ソードアート・オンライン《かさなる手、つながる想い》   作:ほしな まつり

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もしも和人と明日奈がサンタクララへ留学をし、同じ部屋で生活を
共にしていたら……のお話です。
実は「やさしい音」の続編と言いますか、翌日のお話なので、そちらを
先に読んでいただけると嬉しいです。



捕まえて、独り占めにする

「Don’t touch(勝手にさわんなよ)、it’s mine(オレのだ)」

 

低く怒気を孕んだ声が頭のすぐ後ろから響いてきて、自分に向けられた言葉ではないとわかって

いるのに思わず身が竦む。

と、すぐさま背後から伸びてきた声の主の手が私の両肩に置かれていた大きな手の一方を、多分

物凄い力を込めて掴んだ。

 

 

 

 

 

事の起こりは私がキリトくんのお弁当を届けに彼の研究室を訪れた時のこと。

「オレが居なかったら、誰かに(弁当を)預けてすぐに帰ること」と言われていたけれど……

 

誰か、って誰もいないじゃない……

 

研究室は空だった。

置いて帰るのは不安だし、と考えあぐねいていると、いきなり両肩にバンッと野球のグローブの

ような大きくてぶ厚い手が降ってくる。

 

「ひゃっ」

 

一瞬、天井から何かが落ちてきたのかと錯覚する程の衝撃だった。

思わず膝が崩れそうになるのに堪えると、すぐ後ろから陽気な声がする。

 

「Hi、アスナ」

 

この声は……前にも一度研究室にお邪魔した時、やたら私に肩を寄せてきていた……確か……

アントニオ?

 

両肩を掴まれているせいで振り返ることが出来ない私は、なんとか相手を確認しようと

首を回す……と私の肩越しに顔を突き出した彼と、かなりの至近距離で目を合わせてしまった。

 

「どうしたんだい、今日は。またカズトの忘れ物?、カズトならすぐ下にいたから、

もう来るヨ」

 

軽く挨拶だけ済ませ、お弁当をお願いしてすぐに退出しようとしていた私に躊躇が生まれる。

それに肩に置かれた手はかなり重く、それに比例するようにアントニオはアメフト選手並の

体格だ。この束縛から脱するには、かなりの筋力値が必要だろう。

 

「それにしても相変わらずアスナの髪、キレイだネ」

 

え?!

 

声を上げる間もなくアントニオの顔が近づいてきて……ダメ!

と咄嗟に目を瞑り首を竦めた瞬間、すぐ近くで愛しいけれど、いつもよりかなり怒気のこもった

声が聞こえた。

 

 

 

 

彼がアントニオに怒声をぶつけ、手を取り払ってくれたお陰ですぐに両肩は自由になり、代わりに

「Oh!カズト、早かったネ」と相変わらず明るいアントニオの声がする。

私がすぐさま隠れるようにキリトくんの背に回ると、軽く息を切らしながらも、チラリ、と彼が

振り返った。「だから言っただろ」と不機嫌な視線が刺さる。それからもう一度牽制するように

アントニオに威嚇の眼差しを送っているが、アントニオはどこ吹く風だ。

その態度が更に気に入らなかったのだろう、私に向きなおると「アスナ、弁当ありがと」と

包みを受け取ってくれたけど……目が全然笑ってないっ。

しかも続けざま、いきなり唇を重ねてくる。

ほんの一瞬、掠めたその行為に私が反応できずにいる前で、キリトくんはこれ見よがしに

後ろのアントニオを再び睨んだ。

 

所有権を明確にしたいってことなのかしら……

 

私は居た堪れなくなって、頬の熱さをそのままに「うん、じゃあね」とだけ告げるとそそくさと

その場を離れた。

 

 

 

 

 

その日の夕方、いつも通り先に帰った私が夕食の支度をしていると、キリトくんが帰って来て、

いつも通りに二人で食べて、いつも通りに食事の後片付けをしている間に、キリトくんが

シャワーを浴びている。

いつもと違うのは、彼が極端に口数が少ないってことで……。

「ただいま」や「いただきます」「ごちそうさま」は言うのだけれど、それ以上の言葉と

なると、私の話に「うん」とか「ああ」と応えるだけで、まるで会話は弾まない。彼が帰って

くるなりお説教……を半ば覚悟していただけに、現状の方が針の筵だ。表情も不機嫌と言う

よりは何かを考え込んでいるように思える。

 

もう今日は出来るだけ顔を合わせるのはよそう

 

そう決めて彼がシャワーを終えた後も、さも締め切り間近なレポートがあるようなふりをして、

PCを睨み続けた。少ししてからキリトくんが寝室に引っ込んだのでふぅっ、と一息ついて

私もシャワーを浴びる。最後に戸締りを確認し、明日の準備をしてから、そっと寝室のドアを

開けた。

もう寝ててくれますように……と祈るように覗いた寝室の中では……彼がベッドに腰をかけ、

こちらに背を向けた姿勢でタブレットをいじっている。

リビングの明かりは消してしまっているし、今更開けたドアをそのまま閉じるような間の

抜けた事は出来ない。それに、もしかしたら私がドアを開けた音はタブレットに夢中の彼には

届いていないかもしれないし……。

それに賭けるしかなかった。

彼に気づかれないよう、素早くベッドに潜り込めれば……そう決意して寝室にそろり、と一歩を

踏み出した時だ。

 

「アスナ、やること終わった?」

 

静かな声と共にキリトくんがゆっくりと振り返る。

やはり彼の索敵スキルは今もって健在らしい。

抜き足差し足の状態で固まっている私は引きつった笑顔を浮かべるしかない。

 

「……うん。だから、もう寝るね」

 

そう宣言してシーツに手をつく。

キリトくんはこちらを向いてベッドの上にあぐらをかくと、組んだ足の中央を指差した。

 

「その前に……ここ、座って」

「うっ……」

 

拒否権は……ない……わよね。

おもむろにベッドに這い上がり、彼の顔をジッと見つめる。

不機嫌なわけでも、逆に機嫌が良いわけでもない……あらかじめ決まっていたかのような

自然体だ。

両手を広げているキリトくんがじれたようにチョイッ、チョイッ、と指を動かした。

これはもう観念するしかない、と覚悟を決め指定された場所におずおずと近づく。

たまに二人、ベッドの上でタブレット画面を覗く時などは、こうして彼の懐に入り込み、彼の

胸と私の背中を密着させて私の肩越しに画面を眺める彼と他愛もない会話を楽しむのだけれど

……今日は耳元でお説教を聞くのね、と思うと密かにため息も出るというものだ。

身体の向きを反転させて、思わず「お邪魔します」と断りつつ彼の元へと身を沈める。

すぐさまキリトくんが私を腕ごと包み込んだ。

更に後頭部にあたっているのは彼の額なのか、私は軽く押されて少し俯いた姿勢となる。

いきなりの抱擁に驚いたのも一瞬で、頭に、背中に、腕に、ピタリと寄せられた部分から

もたらされる圧に、身体の芯が痺れるようだった。

 

「んっ……ッ……」

 

かけられた微弱の圧から、思わず吐息が押し出されてしまう。

どういう事なのか戸惑っていると、後ろから探るような小さな声がした。

 

「ごめん……オレ……こっちに来てから独占欲が強くなってるな」

「……う……んんっ」

 

応じようとした短い言葉は漏れる息となり、鼻から抜けてしまう。

 

「アスナの肩にアニーの手が乗っているのを見ただけで、もう我慢できなくて……それにアイツ、

この髪に……」

 

髪をかき分けるようにキリトくんの鼻がクンクンと潜り込んでくるのがわかった。

嗅覚に意識が集中しているのか、先ほどより幾分私を縛る腕から力が抜ける。

 

「うん……あの時は有り難う。私……髪の毛を触られるのあまり好きじゃなくて……」

 

言った途端に後ろの気配がビクッと震えるのを感じ、慌てて言葉を足した。

 

「キリトくん以外の人に……だよ」

 

すぐさま安堵の吐息が聞こえる。

 

「それに、ごめんね、研究室からすぐに帰るよう言われてたのに……」

「ああ、弁当を渡そうにも誰もいなかったんだろ」

「それもあるんだけど……アントニオからキリトくんがもう来るって聞いて……」

「聞いて?」

 

言わなくてもその先はわかってるくせに、時折彼は意地悪な聞き方で返してくる。

見えないけれど、こんな時は絶対にニヤリとした笑みを浮かべているのだ。

 

「その……言わなきゃ……ダメ?」

「オレが来るって聞いて?……ちゃんとアスナの口から聞きたい」

 

耐えきれずに、拘束されている腕をそのままに肘だけを曲げ、一層前屈みになって両手で自分の

顔を覆いつつ小さく漏らした。

 

「キリトくんにちょっとでも会いたいなって……」

 

前屈みになったことで露わになった後ろの首筋に湿気を含んだ柔らかい感触が音を立てて

何度ももたらされる。

ひやりと感じるのに茹で上がった私の顔はその度に益々熱をおびていくようだ。

そうして私の首に絶え間なく唇を押し当ててくるキリトくんをそのままにして私は溜め息をつく

ように心情を吐露する。

 

「……これじゃあ、《アインクラッド》にいた時と変わらないよう」

「へ?……なにが?……なんでこのタイミングで《アインクラッド》?」

 

突然、理解不能な私の発言にキリトくんがその行為を止め、横からのぞき込んでくる視線を強く

感じるが、私は顔を隠したまま言葉を続けた。

 

「だからっ、《KoB》のお仕事の空いた時にキリトくんを探してホームに行ったり、夜にMob

狩りしていそうな場所に行ってみたり……してたの……」

 

そこまで告げてから小声で「会いたかったんだもん」と白状したら、当たり前の事を言い返して

くれる。

 

「だ、だってフレンド登録した後は、圏内なら居場所、わかっただろ」

「そうだけど、キリトくん同じ所に長くいないじゃないっ。行ったらもう移動してたり……

見つけても……声かけられなかったり……」

「なんで?」

 

自然の流れで素直に口にした問いだろう事はわかっていたけど、それだけにグサリと刺さった。

キッと顔を横に上げキリトくんを睨み付ける。

 

「つっ……声かけると面倒くさそうな顔するからでしょっ!」

 

突然荒げた声の勢いに、驚いた顔のキリトくんが少しのけぞった。私の言葉の意味をあらぬ方向を

眺めて瞬刻考えていたようだが、すぐに苦笑いを浮かべ顎を私の肩に乗せてくる。

 

「別にあれはアスナに対してじゃないぞ」

「じゃあ、どうして……」

「そりゃあ……天下の『血盟騎士団』副団長サマがソロのオレなんかに声かけてきたら……

ほら……周囲のヤツらの……視線がさ……だから……だよ」

 

優しい声色の中にも照れた色を感じて、沸騰していた感情が急速に収まっていった。

その後に小さく「お声をかけていただき、光栄でした」とボソボソ言っている。

腕に回された彼の手にそっと触れ、しかし「それでも……」と思う。

 

「なんだか低層にいた頃から、ずっとキリトくんの後ろばかり追いかけてた気がする。もちろん、

最初は追いかけてたっていうより、引っ張ってもらってたって言った方が、正しいんだけど……

いつか隣に並びたいって思ってたのに……レベルも追いつかなかったし」

 

悔しいような残念なような、色々な感情のこもった笑みをこぼすと、戸惑い気味の声が肩から

聞こえた。

 

「……そんなに、オレの後ろは……イヤ?」

 

私も、ちょっと視線を宙にやってからあの頃の気持ちを整理する。

 

「逆だよ。キリトくんの後ろは居心地が良すぎるの。なんだか前にいてくれると、辛い事とか

苦しい事も全部ひっくるめて一緒に背負ってもらえる気がして……でも私はイヤ。そうしたら

キリトくんの痛みを背負えないでしょ。だからキミの前、とは言わないけど、隣がいいなって」

「……アスナ」

 

名を聞くのと同時に緩んでいた彼の腕が再びギュッと私を抱きしめた。

 

「あっ……ンふっ……」

 

やはり思わず息が漏れる。しかしすぐにキリトくんがからかうような口調になった。

 

「今なら、オレの前にいるけど?」

「……こんな状態じゃ背負うって言うより、キリトくんに捕獲されてる気分だよ」

「ま、そうだな、オレのだし……」

 

昼間耳にしたものと同じ台詞を耳元で呟いている。

 

「この髪の毛一本一本も全てオレのものにしたいくらいなのに、アニーのやつ……」

 

昼間の出来事を思い出したのだろう、苦々しげな口調に変わっていた。

 

「さっきから気になってるんだけど、アントニオって『アニー』って呼ばれてるの?」

「そうだけど」

「普通『トニー』とか『トーニョ』じゃ……?」

 

なんだか女性の呼び名みたい、と思っていたのがわかったのか、キリトくんが歯切れの悪い口調で

説明をしてくれる。

 

「ああ……それは……まぁ、本人の希望で……あいつこの前アスナに会った時から、この髪の毛が

すごく気に入ったみたいで……自分の理想なんだと……」

「ええっ!?」

 

どういう理由で男性の彼が自分のようなストレートのロングヘアが理想になるのだろうか。

それならキリトくんだって結構サラサラヘアなのに……と考えている傍で再び言いづらそうな声が

届く。

 

「アイツさ、自分よりマッチョな男が好きなんだよ」

「ふへっ?」

 

耳から入った情報に理解がついていかなかった。

 

「つまりは、そういうヒトなわけで」

「あっ……そう……なんだ……」

「好みの相手が自分より筋肉ムキムキって時点でかなり無理があるけどな。だから別にアスナを

無理矢理どうこうするとは思ってなかったけど……アイツ、馬鹿力だから……研究室の方から

アスナの名前を呼ぶ声とバンッて音を聞いた時は、本当に焦った」

 

「だから、ちょっと確認」と言いながら片手で私の夜着の胸元のリボンをスルスルッとほどく。

 

「えっ、ちょっと!」

 

襟ぐりがだらしなく緩んだところで、私の拘束を解いた彼の手がすばやく肩口までそれを

引き下ろした。

 

「きゃっ」

「やっぱりな……ちょっとアザになってる」

 

剥き出しの肩にキリトくんの視線を間近に感じて、再び顔が熱を帯びてくるのを感じた。

抱きしめられていた腕が解かれたとはいえ、片方の手は変わらず腰に回っている。

逃げ出したい衝動とキリトくんの視線に絡み取られて動けない自分がせめぎ合った。

ひとまずなんでもない事をアピールしようと試みる。

 

「別にどこも痛くないよ……」

「跡がつきやすいからな、アスナの肌。自分じゃ見えないだろうけど結構赤くなってるぞ」

 

その言葉が耳に届くやいなや、チュッ、と肩口に小さく痺れるような刺激を受ける。

 

「ひゃっ」

「痛い?」

「痛く……はないけど」

 

「なら」と何度も音を立てて唇で吸い付いてくる。

 

「んんっ」

 

自分の意志とは無関係に声が漏れてしまうのが恥ずかしくて、なんとか彼の行為を止めようと思い

つく言葉を口にした。

 

「そ、そんな事したってアザは治らない……よ」

 

腰に回された腕へと逃げるように両手でしがみつくが、キリトくんは追うように身体の向きを

変えて今度は唇を押し付けたまま、舌を這わせてくる。

 

「気持ちの問題……言ったろ、アスナを独占したくて堪らないって……」

「はふっ……ンっ……なんで?」

 

涙が滲んでくる。彼は肩を食むように口に含ませ、さらに舌を大胆に動かしてきた。

 

「はぁっ……なんで……かな」

 

私の問いに答えるためか、一旦離れると、クスリ、と笑いを漏らす。

 

「こうやってアスナの全てをオレでコーティングしたい気分……」

 

その瞬間を逃さずキリトくんの抱擁から逃れるように預けていた上体を起こし、くるりと反転して

彼と向かい合わせになるよう座り込んだ。彼の片手をギュッと両方の手で握って、怪訝な表情の

黒い瞳を覗き込む。

 

「ちゃんと、答えて」

「へ?」

「ちゃんと、聞きたいの……私ばっかりズルいよ」

 

潤んだままの瞳で下から挑むように詰め寄れば、キリトくんは私の視線から逃れるように明後日の

方向を向き、空いている手で頬をポリポリと掻きながら「ズルいのはどっちだよ」と頬を赤くして

いる。それから、やれやれという風に微苦笑を浮かべつつ私の瞳に顔を近づけてきた。

 

「反撃……デスカ?」

 

私は大きく頷く。

 

「大学で無理してない?」

 

その質問にキリトくんは自嘲気味に笑って目を瞑った。

 

「そりゃあ……多少の無理はするさ。わがまま言ってこっちに留学して、アスナにまで

ついて来てもらったんだから」

 

そう言ってから、ふぅっ、と大きく息を吐き出す。

 

「たまに、自分のいる場所がわからなくなるんだ。望んで来たはずなのに。ここにちゃんと自分は

いるのかって。周りにどんどん流されているような感覚が、さ。言われたことをこなすのに精一杯

なのに、他のヤツらは余裕に見えるし」

 

いつも「時間なさすぎだろ」とか「レポートの量ハンパないな」「まともに寝てない」などの

文句はこぼしていたが、弱気な発言は一切なかった。

私の両手の中のキリトくんの手が微かに震えている。キリトくんは俯いて顔を隠したまま言葉を

吐き続けた。

 

「それでも、この部屋に帰って来てアスナの顔を見れば、ここにいていいんだって思えるんだ。

アスナがそばに居てくれる……その事が正しい事だって。オレは間違ってないって自分を信じ

られる」

「だから、昨夜もあんな時間にわざわざ帰ってきたの?」

 

目の前の漆黒の髪が軽く横に揺れた。

 

「……頭で考えて帰ってきたわけじゃない。無性にアスナの顔が見たかったんだ……ごめん……

こんなの自分の為にアスナを利用しているだけだ」

 

握っていた手を離すと自分から離れていっていまうと感じたのか、キリトくんの身体がひくりと

震える。構わず私はミシッとベッドを軋ませて、ふわりと彼の頭を包み込んだ。

はだけている首元に押し当てられたキリトくんの瞼が閉じるのがわかる。

《あの世界》で、エギルさんのお店の二階で月夜の黒猫団の話を打ち明けられた時のように、私は

彼をやさしく抱き寄せた。

あの時と同じにベッドの上に膝立ちになり、キリトくんを包む。あの時の違うのは、そのまま指で

彼の髪を穏やかな気持ちで梳くことと、彼の両手が迷わず自分の背中に伸びてくること。

 

「留学の事、打ち明けてくれる時まで、私ね、勘違いしてたの」

 

なにを?、と聞き返されるかと思って私は少し間を置いたが、彼からの問いかけはなかった。私の

言葉に集中してくれているのがわかって、そのまま言葉を続ける。

 

「キリトくんが悩んでるのは、きっと留学の事を私に言い出しづらいんだろうなって。私は

日本で、自分はアメリカで離れて暮らす、それがキミの中で前提だと思ってた。だからキミが何と

言おうと、私はアメリカに付いていくって勝手に自分で決めてたの。キリトくんはやさしい

から……自分の気持ちを押し付けること、あまりしないでしょう。でも一緒に来て欲しいって

言われて、どんなに私が嬉しかったかわかる?……いつも自分のしたい事は自分だけで勝手に

決めて突き進んでしまうキミだから」

「……まぁ、それがソロの悲しい性だよな」

 

情けなく笑いながら胸元から聞こえるその声に、私は思わず唇を尖らせた。

 

「違うでしょ。自分だけで決めちゃうのは、その結果も責任も一人で背負い込もうとするから

でしょ」

「そう言えば聞こえはいいけどさ、結果が失敗なら一人でおっかぶるけど、成功なら独り占めって

事だろ。要するに協調性の無いヤツが勝手にバタバタあがいてるようなもんさ。だから《あの城》

でのオレは一人でレベル上げに邁進して、時間がかかっても一人でクエストをこなしたり

モンスターを倒したりして欲しいアイテムを手に入れてた。一人じゃ入手できないアイテムは潔く

諦めて……でも、いつの間にかどうしても手に入れたい存在が近くにあって……それはゲームの

アイテムみたいに頑張ればどうこうできるもんじゃなくて……それどころかオレの傍にいるだけで

危険だったから……だから離れたんだ」

 

最後の言葉を聞いて思わず彼の頭を抱く両手が震える。

そう、あの別れは互いに納得して出した結論だった。

なのに涙が溢れて溢れて、止まらなくて、あの時は《アインクラッド》で囚われの身になって

宿屋に閉じこもっていた頃みたいに、ただただ泣き続けた。

今思い返せば、キリトくんとは別の道を踏み出したあの時の決断が恐怖に近い感覚で蘇って

思わずキツく目を瞑っていると、そっと私の手の甲を温かい感触がかぶさってくる。

確認するまでもなく、それはキリトくんの手で……そのまま彼の頬にまで導かれるとすり寄せて

くるその仕草がたまらなく愛しい。

でも、私の手を頬にぴたりと貼り付けたまま、キリトくんは苦しそうな言葉を紡いだ。

 

「あの時はちゃんとこの手を離せたのに……自分を抑える事が出来たのに……五十五層の迷宮区で

アスナがオレから離れようとしているってわかった途端、どうしても我慢できなかった」

 

確かにあの時、私のせいで彼が罪の意識を持ち続ける事になってしまった責任を感じ、

キリトくんとはもう会わないと、もう関わらないと告げようとしたのに、反対にそんな私の為に

自分の命を使うと、最後の瞬間まで一緒にいると言ってくれたのは彼だった。

そして、そんな彼を受け入れた時からもう離れるなんて出来なくなっているのだ。

例え、もし、今、あの時のように、互いに離れた方が良いと思う事態になってもきっと私達は

手を離す事はしないだろう。

 

「諦めることも、手放すことも……もう、出来ない」

「うん」

 

キリトくんの頬に触れていたはずの私の手のひらは、いつの間にか彼の手と唇に挟まれていて、

逃げる隙さえ与えてもらえずキスのコーティングが始まる。

ジワジワと手から這い上がってくる快感に全身が震えると、キツく腰を引き寄せられて

身動きが取れなくなった。

一旦、手のひらから離れた彼の手はすぐに私の後頭部に回り、唇は優しく私の名を呼ぶ。

返事をする間もなく簡単にベッドの上へと押し倒されて息が苦しくなるまで唇を塞がれた。

やっと解放されて呼吸を整えていると、熱を溜めてゆらめく大好きな漆黒の瞳が真上から私を

見下ろしている。

視線を交差させたまま、すぐにその漆黒が下りてきて僅かに弧を描く唇が再び触れようとする

寸前、彼の願いが甘く耳に侵入してきた。

 

「オレのものになって、アスナ……」

 

キリトくんがこの言葉をもう一度私に捧げてくれるのはこれから数年後の事。

その時は更に「これから先、一生」という言葉が付け足されていた。




お読みいただき、有り難うございました。
一年以上も前に投稿した作品の「続き」で、色々と申し訳ありません。
情けない言い訳は「活動報告」で述べさせていただくとして……アントニオは
もちろんオリキャラです。
理想の恋人が現れることを心から祈っております(笑)
さて、次回は……自分でもどうなるかわかりません(困笑)

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