ソードアート・オンライン《かさなる手、つながる想い》   作:ほしな まつり

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『アリシゼーション』の序盤でキリト、アスナ、シノンが話していた第五回BoB戦。
その為にコンバートしたキリトとアスナのお話です。珍しく舞台は《仮想世界》、しかも
《GGO》です。


オオカミと野ウサギ

はぁっ、はぁっ、はぁっ……

 

《ガンゲイル・オンライン》内の中央都市《SBCグロッケン》の街中をアスナは疾走していた。

霧なのか埃なのか、常にうっすらと視界を遮るそれに胸の内で舌打ちをしながら、時折

周囲の高層建築群の隙間から覗く総督府を視認しつつ自分の位置を予測する。

さっきまで走っていたメインストリートから、すぐさま横道に入り、入り組んだ路地を

選んだせいで空中回廊などはなく、ひたすら細く曲がりくねった道を前後左右に神経を張り巡らせ

ながら突き進むしかなかった。

「狭い路地裏」と言えば《SAO》でのアルゲードの代名詞のようなものだが、ここは世界が

違うせいか道には人々の賑やかな活気も雑然と置かれた生活感あふれる日用品もなかった。

薄暗く、人の気配すらしないが、角を曲がった途端NPCなのかプレイヤーなのかさえ

一瞬判別しかねる風貌の人らしき塊がうずくまっていたりと……その度に「ひゃんっ」と小さく

悲鳴を上げ、足を止めるが、ギロリと睨まれ、再びそこからも逃げるように走り出す……

そんな逃走を既に何回か繰り返していたので、自分を追ってくる足音が聞こえなくても

自らの足を止めることは出来なかった。

コンバートの為、俊敏性……AGI値は低くないはずだが、さっきまで自分の後ろを

薄ら笑いを浮かべてついてきた男達が突然走り出し、一瞬で距離が縮まった瞬間に

感じた身の毛もよだつような恐怖は今もぬぐえないままだ。

前回のログインまでは《GGO》をホームとしていたシノンが一緒だったが、今回、彼女は所用で

ダイブしていない。その代わり……と言うわけでもなかったが、自分より数日遅れて彼が

コンバートを予定していた日が今日だった。

あまり待ち合わせの場所から離れるわけにはいかない。

きっともう彼はその場所に到着して自分の姿を探しているはずだ。

速度を出来るだけ緩めず後ろを振り返るが、来た道をたどる勇気はなかった。

そもそも道が複雑な上に、振り返って改めてわかった事だが、道筋がかなりささくれ状になって

いる。男達が諦めた、という確信があったとしても同じ道を戻ることは不可能に近かった。

再び自分の位置を確認しようと総督府のタワーを探す……と、周囲への気配りがおろそかに

なった瞬間、いきなり手首をつかまれ、更に狭い袋小路へと引っ張り込まれた。

 

 

 

 

 

待ち合わせの場所に到着してキリトは首をかしげた。

かしげた拍子にはらりと黒髪が頬にかかるが、それを慣れた手つきで耳にかける自分の

無自覚な仕草を自覚した途端、うんざりとした表情になる。

久々の《GGO》へのコンバートだが、アバターの扱いに問題はないらしい。

喜ぶべきか、悲しむべきかを悩み、そんな事を悩んでいる場合ではない、と結論づける。

時間を確認し、再度、周囲を確認し、やはり腑に落ちない表情となった。

 

待ち合わせにアスナが遅れるなんて、珍しいな。

 

もう少し周囲を探してみよう、と足を踏み出した時、前方の壁によりかかっている

迷彩服に身を固めた二人組の痩せ形の男達の会話が耳に入ってきた。

 

「スッゲェ可愛かったなぁ」

「ああ……ココであんなアバターが見られるなんて、今日はツイてるぜ」

 

思い出したように頬を染め、だらしなく口元を緩めている彼らに近寄り、声をかける。

 

「すみません、今の話って……」

「うおぉぅっ」

 

二人が同時にのけぞり、更に頬を赤らめ、にへら顔になった。

女の子が……しかも向こうから声をかけてきた……と丸わかりの表情だ。

あえて訂正は入れずにキリトは微妙な笑顔のまま話しかける。

 

「今の話、聞かせてもらえますか?」

「今の?」

「ええ、可愛かったって……」

「ああっ、アンタも可愛いけどな。少し前に、そこに、これまた可愛い子がいたんだよ。

人待ち顔って感じで。でもガラの悪いヤツらに囲まれて、なぁっ」

 

見ようによってはこの二人も充分ガラの悪いヤツらだが……とキリトは思うが

口には出さず、同意を求められたもう一人に視線を移した。

隣からの振りに応じて、もう一人が話の続きを請け負う。

 

「おう、それで逃げるように振り切って……あっちの方に……」

 

そう言って、目線をそちらに向ける。

キリトは方向を確認すると話を遮るように二人に顔を近づけた。

 

「それで、ガラの悪いヤツらは?」

「なんか、そのまま追うような感じで同じ方向に歩いていったよなぁ」

 

もう一人もコクコクと頷いている。

その様子を見た途端、キリトは「ありがとう」と言い放ち、確認した方向に駆けだした。

 

 

 

 

 

悲鳴を上げる間さえなく、口元を手で覆われる。

突然、思いもしない方向に引っ張られ、腕からバランスを崩し思わず目を瞑ったが、すぐに

口を塞ぐ手も、手首を掴んだ指も感触を消し、代わりに背中から腕ごと抱きしめられた。

「いやっ」抵抗しようとした時、耳のすぐ近くでふわりと声がする。

 

「アスナ……か?」

「え?……」

 

恐る恐る首をひねりながら目を開けると、すぐ横には黒いロングヘアに白い肌、大きめの

黒い瞳が心配そうな、それでいて半信半疑の視線を送っていた。

 

「キ……リトくん……」

「ああ……アスナだ」

 

安心したような微笑みと口からこぼれた自分の名に緊張が解かされ、すぐに身体を反転させて泣き

出しそうな顔をその首元にすり寄せた。キリトもすっぽりと腕の中にアスナを収め、抱く両手に

力を込める。

 

「キリトくん、キリトくん……」

 

力が抜けたように、こてんっ、とキリトの肩に頭を預けたアスナは、再び瞳をキツく閉じて

うわ言のように小さくキリトの名を何回も呼んだ。その声を聴きながら、キリトは優しくアスナの

背中をさする。

 

「もう、大丈夫だから」

 

その言葉と重なるように、今までアスナが走ってきた細道から複数の男の声がした。

ビクッと肩を振るわせるアスナにキリトが囁く。

 

「もう少し奥に入って、やりすごそう」

 

壁際にアスナの背中を押しつけ、闇に紛れるかの黒を基調とした戦闘服姿のキリトは

アスナの身体が自分の影に収まるよう斜めに構えた。キリトの肩越しにチラリと見えた

男達は豪快に笑いながら通りを移動している。どうやらアスナを追ってきたわけでは

なさそうだった。

互いに合わせたようにフーッと息を吐く。

それにしても……とキリトは思った。

目の前のアスナのアバターは、自分が初めてコンバートした時に声をかけてきた男の知識を

借りるなら、間違いなくめ〜ったに出ないと言うF一三〇〇番系だろう。コンバート前の

アカウントを使い込んでいるほどレアアバターは出易いと言っていたから、やもすれば

自分以上にレアなアバターかもしれない。

身長は小柄な自分とそう変わらないが、なにしろ全体がコケティッシュだ。

上半身は薄手のぴったりとしたハイネックノースリーブの上に、ファーで縁取りされた裾の短い

オフショルトップスをふわりと羽織っている。細いウエストから下は多めのプリーツでふわりと

膨らんだキュロットスカート。その下からはタイツで覆われた足がすらりと伸びていた。

更に……キリトが一番驚いたのはその髪だ。今までアスナのシンボルマークとも言えた

ストレートのロングヘアの面影は一切無く、細く白い首がむき出しで、ふわふわくるんと

カールした《現実世界》より濃いめの飴色のショートヘアが小さい顔の周りを

華やかにしている。アイボリーのグローブと同色の足下のショートブーツにもファーが

付いており、全体的に……これは……

 

まるで、野ウサギだな。

 

加えて、見知らぬ男達に追われたせいで、小刻みに震え、瞳にうっすらと涙を浮かべている

姿は否が応でも男共の狩猟本能に火をつけるだろう。

男達の笑い声は遠ざかっていったが、無意識に掴んでしまったキリトの胸元を離すことすら

アスナは思い至っていないようだ。

旧《SAO》でも時には公に、時にはこっそりとファンを自称する連中に追いかけられた事は

あるだろうが……やはりアスナを見る目に宿る感情が根本的に違うのかもしれない。

ファンならば基本的に好意的、又は憧憬の念を抱いているものだ。しかし《SAO》よりも

圧倒的に男性プレイヤーが多く、《戦い、殺し、奪う》を目的にダイブしている彼らには

アスナのような容姿の女性アバターは獲物としか映らない。

それを直感的に感じたからこそ、元来気が弱いとは言いがたい性格の彼女がこの様な状況に

陥っているのだ。

 

一体何人の男達にこの姿を曝したのか……。

 

オレも一緒にコンバートすべきだった……とは思ったが、そんな後悔以上に不快感が強く

胸に広がる。

自分の服を掴んでいるアスナの手に押し付けるように自らの手を重ねる。その強めの

ぬくもりが届いたのか、アスナが震える唇に僅かな微笑みを乗せ、首をかしげた。

 

「でも……どうして、ここが?」

「ああ、待ち合わせ場所で待ってたら、ガラの悪い連中に追われてる女の子がいるって

聞いたからさ。多分、そうだろうと思って。で、アスナなら待ち合わせの場所から、そう

離れずに移動するだろうし、目印に使うなら総督府だろうから、こっちかなと。

お互い、伊達にあの城で迷宮区や入り組んだダンジョンに何時間も潜ってたワケじゃない

だろ。だいたいの行動パターンはわかるさ」

 

アスナがキリトの言葉を聞いて信頼と安堵の色を乗せた笑顔となり、思わずその身を

預けるように再び頭を首元に寄せる。

 

「あ……ありがとう。来てくれて……」

「まあ、オレ、まだ《こっち》でアスナとフレンド登録してないし、アバターも見て

なかったから、焦ったけどな」

 

そう言ってカールした飴色の髪に触れると、毛先がくるんっと震えた。

これはこれで新鮮な感触だったのか、キリトは人差し指をアスナの髪に巻き付けては

引き抜いて、髪の動きを観察している。

 

「それにしても随分イメチェンなアバターになったな」

「うん……自分でも驚いた……けど……」

 

アスナは、くすっと笑って目の前に垂れている黒髪を見つめた。

 

「キリトくんほどじゃ、ないよ」

 

和人がダイブしていた病室で第三回BoBの中継画面から初めてその姿を見た瞬間は確かに

驚いたが、あの時はそんな事はすぐ頭から抜けてしまった。

キリトの肩に頭を乗せながら、白い肌やクリッとした瞳を間近にすると改めて不思議な

感覚にとらわれる。

 

本当に女の子みたい。

 

初対面の時、シノンが勘違いをするのも無理はない、と納得した。年齢が今より若かったことも

あって、旧《SAO》でも女顔だとは思ったが、今はそれ以上だ。

この街で自分に妙な視線を送ってくる男性とは全く違う。

自分の手に触れているキリトの手ひとつとっても、リアルで繋ぐ時に感じる包み込まれるような

和人の手とは比べようもなく華奢だ。多分、大きさや指の細さも自分とさして変わりはない

だろう。

自分とそれほど体格差のない女の子のようなアバターに甘えきっている今の状態が少し

恥ずかしくなったのか、アスナは顔を上げると照れたように微笑んだ。

少し落ち着いた様子にキリトも安心したのか、気になっていた事を確認する。

 

「追いかけられた連中に、何もされなかったか?」

「あ……うん、大丈夫だよ」

 

アスナの視線が一瞬自分から離れ、怯えの色が掠めたのをキリトは見逃さなかった。

 

「本当に?」

 

どんなアバターになろうとも、キリトの瞳の色だけはアスナの大好きな深い黒だ。

その大好きな色は全てを見通しているかのように、アスナがしまっている最奥の感情さえも

引きだそうとする。

アスナは観念したように、少し俯いて話し始めた。

 

「……五人の男の人達が……最初は……普通に声をかけられただけなの……それで、一緒に

遊ばないかって誘われて……私が、人を待ってるからって断ったら…………いきなり肩を

つかんできて」

 

その言葉を聞いた途端、キリトから表情が消え、いきなりアスナの両肩をきつく掴んだ。

 

「きゃっ」

「どっち?」

「え?」

「だから、どっちの肩、つかまれたんだ」

「あ……と、左……んぅっ」

 

すぐさま左の肩にキツめの刺激がもたらされる。

ノースリープのインナーに両肩を出したデザインのトップス姿は、ほっそりとした肩だけが

素肌のままで、だからこそひときわ視線を惹きつけてしまうのだろう。

キリトは何回も強く唇を押し付けて、最後に軽く歯を立てた。

 

「あッん」

 

当然圏内なのでHPが減ることはないが、擦傷を表す蛍光色の赤い花弁のようなエフェクトが

散り、肩に短い引っかき傷のような痕を残す。

自分が付けた痕を見ながら、やはり無表情なままで短く呟いた。

 

「オレが触れる前に……」

 

それから両肩に手を置いたまま真っ直ぐに、しかし、少々冷ややかな視線でアスナを見つめた。

 

「だいたいどうしてそんなに接近される前に移動しなかったんだ」

 

いつものアスナなら《現実世界》でも和人が一緒にいない時はそんな雰囲気の男性が、

しかも複数で自分の元に寄ってきたら声をかけられる距離になる前に、とりあえずその場を

離れるようにしている。それが一番穏便な回避策と心得ているからだ。

普段とは違うキリトの声色に、自分の落ち度を責められていると感じたアスナは

俯きながらもか細い声を落とす。

 

「だって……」

 

続きを言いかけた時、またも通りを移動していると思われる男達の声が耳に届いた。しかも今度は

走りながら何やら語気を荒げている。

途端に、アスナが怯えた顔を跳ね上げた。

が、逆にそれを見たキリトがギリリと奥歯を噛みしめる。

 

ダンッ!!

 

利き手の手のひらでアスナの顔のすぐ横の壁を力一杯叩いた。

ビクッとアスナが大きく全身を震わせる。

状況が飲み込めないまま、キリトを震える瞳で見つめ、身体全体を萎縮させて無意識に同じ

言葉を繰り返した。

 

「だって……」

 

男達の声が更に大きく聞こえる。

思わず通路の方向に視線を逸らせた。

逸らせた直後、唇を塞がれる。

 

「んんッ」

 

壁を叩いたキリトの手はそのままアスナとの距離を縮める為、肘まで壁と密着し、もう片方の

手は目の前のおとがいを捕らえて、舌は強引に彼女の唇に割り込んでいる。何度も何度も

角度を変えて唇を合わせ、その度に口内を舐め上げ、まさぐり、絡みつけた。

アスナの瞳からぽたりと一粒、涙がこぼれ、それを見たキリトがようやく束縛を解く。

 

「はぁっ……オレの目の前で、他の男を、気にするなんて……」

 

アスナはこぼれ落ちる涙もそのままに、苦しそうに歪んだキリトの表情にハッと気づいた後

眉尻を下げた。

 

「っつ……ごめん……なさい」

「わかってるか、アスナ……このアバターだって、中身はオレなんだ……」

 

再びアスナの顔に手を伸ばし頬を伝う涙を親指でグイッとぬぐう。そのまま顔を近づけると

アスナも小さく「うん」と呟き、キリトだけを思って瞼を閉じた。

静かに重なり合った唇は一時も離れることなく互いを結び続ける。

複数の足音がすぐそばまで迫ってきたが、キリトはその音がアスナに届くことを妨げるように

より深く彼女の奥に侵入した。彼女の唇が僅かに震えているのに気づき、密着していた自分の

それを僅かにずらし、そっと請う。

 

「オレに集中して」

 

その言葉に応じるようにアスナが両手でキリトの胸元をすがるように掴んだ。

外からの感覚を遮断するように、更にきつく目を瞑る。

キリトは両手で優しく彼女の頬を包み込み、再びその姿を覆い隠すように自分との隙間を潰す。

繋がった二人の意識の遠いところで、数人の足音と怒号が通り過ぎた。

しばらくの時をそのままに流し、周囲に静寂が戻ったと確信したところで、キリトが抱擁を解く。

すっかりキリトに身も意識も委ねていたアスナはその存在が無くなったことで、結果、キリトの

胸へ身体ごと崩れ落ちた。

未だ息を荒げつつキリトは彼女を受け止めると、そのままその細腕には似合わない力で

アスナを抱きしめる。

自分と変わらない位置でアスナの胸が上下に揺れ、肩に置かれたアスナの紅潮した顔からも

早い息づかいが聞こえた。その息づかいの合間にアスナが名を呼ぶ。

 

「……キリトくん……」

「ん?」

 

目線を肩の上に向ける。アスナはそのままの姿勢で小さく吐露した。

 

「いつもより……ちょっと、コワい」

「オレが?」

 

こくん、と頷く。

 

「ああ……っと……」

 

多少自覚があるのか、アスナを抱きしめたまま宙を見つめる。

 

「その……《この世界》だと、やっぱり『男』の部分がより敏感になるっていうか……」

 

アスナがその言葉にビクッと反応した。

 

「あっ、変な意味じゃなくて……本能的なモノ、だな……だから男達がアスナを見る目も

獲物を狙うハンターみたいになる」

 

ちらり、とアスナがキリトを盗み見る。

 

「……キリトくんも?」

「オレの場合はハンターじゃなくて……オオカミだろ」

 

自分で言って微かに笑った。

 

「オレは既にアスナを捕獲してるから、あとは食べるだけ」

 

そう言って肩に乗っている飴色の髪の毛に唇を押し付ける。他に誰がいるわけでもないのに

そのままアスナの耳に囁いた。

 

「だから知らないヤツに狙われるのはおもしろくない……束縛したい……所有欲だな……」

 

そんな欲が今までが全くなかったわけではないが、《GGO》では自分より先にアスナの姿を

見、触れた他の男達の存在に無性に腹が立ったし、何よりそれを許したアスナに苛立ってしまった。

 

「アスナ……さっきの続き、話して」

 

そう促されて一瞬戸惑いを見せたが、すぐに頭をキリトの肩から離し少し視線をそらしたまま

アスナは再び「だって……」と口にした。

 

「だって、キリトくん、まだ私のこの姿、知らなかったでしょう。だから約束した場所を

離れたら会えなくなるんじゃないか、って……」

「……それで、あそこに居続けて男達に捕まったのか?」

「捕まってないよ。すぐに逃げたから」

 

軽く頬を膨らませ、むきになって訂正してくる。

 

「肩、つかまれただろ」

「そ、それは……そうだけど……それだけ……だったし」

「それだけでもダメ……全部オレのだから」

 

言うなりふわり、と抱き寄せられた。アスナは俯いたままその抱擁を受け、小さくモゴモゴと

「ごめんなさい」とだけ発してから左右の手をキリトの背中に回す。

結局原因はオレか、とキリトはアスナに気づかれぬよう苦笑を漏らした。

アスナがあそこまで怯えた理由は多分肩を掴まれたことだけではない、とキリトは思って

いる。それは男達の目つきだったり、笑う口元だっり、足音を極力抑えた歩き方だったりと

全身から醸し出す何かなのだ。そう思う自分でさえアスナが「コワイ」と感じる程の

何かを感情のまま彼女にぶつけていたのだから。

戦闘となればその何かは益々大きくなる。

シノンの頼みとは言え、別にアスナはキリトと違い借りがあるわけでもない。

あの《BoB》の戦場に出場させて大丈夫なのか、と不安がよぎった。予選はトーナメント方式

なのでフォローし合うことも出来ない。

初めてライトセーバー(フォトンソード)を握った時はその軽さ故に、剣の速さと正確さに

ずば抜けたアスナ向きかもしれないと思ったが……。

 

「アスナ……久々にオレとコンビ、組む?」

「え?」

「何とか《BoB》の予選さえ勝ち抜いてくれたら、本戦でさ」

 

魅惑的な提案に瞬時心を動かされたように時を止めたアスナだったが、すぐさま頭を横に振った。

 

「嬉しいけど……それはダメ……今回はシノンの助っ人でしょ。キリトくんはシノンと

連携とらなきゃ」

「アスナは?」

 

キリトからの問いに未だ怯えが残る笑顔を向ける。

 

「私は……いつでもキミのバックアップ」

 

シノンにはキリトの暴走制御装置などと命名されたが、この状態を見る限り、キリトは後ろの

アスナが気になってシノンとの連携どころではないだろう。

本戦はバトルロイヤルだ。シノンには悪いがアスナと同じフィールドにいられるなら面積はかなり

広いがどうとでもなる。

しかしそれはそれで別の問題があった。

本戦はネット中継される。

戦闘服はまた違うのだろうが、この容姿を他のMMOにまで中継されるのかと思うと……。

大会が終わり次第早々にアスナと共に《ALO》への再コンバートを決意したキリトの耳元に

今までにはない確かな声が届いた。

 

「それに《BoB》でなら、やっつけていいでしょう?」

「へ?」

 

つい間の抜けた返事となる。真っ直ぐに見つめてくるアスナの笑顔の瞳の奥には先ほどまで

なかった鈍く重い光が宿っていて、キリトの背中をゾクリとさせた。

久々に感じる『閃光』の色だ。

《この世界》で本能的な部分が敏感になるのは男に限ったことではないらしい、とキリトが

悟ると同時に、自分の方が彼女の暴走制御に回るのではないか、と笑えない予感が頭を

よぎった。

 

 




お読みいただき、有り難うございました。
何とかして「ファントム・パレット編」のキリト(キリ子?)とアスナを
いちゃいちゃさせたく、絞り出した本作です。
キリトはあのアバター(容姿)なので逆に思い切って「男」っぽさを全面に、
かつ強めにしてみました。
そして、そんなオオカミさんに食べられてしまうのは、やはりウサギさんしか
いないわけで、髪の毛ショートのクルクルでフワフワファー付き衣裳の
アスナちゃん……いいかも、です。
では次回は少し短めですが、珍しく《仮想》と《現実》両舞台でのちょっと
不思議な二人をお届けします。
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