ソードアート・オンライン《かさなる手、つながる想い》   作:ほしな まつり

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ご本家(原作)様の『SAOP』5巻の発売を祝しまして。
桐ヶ谷家に晩ご飯を作りに来た明日奈が空いた時間を和人と一緒に
リビングで過ごすお話です。
久々の【いつもの二人】シリーズですので、今回は和人視点です。
(かなり前の投稿に『黒と白の行方』がありますが、全く関連性はありません)


【いつもの二人】白と黒の反転(リバース)

「えっ?、アスナ、今まで一度もやった事、ないのか?」

 

あの鋼鉄の城に囚われていた間も、時折こんな風に「ほんとに?」「まさか?」「もしかして?」と彼女のリアルの生活環境を想像した事はあったが、実際、予想していた通り、明日奈が世に言う都会のお嬢様育ちだった事実を知った今でも同種の驚きを感じる事がたまにある。

そんなオレの素直な反応に対し気恥ずかしさに頬を淡く染めつつも、同時に眉を盛大にハの字にした明日奈は桜色の唇を尖らせた。

 

「だって家になかったんだもん」

「ネットのフリーゲームでいくらでも出来ますけど……」

 

この手のボードゲームは逆にどこにしようかと悩むほどネット上にあふれている。とは言ってもやはり最初は実際の盤上で家族や友人を相手にいちから覚えるのが一般的だろう。かく言うオレも小さい頃は散々直葉の相手をさせられたものだ。

一体、結城家の兄妹は幼い時、何をして遊んでいたのか、と疑問に思ったのが顔に出てしまっていたようで、明日奈は口に出してもいないオレの質問に答え始めた。

 

「兄さんとよくやったのはトランプかなぁ」

「ああ、なるほど。確かにそれもあるよな」

「お母さんにはカードゲームをするなら百人一首にしなさい、って言われて頑張って覚えたりもしたけど……」

「……それって競技かるたの事か?」

 

確かに無料ゲームサイトの中に存在はしているが、あまりカードゲームという認識のなかったオレは明日奈につられるように眉をうねらせた。それにしても、さすが、と言うべきか、やはり、と言うべきか親に言われて百人一首をきちんと覚えるあたりは彼女の生真面目さを物語っている。

 

「でも手軽に遊べるのはトランプでしょ?、けど兄さんが二人だと面白くないって言い出して……」

「まあ、そうだろうな」

 

これも二人兄妹あるあるなのか、相手の手札がわかってしまう「ばば抜き」や「七並べ」は暇つぶしにさえならないほど面白みを感じなかったオレに対し、なぜか妹の直葉は毎回嬉々としてオレを誘ってきて、その度に「スグ、面白いか?」と尋ねると決まって「うんっ」と笑顔が返ってきていた。

確かうちでも何かのタイミングで兄であるオレが直葉に「面白くないから」とは言わなかったと思うが「別のゲームをしよう」と提案したのがきっかけで既に家にあったボードを母さんが出して来てくれた気がする。そして案の定、妹はそれにもすぐ夢中になったわけだが……。

 

「で、浩一郎さんと明日奈は次に何をしたんだ?」

「確か……その頃兄さんがハマってたチェスだったかな……」

「……なるほど……」

 

そっちデスカ、と言うのが正直な感想だった。

確かに子供の時はオレとひとつしか違わない直葉が相手だとトランプは別として、面白いと思う遊びにあまり違いは出なかったが、浩一郎さんと明日奈はそれなりに歳が離れている。当時の浩一郎さんの年齢を考えればかなり年下の、しかも異性である明日奈と遊ぶのはなかなか大変だった事だろう。それでも相手をしているのだから、やっぱり妹が可愛かったんだろうな、とオレは幼い日の二人の姿を微笑ましく想像した。

しかしトランプまでは共通だが彼女はそこから百人一首やチェスに移行していったわけで……やっぱり生活環境が違うと色々と違うもんなんだなぁ、と半ば感心していると明日奈は初めて手にしたらしい、まん丸いチップの表と裏の交互を熱心に見比べている。

 

「これ、どっちを使ってもいいの?」

「あー、確かちゃんとしたルールだと先手が黒で後手が白だっと思う。どっちの色を使うか、決め方は色々あるみたいだけど、そこまできっちりしなくてもいいだろ。アスナはどっちの色にする?……って聞くまでもないか」

「私が、って言うよりキリトくんが黒を使いたいんじゃないの?」

「さすがにそこまで黒にこだわる気はないけど……」

 

でも初めてならオレが先攻の方がわかりやすいか?、と思った時だ、玄関の扉を開く音がリビングまで届くと同時に「ただいまー」と言う直葉の声が飛んできた。数秒遅れてパタパタと廊下を移動する足音が大きくなり、リビングに入って来た直葉は開口一番「いい匂いーっ」と目を瞑って嗅覚に全神経を集中させている。

その様子を笑顔で見ていた明日奈が「おかえりなさい、直葉ちゃん、お邪魔してます」と迎え入れると慌てて直葉も「いらっしゃい、明日奈さん」と鞄を持ったまま近づいて来た。

 

「わぁっ、なつかしー。オセロだ」

 

オレと明日奈が向かい合って座っているソファの間のテーブルにはここ何年か日の目を見る事のなかった緑地に正方形のマス目が引かれたオセロ盤が鎮座している。素早くそれを見つけた直葉が驚きと喜びが混じった声を上げると明日奈が「キリトくんが出してきてくれたの」と説明を始めた。

 

「今ね、ポトフを煮込んでるから、その間、何かゲームでもしようって事になって……」

「あっ、この匂い、ポトフだったんですね」

「アスナが作るポトフはソーセージの他にも厚切りのベーコンが入ってて美味そうだぞ、スグ」

「ベーコンからもコクのあるおダシが出るし、他にも野菜の芯や皮を煮込んでるから深みのある味に仕上がると思うよ。それに普通はポトフに入れないけどゆで卵も入れて煮卵みたいに味を染み込ませてるから楽しみにしててね」

 

味の想像をしたのか直葉がごくんっ、と唾を飲み込む。

 

「でも、まだ煮込むんですよね?、だったら私もアスナさんとオセロやりたいっ」

 

昔からオセロ大好きっ子だった直葉の目は既にオセロ盤に釘付けになっていて、どうやら制服を着替えることなく明日奈と一戦交える気満々のようだ。初戦の相手はオレが、と思っていたのだが直葉は隣に腰掛けてきたかと思うと、すぐにぐいぐいと横からオレを押し出し「ほらっ、お兄ちゃんズレてよっ」と言って明日奈の正面を陣取ってくる。

それを苦笑いで受け入れたオレは大人しく妹に場所を譲り、口出しをする気はないが応援が必要なのは直葉の方かな、と予想を立て、改めてゲームスタートのコマの配置を伝えた。

 

「最初に盤の中央に白黒二枚ずつ並べて……お互い、白が右下になるようだよ、アスナ」

 

何を今更、と言った説明に隣から疑問の視線を感じてオレは明日奈がオセロ初挑戦なのだと教えると途端に直葉の瞳が期待に輝き始める。

 

「だったら私でも明日奈さんに勝てるかもっ」

 

随分と脳天気な憶測にオレはひくり、と頬を跳ねかせるだけにとどめて「だといいな」と慰めに近いエールを送ると、それを素直に受け取った妹は「うんっ、明日奈さん、私、昔からオセロは得意なんですっ」と爆弾宣言を投下した。

オレの記憶が大幅に改ざんされていなければ、ひとつしか違わないオレ相手でさえ直葉は勝てた事がなかったように思うが……もしかしたら直葉の方の記憶が大幅に改ざんされているのかもしれない。

 

「未経験者とは言え『攻略の鬼』のアスナに随分と強気な……」

 

聞かされているこっちが恥ずかしくなって小声で漏らすと、その二つ名がお気に召していない元副団長サマは、キュッとオレを軽く睨み付けてからこちらも元来の負けん気を発揮させ、直葉に向かって「手加減なしでいいからね」と正々堂々の勝負を挑んでいる。

かくして幼少の頃から百人一首やチェスを嗜んでいた明日奈と自称オセロが得意な直葉の対決が幕を開けたのだった。

 

 

 

 

 

パチ、と石が置かれると、すぐにパチ、パチ、パチ、パチとモノクロの反転する音が続き、その音に隠れるように「ぅっ」と小さな明日奈の呻き声が混ざる。

明日奈が白い石を置いて何回かパチ、パチと盤の上で音を響かせると、すぐさま直葉はその倍近い数の音を響かせていた。既に盤上は光沢のある黒に半分以上を覆いつくされ、緑の大地が残っているのは全体のほぼ四分の一、各地に点在している白が必死の抵抗をみせている。

明らかに誰がどう見ても明日奈の劣勢だが、それは宣言通り、直葉がものすごくオセロに強いわけではないし、初心者の明日奈が意外にも攻略に戸惑っているわけでもない。

隣で見ているオレには明日奈が打つ手の意味が痛いほどわかるのだが……要は単純に直葉相手に考えすぎと言うか、裏の裏を読みすぎているのだ。それで結局墓穴を掘る展開を強いられている。

直葉としては自然な流れで特に深く熟考もせずパチ、と置くだけでどんどん石が黒へとひっくり返って行くのが嬉しくて仕方ないらしく、鼻歌でも歌い出しそうに上機嫌なのだが、反対に可哀想なくらい追い詰められているのは明日奈だ。白い石を置けばおくほど黒の面積が広がっていく。

最初の予想に反して応援が必要だったのは明日奈の方だったか、と想定外の事実に対し、今から逆転は無理だが精神的なケアだけでも、とオレは自分までも追い詰められた心持ちで口を動かした。

 

「ほら、あれだな……オセロはルールを覚えるのは一分だけど、極めるのは一生って言われてるくらいだし……」

 

なにも初戦で負けたって落ち込む必要はないさ、みたいな言葉を続けようとした時、テーブルの横に置いてあった直葉の鞄の中からやけに陽気な音楽が流れてくる。それに気づいた直葉がすぐに音源である携帯端末を取りだして表示を見るやいなや、素早く立ち上がった。

 

「あ、友達から電話きちゃった。お兄ちゃん、交代っ」

「はっ?」

「私の続きで明日奈さんのお相手、よろしくっ」

 

既に勝敗がわかりきっていたせいか、何の未練もなくその場を離れた直葉は通話を始めながらダイニングテーブルに移動してはずんだ声で会話に夢中になってる。後に残されたオレは承諾もしないまま押し付けられた気分で少し恨みがましい視線を妹に送ってから渋々明日奈の正面に再び座り直した。内容的にはひっくり返る事はありえないと断言できる勝ち戦が盤上に展開されていて、逆に「これ、最後までやります?」とお伺いを立てたくなるくらい選手交代の無効化を切望したくなる。

ここまで圧倒的な差で『攻略の鬼』から勝ちをもぎ取った妹は人の気も知らずに後方で笑い声を発していて、惨敗間近の恋人に最後の印籠を渡す役だけを任されたオレは気まずさしかない。

とりあえず直葉の番だったので、代わりに石を持ち、三箇所ほど候補はあったがどこに置いてもさして違いはなかったので一番手近なマスに黒を上にして石を打った。皮肉なことにひっくり返せる白い石の相対数が少ない為、パチ、と音ひとつで明日奈の番となる。

しかしそこでオレは気づいてしまった……もう、明日奈が白い石を打てる場所がないことに。

 

「あ……」

 

更に遅れて気づいた事は、これで明日奈がパスをすれば次にオレが打ち、続けてもう一度オレが打つ。最後に明日奈が打って、残ったひとマスにオレが石を置けばゲームオーバーだった。かと言ってパスするしかない明日奈が打てる手はなく、そんな事は本人が一番よくわかっているはずなのに唇をむずむずと小刻みに動かしている。

初めてとはいえ勝負事にパスをするのが不本意なのか、負けるのが悔しいのか、さっきまで直葉相手の時は感情をコントロール出来ていたのに対戦相手がオレに代わると、ジッとオセロ盤を睨み付けていた視線がゆっくりと上がってオレを真っ直ぐに見つめてきた。

 

「う゛っ……」

 

未だきつく閉じた唇は微かに震えていて、眉は中央に盛大に寄り眉間に深いシワを刻んでいると言うのに、その下のはしばみ色はきらきらと潤み今にも泣き出しそうな目元はほんのりと朱色に染まっている。当人は自らの情けなさを堪えているのだろうが、オレにとっては羞恥に打ち震えるか快感に戦慄く様を想起させるばかりで、こちらの頬まで熱を持ち始めた。

 

「……アスナ、それ……反則だから……」

「ふぇっ?」

 

特にオセロの盤上をいじっていない明日奈としては自分の何が反則行為だったのか想像も出来ていないだろう。

 

「そういう事されるとオセロどころじゃなくなるし……」

 

オレは持っていた数枚の石をテーブルに置くと自分の弱さに頭を抱えつつ「結局勝てないのか……」と小さく心情を吐露してから気持ちを切り替え、と言うより感情に従い、テーブルの向こう側に移動して明日奈の腕を捉え、引っ張り上げた。

 

「えっ?、なに?、どうしたの?、キリトくん」

 

一瞬、ダイニングテーブルを振り返り、こちらに背を向けて友達との通話に集中している直葉の背中を確認してから、石を握ったまま戸惑いで一杯になった明日奈の顔を覗き込むと素早く耳元に顔を寄せる。鼻先で軽く栗色の髪をはらって耳たぶを探しだし唇で挟んでその柔らかな感触を楽しみつつ、ふちをぺろりと舐め上げた。

元々耳の弱い明日奈だが直葉が近くにいるので「ひぅっ」と短く息を飲み込むだけで耐えている。

これ以上本格的に舌を這わすと止まらなくなりそうだったので、オセロの勝敗が一旦頭から離れただろう隙を狙って明日奈の耳へそっと息を吹き込むように囁いた。

 

「スグは長電話確定だから、ポトフの火は落としてオレの部屋に行こう、アスナ」




お読みいただき、有り難うございました。
「白と黒の反転」は当然、オセロの事でもありますし、アニメの第8話のタイトル
『白と黒の剣舞』をもじっての二人の事でもあります。
なのであえて「白」を先に持ってきたのですが……なぜ黒(キリト・主役)が
後なのだろう、と今更に疑問に思ってしまいました(苦笑)
直葉の長電話が終わった時には、ちゃんと二人共リビングに戻って来ていて
キリトはアスナのリベンジに付き合っていることでしょう。
では、また5日後に……。
(ウラ話は15日にまとめますっ)

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