ソードアート・オンライン《かさなる手、つながる想い》 作:ほしな まつり
『うん、いいよ、和真くん…………でも、モンスターとの戦闘なんて随分久しぶりだから、上手に出来るか、ちょっと自信ないけど……』
母さんが笑顔で俺からの助っ人要請を快諾してくれた後、いつものようにほっそりとした人差し指を華奢なおとがいにあて、少し考え込むように首を傾げる姿を見た俺はそんな台詞が自分の想像とは全くレベルの違う心配だったのだという事をその時は知る由もなかった。
事の起こりは高校が夏期休業に入る直前、突然知らされた少し残念な報告からだ。
それは《A.L.O》で遊んでいるグループの中のひとつ、今現在は男性メンバーだけで構成されていて人数も中級程度のモンスター戦をするならギリという、良く言えば少数精鋭な集まりの内のひとりが親の仕事の都合で外国へ移住することになったという打ち明け話が発端だった。
海外でも今までと同じように《仮想世界》で遊ぶことは出来るが、いかんせん時差がある。なんとか時間の都合をつけても、今までのような全員揃っての長時間ダイブは無理だろうし、何よりまずは新生活に慣れる事を優先して欲しい。
そこで今のメンバーで集まるのはしばらく難しくなるだろう、と考え、記念に少しだけ難易度の高いクエストに挑戦しないか?、という話が出たのだ。
しかし、そこでひとつ問題が浮上した。
実はこのグループ、つい先日、唯一の女性メンバーだったヒーラーが同じグループ内で彼氏でもあった男性メンバーと喧嘩別れをしたとかで、一切連絡が取れなくなってしまったからだ。
ただでさえいつもよりクリアが難しい戦闘にヒーラーの不在はあり得ない。急遽、皆で知り合いのヒーラーをあたったのだが、海外行きの奴は引っ越しまでさほど日数がなく、かつ渡航準備等でそうそう時間も取れない為、条件に合うヒーラーが見つからず困り果てた所でふと俺は自分の母の存在を思い出したのだ。しかし俺達が集うのは当然夜中なわけで、夜中に母さんを貸して欲しいと頼んだ場合……絶対、激速で父さんが拒否るだろうとダメモトで母にお伺いを立ててみたのだが……。
『お父さん、週末までお仕事で研究所に泊まり込みだって言ってたから大丈夫』
なんと、あっさりと母さんの協力を得ることに成功してしまったのだ……思いつく限りで最高のヒーラーと一緒にモンスター戦に挑める……なんとなく出来すぎのような気がしなくもなかったが、幸運の女神が味方をしてくれたのだと解釈して俺は金曜の夜に水妖精族の首都で落ち合う約束をし、この朗報を一刻でも早く伝えようとメンバー達にメッセを送ったのだった。
母さん……アスナさんを連れていつもメンバーが馴染みにしている酒場兼レストランに足を踏み入れると既に集まっていた仲間達が奥のテーブルから手を振ってくる。その合図に軽く手を上げてアスナさんを気遣いながら店内を進むと……《現実世界》と同じようにテーブルの横を通り過ぎる度にパタパタと客達が自分達へ顔を向け、視線を浴びせてきた。
そんな周囲からの色めいた羨望など全く意に介さないアスナさんは、トンッとブーツの踵を鳴らし俺の耳に顔を寄せてくる。
「こんなお店あったんだね。全然知らなかったよ。トウマ君達はいつもここに集まってるの?」
『桐ヶ谷和真』……一番最初と最後の漢字を使って名付けた俺のキャラクター名を戸惑いも見せず口にして、勿忘草色の長い髪をふわりと揺らしながら店内を眺めているアスナさんの横で俺は改めて自分の母の仮想、現実を問わない規格外じみた容姿に溜め息をついた。
元は十代の頃の姿をほぼ忠実に再現したアバターで、それをALOに持って来た時、髪と瞳が水妖精特有の色になったらしいが、今はアバターの年齢設定を二十代の成人型に移行させた為『以前は「綺麗でもあり可愛くもあるアスナさん」が今では「可愛い」のほとんどが「綺麗」に上乗せされ「もの凄く綺麗なのに時折可愛いアスナさん」へと変貌した感じだな』とはバンダナコレクターの父の旧友さんから聞いた話だ。
とにかく《現実世界》での母を見慣れている俺が特に違和感を感じないのだから、実際に高校の先輩が母の事を姉と誤認するのも無理はないなぁ、と店内にいた客の妖精達の頬が男女問わず見事にピンク色に染まるエフェクトを眺めつつアスナさんの問いに手短に答える。
「うん、ここってちょっと珍しい料理があるんだ」
「珍しいって?」
「ソースの味がしない焼きそばとか……」
「……トウマ君ってやっぱりキリト君似だよね……」
「ええっ、なんでっ?、とう……キリトさんって基本、美味しい物って言うかアスナさんが作ったのしか食べないよね?」
初めてALOにログインした時、風妖精族を選択して首都スイルベーンに降り立った俺を迎えに来てくれたのが父である影妖精族の『キリトさん』だった。その肩にいたピクシー姿のユイ姉にも手伝ってもらいながら、なんとか自力で飛行出来るようになった後、キリトさんはいきなり浮遊城アインクラッドの二十二層まで俺を連れて行ったのである。
今考えても飛行を覚えたての初心者にかなりの無茶ぶりだったと思うが、そのログハウスで俺の到着を待っていてくれたアスナさんの笑顔を見て、俺の疲労などたちまちに吹き飛んだのだ。
実際、ヨレヨレの俺を見た途端、アスナさんが回復魔法をかけてくれたせいもあったのだが、それから何回かアインクラッドでキリトさんと出掛ける時は必ずアスナさんが弁当を持たせてくれたはずで……と、そこまで記憶をたぐって、今の今まで忘れていたキリトさんとの男と男の約束を思い出す。
『アスナにはナイショだからな』
そう言って、確か一度だけ第五十層あたりにある食堂で「そば」っぽい物を二人で食べた事があった。味があるような、ないような、「そば」なのに「ラーメン」のような不思議な食べ物だった気がする。
『トウマ、どうだ?』とキリトさんに聞かれて『うん、なんだかよくわかんないけど面白い』と答えたら『よし、合格だ』と珍しく純粋に喜んでいるような笑顔を向けられて、それから二人で笑いながら「そば」っぽい物を完食したのだ。
「いやいやいや、ここ、ちゃんとした普通の料理もあるしっ」
全力で父親似を否定したい気分で首を横に振るが、アスナさんの目は半眼でちっとも俺の言葉に納得した様子がない。
「まっ、いいけど……それより早く紹介してよ、トウマ君」
いつの間にか最奥のテーブルを陣取っていた仲間達の元へと辿り着いていて、当然、全員の頬にも見事にエフェクトがかかっている。しかし一人だけ、ガタンッと椅子をひっくり返す勢いで立ち上がり自分の人差し指を真っ直ぐアスナさんに突きつけてくる奴がいた。
「アッ、アッ、アッ……アスナさーん!」
猫妖精族最強の視覚的武器とも言えるケモノミミと細長いシッポがちぎれんばかりに高速回転で跳ねている。
そうだった、このメンバー内で唯一《現実世界》で俺の母を知っている奴が「まんまアバター」のアスナさんの正体に気づかないはずがなく、おまけに母の大ファンである事を自認しているのだからそれはもう星が飛び散る勢いで目を輝かせていて、口からは思うがままの言葉が次々と飛び出してきた。
「ええーっ、なんでっ?、どうしてっ?、トウマが連れて来る助っ人のヒーラーさんってアスナさんなの?、うわーっ、俺、俄然ヤル気でてきたぁ!」
超ド級に興奮度マックスのコータを落ち着かせる為、俺は一旦アスナさんの傍を離れて奴の隣に立ち、肩を組んで顔を引き寄せ頭部のネコ耳に囁いた。
「コータ、アスナさんの正体、ここのメンバーにバラさないこと。あとこの件は父さんに内緒だから」
《現実世界》でのうちの家族の人となりを知っているコータは「父さん」という単語にピリリッ、と耳と尻尾を器用に震わせると、ぱちっ、と貝のごとく口を閉じ、無言で頭をウンウンと振りまくった。アスナさんがうちの父さんにどれほどの影響力を持っているのかを実体験しているコータは理解が早い。その反応速度に満足してコータを椅子に座るよう促してから、俺は再びアスナさんの元へ戻りこちらも空いている椅子の背を両手で引いて着座をエスコートする。
コータの反応に困惑気味ではあったものの「有り難う」と小声で言ってから綺麗な所作で椅子に腰掛けたアスナさんはぐるり、とメンバーを見回して今度は、ふわり、と微笑んだ。そこですかさず隣に座った俺は少々わざとらしく、こほんっ、と咳払いをしてから手の平をアスナさんに向ける。
「えーっと、今回、助っ人を引き受けていただいた水妖精族でヒーラーのアスナさんです。俺とは《現実世界》でも知り合いだけどそれ以上は詮索しない方向でよろしく。あっ、でも誓って彼女とかじゃないし、アスナさんには既に専属パートナーがいらっしゃるので、今回は本当に特別だから。そういった意味でも勧誘とかナンパは絶対になしでっ」
万が一にでもそんな事が父さんにバレたら俺は確実に《仮想世界》からも《現実世界》からも存在が消える……アスナさんの協力が得られると言うことは同時に自分の身の保持を心配しなければならないということで、それでも今回だけは俺にとっても特別なクエストだからと、もうすぐ日本を離れてしまうメンバーに顔を向けると、脳天気にもアスナさんを見つめ目尻と口元を垂らしている顔に少しだけ腹が立つ。
眉間に皺を寄せた瞬間、少しの間が空いて、そこに「はいっ」とメンバーの一人が発言を求めてきた。
「コータはアスナ……さんの事、知ってんの?」
美形の確率が高いらしいと噂されている水妖精族でもここまで神秘性を纏ったアバターはなかなかお目にかかれないせいか、はたまた既に俺とコータが「アスナさん」呼びをしているせいか、いつもならどんな相手でも呼び捨てにするキャラ名に自然と「さん」が付く。本名と同じだけにメンバーが母の名を呼び捨てするのは弱冠抵抗があったので、指摘せずに問われた内容を考えた。
確かに、詮索はするな、と言っておきながらコータだけは彼女を知ってるという状況は面白くないかもしれない。ログインする前、アスナさんからは「母です、って言っちゃダメなの?」と聞かれたが、さすがにこの年齢で母親と一緒にクエストというのはイタイ気がするし、今ではほとんどログインしていない母のステータスが未だトップレベルのプレイヤーと遜色ないのも現役としては妙に自尊心が傷つくし、何より母のアバターがリアルの姿とそれほど変わりがないなど、信じろと言う方が無理だろう。かと言って《現実世界》で会わせる気もないし、若作りのアバターだと思われるのも息子としては我慢出来ない。なので話せるギリギリのラインを探って口を動かす。
「知ってると思うけど、俺とコータは《現実世界》でも友達だから、アスナさんとも何回か顔を合わせた事があるんだ」
「へぇっ、アバター見てわかるなんて随分似せてるんだな。それに名前も……」
「ああ、この人、キャラクターネームに本名使ってるから」
「め……珍しい人だね」
「だってよく知らなかったの……」
「へっ!?」
「うわーっ、違うっ、違うっ、どんな名前にしたらいいか、よくわからなかったんだよねっ、ねっ、アスナさんっ」
俺の必死のフォローの意味が伝わったらしく、アスナさんが大人しく「うん」と首を縦に振った。
普通は本名とキャラクターネームを一緒にしないと知らないなんて、どんな初心者を連れて来たのかと思われてしまう……それでいて実力は超一流なんて説明できっこない。
「と、とにかくヒーラーとしての腕はかなりの人だから信頼できるよ」
俺の引きつった笑顔とは真逆の、その場を一瞬にして小春日和にするような柔らかい笑みで周りを包み込んでからアスナさんは改めて自らを名乗った。
「初めまして、アスナと言います。今日はトウマ君に頼まれてご一緒させて頂きます。モンスター戦は久しぶりなので上手く出来るかわかりませんが、精一杯、頑張りますね」
その笑顔を受けてその場の全員の顔にHPを一気に全回復したような安心感と高揚感が現れ、そのままの勢いでメンバー達の自己紹介が始まる。
一通り、俺以外の紹介が終わると肝心のクエストの中身へと話し合いは進んだ。事前に大まかな内容は俺から説明しておいたので、特にひっかかる部分もなく全員の認識が統一できたところで次にフォーメーションと動きの確認に入る。序盤、中盤、終盤と今判明している情報を基に闘い方を組み立てていくわけだが、そんな話し合いの中でもアスナさんは終始笑顔でただ耳だけを傾けていて……この反応は俺的には少し意外だった。
さすがにこの場を取り仕切るとは思っていなかったが、もっと百戦錬磨のアスナさんらしくアドバイスだったり、注意点を口にしてくると予想していたのに…………逆に不安になって話が一息ついたところで、こっそりと耳打ちをしてみた。
「何か気になる所とか、ないの?」
「気になるって?」
「うーん、例えばこのメンバーで……」
とそこまで言いかけた所でアスナさんが「ぁっ」と何かを思い出したように小さく声を上げて内緒話をするように手で口元を隠しながら顔を近づけてくる。
「……もしかして、あのケットシーさんって……小太郎くん?」
終始へにょり、と耳を垂らしてアスナさんに見とれつつ懐っこい視線を送っていた対角線上の席にいるコータの顔を見つつ問いかけてきた内容に俺は少々脱力した。
えっと……気になるって、そーゆーのじゃなくてさ……でも、まあ、バレてしまったのなら隠す必要もないだろう。
「うん、そうだよ」
「やっぱりっ。なんかね、とっても雰囲気が似てるなぁってさっきから気になってたの」
確かに、本名の柴杜小太郎といい、性格といい、振る舞いといい、アイツほどケモノミミとシッポ付きアバターが似合う奴はいないに違いない。惜しむらくはイメージとしてはネコではなくイヌなんだけど…………って、そこはどうでもよくてっ。
どうやら俺とアスナさんの話題が自分の事だと目聡く察知したコータが、目元と口元を更ににんまり、とさせてこちょこちょと手を振ってくる。アスナさんも律儀に手を振り替えしているといつの間にか話がまとまったみたいでグループのリーダー格が立ち上がった。
「よしっ、そんじゃー行こうかっ」
途中、絶え間なく行く手を阻んでくる小物モンスターを倒しつつ目当てのラスボスのテリトリー前に到着した俺達は、それまでの戦闘で受けたダメージを回復させるべくポーションを取り出す。HPもイエローゾーンまでは達していないが、いよいよ最終決戦だし、ここまで倒してきた小物モンスターは一様に麻痺属性の技を繰り出してくる奴ばかりで、多少なりともその後遺症が残っていた。
少し手や足が痺れているといった程度だが、違和感は拭えなくて、それは皆も同じなのだろう、麻痺時間が切れるのを待つ間も仲間達はしきりと手首や足首をクルクルと痺れを振り払うように動かしている。
ただ、その中に一人だけクエスト開始から変わらぬ微笑みを浮かべたままのウンディーネさんが両手をぱちり、と合わせた。
「お疲れさま、じゃあラスボス戦の前にヒールするね」
小物モンスター戦の間はひたすら後方で俺達の戦いっぷりを授業参観よろしく静観していたアスナさんの右手に短杖(ワンド)が現れる。なぜ戦闘中にヒールを行ってくれないのか?、の疑問を後方のアスナさんにぶつける暇さえないほど次から次へと湧き出てくる小物モンスターのお陰でここまで来てしまったが、当然ここにいる全員が抱いていた思いのはずで、思わず「えっ!?」と声にならない声を吐いた為に見事に皆の口の形が揃った。
そしてその感嘆符と疑問符の中身は俺なんかより他の奴らの方がたくさん詰まっていることだろう。
まずは全くダメージを受けていない様子のアスナさんの笑顔だ。
戦闘には参加していなくても広範囲の魔法攻撃は受けていたはずなのに麻痺の「ま」の字も影響が見られない。しかし、それもそのはずでアスナさんはあらゆる種類の攻撃魔法において無効化のアクセを幾つも所有している……と言うか貢がれている、と言った方が正しいかもしれない。なぜならこれまた今現在でも悔しくもトッププレイヤーレベルを保持しているキリトさんがドロップアイテムの中に無効化関連のアクセがあると、当たり前のようにアスナさんに贈るからだ。
最近は戦闘系のクエストもしていないようだが、割と頻繁に俺が同行していた数年前は必ずと言って良いほどLAはキリトさんが取っていて、アイテムの配分となるとアスナさんが強請るでもないのに「ほいっ」と気軽に差し出して、アスナさんはちょっと苦笑気味に、それでも「ありがと」と言って受け取るのがいつもの光景だった。
女性向けのデザインだからかな、とも思っていたがアスナさんを「守る」事にかけては『異常なまでに固執してるのよ、アイツは』とは母の親友であるリズさんの言だ。
とにかく、ちょっとやそっとの魔法攻撃などアスナさんにとってはそよ風のごとしなわけで、指輪にしろイヤリングにしろバングルにしろ、どうやらその時々のモンスター情報に合わせて変えているらしく、唯一、常に装着しているのは何の効果もない左手の薬指のリングだけだ。
そして感嘆符と疑問符の第二の中身は出現した短杖だろう。
俺が「ヒーラーとしてかなりの腕」と評した彼女のワンドがあまりにも見た目がちっぽけすぎるのは同意できる。
あれが伝説級武器だなんて詐欺もいいところだ。
しかし皆の色々と中身満載の視線を一身に浴びているアスナさんは何の気負いもなく微笑したまま目を閉じて、その葉っぱが一枚だけくっついてる枝をまるでオーケストラの指揮者が演奏会の始まりを誘うタクトのように優雅に振った。
すると突然、彼女の姿を隠すカーテンのように詠唱したはずの大量の文字がパンッ、といきなり現れる。
と思った直後にはヒールは完了し、手足の痺れさえも止まっていた。
「え……今の……」
「高速詠唱?……いや、超高速詠唱?」
「俺、なんも聞こえなかったけど……」
「だって唇、動いてなかったろ?」
そうだ、俺達の視線は完全にアスナさんに集まっていた。なのに誰も唇が動いている瞬間を見ていなかったんだ。
「ちょっと待った……超高速詠唱できるヒーラーだって詠唱した文字は高速とは言え上から現れるよな?」
さすがにリーダー格のメンバーが冷静さを取り戻して今見たありえない現象を口にする。確かに、どれほど早く唱えようともシステムの都合上、文字は口から出た順番に表示されるはずだ。けれどアスナさんの場合は一瞬で全てが出現していた。
そんな俺達の驚きと困惑をよそに、アスナさんの優しい声がその場の空気を弛緩させる。
「よかったぁ。上手くいったみたいで」
こうなったら本人に直接聞くのが一番確実だろう、と俺は彼女の目の前に歩み寄った。
「アスナさん……今、詠唱した?」
「してないよ」
ちょこん、と小首をかしげて「ダメなの?」と問うような視線で見つめられてもこっちが困るんですけど……。
「なら、どうやって発動させたの?」
「んー、声に出すのって発動条件じゃないのよね。ほら、右手と左手の意識を切り離して片手ずつ左右連続で剣を振るうヒトがいるでしょ?、あれを見た時、だったら詠唱も自分の脳を『言った』ことにして騙せるんじゃないかな、って思って……」
「……無詠唱回復魔法ってこと?」
「そう。あっと言う間だからヒールが間に合わないなんて事態も防げるし、便利なの」
ほわんほわんとした笑みで己の脳を騙すなどという無茶苦茶な説明をしたアスナさんを前に俺は両肩を落として項垂れた。これって便利とか便利じゃないとかの次元の話じゃないよね。助っ人を頼んだ時、「久しぶりだから上手に出来るか自信がない」と言っていた内容がこれほどのレベルだったなんて、と俺は自分の推測の甘さに涙が零れそうだった。
しかも俺達全員のHP回復と同時に麻痺における状態異常回復も行っているのだからこれはもうアスナさんの存在自体が伝説級武器と言っても過言ではないだろう。
想像すら遠く及ばないハイスペックぶりに、この人をキリトさんの了承なくクエストへ連れ出した事がどれほどの禁忌を犯した事を意味するのか、今更ながらに実感した俺はアスナさんの実力を知って小躍りしている仲間達の中で一人頬を引きつらせたのだった。
お読みただき、有り難うございました。
すみません「助っ人……たち」と複数形になるのは後半です(苦笑)
クエスト攻略は主軸ではないので、あまり詳しく書きませんでした。
(私自身、RPGをしないので「詳しく書けない」が正しいかも)
後編も含めてですが用語等の使い方、間違っててもスルーでお願いします。
「ウラ話」も来月、まとめてお届けします。