ソードアート・オンライン《かさなる手、つながる想い》   作:ほしな まつり

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【いつもの二人】シリーズです。
今回は《現実世界》の学校で明日奈が「う゛〜っ!」となるお話です(笑)。
頭では理解できても、心が納得できないと素直になれないのが女の子って
ものではないでしょうか?


【いつもの二人】歳の差編

何がどうしてこうなった?

 

明日奈が作ってくれた弁当を目の前にして、思考が迷走し始める。

しかし少しでも気を抜くと前から横から後ろからクラスメイトの男子達の手が伸びてくるので

落ち着いて考えることもままならない。

 

どうしてオレは自分の教室でアスナの弁当をひとりで食べるはめになってるんだ?

 

再び命題を自分に問う。

実際にはひとりで食べる、と言うよりは周囲から横取りしようとする魔の手から弁当を守りつつ

なので孤独感はまるでない。

本日のメインディッシュがぷるんっ、と魅惑の輝きを放っている。

 

照り焼きチキン……オレの好物なんだよな

 

あれが好き、これが好き、と言った覚えもないのに、明日奈が作ってきてくれる弁当には必ず

オレの好物が入っている。《かの世界》や《この世界》で食事を共にする度に、明日奈は

オレが何をどんな表情で食べているのかを見て察してくれているのだろう。

いつもならつややかな照りを見ただけでゴクリと唾を呑み込むのだが……オレの代わりにすぐ

横からゴクリという音が聞こえた。

 

「これが姫の愛情こもった手作り弁当かぁ……噂には聞いていたが、現物は想像以上だな」

 

確かに……今ではかなり見慣れてしまったが、フタを開けた時は彩りの良さ、栄養バランスの

良さに驚き、そして何より全てに繊細さを感じる味付けは感動ものだ。

しかもその味付けが自分の好みにアレンジされているとなれば、そこから感じる愛情は筆舌に

尽くしがたい。

 

「カズ、おれのかーちゃんの愛情こもった弁当と取り替えようぜ」

 

お前のかーちゃんの愛情はお前が受け取れ、という視線で答えてからオレは誰に分け与える

ことなく、ひとりで明日奈が作ってくれた弁当を食べた。

 

 

 

 

 

キレイに完食した後、オレの頭の中は今朝の出来事を再生していた。

今朝は寝坊と電車のダイヤの乱れのダブルパンチで本当に遅刻ギリギリだった。

いつもなら駅から歩くところを、駅前のロータリーで出発寸前のバスに飛び乗り、これで

間に合う、とつり革につかまり一安心した時だ、バスが急ブレーキをかけた為オレは

よろけて隣にいた女子生徒の足を踏んづけてしまったのだ。

女子生徒の驚いた表情がすぐさま苦痛に転じるのを見て、オレは盛大に焦った。

同じ制服だったので、学校前のバス停で下車する際に手を貸し、そのまま一緒に校門をくぐり、

昇降口まで彼女の腕を支えながら登校した。

幸い腫れてはいなかったが、痛そうに足を引きずる彼女はオレにピッタリとひっついて

腕を絡めていた。申し訳なさでいっぱいだった為気づかなかったが、今考えると、そんなに

くっついて歩かなくても、と思わなくもない。思わなくもないが、そんな事を言える立場では

ないのもまた事実だ。

校舎に着いてから、何度も「保健室へ」と言ったのだが、彼女は「大丈夫ですから」と断り続け、

時間的に誰もいない昇降口でオレより下の学年の下駄箱へと姿を消した。

オレはその後ろ姿を見送ってから自分の下駄箱に行き、靴を履き替えようとした時、明日奈が

目の前に息を切らしてやって来て……

 

「キリトくんのバカ!、大嫌いっ」

 

と言い放つやいなや、きびすをかえして階段を駆け上がっていってしまったのだ。

残されたオレは呆然とするしかなかった。

折角学校に遅刻せずに済んだというのに、午前中の授業は何一つ頭に入ってこなかった。

休み時間の度に、周囲から「下級生にまで手をだすのかっ」だの「朝っぱらから見せつけて

くれるなぁ」とか「二叉とかマジありえねーだろ」などの罵詈雑言を浴びていたが、オレの

頭は授業と同様に言葉の意味を一切理解していなかった。

この上、明日奈から「バカ」だの「大嫌い」だのと言われた事が知られていたら一体

どうなっていたことか……などと想像力さえ枯渇しているオレの頭は思いつきもせず、ただ

オレに対して告げられたという事実だけが全てを占めていた。

そうして午前の授業が全て終了した時、教室の出入り口から「キリト!」と呼ぶ声が耳に

入ったのだ。その声に反応できた自分を褒めてやりたいくらいオレは憔悴しきっていた。

見ればリズが弁当の包みを顔の高さまで上げて意味ありげな視線を送ってきている。

もちろんその弁当の作り手がリズでないことは瞬時に判断できていたが、それをリズが

持っているという光景が更にオレを打ちのめした。

ヨロヨロとリズの元へ歩み寄ると、彼女は包みをずいっとオレの前に突き出し、もう片方の手を

腰にあてて大きなため息をついた。

 

「はい、これ。明日奈から。一緒に食べる気分にはなれないみたいだけど、アンタに食べて

欲しいって気持ちはあるみたいね」

「ああ、ありがと」

 

オレは力なく弁当を両手で受け取ると、会話を続ける気分にもなれず自分の席に戻るため身体の

向きを変えた。

 

「まあ、それ食べてどうするか考えなさいよ。こんな宅配みたいなサービス、もう二度と

しないからねっ」

 

それだけをオレの背中に言うとリズの足音はすぐに廊下へと消えていった。

 

弁当を食べて欲しいって気持ちはある

 

弁当を食べ終えたオレの頭の中では、リズの言葉が何回も響いていた。

その言葉にすがるように携帯端末を取り出す。

迷う事なく明日奈に短いメッセージを送ると、返信は程なくして届いた。本文にはひとこと

だけ「承知しました」と書かれていた。

 

 

 

 

 

放課後、学校の屋上に出ると、唯一の先客の姿が目に入りホッと肩の力を抜く。明日奈は柵に

寄りかかってグラウンドを眺めているようだった。風にのってサラサラと栗色の髪が揺れて

いる。いつもの癖で、すぐに彼女に近づくことはせず、その姿をいっとき堪能した。そして

彼女の方もいつもの様にオレの視線に気づいて軽く頬を染める。まるでいつも通りだった。

朝、彼女から「大嫌い」と言われた事が夢か幻だったのではないかと思えるほどに。

しかしいつもなら頬を染めてすぐに笑顔になり、その後で照れたようにツンと視線を逸らすのが

お決まりなのだが、今日の彼女は頬を染めたまま笑顔を見せることなく視線を下に落とした。

オレはいつもよりゆっくりと彼女の元へと歩み寄り、手に持っていた空の弁当を差しだした。

 

「これ……有り難う」

「うん」

 

弁当箱を返したいから、放課後、屋上まで来て欲しい……と送ったメールの用件は簡単に

済んでしまった。しかし本来の目的はこれからなのだ。それは明日奈もわかって応じて

くれたのだと勝手に解釈していたが、彼女はそっと包みを受け取ると、そのまま脇を

すり抜けて行こうとしたので驚いたオレは慌てて手を伸ばした。

 

「ちょっ、明日奈……」

 

咄嗟に腕を掴んだが、振り払われることはなく彼女はピタリと足を止めた。しかし俯いた顔を

上げようとはしない。「明日奈?」ともう一度呼びかければ、意を決したようにゆっくりと顔を

こちらに向けて、眉をハの字に曲げたまま小さく呟いた。

 

「今は……謝れない。どうしても、無理」

「は?」

 

何を言っているのかすぐに理解できず、間の抜けた返事をしてしまった。

 

「だから……今朝、女の子と一緒にいたこと。あの子、シリカちゃんと同じクラスの子

なんだって。バスの中で何があって、どうして二人で登校したのかはシリカちゃんから

聞いたけど……頭ではわかってる。キリトくんは当然の事をしたんだって。でも……」

 

そこまで言って再び下を向いてしまう明日奈に、オレは未だ状況がつかめないままでいた。

「バカ」と言った事が謝れないのだろうか……今の明日奈の気持ちさえわかりかねている

バカなオレだから?

とりあえず朝の出来事は正確に明日奈に伝わっているようだが……まあ「謝れない」と

言っている時点で本当は謝りたいのだという明日奈の気持ちを察し、少し安心する。

 

「別に、無理に謝らなくてもいいよ……」

 

だいたい勝手に誤解されたようだが、勝手にそれは解決したようだし。

謝りたい気持ちは既にオレに伝わっている。

 

「それは……ダメ」

 

俯いたままこぼす姿を見て、クスリと笑ってから、明日奈らしいな、と独りごちる。要は筋は

通したいが、今は感情が邪魔をして出来ない、というところだろうか。

誤解が解けても尚、素直になれない感情とはなんなのか。

またオレの気づかないところで気持ちを持てあましているのか、オレの彼女は……。

そのまま明日奈は言葉を紡いだ。

 

「やっぱり……男の子は年下の可愛い女の子と一緒にいる……が……よね……」

 

ああ、そういうことか……

 

最後の方はよく聞き取れなかったが、明日奈が何を気にしていたのかはわかった気がした。

 

「オレには明日奈が一番可愛いけどな」

「……でも……年上より、年下の方が……」

 

最後まで言わさずにつかんでいた腕を引き寄せる。

 

「そんな事で拗ねてる明日奈は、とてもオレより年上には見えないけど」

「うっ……」

「それに、時々そんな事言ってるけど、それってオレありきの話だろ。なら明日奈のせいじゃ

ないし、もっと言えば原因はオレだよな」

 

少々強引な論理であることは自覚していたが、今はとにかく明日奈の重い心をどうにか

してやりたかった。常にオレという存在を基準に考えてくれる彼女は、自分がオレよりひとつ

年上ということがいまだ気になるようで思い出したように笑顔を曇らせる時がある。

 

「ちゃんと顔、見せて」

 

頬に手をあてると、ふるふると首を横に振った。

 

「今、すごくイヤな顔になってる。キリトくんに腕を借りていた下級生の女の子を見て、それを

許しているキリトくんを見て、胸が苦しくなって、ついキミにひどい言葉、言って……そんな

自分が何だかたまらなくイヤになって……もうグチャグチャだもん」

「グチャグチャでも可愛いから、いいよ」

「こんな顔見せたくなくて、でもお弁当は食べて欲しくて、リズに無理矢理頼んだのに……

リズったらお弁当箱返してもらう時は絶対自分で行きなさいって……」

 

リズのやつ、ナイスアシスト……とは思うが、きっと後で何かしらの要求がきそうだ。

 

「そう言えば、今日の弁当だけど……」

 

故意に言葉尻を濁してみれば、気になった様子の明日奈がおずおずと上目遣いでオレを見上げて

きた。無理にこちらを向かせなくても自分のした事はきちんとする明日奈らしい反応と共に、

予想通りその瞳に溜まっている涙を見て抱きしめたい衝動をグッと堪える。

 

「……何か……不味かった?」

 

震える声でおそるおそる尋ねてくる明日奈に、オレは真面目ぶった顔で軽く頷いてから彼女の

耳元にかがみ込んだ。

 

「いつもより美味しくなかった気がした……多分、明日奈と一緒に食べられなかったから」

 

これは嘘でもお世辞でもなく本当のことだ。好物の照り焼きさえ何か違う気がしたのだ。

多分、好きな人と食べればコンビニの弁当でもその美味しさは倍増するのだろう。

明日奈は一瞬眼を瞠ったが、一層眉根を寄せて口をきつく結んでいる。瞳の涙が頬に溢れ落ちた。

オレは慌てて唇を寄せ、チュッと音を立てて吸い取る。

 

「一緒に弁当を食べたいって思うのは明日奈だけだよ」

 

掴んでいた腕を一旦放して、改めて両手を彼女の背中に回した。

 

「こんな事したいって思うのも、明日奈だけ」

 

背中をゆっくりと摩りながら、再び顔を近づける。

 

「こんな事とか」

「……んふっ……ダメ……」

 

明日奈がオレから逃れるように顔を背けるがすぐに捕まえて貪った。背中にある片方の手を

徐々に移動させ、小さな頭に触れて、その長い髪を梳く。

 

「こんな事も」

「あっ……だから……ここ、学校……」

 

何回も、何回も、徐々に変えて。

髪を触りながら、もう片方の手で細い腰をぐっと抱き寄せる。

 

「そうだな。学校なのに……ここな風に我慢できなくさせるのは、明日奈だけ」

「ひゃんっ……ホントに……あっン……ダメ」

 

そのまま続けながら、手は乱れた髪の毛を耳にかけて、頬を経て顎へ、首筋へと明日奈の

感触を指先で楽しみながら移動を続けた。

 

「明日奈だけ……だから……」

「ああンっ……わかったから……んふっ……ちゃんと……だから……んんッ……

ごめん……なさい」

 

既に耳まで真っ赤に染まっている。

オレはニヤリと笑うと明日奈から身体を離し、一歩下がって顔を覗き込んだ。

明日奈は上がった息を整えつつ慌てて手櫛で髪を整え、ブラウスの襟元を正している。

 

「じゃあ、ちゃんと謝ってもらったことだし……とりあえず、場所を変えるか」

 

明日奈が無言でこくんと頷いた。

 




お読みいただき、有り難うございました。
こんな単純なストーリー展開なのに、ラストにキリトが責めまくってます(汗)。
(すみません、止まりませんでした)
キリトだって「いつも」女子から狙われているんです、という「いつも」の意味ではなく
(実際は狙われていると思いますが……)仲の良い二人でも、時々、感情が先行して気持ちが
すれ違う事もあるでしょうが、結局「いつも」の関係に戻る、という「いつも」です(苦笑)。
ふとした事で、時々気にしている事が一気にドーッンと重くなる事ってありますね。
さて、次回の舞台は《GGO》です……勇気を振り絞って投稿します。

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