ソードアート・オンライン《かさなる手、つながる想い》 作:ほしな まつり
以前投稿しました『家族のカタチ』に登場の高校生の息子「和真」と
小学生の娘「芽衣」から見た母親(明日奈さん)のお話です。
眠っているはずなのに、苦しそうに歪んでいる眉に薄く開かれたまま荒めの息を吐き出している
唇をベッドサイドから見下ろしていると、自然とオレの眉間にも皺が寄る。同じように隣で母を
見下ろしていた妹の芽衣が珍しく気弱な声で「お母さん、大丈夫かなぁ」と言いながらオレの手を
ギュッと握った。
オレはすぐにその手を握り返し、しゃがんで芽衣と目線を合わせてから普段の外面スマイルでは
なく、歳の離れた妹を安心させたい一心で優しく笑い「大丈夫だよ。もうすぐ父さんが帰って
くるから」と告げれば、途端に芽衣は表情を一転させ満面の笑みを浮かべる。
どうやら母にとって万病の薬は父なのだと幼心にも理解しているようだ。
その笑顔が合図のように、玄関から解錠の音がこの二階の寝室にまで届く。
続けて階下よりドンドンと勢いよく階段を駆け上がってくる足音が聞こえてきたかと思うと、その
ままの勢いで足音は廊下を移動し、すぐさまこの部屋のドアが開いた。
「明日奈!」
予想通りの人物の登場にオレと芽衣が同時に人差し指を立て「しぃ〜っ」と勢いよく歯列の隙間
から空気を吐き出す。
そんな息子と娘の仕草など全く視界に入っていないのだろう、海外出張から戻ったばかりのオレの
父「桐ヶ谷和人」は一目散でオレの母「桐ヶ谷明日奈」の枕元へと駆け寄った。
手荷物は玄関先にでも放り出してきたのか、何も持っていない手はすぐさま布団の中の母の手を
求める。予想通りの常識外な到着時間にオレは軽く息を吐き出した。
「ユイ姉」
芽衣の手とつながっていない、もう片方の手に握りしめていた携帯端末で姉の名を呼べば未だ
「愛らしい」という表現がしっくりくる声がすぐさま応答してくれる。
「なんですか?、和真くん」
「また……やった?」
「ちょっとだけです。渋滞や事故にはつながっていませんよ」
桐ヶ谷家の長女として認識されているAIの「桐ヶ谷ユイ」はとにかく父に甘い。そしてそれ
以上に母に甘い。
風邪でぶっ倒れた母から申し渡された「海外にいる和人くんには絶対に知らせないで」の言葉尻を
取って、父の乗った飛行機が日本の航空領域に入ったと同時に母の容態を伝え、空港からの道路
信号に関して交通管理システムにハッキングをかけて父の乗ったタクシーがスムーズに我が家まで
辿り着くよう誘導した事は容易に想像できた。
「それ、オレが学校に寝坊した時もやってよ」と少々呆れ口調で願えば「和真くんは寝坊なんて
しないでしょう?」とハッキリ、キッパリ返される。
父が帰ってきてくれたお陰で寝室の中に満ちていた緊張も途端に和らぎ、芽衣がオレの手から
離れて「お帰りなさーい」と父へ抱きつくためにパタパタと駆け出した時だ。
布団の中で母の手を探り当て、それを両手で包んだらしい父が顔をあげオレを睨み付けた。
「和真、お前、明日奈の熱、ちゃんと計ったか?」
「えっ?、ああ、小一時間ほど前だけど、その時は起きてたから母さんに体温計渡して……」
「お前が直接表示を確認したかって聞いてるんだ」
「……いや、計ってる間、母さんにタオルを持って来て欲しいって頼まれたから一旦部屋をでて、
戻ってきたら計り終えた母さんが『38度ちょっとあった』って。それからずっと様子を見てる
けど別段変化はなくて……ま、まさか……?」
「ユイから聞いたのと違う……39度は超えてるな。ここ一時間で上がったんじゃないと
すれば……」
そこまで言うと父はうなだれて「はぁーっ」と深く息を吐ききってから小さく「一応そこまでは
理性があったのか」と呟いてから、素早く顔をあげた。すぐそばに寄ってきていた芽衣にそっと
微笑んでから「ただいま、芽衣」と言って片手を布団の中から出して頭をグリグリと撫でる。
「ごめんな芽衣、抱き上げてやりたいけど今はお母さんを楽にしてあげるのが先なんだ。和真と
一緒にフリーザーから氷をボウルに入れて持ってきてくれるか?」
大好きな父からのお願いだ。しかも大好きな母のためだと言われればグズるような芽衣ではない。
使命感に満ちた瞳を輝かせ両手をグーにしてやる気満々を振りまきながら大きく頷いた。
「わかったっ。芽衣、氷、たーっくさん持ってくる」
その元気いっぱいの声に反応して母が微かな声を上げる。
「う……っん……ふうっ……」
辛そうに息を吐きながら長い睫毛が震えた。
「明日奈?」
上から覗き込むように身を屈めている父の顔を母のはしばみ色の瞳が捕らえる。
「……っう……ううっ……ふっ……ふえっ……」
見る見るうちにその瞳に涙が湧き上がり唇がわなわなと意味不明の音を紡ぎ出すと、オレの脳内は
非常事態宣言を発令した。
「キ……キ……キリトくん……」
マズイ、ヤバイ、マズイ、ヤバイ……脳内に限らず全身のあちらこちらからこれから先に起こるで
あろう困窮の事態に備え警鐘を鳴らしてくる。
母さんが父さんをキャラクターネーム呼びする時……それは母さんがもの凄く壊れている時だ。
ぶわっ、と一気に涙があふれ出した瞬間、母は顔を真っ赤にしながら目の前の父に必死に訴え
始めた。
「痛い、痛い、すごく痛いよう」
「うんうん、頭だろ。それだけ熱があるんだから関節も痛いだろうな。声もいつもと違うから
喉もやられてるのか」
父の言葉に必死に頷こうとして頭に響いたのだろう、更に勢いよく涙を流しながら「ううっ、
痛い」とグチャグチャになっている。
普段のおっとりとした姿からは想像もできない母の変貌ぶりに驚いて芽衣が固まってしまって
いるのに気づいたオレは、急いで妹に声をかけるため口を開きかけた時、信じられない言葉を耳に
した。
「あーあ、お母さん可愛くなっちゃった」
それからオレに振り返り「ね、お兄ちゃん」と呆れたように笑っている。
「え?……芽衣……もしかして、母さんが熱出してこうなった姿、見るの、初めてじゃない
のか?」
オレは随分と間の抜けな顔になっているだろう自覚はあったが、修正する気力すら無く妹に恐る
恐る尋ねた。
「まさか」の思いも空しく、芽衣はさらり、と一言「うん」と頷いてくる。
いや、だって、それおかしいだろ。オレなんて母さんが熱を出した時は父さんから絶対に寝室には
入るなって言われて、結構淋しかったのに頑張って我慢した記憶が何回かある。それこそ入室を
許されたのは小学校の高学年頃で……とそこまでを思い出して愕然となった。
そうだ、オレが父さんから「母さんに抱きついていい」と許されていたのは10歳までで……
当時のオレが熱を出した母さんの姿を見たら迷わず抱きつく、と今ならはっきり断言できる。
だからか……抱きつけない年齢になってから、熱を出した時だけ今のように無防備で無邪気な母の
いる寝室に入る許可を出したのは……。
父の意図するものを悟ってオレは一気に落ち込んだ。
今日の今日までオレが寝室に入れなかったのは、小さいオレに病気をうつさない為だと解釈して
いた自分は、まだまだ母に対する父の執愛がわかっていなかったのだと。
オレの落ち込む姿など気にも懸けず父は泣き続けている母に向かって顔を寄せた。
「ほら、泣くとよけい息が浅くなって苦しくなるぞ」
言うなり目尻から流れている涙に口を付けてチュッっと吸う。
「ちょっ、父さんっ、芽衣の目の前で……」
いくら夫婦仲が良いとはいえ小学校2年生の娘に見せていい姿ではないだろう。
母との触れ合いに水を差されて面白くないのか、ジロリとオレに視線だけを向けてからそのまま
芽衣を見るので、つられてオレも見れば頭を撫でた父の手が今はしっかりと妹の両目を塞いで
いる。
そういうところはそつが無いんだな、と妙に感心していると再び枕もとから庇護欲をそそられる
声が聞こえてきた。
「ふえっ……ふぅうっ……それにポカポカ……クラクラする……の……」
「見栄張って和真に体温誤魔化すからだろ」
少々の怒り口調が心に刺さったのか、怯えたように眉を一層歪ませている。
それでも熱のせいで火照った顔を自分に向け、必死に弁解する母の姿を映す父の瞳にキツさは
なかった。
「ううーっ、だって……だって、和真くんに……ふうっ……心配かけたく……なかったんだもん」
「ったく、家族に余計な気を遣って……そのクセ、まだなおってなかったんだな」
「ごっ……ごめんなさい……」
再びポロポロと透明度の高い涙がこぼれ落ち、当然のように父が口づける。
父の手で顔を覆われている芽衣がそろそろ我慢の限界で、バタバタと暴れ始めたので後ろから
両肩をつかんで「おいで、芽衣」と言いながら、くるりと身体を回転させ自分の足下に引き
寄せた。
父は芽衣に触れていた手をそのまま母に移し、汗で額にはりついた前髪を払っている。
「謝るなら和真に、だろ」
「……和真くん、いる?」
「いるよ、ここに」
「んぅっ、ごめんね」
潤んだ目でぼんやりと自分を見つめ、舌っ足らずの口調で謝られたら何をされても許してしまい
そうだ。我が母ながら、これは本当に反則級だと痛感する。父の所行も夫としては納得だな思い
ながら、それでも布団の中で母の手を握り、一方の腕で小さい頭を抱え込むようにして母に密着
している父も……何と言うか息子の自分から見ても呆れるほど色々と壊れているようだ。
「いいって……でも今度からはちゃんと正直に言ってよ」
「っ……うん」
「ほら、和真、氷、芽衣と取ってきてくれ」
これで母と息子の会話は終了だ、と言いたげに、母の返事にかぶせるように父がオレ達を部屋から
追いだす勢いで、顎でクイッ、クイッと部屋のドアを指す。
オレに注がれていた母からの視線は力尽きたように瞼で遮られてしまい、加えてその上を父の手が
ゆっくりと労るように往復しているとなれば居たたまれなさ大爆発だ。
芽衣の手を引いて氷を取りに行こうと母に背を向けた時、誰に請うわけでもない小さな呟きが耳に
飛び込んできた。
「んー……ババロア……食べたい」
母の願いにすぐさま父が反応する。
「和真」
「作ってあるよ。冷蔵庫に冷やしてあるから氷と一緒に持ってくる」
そう答えれば、父がこの部屋に入ってから初めて「上出来だ」とオレを褒めるような眼差しで
笑った。
我が家では誰かが熱を出すと必ず母がババロアを作る。
卵に砂糖、牛乳と生クリームにゼラチン……材料はいたってシンプル。冷たくてツルンとした
舌触りは喉ごしもよく、食欲が落ちていても口に入れやすい。母ならこれに季節に応じて苺を
使ったり桃やメロンを入れてくれる時もあるが、今回オレは早く仕上げる為にごくごくオーソ
ドックスなババロアを用意していた。
今では何もまごつく事なく作れるようになったババロアだが、初めて挑戦したのは意外にも父と
共にだ。
オレが幼い頃キッチンで作業をする時、そのすぐ隣には常に母の存在があったが、ババロアに
限っては父と共同戦線を張らざるをえなかった。なぜなら肝心の母が熱を出していたからだ。
自分が困らない程度には家事全般をこなす父だったが、スイーツとなると未知の領域で当時は
二人で大騒ぎをしながらモニター越しにユイ姉に作り方を教えてもらいババロアを作った記憶が
ある。結果、後で味見をしたらほとんど甘みのないババロアを母はベッドの上で「美味しい」と
言って食べてくれた。
そんな事を思い出しながら冷蔵庫からババロアの入ったカップを取り出していると、ボウル
いっぱいの氷を抱えた芽衣が隣にやってくる。
「芽衣もババロア食べるか?」
「うんっ、うんっ、お母さんと一緒に食べる!」
「母さんと一緒は無理だ。父さんも帰ってきたし、母さんの熱が下がるまではうつるといけない
からあまり傍にいっちゃダメ」
「芽衣、うつらないよっ。芽衣、丈夫だもん」
「お前が我が家で一番健康優良児なのは事実だけどな。お前が良くても母さんが気にするだろ」
「お母さん、いつも言ってるよ。一緒にご飯食べる人がいると、とっても嬉しいし美味しい
ねって」
「まあ……それは、そーなんだけどさ……けど、お前に風邪がうつったら……」
「大丈夫だよ、芽衣、強いもんっ。今日だって6年生やっつけたよー」
「……は?!」
自分用と母用のババロアを両手に握った芽衣を半ば引きずるようにして二階まで連れて行き両親の
寝室に放り込むと、続けて自分も入り素早く後ろ手でドアを閉めたオレは片手に氷の入った
ボウルを抱えたまま脇に挟んでいたタオルを父に渡しながら「遅くなってゴメン」と謝り、入手
したての情報を報告した。
「今、ユイ姉に手伝ってもらって裏を取ってたんだけど、母さん、今日の昼間、外に出かけ
たって」
ベッドのすぐ脇に母のドレッサー用のイスを移動させ、そこに腰掛けて片手で母の手を握り、
反対の手でオレから手渡されたタオルを使い母の汗を拭おうとしていた父が固まる。
「……この状態でか?」
「うん……まあ、朝はここまでひどくなかったんだ。珍しく『少しだるい』って弱音吐いたから、
これは相当しんどいんだな、と思って今日の予定聞いたんだけど、来客の予定もないし仕事も
急ぎはないから今日一日休んで元気になるよ、って笑ってて……なら家事は学校から帰ってきて
オレがやるからゆっくりしてなよ、って言ったたんだけど……」
「何か仕事でトラブって……」
「じゃなくて……原因は……コイツ」
サイドテーブルにボウルを置いたオレは眠ってしまった母の額にババロアの容器をあてて熱を
冷まそうとしている芽衣の後頭部を小突いた。
反射的に恨めしそうな眼差しでオレを睨んでくる妹に構うことなく、話を続ける。
「なんか、芽衣のクラスメイトが休み時間に廊下で6年の男子児童とぶつかったとかでさ」
「桜花(おうか)ちゃん廊下で芽衣とお話ししてただけだもん。6年生が走ってきたんだよ」
「で、それに腹を立てた芽衣がその男子児童を呼び止めておいて、掃除用具の箒を使って……」
「桜花ちゃん転んじゃったのに6年生のお兄さん『ごめんなさい』しなかった!」
「男子児童は膝を擦りむいた程度のケガだったらしいんだけど」
「芽衣、何もしてないのにお兄さんが転んだの!」
いちいちオレの言葉に解説をつける妹の口にスプーンですくったババロアを放り込む。
「まあ、もともと悪いのは向こうなんだけど、悪気はなかったし、何より芽衣が箒を持ちだした
だろ。それで一応親の耳にも入れておこう、ってことになって母さんに連絡がきたんだ。そこで
真面目な母さんは……」
「わざわざ学校まで出向いたってわけか……」
無言で頷いたオレの隣でごっくん、とババロアを飲み込んだ芽衣が満足そうな笑顔を浮かべつつ
「お母さんと一緒に食べるから後は残しておこーとっ」と、母のババロアの隣にひとすくい欠けた
ババロアの容器をスプーンと一緒に置いた。
「芽衣、箒持ってただけなのに……」
「掃除の時間でもないのに、わざわざ取りに行って6年生の前で構えたって聞いたぞ」
「……構えただけだもん」
「お前なぁ……剣道の小学生の部で全国大会にでてるヤツが長さ50センチ以上の棒を構えるって
事は、ゲームの中でレベルひとケタの相手を前に父さんが二刀流を構えるようなもんだぞ。既に
視覚的攻撃でダメージ与えてる…………ホントに、後先考えずに溢れる正義感で突っ走るのは誰の
血なんだろうなぁ」
ぼやくように言えばベッドの中から小さく「キリトくんだよ」の声がする。
すっかり眠っていると思っていた母が布団から顔をだして、むくれ顔でオレを凝視していた。
頬を膨らませると先程までの芽衣の表情とよく似ていて、つい妹に話しかけるような口調になって
しまう。
「父さんの血だね、って断定はできない気がするけど。それより、ババロア持って来たよ、
食べる?」
オレの返答がご不満らしく頬を膨らませたまま、それでもこくん、と頷く母を見て不本意ながら
胸のあたりが甘くうずく。
そんなオレの心情を察知したのだろう、父がその母の表情を遮るように覆いかぶさり上体を抱える
ようにしてベッドから引っ張り上げ、クッションを置いたヘッドボードに寄りかからせた。
もともと水を張って置いてあった洗面器に持って来た氷とタオルを入れ、固く絞って顔にあてれば
冷たさが気持ち良いのか母の表情が蕩ける。そのまま冷えたタオルを小さく畳んで首の後ろに
あてると、幾分楽になったのだろう、ほうっ、と息を吐き出してから潤んだ瞳で父に「ババ
ロア」とねだった。父も僅かに微笑んで「わかってる」と一言告げて容器に手を伸ばす。
以前、父から母が高校生の時、当時は微熱でも今のように壊れて大騒ぎになったことがあると聞か
されて絶句したが、その頃からの経験でこうなってしまった母の扱いには慣れているのだろう、
何を言われても余裕の表情で応じている父はどこか嬉しそうにも見える。
それを見ていた芽衣も「お母さんと一緒に食べるー」と再び自分のババロアを抱えてベッドの
母のすぐ隣に這い上がった。
普段なら照れて絶対させないだろうに、父がババロアののったスプーンを口元まで運べば嬉し
そうに口を開けて迎え入れる母を見てオレの方が照れるような恥ずかしいような微妙な気分だ。
ほんのひと欠片、口に入れて貰ったババロアをゆっくりと味わって、こくんと喉に送ったのを
見届けてからもうひとくち、と父がスプーンですくおうとすれば、さっきの欠片を飲み込むまでで
体力を使い切ったようなか細い声が「も、いい」と浅い息と共に吐き出される。
「美味しかった……ね……芽衣ちゃん」
隣の芽衣を見つめて小さく笑うと、芽衣もうんっ、うんっ、と釘をたたくトンカチのように首を
縦にふってから膝の上にスプーンの入った容器をのせ「ご馳走様でした」と両手を合わせた。
芽衣のババロアはすっかり完食されている。
芽衣が母親と一緒に食べたがっているのを知ってて無理して食べたのか、と問うように
「明日奈」と父が睨めば、そんな父の視線などお構いなしで、オレに「ありがと……和真くん……
ごめんね、残しちゃった」と眉尻を下げた。
「構わないよ。また冷蔵庫に入れておくから」
何でもない事のように言って父の手からババロアを受け取ろうとすると「なら、残りはオレが」と
言ってパパッと口に放り込み、すぐさま空になった容器をオレに渡してくる。
それを見た母の眉が今度は中心に寄った。
「和人くん、帰ってきて……そのまま……でしょう。着替えて……晩ご飯はお魚の粕漬け……
作っておいた……から……焼いて、食べて」
父への呼称がキャラネームでなくなった事で母の容態が幾分落ち着いたのだとわかる。
それは父も同様に感じたようで、ほっと息を吐き出すと「横になるか?」と言って再び母の身体を
自ら支えつつベッドに横たえた。
そのまま自分の手を握って離そうとしない父に向かい、今度は母が威嚇するようにベッドの中から
父を見つめる。当人は十分睨んでいるつもりのようだが、未だ熱でぼんやりとした眼差しの上目
遣いはある意味、普通に睨まれるよりも効果があるようだ。
観念したように父が口を開いた。
「いいよ、機内食出たから、腹減ってないし」
散々渋って出た言葉がそれか……と、母もオレも軽く嘆息を吐いた。
「父さん、それを信じろって?……泊まりの出張帰りはいつも母さんの料理を楽しみに空腹で
帰ってくる父さんが、機内食なんて食べてくるはずないだろ」
オレの言葉に、まさにその通り、と言いたげな表情の母がベッドの中で小さく頷く。
「せっかく……キリトくんの……好きな、お漬け物……作って……おいたのに……」
再び父を「キリトくん」呼びしている母の言動に内心冷や汗を流しながら、それでも今は父の
食事だ、と判断してオレも追い打ちをかけた。
「昨日の残りの煮物と和え物にサラダもあるし、肉はちゃっちゃとタレにからませて焼けばいい
だろ。芽衣、先にキッチンに行って冷蔵庫から粕漬けの魚を出してから炊飯器のスイッチ押して
きて」
目的のババロアを食べ終えて満足したのか「はーい」と返事をすると、素直にベッドから下り、
戸口に向かおうとする妹に「それと」と更に言葉をかける。
「スイッチ押したら、直葉ちゃんに今日の事、報告しろよ」
「えーっ」
すぐさま振り向いて不満の声をあげるが、それを受け入れる気は毛頭無い。
「当たり前だろ。こんなご近所に住んでるんだ。お前のしでかした事なんてすぐ耳に入る」
「ししょーに怒られるぅ」
「だろうな」
当然だろう、お前は4つも年上の男子とは言え全くの素人相手に剣の構えをしたんだから、剣道
教室で芽衣を厳しく鍛えているオレ達の叔母である直葉ちゃんがこれを許すはずがない。
オレは生まれた時からの約束で叔母のことを「直葉ちゃん」と読んでいるが、芽衣は剣道の師と
いう意識が強いのか……単に使い分けが出来ないだけという説もあるが……道場に限らず叔母の
事は常に「ししょー」と呼んでいる。
そんな時、直葉ちゃんの話で思い出したように父が割り込んできた。
「スグなら明日、土産を貰いにうちに来るってオレんとこに連絡入ってたぞ」
剣道から離れれば自分の兄の海外出張のお土産を毎回楽しみにしている叔母は、可愛らしい
一面もあればちゃっかりした一面も併せ持っている。
「ほら、明日まで引き伸ばすと更に怒られるだろうなぁ」
「むー……、わかった」
そこまでのやりとりを微笑みながら聞いていた母が赤い顔で芽衣にこっそりと「えらいね」と
囁くのが聞こえた。
母からの言葉に幾分気分が上昇したのか足取りを軽くして空になったババロアの容器とスプーンを
二組持ったまま「電話、してくる」とだけ言い残して部屋から出て行く。
ドアが完全に閉じたのを確認してからオレと父は、ふぅっ、と息を吐き出すやいなや急いで二人
同時に母の枕元へ近づいた。
「キリトくん」を口にしたという事は母の熱がぶり返したという証だ。
近づいて見れば、芽衣がいなくなった事で気が緩んだのか息づかいに荒さが戻っていた。
オレが新たに氷水でタオルを絞っている脇で父が母の手と繋がっていない方の手で、早くしろと
いいたげに指で催促をしてくる。
「ったく、喋るのだって辛いくせに……」
オレが差し出したタオルをひったくるように奪うと母の顔をはじめ首筋から胸元の辺りまで熱を
冷ます為にゆっくり押し当てれば、すっかり目を閉じてしまった母が気の抜けたように深く息を
吐き出した。
「父さんが帰ってくるまで、芽衣も母さんが心配ですっかり大人しくなってたから、母さん、
それが嫌だったんだろ」
「だからって……無理して……平気そうに…」
何やら小さく文句を言いながら手にしたタオルで母に触れつつサイドテーブルに置きっ放しに
なっていた携帯端末に「ユイ」と呼びかければ、「はい、パパ」と姉がすぐさま返事をする。
家族の使っている携帯端末ならば持ち主でなくてもユイ姉とコンタクトが取れるようになって
いるが、ホログラムを展開できるのはリビングだけなので今は音声のみだ。
「後でモバイルモニターをこの部屋に設置するから、朝まで体温センサーモードで明日奈を
看ててくれ」
「わかりました、パパ」
ユイ姉にとっては朝飯前のような要望に対し二つ返事で了承の意を表すと、母が声を絞り
出すようにして「キリトくん」と父を呼ぶ。
「ユイちゃんに、家庭用メディカルシステム、みたいなお願いは……やだ……」
その言葉に反応したのはユイ姉だった。
「ママ、もし私が《こっちの世界》で肉体を持った娘だったとしても、やっぱりママが心配で
朝まで看病しましたよ」
オレの携帯端末から聞こえたユイ姉の言葉にまたもやポロポロと母の瞳から涙が溢れ始めると
「ああ、もうっ」と怒っているのか困っているのか少し乱暴に、そして何度も何度も父の唇が
母に触れる。
「ふうぅっん……キリトくん……いた……い……」
熱による症状なのか、きつめに吸われている父からの刺激なのか再び震える声で父のキャラ
ネームを呼ぶ母の喘ぎ声にギョッとしたのはオレだけではなかったようで、モニター越しの
ユイ姉が早口に「ちょっと芽衣ちゃんを見てきますね」と告げて自発的に回線を閉じた。
オレも使ったタオルをまとめて手にしてから「食事、出来たら呼ぶよ」と言えば、母に密着した
ままの父がオレを見る事なく、追い払うように空いている手だけをシッ、シッと動かして退室を
強制してくる。
ここにいても自分が役立つことはなさそうだと判断して思春期の想像力をかき立てる母の声と
吐息を耳に入れないようにする為、お粥も作らなきゃな、とこれからの段取りで頭をいっぱいに
する努力をしながら早々に両親の寝室を出た。
コンッ、コンッとドアをノックしてからゆっくり五つ数えて、オレは両親の寝室のドアノブに
手をかける。とりあえず顔だけを入れて「父さん、ご飯、出来たけど」と小さく言いながら
室内を覗くと、先程よりも規則的な寝息だけが部屋に漂っており、父は相変わらずベッド
サイドに陣取って両手で母の手を包み、その寝顔をジッと見つめていた。
その静かな眼差しは母の全身を包み込んでいるようで、男のオレでさえドキッとさせられる。
ベッドに近づきつつ動揺を誤魔化すように小声で「玄関にあった父さんの荷物、書斎に運んで
おいたよ」と言えば、やっとオレの方を向いてくれた父が「さんきゅ」と表情を和らげる。
周りの友人達はこの父を見る機会がないので母ばかりを羨ましそうに、キレイだの美人だのと
褒め称えるが、クラスの女子が父を見たら大騒ぎをするんだろうな、という予想が容易にできる
くらいウチは二親ともに人の目を引く容姿を持っている。
ただ互いの事が好きすぎて壊れ気味なので、あえて自分から自慢げに見せる気にならないのが
残念なところだ。
まあ、父さんがこんな表情で甘い視線を注ぐのは母さんしかいないけど、母さんは無自覚に
ふりまくからなぁ……頼むからオレの友達の純心を弄ばないで欲しい、と最近、切実に思うオレは
やけに自宅に遊びに来たがる友人達の顔が思い浮かんできて、慌ててそれを追い払った。
「様子はどう?」
「ん、だいぶ落ち着いた。熱も8度台にまで下がったし」
「……わかるの?」
「当たり前だろ」
そうだった、この二親は当たり前でない容姿に加えて、当たり前でないスキルを当たり前のように
発動させるんだった。
容姿においては労せずしてオレも恩恵にあずかっているから文句を言うつもりはないが、己の
超感覚が一般的だと思い込んでいる部分はいただけない。しかしそこをいくら指摘してみた
ところで「そうなの?」「そうか?」と見事に同期した表情と返事を返されるのもまた経験済み
なので、オレは軽く鼻から息を吐き出すだけで流すと「なら下でご飯食べられる?」と言うだけに
留めた。
「そうだな。でもその前に書斎からユイのモニターを持って来ないと……」
言いながら母から離れて父が立ち上がった時だ、寝ているはずの母の手が父のぬくもりを探して
空をかき父の上着の裾を掴む。
父に食事をさせたがっていたくせに、離れるのを嫌がる母の行動に父が困り笑いを漏らした。
「本能と理性が混ざってるな」
「……だね」
再びイスに腰を降ろそうとする父に向かい、オレが思わず「ならオレが……」と口にすれば、
途端に挑むような笑みで父が「お前が?」と聞き返してくる。
「父さんが食事している間、オレが代わりに手を握ってるよ」
「ふーん、お前がね……やってみれば?」
からかうように言われ、少々ムッとしたオレは父の上着の裾を掴んでいる母の細い指を一本一本
ゆっくりとはずすと、場所を交代してさっきまで見ていたように両手でふわりと包み込んだ。
が、途端にするりと母はオレの手の中から逃げ出して父を求め、手を彷徨わせている。
後ろの頭上から、くっくっくっ、と忍び笑いが聞こえるが、それに反応する気力は持ち合わせて
いなかった。
「……なんか、地味にへこむね、これ」
寝ていながら自分の夫と息子の手の違いがわかるって……こっちも超感覚か。
「当たり前だろ……一体どれだけオレが明日奈と手を重ねてきたと思ってるんだ」
「そうなんだろうけどさ……」
再び「当たり前」を聞かされてオレが溜め息をつくと、父がばさり、と上着を脱いでそれを母に
被せる。「少しだけ、これで我慢しててくれ。すぐに戻ってくるから」と言えば、母は眠った
まますぐにその上着をギュッと抱えると安心したように顔を埋めた。
深夜の三時を過ぎて、音を立てないよう両親の寝室に入ると相変わらず母の手を片手で握って
いる父がベッドに顔から突っ伏してスースーと寝息を立てている。寝落ちする直前まで仕事を
していたのか、もう片方の手元には既にブラックアウトしたタブレットが掛け布団の上で危うい
バランスをとっていた。床に滑り落ちそうなそれを回収してから持参したブランケットをそっと
父にかけると、音を立てたつもりはないのに「和真くん?」と母が細い声でオレの名を呼ぶ。
「ゴメン、母さん、起こしちゃった?」
父が眠ってしまったことでユイ姉が部屋の照明を調節したのだろう、薄暗い室内では母の顔色も
よくわからなかったが名前を呼んでくれた声に数時間前よりもしっかりとしたものを感じて少し
安心する。「今まで起きてたの?」と聞かれたので軽く頭を振ってから「あっ、見えないか」と
自嘲して言葉を続けた。
「ちゃんと今まで寝てたよ。でも三時の段階で父さんが寝ちゃってたら、オレを起こして欲しい
ってユイ姉に頼んでおいたんだ」
まさに予想したとおり、とちょっと可笑しくなってフフッと笑いながら父を見る。
「どうせ強行軍で帰国したんだろ。時差ボケだってあるだろうに、ホント、母さんの事となると
無茶するよな父さんって」
「そうだね。現地の最終便のチケットとって、無理矢理帰ってきたみたいだから……本当はもう
一泊の予定だったのに……」
その声は慣れ親しんだ母特有の慈愛に満ちたもので、それだけで体調が随分と良くなったのだと
わかる。
「母さんだって、ここ最近、随分と仕事入れてたよね?」
「んー……昔からお世話になってる方からのお仕事が偶然重なってね」
「お断りするのも申し訳なくて……」と言い訳がましい口調で言った後「でも、それで家族に迷惑
かけたらダメだよね」と反省の色を見せた。
「うん……病気は誰だってなるから、それは仕方ないと思うけど……父さんだって言ってたろ、
家族に気を遣いすぎだって。母さんは仕事もあるのに家事も完璧にこなしたがるからね……」
そこで一旦区切って、オレは以前から聞きたかった言葉を口にした。
「……本当は今の仕事、本格的にやりたかったんじゃないの?」
「えぇっ?」
母はオレからの問いが随分と意外だったらしく短い驚声をあげたまま固まってしまったようだ。
「だって今の生活を維持するだけなら父さんの稼ぎで十分だろう?」
母への烈火の如き愛情には呆れるが、仕事の面では業界内で『桐ヶ谷和人』の名を知らぬ者は
いないとさえ言われている程、常に成果を上げ続けている父だ、ヘッドハンティングの話も後を
絶たないらしいし、そうなれば母が我が家の家計のやりくりに窮しているとは考えにくい。
「前に父さんが呟いていたことがあってさ……『明日奈がオレみたいに、やりたい事を思いっきり
やれる環境だったら、オレなんか足下にも及ばない事を成し遂げるんだろうな』って……」
オレが告げた父の言葉に薄明かりでも分かるほど母の表情が喜色めいたものへと変化した。
「ホントに?……和人くん、そう言ってた?」
「ああ、オレだって母さんに非凡の才がある事くらい、わかってるつもりだけど?」
でなければとうに会社を辞め主婦業を軸としている母に断らなければないない数の依頼がくる
はずがない。
オレが告げた評価に「ありがと」とだけ言うと母は軽く首を横に振った。
「でもね、違うの、和真くん。私の事じゃなくて……今、和人くんはちゃんとやりたい事がやれて
るんだって事が、とっても嬉しいの……だってね、私が一番にやりたい事は……和人くんを支える
事だから」
「……母さん……」
「私と和人くん……キリトくんが出会ったのが『デス・ゲーム』と呼ばれるゲーム内なのは
知ってるでしょう?」
母が唐突に口にした父との出会いに、オレは少しの戸惑いを感じながらも小さく頷きながら
「うん」と答える。
「キリトくんとパーティーを組んだのはゲーム内に閉じ込められて一ヶ月くらいが経った頃
だったかな。それからしばらく一緒に行動してたけど……数ヶ月後のある時、パーティーを
解消しようってなってね」
「父さんが母さんの手を放すなんて信じられないな……」
「あの時は……二人とも口にはしなかったけど、そうする事でしかお互いを守れなかったの……
私はまだまだキリトくんとのレベルの差がありすぎて、一緒にいたら足をひっぱるってわかって
たし、キリトくんはキリトくんで一緒にいれば私を余計な厄介事に巻き込んでしまうって思いが
あって……」
母はその頃の想いを少し辛そうな声でオレに伝えると、ひと呼吸置いてから真っ直な視線をオレに
向けた。
薄暗い室内でもハッキリとわかるくらい、そのはしばみ色の瞳には強い決意が浮かんでいる。
「だから今度は、キリトくんが必要としてくれる位強くなろうって頑張ったんだよ。そうすれば、
いつか、キリトくんを傍で守れる日がくるかも、って思って……結局、レベルは追いつかなかった
けどね」
そこで母はちょっと悔しそうに笑った。
しかしそこまでの想いをオレが理解出来る日は来ないんだと痛感する……だってオレにとって
ゲームはやはりゲームでしかないのだ。それは父親がVRワールドの世界に大きく関わっている
からこそ、AIを姉と認識しているからこそ強く実感してきたオレなりの答えだった。
「でも……ここはゲームの世界じゃないよ」
「ふふっ、私達にとっては同じなの。私が『守ってね』って頼れるのは和人くんだけだし、
和人くんが守ってくれてるから、私も和人くんを『守る』ことができるんだよ……ああ、もちろん
和真くんやユイちゃん、芽衣ちゃんもね」
「お前はついでだけどな」
突然、むくりと父が顔をあげた。
「お、起きて……たんだ」
「ああ」
「結構前から起きてたよね?」
「バレてたか」
「うん、だって、手、繋いでるし」
さも、わかるよー、と言いたげな口ぶりの母のおでこに父がそっと自分の額を押し当てて、安堵の
息を漏らす。
「それに、大好きな和真くんの声がして、和人くんが起きないはず、ないでしょ?」
「だっ、大好き?」
母の発言にオレの声が裏返った、と、ほぼ同時に父の眉が不機嫌に歪む。
「こんなむさ苦しいヤツ、大好きなわけあるか」
「大好きなくせに……ちっちゃい頃はどんなにお仕事で疲れてても、和真くんが呼べば絶対
起きて、遊んであげてたじゃない」
「昔の話だろ」
「今だって変わらず好きでしょう?」
「……ずっと変わらないのはオレの一番が明日奈だってことだよ」
母の前だとどうしてこうもこそばゆい台詞が吐けるのか、我が父ながら呆れるを通り越して
尊敬に近い感情すら感じた。
その父の言葉をとても嬉しそうに受け止めている母も、ある意味尊敬に値する。
互いが守っているから、互いを守ることが出来るなんて、まだまだ子供のオレには理解できそうも
ない。
父から受け継いだ「大好きな人を守れるようになれ」という言葉の重みを実感して、思わず
溜め息をついていると父が身をよじって母のドレッサーの上に設置してあるモニターに声を
かけた。
「ユイ、ありがとう。朝までのモニタリングはもういいよ」
「でも、パパ……一応あと数時間、様子をみていた方が……」
「ユイ姉、父さんが言ってるんだから大丈夫だよ。それにこのままこの二人をモニタリングして
いると妙な負荷がかかると思う」
「なんだよ、妙な負荷って……出張中、ずっと一人で寝てたんだぞ」
「父さん、それ、当たり前だから」
「全然休んだ気がしなかった」
そう言うなり、父がベッドに潜り込み母を抱きしめる。
「じゃあ、おやすみ」と言いながら早々に部屋から出ようとドアに向かうオレの背中に母の
小さな声が聞こえた。
どうやら父の仕事の予定を聞いているらしいが、既に父の声は半分寝ているような状態だ。
出張後のいつものパターンなら数日は有休を取っているはずで、その間、四六時中母にべったり
張り付くのもパターン化している。
しばらくは家の中でうっとうしい夫婦の姿を見なくてはいけないのか、と思うと同時に、父が
有休の間は男友達を家に招くことは出来ないな、と判断してオレは断る理由を考えつつ、
それでも母の回復に安心と嬉しさを足取りに混ぜながら自室に戻った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
明日奈の枕元に和人と和真が駆け寄っている頃、兄に言われ、学校での出来事を直葉に電話で
報告する芽衣は……
「……でね、6年生のお兄さんが『うおーっ』って来て、桜花(おうか)ちゃんが『うひょーん』ってなっちゃったから、芽衣がね……」
「ちょっと待った、芽衣っ」
「なーにー、ししょー」
「今、そこに和真はいないの?」
「お兄ちゃん?、お兄ちゃんはお母さんトコだよ」
「ならおにい……じゃなかった。お父さんは?」
「お父さんもお母さんトコー」
「二人とも明日奈さんトコ?、何やってんの?」
「うん、お母さんね、ふにゃふにゃとろ〜ん、って可愛くなっちゃったの」
「……うーん、明日奈さんは昔から綺麗で可愛いけどなぁ」
「そうじゃないってば、ししょー」
「ああっ、もう、話が見えないっ。いいよ、芽衣。明日そっちにお土産貰いに行くから、その時
ゆっくり聞く!」
「わかったー。じゃあ、おやすみなさーい」
「はい、おやすみー」
プチンッ、と画像が切れてビデオ通話を終えると、ちょうど二階から和真が下りてくる。
「芽衣ー、直葉ちゃんにちゃんと連絡したかー?」
「したよー」
「ユイ姉、聞いてたんだろ?、大丈夫だった?」
「……明日、きちんと報告しましょう……」
お読みいただき、有り難うございました。
VRの技術が発達しているだろうその時代に、海外出張はかなり珍しいのかも
しれませんが、そこはそれ、どんな世の中でも直接見て話すことに意味がある事も
あるのですっ(無理矢理!?)
『超S級な存在』の「発熱した時の明日奈さん」の独自設定を流用させていただきました。
この後、せっかくの有休なのに和人は絶対寝込むだろうなー、と思います(笑)
では、次回は二人が婚約中のお話をお届けしたいと思います。