ソードアート・オンライン《かさなる手、つながる想い》   作:ほしな まつり

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《ALO》にログインしていたキリトは《イグドラシル・シティ》の部屋で居るはずのない
人物と出会うことになります。その人物とは……。



変わるもの・変わらないもの

一瞬、ザザッと大きなノイズ音が直接脳に響いたか感覚に陥り、同時に世界がガクンと斜めに

ブレる。

何事かとソファに身を委ねていたオレはすぐに立ち上がり、辺りを見回した。

目眩?、と思い頭を二、三度降ってみるが身体に違和感はない。

ここが《現実世界》ならば地震かと思うだろう先刻の揺れは、もちろんこの《仮想世界》で

起こるはずもなく、当然室内の装飾品や食器類にも影響は出ていない。

しかし、もし、この《ALO》で地震が起こったとしたら、《イグドラシル・シティ》の

最上階であるこの部屋はかなりの揺れを感じるだろうな、と思い高層建築の耐震構造について

思考が切り替わろうとした時、頭の中を無機質なシステムの自動音声が鳴り響く。

 

『警告、警告。プレーヤーの皆さんは速やかにログアウトをして下さい。

「アルヴヘイム・オンライン」は緊急システムチェックに入ります。

繰り返します。プレーヤーの皆さんは速やかにログアウトをして下さい。

指示に従わない場合は十分後、自動的に強制ログアウトとなります。』

 

どうやらさっきの揺れはシステムのバグが原因だったようだ。

この機に乗じてよからぬ事を企むプレーヤーも出ることだろう。しかしそういった面倒事を

招くとわかっていても強制ログアウトを決断するほどのシステム障害が発見された、という

ことだろうか。

GMも大変だな、と人ごとのように呟きながらオレは素直に指示にしたがうべく、寝室にいる

アスナの元へと向かった。

 

 

 

 

 

「アスナ、聞こえたか?、今日はもうログアウト……」

 

寝室に足を踏み入れたオレは、水妖精特有の勿忘草色の髪より更に見慣れた栗色の髪に目が

釘付けになる。ベッドに腰掛けている後ろ姿の妖精の栗色の髪は、立ち上がれば膝までも

あろかという豊かさだ。しかし色を変えてもその絹のような輝きはそのままに、ベッドの上で

しなやかな広がりを見せている。

ありえない、と思う反面、一番アスナらしいその色に郷愁が胸をよぎった。

 

「……アスナ?」

「?………ここ、どこ?」

 

オレの声が聞こえていないのか、きょときょと周囲を見回しているその姿に再び殴られた

ような衝撃が走った。水妖精特有の尖った耳はそのままだが、身に纏っている衣装はかつて

世界樹の上に幽閉されていた時に着用していた薄手のワンピースだったからだ。

 

「アスナッ」

 

思わず荒げた声に反応して彼女が振り返る。

 

「?……アスナって……私?」

 

そう聞いてから少し困ったように笑って彼女は自分の名を口にした。

 

「私は……ティターニア」

 

「アスナって言う人と似てるのかな?」と申し訳なさそうに微笑んでいる。

その姿を見てオレは混乱する頭をどうにか働かせ、この事態の原因を推測した。

確かに姿形はティターニアとしてヤツに設定されていたものだ。

そしてオレのようにアバターをリセットしなかったアスナは、ティターニアだった頃のデータを

水妖精となった今でも持っている……。

だいたいあれはアスナのアカウントの上からティターニアのそれを上乗せしたような状態だった

はずで……つまりアスナのデータを持たないティターニアとしてだけのわずかな存在が今の

アスナを構築しているキャラクターデータの片隅に残っていた、ということだろうか。

これはヤツが組み上げた純粋なティターニアの姿なのか?

先程のシステム異常でティターニアとしてのアカウントが優位に立ってしまったのは間違い

なさそうだった。

アスナと姿も声も全く同じであってアスナの部分を持たない彼女は不安げな表情で

ベッドに行儀良く座ったまま、目の前にやってきたオレに対し、顔を上げて再び同じ

問いを繰り返してくる。

 

「ここは、どこ?」

「ああ……ここは……《イグドラシル・シティ》だよ」

 

やっと得た答えでも聞き覚えのない単語なのか、少し首を傾けながら考え込んでいる。

ティターニアでいた時には実装されていない場所なのだから当然の反応だ。

そもそもティターニアとしてはどれ程の知識をヤツから与えられていたのか……。

表情も口調も仕草も、実際のアスナより幼さを感じるせいかオレの対応も手探り状態となる。

 

「えっと……世界樹の更に上……なんだけど……」

 

オレの言葉を聞いて眼を瞠った彼女はすぐにオロオロと視線を漂わせた。

 

「私、早く戻らないと……」

「……戻るって……どこに?」

「オベイロン陛下のところ……そうしないと、とても怒られるわ」

 

次第に不安感が膨らんできたのだろう、それまでの興味本位の瞳がすっかり光彩を失っている。

段々と迷子の子供が泣き出すように眉を曲げ、オレを見つめてきた。

オレは彼女の前に跪き、目線を合わせてなだめるように話しかける。

 

「キミは……戻りたいの?、その人の所に」

「戻らなくちゃいけないの」

「キミの気持ちは?」

「あの方は、とても怖いのよ」

「キミはどうなの?」

「戻らないと……きっと今頃すごくお怒りだわ」

 

とにかく戻らなくては、と繰り返す彼女に段々と胸が苦しくなるが、それを堪えて精一杯

優しく問いかけ続けた。しかし「キミが戻るのはヤツのそばなんかじゃない」と叫びたいのを

懸命に押しとどめているせいで段々と上手く言葉が出せなくなる。

 

「アス……ティターニア、戻って……どうするんだ?」

「あの方のそばにいないと……だって、私、妻なんだから」

 

妻……その言葉をオレに言うのか……何かがオレの中で弾け、妖精王オベイロンの妻と

設定されていると知った時のすさまじい感情が再び刃物のようにオレを切り裂いた。

違う、違う、違う……ティターニアとしての彼女にぶつけても理解されない想い。

それでも問わずにはいられない。

 

「本当にキミはオベイロンの妻?」

「そうよ、あの方が言ったんだもの……でも、どうすれば戻れるのかしら?……ああ、この羽で

飛べればいいのに」

 

何も疑わずヤツの言う事を信じているその姿が荒れ狂う感情を押し留めた。

 

「……飛べないのか?」

「……うん、いつも鳥カゴの中だから」

 

居るべき場所を思い浮かべたのか、少し陰りのある笑顔の奥に本来のアスナの姿を見た気がして、

荒ぶっていた己よりもその瞳に心が囚われる。その姿はヤツを夫として容認しているとわかって

いても、手を差し伸べたくなるほどに脆く儚げだった。

 

「ずっと?」

「そう……いつも樹の枝と空の雲とお日様を見て過ごしてるの。時々、鳥が飛んできてくれる

けど」

「淋しくない?」

 

オレの言葉の意味をゆっくりと考えてから、かぶりを振る。

 

「……わからない……それに、オベイロン陛下がいるし」

「その人といる時は……幸せ?、その人といると嬉しい?」

 

万が一にでもアスナとしてではなく、純粋に妖精王の伴侶として彼女がその身を肯定するので

あれば、それは受け入れなければいけないのかもしれない。

しかし彼女は笑みひとつ浮かべることなく気持ちを吐露した。

 

「……あまり、嬉しくない。楽しくもないし。触れられると涙が出そうになる」

「触れるって……」

「頬とか髪とか……あと腕も……とても気持ち悪くて、一生懸命我慢するの」

「それでもキミは……戻りたいの?」

 

静かに俯いて「そうしなくちゃ、いけないから」と下を向いたまま、決められたような答えを

口にするアスナの姿をした小さな女の子のような彼女に庇護欲とも言うべき感情が膨れあがる。

 

「……オレも……触れてみて……いい?」

 

驚いたように顔を上げ、一瞬迷ったように視線を外されたが、すぐにこくりと頷いてくれた。

彼女の隣に腰をおろし、両手でそっと肩に触れ、そのままふわり、と包むように身体を寄せる。

 

「不思議……全然イヤじゃない。知らない人なのに……これは夢なのかしら……いつもの

夢と随分違うけど」

「いつもはどんな夢を見てるんだ?」

 

そのまま抱擁を解かずに聞けば、彼女が僅かに笑みを浮かべながら思い出すように瞳を

閉じたのが視界の端にうつった。

 

「静かな森の中で木のお家で暮らす夢。近くに湖もあるのよ。いつもいつも同じ夢なの。

行ったこともない所なのに、すごく懐かしい……ああ、でも本当にもう戻らないと」

 

オレの胸を両手で押し返し、身体を離そうとする仕草に、引き留めなければという焦りが

先走る。

 

「ア、ティターニア……オレは」

「ありがとう、お話できて楽しかった」

「行かないで……くれないか」

「ダメよ……戻らなくちゃ……私、あそこで……待ってるの」

「えっ?」

 

今までとは違う微笑みに言葉が詰まった。

 

「誰なのかは思い出せないけど、はぐれたら必ず見つけてくれるって約束した人がいるから。

きっとその人が迎えに来てくれるわ」

 

『只今より強制ログアウトを開始します』

 

再びGMからの警告メッセージが頭の中に響く。

 

「……ああ、そうだ。きっともうすぐ迎えにいくから。すぐだから、待っていてくれ」

 

アスナがいつもするように小首をかしげて微笑む彼女は安心した表情で目の前から消えていった。

同時にオレの視界も徐々に暗転していく。

 

 

 

 

 

《現実世界》に戻ったオレはすぐさま明日奈に電話をかけた。オレから連絡があると予想して

いたのか、すぐに応答してれたが随分と戸惑っている声だ。

 

「会いたいんだ。少し出られるか?」

「うん、大丈夫」

「この時間なら明日奈の家まで、バイクで三十分くらいだから」

 

いつもの公園に着いたら再度連絡をする旨を伝え、くれぐれもこんな夜中に一人で外で

待つような事はしないよう釘を刺してから急いで上着とバイクのキーをつかみ取った。

 

 

 

 

 

夜の十時をすぎたばかりだったが明日奈の自宅周辺は住宅街特有の静けさが漂っていた。

オレは乗ってきたバイクのエンジンを切り、自己主張の強いその音を消して公園まで残り

五十メートルほどの道のりをゆっくりと両手でハンドルを押しながら進む。

公園の入り口横にバイクを駐め、それによりかかりながら呼び出した明日奈を待っていると、

ほどなくしてパタパタと急ぐ足音が響いた。

人通りはなかったが、それでも邪魔の入ることを危惧してすぐさま明日奈の手を引き、公園の

奥へと移動する。樹木で彼女が隠れる位置に落ち着くと、未だ呼吸が整わずにゆるく上下する肩を

何も言わずに抱きしめた。突然の事に一瞬驚いたように身体を強張らせたが、すぐにオレの

背中へと両手が伸びてくる。

 

「明日奈……」

 

呼び掛けに「うん?」とオレの耳元で小さく応じる彼女。再び名を呼べば、やはり優しく

「うん」と答えてくれる。ただ、ただ返事が聞きたくて何度も彼女の名を口にした。

そんなオレに返事以上の言葉は口にせず、ひたすら穏やかな笑みを浮かべている彼女の存在に

やっと心が満たされたオレは「ごめん」と謝ってから背中に回した手を緩め、その慈愛に満ちた

笑顔を見つめながら事態の説明を始めた。

 

「明日奈の魂が、またどこかへいってしまったような気がして……電話だけじゃ我慢

できなかったんだ。ちゃんと見て、触れて、確かめたかった」

 

明日奈はシステム異常を知らせる警告メッセージさえ記憶になく、《仮想世界》の寝室にいた

はずが、気がついた時には《現実世界》の自室のベッドでアミュスフィアを装着した状態だった

と教えてくれた。

慌てて《ALO》に再ログインを試みたが、既にメンテナンス中の表示が出るだけで

ダイブは出来ず困惑していたところにオレからの連絡が入ったらしい。

 

「……ティターニアと、話したよ」

 

『ティターニア』という単語を発した途端、触れ合っているオレの腕に彼女の身体の強ばりが

伝わってきた。

 

「ごめん……思い出したくなかったか」

 

少し俯いてふるふると首を横に振る明日奈に、いつかの光景がだぶる。ふと夜空を見上げると、

都会の空らしく数えるほどしか見えない星々が懸命に輝いていた。

 

「《向こう》の方が、星座がはっきりわかるな」

 

オレの言葉に促されるように明日奈も顔を上げる。と、それだけで何が言いたかったのか

伝わったようで、オレに視線を移しながら僅かながらに微笑んだ。

 

「『ブリンク・アンド・ブリンク』のテラス席で見た?」

 

オレは小さく頷いて肯定してから再び明日奈を胸に抱き寄せた。《現実世界》に復帰してから

徐々に彼女との身長や体格に差ができ、今ではこうして密着させれば彼女の小さな頭がオレの

首元に埋まり、左右の腕を少しずらせば華奢な肩と細い腰の両方を包み込むことが出来る。

《あの世界》と変わらないのは夜空に浮かぶ星座のはずなのだが、この街ではそれを確認する

には余りにも地上は明るすぎた。

 

「オレ、あの時……第五層主街区の《カルルイン》で《現実世界》と同じ星座を見たら……

アスナが喜ぶと思ったんだ」

 

オレの今更な告白にアスナは驚いたように目を見開いた。

 

「だから、アスナが星座に気づいて俯いてしまった時……すごく後悔して、何か言わないと、って

思って口を開いたけど言葉が見つからなくて、焦っている間にアスナに『何も言わないで』って

言われて……すごく情けなかった。アスナはいつだって前を見て進もうとしていたのに、それを

オレが邪魔したみたいでさ」

 

だから、同様に彼女が鳥かごに囚われていた時の名前を聞きたくなければ、あの時の事を思い

出したくなけばこれ以上は話すのをよそう、と心を決めた時だった、今まで静かにオレの言葉に

耳を傾けていたアスナの眉尻が下がったのは。

 

「それは……それは、違うの。あの時はキリトくんに頼ってばかりじゃダメだって、それ

ばかり考えていたから」

 

それからオレの大好きな笑顔へと表情を変える。

 

「でも、今は違うよ……辛い時でも一人じゃないんだってわかってる……教えて、彼女の事」

 

そう言ってオレの腕から一歩離れてジッと視線を向けてきた。明日奈がオレの話を聞いて

くれる事を自分自身が納得できたところで、オレはGMからの警告があったところから話を

始めた。

ログアウトしようとアスナを探して寝室に入った時の状況を話すと、彼女は懐かしい

友人の姿を思い出すようにゆっくりと瞳を閉じ、軽く息を吐き出してから、再びオレに

微笑む。

 

「ああ、彼女、怯えていなかった?、いつもそうだった。須郷の言いなりで。彼のこと

受け入れる事も出来ないのに、背くことも出来ない臆病な子……」

「そうだな、可哀想なくらい……しきりにヤツのことを気にしていた」

「いつも、いつも……ずっと震えながら我慢ばかりして……」

「明日奈?……」

 

そう告げる明日奈の肩も小刻みに震え始めたのに気づき、オレは慌ててその肩を包み込んだ。

 

「私に……妻なんだから……我慢しなくちゃ、って……私がいくら、あんな人の妻じゃ

ないって言っても……そうしないといけないって……」

「明日奈……」

 

オレの肩に額を付けて顔を見られまいとする明日奈の声が、震えとともに途切れを作る。

片方の手でその頬を包むように触れれば、そこは既にしっとりと濡れていた。更に頬から

オレの手を伝い彼女の涙が流れ落ちてくる。

 

「段々と……その声が……ティターニアのものなのか……自分のものなのか……わからなく

なって……」

「明日奈」

「きっと……最後に私の意識が封印されていたら……彼女が……妖精王の妻として……暮らして

いくはずだったんだわ……」

 

頬に添えた手の親指で涙を拭おうとしたが、次から次へと溢れてくるそれに為す術がない。

そんなオレの手に明日奈が両手をかぶせ、頬ずりをするように首を傾けた。

 

「こんな風に……触れてくれるのがキリトくんなら……嬉しいって感じることも知らずに」

「……ティターニアも……同じだよ」

 

明日奈がゆっくりと顔を上げて驚いたように口を小さく開けたままオレを見つめた。

涙に潤んだままの瞳には月の光がキラキラと反射している。

 

「きっと、アスナがティターニアのアカウントを使ったことで彼女の設定はデフォルトのままでは

存在しなくなったんだ。データにないはずの森の家を懐かしがったり、オレのことは誰なのか

わかっていなかったけど、触れてもイヤじゃないって言ってくれた。それに、ログアウトする

直前に……迎えに来てくれる人がいるって、その人を待つんだって微笑んでたよ」

 

オレの最後の言葉を聞いた途端にこぼれ落ちる涙をそのままに、明日奈が輝くような笑みを

浮かべた。

 

「ありがとう、キリトくん。キミのお陰で、あの子、きっともう怯えてない」

 

頬に接している手をそのまま引き寄せると、自然と明日奈が瞳を閉じる。その瞳に溜まっている

涙を舐め取りながら手を頬からその細いおとがいに移し、少し上向きに彼女の顔を持ち上げると

同時に、そのまま濡れている頬に唇を落としながら最後には艶めく桜色の唇を塞いだ。

 

「……ンっ……ふっ……」

 

もう片方の手で彼女の後頭部を支え、自らも屈んで更に唇の密着度を上げる。ほんの一瞬でも

離れてしまえば彼女がさっきのティターニアのように微笑みながら消えてしまうような気がして、

深く深く彼女の中へと侵入した。おとがいに添えていた手は顔の輪郭をなぞってから徐々に下がり

首筋を指先でたどると、ピクッと彼女の両肩が震える。そのまま鎖骨をたどって肩をさすり再び

頬へとなで上げた後、指で耳を弄びながら明日奈の舌を自分のそれと絡ませた。

 

「……あッ……んん……」

 

舌と指の動きを同期させると、明日奈の反応がより強くなり目尻に新たな涙が溜まるのが見えた。

さすがにこれ以上は場所も時間も無理だな、となんとか理性が働き、最後にもう一度瞳にキスを

しつつ涙を吸い取る。

 

「ごめん、やっぱりさっきのティターニアと明日奈が重なって……その」

 

そう言いながら密着していた身体を起こすとそのまま明日奈がオレの胸に顔をうずめてきた。

 

「?……明日奈?」

 

問うように名を呼べば、ふるふると頭を振る……振った拍子に鼻先が首をかすめ、その触れるか

触れないかの僅かな感触に背筋が震えた。

 

「……やだ……もうちょっとだけ、このまま……」

 

吐息まじりの小さな声の熱量がオレの鎖骨にあたって、そのままオレの内を温度を上げる。

相変わらず無自覚にオレを煽るのはやめてほしい、と内心苦笑しながらその背中をポンポンと

軽く叩いた。

そうしてしばらく明日奈はオレにぴったりと身体を寄せて、時折自分の匂いでもつけようと

いうのか顔をすりすりとすり寄せる動作を繰り返している。

あの時のように、かける言葉を失ったオレはただ明日奈の行為を受け入れるだけで、唯一

出来る事と言えばひたすら絹糸のような触り心地の彼女の髪を梳くことだけだった。

やがて互いに気持ちが落ち着いた頃、徐に明日奈が赤らめた頬をオレに向ける。

 

「ごめんね……キリトくんにくっついていると安心するって言うか」

 

安心……オレの方は心臓爆発しそうだけど、などと余裕のない本音を打ち明けるわけには

いかない。

 

「気持ちいいって言うか」

「気持ち……いい?」

 

もう一度言って欲しくて聞くと、明日奈は言葉では返してくれず、頬どころか顔全体を朱に染めて

こくん、と一回頷いた。

それから意を決したようにオレを見つめてから、自分から言い出すのはよほど恥ずかしかったのか

羞恥に声を震わせながら可愛いおねだりをしてくる。

 

「私はもうティターニアのアカウントは使えないけど……今度《ALO》でギュッて抱きしめてね。

それから頬をさすって髪を梳いてくれたら…きっと彼女に届くと思う」

 

そんな事を言われて、次のログインまで待てるわけがない。

 

「こんな風に?」

 

そう言ってオレは明日奈を抱きしめる腕に力をこめ、予行演習と称して再び彼女との距離をゼロに

した。




お読みいただき、有り難うございました。
「アリシゼーション編」でアスナが創世神ステイシアのアカウントを使う事で与えられる
権限があるのなら妖精王妃ティターニアでも独自のプログラムがあったら……いや須郷なら
嬉々としてやりそう……と思い、勝手にティターニアというひとつの個を作ってみました。
キリトの推測の説得力が弱いのは見逃してください。
さて、次回は定期投稿前にその「アリシゼーション編」の新刊発売を祝しまして、珍しく
アダルトな(?)キリアスを発売日頃にお届けする予定です。
アダルトとは言いましてもそこは「R15」タグですから、読んで下さる方々の想像力に
かなり縋ってしまいますが……。
加えて今回と同時投稿でもうひとつキリアスの連載をスタートさせます。
今後は不定期投稿ですが、お知らせするのに初回のみ同時が都合が良いので。
「後書き」で告知して申し訳ありませんが、どちらも楽しんでいただけると幸いです。

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