ソードアート・オンライン《かさなる手、つながる想い》   作:ほしな まつり

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ご本家(原作)様のSAO20巻『ムーン・クレイドル』発売を祝しまして、
ほぼ一年前になりますが明日奈がクラスメイトに恋愛相談を
持ちかけられた『キスのタイミング』に対し(?)和人の場合は……と言うことで、
やっぱり書き出しは「放課後……」です(笑)


女神な彼女

放課後……ネットワーク研究会のアジトであるパソコンルームではお子様向けヒーロー番組で悪事を画策する悪役集団のように数名の男子生徒達が一所に集結していた。ただし、その中心でPCを弄っている生徒は完全に無関心を貫いている。そんな男子生徒の態度が気に入らないのか、一人の生徒が情けなくもどこか甘えた声をあげた。

 

「だから、わかるだろー、カズぅ」

「ああ、そうだな」

 

どう見ても……いや、どう聞いても、ただ声をかけられたから答えました、の返事にしか聞こえない。だいたい桐ヶ谷和人は声をかけてきた生徒の顔さえ見ていない。

 

「このまま彼女とは程よい友人関係で高校生活を楽しく過ごすか、思い切って告白するか、いっくら考えても答えが出ないんだ」

 

どうやらさっきから自分の周囲で盛り上がっていたのはコイツの恋バナだったのか、と和人は頭の片隅で認識したもののすぐにPC画面の端に表示されている時刻を視認して作業中のプログラミングに意識を集中させる。

すると恋バナの主人公である男子生徒の隣に座っていた佐々井が「でさ」と口を挟んできた。

 

「結局のところ、総合すると、今現在で告った場合、勝算はどのくらいなわけ?」

「そうそう」

「それがわかれば今後の展開は予測可能だろ」

「あーっ、もうっ、だからお前らは理系脳って言われるんだよ。そんな勝算なんて計算できるわけないだろ。だいたい出来たとしてどの程度の数字が出れば告っても安パイだって言えるんだよ」

 

爆発するように言い返されて佐々井を始め周囲の男子達が口をつぐむ。それからコソコソと視線を交わし、小声で「ハチゼロ?」「いや、ハチゴーは欲しいだろ」「完全勝利を目指すならハチハチは譲れないな」と囁き会う声がかの男子生徒の周りに漂い始めた。

 

「だーかーらー、どこを見て、何を根拠にハチゼロとハチハチの違いを判断するんだっ」

 

今度こそ完全な沈黙がパソコンルーム内に流れる。そこに和人が打つキーの高速音だけが規則正しく響いていると、ふぅっ、と大きく息を吐いた恋する男子が和人の横顔を覗き込んだ。

 

「そこで、だ…………桐ヶ谷和人くぅーん」

 

再び男子生徒の声が緩む。

 

「お前はこの学校の最難関であり最高峰でもある姫に告って勝利を手にした男だろ。教えてくれよぅ」

 

そこでピクッと和人の手が止まった。相変わらず視線はPC画面に固定されているが、漆黒の瞳の網膜は画面のライトに照り返されているだけだ。

 

(告った?……オレ、告ったっけ?)

 

「姫への告白に踏み切ったきっかけとかさ。何かこう、これならOKを貰えるだろう、って確信できる決定的な出来事とか……」

 

改めて考えてみると告白した覚えもなければ、交際を申し込んだ覚えもない。もっと言えばアスナが自分の彼女となってくれる自信など今の関係になる以前はこれっぽっちも持ったことがないのだ。

 

「何て言ったんだよ?、ここだけの話にするから」

 

そう問いただされて和人は未だ画面を凝視したままあの頃の己の言葉を振り返っていた。

 

(「……結婚しよう」?…………って言う前にあんな事やこんな事もしちゃったしなぁ……)

 

とことん自分は言葉が足らないのだと自覚したところで、すぐ近くから呆れ声が横槍を入れてくる。

 

「多分カズに聞いても無駄だと思うぞ」

 

そう言ってもらえると助かる気もするが、同時に不本意な気持ちも湧いてきて、思わず声の主を軽く睨めば、わざとらしく両肩をすくめた佐々井が「だってそうだろ?」とさもわかってるような口ぶりで和人を見返した。

 

「カズの恋愛における経験値って少ないのに深いからバランス悪いんだよ。まともな恋愛感覚なんて持ち合わせてるわけないって」

 

佐々井の言う自分の恋愛経験が「少ないのに深い」発言に妙に感心してしまった和人がそれでも素直に肯定できず反抗的な視線を返すと、佐々井は再び呆れ声を容赦なく浴びせてくる。

 

「あの姫が至近距離にいるのに平気でうたた寝出来るとか、完全に感覚おかしーだろ」

 

(いや、アスナが傍にいてくれるから更に心地よく寝られるんだけどな……)

 

室内なら空調がほどよい設定の、屋外だったら暑くもなく寒くもなく、そよ風程度の爽やかな気候の中で互いが寄り添い合い、その暖かくて柔らかい彼女に触れながらウトウトと微睡んでいるところに時折その長い髪が自分の肌をくすぐると押さえきれない幸福感が湧き上がってくる。よく、寝ている自分からは《眠気パラメータ》が発生しているのではないか、と身近な友人達に言われるが和人に言わせれば明日奈こそが自分にとって一番の安らぎであり、眠気を催す存在なのだ。

しかし、佐々井の言葉を訂正しようと開いた口は周囲からの「そうだよなー」の声に気圧されそのままの状態で固まった。

 

「普通、あんな綺麗な顔がすぐ近くにあったら緊張で呼吸さえ出来ずに違う意味で永遠の眠りにつきそうだもんな」

「確かに、あの状況で眠くなるとか、ありえねーわ」

「だろ、だからカズの意見は参考にならないって……だいたいコイツ、姫が他の男に告られても不機嫌になるだけなんだぞ」

 

今度は佐々井の発言に和人を含めた全員が頭上にクエスチョンマークを浮かべる。内ひとりがマークを浮かべたままの顔で首を傾げた。

 

「そりゃあ自分の彼女が他の男から告白なんてされたら面白くないだろ。その感覚は普通じゃないのか?」

 

同じネト研仲間からそう指摘され、佐々井は人差し指だけを伸ばして芝居がかった仕草で、ちっちっちっ、と左右に振り動かす。

 

「そういう意味じゃない。姫の気持ちがグラつくかも、って不安になる事がないんだよ、コイツは。ただ単に見ず知らずの男が姫に近づくのが気に入らなくて不機嫌になるってゆー……」

「……すんげー自信だな」

「お前って意外とオレ様タイプだったのか」

 

周囲の感想にいたたまれなくなった和人が今度こそは、と口を挟んだ。

 

「そうじゃないって」

「いや、そうだろ。お前、気づいてないかもだけど、姫が呼び出されたって知った時、もの凄いオーラだすぞ」

「あ−、そこはそうなんだけど……そこじゃなくて……オレはアスナがオレから離れていく時は他の男が原因じゃなくて、オレに愛想を尽かした時だろうな、って思ってるから……」

「なるほど……」

「それなら、うん、そうだな……可能性としては……」

 

妙に納得されても居心地が悪くて視線を泳がせていると、もともと恋バナをしかけてきた男子生徒が「そう言えばさ」と話を切り出してくる。

 

「佐々井って姫に告白とかしねーの? 端から見てもかなりの信者なのに……」

 

姫こと明日奈の彼氏であるオレの目の前でその発言はどうなんだっ、と出かかった言葉は恋バナ男子の、とにかく告白する判断材料が欲しいんだっ、と切なる願いの籠もった瞳に免じて、ごくんっ、と飲み込まれた。

姫への告白と聞いて、ちらり、と和人の反応を横目で確認してから、佐々井は冷ややかな目つきで問いかけてきた男子生徒を見る。

 

「お前もわかってないなー。そう、俺は信者なの。姫は崇拝対象であって恋愛対象じゃないんだよ」

「よくわからん」

「だから、姫は俺にとって非日常なわけ。日常の疲れを癒やしてくれる存在とでも言おうか、あの笑顔で癒やされ、ささくれだった心を穏やかにしてくれる女神っ……お前、神様に恋愛感情って持たないだろ」

「ナルホド」

「わかった気がする……お前が思っていた以上にアブナイ奴だったって事が……」

「あのなぁ、隣にいたら呼吸も出来ない存在なんて日常生活で一緒に居られるか?」

 

何かを諭すように教師然とした口調で集まっている男子ひとりひとりを見回しながら佐々井は問いかけた。

 

「そうか……そうだな……」

「校内で自分と同じアホ面さげた面々と一緒になって少し遠くから眺めるからいいんだよ。これが週末とか二人っきりで会うなんてなってみろよ……」

 

(あー、そう言えば昨日は日曜だったからアスナと行った買い物も混んでたよなあ)

 

「冷静に考えれば私服姿の姫が見られるって喜ぶより隣に並ぶ自分の服装をどうするかにまず頭を抱えるだろ」

 

(結局、昨日も上下共に黒ベースだったから急遽オレの服を見ようってアスナが言い出して……)

 

「更に関係性が発展してみろ、寝起きのボサボサグチャグチャダラダラを姫に見せられるか?」

「それは……キツいな……」

「で、しっかり者の姫は絶対先に起きて朝ご飯の支度とかしてくれてるんだぜ」

「それは……たまらんだろ」

「お前さ、自分の母親しか知らないような目玉焼きの焼き加減とか姫が知ってるって想像できんのかよ」

「うー……なんか一気に生活感、きたな」

「エプロン姿は見たいけどな」

「女神様がフライパンで目玉焼きを焼く姿か……」

 

和人と佐々井以外の男子生徒が一様に目を閉じて想像力に全エネルギーをつぎ込む。

 

「マズイ……佐々井の言っている意味が理解できる気がしてきた……」

「俺も……」

「そう考えるとカズはホント、よく平気でいられるよな」

 

なぜか自分まで存在自体がありえない生物のような観察眼で見られ始めて息苦しさを覚えた和人は大きく溜め息をついた。

 

「お前達、アスナの事神聖視しすぎだよ。結構普通の部分もある…………と思うぞ」

 

言いながら普通の女子基準があやふやになってきた和人が語尾を誤魔化すと、すかさず佐々井が興味津々といった顔で「例えば?」と聞いてくる。改めて考えるとなかなか披露出来るエピソードが浮かばず思索に耽れば、他の男子生徒が待ちきれないと言った顔で急かしてきた。

 

「じゃあ逆にだ、強いて挙げるなら姫の、ここは直した方がいいな、って感じる所とかあるのかよ」

「そうそう、自分の彼女に対する小さな不満ってやつ。よく聞くのは、片付けがヘタな所、とか……料理が苦手な所、とか……怒りっぽい、とか……」

 

例えを聞いて和人は普段のアスナを思い浮かべる。

 

「片付けは……ちゃんとしてる……と思う」

 

初めて訪れたセレムブルグのアスナの部屋も本人は「散らかってる」と評していたが、そのまま雑誌に掲載されていてもおかしくない、と思えるほどきちんと整っていて、且つセンスの良さも抜群だった。

 

「うん……だろうな……」

「見るからに、だよな」

「それに料理に関しては……カズに聞くまでもないし」

 

一同が無言で頷く。しかし、そこで和人が「ああ」と大きく頷いた。

 

「怒りっぽい……は、ちょっとあるかもな……」

「そうなのか?」

 

そこで和人の頭の中はぷんぷんっ、と薄紅色に染まった頬を膨らませ、眉根を寄せているアスナの愛らしい顔でいっぱいになる。

 

「ちょっとイタズラをした時とか……すぐ怒られるし……」

「お前なぁ……」

「それ、怒りっぽいって言いうか?」

「自業自得が正しい気がする……俺からすれば、羨ましい、のカテゴリーだ」

 

逆に責められ、和人は急いで自分の記憶容量の中のアスナの表情集にあれこれと検索をかけた。

 

「なら……ちょっとドジな所とか……うん、あれは直した方がいい気がする」

 

そして今度は頭の中に昨日のある光景が再現された。

 

「昨日、アスナと買い物に出掛けたんだけど……」

 

二人で過ごした外出時の出来事を思い浮かべている和人は、その時点で自分を囲む男子生徒の目がどんよりと濁ったことに気づかない。

 

「インテリア小物が見たいって言うから、雑貨屋をぶらぶらしてたら、商品を見るのに夢中になってたアスナが店内を歩いている時、柱におでこをぶつけて……ああいう所は直した方がいい部分だろ……そうそう、その後、クレープを食べようって事になったんだけど、目の前でクレープを作ってくれるのを見るのが初めてらしくて、アスナがずっと食い入るように男性店員の手元を見つめてたら、店員が顔を真っ赤にして緊張して……ああいう不用意な行動も直してもらえると助かるなぁ、って…………なんだ?」

 

そうしてやっと周囲のじめじめとした視線の集中砲火に気づいた和人が不思議そうに友人達を見回すと、代表して佐々井が「カズ……」とやるせない声をだした。

 

「お前さ、その時の姫を見て、情けないからやめてくれよ、とか、恥ずかしいからよせよ、とか思ってる?」

「思うわけないだろ」

 

(柱にごっつんして「ふぇっ」とビックリしておでこを押さえたアスナも、「今度、お家で作れるかなぁ」と呟きながらクレープの出来上がるまでを子供のように夢中で見ていたアスナも、とにかく可愛いしかない……当たり前だ)

 

「おい、論点がだだすべりして妙な方向へズレまくってる」

「だな」

「俺の告白云々がすっかり影も形もなくなってるし……」

「……そうだった」

「わりぃ……」

「だから言っただろ、根本的にカズに告白の相談を持ちかける事自体が間違ってるんだって」

 

締めくくるように佐々井がそう宣言すれば、恋バナ生徒を含めた和人以外の男子生徒全員が肩を落として項垂れ、沈黙をもって自分達の浅はかさを認める。そこで再び和人がPC画面の時刻を見て、いつの間にか止まっていた手を慌てて動かし始めた時だ、部屋の出入り口のドアをコンッ、コンッと丁寧にノックする音が静寂のパソコンルーム内に響いた。

下を向いていた顔が次々と持ち上がり、とりあえず佐々井が訝しみながら「はーい、どうぞぉ」と答えると、ガラリ、とドアがスライドして、隙間からサラサラのロングヘアが見えたかと思えばすぐに柔らかな微笑を湛えた明日奈の顔が現れる。

「お邪魔します」と涼やかな声が室内に流れ込んでくるのとほぼ同時にひとりの男子生徒が「……女神降臨」と夢現の表情で呟くが、誰も、いや呟いた本人でさえも女神の声しか耳に入っていなかっただろう。

お邪魔します、と言ったわりには両手でドアを掴みながら顔だけを覗かせている明日奈は、こてっ、と僅かに首を傾け、和人に向けて「帰れる?」の合図を送る。メッセージを正確に受け取った和人は半身をひねりながら彼女に向けて申し訳なさそうに「悪い、アスナ。すぐに終わらせるからっ」と早口で言い放つと、すぐさまPCに向き直りキーボードを叩き始めた。

事情を察した佐々井が立ち上がり、明日奈のすぐ傍まで歩み寄る。

 

「ごめんね、姫。俺達が話しかけてカズの作業を邪魔しちゃってたんだ」

 

今日は朝も昼も会えなかったから帰りは一緒に、と約束をしていた明日奈だったが、何かに集中してしまうと周りが見えなくなってしまう和人の性分は十分承知していたので、決めていた時刻に帰り支度が整っていないのは全くの想定外でもなかったようだ。

佐々井は苦笑いで「中に入って待ってる?」と気遣うが、それには首を横に振って「ここでいいよ」の答えを聞くと、「ところでさ」と背後の様子を警戒するように一瞥してから一歩距離を詰める。

 

「……目玉焼きの焼き方って……姫はカズの好み、知ってる?」

「んー、確か中身は半熟の両面焼きだよね」

 

初級者向けクイズ問題に答えるようにさらり、と正解を口にした明日奈とは反対に出題した佐々井は、ホントに知ってたよ、の呆れ半分、やっぱり知ってたか、の侘しさ半分で頭をポリポリと掻いた。

 

「姫……お願いだからカズの奴を見捨てないでやってね」

 

わざとらしく泣き真似までする佐々井の言動とほんの少し前の質問に困惑している明日奈が意味を尋ねようとした時だ、ガタンッと音を立ててイスから立ち上がった和人が横にあった鞄をひったくるように肩に掛け小走りにやってくる。

佐々井の前に割り込み「お待たせ」と告げるやいなや当たり前のように明日奈の手を掴んで自分も廊下へと出た。空いている方の手でドアを閉めながら、中にいる男子生徒達に向け「じゃあな」と言えば、和人の向こう側からぺこり、と明日奈が笑ってお辞儀をする。

呆気にとられていたネットワーク研究会の面々が未だ一言も発せずに硬直していると廊下から楽しげな声が聞こえてきた。

 

「そう言えばアスナ、おでこは?」

 

一呼吸置いて明日奈の「きゃっ」と跳ねた声がする。

 

「前髪あげないでっ」

「あーあ、まだ少し赤くなってるな」

 

少しの静寂の後、今度は「ひゃっ」と先程より艶をおびた息を呑む声がした。

 

「そ、そんな事しても、治らないよ……それに、ここ、学校なんだから」

「誰もいないからいいだろ」

 

確かに放課後のこの階はネト研が活動拠点としているパソコンルームしか使用していない為、廊下には人気が無いのだろうが……ここに俺達がいるんですけど……と全員が心の内で呟いた声が二人に届くことはなかった。




お読みいただき、有り難うございました。
「前書き」を書く為に確認したのですが『キスのタイミング』も
ご本家(原作)様の単行本発売を祝しての投稿でしたね。
完全に偶然ですが、ちょっと「おおっ」と思ってしまいました(苦笑)
クレープ屋さんのお仕事っぷり、見ていて飽きません(笑)
ただ残念ながら「自分にも出来るかなぁ?」とは、微塵も思いませんが……。
では、次は一週間後の通常投稿でっ

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