ソードアート・オンライン《かさなる手、つながる想い》 作:ほしな まつり
お昼に中庭で二人がお弁当を広げるようになる少し前、でしょうか……?
今回はオリキャラちゃん目線なので【番外編】とさせていただきました。
春からこの帰還者学校に通い始めてもうすぐ一ヶ月、ようやく《現実世界》で学校生活という日常に慣れた頃、私はひとつの運命的な出会いを果たす……。
うぅっ、残り十分もないっ、と心の中で焦りながら同じように慌てふためいている女友達二人と連れだって中庭を突っ切ろうとした時だ、なんだか随分ガヤガヤと大勢の声が頭上から降ってきて、私と友人達は同時に足を止め顔を上げた。
「なにごとっ」
おそらく私を含めた三人の感想はまさにその一言だったと思う。
中庭に面している校舎の各階の廊下の窓という窓を全開にして、二階から四階までがほぼ隙間無く人の顔で覆い尽くされている。これで全員が生気の無い表情で張り付いていたら「ホラー映画の撮影かな?」と思うこと間違いなしだ。
うげげっ、と思いつつも目を反らせずに観察すると……この学校は男子生徒が圧倒的に多いから仕方が無いんだけど……その面々は中等部から高等部までのほぼ男子のみ、しかも期待のこもった喜色満面の笑みが大半で、視線は中庭と言うよりそれよりもっと先の校庭に注がれているような……。
「なんだろう……笑顔でもあそこまで並ぶとかえって不気味というか」
「うんうん、それも何かえげつない煩悩を抱え込んでる笑顔だしね」
「女の子アイドルのライブでステージから観客席を見たら、あんな感じなのかな?」
「うわっ、だったら私、アイドルするの絶対無理っ」
校舎の窓枠から溢れそうな笑顔集団の異様な光景に立ち尽くしたままの私は両隣の友達と思い思いの感想を交わしながら、ふと自分のクラスのアイドル級の容姿を持つ小柄な女子生徒の存在を思い出す。
「珪子ちゃんっていつも男子からあんな風に見られてるの?」
「やーっ、だったら大変だね」
「本人あまり気にしてない感じだけど、慣れてるのかな?」
「なんかちょっと羨ましい気がしてたけど、今はもうお気の毒としか思えないよ」
「そだねー」
「でもさ、珪子ちゃん、私達より先に校舎に入ったはずだよ」
「あれ?、そうだっ。さっき『お先にっ』って声かけてくれたもん」
「だったらあの人達、何見て……」
改めて窓に並ぶ顔、顔、顔を眺めていると、一人だけ横向きのあきれ顔で隣の友人と思われる生徒に話しかけている男子の存在に目が止まった。話しかけられている男友達らしき人物はその他の生徒達同様に窓枠に手をかけ身体を乗り出してワクワクと外を眺めたまま適当に会話をしているようで、横向きの生徒の表情が段々と険しくなっていく。
どうやらあのヒトだけはあの場にいたくているというわけではなさそうだ。
血走った目をして口元をだらしなく緩めている有象無象の中で唯一まともな人で……それだけの理由でなんだかもう、もの凄く格好良く見えてくる。
あ……でも普通にちょっとタイプかも……高等部の人かな……顔をよく覚えておいて、今度クラスを探しに行かなくてはっ。
その為にも……と観察眼を光らせれば周囲の男子生徒集団と比べて遠目にも随分と髪色の黒が目立つ事に気づく。
そのまま一心不乱に見つめ続けていると、すぐ隣の男子生徒が興奮気味に彼の肩を叩くのと同時に二階、三階、四階にかけて「おおーっ」と言う野太い声が一斉に放たれた。
私達三人も思わずその声に気圧されて、視線の先を振り返ると……校庭の方から体操服姿の女子生徒が二人、足早にこちらに向かって来ている。ジャージを上下着用しているにもかかわらず遠目にもわかるくらいプロポーションの良い女子の手をもう一人の女子がひっぱっていた。
「っとに、あんな馬鹿げたお願いでこんなに時間をとられるとは思ってもみなかったわよっ」
「ご、ごめんね、リズ」
「なんでお願いされたアスナが謝るのっ」
「だって一緒にいてくれたから遅くなっちゃったんだし……」
「もとはと言えば『体操服姿の画像を撮らせてください』なんて真正面から言ってきたあのアホ中等部男子のせいでしょっ」
校舎内の窓枠からはみ出るように頭を突き出している生徒達にまでその声は伝わっていないようだけど、私達の耳はしっかりとその会話を拾っていて……思わず三人の表情が固まった。
た、体操服姿を撮らせて欲しい……って……うわーっ、どこのクラスの奴か知らないけど、そんな恥ずかしい直球を投げるアホが同じ中等部にいるなんてっ、と他人事なのに羞恥で膝から崩れ落ちそうになる。
確かに思わず画像に収めたくなるほどすらり、とした肢体の持ち主であることは認めるよ、でも面と向かって頼むっ?、普通!……などとアホ中等部男子に同意する反面、同じ女子として自分だったら後ずさって逃げるより一歩前にでて殴り飛ばすなぁ、と思っていると、隣の友人が少々うっとり気な呟きをこぼした。
「あ、やっぱり、姫先輩」
どうやら友人は校舎内の男子生徒の群がり具合から、彼らのお目当てを予想していたようで、ぽわっ、と頬をピンク色に染めて、未だ友人と思われる女子生徒に手を引かれている先輩を見つめている。
姫先輩……中等部の生徒達は男女問わずその名で呼んでいる高等部の、うううん、この学校一番と言って差し支えない美人で才媛の結城明日奈先輩だ。
段々と近づいてくる二人に私の心臓もバクバクが加速する。
だって中等部なんて授業が同じになる事はないし、教室のある棟も違うし、前に何回かカフェテリアで見かけたくらいはあるけど、こんな近くでお目にかかるなんて初めての経験だ。
体育の授業後と思われる姫先輩こと結城先輩はお友達らしい女子生徒に手をひかれながら、もう片方の手で三つ編みにまとめていた髪をほどいた。それだけの仕草も流れるように綺麗で、ほぅっ、と口を開いた途端、やっぱり校舎から「おおーっ」と感嘆の多重音声が飛んでくる。
さすがにこの量の視線と声を無視できず、手を引いていたお友達が「だーっ、さっきから、うっとうしいわね、あいつら」と校舎に向かって睨み付けていると、結城先輩が手に持っている髪留め用のゴムを見つめて「リズ」と手が繋がっているお友達を呼んだ。
「これ、シリ……珪子ちゃんに返しに行なきゃ」
「えっ?、でもこれから着替えてたら中等部の教室まで行ってる時間ないでしょ。あの子も予備だって言ってたから急いで返さなくても大丈夫よ。明日のお昼は一緒に食べるんだし、その時でいいんじゃない?」
「うーん、でも……」
確かに結城先輩の手の中にある髪ゴムは先輩が選ぶにしてはちょっと子供っぽすぎる、と言うか、とにかく可愛いが前面に押し出されているデザインだった。そして会話の中から聞こえた『珪子ちゃん』と『中等部』という単語に頭で考えるより先に口が反応して、ちょうど目の前を通り過ぎようとしている先輩方二人に「すみません」と声をかけてしまう。
少し驚いたような顔で足を止めてくれた二人に見つめられ、途端に私の口はあわあわと震え始めた。
ありとあらゆる面で校内一の超有名人な先輩を引き留めてしまった、という事態に今更「なんでもありません」と言える度胸も無く、それどころかまともな思考も停止して、立っているだけの足さえガクガクが止まらない。
両隣の友に助けを求めようと左右に目だけを動かしてみたけど、既に二人共直立不動で固まっていて、全くあてにならないし……。
声を掛けてきたのにその後が続かない私に向かって結城先輩が足をこちらに踏み出して距離を縮めてくる。恐ろしいほど綺麗な顔がどんどんと迫ってきて私の心拍数は一気に加速し、顔全体が沸騰したように熱くなっていた。
「えっと……なにかな?」
にこり、と微笑んで小首を傾げた途端、心臓が飛び出すほどの衝撃が身体中を駆け巡る。
かっ、かっ、かっ、かっ、可愛いぃぃっっっ、でもって、すっ、すっ、すっ、すっごく綺麗ぃぃっっ。
肌、しろっ。それにきめ細かくて柔らかそうですべすべで……睫毛、ながっ。瞳も大きくて色もすごいっ、はしばみ色ってホントなんだぁ……鼻も高くて、スッと通ってるし唇もふっくらつやつやしてて……なんかもう……食べちゃいたい。
不思議そうな顔のまま目の前に佇んでいる結城先輩は妙なキノコでも食べて全身が痺れているように震えているだけの私の返答を辛抱強く待ってくれていたが、その後ろに控えていたお友達が先に痺れを切らす。
「アスナ、時間ないわよ」
「うん、でも……」
少し振り返ってお友達を見てから、結城先輩はもう一度私に視線を合わせてくれた。その心遣いが嬉しくて、それを勇気に変えて思い切り力を込めて口を動かし、言葉を発する。
「あのっ、その髪ゴムっ」
「ふえっ?」
私が発した単語が予想もしていない言葉だったのだろう、澄んだはしばみ色の瞳を一層大きく見開いている先輩に私は畳みかけるように話し続けた。
「その髪ゴムっ、綾野珪子ちゃんのならっ、返しておきましょうかっ?、私、おっ、同じクラスなんですっ」
一瞬、何を言われたのかわからなかったみたいでキョトンとした表情の先輩だったが、私の申し出の意味を理解するとちょっと心配そうに眉尻を下げて「ほんとに?、迷惑じゃない?」と気遣ってくれる。しかし次の瞬間、私の全身に強烈な電流が走った。
あの結城先輩がふわり、と笑ったのだ。
「……有り難うっ」
は、は、は……鼻血……でそうなんですけど……いやいやいや、ここで流血したら絶対先輩にドン引かれるっ、耐えろ、私……。
根性で鼻血を堪えた私は次にずっと半開きになっていた口の端から垂れ出ちゃったヨダレを慌てて啜った。
女王様から下賜される宝物のように跪いて受け取りたい気分に浸りながら、さすがにそれはこの衆人環視の中、私も恥ずかしさが勝って、それでもおずおずと……女神の泉から清水をすくうように両手で器を作って先輩の前に差し出すと、まさに鈴を転がすような声で「宜しくお願いします」と丁寧な言葉を添えて私の元へと宝が……違った、髪ゴムが渡される。
そして手の中にゴムが無事収まった時だ、校舎の窓という窓から声とは思えない怒号が一斉に吹き出した。
ええっ!?……もうなにがなんだかわけが分からず、ゴーゴーと荒れ狂う怒りをまともに浴びて身体が硬直したまま突然の事態に対応できず突っ立っていると、目の前に華奢な両肩を覆う栗色の長い髪が現れる。
二度、三度、瞬きをして自分を取り戻すと、それが私の前に立って嵐を防いでくれている結城先輩の背中だと分かった。
と同時にこのブーイングの集中砲火は声を聞き取れない距離にいる校舎の男子生徒達にとって、今の一連の流れが私が結城先輩に髪ゴムを強請ったように見えたせいなのだと気づく。
どうしたらこの事態を収拾することが出来るのかわからず、頭が真っ白になっていると、先輩がクッ、と顔を上げて校舎を睨み付けた。
……途端に嵐が消滅する。
しんっ、と静まりかえった校舎の窓に向けて、普通なら届くわけがない距離の中庭から先輩の声が響いた。
「私がお願い事をしたの。なにか文句ある?」
こっそり後ろから覗き見た結城先輩の横顔の凜々しさと言ったら……カッ、カッ、カッ、カッコイイ……再びこみ上げてくる鼻血を懸命に押しとどめて私は手の中のゴムをギュッ、と握りしめてから、その高貴さを窺わせる尊顔に向かって思わず「姫……センパイ」と求めるように口から声を忍び出す。
その声に気づいてくれた姫先輩が私の方へ振り返ろうとした時、ふいにその動きが止まった。
少し意外そうに細い眉毛が山なりに持ち上がる。
けれどそれも一瞬で、すぐに表情はふにゃり、と柔らかく綿菓子のように溶けて……脇を締めたまま、片手をちょっと持ち上げて手の平を小さく揺らす合図は誰に送ったものなのか……。
姫先輩の瞳は校舎の窓枠に並んでいる男子生徒の中の、たった一人を見つめていた。
その視線を追うと、少し前まで私が見上げていた方角と全く同じだという事実に気づく。
んんっ?
同じようにして私も視線を伸ばせば、そこには未だ横向きのままの黒髪の男子生徒がいて……でもさっきと違うのは顔だけがこちらを向いており、あきれ顔だった目元は今はうっすらと朱に染まって、けれどとっても優しげに細められている。
そして……それから……周囲に気づかれないようになのだろうか、窓枠からちょっとだけ顔を出した手は指しか見えない位置で、それが気恥ずかしそうにゆっくりと数回、左右に動いた。
そんな自分達、校舎側の事情など見えるはずもない数多の男子生徒達は一瞬にして変化した姫先輩の表情にボルテージは一気にマックスまで上り詰めたようで「うおおおっっっ」とさっきまでの静寂がウソのように訳の分からない雄叫びを上げている。加えて姫先輩が振った手に対して手を振り返す輩が後を絶たず、窓枠から上半身が飛び出している者はバランスを崩してあわや転落か!?、と危なっかしい状態なのだが、そんな男子生徒達の安全などに気を削がれることなく、私の頭の中はさっきの二人の合図のやりとりでいっぱいになっていた。
姫先輩が合図を送った相手って……あのヒト?
先輩の確かな視線の先、あんなにこの場にいるのは不本意だと言いたげな態度だった男子生徒が表情を一転させて愛おしそうに見つめ返す瞳を見たら……。
うん、なんだかもう……あのヒトはダメだな
まあ、外見がほんのちょっと好みかな?、って思っただけだし……性格とか全然知らないし……声も聴いたことないし……これは、ああ、あれだ、クラスに残念な男子しかいないせいだ………
それと……この学校に入学すればすぐに《フードの人》が見つかると思ってたから……それで最近ちょっと落ち込んでて……でも、やっぱりもう少しだけ《あの世界》で私を助けてくれた《フードの人》を探すとしよう…………だって瞬間にわかっちゃったから……
あのヒトは絶対に姫先輩以外の人に向けてあんな顔をすることはないって……
大丈夫、大丈夫……私には…………姫先輩がいるっ!
一気に心の糧を得た私はようやく振り返ってくれた姫先輩に目一杯の笑顔を向けた。
「姫先輩、姫先輩っ、珪子ちゃんにはちゃんと渡しておきますからっ、あっ、でも心配ですよね、知り合ったばかりの中等部女子ですもん。なので私の名前、お教えしておきます。ちゃんと覚えて下さいね。中等部に何かご用がありましたら是非、私にお声かけください。ご用がなくっても声をかけていただけると嬉しいですけど……ゆくゆくは連絡先、交換して下さいね。ああ、校舎の窓から3Dみたいに飛び出してる男子なんて相手にしなくて大丈夫です。あの人達と比べたら姫先輩の方が何十倍もカッコイイですからっ」
「え?」
「アスナ……アンタ、またユニークな信者を獲得したわね」
姫先輩のちょっと引きつった笑顔と姫先輩の後ろであきれ声を落としたお友達の視線を浴びながら私は満ち足りた気分になったのだった。
それはあのデスゲームから解放される二ヶ月ほど前、戦闘系のスキルを持たない代わりに索敵スキルだけは結構なレベルに到達していた私が背後から近づく影にまったく気づかず、主街区から少し出た野原で懸命に土をほじくり返していた時だ。
「もしもーし、こんな所で女の子が一人は危ないよ」
「うきゃぁっ」
しゃがみこんでいた背中に突然降ってきた男性の声に色気もなにもあったもんじゃない悲鳴をあげて振り返ると、そこにはフードを被った人がひとり立っていた。声と体格からして男性なのは一目瞭然だったけど顔が見えないし気配を感じさせない雰囲気に疑問が宿る。しかしすぐに目の前の人物がその疑問の回答を与えてくれた。
「えっと……俺、NPCじゃないからね」
多分、同じような疑問を持たれた経験が何度かあるんだろう、随分と人の表情を読み取るのが得意らしい。
「それに……ここ、モンスターは出ないし主街区もすぐそこだけどさ、やっぱり一人ってゆーのは……」
一人でいた見ず知らずの私を心配してわざわざ声をかけてくれたのだろうか?……いい人だなぁ、とは思うがこちらも色々と事情があるのだ、はい、そうですね、と言って引き下がるわけにはいかない。何から説明したらいいだろう、とちょっと思案顔になった途端、またもや《フードの人》が口を開いた。
「あ、もしかして《無限の花びら》ってゆークエストやってる?」
内心、再び「うきゃぁっ」と叫んで、とりあずうんうん、と頭を縦に振る。
な、な、な、なんでわかったんだろう……もしかして「読心」スキルとか持ってる人なの?、と今度は心を読まれないよう警戒警報を発令して二重三重に分厚い心の壁を用意しようとした時だ、《フードの人》がわたわたと手を動かした。
「驚かせてごめんね、俺もそのクエスト、手伝ったことがあったから」
意外な種明かしに肩の力が抜けて、まじまじと《フードの人》を見上げるが、やっぱり顔はよく見えない。
「男の人……ですよね?」
確認するように問いかけると、今度は向こうがうんうん、と頭を振った。
「わりと女性向けのクエストだなっ、て思ってたんですけど……」
クエスト名《無限の花びら》……『種屋』という植物の種を専門に扱っているショップの店長さんに頼まれた三つの材料を用意すると不思議な花の鉢植えを作ってもらえるのだ。その花は種を植えれば翌日には花が咲くという成長の早い植物なのだが、成長はそこまでで、あとは常に花が咲き続ける。一つの花は三日ほどで落ちるがすぐ次が開花して、結局花が尽きることはないそうだ。
店長さんが要求してくる三つの材料はいたってシンプル、水と土と肥料……ただ咲き続ける為の花の養分としてなのか、量がハンパない。よって多人数で挑まなければ到底クリアは叶わず、ひたすら水やら土やらを集めるだけの長時間の単純作業を経て、得られるのが花の種を蒔いた鉢ひとつ、という事で男性には人気のないクエストだと思っていた。ちなみに私は肥料を探してこの野原で手を土まみれにしながら既に半日を過ごしている。
「俺の時は付き合ってる女性にプロポーズしたいから、花を一緒に渡したいって依頼……じゃなくてお願いされてさ」
「へえ……ロマンチックですね」
「それはそうと、一人であの量は無理じゃないの?、時間制限あったよね?」
「えへへっ……実は、私の場合は今度友達が自分のお店を持つことになったんです。それで他の友達五人とこのクエストに挑戦して花を贈ろうって事になって……」
「まあ、それぞれの材料に最低二人は欲しいもんなぁ」
「グー・チョキ・パーで分けたら……」
「君がひとりで肥料担当になった、と」
「そーゆー事です。でも他の材料が集まり次第、手伝いに来てくれる手はずになってるんですけど」
「いやいや、あとの水と土だってかなりの量なんだから。二人だと制限時間めいっぱい使ってどうにかっ、てとこだよ」
「そうなんですかぁ……」
確かに自分達の担当材料が集まり次第、連絡をくれると言っていた四人からは未だなんのメッセージも送られてこない。こうなると他の材料がなんとかなっても自分の肥料だけが揃わずに種を分けてもらえない可能性が濃くなってきた事を実感して涙腺が緩みそうになった時だ、フード越しに頭をポリポリと掻いた《フードの人》が小さく「たまにはいっか」と呟いた。
「君が集めた肥料、全種類揃ってる?」
「え?、はい、種類は全部見つけましたけど、量がまだ足りなくて」
「とりあえず種類が揃ってるなら、なんとかなるかな。あの『種屋』のオヤジとは前に交渉した事あるからクセも覚えてるし」
「交渉?、クセ?」
「あー、気にないで。それより時間ないんでしょ。『種屋』に行こう。後は俺が何とかしてあげるから」
《フードの人》に追い立てられるように主街区へと戻った私は、半日で集めた分を『種屋』の店長さんに見せた。当然、店長のおじさんは「これじゃあ足らないなぁ」と腕組みをしたけど、そこで私は《フードの人》から店を追い出されてしまったのだ。驚いて店先で待っているとほどなくして店から出てきた《フードの人》は一言「あれで納得させたから大丈夫」と言ってその場を立ち去ってしまった。急いで後を追いかけようとしたけど、ちょうど後ろから水と土を持った友人達が帰って来て……結局、私はよく訳が分からないまま一人で肥料を揃えたと勘違いしてる友人達から感動されるやら労われるやらで居心地の悪い思いをしながら、でも、どう説明したらいいのかもわからなかったから《フードの人》の事は誰にも話さないまま友へのお祝いの花を手に入れたのだ。
顔は全然見えなかったけど、声や喋り方は覚えてるし、それにあんまり歳も離れてない気がしたんだよね……
この学校に通い始めてからまだ一ヶ月とちょっと、中等部には該当する人がいなかったけど、中等部より断然人数の多い高等部がある事に期待を寄せて私は友達二人と一緒に校舎へ急いだ。どうか《フードの人》があの黒髪の男子生徒ではありませんように、と祈りながら。
お読みいただき、有り難うございました。
放課後、キリトが「オレは選科が一緒だからだいたい知ってるけど、なんで
他の奴らがアスナの時間割、把握してるんだよ」とぶつぶつ言いそう(笑)
《フードの人》……ちょっと黒髪の男子生徒から目線をずらせば隣に
いたんですけどね(苦笑)
きっと姫先輩につきまとっていれば、そう遠くない未来に出会えると
思います。
では続けて《オーディナル・スケール》SSをお届けします。
BD出るまで我慢しますっ、の方はご注意ください!(ネタバレ有りです)