ソードアート・オンライン《かさなる手、つながる想い》   作:ほしな まつり

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SAO「プログレッシブ」6巻の発売を祝しまして【いつもの二人】シリーズを。
今回はリズ視点でお届けします。


【いつもの二人】不測の事態

ランチタイムのカフェテリアはいつも混んでいる。特に外が季節外れの冷たい雨の日は温かい物が食べたくなるのは自然の摂理、万物の法則なのだ、と大宇宙の原理に従って、私、篠崎里香の目はメニュー一覧の麺類カテゴリーで「きつねうどん」と「たぬきそば」の間を何度も往復していた。

甘辛く煮た大きめの油揚げがちょっと平たいうどんにのっているこのカフェテリアの「きつねうどん」は絶品だ。

少し行儀が悪いけど、重い、とさえ感じる分厚い油揚げを箸で持ち上げてそのまま口まで運び歯で噛み切れば、じゅわっ、と濃いめの煮汁が口の中に染み出してきて、その余韻が残っているうちにうどんをすする……たまらない。

油揚げの上にパラパラ、と落としてある緑色の細ネギの小口切りがこれまた彩りを良くしていて、甘ったるくなった口の中で時折、ネギがそのキリッとした存在感を主張してくる。

方や、このカフェテリアの「たぬきそば」は具だくさんだ。

メインの天かすは中央にふんだんに盛られていて、その周りを囲むように薄く切った厚焼き卵とかまぼこ、茹でたほうれん草が栄養バランス抜群に配置されている。天かすは天丼や天ぷらそば・うどん用の天ぷらを作った時のものだから出来たてでサックサク。温かい蕎麦つゆに浸かっている部分はふにゃりと味が染み込んでいるし、それより上に盛られている部分はカリカリで二種類の食感が楽しめる……たまらない。

しかもここのそば、結構腰があってそば本来の風味も損なわれていないし、運が良いと蕎麦つゆもサービスしてもらえる。

 

「もう、どっちにするか、いい加減決めないと……」

 

何度自分自身に問いかけたか分からない言葉を口に出してみて、それを自分の耳で聞き取り、ちょっと自分を急かしてみた。

だって、既にカフェテリアの最奥の窓際の席にはキリトとアスナが待っているのだ。

 

いやいや、待ってないで先に食べてて、って言っておいたから多分大丈夫……なはず

 

ついさっきまでアスナも一緒にいてくれたけど、アスナは二人分のお弁当持参だったし……誰と誰の分かなんてのはわかりきっている……今日はまだ会ってないけど、キリトからはいつもの場所を確保した旨の連絡が入ってたから既に席にいると思われたので、メニューを決めかねていた私はアスナだけを先に行かせたのだ。

けど、あの二人のことだから「少し、待ってようか」なんて言って私の到着を待ちながら仲良くお喋りでもしてそうなのよね、と充分あり得る事態を想定して、私は自分の決断力をフルパワーに上げ「きつね」か「たぬき」か、どっちを選ぶべきなのかっ、と自分の胃に詰問していたのに、すぐ横を通った男子達の会話から「桐ヶ谷が大変だったんだ」という小さな声を拾った直後、一瞬で「きつね」と「たぬき」を蹴り飛ばし、その男子生徒の制服の端を掴んでいたのだった。

 

 

 

 

 

『ええっと……ですね、今日の午前中、移動教室に向かう途中で桐ヶ谷を含めた俺達数人が階段を上がろうとした時、少し前にいた下級生の女子が上から勢いよく駆け下りてきた男子とぶつかって、落ちてきたんです……と言っても二段か三段くらいですけど……でも打ち所が悪ければ大ケガですよね。その時、俺の隣にいた桐ヶ谷が咄嗟に彼女の背中を支えようと片手を伸ばして……』

 

どうやらキリトと親交のある男子生徒から聞き出した話では階段途中でバランスを崩した女生徒を助けようとしたアイツはそのまま自分もその女子と一緒にコケて手首を捻挫したらしい。

 

見知らぬ上級生の女生徒にいきなり制服を掴まれ、詰め寄られ、問いただされて、弱冠……かなり怯えてたっぽいけど、事情をわかりやすく説明してくれたあの男子は良い奴だわ、うん。

 

そいうい事なら……、と逃げられないよう満身の力で握っていた制服から手を離し、笑顔で御礼を言って解放してあげた男子生徒とその仲間達を見送った私はとりあえず適当な食券ボタンを押して昼食メニューを決めると……ちなみに運任せで出てきた食券は「カレーうどん」だった。私、昨日もここの「カレーライス」食べたばっかりなのよね……速攻で券を現物に引き替えてカラトリーコーナーへ急いだ。

自分用の割り箸と一緒にフォークと、一瞬迷ってスプーンにも手を伸ばす。

それらを素早くトレイに乗せて最後にセルフサービスのお水をコップに注ぐと私はキリトとアスナのいる席へ足早に向かった。

 

ここからは先は時間との勝負だ。今日、アスナが用意してきたお弁当はおにぎりと和惣菜だから箸しか持ってきていない。カフェテリアに来る前、たまたまアスナに献立を聞いたのが幸いした。その時点で今日の午前中にキリトの身に起こった出来事をアスナはまだ知らなかったはずだ。知っていたら当然、話題にしただろうし、捻挫をしたのは利き手である右手だそうだから箸の持てないキリトの為にフォークなどを持っていっただろう。

きっと、アスナはメニューに悩んでいた私と別れ、先に席に到着して、包帯をしたキリトの手を見てから初めて事の次第を聞いたに違いない。そして今日のお弁当には箸しか持ってきていないと気づく。

素早くアスナがカラトリーコーナーまでやって来ただろうか?……一番奥の席からそこまでの時間はなかったはず。

まさかキリトがそれを見越してフォークだけを持って待っていたとも考えにくいし……その光景は想像するとちょっと笑える。

とは言え当人達はあまり自覚がないようだけど、あの二人はやたら異性からの注目と恋心を集める吸引力抜群のカップルなんだから、事情を知っていて状況を察したどこぞの女生徒が自分が持っていた未使用のフォークを「よかったら、使ってください」などと言ってキリトに差し出す可能性も充分あるわけで……とにかく急がないと。

私が一番に、そしてちょっと得意気にキリトの前へフォークを差し出してやるのだ……ほら、これ使いなさいよ、スプーンもあるけど?、と言って。

これで私の事を気の回らなくて、鈍感で、がさつな女だなんて二度と言わせないわっ、クラインにっっ。

だいたい私の隣には繊細で、洗練されてて、気遣いの良すぎるアスナが一緒してる事が多いから、そこと比べられたらそんなの私でなくたって世の中のほとんどの女は大ざっぱな性格くくりになるわよっ、と、ここにはいない野武士男への不満を内で吐き出しながら競歩の勢いでカフェテリア内を突き進んでいく。

少々荒っぽい扱いをしても汁が零れる恐れのないトロ身のあるカレーうどんは偶然とは言え、良いチョイスだったかもしれないと思い直しながら……。

けど、目当ての席に近づくにつれ、段々と周囲の様子がおかしい事に気づいた私は速度を落としてキョロキョロと近くの生徒達を観察した。

お昼休みで混雑しているカフェテリアなんだから、もちろん席は人で埋まっている。そして席に座っている生徒達の前には当然、昼食であるここの料理だったり、持参したお弁当だったり、購買部か登校途中で購入したと思われる商品があって…………なのにみんな一様に手が止まっているのだ。

そして口を中途半端に開けたまま頬を痙攣させて目が据わっている。

もし全員が同じ物を口にしていたなら食中毒を懸念せずにはいられないくらい具合が悪そうなオーラを背負っていて、その様子を不思議に思いながら進んでいくとその先に目当ての二人が並んで腰を降ろしているのが視界に入った。

予想通り、キリトの右手には包帯が巻かれ、痛めていない方の左手でおにぎりを持っている。

そして隣のアスナは箸を持ったまま、顔だけをキリトに向けていた。

 

「次、何食べる?」

「そーだな、卵焼きかな」

「はい、どーぞ」

 

色むらのない綺麗な黄金色の卵焼きを箸で挟み、その下に左手を添えてゆっくりと移動させていく先は照れも遠慮もなく開いているキリトの口の中だ。

卵焼きが舌に触れたのを合図に口を閉じれば絶妙のタイミングで箸が抜かれる。すぐに咀嚼が始まり、ほどなくして嚥下し終わるとキリトが笑顔で「うん、相変わらずアスナの卵焼き、絶品だなぁ」と褒め、それに対して嬉しそうに微笑んだアスナが「よかった……次はあんかけつくね、食べる?」と言葉を返す。それに素直に頷いているキリトを見て二人が何をしているのかに気づいてしまった私はそこで足を止めた。

口を中途半端に開けたまま頬が痙攣して目が据わる……のも一瞬で、聞こえてはいけない「プチッ」という音が頭の中で響いた途端、ほぼダッシュで二人の元へと駆け寄った。

 

「ちょっ、ちょっとっ、アンタ達っ……」

「あ、リズ。メニュー決まった?」

「へえ、カレーうどんかぁ。リズって結構カレー食べるよな」

「これは偶然よっ。って、それより何やって……」

「あっ、キリトくんね、手、ケガしちゃったんだって」

「それは知ってるわっ」

「ああ……ぱっと見、アスナと同じくらいの背格好の女子だったから支えきれると思ったんだけどな」

「本当に無茶するんだから。だいたいキリトくんより上段からバランスを崩したんでしょう?、勢い付いてて一緒に転んじゃうに決まってるのに」

「いや、きっと相手がアスナだったら受け止められてたと思うぞ。いつも……」

「キリトくんっ」

 

キリトが言いかけた言葉を咄嗟に名を呼ぶことで遮ったアスナの瞬発力を私は心の中で褒め称えた。

 

「いつも」って何なのよ、何が「いつも」なわけ?、アンタは「いつも」どこにアスナが倒れ込むような場面を支えてやってるってゆーのっ!

 

一体どんなシチュエーションなのか……考えようとして、それを阻止すべく自動的に己の防衛本能が反応する。そうね、これは深く追求しちゃいけない案件だわ、私の中の野生の勘がそう告げた。そしてこの二人に関してその勘は外れた事がない。

 

「とにかくキリトは右手が使えないんでしょ」

 

そう話をまとめれば対面している二人が見事にそろって頭を上下させる。そこで私は予定通り「だから、私が……」と言う為に口を開き、ドヤ顔を用意してトレイの上からフォークを持ち上げようとすると、まだ声に出していないはずの台詞が耳に入ってきて、思わず幻聴!?、と顔を上げればアスナがつくね団子をキリトの口に入れているところだった。

 

「だから私がね、こうやって……」

「そうなんだ。この通り、オレはアスナに手伝ってもらわないと食べられなくて時間がかかるから、悪いけど先に箸をつけたぞ、リズ」

 

口をモグモグさせながら包帯が巻いてある右手を垂直に顔前に挙げて……どうやら私を待たずに昼食を食べ始めた事を謝っているみたいだけど、さも当然のようにお弁当の中身を口まで運んでもらっているキリトは母鳥に給餌されているヒナ鳥のようで、全然申し訳なさが伝わってこない。アスナもキリトが左手のおにぎりをパクついている間に自分の食事を併行させていて、ある意味、見事なまでのコンビネーション……。

そこにまたお約束のように一粒だけご飯をくっつけているキリトの口元へアスナの細くて長い指が伸び……くすっ、と笑いながら「ご飯粒、ついてたよ」と、つまんだそれを見せれば「あ、悪い」と言うが早いかパクリ、とキリトの唇が私の親友の指先ごと米粒を捕らえる。少しビックリした様子のアスナは「もうっ」とさして怒ってもいない声で指を取り戻し、キリトにおいては何事もなかったかのように「アスナ、スープ」と汁物を強請っていて……なんなの?、この甘ったるい小劇場は。

ちなみにアスナがその要求に従ってスープジャーからカップに注いだそれはかき玉汁。湯気の立つ表面に、ふーふー、と息を吹きかけてから「はい、気をつけてね」とまたもやキリトの口元にカップを運ぶ姿を見て私の脳内には再び「プチッ、プチッ」という破裂音が響いた。

 

キリトっ、アンタ、おにぎり食べ終わってるんだから左手空いてるじゃないのっ

 

百歩譲って、おにぎりを掴んでいた手でカップは持ちたくないとしても、アスナはちゃんとお手ふきまで用意してきてるんだから手を拭けばいいだけの話。要はすっかりアスナに甘えきっているのだと確信した私は無用の長物となったトレイの上のフォークとスプーンに向かって冷めた視線を落とした。

誰が自分より先にキリトにフォークを差し出すかもしれない、ですって?……そんな想像を浮かべていた数分前の自分に言ってやりたい、私の都合の良い思惑なんてこの二人には全く通用しないって事を。

キリトにはアスナが、アスナにはキリトがいればだいたいの事はどうにかなってしまうのだ。

そして私がここに到着するまでの間も展開されていたと思しきこの二人の小劇場を周囲の生徒達は強制的に観客にさせられていたのかと思えば、そりゃあ食欲も落ちるでしょうよ、と同情の念を禁じ得ない。

例えばだ、これがもう少し違った雰囲気だったら……そう、よくある感じで男子の方が「食べさせてくれよ」と頼んでいるのに、女子が恥ずかしがって「えーっ」と拒んでいたり、逆に女子が「食べさせてあげよっか?」と言っているのに男子が「だ、大丈夫だよっ」と強がってみたりしていたら…………うん、それはもう恰好の標的で周囲はからかいまくるだろう。

「いいじゃん、食べさせてもらえよっ」とか「リアル『あーん』かぁ」などと、にまにま笑って盛り上がるに違いない。

いっそカップルが互いに、キャッ、キャ、ウフフ、と自分達だけの世界を構築していたら、それはそれで逆に周囲は「あー、はいはい、勝手にやってて」といった感じで我関せずを貫けるかもしれない。

なのにこの二人の様子は全くのデフォ状態……普通に、当たり前のテンションで進行しているから素直に周囲の目や耳に届いてしまい、結果、無抵抗のまま空気感染して身を蝕むウィルス的やりとり。

だいたい無自覚、鈍感、唐変木のキリトはいざ知らず、他者のちょっとした異変に敏感なアスナが周りの食べ盛りで多感なお年頃ごった煮状態カフェテリアでこの一角だけ食事の音が止まっているという異常事態の原因に気づかないものなの?、とも思うが……うん、キリトしか見えていないのね。

特に今はケガをしているせいもあって、キリトの身だけを一心に案じているアスナの眼差しや気遣う声は本当に慈愛を帯びており、この様子を耳や目から入ってくるのを拒む事も出来なけど、揶揄するなんて、何と言うか……人として出来ない。

そんな崇高さだけを漂わせていたなら周囲だって羨ましくも微笑ましく見守るだろうに、そこに時折、妙な甘さが加わるから始末に負えないんだわ、と、予測不能な一瞬の隙を突いて繰り出されるカウンターパンチのように、この二人のやりとりは油断ならない。

現に今だってキリトとアスナはデザートを食べ始めていて、彼女の手元を見れば、薄皮さえ綺麗にむいて果肉だけになったオレンジが小さめの容器に行儀良く並んでいる。横並びに座っている二人だけど、既にほぼ向かい合わせに近い状態まで身体の向きを寄せていて、キリトに至っては無事な方の左手は椅子の背もたれに乗せているのだから、これはもう完全に自力で食事をするつもりがないのは明白だ。

先程と同様に箸の先のオレンジをキリトの口が受け取り終わってから、アスナも自分の口へと同じ容器からオレンジを運ぶ。キリトは一房全部を頬張ったがアスナはそれを一口ではいかず歯で噛み切ると、その拍子にオレンジの果汁がピュッ、と飛び出して彼女の頬に付着した。

アスナの右手は箸を持っている。

アスナの左手はオレンジの詰まった容器を持っている。

そして至近距離にはアスナから貰ったオレンジをもぐもぐ、ごっくん、し終わったキリトの口…………一呼吸分、アスナの躊躇いの隙間に滑り込むように何の前触れもなくキリトの唇は当然の早さで彼女の頬に近づいていって…………チュッ、と音を立てて果汁を吸い上げ、ご丁寧にも舌でひと舐め。

この二人に背中を向けて座っていた生徒達は意味不明の音に思わず振り返り、ちょうどアスナの頬にキリトの舌が接触している瞬間を目撃したのだろう、一様にぐらり、と上体を揺らしてテーブルの上に撃沈しそうな頭を寸前、両手で抱え込んでいる。

当然、向かいに座っている生徒達は果汁を吸い上げるシーンから観劇してしまっているわけで、すでに支えきれなくなった頭を背もたれに預け、天井を見上げる形で額と目を手の平で覆っていた。

当事者である二人はどうか、と言えば、キリトは何食わぬ顔で次のオレンジを強請るように口を開き、アスナは少し頬を染めながらも跳ねた果汁の後始末をしてくれた事に対して「あ、ありがと」と感謝の言葉を吐いている始末。

 

違う、違う、違う、違う、ぜーったい、何かがちがーうっ

そこ、吸い取るトコ?

でもって、さらに舐めるトコ?

しかも、そこで御礼言っちゃう?

 

口に出してもこの二人には私が望むリアクションなんて期待出来ないから眉間の皺をさらに深めるしかないけど、それでも思う気持ちは止められない。加えて頭や顔を押さえ込んでいた周囲の生徒達がちらちらとこちらに視線を移してくるのに気がついた私はその数多の瞳を直視してしまった事でそこに込められたメッセージを多分、間違いなく、正確に読み取ってしまった。

これは常日頃からキリトやアスナに対して遠慮の無い言葉で物申している私に何とかしろ、と…………そーゆーことよね。

私だって何とか出来るものならとっくにやってるわよっ、と全方位に叫びたい衝動をグッ、と堪える。

お昼休みの時間は無情にもどんどんと短くなっていくのにカレーうどんの麺はびろびろと伸びていく一方だ。

しかし二人の食事は既に終盤のデザートに突入しており、ここで私がヘタに口を挟んで藪から蛇を引っ張り出さなくても自然と時が経つのを待った方が事態は収束するのでは?、と自分のパッシブとも取れる賢明な判断に従おうとした時、最後のオレンジ一房をキリトの口に運び終わったアスナが考え込むように閉じたままの唇から「んー」と声を漏らす。

 

「その分じゃ、数日は右手を使わない方がいいよね」

 

そう言われたキリトも改めて自分の包帯が巻いてある手をしげしげと見つめ「そうだな」と同意を口にした後、ごくり、とオレンジを飲み込み、続けて「ご馳走様でした」とアスナに視線を移した。

一旦、微笑んで「お粗末までした」と応じたアスナは再び思案顔に戻り「なら……」とキリトを見つめ返して窺うように首を傾げる。

 

「明日のお弁当はサンドッチかバーガーにしようかな。手づかみで食べられる物だとロールサンドでもいいけど、ボリュームあった方がいいでしょ?」

 

アスナの提案に真っ黒な瞳をピカピカと輝かせたキリトは「おおっ」と高揚の声を上げてから激しく二回頭を縦に振った。

 

「悪いな、アスナ。ケガのせいでメニューに気を遣ってもらって。それに食べる時もオレの面倒で忙しくさせちゃうし」

「食事を手伝うのは全然構わないんだけどね、それよりお家でのご飯は……」

「ちょーっと、待ったぁぁぁっっっ」

 

黙って静観しようと決めていた私よ、ごめん、もう無理、なんなのコイツら、もしかしてお馬鹿さんなの?

 

見事に周囲を石化させた今の会話によって私の堪忍袋の緒と一緒に、プチッ、プチッ、と色々な何がブッ千切れる。

 

どーして、明日以降もアスナの手を借りて食事をしようと思っちゃってるわけ?

でもって、なんでアスナもその方向で何の問題点もなく話を進めようとしちゃってるわけ?

アンタ達、フォークとかスプーンっていう便利道具を知らないのかーっ?

 

ここが《仮想世界》だったら間違いなく口から火を吐くエフェクトが飛び出していただろうと確信する勢いで私は二人の会話に割って入った。

 

「どうしたの?、リズ」

「なんだよ、リズ、大声だして。それよりカレーうどん食べないのか?」

 

二人からの不思議そうな疑問の表情に私は火炎放射口をむぐっ、と閉じて何をどう言えばいいのかを疲れ切っている頭で考える。

アスナに食べさせてもらう事に何の抵抗もないキリトと、食べさせてあげる事に何の戸惑いもないアスナ…………あ、ダメだ、なんかこっちのうずうずもやもやが伝わる気が全然しない。

 

「ちょっとお聞きしますけど……アンタ達、フォークって知ってる?」

 

私の問いかけにすぐさま反応をしたのはアスナだった。

 

「フォークって、食器の?」

「そう」

 

そこにキリトの声が加わる。

 

「もとは農具のピッチフォークをヒントにして作られたんだよな」

「そうだね、ピッチフォークの歯は二本の物もあるから、それで初期のフォークの歯は二つだったらしいし……」

「ごめん、もう、いい」

 

自分の発した愚かしい質問に知識量では到底太刀打ちできないと思い知らされる雑学混じりの答えが返ってきて…………私が聞きたいのはそういう事じゃないの。

 

「キリト、アンタ、アスナとお昼食べられない時はその手でどうするのよ」

「そうだな、左手だと箸は無理だけどスプーンくらいなら使えるだろうから炒飯とかカレーライスにすれば……」

「じゃあ、なんでアスナのお弁当は箸以外を使って自分で食べようと思わないの?」

 

そんな質問の存在すらあり得ないといった顔つきで二人がキョトン、と目を丸くする。

 

「そんなの……アスナがいるからに決まってるだろ」

「うん、私がいるんだから、ね」

 

アスナが「ね」と言った拍子にタイミングよく顔を見合わせた二人が嬉しそうに笑顔を交わしたのを見て、私は己の失態に気づいた。

 

あ、これ、完全に藪をつついたわね……

 

周囲の石化が更に進んで風化しそうになっている。なんとかこの事態の責任を取るべく必死に頭を悩ませて導き出した答えはこれだ……この二人の小劇場が閉鎖できないのなら、出来る限り観客から遠ざけるしかない。

 

「アンタ達、明日から昼食は中庭で食べなさい」

「は?!」

 

唐突に何を言い出すのか?、と目で訴えてくるキリトに、そもそもの原因はコイツのケガなのだと思い至り眼光を鋭くする。

 

「だから、天気予報では雨も今夜で止むってゆーし、気温も平年並みに戻ってポカポカ陽気になるらしいだから、昼食をとるのは中庭でも問題ないでしょ。だいたい外で食べられる日はいつも中庭じゃないの」

「まあ、それはそうだけどさ」

「はい決定。アンタの右手が箸を持てるようになるまで、アスナと一緒にお弁当をカフェテリアで食べる事は禁じますっ」

 

そう宣言した途端、周囲から一斉にどよめくような「おおーっ」という歓声と同時に割れんばかりの拍手が沸き起こった。




お読みいただき、有り難うございました。
そろそろリズファンの方に殴られそうな気がしてます(汗)
「カフェテリア」というオシャレな(?)名称なのに、中身は普通の学校内にあるような
学食メニューばかりですね(苦笑)
「きつね」や「たぬき」に関する麺料理については、地域差が色々とあるようなので
今回は私の思う物で書かせていただきました。
フォークの起源もヨーロッパで農具のピッチフォークを模したのがきっかけなのは間違いない
のですが、初期のフォーク(食器)が2つ又だった理由までは明言されていないようです。
「ウラ話」は5日後にまとめて書きますっ」

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