ソードアート・オンライン《かさなる手、つながる想い》   作:ほしな まつり

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現実世界で学校生活を送る和人と明日奈の中庭ではない昼休みのお話です。
ほんのささいな出来事でもこの二人だと、こうなるかな?、と。
クラスメイトのオリキャラくんが再登場です。


甘い匂い

昼休みの教室には十数名の生徒が残っていた。

売店で昼食を調達した者、お弁当を持参の者などなど……。

その中に教室前壁に取り付けられた大型パネルの設定ボックスをいじっている生徒が三人。

 

「カズくん、原因わかりそぉ〜?」

「んー……、今のところサッパリ」

「とりあえず食堂行って、昼飯にしちゃわない?」

「そうだなぁ……」

 

設定ボックスのフタを開け、液晶画面まではずして回線をチェックしている「カズ」こと

桐ヶ谷和人が諦め気味の表情を浮かべている。

 

「ちょっと、すぐには無理かもな」

「じゃあ、食堂行こうぜー」

 

カズが無理なら、オレにも無理だもん、と明るく開き直っている「佐々」こと佐々井が

何もしていないのに、疲れた筋肉をほぐしている。

 

「でもさぁ、このままじゃぁ、午後の授業、パネル使えないよぅ」

 

妙に間延びしたしゃべり方をするのは、和人と佐々井のクラスメイトで、

同じ「ネットワーク研究会」に所属している「久里(くり)」だ。

 

この学校は《SAO》事件の被害者の子供達の一括受け入れ皿として急遽開校したため、

学校で使用している教材や備品は他校からの流用品が少なくない。

よって未使用品ならまだいい方で、不用品などの中古品も数多い為、故障や不具合は

珍しくないのだ。

そして今日の午前中の授業で、突然、教室のメインパネルにノイズが入り出したのである。

教師陣も心得たもので、そんな時は業者を呼ぶより安上がりな方法を知っている。

幸いにも、このクラスには「ネト研」に所属している生徒が三人もいるのだ。

使わない手はない。

ヘタをすると他の教室の備品まで、修理を依頼されることさえある。

その過去の実績と技術力を買われて「出来れば午後の授業までにパネルを復活させて

欲しい」というのが今回の依頼だった。

 

「久里、先生は『できれば』って言ってただろ。カズが見て無理なら、無理だろ。

放課後、ゆっくりやろうぜ」

 

はなから直す気があるのか、甚だアヤシイ佐々井が手の中の食券をヒラヒラと動かしている。

 

「それよか、早くしないとAランチがなくなるっ」

「故障が直ってもいないのに、ソレ、使う気か?」

 

和人があきれ顔で問いかけた。

 

「この時間じゃぁ、どっちにしろ売り切れじゃないのぉ?」

 

カフェテリアで一番人気の日替わりAランチ。

佐々井は教師から今回の修理を引き受けた時点で、一人一枚、合計三枚の『特Aランチ

(サイドメニュー1品付き)』食券を依頼料として獲得していた。

この「特Aランチ」券は教師しか買えないレア食券なのだ。

こういう交渉事にはバツグンの才能を佐々井は持っている。

 

「そっかぁ……じゃあこの食券は次回だな」

 

佐々井が食券を凝視しているのに対し、和人は未だ回線を凝視していた。

 

「まあ午後の授業は可動式の簡易パネルを用意するって言ってたから、授業に差し支えは

ないだろうけど、出来れば原因のあたりだけでもつけておきたかったな」

 

諦め悪く回線の一本一本を丁寧に指でチェックしている和人の傍らで、佐々井が両手を

グーにして上下に降り始めた。

 

「カズ−、昼飯食べる時間がなーくーなーるー」

「ああ、わかった、わかったよ」

 

まるでデパートでオモチャをねだる子供だ。

もう時間的に故障原因の探求も佐々井の我慢も限界のようだった。

設定ボックスを元に戻している時に、足踏みをしながらまだかまだかとせかしてくる佐々井が

ピタッと動きを止める。

 

「あれ?、なんか、イイ匂いがする」

「うんうん、するねぇ」

 

久里も何かに気づいたらしい。

 

「そうか?」

 

和人も手を止めて、嗅覚に意識を集中するが、特に感じるものはない。

 

「カフェテリアから漂ってくる料理の匂いじゃないのか?」

「いやいや、イイ匂いが移動している。どんどんこっちに……」

「うんうん、ほらっ、もうすぐそこだよぉ」

 

教室の出入り口に栗色のロングヘアが見えたかと思うと

 

「あっ、和人くん」

 

明日奈がとびっきりの笑顔で軽く手をふりながら、愛しい名を呼んだ。

 

「あれ?、明日……」

「姫ー!!!!!」

 

和人の声をかき消す勢いで佐々井が絶叫した。

そんな佐々井の反応には慣れっこの姫こと「結城明日奈」が和人達の教室に

「お邪魔しまーす」と告げながら、ぺこりと頭を下げて入ってくる。

佐々井の絶叫と共に現れた校内の有名人である明日奈の登場に、教室のあちらこちらで

昼食を咳き込む声や、ドリンクを吹き出す音があがる。

 

「こんにちは、佐々井くん、久里くん」

 

挨拶をしながら和人の隣にやってくると

 

「よかった、教室にいてくれて」

 

と言って手に抱えていた包みを教卓にのせた。

 

「オレもっ、オレも教室に居残っていてホントーッによかった。このイイ匂いは

姫の匂いだったのかぁ」

「どうしたんだよ、明日奈。今日は午前授業だろ」

「うん、最後の授業が家庭科でね……って、私、何か匂う?」

「おおっ、確か今日は調理実習の日。この前、実習の先生が姫の手際の良さを

褒めてたよ。あと、姫はイイ匂いするって」

「揚げ物だったから、油の匂い、ついちゃったのかな?」

 

明日奈は片腕を鼻の高さに上げて、クンクンと自分の匂いを嗅いでいる。

それを見た和人は眉間にシワを寄せつつ薄く目を閉じ、軽くため息をつきながら、

明日奈の言動と思考をせき止めるように、片方の手の平を彼女に向けた。

 

「ごめん、ちょっと待って、明日奈……佐々、お前の副音声、うるさい。

話が散らかっていくだろ。それと……」

 

和人は明日奈に向き直ると、いきなり彼女の耳の近くに顔を近づけて、吸血鬼が

血を吸うような体制で鼻を効かせる。

 

「別に……いつもの明日奈の匂いだけど」

「……やだ、もう」

 

和人に咬まれたわけでもないのに、突然の急接近で明日奈は頬を赤らめ首元を手で

おさえている。

かたや教室内の生徒達ほぼ全員が懸命に鼻から空気を思いっきり吸い込んでいる事に

気づいているだろうか?

佐々井はうんざりしたような表情でお返しとばかり、おおげさにため息をついた。

 

「いつも嗅いでるからわかんないんだよ」

「明日奈、コイツらの野生の嗅覚は気にしなくていいから。とにかく佐々は

黙っていてくれ」

 

さすがに明日奈も話が脱線した自覚があるので助け船をだしてくれない。

黙って見ていた久里が佐々井に向かって、お口にチャックのジェスチャーをした。

 

「それで?」

 

和人が話の先をうながす。

 

「うん、佐々井くんが言うように、調理実習だったの。それで余った材料で簡単なのを

作ったから、和人くんが教室にいたら食べてもらおうと思って……」

 

そう説明しながら教卓に置いた包みを広げる。

綺麗なキッチンペーパーに包まれた中身は棒状の揚げ物だった。

 

「今日の実習のメニューは?」

 

和人が問いかけると、すかさず佐々井がピシッと右手を挙げた。

 

「……はい、佐々井くん、どうぞ」

 

半ば諦めたように和人が手の平をスライドさせ、佐々井に発言を許す。

 

「揚げ春巻きとチャーハン。デザートにリンゴです」

「それで、これは春巻きなの?、姫ちゃん。……ちょっと細いねぇ」

 

佐々井に便乗してなのか、久里まで発言権を行使してきた。

 

「これはね、デザートのリンゴを甘く煮て、チャーハンの予備の卵でカスタードクリーム作って

余った春巻きの皮に巻いた揚げアップルパイ。シナモンなかったから、ちょっとだけ黒コショウを

ふってみました」

 

聞いている分には結構手間がかかっているように思うが……いくら材料が余っていても実習の

時間はそんなに余るものなのか?、手際の良さにもほどがあるだろ、と聞き耳を立てていた

教室内の生徒が全員心の中でツッコミをいれている。

 

「はい、佐々井くん、久里くん、どーぞ」

 

そう言うと明日奈は広げたキッチンペーパーを両手で持ち、揚げアップルパイを2人の前に

差し出した。

 

「オレ達ももらっていいの?」

 

感動ひとしおの佐々井の横で「姫ちゃん、ありがとぉ」と早くも久里はスティックを

手にとり、口に入れている。

 

「和人くんも、パリパリのうちにどうぞ」

「あ、ごめん。今、手が汚れててさ」

「ん?、それじゃあ……」

 

明日奈が自分の口を「あーん」と開けつつ揚げアップルパイ一本を片手に持ち、和人の口元に

持っていく。

和人は何の気負いもなく、伏せ目がちにあごを少し突き出して口を開けた。

明日奈も微笑みながらキリトの口にスティクを運ぶ。

 

パリパリパリッ……

 

揚げた春巻きの皮を噛み続ける音だけが響き渡る。

いつの間にか教室中は静まりかえっていた。

生徒達の視線を釘付けにしたまま、スティックは和人の口の中へと短くなっていく。

スティックの端を持っていた明日奈の細い指が、どんどんと和人の口に接近し、速度を

緩めることなく唇に触れた瞬間、「チュッ」と音を立てた。

その途端、一時停止していた教室内の時間が一気に目覚める。

うめき声と咳き込みむせる声と何かを吹き出す音が盛大に飛び交った。

 

「うん、うまい」

「……ん、……なら、よかったけど……」

 

そんな阿鼻叫喚の様子も二人の目や耳には届いていない。

さすがの佐々井も頭を抱えてしゃがみ込んでいる。

 

「それじゃあ、また明日のお昼に中庭でね」

「ああ、気をつけて」

 

そう言って、心なしか顔を上気させた明日奈を見送った和人は、佐々井と久里に向き直り、

何事もなかったかのように飄々と二人を促す。

 

「じゃ、昼飯食べに行くか」

「うん、そうだねぇ」

 

同意する久里に対し、歯を食いしばり、床から起き上がりながら、上目遣いで佐々井が

和人をにらみ付けた。

 

「お前さ……今……オレ達にしか見えなかったけど……姫の指先……

舐めただろ……」

「……」

「何か反論しろっ。いや、してくれ。見間違いだと言えぇっ」

 

半泣き声で訴えられた和人は冷ややかな視線を送るだけだった。

 

「くそっ、完全に開き直ってるな……久里、お前も見た……いやいや、やっぱ答えなくて

いいや。お前にまで肯定されたら現実になっちゃうし」

 

佐々井はあくまでも幻か見間違いで処理をするつもりらしい。

ならば和人に確認しなければいいものを……うやむやにしたくない、と言うより、あわよくば

和人が否定してくれることを期待したのだろう。

 

「佐々ぁ、お昼、何食べるぅ?」

 

気を利かせたのか、それとも久里の頭は既に昼食のメニューに切り替わっているのか

いつもの調子で佐々井に声をかけるが

 

「なんか……オレ……サラダだけでいいかも」

 

佐々井の食欲はドン引きに萎えていた。




お読みいただき、有り難うございました。
TVシリーズ一期の『紅の殺意』で、アスナから「あーん」とされる妄想シーンが
あったので、叶えてあげようじゃないか、と意気込んで書いたのですが、うちの
キリアスさんだと既にその程度は何でもないレベルだったようです。
『君の笑顔が……』で登場させた佐々井くんに続き、実はこっそり二言ほど喋っていた
久里くんが今回正式登場です。
では、次は久々、仮想空間で長めのシリアスです。

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