ソードアート・オンライン《かさなる手、つながる想い》   作:ほしな まつり

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ご本家(原作)様の文庫本第16巻発売をお祝いしたく、急遽手持ちの中から
短めのを投稿させていただきます。
(今月投稿予定のものは、もっと短編ですが……)
和人と明日奈が約束通り、アメリカで生活を始めた頃のお話です。
今回のイチャイチャは「ほのぼの」カテゴリには入らないよーな……。



やさしい音

「……ただいま、明日奈……って、起きてないよな」

 

起きているとも思っていなかったが、無言で入るのも変にアヤシイ気がして

オレはいつも通りの言葉をささやきながら、寝室のドアをそっと開け、

続けて実況を呟きながら、やはり音を立てないよう慎重にドアを閉めた。

それからベッドサイドに向けて足を忍ばせる。

寝室と言ってもダブルベッドひとつが空間のほとんどを占めてしまう程度の広さだ。

サイドテープルにのっているアンティークデザインのランプが薄暗い寝室の中の

唯一の光源なので、その灯りを頼りにベッドをのぞき込むと、アミュスフィアを

片手に握ったまま、明日奈が寝息を立てていた。

「今夜は多分帰れない」と連絡しておいたので、あっちの世界でユイと一緒に眠りについて

そのまま「寝落ち」したのだろう。

無意識にアミュスフィアだけははずしたようだが、その寝姿に軽くため息をついてしまう。

 

「また薄着で……オレがいない時はちゃんと着ろって言ってるのに」

 

寒がりのくせに、明日奈は厚着を嫌がる。

オレが一緒の時はひっついて寝ているからいいが、忙しくて大学に泊まるケースも

度々あるので、前から気になっていたのだ。

 

「まあ、今晩は帰って来ると思ってただろうから……仕方ないか」

 

研究室でテイクアウトの夕食を取った後、そろそろ帰れると思っていた矢先に

追加課題が飛び込んできたのだ。

まあ珍しい事でもないので、事の次第をメールで送信した後、ほどなくして届いた

明日奈からの返信には、いつものように了解の旨の下に身体を気遣うメッセージが

添えられていた。

日付が変わる頃にようやくやり終えたので、他のメンバーはそのまま研究室に

泊まり込みを決めていたが、オレはなんとなく明日奈の寝顔だけでも見たくて

無理に帰ってきたのである。

 

明日の……いや、もう今日か……朝も早目に大学に行かないと、なんだよな。

 

研究室のメンバーもひやかす、と言うよりはあきれていた。

今から寝ても二〜三時間の睡眠だ。

あくびをしながら上下のスエットに着替える。

 

ここ、アメリカのサンタクララにある大学の近くに部屋を借りて一ヶ月半が

経とうとしていた。

慣れた、と言える程の余裕はまだないが、なんとか日々のパターンだけは出来上がって

きたように感じる。

それもこれも身の回り全般で明日奈の行き届いたサポートがあるお陰だった。

これ程まで不規則な生活になるとは自分でも予想していなかっただけに、彼女が一緒では

なかったら、と思うと想像すら怖くなる。

 

完全にオレのわがままに振り回してるな……

 

もちろん明日奈からは不満の一片たりとも聞いたり、感じたりしたことはないが、無理を

させているのは明かだろう。

 

「和人くんはそんな事、気にしなくていいのっ」

 

前にそう言われたので、結局明日奈に対してはそのまま甘えっぱなしになっている。

それを今考えても答えは出ないので、頭を軽く振って、意識を寝る事へと切り替えた。

アラームをセットしてから、できるだけベッドに振動を与えないよう、布団をまくり、

彼女の隣に潜り込む。頭を枕に預けた途端、明日奈がアミュスフィアを手放して、

オレの方に寝返りを打ち、いつものように首元に顔をうずめてきた。

なんという高性能な温感センサーなのか。

 

やっぱり寒いんじゃないか……

 

少し縮こまるような体制でくっついてくる。

 

だからちゃんと着ろって……

 

二度目のため息は出るが、思わず微笑んでしまう。

明日奈の手から離れたアミュスフィアを静かにサイドテーブルに移動させ、そのまま

ゆっくりと彼女の背中に手を回し、少し抱き寄せるようにしていつもの体制になる。

つい頬にキスをしそうになり、思いとどまった。

これ以上は明日奈を起こしてしまうかもしれない。

寝顔を見て、自分も寝ようと考え直した時、彼女の目尻に涙が溜まっているのに

気がついた。

さっきまでの思考がまだ頭の片隅に残っていたようで、原因が自分にあるのでは、と

思わずにはいられない。

 

……起こした方がいいんだろうか……

 

しかし、うなされているわけでもないので、ただでさえ不規則な生活に付き合わせて

いるのだ、睡眠を邪魔するのも気が引ける。

思案しているうちに、ゆっくりと、少しだけ明日奈の瞳が開いた。

 

「……音が、するね」

「うん?」

 

無表情に意味不明の言葉を発している。

オレの聞き間違いだろうか?

それとも寝言?

 

明日奈は見上げるように顔をオレに向けると、視点が定まらない瞳のまま、

再びつぶやいた。

 

「……雪の、降る音が聞こえる」

 

……完全に寝ぼけてるな。

 

トロンとした表情を間近に見て、オレは困りながらも可愛いと思ってしまう。

 

「さすがに雪は降ってないぞ」

 

やさしく静かに返してみる。

そうすればまた寝るかと思ったのだが……二、三回まばたきをすると

 

「……あれ?、キリトくん?」

 

半信半疑の様子で目をこすって起きてしまった。

 

「ごめん、起こした」

「うううん、夢、見てたみたい」

「雪の?」

「そう、宮城の祖父母の家で雪を見てるの。ちいさい頃は雪の降る音が好きで何時間でも

見ていられた……今こうしていると、さっきのは雪の降る音じゃなくて、キリトくんの

心臓の音だったのかも」

 

そう言って嬉しそうに再びオレの胸に顔を押し当ててくる。

 

「『キリト』って呼ばれるの、久しぶりだな」

 

跳ねるように明日奈が顔を上げ、表情を曇らせた。

 

「ごめんなさい」

「別に謝ることじゃないさ。明日奈、こっちで暮らすようになってから『キリト』って

言わないようにしてただろ」

「気づいてた?」

「ああ」

「現実世界で新しい一歩を踏み出そうとしてるのに、いつまでも『キリトくん』って

呼んでいいのかなって。それにこっちの周りの人達も変に思うかもしれないし。

あと……他の人が真似して呼んだら……ちょっとイヤ……なんだもん」

 

最後は恥ずかしかったのか、オレの胸に顔を押し当てて言ったので、なんとか

聞きとれる程度の音量だった。更に顔をうずめたまま小さな声が聞こえる。

 

「わがまま言って、ごめんね」

「どこがわがままなんだよ」

 

可笑しくなって、つい笑いながら彼女の頭を両腕で包み込んだ。

 

「二人きりの時ならいいさ」

 

髪の毛にキスをしてから強く抱きしめる。

その言葉に安心したのか、話は現実に戻ってきた。

 

「……あ、大学に行くの、朝早い?」

「ごめん、そうなんだ」

「それこそ謝ることじゃないよ。なら、朝ご飯、早めだね」

 

顔を起こしてオレに笑顔を見せる彼女。

それから半身起き上がり「だったら、早く寝なきゃ」と言いながら、オレに布団を

かけ直してくれる。

でも、その笑顔がいつもと違う気がして、どうしても聞かずにはいられなかった言葉を

口にした。

 

「……明日奈、なんで泣いてたの?」

 

オレの言葉が耳に届いた途端、彼女の笑顔が凍り付き、瞳から涙があふれ出てくる。

それを見せまいと、すぐに下を向いて両手で顔を覆ってしまった。

 

「……日本に、帰りたくなった?」

 

ためらいなく首を横にふる。

押し殺そうとしてもしゃくり上げる声が漏れ聞こえる。

 

「明日奈だけ……一週間くらい帰国して……」

 

最後まで言い終わらないうちに、さっきよりも激しく首をふる。

それでも肩の震えは止まらない。

言ってはみたものの、数日でも明日奈が海の向こうに帰ってしまう事がオレに耐えられる

のか、はっきり言って自信がない。

 

「……明日奈……」

 

オレがあきれていると勘違いしているのだろう……いや、確かに困惑はしていたが

理由がわからず困っているわけではなかった。

なんとなく……うまく言葉で説明は出来ないが、今までの無理が溜まっているのは

薄々感じていたのだ。

ただ、それをどうすればいいのか対処法がわからない……。

 

ふと明日奈の顔を覆っている細い指に切り傷があるのに気がついた。

オレも起き上がり、そっと手をのばして、その指に触れる。

 

「このキズ、どうしたんだ?」

 

そうオレに問われて、左手を自分の顔から離しキズを見つめながら、もう片方の

手の甲で懸命に涙をふこうとしている。

 

「……これは……昼間に包丁で……」

 

明日奈が料理の最中に手元を狂わすなど、あり得ない事だった。

「危ないなぁ」と無理に笑顔を作りながら、再び顔を覆ってしまわぬよう、その手を

強く握り、オレの口元へといざなう。

既に血は固まっていたが傷口をそっと舐めると、明日奈はビクッと震え、

反射的に手をひっこめようとした……が、握る手に力をこめ、それを許さない。

 

「まだ、痛い?」

「……ちょっとだけ……でも、料理はできるから」

 

何かを必死につなぎ止めようとする表情が痛々しくて胸がつまった。

 

「……明日奈、朝食は作らなくていいよ」

「えっ」

 

再び泣き出しそうになる彼女を見て、オレは慌てて言葉を続ける。

 

「おいで」

 

握っていた左手を引き寄せると、力の入っていない彼女の身体が簡単にオレの胸に

崩れ落ちてきた。しっかりと抱き留めてから

 

「朝食は大学に行く途中で買うから……今は明日奈とギリギリまでこうしていたい……

明日奈は?……オレにして欲しいことはない?」

 

やはりオレの胸の中で首を横にふるだけだ。

 

「明日奈もさ、もっとわがまま言えって」

 

彼女がおそるおそる顔を上げる。

 

「わがまま……なのに……いいの?」

 

きっと子供の頃から常に周りに気を巡らせていたのだろう。

少し不思議そうな顔をしている。

 

「オレになら、いいさ」

 

この場を収めるためだけに言っているのではない事を伝えたくて、微笑みながら彼女の

涙の跡に何度もキスをした。

 

「全部を叶えるのは無理かもしれないけどな……今、思いつくことは?」

 

不思議そうな表情が一転、綺麗な形の眉を寄せ、考え込んでいる。

そんなに頑張る事でもないのに、と思い、少し楽しくなってきてしまった。

少しして、自信なさげな顔で、か細い声が絞り出される。

 

「……もう少しだけ、キリトくんの心臓の音、聞いてもいい?」

 

そっと身体を寄せてくる。

 

「それってわがままじゃないだろ。他には?」

「……私のこと……『好き』って……言って」

 

そう言えば最近口にしていなかったな、と思い、彼女の頬を両手で優しくつつんで

顔をオレに向けた。

泣いたせいで瞳は潤んだまま、恥ずかしそうに視線をそらしている。

耳元に口を寄せて、静かに、それでいて甘く、深く、彼女の求めている言葉を

ゆっくりと注ぎ込んだ。

言葉と共に吐き出された息が耳をくすぐったのか、僅かに肩をすぼませる。

顔を離すと、彼女が怯えるようにオレを見つめてくるので、震えているその唇に

軽くキスをした。

それで少し落ち着いたのか瞳に安堵の色が混ざる。

 

「他には?」

「……あ……と……その……」

「なに?」

「……えっと……もっと……」

「もっと?」

「……キス……を……んっ」

 

彼女がうつむこうとしながら発した言葉を最後までつむぐ前に、その頬に添えた両手に力を入れ

強引に唇を奪った。

息ができないほど深く。

何も考えられなくなるほど強く。

そのまま華奢なあごのラインをなぞり、彼女の身体をベッドに横たえ、首筋から鎖骨へと

唇を這わせる。

 

「キッ……キリトくんっ、もう大丈夫だから」

 

明日奈が真っ赤な顔をして両手でオレの頭をつかんでいた。

 

「……何が大丈夫?」

「その……もう、わがままは叶ったよ……もう寝ないと、キリトくん、睡眠不足に

なっちゃうし……」

「……明日奈、そうやってオレ優先に考えたら、わがままじゃないだろ」

「そっか……うーん……わがままって難しい」

 

宙を見つめながら本当に困った顔をしている。

しかし、その表情にさっきまでの危うさはなかった。

アメリカでの暮らしで、あまりにもオレの事を第一に考えすぎて、自分の気持ちに

フタをし続けてきたのだろう。

もう少し気持ちを出せるよう、オレも配慮が足りなかったな、と反省する。

 

「なら、オレもわがまま言っていい?」

「いいけど……」

「そうだな……今日の弁当、昼までに大学の研究室に届けて欲しいんだけど」

 

何を言われるのかと身構えていた明日奈が、ホッとした表情となった。

 

「なんだ、そんな事?……おかずのリクエスト、ある?」

「……生姜焼き」

「ポークジンジャーね。いつものようにショウガ多めの味付けにするね」

「できたら量も多めで。この前の、研究室のやつらに取られてあんまり食えなかった」

「うん、わかった」

「あと……」

「なあに?」

 

すっかりいつもの笑顔に戻っているのを確かめてから、少し間をおいて……

 

「……明日奈にたくさんキスしたい」

「えっ……」

「ダメ?」

「ダメ……じゃないけど……やんっ」

 

了解を得たと判断し、すぐさま鎖骨からキスの続きを始めた。

 

 

 

 

 

チリリリリッ、チリリリリッ

 

セットしておいたアラームが鳴る。

重たい瞼をどうにかこじ開け、時間を確認してから、すぐ隣で寝ている明日奈に視線を

移した。

アラーム音には気づかなかったらしく、眠りを妨げなかったことに安堵する。

もう少し眠り姫を眺めていたいところだが、時間に余裕がないので、彼女の綺麗な寝息を

崩さぬよう、視線を寝顔に固定したまま、そっとベッドから抜け出した。

普段、オレが起きる時刻には、既に明日奈はキッチンに立っているので、珍しい状況だ。

シャワーを浴びて、再びベッドルームに戻ってくると、ドアを開閉する音が耳に届いたのか

今度は寝ぼけることなく、明日奈の瞳が開く。

 

「おはよう、明日奈」

「……おはよう、キリトくん」

「そのままでいいから。明日奈はゆっくりしてろって」

「うん……」

 

微笑みながら起き上がろうとする彼女に声をかけ、急いで準備を調え始めた。

明日奈は上半身を起こし、胸元まで布団をたくし上げ、小さくあくびをしてから、

オレが支度する様子をなぜか楽しそうに目で追ってくる。

 

「じゃあ行ってくる」

 

オレの声にいつものタイミングで顔を向ける彼女に、腰をかがめて、いつものように

「行ってきます」のキスをする。いつものように……

 

「んっ…………んんっ……っもうっ」

 

いつも以上に、ずっとキスをし続けていたら、さすがに明日奈に押しのけられた。

 

「いや……キスしてたら、そのまま押し倒したくなって葛藤してた」

「大学、遅れるよっ」

 

少し頬を赤らめてそんな事を言われても……。

続いて恥ずかしさが残りつつも、少し淋しそうな笑顔で「行ってらっしゃい」と言われると

ヘタなわがままよりタチが悪い。

 

「明日奈、顔に出すぎてるぞ」

「えっ?」

 

まいった……オレの言葉で自覚したらしい。

さっきより頬が赤くなって……ますます出かけられなくなってしまう。

「ほんの一瞬だけ」と自分に言い訳をして、ベッドに腰を下ろし、布団ごと明日奈を

抱きしめた。

それから軽く……とは言えないキスをした後、顔を近づけたまま明日奈に釘を刺す。

 

「そんな顔、外ではするなよ。あと、研究室に弁当届けてくれた時、オレが居なかったら

誰かに預けてすぐに帰ること」

「……うん」

 

オレの言葉の内、後半部分の理由は理解できないようだったが、とりあえずで返事を

したのだろう。頬を赤らめたままキョトンとしている。

以前、忘れ物を研究室に届けてもらった時、ニッポンの女性は年齢の割に幼い顔立ちが

ウケるという噂は本当のようで、男性メンバーの連中が興味津々で困った事態になった

過去があるのだ。

冷やかし半分で羨ましがられるのはまだいいが、中には半ば本気の顔つきだったヤツも

いて……。

日本より遠慮という意識が通用しないのはこの一ヶ月半で身にしみているし、注意するに

こしたことはない。

 

「今度こそホントに行ってくる」

「いってらっしゃい」

 

お互い離れがたい感情を自覚しているのは、辛い反面、自分の気持ちに意識がいくようになった

余裕の現れでもあるのかもしれない。

時計を見ると、本当にシャレにならない時刻が表示されている。

研究室の不届き者対策を考えながら、大学までダッシュだな、と覚悟を決めて、ドアを閉める

瞬間までお互いを見つめ合いながら部屋を出た。




お読みいただき、有り難うございました。
いきなりですが【お詫び】です。
サンタクララを検索したら「年間通じて気候は温暖」とありました……。
明日奈ちゃん、薄着で大丈夫かも、です。
ほぼ書き終わってから判明しまして……書き始める前に検索すべきでした。
スミマセン。
サンタクララでの生活は設定がない分、勝手ができて楽しかったです。
では、次こそは現実世界での短編です。

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