ソードアート・オンライン《かさなる手、つながる想い》   作:ほしな まつり

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お待たせ致しました、後編です。
明日奈が来訪していた桐ヶ谷家(自宅)に帰ってきた峰高氏、夕食の支度を
している明日奈と和人の所に加わって話をしていると、和人の携帯端末が
鳴り……。


息子の宝物・後編

急いでリビングのテーブルに置きっ放しになっていた端末を手にした和人が表示を見て「あれ?、スグだ」と呟いてから通話を始める。

 

「スグ、どうした?、もう夕食になるぞ…………えっ?、なんだよ、それ。折角アスナが来て…………まあ、そりゃあそうだろうけど…………そうだ、父さんも帰ってきてるんだ……から…………はっ?!、なに言って……おいっ、ちょっとっ、スグ!」

 

どうやら一方的に回線を切られたようで、端末をジッと睨んでいる和人の目はその遙か先にいるであろう妹に視線を送っているようだった。

和人の言葉しか聞こえていない明日奈と峰高氏は揃って疑問の表情となっていたが、先に父親である氏がどうやら息子を困らせたらしい娘の様子を聞いてくる。

 

「和人……直葉がどうしたんだ?」

「あ……ああ、今晩なんだけど、母さんは帰れないって言ってたからスグとアスナと俺の三人で夕食を食べて、アスナはそのままスグの部屋に泊まっていく予定で……」

「直葉ちゃん、遅くなりそうなの?」

「いや、アイツ、部活仲間と恋愛話で盛り上がって、明日は休みだからそのまま友達の家に泊まっていいか?、って」

「おいおい」

「普段なら『泊まるからっ』で済ますヤツなんだけど、今晩はアスナが来てくれてるから、一応気を遣ったんだろうなぁ。でも父さんが帰って来てるって言ったら『お父さんがいるなら私がいなくても、お兄ちゃん、アスナさんに変な事出来ないからいいよね』って……」

「ふぇっ?」

 

一瞬、意味を理解できずに上ずった声を上げた明日奈だったが次にはパッと頬に朱を注ぐ。

 

「『恋愛で悩んでる友達を放っておけないよっ、お兄ちゃんだってアスナさんっていう素敵すぎる恋人がいるんだから悩みも色々あるでしょ』とか言って勝手に切られた……ああ、あと最後に『アスナさんが作ってくれた私の分のおかずは絶対に残しておいてね』だってさ」

 

いくら端末を睨んだところで事態は好転しないと諦めた和人がお手上げとばかりにおどけた仕草で両手を軽く持ち上げた。多分、直葉にかけ直しても呼び出しには応えないだろう。最悪電源を切っている可能性もある。直葉らしいと言うべきか一度口にした事はやり通す芯の強さはいかなる状況にも適応されるようだ。

娘の長所であり、時には短所にもなりうる性格を十分承知している父、峰高氏もこれ以上強引な手立てに出る気はないようで、少し遠い目をしつつ長い溜息を吐き出した。

 

「他所様の大事な娘さんが我が家で料理をしてくれて、うちの娘は私の帰国を承知した上で外泊とは…………やれやれ、我が家は大丈夫なのか?、和人」

「あー……、まあ自己責任の覚悟と自立心は大いに培われていると思うよ」

「……そのようだな」

 

長期に渡り単身で海外赴任をしている身としてはこれ以上言うべき権利はないと考えたのだろう「我が儘な娘で申し訳ない、明日奈さん」と困った笑みでわびの言葉を口にする峰高氏に明日奈はふわり、と軽やかな笑顔を返した。

 

「いいえ、直葉ちゃんとはまた機会がありますから。それに今夜はおじさまと晩ご飯をご一緒出来るので……こちらの機会の方が滅多にないですよね?」

 

少しふざけた口調で直葉の件はまるで気にしていないと言いたげの明日奈は「お料理、だいたい出来ましたから食べましょうか」と話を締めくくると既に大皿に盛りつけてある料理を指さして和人に視線を向ける。

 

「じゃあ、このロールチキン、直葉ちゃんのリクエストだったからちゃんと取って置いてあげてね」

 

切り口をしげしげと観察した和人が「アスナ、黄色いの、何?」と疑問を口にした。

 

「スイートコーン。今日はニンジンとアスパラを一緒に青じそで巻いたの。だからタレも和風にしてみたんだ」

「この前のはチーズが入っててタレはトマトベースだったよな」

「うん、よく覚えてるね。今日は二種類タレを作ってきたからおじさまと和人君はピリ辛の方でいい?」

 

色違いの小さな保存容器の片方を手にした明日奈が確認するように和人に尋ねると、和人の視線は明日奈が手にしていない方の容器へと注がれる。

 

「そっちは?」

「こっちは直葉ちゃん用に甘口なの」

「なら両方」

「え?」

「アスナが作ってきてくれたんだから、どっちも味わいたいだろ。ピリ辛と甘口、半分ずつかけるよ」

「……」

 

まさか両方と言い出すとは思っていなかった明日奈の口が一瞬止まると、その隙間にすぐ近くから「なら私も」と小さな声が入り込んで来て再び声を無くすが、次の瞬間には「ぷっ」と吹き出してから「ホント、似てるんだね」と楽しげに笑い「じゃあ、二つとも用意します」と、かしこまった口調で二人のリクエストに応えたのだった。

 

 

 

 

 

ことんっ、と微かな音に驚いて明日奈が振り返れば、そこには二時間ほど前に「おやすみなさい」を言い合ったパジャマ姿の恋人がキッチンの入り口に立って、明らかに困った笑みを浮かべている。

 

「どうしたの?、キリトくん。あっ、もしかして、水音、二階まで届いちゃってた?」

「いや、オレもちょうど喉が渇いて下に行こうかと思ってたとこ」

「寝て……なかったの?」

「うん、だから起こされたわけじゃないよ」

 

微妙な笑顔のままシンクでコップを洗っていた明日奈の前をスタスタと通り過ぎ、冷蔵庫まで移動した和人が中から冷茶の入ったジャグを取り出すと、すかさず目の前に新しいコップが差し出される。

「さんきゅ」と受け取ったコップに飲み物を注ぎ、喉が渇いて、と言った割りには一口しか口を付けずにコップをキッチンカウンターに置いた和人は改めて「アスナは?」と問いを投げかけた。

 

「え?」

「客間の布団で寝付けなかったんじゃないのか?……知らない部屋だしいつもはベッドだろ?」

「そんな事ないよ、京都の本家や宮城の祖父母の家に泊まる時はいつもお布団だったからベッドじゃなくても大丈夫」

「でもさ、スグと二人で寝る予定だったのが、急遽殺風景な部屋でひとりになっちゃったから……」

「初めてのお部屋でも全然気にしないし……むしろホテルの部屋なんかよりキリトくん家の客間の方が落ち着くくらい」

 

そうなのだ、さすがに部屋の主が不在なのに明日奈の布団を直葉の部屋に敷くわけにもいかず、結局一階の客間で寝てもらう事になったわけだが、どうりで客間の押し入れにあった布団一式を手際よく準備していると思ったら京都や宮城での経験が生かされていたらしい。

ならば自分とは違い、本当に喉が渇いて起きてきただけなのかと和人が認識しかかった時だ、今さっき自らが使ったコップを食器戸棚に戻すため自分に背を向けた明日奈の動きに違和感を感じて咄嗟に後ろから腕を掴み、その手にあったコップを奪い取った。

 

「きゃっ……なっ、なに?」

 

突然の出来事に足がもつれるが、そこはしっかりと和人が支えて事なきを得る。綺麗に洗浄されたコップを彼女の代わりに元に戻してから和人は視線を落としてほっそりとした明日奈の白い足を凝視した。

 

「アスナ……足、痛いんじゃないのか?」

 

疑うように険しい表情の和人を見て明日奈は一瞬、目を丸くしたがすぐにそれを細め、安心させるように笑顔を返す。

 

「ううん、大丈夫。痛みは出てないよ」

 

しかしその返事を聞いて益々和人の目が疑惑の色を濃くした。

 

「痛み、は?……なら他の自覚症状があるのか?」

「えっ?、違うよ、キリトくんてば、そういう意味じゃ…………わわっ」

 

いきなりしゃがみ込んで明日奈の片足に触れた和人が「えっ?」と驚きの声をあげる。

 

「アスナっ、こっちの足先……すごく冷たくなってる」

「キ、キリトくん、あまり大きな声は……」

「そんな事言ってる場合じゃないだろ。とにかくオレに掴まってリビングのソファに」

「ホントに大丈夫なの。ちょっと痺れてて感覚がないけど一人で歩けるし……」

 

自身の足の事よりも和人の声の大きさをしきりと気にしている明日奈に対して諦めたように鼻から息を抜いた和人は「わかった」とひとこと簡潔に告げて明日奈の腰に手を回した。

 

「小声で話せばいいんだろ。だけど手は離さない」

 

和人に密着された明日奈は一瞬、困ったように笑うが思うように力が入らない足は彼のお陰で負担も和らぎ身体の安定感も得て気づかないうちに張り詰めていた緊張が緩む。「ありがとう」と素直に口にしてゆっくりと二人ひとつでソファに移動すれば、腰を落ち着けた時には思わず揃って安堵の息が出た。

 

「ごめんね、キリトくん、迷惑掛けて。でもこれくらいはたまにあるし、朝には治ってるから心配しないで」

「アスナ……はいそうですか、ってそのままになんかしておけるか。とりあえず温めた方がいい。蒸しタオルとお湯を用意するから、その間は大人しく座ってろよ」

 

座ったのも束の間、素早くソファから腰を浮かせた和人に明日奈は焦って声を掛ける。

 

「えっ?、もう遅いからいいよ。キリトくんだってそろそろ寝ようとしてたところでしょう?」

 

振り返ったキリトは半眼となり何とも言えない表情で明日奈を見つめた後、反論を許さない口調で言葉を押し付けた。

 

「このままだと色んな意味でオレが眠れない」

「…………」

「とにかく、そこにいて。すぐに用意する」

 

そう告げてリビングを出て行った和人は程なくしてタオルと盥(たらい)を手に戻って来ると、タオルをキッチンの水道で湿らせてから電子レンジで温め、盥はそのままに電気ポットでお湯を沸かし始める。先に出来上がったホカホカのタオルを持ち明日奈の所に戻って来ると足下に跪いて彼女の足を包み込んだ。

思わず「ふぁっ」と快感の声とも息とも判別しづらい空気を吐いた明日奈を見てようやく和人も気を緩める。

 

「感覚……戻ってきたか?」

「うーん……足首のあたりはなんとなくだけど……」

「明日奈は肌が白いから血行が悪くてもわかりにくいな」

「そうかな?、でも寝られなかったのは足のせいじゃないから、本当に気にしないでね」

「……って事はアスナも何か他に原因があって寝られなかった、って事か?」

「あ……」

 

つい口を突いて出てしまった本音を今更誤魔化すことも出来ず、ほんのりと頬を染め、視線を泳がせたままの明日奈の足下で和人は僅かに口の端を上げる。

 

「なら、足を温めている間、アスナが寝られなかった理由を聞くことにするよ」

「えっ!?、それは……ちょっと……」

「なに?、オレには言えないような事?」

「そういうわけじゃ……ないような……あるような……」

 

珍しく煮え切らない口ぶりに和人が上目遣いでひと睨みすると明日奈は観念したように重たい口を開いた。

 

「あのね……お夕飯の前の電話で……直葉ちゃんが言っていた事が……」

「スグからの電話で?……何を?」

「その……キリトくんの傍に私がいる事で色々悩みがあるって……」

「あー……あれか……。言っとくけど、別にスグに何かを相談したわけじゃないぞ」

「うん。でも何か心当たりがあるような感じだったから……」

 

相変わらずの洞察力に見上げてる状態だった和人の目が瞬く。それからすぐに、くっ、と小さく笑うと明日奈の足を包んでいたタオルを丁寧にたたみ直してまだ温度の高い部分を探し、再度押し当てた。

 

「悩みって言うかさ……やっぱり《あっちの世界》にいた時とは違うなぁ、って少し戸惑ったって言うか……」

 

言われた言葉の中の単語にぴくり、と反応を見せた明日奈の眉が心細そうに垂れる。

 

「やっぱり……細剣使い(フェンサー)じゃない私だと……」

「ああっ、そうじゃないよ。そういう意味じゃなくて……ごめん、言葉が足らなかったな」

 

慌てて自身の言葉を否定した和人が明日奈に向け優しく微笑みかけた。

 

「アスナの事じゃなくて、アスナに対する周りにって意味だよ」

「私の……周り?」

「そう……《あっちの世界》だと血盟騎士団の副団長って肩書きもあったし、何よりアスナの雰囲気がさ……その、割とツンツンされていらっしゃいましたよね?」

「ふへっ?」

 

突然の丁寧語に加えて一瞬、言われた意味が把握できずに開いた口の形から飛び出たままの声を発してしまったが、その唇はすぐに固く閉じられ、加えてぷるぷると振動を起こし始める。《あの世界》でも何度か似たような場面に出くわした経験を持つ和人は当然そのリアクションも予測して、彼女からお小言を頂戴する前にさっさと話を続けた。

 

「だけどさ《こっち》に戻って来てからのアスナはなんだか……その……やわらかくなったって言うか……もちろん、オレはずっと前からアスナのそういう所も知ってたけど……きっと《あっちの世界》にいた時ならアスナの事を遠目で見ていただけの連中が……つまり……」

 

なんだか貶されているのか褒められているのかわからなくなった明日奈は最後の「つまり?」の部分だけを繰り返して小首を傾げる。

 

「普通に声をかけてくるだろ?、更には告白とか……」

 

そう言って視線を明日奈の足に落とした和人はタオルを手にして温度を確かめると、既にぬるくなってしまった事に気づいて自分の脇にそれをよけた。一方、明日奈は確かに告白めいた手紙や呼び出しは受けているが、そこは誠意を持ってはっきりとした態度を示しているので何の後ろめたさもなく「キリトくん」と彼の頭を見下ろす形で名を呼ぶ。

 

「私、ちゃんとお断りしてるよ」

「うん、知ってる……でも、学校に通い始めてから後を絶たないよな」

「う゛……」

「……オレから奪えるって思われてるのかな、って……」

 

うつむいているせいで和人の表情が読めない明日奈が焦り声を上げるのと、自分の足に和人が触れるのは同時だった。

 

「そんな事っ、ひゃっ」

 

《現実世界》に帰還した後、懸命にリハビリに励む自分の足を病室で何度か和人にマッサージをしてもらった事はあるが、今のそれはあの時のものとは確かに何かが違っている。医者から運動制限を解除された後、既に文字通り身も心も和人に奪われている明日奈だったが、未だ自分の身体を気遣ってくれている為、その回数は数えるほどしかなかった。

 

「まだつま先の方は冷たいけど、足首周りは感覚、戻ってきたんじゃないか?」

「うっ……ん……」

 

足首からふくらはぎへと和人の手が優しく移動すれば、それに伴って腰から背中へ電流のような感覚が這い上がってくる。前面に手が回って陶器の曲線を愛でるように手の平全体を使い、吸い付くような肌の感触を確かめながら撫で下ろされると、そのまま足の甲まで降りてきてもう片方の手と一緒につま先を上下から挟み込まれた。

 

「この辺は?、オレが触ってるってわかるか?」

「な……んとなく。多分……何かにぶつけたりすれば……わかる……程度には……」

「少し強めの刺激ならってことか……」

 

途端に顔を寄せようとした和人に明日奈が音量を気にしつつも「ダメっ」と制止の声をぶつける。

その声に一瞬動きを止めた和人だったがゆっくりと首を回して視線を上げれば、そこにはいつの間にか頬を朱に染め上げ涙目になりながらも恨みがましい目つきで睨んでいる明日奈の顔があった。

 

「別に本気で噛んだりはしないけど……どのくらい感覚が戻ってるのか確かめるついでに……」

 

言外に何をされてもほとんど感じないのだから、と言われているのは理解できたし、自分でもその通りだと思うのだが、それでも感情は納得してくれない。《現実世界》で初めて想いを確かめ合った時、和人はまさに隅から隅まで、それこそ髪の毛の一筋まで残さず明日奈を味わい尽くした。《仮想世界》で幾度となく同じように交わっていたはずなのに、彼から与えられる感触と様々な匂い、欲を孕んだ瞳色に耳に容赦なく忍び込んでくる生々しい音と互いの息づかいや嬌声といった五感を刺激する全てが《あの世界》の比ではなくて、お陰でそれ以来少しでも熱を持った瞳で見つめられたり、手で触れられたりするとすぐに心が反応して心臓が早鐘を打ち始めてしまう。

そんな状態ではいくら感覚がないとは言え和人の唇が自分の足先に触れるのを見た途端、一気にあの時の感覚が蘇ってくるのはわかりきっていて、既に先程の触れ合いで揺れ始めている気持ちを払うように明日奈は強く首を横に振った。

 

「だめ……おじさまがいらっしゃるのに……」

「どうせ移動疲れでぐっすり寝てるよ」

「それでも……きっと……声、我慢でき……ない……」

 

そうまで言われてしまっては無理矢理にでも、という選択肢は和人にはなかった。

タイミング良く電気ポットが沸騰を告げ、和人はそっと明日奈の足を床に置いて立ち上がると持って来た盥に熱湯をあけた後、水を足しながら適温を計る。

それから重さを感じさせない機敏な動きでお湯を張った盥を明日奈の目の前まで持って来ると、先程まで自分の手の中にあった白くて細い足を何も言わずに持ち上げてゆっくりと湯の中に沈めた。

全てをやり終えるとソファに座ったまま恐縮した声で「有り難う」と言う明日奈の隣に腰を降ろし、不機嫌な声をだす。

 

「我慢できないのはオレの方だよ……」

「え?」

 

身体ごと寄り添うように密着させると和人は更に明日奈に顔を近づけた。

 

「同じ屋根の下にいて別々の部屋って……それで普通に寝ろって言う方が無理だろ」

「そ、それは……でも、私、もともと直葉ちゃんのお部屋に泊めてもらうはずだったし……」

 

僅かに細められた瞳の奥、薄暗がりの部屋の中でもハッキリとわかるほど漆黒が艶めいている。

 

「うん、それはそれで隣の部屋とか……実現してたら拷問だったなぁ」

「キリトくん……」

 

更に明日奈の耳元まで唇を寄せた和人は自嘲気味に息を吹きかけた。

 

「本当を言うとさ……今日は父さんにまで威嚇した自分に戸惑ってるんだ」

「ふえっ?!」

 

耳を刺激した弱い息と言葉の意味が驚きだけではない感情を引き出し、思わず高く飛び出してしまった反応に「アスナ、声」と言う低い響きの後、咎めるように明日奈の桜唇を塞がれる。けれどそれもすぐに解放されて、自由になった口からは先程と同じ台詞が再び飛び出した。

 

「だっ、だから、おじさまがっ」

「わかってる、さすがに父さんが寝てる近くでアスナに手をだそうとか、そこまで理性は吹っ飛んでない…………けど」

「け、ど?……」

 

怖々と続きを促す明日奈の声もまた確かに色を含んでいて、そんな少しの変化さえ見逃せずにいる余裕のない自分に対して、和人は何かを吹っ切ったようにひとつの妥協案を口にする。

 

「とりあえず今はお湯の温度が冷めるまで、このくらいはいいだろ」

 

そっ、と壊さないよう、大事に、優しく薄紅色に染まった頬を両手で包み込み動きを制してから愛しさの眼差しで否定の言を封じ、最後にどうしようもなく焦がれる想いで和人は明日奈にキスの雨を降らせ始めた。

静まりかえっているリビング内に軽いリップ音だけが無数に弾けている。

その音の後を追うように明日奈の小さくて短い吐息が混じり始めると、和人はその息を吸い取るべく彼女の唇と自分のそれを重ね内側からも柔らかな部分を愛おしむ仕草で撫でた。

そうして足湯の温度が下がるより前にすっかり茹で上がり蕩けきった明日奈と、その顔を満足げに見つめて大切に己の胸元へ抱き込んだ和人の二人がリビングのソファで未だ互いの温もりを享受している時、すぐ近くには時差ボケで眠れない峰高氏が喉を潤す欲求を満たせず廊下に佇んだままキッチンへ足を踏み入れるタイミングを計りかねていたのだった。




お読みいただき、有り難うございました。
峰高氏が水分補給を出来るのはいつでしょう(苦笑)
足湯が冷めるまで、という時間制限があるので、あともうちょっとだけ
我慢していただければ……きっと……。
次回こそ、学校モノをお届けする……と思います。

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