ソードアート・オンライン《かさなる手、つながる想い》   作:ほしな まつり

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《オーディナル・スケール》より「ほのぼのイチャ」をひねり出して
みました。
序盤シーンのネタなので、この辺りはまだ空気感が軽くて楽しいですよね。


〈OS〉ワガママと嘘

「キーリートーくーん」

「キーリートー」

「キーリートーさーん」

 

アスナ、リズ、シリカの三人から夜中に都内を移動する為の「足」としてご指名をいただいたのとほぼ同時にキリトの手元の携帯端末へ送られてきたメッセージ内容はクラインからの《オーディナル・スケール》への誘いだった……。

 

 

 

 

 

クラインからの招請はひとまず置いておいて……とキリトは目の前の制服姿の女子三名を眺める。

いずれの女子も自分にとっては長い付き合いの部類に入る面々で、内一人は長い……と言うより深いお付き合いをしている女子なのだが、横一列に期待の瞳が三組並ばれるとたじろがずにはいられない。

 

これは……オレに同乗者を選べ、という事……デスか……?

 

やけにプレッシャーのかかる状況であり、責任重大なミッションのように感じる胸中を表には出さないよう心がけて「出来れば、そっちで決めてもらえないか?」と言いそうになった口を寸前で封じた。正直言って今まで自分の彼女であるアスナは何度も後ろに乗せたことはあるが、他の二人は前例がない。頭の中を高速回転させてシミュレーションを展開する。

 

例えばこの場でなんらかの方法を用いて同乗者が決まったと仮定しよう……それがリズやシリカだった場合、オレはアスナが見ている前で他の相手と、どこどこの何時に待ち合わせをしよう、という話をするのか……。

 

その場面を想像しただけで、なぜか理由もわからず眉間にシワが寄り、心が重たくなった。

これが偶然、街中で出会ったリズやシリカだったらここまで気が塞ぐことにはならないだろう……どこに行くのかを聞き、方向や時間に問題がなければ「乗っていくか?」くらい口に出来る気がする。けれどアスナの目の前で彼女にその言葉を聞かせるのは……。

 

理屈ではなく本能的に感情が「嫌だ」と告げていた。

 

頭ではわかっている、今回の同乗者はアスナも含めた中で決まる一人だと言う事を。当然、アスナも納得しての結果になるはずなのだと……だから、これはアスナを気遣って、とか、そういうのではなくて単にオレが…………オレの…………我が儘だ。

 

「……今さ……クラインからメールがきたんだ……《オーディナル・スケール》を一緒にやらないか?、って……だから……その……オレもAR戦闘はほとんどやってないから……」

 

そこまで言って、キリトは無意識に視線をアスナに合わせる。ARの戦闘に不慣れなのは本当だった。オーグマー自体さえ装着していないのが当たり前なくらいだ。しかし、その視線の意味を汲んでくれたのはアスナではなく、その隣にいる人物だった。

 

「なら、アスナ、今回はあんたがキリトと一緒に行きなさいよ」

「リズ?」

「えぇ〜、リズさん、そんなぁ」

 

ちょっと驚いたようにはしばみ色の瞳を見開いていてるアスナの隣でシリカが不満げな声をあげる。そう言えばシリカからはこれまでにも何回か「今度バイクの後ろの乗せてくださいね」と頼まれていた事を思い出し、若干申し訳なく思ったが、キリトはリズからの助勢を無駄にする気はおきなかった。

 

「じゃあアスナ、今晩、いつもの場所に迎えに行くから」

 

自分達ならこれでわかるよな?、と簡単な言葉で待ち合わせの約束をすれば、その言い方に気恥ずかしさを覚えたのかアスナの頬が淡く色づいて……それでも綻ぶような笑顔に安堵の色を混ぜて小さく「うん」と頷く。

去年の夏休みに自分達が通う帰還者学校のプールを使って直葉に泳ぎを教える時は「直葉ちゃんも一緒なんだから安全運転でね」と、くどいほど念を押され、二人乗りの件に関しては特に気にしている風でもなかったから、自分がバイクの後ろに誰を乗せようとさして意識はしないのかと思っていたキリトだったが、それは相手が妹だったからなのか、と結論づけ、重くなっていた気分がアスナの反応で浮上する。

すぐさまクラインに了解のメールを送ると、ほどなくしてヤル気に満ちた文面が届くが、そこでキリトは二つの問題点に思い至った。

 

実際のAR戦闘っていつぶりだ?

 

リズやシリカに打ち明けたようにキリトは《オーディナル・スケール》にほとんど参加をしていない。未だランキングナンバーは10万番台というお粗末さだ。旧《S.A.O》並みの、そこまでとは言わずとも今の《A.L.O》あたりの戦闘力を期待されているのなら、それはとんだお門違いで、本音を言えば足を引っ張る事になるのでは、と思っているくらいだ。

 

そこは、アスナがいるから大丈夫か……。

 

自分が役不足でも彼女がいれば立派な共闘者となるだろう、と判断して次の問題点の検証を始める。

それは今夜のゲームイベントにアスナを連れて参加すると伝えなかった事だ。これは全くキリトの意志ではなく、たまたま普段から付き合いのある女子達に《オーディナル・スケール》のイベント場所までの送迎を請われた日とクラインからの誘いの日が重なっただけで……。

 

って言っても信じないだろうな……。

 

もともと《かの世界》で夫婦としての姿を目にしているせいか《A.L.O》の新生アインクラッドにある二十二層の森の家でキリトとアスナの仲睦まじい姿を見るクラインはいたって普通なのに、いざ《現実世界》で同じ二人を目にすると途端にからかい混じりの視線を送ってくるのだ。なんでも今度はARのイベントで新たな出会いを求めているらしい『風林火山』のリーダー様は、ギルメンと共に女性受けを意識したらしい随分と気合いの入った戦闘衣を揃えたと言っていた。

それと主旨を同じくしているわけではないのだがキリト達もデザインに統一感のあるコスチュームをそれぞれが持っている。特別に二人だけが色違いを纏っているわけではないのだが、その場にいるのがキリトとアスナしかいなければ、カップリングコーデと判断されても仕方なく、今夜、クラインと合流した時に自分達に向けられるであろうニヤけた表情を予測してげんなりとなったキリトはそっとアスナの耳元に口を寄せた。

 

「今夜、アスナと一緒に行くこと、クラインに伝えてないんだけど……」

「え?」

「ほら、アイツ、《こっち》でオレ達を見ると必ず冷やかしてくるだろ」

「あー……ああ、うん、そうだね」

 

その点についてはアスナも思い当たる節があったのか、小さく苦笑しながら肯定し、「気にしなくていいんじゃないかな?」と軽く返してきたが、未だキリトが、うーむ、と眉根を寄せている顔を見て「だったら」と少し自信ありげに笑った。

 

「たまたま私が一緒ってことにすればいいのよね」

 

具体的な対策を聞かないままアスナとはまた夜に会う約束をして各自家路に就いた事を、キリトは数時間後に後悔することとなる。

 

 

 

 

 

無事にアスナと合流して三十分ほど前に告知されたばかりのイベント場所、秋葉原UDXに二人が到着してみると、そこには既に多くのプレイヤー達が集まっていた。

この中でクライン達と出会えるのか?、と思ったちょうどその時、《現実世界》でも赤いバンダナを着用し、『風林火山』のメンバーを引き連れているリーダーが十数メートル先からこちらに歩いてくるのが見える。片手を振って二人に気づいた途端の第一声が昼間のキリトの予想を的中させた。

 

「なんだ、アスナも一緒なのか?」

 

何気ない風を装っているが、視線がやけに生温かい。

しかしそこは旧アインクラッドのボス戦で作戦参謀も務めていたアスナだ、想定内の相手の反応にニコリ、と微笑み「キリトくんがあまり乗り気じゃなかったので、引っ張ってきちゃいました」と言い切る。

 

あまり乗り気じゃなかったのは事実なので良しとしよう、でもその言い方だとオレが完全にアスナの尻に敷かれてるみたいに聞こえないか?

 

そんな疑問をぽわんっ、と浮かべていた時だった、アスナの言葉が終わりだと思っていたキリトの耳に更なる愛しい人の声が飛び込んでくる。

 

「それにジャンケンで勝ったので……」

 

えっ?、えっ?、ええっ?……なんですかアスナさん、そのとってつけたようなジャンケンって……

 

唖然としてアスナを見つめるだけのキリトと同様に『風林火山』のメンバーも全員の表情が一瞬固まったが、そこは年の功と言うやつなのだろう、すぐさま立ち直り、その場の雰囲気とアスナに対して抱いた自分達の甘酸っぱい気持ちを切り替えるように代表してクラインが声を張り上げる。

 

「よーし、そんじゃあアスナにいいトコ見せるぞー」

 

そのかけ声にメンバー達も応じてからそそくさとアスナと視線を合わさないよう移動を始めたが、キリトはその後ろ姿を見ながら自分の内なる本能と懸命に戦っていた。

確かにあのままキリトが今夜のバイクの同乗者を選ぶ権利を放棄すれば、対象者である女子三名の内、誰か一人を決める方法として無難なのはジャンケンあたりだったろう事は容易に想像がつく。だからこの場にいる理由として「ジャンケンで勝った」と言うのは決して真実味が無い訳ではないのだ。

しかしながらあえて言おう……「それにジャンケンに勝ったので……」……ちょっと自信なさげな笑顔で相手の様子を覗いながら、瞳は「ウソじゃないですよ」と言わんばかりの必死さを漂わせて……他者への関心が薄く場の空気が読みベタなキリトでさえ一瞬で表情の違和感に気づいてしまったくらいだ、『S.A.O』というゲームであってゲームではなかった世界に囚われる以前から仲間と呼べるほど他人と連携をとっている彼らが気づかないはずがない。

 

オレがアスナを誘って来たと思われないようにって考えたんだろうけどなぁ……

 

今日の昼間、別れ際に聞いた彼女の台詞が思い出される。

 

たまたまアスナが一緒に……って、絶対思われてないよなぁ…………けど……

 

でも、もう、そんな事はどうでも良くなっていた。奇しくもやっぱりアスナが言ってくれた、気にしなくていい状態に今の自分はなっている。どんな些細な事でもきちんと真面目に答えるアスナがキリトの為と思ってバレバレの小さなウソをついてくれたのだ。しかも本人はちゃんとクライン達を納得させられたと思っているのだから可愛いことこの上ない。

 

ああ…………抱きしめたい

 

とは言え周囲には続々と《オーグマー》を装着した若者達が集まってきていた。さすがにこの状況でアスナの身体を引き寄せるのはマズイと判断したキリトはせめても、と幾度となく味わっているその感触を脳内で再生する。

すっかり身長差が出来た現在、両腕で彼女を包み込めば首元に小さな頭がすっぽりと収まり、そこに上から自分の頬をすり寄せて、片手は彼女の腰に、もう片方の手は彼女の象徴とも言える栗色の長い髪をゆっくりと梳く……密着する事で互いが補完し合い、すっきりとひとつに落ち着く充足感はもうアスナ以外では得られないとキリトは確信していた。

昼間のうちにアスナからクラインへの対策を聞いておけば、こんな不意打ちを食らうことはなかったのだと自分の迂闊さを心底後悔しながらつい彼女に伸びてしまいそうな手を我慢で震わせていると、キリトの心情など全く意に介していないアスナがそろそろイベント開始の時刻であると告げてくる。ゲーム終了後、すぐに自宅に送らなくても大丈夫だろう、などと不埒な考えを浮かべながらキリトは隣にいる彼女に続いてキーとなる音声入力を行った。

 

「オーディナル・スケール、起動!」

 

 

 

 

 

     ◇◇◇◇◇ おまけ ◇◇◇◇◇

 

モンスターとの戦闘が終結しクラインをはじめ『風林火山』のメンバーと別れてからバイクを駐めた場所まで戻ってくると、ふいにキリトがアスナの両脇に手を差し入れて彼女を持ち上げバイクのシートに横乗りに下ろした。突然の事にアスナが目を白黒させていると、ほぼ視線の高さが合った位置でキリトがジッとはしばみ色を見つめて短く言葉を吐く。

 

「オレ以外と……」

「え?、なに?……どうしたの?、キリトくん」

 

いつもとは違う様子に心配そう眉根を寄せたアスナは思わずキリトに顔を近づけた。

 

「……キス……」

「キス?……あっ、さっきのユナからの!?……だって……いきなりだったし」

「でも……さ……」

「それに……相手は女の子、だよ?」

「それでも……」

 

そんな事はわかってるよ、と言いたげに口を曲げ、ちょっと不機嫌な目つきで見つめてくるキリトに向け、アスナはひとつ苦笑いをこぼす。

 

「ほっぺたなのに……」

 

そして「キリトくん」と呼びかけ、バイクから落ちないギリギリまで身体を乗り出して「おでこ、赤くなってるよ」と言うなり、そこにチュッと唇を押し付けた。




お読みいただき、有り難うございました。
劇場版本編の正確な台詞は覚えていないので、ちょっと違ってますよー、な
ご指摘があれば修正させていただきます。
ただ、クラインの「アスナも一緒なのか?」は耳で聞いた限りでは
「一緒なんか?」と砕けていたようにも聞こえましたが、文字におこすと
ちょっとわかりにくい気がしたので「なのか?」表記にしました。
(切実にアフレコ台本が欲しいデス)
そしてこの後、アスナは絶対「連れ込まれてる」と思います(苦笑)
では、次回は珍しく《仮想世界》のお話をお届けする予定です。

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