ソードアート・オンライン《かさなる手、つながる想い》   作:ほしな まつり

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本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
すっかり不定期投稿になってしまい申し訳ありません。
今回は『シュガーリィ・デイズ』からですが未読でも
大丈夫だと思います。


エフェクト

いつもの如く二十二層のログハウスを我が家とばかりにくつろいでいるクラインが、ふと思い出したように口を開いた。

 

「そうだ、知ってるか?、この前のマイナーアップデートで頭上エフェクトが増えたらしいぜ」

 

「頭上エフェクト?」と食いついたのはリズだ。

 

「おうっ。エフェクトについての詳しい情報はあえて公開しない方針だって聞いたけどよ、頭の上に浮かぶ……文字とか記号とか絵みたいなヤツなんじゃねえか?」

「浮かぶ?、って……驚いた時にビックリマークとか?」

 

その発言に思わずクッと短い笑い声を漏らしたエギルは保護者の目でリズに「おいおい」と声をかける。

 

「それだとボス部屋の初戦ではプレイヤー達の上にマークがひっきりなしにでるぞ」

 

情報が出そろっていないハイレベルモンスターとの戦闘は驚きの連続だ。常に挑戦者の立場である攻略者達は翻弄され続ける為、戦闘中はピコンッ、ピコンッとエクスクラメーションマークが出続ける事態になってしまう。

 

「あ、そうね」

「いやいや、普通そういったエフェクトの有効範囲は圏内のみだろ?」

 

ちょっとだけ眉間に皺を寄せたクラインが無精髭をさすって言う。

確かに、諸事情でハイドしていても何かの拍子に浮かんだエフェクトで周囲に気付かれてしまったら笑うに笑えない。

そこまで考えれば思いつく事は皆同じだ。一体どんなエフェクトが導入されたのか「見たい、見たい」とうずうずが止まらないリズは瞳を輝かせていたが、突然何かに気付いたようにパチパチッと二度ほど瞬きをして平常心を取り戻す。

 

「そもそも私、今まで頭上エフェクトって見たことがないんだけど」

「あ?…あー、確かにほいほい出るもんじゃねぇし、自分に出ても見えねぇしな」

 

ふむふむ、とリズは想像してみた。

例えば自分が客から預かった剣を期日までに整えられなかったら「ごめんなさいっ、みませんでしたっ」と謝る自分の頭上には飛び散る汗マークが浮かんでいたのだろうか?、それとも剣を鍛える時、素材の新しい配合を思いついた時は電球マークが光ったりしていたのだろうか?……もしそうなっていても自分では見られないなんて、何の為の、誰の為のエフェクトよっ、と悔しさも混じって憤りの声が出そうになった時、それまでずっと沈黙を保っていたこの家の主が定席である揺り椅子からポツリ、と呟いた。

 

「…湯気なら、見た事あるけど……」

「「「湯気!?」」」

 

発言者を除くこの場の全員が驚きの声を発したところをみるとキリト以外誰も見た事のないエフェクトらしい。

 

「発動条件はなんだよっ?!」

「お風呂でのぼせた時とか?」

「風呂場で湯気でてもわからないだろ」

 

次々と自問自答のような会話が繰り返される中、その発端となったキリトだけはその時の状況を思い出し、緩みそうになった口元をぽりっ、と頬を軽く掻くことで誤魔化した。

 

「一体誰の頭上に湯気エフェクトが出たのを見たんだよ?」

「あー…、それは…………アスナ…さん、デス」

 

若干、照れが混入してる声にその場の三人は察した。

これは絶対二人きりの時に見たヤツだ、と。

どういう状況だったのか、深掘りしたら絶対ダメなヤツだ、と。

そして今、コイツ、絶対その時のアスナの顔、思い出してるだろ、と。

結局、先程頬を引っ掻いた意味はまるで無くなったわけだが、頭上エフェクトが見たいという欲求はなくなっていない。

それにアイドル並みの美貌を持つアスナの頭上からポワンッと湯気が出る様は是非とも鑑賞したい画である。

そこで、ゴホンッと咳払いひとつで場の空気を鎮めたエギルが年長者らしく冷静な声を発した。

 

「『頭に湯気を立てる』ってのは本来もの凄く腹を立てたり、といった興奮状態を表す言葉だけどな、まぁ、キリトの様子を見るに、どうやら『顔から火が出る』と混同してアスナが照れたり恥ずかしがったりした時に湯気が出たんだろうな………だろ?」

 

確認するようにキリトを見れば、素直に頷くのも抵抗があるのか中途半端な笑みを浮かべるだけでやり過ごそうとしているが、それこそが肯定を示している。

そしてさすがアフリカ系アメリカ人とは言え生粋の江戸っ子、二つの慣用句の違いを説明し、更にキリトが見た状況の推測を披露してこの場の全員の認識を統一させた。

そこでリズも軽く挙手をしてこの場の意見をまとめる。

 

「それなら新しいエフェクトを模索する前に発動条件がわかっている湯気エフェクトを見るって事でいいわよね?」

 

そこに異論はないもののクラインは「うーん」と唸り声をあげた。

 

「けどよ、エフェクトが見たいって目的を知ってるオレらじゃ、互いに何を言っても無理だろ?」

 

たしかに、その手のエフェクトは出そうと思って出るものではない。

 

「そうね。だったらキッチンにいるアスナを呼んで湯気が出るような事を私達が言うしかないわ」

「キリの字よう、お前何て言ったんだよ」

 

クラインの問いかけにまたもや曖昧な笑顔のキリトは「いやぁ…」と歯切れの悪い口調で続けた。

 

「それは…ちょっと教えられないけど、どっちにしろ今のアスナじゃ同じ事を言っても湯気はでないと思う」

 

あれは新婚生活を始めた一日目の朝の出来事で、自分より早くに起きて風呂にはいったと告げてきたたアスナに「起こしてくれれば、一緒に入れたのに」と冗談半分、ダメモト半分で正面突破を試みた結果の産物であり、あれから何回も何十回も混浴をしている今では、照れや恥じらいは見せるものの湯気までは出ない。

そもそもクラインやエギルが「一緒に風呂に入ろう」的な誘い文句をアスナに言うって……と想像してみたキリトはなんとも言えない感情が湧いてきて無意識に胸のあたりをさすった。

 

「となると、だ……こいつはちょっと作戦会議だな。キリト、お前はアスナを呼んでこいよ」

 

クラインに手招きされたエギルとリズが顔を寄せ合い、頷いたり首を傾げたりしている様を横目に見つつ「へいへい」と揺り椅子から立ち上がったキリトはこの後提供されるであろう絶品のスイーツ作りをしているアスナの元へ向かったのだった。

 

 

 

 

 

「生地をオーブンに入れるまで待ってね」と言われたキリトが《アスナをリビングに連れて来る》ミッションを完遂したのは三人の作戦会議がちょうど終わった頃だったようだ。

とても不自然な笑顔の三人が彼女を取り囲む。

 

「え?、なに?、どうしたの?」

 

このまま頭上にハテナマークのエフェクトが浮かぶんじゃ?、とキリトだけがアスナの頭のすこし上を観察していたが、待ってましたとばかりの三人は互いに目で作戦の確認をすると一番手らしいクラインがわざとらしく「あー、まぁ、あれだ」と意味のない言葉で喉の調子を試した後、唐突な話題を振ってきた。

 

「最近、剣の調子はどうよ?」

「け、剣?、レイピアだったらこの前リズに研いでもらったばかりだけど…」

「そっ、そっか。だけどスゲーよなっ、ヒーラーも出来て剣の腕も超一流っ。細剣使いじゃオレの知ってるプレイヤーの中だとダントツだしよっ」

「あ、ありがとう……急にどうしちゃったの?」

 

そう問われても上手く答えられないクラインを見かねたエギルが「交代だ」とばかりに一歩分アスナに近づく。

 

「そう言や、この前店に持って来てくれたレバームース、あれ美味かったぞ。常連客にも少し出したんだが好評だった」

「ほんと?、よかった。あの鶏レバーのムース、サンドイッチにしてキリトくんにも食べてもらったんだけど、もう少しコクが欲しいかな、と思って隠し味の蜂蜜とカレー粉の量を増やしてみたの。キリトくんに聞いても『美味い』しか言ってくれないんだもん」

「だって本当に美味いんだから仕方ないだろ」

 

もう少し馴染みのある料理なら多少味の好みだったり感想も言える気がするが、初めて食べる料理でしかもアスナの手作り、不味くないわけがない。『美味い』の一択は当然だとばかりに胸を張る。

すると身長差のせいで少し上から『お前は黙ってろ』のエギルの視線を受けてキリトは大人しく口を閉じた。

 

「そもそもあんなに手間のかかる料理を丁寧に作れるんだ、大したもんだと思うぞ。まだ十代だってのに。しかもほぼ独学だろ。レシピ通りって言ってもセンスが必要になるレベルだしな」

「飲食業を営んでいるエギルさんにそう言ってもらえると自信が付くわ。でもまだまだ改善の余地はあると思うの。今焼いているフルーツケーキもね前回はオレンジの皮をすりおろして練り込んだけど今回は皮だけ先にシロップで煮てみたから感想教えてね」

 

茶々は入れない、とお口チャックをしていたキリトの喉がゴクンと鳴る。

その音に素早く反応したリズはキリトの顔面にキッと鋭い視線を刺した後、すぐさま体当たりの勢いでエギルをアスナの前からどかした。

 

「そうそうっ、やっぱりアスナのすごい所はセンスの良さだと思うのよっ。料理はもちろんこの家の家具や小物のチョイスとか…このティーカップも素敵よね。服装やアクセも品があるって言うの?、そういうの見つけるの上手いし、私のこの髪の毛の色もアスナのアドバイスだしねっ」

「へぇぇっ、そうだったのかよ」

 

当初の目的を忘れてしまったのか、ごくごく普通にクラインが「初耳だぜ」っと呟いた途端、足元でダンッと低い音が響き、続けて「うおぉっ」と叫んだかと思えばその場にうずくまった。

アスナとキリト、エギルが視線を落とすとリズの靴の踵がクラインのブーツの足の甲あたりにめり込んでいる。

当然この世界で痛みは感じないはずだがかなりの衝撃を受けたらしくクラインは膝を抱えて震えていた。

アスナは湯気を出すどころか「だいじょうぶ?」と心配をしているし、リズは未だ足をどけず、むしろグリグリと耐久度を損耗させているし、エギルはやれやれと言った顔でその光景を見つめている。

ただひとり傍観者という名の観客的存在でこの茶番劇を鑑賞していたキリトがオーブンの中身の出来上がり具合が気になり始めて「あのさ…」と、リズの様子をうかがいながら声を掛けた。

 

「もっとシンプルでいいんじゃないのか?」

 

その提言に一同は申し合わせたように小首をかしげる。

 

「だからもっとストレートにアスナの顔が可愛いとか、肌が透き通るような白いとか、スタイルが抜群だとか、身体能力的には足も速いし反射神経もいいし、頭脳面で言えば記憶力もすごいよな。あと発想力とか、当然知識量も半端ない。コミュ力の高さについてもオレの言いたい事とかすぐ正確に理解してくれるし、相手を思いやる気遣いや優しさも充分すぎる程だし面倒見も良いし、そのくせ正義感が強くて芯がしっかりしてるから男女問わずアスナを慕う奴は多いよな。先を見据えた緻密な戦略家タイプと思われがちだけど、時折もの凄い勘の良さを発揮して大胆な行動力をみせる意外性もアスナの魅力って言うかさ……」

 

この仮想現実の世界で不必要なのは充分承知しているものの息継ぎすらせずすらすらと自分の恋人の素晴らしさを語り続けるキリトの姿にリズ、クライン、エギルの三人は最初、口を半分ほど開けたまま聞き入っていたが次第に瞳がどんよりと濁り始めた。なぜならキリトの上げる美点や賞賛は既にアスナが散々浴びてきたものだろうと推測できるからだ。先程の作戦会議で『今更そんな当たり前の事を言ってもアスナが照れたりするわけはない』が全員一致の見解だったからこそこれまで言われたことがなさそうな褒め言葉を個々にひねり出していたのである。

だから三人は『そんな言葉で…』と内心苦笑いで視線をアスナに向け…………驚きで固まった。

そこには顔をこれでもかと真っ赤にして、なんなら瞳の端にちょっぴり恥じらいの涙さえ浮かべたアスナが唇を震わせていたのである。

三人は同時に思った……『ナンデ?』

そしてその間もキリトの声は続いている。

 

「でもやっぱりアスナの一番綺麗なところは心だよな」

 

ついに羞恥が限界点を突破したらしく彼女の頭のてっぺんの上に、ポワンッ、と真っ白で温かそうな湯気が浮き上がった。

今度は三人とも『おおっ』と口を丸くする

しかし夢中で喋り続けているキリトとそれを聞いているアスナの二人は気付いておらず、最終的には……

 

「だからアスナには、ずっとオレのそばにいて欲しいって言うか、いてもらわらいと困る」

 

少し照れたように告げるキリトの元へ「そんなの当たり前だよ」と赤みが残る笑顔で寄り添ったアスナを見て我に返った者達は、というと……

リズは「ご馳走様でした」と言い

クラインは「そろそろ帰るか」と言い

エギルは「邪魔したな」と言って次々にログハウスから出て行く。

森の家が少し小さくなった所でリズが解説を求めると、それについての考察を述べたのはエギルだ。

 

「多分、俺達が思ってる日常的にアスナが聞かされてるだろう賛辞の言葉をキリトが全く伝えてなかったって事だろうな」

「あー、だからキリトの口から出てきたのが新鮮だったのね。でも、だったら最後の言葉なんて……」

 

と続けようとしたところで、それを飲み込むように素早く口を閉じる。

『ずっとそばにいて欲しい』……リズにとってはそれこそ湯気が出そうなくらい恥ずかしい言葉だが、それを嬉しそうに受け取っていた親友の笑顔を思い出して、それが全く新鮮ではなかった意味に気付き、「キリトのせいでケーキ食べ損なったわ」と今度は鼻から特大の息を吐き出したのだった。




お読みいただき有り難うございました。
キリトってアスナを見て無意識に「キレイだな」とか呟くけど本人に
面と向かっては言わない(言えない)?
でも他者になら「アスナのすごい所10コ言って」ってお願いされたら
すぐ言えそう(笑)
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