ソードアート・オンライン《かさなる手、つながる想い》   作:ほしな まつり

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現実世界に生還後、アスナが再び《ALO》にログインするお話です。
ユイを含め、仮想空間で久々の親子3人水入らずですね。


誓いのシルシ

アスナは《ALO》で囚われの身から現実世界へと生還した後、過酷なリハビリに

取り組んだかいあって、春からキリトと同じ学校へ入学が可能と診断された頃には、

世田谷の自宅からの通院生活となっていた。

身体が回復するのは嬉しかったが、入院中ならキリトが二日と開けずに

病院を訪れてくれていたのに、自宅療養では会うことすらかなわぬ日々が

続いている。

 

ある晩、いつものように携帯端末でキリトとお喋りをしていたアスナが

意を決したように切り出した。

 

「あのねキリトくん、ユイちゃんをちょっと貸して欲しいんだけど」

「貸す?」

「うん、私ね、今度は普通に《ALO》にログインしようと思って」

「……っ!」

 

キリトは一瞬言葉に詰まった。

再びアスナと仮想空間で同じ時を過ごす、それは病院のベッドで

眠り続けているアスナを、見つめることしか出来なかったあの時には

想像さえしていなかった事だ。

ただ、最近、かつての仲間達が次々に妖精アバターとなり、妖精の国で

羽根を広げている姿を目にしていると、自然とここにアスナもいてくれたら、

と思わずにはいられない自分もいた。

しかし、そのアスナの言葉を手放しで喜ぶ気にもなれない。

 

「……大丈夫なのか?……その……まだ、そんなに急がなくても……それに

いきなり《ALO》じゃなくたって、他のVRワールドでも……」

 

キリトの言葉を予期していたかのように、アスナはすぐさま首を横に振った。

 

「うううん、ログインするなら、最初に《ALO》って決めてたの」

 

どうやら意志は固いらしい。

 

「……そうか」

 

端末画面に映るアスナの真剣ではあるが落ち着いた笑顔を見たキリトは、彼女の

気持ちを尊重しようと思いを決める。

 

「なら、最初に《ALO》にログインする時はあっちでオレが迎えに行くよ」

 

その言葉も想定内だったのか、アスナは

 

「それは、嬉しいんだけどね……」

 

と前置きをしてから、少し悪戯っ子のような表情に変わって、キリトを驚かすお願いを

してきたのだった。

 

 

 

 

アスナのお願いはこうだった。

キリトも承知の事だが、《ALO》でのファーストログイン時はアカウント情報登録や

キャラクターの設定作業が全て完了すると、選択した妖精のホームタウンに転送される。

そこでアスナはホームタウンである首都から飛行訓練等をしつつ、央都《アルン》まで

旅をしてくるというのだ。

その飛行訓練と旅の為に、娘であり《ALO》ではナビゲーション・ピクシーのユイを

貸してほしいという申し出だった。

 

「だからキリトくんには《アルン》で待っていてほしいの」

「でも、どの首都から出発したって《アルン》までは色々危険だぞ」

 

するとアスナの顔からスッと笑みが消え、物騒な光が瞳に宿る。

見まがうことない、アインクラッド61層、《セレムブルグ》のアスナの部屋で

食事用ナイフを向けられた時の表情である。

そして意味深な笑顔になると、よく通る声で言葉を投げかけた。

 

「あら?、忘れたのかしら、キリトくん。私の《SAO》でのステータスを?」

 

そうでした、と反省と後悔の笑みを浮かべるキリト。

新生《ALO》では《SAO》でのキャラクターデータがそのまま引き継げるのだ。

リセットしてしまったキリトと比べれば、ファーストログイン時のアスナ方が既に

数値の上ではキリトを上回っているはずである。

それでも、初めてのMMORPGでは何が起きるかわからない。

 

まあ、そこはユイもついていることだし、「何が起こるかわからない」のはRPGの

醍醐味ではないか。

それをアスナが楽しむ気になってくれたのは良いことだと解釈し

 

「じゃあ、ユイの起動設定にアスナのアカウントを追加しておくよ」

 

と言って通信は終わった。

 

 

 

 

 

それから数日間、キリトは《ALO》にログインしても、傍にユイのいない物寂しさを味わい

ながら、ゲームプレイに邁進してユルド硬貨を稼いでいた。

旧知の仲間達が妖精の種族的特徴を付加してはいるものの、《SAO》での姿で飛んで

いるのを見ると、自分もなんとなくあの古ぼけたコートが懐かしくなってきてしまったのだ。

そこで、再び黒のロングコートを買おうとユルドを貯めているのである。

まあ、他にも購入したい物は色々とあるようだが……。

 

ちょうど資金が潤沢に整った頃、現実世界でアスナからメールが届いた。

ついに央都《アルン》にたどり着いたのだ。

《アルン》にはいつも使っている宿があるので、到着したら、そこから

ログアウトするよう、ユイには伝えてある。

これでとうとう明日の晩、互いに同じ場所でログインできる手はずが整ったというわけだ。

 

 

 

 

 

涼やかな効果音と共に、定宿の一室にキリトの姿が現れる。

 

「ユイ」

 

久々に愛娘の名を呼ぶと、胸元のポケットからポフッとユイが顔を出した。

 

「お久しぶりです、パパ。約束の時間より随分早いですね」

 

ポケットから飛び出したユイはキリトの顔の前でホバリングをしながら、首を

かしげた。

一週間と離れていなかったのに「お久しぶり」と言われると、キリトもつい

懐かしい気分になる。

アスナにユイを預けていた時は「今頃、女同士で楽しく旅をしているだろうか」と

思いを馳せると同時に、現実世界で海外に単身赴任している父親と自分を重ね、

自ら苦笑いをしたものだ。

 

「ユイ、ママはちゃんとこの宿でログアウトしたか?」

「はい、ちょうど隣の部屋です。それにしても、どうしたんですか?

ママがログインするまで、三十分以上ありますよ」

「ああ、ユイの話が聞きたくてさ」

 

ウソではない。

母娘2人でどんな冒険をしたのか、気にならないわけがない。

しかし、一番の目的は他にあった。

 

「それで、ママのアバターはどの種族妖精なんだ?」

 

現実世界で、いくらアスナに聞いても教えてもらえなかったキャラクターの選択。

アスナだったらどれを選ぶだろう、と最初は想像を楽しんでいたが、仮想世界にログイン

しているのがわかっているのに会えない現状が次第に耐えられなくなり、やっと会える

今日、いてもたってもいられず、早めにユイと会い、情報を引き出そうとしたのである。

 

「それは……ヒミツです、パパ」

 

ほぼ同じフレーズを現実世界でもアスナに突きつけられていた。

 

「だったら、どの方向から《アルン》に旅をしたか、だけでも」

「それもダメです」

 

母娘は完全に結託していた。

方角がわかれば、ある程度領地も絞れるのだが……。

これはもう、あと三十分ほど我慢して本人の到着を待つしかないようだ。

今まで我慢したんだ、あと三十分くらい、と自らをなだめる。

 

「じゃあ、どんな旅だった?……それならいいだろ?」

 

アバターの件を断念したため、肩を落としながら部屋にあるベッドに

ストンっと座ると、お伺いを立てるようにキリトが問いかけた。

 

「ママと二人で楽しかったです。でも……大変だったんですよっ、パパ」

 

笑顔で答えていたユイが急に意気込む。

 

「飛行訓練がそんなに苦戦したのか?」

 

それはまずないだろう、と思っていたが、一応口にしてみる。

《SAO》でのアスナの剣舞には何度も目を奪われているのだ。あの動きが出来て、

飛行感覚の飲み込みが悪いとは、どうしても思えない。

 

「いえ、飛行そのものはログインした初日にコントローラなしで飛べるまでに

なりました」

 

そうだろうな、とキリトが頷く。

ましてやユイがついているのである。

ユイはキリトの初飛行訓練に始まり、その後データを引き継いでログインしてきた

リズベットやエギルの飛行訓練にもつきあっているのだ。

訓練方法など、その都度データを蓄積しているはずなので、ユイがレクチャーしたなら

アスナでなくても、短期上達は約束されているようなものだった。

 

「だったら、何が……?」

「それが、ちょっと歩けば、すぐに男性プレーヤーから声をかけられるし、飛行すれば

フレンド申請のメールがひっきりなしに届くんです」

「ああ……」

 

なるほど、そっちの「大変」か、と納得したようにキリトは苦笑いを浮かべた。

《SAO》時代は「攻略の鬼」などと呼ばれ、剣呑なオーラを全身にまとっていたため

声をかけるどころか、その姿を盗み見るくらいしか出来ない男性プレーヤーが

ほとんどだったのに対し、今回は愛娘と一緒の旅を存分に楽しみ、笑顔をふりまいて

いたのだろう……それはもう色々な輩が寄ってこないばすがない。

「ママ、モテモテでした」と、ユイも娘として少し自慢げに話をしている。

 

「でも、プレーヤー同士のトラブルはなかったんだろ?」

 

暗に男性・女性の区別なく聞いた質問には

 

「はい、大丈夫です」

 

との即答を得られ、一安心したように、キリトは深く息を吐き出した。

その後、場所の特定ができない程度に、ユイの手振り身振り付きの冒険談を

ひととおり聞き終わるとちょうど約束の時間となる。

 

「じゃあ、そろそろママを迎えに行くか」

「はい、パパ」

 

ユイが定位置となっているキリトの頭の上に着地するのを確認してから、部屋をでると

はやる気持ちを抑えながら隣のドアの前までやってくる。

 

コンッ、コンッ

 

「アスナ?」

 

ノックをしてから彼女の名を呼びかけると

 

「どうぞ」

 

すぐに彼女の声がした。

まるで結婚式前に新婦の部屋を訪れる新郎のように胸が高鳴る。

少し緊張気味の手で内開きのドアを押し開ける。

目の前にアスナの姿が飛び込んできた。

 

「……アスナ」

 

自分の名を呼ばれ、少し首を傾けながらニッコリと微笑む彼女。

白を基調としている衣装はかの世界で見慣れていると思っていたが、もうひとつの

基調色が青というだけで、印象がガラリと変わる。

清廉で純潔、まとう空気さえも清々しさを増しているようだ。

また髪もウンディーネ特有の水のように澄んだ青が、清らかな印象を強くしていた。

それでいて丈の短いチェニックとそこから見える細い足が愛らしさを加えている。

思わず足早に駆け寄り、その身体を抱きしめた。

 

「お待たせしました、キリトくん」

 

耳元でアスナがささやく。

 

「《アルン》へ、《ALO》へようこそ、アスナ」

 

しばらくそのまま互いのぬくもりを感じ合った後、少し身体を離してから、キリトは

改めてアスナのウンディーネ姿を見つめた。

 

「ウンディーネを選んだのか」

「うん……ヘン、かな?、髪の色、もっと薄いほうがいい?」

「いや、似合ってるよ」

「そういうキリトくんも、髪の毛、おろしたんだね」

「ああ、ユイのリクエストで」

 

カスタマイズの理由は至極単純で、ユイが座りにくいから、だそうだが、ツンツンしていた

時より《SAO》のキリトを彷彿させる。

キリトの頭の上に鎮座しているユイを見つけると、アスナは再び微笑みながら声をかけた。

 

「ここまで有り難う、ユイちゃん」

「私も楽しかったです、ママ」

「また、二人でお出かけしようね」

「はいっ」

 

極上の笑みを浮かべているのだろうと、頭の上のユイの表情を想像しながら、キリトは

アスナの手を取った。

 

「それじゃあ行こうか、《イグドラシル・シティ》へ」

 

 

 

 

 

宿を出て、まずはアルン中央市街に向かう。

世界樹の上部に《イグドラシル・シティ》が新設された影響で、以前ほどの賑わいはないが

それでも人通りは多かった。

広い通りを歩いていると、やはりどの種族妖精でも男性はもちろん、女性ですら

すれ違う瞬間、アスナに目を奪われている。

さすがに今はキリトが横にいるので、声をかけてくる者はいないが……。

キリトの中では《SAO》での懐かしい記憶がよみがえっていた。

 

この視線の多さ、確か57層の主街区でアスナとレストランに向かった時も

こんな感じだったな。

 

軽く思い出し笑いをしつつ、ユイとおしゃべりに夢中の隣のアスナを愛おしそうに

見つめながら歩みを進めると……やがて中央市街を包むように存在する世界樹の木根が

目の前に現れる。

それに気づいたアスナの顔からは笑顔が消えた。

キリトとユイをおいて、世界樹の根に駆け寄っていく。

そっと片手で根に触れる。

 

「これが……世界樹なんだね」

 

少し後ろから立ち止まって見守っていたキリトとユイにも、アスナの声が震えているのが

わかった。

かつて自分を閉じ込めていた鳥かごが、この根の先の幹、更に幹の上部の枝に

吊されていたのだ。

あの時、鳥カゴから下に見えるのは白い雲海だけで自分の存在はこの世界樹の枝葉に隠され、

探しに来てくれる人は誰もいなかった……たった一人をのぞいては。

その巨樹の根に触れることが出来る日が来るとは、あの頃は思いもしなかったに違いない。

 

いつの間にかキリトがすぐ後ろに来て、根に触れているアスナの右手に自分の右手を重ねた。

同時に左手を彼女の腰に回し、何も言わずピッタリと身体を寄せてくる。

アスナの震えをキリトが温かく包み込むように。

アスナ自身も、この全身の震えが何なのかよくわからなかった。

感傷とも違う気がする。

新生《ALO》となった今では、かつて自分を包み隠していた世界樹とは同じ物でありながら

異なる存在とも思えるからだ。

 

「……そろそろ、行きましょう、ママ、パパ」

 

時を見計らってユイが2人をうながした。

 

中央市街入口のシンボルともなっている巨大な門をくぐる。

初めてこの門をくぐった時、ユイがアスナのパーソナルIDを感知した場所だ。

今日はそのまま世界樹の中心に向かって、少しずつのぼりになっている道を進んでいく。

建物がまばらになってきた所で

 

「行こう」

 

力強い言葉と共にキリトが羽根を出現させ、アスナに向かって手をのばす。

アスナがその手をとった瞬間に、キリトは飛び立った。

急いでアスナも羽根をはばたかせる。

キリトの左のポケットにはユイ。

数ヶ月前、同じようにユイをポケットに急速上昇を続けた時の記憶が自然と蘇る。

あの時は飛行限界高度にはばまれたが、今はその縛りはない。

求め焦がれていた彼女が、今は自分の傍らにいるのだ。

もうこの手を離すことはしない、と心に固く誓いながら、アスナの手をギュッと握った。

 

 

 

 

 

樹上の都《イグドラシル・シティ》は妖精達で満ちていた。

華やかな街並みにはNPCが経営する大小たくさんのショップやレストラン、そして

中層・高層の建築物が乱立している。

アスナは事前にキリトから買い物に付き合って欲しい、と告げられていたので、

連れられるまましばらく街中を移動し、モダンな店構えの服飾雑貨を扱う

ショップの前へとやってきた。

中に入ると妖精達があれこれとモニターに映る商品を吟味している。

するとキリトが何かを思い出したように「そうだっ」と立ち止まった。

 

「ごめん、アスナ」

「何?」

 

突然、アスナに向かって両手を直角に合わせてキリトが頭を下げた。

 

「実は初めて《ALO》にログインした時、アイテム類全部破棄しちゃったんだ。アスナと

共通ストレージだったろ」

「ああ、そのこと」

 

なんの話かと身構えていたアスナが、少し安心したように微笑んだ。

 

「それはユイちゃんから聞いてるから。完全に文字化けしてオブジェクト化もできない

状態だったんでしょ。仕方ないよ」

「あとさ……ユルドも全部使っちゃったんだ」

「そうだってね。それもユイちゃんから聞きました……今度、何かおごってね」

 

それこそ財布が共通データだった頃には出来ない事なので、そのくらいは

お安いもんです、とキリトはコクコクうなずく。

 

「で、ここで何を買うの?」

 

その問いに、ちょっと間をおいてからボソリと答える。

 

「……黒のロングコート……」

 

明後日の方向を見ながら答えるキリトを見て、アスナは笑いながら

 

「また?」

 

と言ってからキリトの腕をとり、店内の空いているモニターへと引っ張っていった。

 

 

 

 

 

「うーん、これはどう?、ユイちゃん」

「こっちも良いと思います、ママ」

 

着用する本人の意見はまるで無視で、次々とコートを見ている二人に、キリトの笑顔は

引きつっていた。

「着るのはオレなんだけど……」と言いかけたが、多分取り合ってはくれないだろう。

「コート」のカテゴリを選び、色条件を「黒」に設定したら、ヒット数は数着だろうと

予想していたのが、甘かったようだ。

候補を全て見て、何点かに絞る段階で当のキリトは既に飽きている。

「一番シンプルなやつで……」と小声で言ってみるが、聞こえているのか、いないのか、

二人は楽しそうにコート選び爆進中だ。

 

「うんっ、やっぱりこれかな……ね、ユイちゃん」

「はい、そうですね、ママ」

 

やっと一点に決まったようで、有無をいわさずメニュー画面の

「フィッティング」をタッチする。

二人が選んでくれたコートは袖と前後の身頃に白いラインが入り、

短めのスタンドカラーにファーが着いたものだった。

 

「……地味なヤツって言わなかったっけ?」

「これでも十分地味な方だよ、うん、似合う、似合う」

 

聞き覚えのあるフレーズが応酬する。

アスナもユイも満足げな笑みを浮かべているので、異論を挟む余地はなさそうだった。

これといって他に気になるコートもないので、素直にオススメを購入する。

 

「他に買い物は?」

 

アスナの言葉に、キリトが「……ああ、うん……」と曖昧な返事をした。

アスナとユイが全くの同期で同じタイミング、同じ方向、同じ角度に首をかしげる。

キリトはアスナのそばまで顔を寄せてから、少し顔を上気させてアスナの耳元に口を

寄せ、二言三言ささやいた。

それを聞いた途端、アスナがキリト以上に頬を紅潮させ、その後、嬉しそうに頷くと

二人揃ってショップのアイテムウインドウをのぞき込んでいる。。

画面に映る商品を見て、ユイも事の次第がわかったらしく、幸せそうに商品を選ぶ二人を

嬉しげに見つめていた。

 

 

 

 

 

買い物が終わると、三人は一階がオープンカフェとなっている二階の個室で休憩をとっていた。

開いている窓からは外の賑やかな声や音楽が聞こえてくる。

 

「それでは、パパ、ママ、私は一足お先に失礼します」

 

一階のカフェで購入したキャラメル・マカロンの半分をたいらげたユイは、

そう告げると、少し驚いた顔の二人を残して、早々にキリトの胸ポケットへと消えていった。

 

「あっ、ユイちゃん……」

 

名残惜しそうにポケットを見つめているアスナに、残りのマカロンを口に放り込んだキリトが

軽く咳払いをし、照れ笑いを浮かべながら言った。

 

「あ−、その……ユイなりに気を遣ってくれたのかもな」

 

言葉の真意が伝わったらしく、アスナも「そうだね」と恥ずかしそうな笑顔になる。

そしてイスから立ち上がり、窓辺に近づいて外の景色を眺めながら、吹いてくる

風を気持ちよさそうに浴びた後、軽く吐息を漏らした。

 

「疲れた?」

 

その様子を見ていたキリトが気遣う。

すると、キリトの方に振り返ったアスナは軽く頭をふって

 

「うううん、そうじゃなくて。なんだか夢みたいだなと思って。キリトくんがいて

ユイちゃんがいて、こんな風に一緒にいられるなんて」

 

少し潤んだ瞳で微笑んだ。

 

「……そうだな」

 

そう言うと、キリトもテーブルを離れてアスナの隣に立ち、窓から見える《イグドラシル・

シティ》の街並みを見つめながら話を始めた。

 

「前にユイと話したんだけどさ、ここにもプレイヤーホームがあるらしいんだ。

あの頃みたいに一軒家ってわけにはいかないだろうけど、とりあず部屋を借りて、

ユイと……」

 

そこまで言うと、続く言葉が良く聞こえるよう両手で窓を閉めてから、アスナの正面に

向き直った。そして、かつて、あの浮遊城のアスナの部屋で一夜を過ごした後に彼女に告げた

言葉に込めた気持ちそのままに

 

「……アスナと一緒にすごしたい」

 

そう告げると、メニューウインドウを操作して、先ほど購入したアイテムをオブジェクト化

する。

キリトの手の中には二つの指輪が並んでいた。

 

《ALO》では《SAO》でいう「結婚」というシステムが存在しない。

したがって、男女が同じ指輪をはめていても、それは単にペアアクセサリーとしての意味しか

なさないのだが……。

 

アスナがキリトから指輪のひとつを受け取る。

その指輪にそっとキスをしてから、キリトの左手をとり、その薬指に近づける。

指輪はスッと消えてキリトの指に装着された。

次にキリトがもうひとつの指輪を左手に持ち、右手でアスナの左手をとると、そのまま実際に

リングをはめるように指先から指輪を滑らせる。

指の付け根に到達する直前、同様に消えた指輪はアスナの薬指に装着された。

そのままアスナの左手を自分の顔の高さ近くにまでもちあげ、光るリングごと彼女の

薬指にキスをする。

アスナはひと粒の涙で頬を濡らしながら、輝く笑顔を浮かべていた。

その笑顔を見たキリトは、握っていたアスナの左手をグイッと引き寄せ、アスナの薄い

唇に自分の唇を重ねた。

一瞬驚いたように見開かれたアスナの瞳が、すぐに閉じられる。

深く、甘く、長い、誓いの口づけだった。

 

 

 

 

 

「……キリトくん」

 

口づけが終わった後も、キリトは強くアスナの細い身体を抱きしめていた。

 

「ん?」

 

キリトはそのままで、続くアスナの言葉を待つ。

 

「この指輪を見たら、時々思い出してね。キミの後ろにはいつも私がいて、キミを

守ってるって」

 

その言葉を聞いて、キリトはなぜアスナがウンディーネを選んだのか、理由のひとつが、

わかった気がした。

ウンディーネは後方支援を得意とする種族だ。

あの世界でフォワードとバックアップだったように、お互いが支え合い、絶対の信頼が置ける

ポジション。

 

「ああ、オレもアスナを守るよ」

 

そう言ってアスナのおでこに軽くキスをする。

 

「うん」

 

安心したように微笑むアスナを見て、彼女の閉じられた瞳の瞼に、頬にと次々にキスをしていく。

耳に、首筋に、ついには肩先へとキリトの唇は移動していった。

 

「ちょっ、ちょっと、キリトくんてばっ」

 

赤面しながら無理矢理に自分の身体から引き離すと、キリトが不満げな表情でアスナを

見つめている。

 

「……そんな表情(かお)で……見ないで……」

 

つい情に流されてしまいそうになる。

 

「アスナ、退院したから全然リアルで会えないだろ。《ALO》にログインしても、今日まで

会えなかったし……」

 

その言葉を聞いて、アスナが思わず「ふふっ」と声をだした。

 

「あ、ごめんね、笑ったりして。でも……私も同じ事、思ってたから」

 

そう言うと、軽くつま先立ちになり、両手を伸ばしてキリトの頬を包み込み、紅潮した

ままの恥ずかしそうな顔を自ら近づけて、口づけをする。

今度はキリトが瞬時、驚いた表情を見せたが、すぐに両手で彼女の身体を支え、それに応える。

 

キリトの頬に触れているアスナの両手と、アスナの背中に回されたキリトの両手。

どちらも、その左手の薬指には誓いのシルシが輝いていた。




お読みいただき、有り難うございました。
原作の時間軸で言うと、新生《ALO》にはなっていますが、《浮遊城アインクラッド》は
実装前です……ハイ、《アインクラッド》実装前だとキリトのアバターは旧《ALO》の
ままのはずで、髪型のカスタマイズはもちろん、多分指輪もつけていないわけで……
確信犯でご都合主義を発動させていただきました。スミマセン。
キリトとアスナが再び仮想空間にログイン出来る日がきたら、すぐに指輪をつけて
欲しかったので。
では、次は現実世界での短編です。

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