ソードアート・オンライン《かさなる手、つながる想い》 作:ほしな まつり
実際にホンモノ(笑)の数字「400」を目にすると、思わず疑ってしまうほど
なんて予想外で夢のような数字400!
うわぁぁっ、有り難うございますっ、有り難うございますっっ。
紅白餅でもまきたい気分ですよ!
お一人、お一人にお餅を手渡しできない代わりに、投稿という形で感謝の意を
表したいと思います。
けれど……すみません、今回は【感謝編】としての単品の作品ではなく、前回の
『来訪者』から数日後の小話となってしまいました。
それでも楽しんでいただければ幸いです。
『ネット社会』という単語が世に出回り始めた頃ならまだしも、娯楽はもちろん、教育や医療、経済、政治から日々の生活を支える物流、金融、情報など、形の有る無しは関係なく通信機能は今や人々の生活に深く根付いている。
一昔前ならば電車や飛行機を乗り継いで目的地まで赴かなくては進まなかった仕事も、画像と音声によるネットを通じてのリアル対談、もしくは仮想空間での多人数による交渉会議で済ますことが出来るようになった。
しかしそんな時代になっても……
「どうしてわざわざオレが出張しなきゃ(でばらなきゃ)らならないんだっ」
そう吐いて、和人は皺ひとつない真っ白なシーツの上に乱暴にボストンバッグを放り投げた。何の特徴もない真っ黒なバッグの中身は二日分の肌着と使い慣れた日用品、それに明日から着用するネクタイとアイロンのかかったワイシャツに白衣だ。到着した空港で夕飯を済ませ、そこからタクシーでホテルに辿り着いた現在、ホテル内もすっかり静まりかえっている時間帯だった。
「桐ヶ谷さん……そろそろ諦めて下さいよ。もうここまで来ちゃったんだし。それにその台詞、もう聞き飽きたんで……」
「お前に聞かせる為に言ってるわけじゃない。だいたい第三分室の不具合ならオレ達の研究所に映像を送って対処すれば済む話だろ。百歩譲ってウチから人を送るにしても、お前がいれば十分だ」
「お褒めの言葉として受け取りますけどね、多分、不具合は口実ですよ」
「口実?」
「こっちの分室の研究スタッフ全員が頑張っても解明できない不具合が起こった、と言うかでっち上げた?、これはもう桐ヶ谷さんに来ていただくしかないっ、て状況にしたかったんでしょうね」
同じ研究所で働く後輩の麻倉(あさくら)の推測にまるで意味がわからない、と益々眉間の皺を深くした和人だったが、和人の隣のベッドに腰掛けた麻倉はその反応に苦笑いで対応した。
「第三分室の皆さんの気持ちも分からなくはないです。桐ヶ谷さんはオレらが働く研究所(本部)の虎の子ですから。ちょっとやそっとの理由では上の人間も貸し出したりしないでしょ。加えて本人が超マスコミ嫌いで画像すら検索に引っかかんない謎の研究者とくれば、何とかして顔を拝みたい、その腕前を見てみたい、と思うのはある意味しごくまっとうな研究者魂なんじゃないですか?」
「迷惑だ」
「でしょうね。桐ヶ谷さんて泊まり込みとか嫌いですもんね」
「当たり前だ。オレは一旦に自宅に帰る、と言ったのに……」
「本気ですか?、二日間も飛行機で往復する気だったんですか?」
「……一日で終わらせる」
「それはそれでその腕前をオレっちも近くで見たいです」
第三分室が総力を挙げて作り出した……かもしれない不具合を一日で解決すると言い切る和人に麻倉までもが研究者魂に火を付けられたのか、キラキラと瞳を輝かせる。
「向こうさんだって面目ってのがあるでしょうから、いくら桐ヶ谷さんでも一日でなんとかなるレベルの不具合じゃないと思うんですが……」
「とにかくオレは一刻でも早く戻りたいんだ」
「仕事、そんなに詰まってましたっけ?」
「家に戻りたいって意味だよ。しかもこの状況は何だ?、どうしてオレがお前とホテルのツインルームを使わなきゃならないっ」
「仕方ないです。シングルの階が全室水漏れだって言うんですから。どちらかと言えばツインを確保したオレに感謝して下さい。ツインの空きがもうこの部屋しかないとかで、最初はダブルになる予定だったんですよ」
今回の宿泊先であるホテルに到着早々、予約しておいたシングルルーム二部屋が使えないと告げられたのは想定外だったが、麻倉はすぐにツインルームに変更してくれるよう掛け合ってくれたのだ。
「オレだって桐ヶ谷さんとダブルベッドに寝て、夜中に奥さんと間違われて抱きつかれるのは嫌ですからね」
「誰がお前なんかと明日奈を間違えるかっ……て…………ああぁっ」
不本意な出張に予想外のツインルームで色々と弱っていたのか、平時ならあり得ない事に和人がうっかりと愛妻の名を漏らす。
「へぇっ、奥さん、明日奈さんって言うんですか」
「忘れろ」
「はい?」
「他人の妻の名前を覚えたって何の得にもならないだろ」
「うーん、そうとは限りませんよ。世は情報社会ですからね。それが桐ヶ谷さんの奥さんの名前となれば、結構使い道はありそうな……あれ?、でも、奥さんって先日、研究所に来ましたよね?」
「よく知ってるな」
「知らない人間がいると思ってるんですか?、その認識の方がビックリです。オレ、その日、休みだったんですよねぇ、部屋でダラダラして過ごす位だったらオレも奥さん見たかったですよぉ。だーれも画像を撮ってないって言うんです。名前も教えてくれないし、話も聞かせてくれないんですから」
拗ねたように唇をアヒルのごとく突き出して上目遣いで職場の尊敬すべき先輩を見つめた麻倉は和人の目がスッと細くなった変化にドキリ、と心臓を跳ねかせた。
「麻倉、オレと松浦を敵に回したくなかったら明日奈の名前は忘れろ」
「な、なんだってそんな物騒な流れになってるんですか?、だからですかっ?、みんな口を噤んでるのはっ…………一体、奥さん、何系の人なんです?」
その問いかけに和人の脳内は瞬時にして『癒やし系一点集中攻撃型意地っ張り属性』なる単語が浮かんだが、それが口から声となって出ることはなく、代わりに何の感情も映していない冷ややかな目で後輩を睨み付けた。無言の圧にヒクリ、と麻倉が頬をひくつかせる。
「…………わかりました。忘れるのは多分無理なんで二度と思い出さない事にします」
「それでいい」
自分の休日に和人の妻が研究所を訪れたと知った時、どんなに頼んでも誰一人として画像はおろかその名前も容姿すら教えてくれない事にずっと疑問だった麻倉だったが、和人はもちろん松浦までもがその隠蔽に関与していると知って、とりあえず決して触れてはいけない類いの話題なのだと胸の奥底にしまい込む。
ならば、と話題を変えようと室内を見回して無意識に袖をさする自分の手に気づいた。
「それにしても、この部屋の空調、ちょっと冷房がキツくないですか?」
壁に取り付けてある表示を見ると、結構な温度設定になっている。
「そうだな、外から入って来た時は気持ちよかったが、慣れてくると少し寒いな」
「よかったぁ。ここで桐ヶ谷さんに丁度良いって言われたら、オレ、風邪ひくところでしたよ」
「まあ、こういう感覚は人それぞれだし」
「そうですよね。うちのスタッフルームは女性陣が強いんで冷房温度も高めですから、時々廊下の方が涼しいくらいで」
「やはり一般的に女性の方が冷房に弱いんだろ……う…………」
何を思い出したのか話を途切れさせた和人は焦ったように自らの鞄から素早く携帯端末を取り出し、麻倉の存在を無視して起動画面を確認するやいなや誰かにTVコールをかけた。
少し長い呼び出し時間を経て小さく「うにゅ?」と寝ぼけた声が端末から聞こえてくる。
「明日奈っ、悪い、寝てたか?」
「んんぅ……か……ずとくん?……ど、したの?」
思い出さないと決意したばかりの人名が耳に飛び込み、好奇心に負けて和人の背後からこっそりとその画面を覗き見た麻倉の目には落ち着いた色の少々だぼっとしたパジャマを身につけた女性が目をこすりながら首を傾げていた。少し乱れた栗色のロングヘア、すっぴんとは思えない艶のある唇があどけなく開き、加えてはだけたパジャマの襟元からはきめ細やかで真っ白な首筋とその下の鎖骨までもが晒されている。
思わずごくり、と鳴った喉の音を和人の耳が拾わなかった事にひとまず安堵した麻倉は続く和人の言葉に目眩を覚えた。
「寝室のエアコンの温度かなり下げてあるから。ちゃんと設定し直したか? いつもはオレが抱きしめてるから丁度いいだろうけど、明日奈一人だ……と…………」
そこでまたもや言葉を続けられなくなった和人はひたすら画面に映っている妻を凝視している。少しして夫の声が聞こえなくなった違和感に気づいた明日奈はゆるゆると意識を覚醒させて「和人くん?」と問いかけた。画面の向こう側で唖然とした表情のまま固まっている夫に純粋な疑問の視線を送るとみるみるうちに和人の頬が染まっていく。
「明日奈……その格好……」
「格好?…………きゃぁっ、みっ、見ちゃダメぇ」
慌てて自分自身の身体を隠すように片腕を回すが、やはりサイズが合っていないのだろう細い腕はパジャマの袖をまくり上げた状態の中から伸びている。和人に指摘されて瞬く間に顔から首に至るまでを見事な朱に染め上げた明日奈は恥ずかしさからプルプルと身体を震わせていた。その姿を画面越しに見せられた和人もまた頬の赤みを濃くしている。
「それ……オレのだよな?」
もはやどうやっても誤魔化せないと諦めたのか、ゆるい襟元を片手でかき合わせてから明日奈は真っ赤な顔のまま神妙に頷いて目線を下げた。
「ううっ……ごめんなさい」
「怒ってるわけじゃないよ」
「でも、勝手に借りちゃったから、和人くんのパジャマ」
「別にいいんだけどさ、なんでまたオレのを……」
問われて明日奈は視線を合わさずにポソポソと可聴音量ギリギリで唇を動かした。
「たまたま……ちょっと、その……間違えて……」
しかしそこまで言うと何かを振り切るように決意の表情で茹で上がった顔を勢いよく上げ、和人に言い切る。
「…………べっ、別に和人くんの匂いに安心するとかじゃ全然ないんだからっ」
そこまで言うと震えるだけの口を噤んでいたたまれなさに今にも泣き出してしまいそうな瞳から限界まで溜まっていた恥じらいの涙が彼女の意志に反して火照った頬の上を流れ落ちた。
一部始終を見聞きしていた麻倉は完全に動きを止め、口をぱかーんと開けて「ナンデスカ?、アノ絶滅危惧種レベルに可愛いイキモノは……」と声にならない己の呟きをふわふわと吐き出している。
一方、流れ落ちた涙を「あっ」と声に出した明日奈が慌てて手の甲で拭き上げ、すんっ、と鼻を鳴らすと、そこに低く静かな和人の声が届いた。
「明日奈、絶対、明日の夜には帰るから」
……翌日、一時の休憩も取らずに無表情で淡々と復旧作業をし続ける和人を見守るように観察していた第三分室のスタッフ達は高速で切り替わる多数のモニター画面に酔い、一人、また一人と脱落していく。同行して来た麻倉も段々と顔色が悪くなり思わず「うっ」と片手で口元を押さえた時だ、カタッ、と立ち上がった和人は長めの前髪をかき上げ、短く息を吐き出してから「後は平常値の最終チェックだけだからお前に任せた」と言うなり荷物を抱えて足早に立ち去っていく。
既に白衣を脱ぎながら遠ざかっていく後ろ姿に向け、蒼白の顔色ながら「了解です」と痙攣する口元で引き継ぎの受諾を告げた麻倉に分室長がよろめきながら近づいてきた。
「あの、桐ヶ谷氏は?」
「一足先に帰るそうです」
「はぁっ!?」
「アノ人、今日中に絶滅危惧種を捕獲・保護しなきゃならないんで……大丈夫ですよ、後はオレが最後まで責任持ってやりますから」
麻倉は気分の悪さを吹き飛ばすように両手で自分の両頬を叩きながら「それくらいしないと、トップシークレットを覗き見た事、許してもらえませんからねぇ」と呟くと、その若さに似合わず「どっこらしょ」と口にしながら和人が腰掛けていたイスに座り、両手を擦り合わせて「さて」と全画面を一瞥し、大きく息を吐き出した。
「オレも最終便には乗りたいですからね、飛ばしていきます」
そう告げ、一瞬だけ昨晩の幻かと思えるほど可愛らしい稀少生物の姿を思い浮かべてモチベーションを上げた麻倉は口元を綻ばせて作業に取りかかった。
お読みいただき、有り難うございました。
正確には「人肌恋しい」で使う言葉ですが、この二人の場合「恋しい」のが誰の
「肌」なのかは完全に決まっていますので、不特定多数を連想しそうな「人」は
省かせていただきました。
「癒やし系一点集中攻撃型意地っ張り属性」……はい、完全にキリトの理性一点に
絞って無自覚に集中攻撃してます、アスナさん(笑)