ソードアート・オンライン《かさなる手、つながる想い》 作:ほしな まつり
こちらも書いてみました、といった(当初、書く予定のなかった)追加的、かつ
オマケ的なお話です。
【特別編】を冠するのですから、という理由で『ないて……』と場所や書き出しの二人の
状態は統一してみました。
ベッドボードに枕をあててそこに寄りかかると、隣で火照った肌を静めていた明日奈が
むくりと起き上がってちょっと嬉しそうに這いずり上がりオレの胸に頭をのせる。オレが手を
めいっぱい伸ばして置き去りにされた上掛けを引っ張りあげ、未だ醒めきっていない細い肢体に
かけてやれば猫が喉を鳴らすがごとく至福の笑みをオレに向けて彼女が頬をすり寄せてきた。
「また……オレの心臓の音?」
「うん」
時計を気にしなくていい時に限るが、肌を重ね合わせた後、明日奈はよくこうやってオレの心臓が
ある位置に耳をぴたりと着けてくる。思い返せば初めて互いの音を聴きあったのは、あの鋼鉄の
城に囚われて22層の家で夫婦として暮らし始めたベッドの上だった。正確には『心臓の音を
再現したSE』とも言うべき音だったが、それでも明日奈は今と同じように嬉しそうにオレの胸に
耳を押し付けていた。
それから今日に至るまで時には《仮想世界》で、時には《現実世界》で、何度、こうして彼女に
心音を晒しているだろうか。
ついさっきまで可哀想になる程啼き乱れてオレを感じていたはずなのに、まだこうしてオレの音を
求めてくる彼女に愛しさがこみ上げる。
胸の上にある小さな頭をそっと両手で抱きしめようとした時だ、明日奈が「あれ?」と首を
傾げると同時にさらりと栗色の髪がオレの脇腹に流れ落ちた。
顔を上げて今の今まで頬が触れていた場所にそっと細い指を這わせている。
彼女の反応に「ん?」と問いかけ気味の声をあげたオレは明日奈の指が撫でるように往復して
いる胸の一点を見て「ああ」とすぐさま合点の意を表した。
「ここ……どうしたの?」
そうだよな、気づくよな……。
多分、直接触れなければ分からないくらいの違和感……当のオレでさえ忘れていたくらいだ。
正直に説明した後の彼女のリアクションが予測できない。
怒る……だろうか?
「ああ、それな……」
オレは明日奈の腰に手を回して彼女の反応をすぐさま感じ取れる体勢を整えてから説明を始めた。
心拍と体温のデータをモニターするための超小型センサー……インプラントの提案をしてきたのは
向こうからだが、最終的に首を縦に振ったのは自分だ。
とは言えこうして直に触れ合う関係にある明日奈が嫌がるなら、その気持ちもわからなくはない。
オレが説明をしている間、ずっとセンサーの上をなぞっていた明日奈の指がようやく止まった。
「身体を動かす時、痛みとかは、ない?」
「うん、別に」
「屈んだり、逆に背伸びをしたりして、筋肉に当たったり皮膚がつれたりする感覚は?」
「大丈夫だよ」
「そう……なら、いいんだけど……キリトくんが決めたことだし……」
「アスナ……」
まずオレの身体を心配してくれる言葉に嬉しくなって思わず腰を抱き寄せた。
「でも……ひとことくらい、相談して欲しかった……な」
あ……やっぱり機嫌を損ねたか……。
抱き寄せたことを嫌がるほどではないにしろ、顔をこちらに向けて喋らないのは怒って
いると言うより拗ねている証だ。
「ゴメン……でもバイトを始める時、その場で決めなきゃなんなくてさ」
腰に当てていた手の片方を彼女の後頭部に移動させ、機嫌を直してもらえるようひたすら
優しく撫でる。
「うん……なら……仕方ないけど……」
口調は弱々しかったが渋々納得してもらえた手応えを感じ、心中で安堵の息を吐き出した。
しかし、おずおずとオレに向けられた表情は眉をハの字にした淋しげなもので、そんな瞳で見つめ
られると自分の決断の是非が容易にぐらつく。
そして明日奈はそのまま「だったら」と続けた。
「そのデータ、私も欲しいな」
うぉっ?!
オレの外見は数秒間フリーズしたが、脳内はけたたましいパニック状態だった。
まず耳からは、明日奈がオレのバイタルデータを欲しているという想定外も甚だしい情報が脳に
伝わる。
常に明日奈がオレの体温と心拍数をチェックするのか?!……いや、常に、というわけではない
だろうが……それは、なんと言うか……気恥ずかしいものが……。
と同時に目からは、オレの胸元にある明日奈の顔が必然的にオレを見上げる角度になるわけで、
自然と上目遣いで僅かに潤んだ瞳は……破壊的とも言える懇願の表情が脳に伝わり、総じて盛大な
パニック状態へと陥ったのである。
加えて頭を持ち上げたことでよけいオレの肌に押し付けられる形となった彼女のふたつの膨らみの
柔らかさがパニックに色を添えた。
彼女はいつの間にこんなハイレベルの『お願いスキル』を習得したのだろうか……。
だが、思い返してみればあの城の低層で暫定的にペアを組んでいた頃から、オレは明日奈の
お願いに逆らえた記憶がない。
それは有無を言わせない物言いだったり、当然といった口調だったり、時に気弱に覗ってくる目線
だったりと、場面によって彼女の表情は違っていたのだが、どれもが叶えてやりたい、と思わず
にはいられないものだった。
オレが内と外の温度差に翻弄されている間も明日奈はひたすらにその愛らしい瞳をオレに向け
続けている。もしかして同じクラスの男子にもこんな仕草で頼み事をしているのだろうか、という
懸念が新たに脳内を支配しようとした時、いつまでも返答のない事に痺れを切らしたのだろう、
明日奈が再び唇を動かした。
「ダメ……かな?…………だよね」
どうやら自分の希望がオレを困らせたのかも、と思い至ったのだろう。取り繕うように上辺だけで
笑って「遊びじゃないんだもんね、うん」と自己解決をしきりと口にしている。
ああ、もう、そんなに淋しそうな目で無理に笑わないでくれ。
「ダメなわけ、ないだろ」
頭で考えるより先に両手が明日奈の脇の下を支え、キスをするのにちょうどいい高さにまでその
ほっそりとした身体を引き上げる。「ひゃっ」と飛び出した短い驚声はすぐさまオレに吸い
取られた。
「んっ」
鼻にかかる声を漏らしながら彼女の瞳が嬉しそうに細められる。一旦口づけを解いて「アプリ
組むから一日待って」と早口で告げ、その返答を口にさせる前に再びそれを塞いだ。
時間はまだ大丈夫なはず。約束したアプリのプログラムを頭の中で構築させながら彼女との位置を
反転させる。オレと彼女を覆っていた上掛けがベッドの脇に落ちたがそれに構う余裕はなく、
今度はオレが明日奈の心臓の真上に自分の耳を、ではなく唇をチュッと吸い付けた。
お読みいただき、有り難うございました。
世の女性の皆さん、自分の願いを彼氏に聞き入れてもらう方法として、今回のアスナのような
潤んだ瞳に上目遣いはOKです。頑張ってハイレベルを目指しましょう(笑)
おねだりされた男性は後日「しまった、やられた……」と思うかもしれませんが、そこは
惚れた弱みだと思って諦めてください。
アスナのおねだり……は、特に『SAOP』の彼女を見ていると、もう、こちらがキュン
キュンしてしまうシーンが多く、4巻で「遺物拾い祭りやりたい」と言った時は挿絵の
魅力と相まって心臓打ち抜かれました。
が、冷静に考えてみると恋人の心拍数と脈拍って知りたいですか?……ううーん……やはり
アスナもキリトへの所有欲(独占力)が強いのでしょうね。
22層の森の家で心音を聞き合うのは特典小説のエピソードです。
続きまして【いつもの二人】シリーズをお届けします。