ソードアート・オンライン《かさなる手、つながる想い》   作:ほしな まつり

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《かさなる手、つながる想い》を「お気に行って」くださった皆様、
実に、誠にっ、思いっきり有り難うございます!!!!!!!!!!
さすがにこの数字は予想の斜め上も上、成層圏外あたりのはるか上空を漂うほどに
手の届かない物と思っていましたので、正直、喜び以上に驚きが上回って
おります(苦笑)
毎回、毎回、進展のない内容ばかりをつらつらと書き綴って参りましたが……
このまま「ほのぼのイチャ」を続けていていいのかも、と勇気をいただいた
気がしますっ。
こんな私の背中を押してくださった皆様に、僅かながらもお返しの気持ちが届く事を
願って……。

今回は「きみの笑顔が……」(と「その先の約束(みらい)」)の後のお話です。


【「お気に入り」300件突破記念大大大感謝編】傍にいてくれる人

週末の夜八時半を過ぎようかという頃、カジュアルな雰囲気のイタリアンレストランの店内では来店客のピーク時が過ぎたとは言え、かなりの座席数が埋まっていて欧州南部の料理を楽しんでいる声や音、香りがふんだんに充満している。そこにカランッ、カランッ、と出入り口の扉が動いた合図の鐘音が響き、すぐさまホール担当の若い女性スタッフが店内に入ってきた制服姿のグループに駆け寄ってきた。

 

「いらっしゃいませ」

「すみません、少し遅れました。予約しておいた……校の茅野です」

「はい、お待ちしていました、奥の個室にご案内いたします」

 

笑顔の女性スタッフを先頭にぞろぞろと同じ制服の生徒達が二十名近い人数で店内に入ってくる。この時間帯に高校生が集団でわざわざ個室を予約しての来店理由は何か?、と興味を持った店内の客達が不躾な視線を送ってくるが、それを気にする事無くワイワイと楽しそうに会話を続けている女子達もいれば、逆に店内をキョロキョロと見回しながら足を進めている男子、周囲は関係なく疲れ切った顔でヨロヨロと歩いている男子もいた。その中でひときわ目立つ男女のペアが一組。

密着している男子の腕を両手で頼り、栗色の長いストレートヘアも並んで歩く彼の肩口に押し付けて俯き加減で歩いている彼女を気遣うように腕を貸している男子が声を掛ける。

 

「ほらっ、アスナ、もう少しだから」

「……うん……だいじょう……」

「頼むから歩きながら寝るなよ」

 

半ば引きずられるように足を動かしている女子に、手を焼いている風な言葉をかけつつもその男子の表情は慈愛を漂わせ、支える手つきも至極優しげだ。見知らぬ高校生のカップルの姿に眺めている側の客の方が頬を赤らめてしまいそうな雰囲気を漂わせながら、その二人は他の生徒達と共にゆっくりと個室へ消えていった。

 

 

 

 

 

ロングテーブルの片側、壁際に固定された椅子の列の最奥に明日奈を座らせた和人は当然のようにその隣に腰を降ろす。すると隣にやってきた茅野が数名の女子を呼んで向かいの席を勧めた。

和人が窺うように明日奈の顔を覗き込んでも顔を僅かに傾けたままぼんやりとした視線を漂わせているだけで、今にも瞼が閉じてしまいそうだ。その様子を正面の位置から見ていた女子の一人が穏やかに笑って「結城さんのそんな顔、初めて見たよ」と誰に言うとも無く声を落とす。

改めて向かいの席の女子達を見れば『校内祭』の実行委員会室で見た面々だと認識した和人が軽く頭を下げると「桐ヶ谷君もお疲れ様」と名前を言われ少し驚くが、返事をする前にすぐ隣から笑いを含んだ声が割り込んできた。

 

「結城さんの手作り弁当を食べていれば有名人にもなるよ、桐ヶ谷君」

 

しかし当の女子達は「最近はそのお弁当を食べられなくなった桐ヶ谷君、って形容詞だけどね」と訂正の言葉を口にしている。しかし、茅野聡は耳に届いたその言葉を短い脇息で一掃してから、室内を見回して一緒にやって来たメンバーの席がほぼ落ち着いたのを確認すると「それに」と続けた。

 

「今日はデジタルパンフの不具合で迷惑かけたし」

 

『校内祭』を訪れた一般客用に準備したデジタルパンフだったが、当日になって各の位置情報にズレが生じるというアクシデントに見舞われ、たまたま休憩に入る明日奈を迎えに来ていた和人が修正を施しトラブルを解決したのだが、前日も結城明日奈を実行委員会室から連れ去った人物として二日続けて話題となった彼に対し、その場にいた多くの生徒が和人の顔と名前を記憶したのは当然のことだった。

 

「あれはもともとウチが基礎を組んだプログラムだったので……」

 

それ程大層な事をしたわけではないのだと言いたげな和人はそっと周囲に視線を巡らせ、茅野の耳に顔を少し近づけた。

 

「それより、オレなんかが実行委員会の打ち上げに参加してよかったんですか?」

 

何を今更な、と可笑しそうに微笑んだ茅野が視線を和人の向こう側の明日奈に伸ばせば、つられるように和人も自らの隣に首を回す。椅子の座面に身体を支えるように座らせたはずの明日奈はいつの間にか和人の肩に寄りかかり舟をこいでいた。なんとか眠り込んではいない状態で、とろん、とした目元を見ていると自然と頬が緩む。

 

「そんな状態の結城さんのお世話を桐ヶ谷君以外、誰にやらせるっていうの。それに今回は担当の先生から打ち上げ費用として潤沢に資金をいただいてるから人数が多少増えたところでどうって事ないよ」

「でも……」

 

二人の向かいにいる女子生徒が、ふふっ、と笑って軽く手を振った。

 

「桐ヶ谷君の他にも実行委員じゃないけどサポートしてくれた人達が混ざってるから、気にしない、気にしない」

 

そこまで言われ、ここまで来ている身ではそれ以上口にすべき言葉もなく、和人は端的に「有り難うございます」と受け入れてから表情を崩す。

 

「アスナが……オレは打ち上げは辞退させてもらって家に帰った方が、と言ったんですが、最後まで参加するって聞かなくて……」

「うん、結城さんらしいよね」

「今朝も一番早く来て、色々と準備してくれてたし」

「私達としてはこんなほうけてる結城さんが見られてラッキーだから…………はぅっ、可愛いしっ、撮影したいしっ」

 

向かいの席の女子達からうっとりとした視線を送られ、和人はギョッと焦り顔に転じるが、隣の茅野は呆れた調子で彼女達を諫めた。

 

「ちょっと、ちょっと、女子でもその反応?……ダメだよ、画像も、映像も禁止」

「わかってるさ、茅野くん。言ってみただけだよ。目に焼き付けるだけで我慢するから安心しなって」

 

そう言うと女子三名がじいいっ、と本当に網膜に焼き付けるがごとく熱意で明日奈の顔を凝視してくる。

 

「まったく、向かいの席を女子で固めた意味がなかったなぁ……まあ、男子よりはましか」

「だってこんなふにゃふにゃの結城さん、『校内祭』の準備期間中には見たことなかったし」

「そうそう、いくら仮眠室使ってねって言っても『大丈夫だから』って休んでくれなかったし」

「まさに無防備っ、そそられるねー」

 

キラキラと言うよりはギラギラと瞳を輝かせた女子生徒の視線さえも気づくことなく自分に身体を寄せている明日奈に代わり、和人がぶるっ、と身を震わせた。口では敵わないと諦めたのか、茅野がテーブルに置いてあったメニュータブレットを向かいの女子達に差し出す。

 

「結城さんは逃げないから、とりあえず注文する料理を決めちゃってくれる?」

 

受け取った三人はすぐさま視線を画面に映し出されているメニュー画像に集め、楽しそうに思い思いの料理をタッチし始めた。

一方、茅野がもうひとつのタブレットを隣の和人に渡しながら「結城さんの注文はどうしようか?」と尋ねれば、心得た様子で「ちょっと起こします」と答えて栗色の髪を優しく撫でる。

 

「アスナ、何頼むんだ?」

「んー……」

 

和人の肩に乗せていた頭がゆっくりと持ち上がり、長い睫毛が重そうに持ち上がる……が、それもほんの僅かで、何もしなければ再び閉じてしまうと思われたタイミングに和人が明日奈のおでこを指でつんっ、とはじいた。

 

「ううっ」

「勝手に決めるぞ」

「……うん」

 

本当に内容を理解した上での了承なのかは怪しかったが、一瞬、呻いた時に渋くなった顔がすぐに溶けてしまったのをやれやれといった風で眺めていた和人は構うこと無くメニューをタッチし始める。

 

「どうせ今日一日まともな物は口にしてないんだろうから、胃に負担にならないような……えっと、トマトよりクリーム系の方が好きだったよな。なら『サーモンとほうれん草のきのこたっぷりクリームリゾット』と……オレは『黒オリーブとベーコンのペンネアラビアータ』にして……あと『カプレーゼ』は一人前でシェアすればいいし……飲み物はアイスティー…………ホットか?」

 

そこまで考えて再び肩に乗っている小さな頭に呼びかける。

 

「アスナ、アイスでいい?」

 

既に完全に閉じてしまった瞼は動かず、代わりに小さな桜色の唇が薄く開いた。

 

「ん、アイス……」

「りょーかい、ならアイスティーふたつ、っと」

 

あまりにも経験値の高さを窺わせる行為に向かいの女子達はもちろん、隣の茅野でさえ手元にあるタブレットのメニューボタンを指でタッチしたまま和人を見つめてしまう。二人分の注文をし終えた和人がタブレットをテーブルに置くと、目の前から呟きのような単語がひとつ、落とされた。

 

「熟年夫婦?」

 

顔を上げてみれば、ついさっきまで自分の隣にしか興味のなかった三人分の視線が今は真っ直ぐ自分に伸びていて……びくり、と身体を震わせて姿勢を正すと、はす向かいに座っていた女子が茅野に向けてテーブルに身を乗り出し、ニヤニヤと目を細くする。

 

「これじゃあ茅野君がつけいる隙、ないねぇ」

「……妙な事、言わないでくれるかな。つけいろうなんて考えた事もないし」

「何をおっしゃる。教室じゃあ茅野君の方から声をかける女子なんて結城さんくらいでしょ」

「だから、それは今回の『校内祭』の事とか色々相談があったからで……」

 

少し焦り顔で返事を口にしながら隣の和人へ向け何やら目線で訴えていた茅野が小さく「同じクラスなんだよ」と補足を加えた。目の前の男子二人の親密ぶりを意外そうに眺めつつ明日奈や茅野のクラスメイトだという女子はわざとらしい溜め息をついて姿勢を元に戻す。

 

「はいはい、そういう事にしておいてあげよう。それにしても……」

 

彼女の視線の方向が斜めに移動した。

 

「ちょっと思ってた感じとは違ったなぁ、桐ヶ谷君って」

 

一体どう思われていたのだろか?、と聞いてみたいような聞かない方がいいような相反する感情に揺り動かされながら僅かに首を傾げれば、その反応さえも新鮮なのか今度は和人と明日奈の向かいの女子達がクスクス、と笑い声を零す。

 

「桐ヶ谷君は結城さんに甲斐甲斐しく世話を焼いてもらうのを当たり前に受け取る人なのかな、って思っていたもんだから」

「そうそう。そしてついに愛想を尽かされたって噂だったし」

「顔よし、スタイルよし、頭よし、性格よしと、よしよしずくしの結城さんだけどさ、そーゆー人が尽くしてくれると男としては……何て言うの?……オレってやっぱすごいよなー、みたいに勘違いする人?」

「コレはオレのだからー、って自分の付随物感覚になっちゃう人?」

「……はぁ……」

 

自分はそこまでおごった男だと思われていたのか、と開いた口も塞がらず、まともな言葉も出てこない和人はこっそり「オレのだから……とは思ってる……かな」と胸の内に落とした。肯定も否定の言も出てこない和人を置き去りにして三人の口は動き続ける。

 

「昨日だって……ねぇ?」

 

同意を求めるように三人が顔を見合わせれば残りの二人が見事な同期でうんうん、と頷いた。

 

「いきなり結城さんのこと、実行委員会室から持って行っちゃうし……」

「『いただいていきます』って言ってね」

 

あの時の自分を改めて思い返し、和人の唇がうぐぐっ、と震えると、同時に隣の茅野の口からはぷぷっ、と笑いがこぼれ落ちた。

 

「そのくらいにしてあげたら?」

「別にいじめようと思ってるわけじゃないんだけど」

「そうだよ、破局したって聞いてたけど、結城さんはちゃんと大切にされてるんだなーっ、て安心したっていうか?」

「案外、結城さんの方が尽くされてるのかな?、とか?」

 

ポンポンと飛び出してくる自分と明日奈の関係を推測する言葉にこれ以上は勘弁して欲しい、と無理矢理、和人が茅野に同じクラスメイトであり、和人が所属している「ネットワーク研究会」の仲間で『校内祭』の実行委員をしている友人の話題をふる。

 

「ところで、佐々井はどうしたんですか?、来てないみたいですが」

 

その意図をくんで茅野が軽く苦笑いをしてから時刻を確認し、その返答を口にした。

 

「そろそろ合流すると思うけどね。なんせ後夜祭のリーダーだから色々と片付けがあるだろう?。終わり次第こっちに来ることになってるんだ……」

 

ガチャリ

 

計ったように廊下へと続く扉が開いたが、個室に入ってきたのは料理を運んできた店のスタッフだった。『校内祭』の実行委員を中心に今回の打ち上げの飛び入り参加者を含め、今か今かと料理を待っている生徒達の前へ次々と美味しそうに盛りつけられた皿やグラスが並べられる。最後の料理がテーブルの上に配置される前に今度こそ和人が明日奈の肩を強く揺すって覚醒を促した。未だぼんやりと夢現のような明日奈だったが、手に渡されたアイスティーの冷たさとすぐ近くで立ち上がった茅野による『校内祭』に尽力した生徒達への労いの言葉を聞いているうちに表情がはっきりとしてくる。

 

「……では、まだ明日の片付けが残っていますが、今日の『校内祭』の成功を祝して……乾杯」

 

それを合図にこの場にいる面々が「乾杯」や「お疲れ様」と言い合いながら身近な人達と飲み物のグラスを触れ合わせた。

明日奈も和人を始め周囲のメンバーとグラスを軽く鳴らした後、こくこくとアイスティーを喉に流し込んですっかりいつもの調子に戻り、目の前に置かれたクリームリゾットに瞳を輝かせる。コンソメスープで柔らかく煮込まれた米が生クリームと絡んで乳白色にツヤツヤと輝き、サーモンの赤橙色とほうれん草の緑が食欲を刺激していた。スプーンを手にしたところで隣の和人から小さく「料理、それでよかったか?」と少し不安げな声が聞こえて、すぐさま彼の顔を真っ直ぐに見つめて「うん、有り難う」と極上の笑みを添えて答える。

今日は朝、家を出てから食事らしい食事を摂っていないのだ。それを見越し、更に自分の好きな味をわかって選んでくれたメニューだと思うと自然と頬が緩む。一口分をすくうと待ちきれずに口に運んだ。

 

「あつッ」

「アスナっ?」

 

息を吹きかけて冷ます手間も惜しんだせいで予想以上に熱々だったリゾットが明日奈の舌を直撃する。すぐにアイスティーを口にしたが舌先はジンジンと痺れを訴えていた。

 

「急いで食べるから……大丈夫か?」

 

自分の食事も忘れて明日奈を覗き込んでくる和人に少し泣きそうな顔で頷いてから「ちょっと火傷したかも」と告げるなり、そっと舌を出す。途端に周囲がどよめいた。

舌の違和感でそれどころではない明日奈は周囲の異変にも気づかない様子だが、いきなり和人に腕を掴まれ、ガタンッ、と椅子から立ち上がった彼につられて引っ張り上げられる。

 

「ふへ?」

 

何事かと口を開けたまま、わけがわからずはしばみ色の目を瞬かせていると、和人がぐいぐい、と明日奈を腕を引っ張りながらドアに向かい突き進んでいく。ようやく反応を示したのは茅野だった。

 

「えっ?、ちょっと桐ヶ谷君っ」

 

名を呼ばれても振り返ることすらせず、昨日の実行委員会室での再現のように和人は早足で室内を移動して明日奈の腕を掴んだままドアの取っ手に手をかけた。勢いよく扉を開け、一言だけ「氷をもらってきます」とだけ言い残すと和人は有無を言わさず明日奈を連れて個室を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

明日奈が困惑したように「キリトくん?」と問いかけてくるが、和人はそれには応じずスタッフがきびきびと動いている店のホールとは反対の、個室の壁に沿って伸びている廊下の奥へと彼女を引っ張った。行き止まりではあるが突き当たりの横にくぼみのようなスペースがあって予備の椅子やテーブルが積まれており、二人の姿を人目から隠してくれるくらいの空間がある。

そこに明日奈を押し込めると、彼女を隠すように和人が立ちふさがった。

明日奈がもう一度「キリトくん?」と名を口にする。それを聞いて、はぁっ、と息と共に心中に渦巻いていた感情の中身までも吐き出した和人が改めて明日奈と視線を合わせた。

 

「舌は?」

「うん……まだちょっと痺れてる……かな」

「……見せて」

「……見てわかるの?」

「確かめる」

「何を?」

 

押し問答のようなやり取りが続いたが、最後の明日奈の質問に答える気はないようで、和人はジッと強請るように明日奈の口元を見つめている。根負けしたように明日奈がゆっくりと桜色の唇のすき間から舌を出せば、あっという間に和人がそれを舐めた。

 

「んぁっ……なっ、なにっ?」

 

なぜ痺れている舌先を舐められるのだろう、まさか怪我を舐めて治すのと同じ感覚なのだろうか、と疑問符がいっぱいの明日奈の顔を和人は変わらずじっと見つめてくる。

 

「どうだ?」

「な、なにが?」

 

真剣に問うてくる瞳から目が離せず、それでも聞かれた意味がわからなくて困っていると和人が更に顔を寄せてきた。

 

「だから、舌に触れられると……痛いとか……」

「ああ……」

 

何を確かめたかったのかが理解できて明日奈は肩の力を抜くと共に、ほんの少し前の行為を思い返す。確かにいきなりで驚きはしたが、痺れている舌を刺激されても痛みは走らなかった。

 

「う……ん、それは……大丈夫……かも」

「なら遠慮なく……」

 

そう言うなり再び唇を重ねてくる和人だったが、今度は明日奈も素直にそれを受け入れる。後夜祭の最中に屋上で交わした口づけよりも優しく、ゆっくりと絡ませてくる舌の動きに癒やしを感じて心がほわり、と温められた。「遠慮なく」と言いつつも次にそっと撫でるように上あごを舐め上げ、さするように歯茎から舌の付け根の裏側までを緩く刺激されれば徐々に舌先の痺れよりも全身が疼き始める。

静かに唇を離した和人が目の前の恋人を見ると、薄暗がりでもわかるくらい瞳は潤み、頬が熱を持って上気していた。打ち上げの個室で自分の肩にもたれていた時のとろん、と眠たさに惚けた表情とはまた違い、力無く蕩けているくせに求めている色はハッキリと宿っていて、これを目にした者は一欠片の抗いも生み出せずに己を差し出してしまうだろう。

 

「当分……食事に戻れそうにないな……」

 

明日奈はもちろん、自分とて空腹には違いないのだが……そもそも自分が傍にいると途端に無防備な仕草や表情を晒す恋人がいけないのだと理不尽な理由付けをして、まずは胃袋よりも満たされていない欲求を解消すべく和人は明日奈の身体を抱き寄せてからもう一度彼女の唇を塞いだ。

 

 

 

 

 

「ねえねえ、茅野くん、一体何が起こったんだろうね?」

「お願いだから僕に聞かないでくれ」

 

困惑しつつもどこか楽しげなクラスメイトの女子からの質問に茅野聡は抱え込みたくなる頭を片手で押さえるだけで耐えていた。一方、和人がいた席とは反対側の男子生徒達は一様に頬を赤らめて、いまだ興奮状態を隠せずにいる。

 

「茅野っ、見たかっ?、あの姫の表情っっ」

「さっきまでのぼんやりとした顔もたまらんかったが、なんだよっ、あれっ」

「ちょこっと見えた舌がもぅっ」

「我慢してますって感じの目元がもうっ」

「…………なのに、なんですぐに桐ヶ谷がガードに入るんだよぅっ」

 

文句をぶつけたい相手が既に座を離れてしまっているせいで、やり場のない思いを全て隣にいた茅野に注ぐ気なのか、終わりの見えない野次が飛んでくる。それら全てを「だから、僕に言うなっ」と一喝したところでガチャリ、と部屋の扉が開き、全員の視線が一気に集中した。

 

「あっ、すみませーん、遅くなりましたぁ」

 

にへらっ、と笑って入ってきたのは最後まで片付けを命じられていた佐々井だ。室内の空気が氷っている事にも気づかずにトコトコと皆のテーブルに近づきつつ「ちゃんと戸締まりもしてきまたから。あー、それにしても腹減った。何頼もうかなぁ」と一人で喋り続けている。

先刻の騒動でほぼ全員の頭の中から存在が抜け落ちていた佐々井の登場に茅野だけが満面の笑みを浮かべて彼を迎え入れた。

 

「お疲れ様、佐々井君。ところで佐々井君は桐ヶ谷君と同じクラスで更に同じ『ネットワーク研究会』所属だったよね?」

 

いきなり予想外の質問を向けられた佐々井が少々戸惑いながら「は、はい」と肯定すると茅野の笑みが更に深まる。

 

「なら、桐ヶ谷君と懇意にしていると思うんだけど、どうして彼があれほど結城さんを独占できるのか、ここにいるみんなに説明してあげてよ」

「はあぁぁぁーっ!?」

 

毎回、毎回、当事者ではないのに周囲から妬みやひがみの的となり、果ては事態の状況説明まで一連の後始末を任されるのは割に合わないと痛感していた茅野は自分に求められている役割を転嫁できる相手を見つけ、心から微笑んだのだった。




お読みいただき、有り難うございました。
「活動報告」でも軽くお知らせしましたが、コンセプトは「【感謝編】になると
被害者になる茅野くん」デス(笑)……がっ、今回は最後のどんでん返し(?)で
被害者が交代しました。
それにしても一年以上ぶりに読み返しましたよ「きみの笑顔が……」。
ひーっ、恥ずかしいっっ、そして未だ処女投稿作ネタをひっぱっての投稿……。
(使える物は使わないとっ)
で……お店で食べるリゾットって、なんであんなにあっついんでしょうね……(苦笑)
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