、副団長も特に気にした様子はなかったんだけどさ……って言うかモンスターを屠った後、一点をジッと見つめてて、そしたらその方向から出てきたんだ」
「何がだよ?、また別のモンスターか?」
「……《黒の剣士》だよ」
そこに繋がるのか、と「ほぉっ」とエギルが声を漏らす。
『ありがとう、っと言っておくわ。《投擲》スキルも取ってたのね』
感謝の言葉を述べているはずのアスナの声は硬く、己の至らなさを指摘されたかのように唇は屈辱的な笑みの形に固定されていた。
『礼はいいよ。たいした援護にもならなかったし』
ゆっくりと近づいてくるキリトもまた無表情に近い……ところが彼女との距離が残り数メートルとなった時、ビクッと足を止め『その髪』と呟いた。
一方アスナの方はもう話す事もないと言いたげに団員達へ『戻りましょう』と帰路を促し先頭を切って歩き始める。しかし立ち尽くしているキリトの横を通り過ぎた直後、俯き加減でボソリと吐かれた低い声を彼女の耳が拾ってしまった。
『…常に周囲の索敵を怠らないようにしないと……』
『わかってるわよっ!!』
振り返ると同時に一閃で切り裂くような声を発し、はしばみ色に苛立ちを込めてキリトをひと睨みしたアスナはわずかに欠けた部分のある髪をばさりっ、とはらってその場を後にしたのだ。
「……とまあ、そんな事があったわけだけど、その現場を一番近くで見てた俺達は気付いてたんだ。《黒の剣士》が周囲の索敵云々を言う前に小さく舌打ちしたんだよ」
「あれは絶対副団長に言ったんじゃなくて未熟な俺達に対する言葉だったんだ」
「目がマジで怒ってたし」
「なんかもう怒りのオーラが吹き出してた」
「その後、一回だけ《黒の剣士》と一緒に攻略戦のメンバーになったけど、もう必死さっ。今度なんかミスったら舌打ちされるだけじゃ済まないだろ?」
「お陰で、いい動きだったわ、って副団長に褒められたくらいだ」
だからキリトに対する反応がアレだったわけか、とエギルはこめかみの辺りを指で揉みつつ先程から場所を移動せずに二人で話し込んでいる元ソロプレイヤー《黒の剣士》と元《KoB》の副団長の楽しそうな様子を見て、うぅむ、と考える。
そもそもキリトは名前すら覚えていないプレイヤーに対し、舌打ちをするほど強い負の感情を表すような奴ではない。そしてメジロとガンドの解釈通りアスナに対しての言動でもないだろう。
となると答えはひとつ、たまたま夜の狩り場で《血盟騎士団》のレベリングに居合わせたキリトはつい《投擲》スキルで新人団員達の窮地をフォローをしてしまい、それをアスナに気付かれた為姿を現さざるをえなくなったが、見れば彼女は髪の一部に欠損ダメージを負っており、そこで自分がもっとしっかり索敵していれば、と自戒の念を込めた舌打ちと言葉だった……あたりだろうと当たりをつける。
エギルの店を「ゴミ溜め」だの「ぼったくり屋」だのと揶揄してくるくせに、たまにアスナと遭遇すると必ず彼女が退店するまで居座っていたし、アイテムを吟味している彼女の姿を飽きもせずずっと目で追っていたし、ただ、それらが完全に無意識で、あの頃は彼女の髪のひと房でも損なわれると感情の制御ができなくなる意味に気付いていなかったらしいが、今だと爪のひと欠片でも欠損したら大事になりそうだな、とその仮定を追い出すように頭を振る。
だいたい今更あの時の真意を問いただすのも野暮というもの。それでメジロとガンドが成長したのならこの話はそのままにしとくか、と判断したエギルの隣でクラインが脳天気に「安心しな」と陽気な声を発した。
「今はキリトとアスナもあの頃みたいにいがみ合う仲じゃねえし、お前らだって強くなってんだろ?、久々の『攻略組』で挑むボス部屋だ、気合い入れていこうぜっ」
……と、今回が初挑戦だけに最初は攻略の情報を出来る限り得ようと各自様々な手法で攻撃を試していたのだが、そこは元『攻略組』、段々と戦闘に熱が入ってしまい後方支援のアスナも握っていたアイテムをワンドから細剣へと切り替えた直後、ボスモンスターが吐き出した粘着性のある無数の糸が髪にからまり「んーっ、もうっ!」という思い切りの良い声と共に自らばっさり髪の毛を切り落とした途端……「ふくだんちょーっ!!」と断末魔のようなメジロとガンドの絶叫がボス部屋内に木霊したのだった。
お読みいただき有り難うございました。
アニメオンリーの方に補足しますと一期の第10話「紅の殺意」で
キリトがクラディールに片腕を切られるシーンが
「部分欠損ダメージ」です。
で、自分から髪を切ったアスナへのキリトのリアクションと
言うかその後の行動はどうなるのか?、が決めきれずこんな終わり方に
なってしまったので……決められたら続き書きます(苦笑)