ソードアート・オンライン《かさなる手、つながる想い》 作:ほしな まつり
全くの別物と思ってください。
《現実世界》に生還して数日の明日奈と見舞いに訪れていた和人、
病室で二人きりのお話です。
無事に《現実世界》へと生還を果たしたもののまだまだ身体を自由に動かすことさえおぼつかず、未だ検査以外でこの病室から外へは出たこともない明日奈をベッドの上で上半身を起こしている体勢で抱き寄せ、薄い背中に手を当てて挟み込み、おとがいを固定して都合の良い角度に顔を上げさせた和人は劣情の赴くまま世界樹での記憶に不安を形作っていた唇へと自分のそれを押し当てた。
突然、強い刺激を与えられて咄嗟に閉じてしまった明日奈の桜貝のような唇はいくら待ってみても固いままで、ならば、と強引な手立ては諦め、ご機嫌を取るために何度も何度もリップ音を重ね、時間をかけて宥める。こんな行為でもなければ面倒くさい、と途中で投げてしまいそうだが、触れる度に彼女の力が抜けていくのがわかって、と同時に互いの唇で奏でる音を拾う彼女の耳が次第に赤く染まっていく様を眺められるのだから和人にとっては煩わしさなど欠片もなかった。
バードキスの途中に羞恥で顔を背けられないよう、おとがいを支えている手はそのままに啄む合間を短くする。
頃合いを見計らって少し大きく口を開き、かぶりつくようにその唇に密着してそのふっくらとした質感をやわやわと己の唇で甘噛みしてみたり、少し強めに押し付けてみたり、と存分に感触を楽しんだ後、別の感覚器として舌でぺろり、とひと舐め。
さすがに明日奈の方も新たな感触に肩が過剰反応を起こして大きく跳ねるが、そこは背中を支えていた和人の手が、大丈夫、と言わんばかりに幼子をあやすがごとき指先で、とんとん、と宥めてくる。
背中と顎、そして唇を奪われている明日奈はほぼ身動きがとれない状態で、珍しく冷静な判断も出来ないらしい事は既に耳だけでなく頬まで侵食している色でわかり、おまけに事態を受け止めるだけで精一杯らしく、瞳もギュッ、と瞑ったままだ。そんな余裕のない表情も可愛らしくて唇を堪能しつつ、和人の目元と口元が同時に弧を描く。
上唇と下唇をそれぞれ交互に舐め、途中で少しだけ谷間もなぞってみるが、なけなしの力で閉じているだろうそこに隙間が生じる気配はまだない。
しかし嫌がる素振りもないので、和人は明日奈の背に触れている手は穏やかに、逆に唇を攻める舌は刺激的とも言える動きで籠絡を試みる。
すると、ついに明日奈から「んっ」と鼻にかかる声が漏れ出た。
…………《現実世界》で眠る明日奈を初めてこの病室で見た時、事前に聞かされていた通り、頭部にはヘッドギアが装着されていてピクリとも動かない昏睡状態の彼女は和人が知っている細剣使いであり、自分の「妻」である姿とはあまりにもかけ離れていて、だからこそ、これが現実なのだと思い知らされた。
けれど、同時に《あの世界》で見ていた通りのきめ細やかな白い肌に、そこに寸分の歪みなく配置されている長いまつ毛を持つ瞼や高い鼻梁、瑞々しく形の良い唇は造形美さえ漂うほどで、とても《現実世界》に存在する人間とは思えず、まさにゲームの世界から抜け出てきたような完璧な美しさだった。
見慣れたアバターと信じられないほどに同一だったから和人はその姿に感嘆としたものの、すぐに彼女が本当に《あの世界》で出会ったアスナなのだと確信したのだ。
そして和人より数ヶ月の差で《現実世界》において意識を取り戻した彼女が間違いなくあの二年間を彼と同じ世界で生き抜いた存在で、最後の二週間がそれまでにないくらい共に濃密な時間を過ごした相手ならば、と確信めいた予想を実証すべく少し視線を正す。
僅かな緊張を込め、尖らせた舌先で貝のごとくピタリと閉じたあわいを軽くつんっ、と数回突けば、あの《仮想世界》で夫婦として過ごした蜜月の間、身に染み込んだ反応が目覚めて今度こそ何の躊躇もないままふっくらとした唇が上下に薄く開いた。
そんな反応はあの頃と何一つ変わらず、いきなり強引とも言える和人からの刺激に翻弄され続けている状態でも自然と自分を受け入れてくれる明日奈に安堵と歓喜を同居させて自らの舌をするり、と《現実世界》では初めての彼女の咥内へ忍び込ませる。その行為に再び怯えてしまうだろうか?、とそっと表情を伺えば、すでにさっきまで不安と困惑が一点に集結したようにきつく閉じられていた瞳はいつの間にか力が抜けていて、先程からのキスでようやく感情がふやけているのがわかる。
そんな初々しい姿にまるで二人の関係性が《あの世界》の森の家を購入する前に戻ってしまったかのようで少し心配になるが、《現実世界》では正真正銘、つい数日前に「はじめまして」と言葉を交わしたばかりなのだと思い至り和人は知らず苦笑気味に眉根を寄せた。
けれど、《あの世界》での経験はちゃんと《こっちの世界》にも反映するらしいとわかって更なる確証を得るべくおとがいを支えている自分の手をずらし、頬を包みつつ桃色の小さな耳たぶまで指先を伸ばす。
「ンふっ」
途端に甘い反応が返ってきて和人の笑みが深まる。やはり自分が探求して知り得た彼女の《仮想世界》でのアバターの弱点は《現実世界》においても通用するのだ。柔らかい耳たぶをふにふにと刺激しながら未だ全てを解放しきってはいない次の関門である歯列を強請るようにこすると拒絶の意味を持っていなかったそれは既に力なく、即座に更なる侵入を許容してくれた。
遠慮無く舌を進め、ようやく辿り着いた先で和人は待ちに待った彼女の内を存分に味わおうとまずは上顎を舌先で擽れば僅かに明日奈が身を震わせる。
《あの世界》で深く口づけを交わしてる時、彼女の両手はキリトの腰か首後ろにまで回る事が多かったが《現実世界》に生還してまだ一週間程度の今は、そこまで体力が回復していない。きっと快楽に身を委ねきるふんぎりもつかないまま精一杯の力で掛け布を握りしめ、《この世界》で初めてと言っていいい程強い和人からの情欲行為を享受してくれているのだろうと想像すれば、その姿さえ愛しく思えてきて、更に、と彼女を望む気持ちが膨らんだ。
食らうように押し付けている唇からさえ明日奈の感情を読み取りたくて、頭で考えるより先に背中に触れていた手が下がって腰を支え、もう片方の手が耳から後頭部に移動する。少し傾げるように自らの顔の位置をずらせば一分の隙もないほどピタリと唇が重ね合わさって「あっン」と彼女の喉奥から響いた甘い声は外に漏れ出ることなく、そのまま和人の内へと飲み込まれた。
背と顔で彼女を包んでいた時より頭部と腰を確りと固定された方が筋力も落ちている今の身体には負荷が少ないらしく、明日奈の肩の力が抜けたのがわかる。なら、ともっと身体を引き寄せて自分の胸の内に抱き込むように彼女と密着すれば、どこもかしこも細すぎる肢体から火照ったように甘ぬるい香りが立ち上がり、それが鼻をくすぐり如実に和人の欲に拍車を掛けた。
あの二週間、手を伸ばせば当たり前のように触れる事が出来た自分にとって唯一無二の存在。
涙が出るほど嬉しい時も一緒だったし、声が出せないほど悲しい時も一緒だった。
そんな関係を《現実世界》でも築いていきたいと心から思わせてくれた彼女のその心は和人の知らない場所で非道な扱いを受けていて、同じく彼女の現実の身体は自分の目の前で自分の見知らぬ男に触れられていたのだと思い出せば、その時の憤りが何倍にも増大して黒い瞳に凶暴性が宿る。和人の手や口づけから伝わってくる刺激ではなく、もっと奥深い所から湧き上がってきた痛みさえ伴うような鋭い気配を感じ取った明日奈が、掴んでいた掛け布から手を離し心配そうに和人の脇腹へ添えてきた。
そっ、と触れられた事に気づいた途端、制御しきれなかったどす黒い感情が一気に沈静化する。
乱すのも、静めるのも、いつだって和人の心を大きく動かすのは明日奈なのだ。
ただ、明日奈本人にあまりその自覚がないのが困ったところなのだが、それでも彼女から触れてくれた事に和人の中から憂慮の思いが消え、上顎を弄っていた舌先がぐるり、と歯裏を撫でて咥内の中央にいるであろうそれを探し求める。大胆に舌を動かし、時折巫山戯るように頬の内側の粘膜をたんたん、と突き目的のものを追い詰めていくと、予想通り《現実世界》で初めて自分の咥内に他者のそれを迎え入れ、どうしていいのかわからない、と縮こまっていた明日奈の舌に辿り着いた。
それまでと全く違う感触が和人の舌に伝わり、すぐさま全身を駆け巡る。
ほんの少し、先端に触れただけで明日奈の身が再び強張ったが、それを溶かすように優しく舐めていると、誘われるように彼女の舌がおずおずと前にでてきて、タイミングを逃すことなく絡め取った。捏ねるような動きでそれ自体を余すことなく味わう。
表も裏も側面さえも、全体にゆっくりと舌を這わせて形を覚え感触を楽しみ、時には弾力を引き出す為に軽く吸い上げると、つられるように明日奈の息も、ひぅっ、と引きつった。和人の脇腹に触れていただけの手が次第に縋るような弱々しさで服を掴んでくる。
それでも和人は目の前の潤んだはしばみ色が、恥じらう頬の朱が、何より未だ咥内で彼に差し出されている柔らかな舌の存在が拒絶を表していない事を充分にわかっていて、喜悦と共に更に強く擦り合わせればそれに応じるように彼女の舌が戸惑いながらも緩く動き、くちゅっ、と音を立てた。
途端に明日奈の顔が真っ赤に茹だり、目に涙の粒が湧き上がり始めて「ん〜っ」と慌て声を喉から絞り出してくる。
仕方なく口づけを解くと、ぱちぱち、と忙しなく瞼を動かし、荒い息づかいで「はあっ、はあっ」と呼吸を繰り返す明日奈の様子を不思議に思った和人が後頭部を支えていた手を下ろし、背中をゆっくりと撫でた。
「明日奈?…………もしかして、息、とめてた?」
そういう事をストレートに聞かないで欲しい、と、わかりすぎるほどに目元の朱を濃くして、じわっ、と散らしたはずの涙が復活している。泣き出しそうな顔だが、当人は息を整えながらも睨み付けているらしく、そのアンバランスさえ魅力的に見えてしまうのだから、これはもうどうしようもないな、と和人は自分に向けて呆れの吐息を、ふっ、と漏らした。それを勘違いした明日奈が「ううっ」と小さく唸る。
「だ、だって……向こうでは…………キ……キス……してる時だって……息苦しさなんて……感じなかったし……」
「そりゃあ《仮想空間》だもんな。ホントに呼吸してるわけじゃないし」
「わ、わかってるよ……頭では、わかってるの」
「うん」
「でもっ……色々と……いっぱいいっぱいに……なっちゃって……こっちでは……キスなんて……したこと…………なかったから……」
どうしてこのヒトはこの状態でオレを煽るかなぁ……、と和人は目眩がしてふらつきそうになる頭を、ふるり、と振って持ちこたえた。懸命に言葉を重ねようとする桜色の唇にこれ以上翻弄されてはかなわない、と、再び己の唇で蓋をしてあわいが閉じてしまう前に舌を忍び込ませる。今度はすぐに舌同士を触れ合わせ唾液でコーティングするように互いに絡ませればさっきよりも、くちゅくちゅ、と響く音を外からは耳が拾い、内からは直接脳に響いて全てが充足感へと繋がった。
唇を離して明日奈の顔を覗き込めば、やはりまだ上手く呼吸が出来ないのだろう、相変わらず肩で息をしている。少し落ち着くまで、と和人は彼女の背に当てた手を動かしながら感じたままを口にした。
「やっぱり…………舌、ちいさいな」
「えっ?」
聞き間違いを問いかける視線に和人が肯定を示すように笑って独言のように小さく漏らす。
「さすがにそこまで忠実な再現は無理か……」
それから徐に自分の脇にしがみついている彼女の片手を掴んで手の甲を上にし、目線の高さにまで持ち上げると、その指先をしげしげと見つめた。
「先に謝らなきゃ、だよな。ごめん、明日奈。ずっと気にしてたんだ。リアルの姿を明日奈の許可なく先に見ちゃって……」
何を言い出すのかと身構えていた明日奈は突然の謝罪に急いで首を横に振る。明日奈の昏睡期間が和人よりも長かったのは彼のせいではないのだし、それどころか明日奈のいる病院を見つけ出し、自身が病院を退院をしてすぐに面会に通い始めてくれたのだという事は既に病院スタッフからも散々羨ましげに聞かされていたから謝罪を受けるどころか、こちらが感謝を述べなくてはいけないくらいだ。けれど明日奈が口を開く前に和人は「それに……」と続ける。
「見舞いに来てこの病室で明日奈と二人きりでいる時、勝手に手も握ったし……」
明日奈の瞳が驚きでまん丸く見開かれた。その反応に慌てた様子の和人が「ご、ごめんっ」とつっかえながら再度謝罪を口にする。けれど明日奈はすぐさま、ぷっ、と吹き出し、少し首をかしげてふわり、と笑った。
「そんなの、キリトくんになら……いいのに」
お咎めの言葉が飛んでこなかった事に安堵した和人は明日奈の様子を覗いつつ目の前の彼女の細い指を見つめる。
「その時、思ったんだよ。手は《あっちの世界》のアスナと同じだけど指の爪はリアルの方が細長いな、って」
明日奈は「そう?」と言って改めて自分の指の先に視線を伸ばすが、それはしっかりと和人に捕獲されていて思うように見る事ができない。取り返したくてもまだ思うように力の入らない身体だ、そうしているうちに和人がじっ、と見つめていた彼女の一番長い指の先をちろり、と舐める。触れられた指だけが、ぴくっ、と痙攣して明日奈から「ふゃっ」と鼻にかかった声がこぼれ落ちた。指先に唇を近づけたまま和人が少し上目遣いで明日奈を見上げ「それと同じでさ」と言いながら再びきつめに閉じられている桜唇に視点を合わせる。
「明日奈、舌、見せて」
請われた要求に従えばきっとどうなるのかがわかってしまい、明日奈は唇に力を入れたままその吸い込まれそうな漆黒の瞳から少しでも逃れる為に顎を引いた。無言の抵抗に彼女の腰に回していた手でグッ、と細い身体を自分へと押し出し、仰け反りそうになる体勢をもう片方の手が素早く後頭部を支える事で回避する。明日奈のすぐ目の前には夜空よりも深い黒が迫り、その奥に潜む熱で彼女の意志を溶かしていった。
「明日奈」
名を呼びながら更に和人の顔が近づいてくる。視線や声で身の内を揺さぶられ、強請られ、急かされて、明日奈の唇がゆっくりと動き、合間から綺麗な薄桃色の舌が顔を出せば黒い双眸は三日月型に細くなるが孕んだ熱は身を焦がすほどに勢いを増していた。さっきまで昏睡状態の明日奈の姿を見た事や手に触れていた事に後ろめたさを抱いていた人物とは思えない豹変ぶりだ。
「やっぱり、舌もリアルの方がちいさいよな」
にやり、と口元に笑みを浮かべた和人が明日奈の予期していた通り、ぴちゃり、と自分の舌を押し当てる。
「ひゃんっ」
予想してはいたものの飛び跳ねる声を抑えることは出来なかった。そのまま唇と唇が合わさる。引っ込めようとした舌は早業で和人の舌に捕まり、きつく吸い上げられると敏感な先端がじりり、と痺れた。その感覚が背中の真ん中を一直線に駆け下りて腰に抜ける。身体中が一気に火照り、熱に浮かされたようにふわふわと思考があちこちに散らばって回収できそうにない。逡巡も困惑も羞恥も二年前まで明日奈がいた《現実世界》では良しとされる類いではなかったが、《仮想世界》で自分と懇意にしてくれた人達の反応はまるで違っていて、特にキリトという少年はなぜか嬉しそうに、楽しそうに、そして自分もちょっと気恥ずかしそうにそんな彼女を受け入れてくれていた。
もともと些細な違和感はあったものの、あの二年間で根本的な価値観さえ一新された明日奈は以前にキリトの傍で思ったように「私、こんな子だったかなぁ?」と、幾分その時より上向きな気持ちで自分の感情を許すことに決める。《仮想世界》に囚われの身となっていたとは言え、最終的には今、抱きしめられている少年と婚姻まで交わした仲だ、《現実世界》でも身も心も捧げることに躊躇はない。
それでも今更ながらに《仮想》と《現実》違いを和人から実感させられた明日奈は甘く、熱く、激しい想いの受けとめ方を上手く出来ずに胸の苦しさを訴えた。ギブアップを申告するように弱々しく和人の腕を指で二回タップすると、彼の喉奥が愉快そうに、くっ、と鳴ってから唇を解放される。
「明日奈……鼻で息」
苦笑の混じった声で端的に名詞と接続詞だけで諭されるが、そんな事は言われなくても承知しているのだと伝えられるのは情けなくも眉間に寄った皺と潤んだ瞳だけで、あとは呼吸困難を脱するのに精一杯の状態だ。本人が申告した通り、いっぱいいっぱいの表情が珍しいのか、和人はじっくり堪能する眼差しで明日奈を見つめている。
「この病室で初めて覚醒した明日奈と対面したとき、初めて聴いた明日奈の声が《あっち》のアスナと違ってたから……」
自分自身ではあまり自覚していなかったらしく、キョトンとする彼女をそのままに和人は後頭部を支えていた手をゆっりと動かした。
「だから舌の形が違うのも影響してるんだろうな。でも反対にカスタマイズしていないのはわかってたつもりだったけど、実際に《あっち》のアスナと同じ栗色の髪を見た時は少し驚いたし、何よりようやく見れた明日奈の瞳の色も……」
髪を撫でていたはずの優しい手つきが急に一人の男性の手へと力強く変化して、逃げられないと一瞬で悟り、瞠目する明日奈と睫毛が触れそうな距離に豊潤な黒が現れる。
「アスナと同じだ」
嬉しそうな声でそう告げられれば拒む気持ちなど欠片もおきず、再び息苦しさの限界まで和人の口づけに翻弄された明日奈は、はあっ、はあっ、と息を切らしながら、こてり、と和人の胸に身を預けた。
「んー、今日はここまでだな」
力の抜けきった華奢な身体をしっかりと抱え込んで早く息が整うようにと背中を摩ってくれていた和人のまるで学校教師のような口ぶりに「ふへ?」と間の抜けた声を出した明日奈が、問いかける目線で、そっ、と顔を上げれば、色々と含みを感じさせる笑みが送られてくる。
「さすがにこれ以上は無理させられないだろ…………でも」
言葉を句切ってから注がれる視線は少し挑戦的とも言えるほど強く圧倒的で、思わず後ずさりしたくなる己の防衛本能に従い明日奈が身じろぐと、両の手の囲いから逃すまいと捕食者のごとき素早さで和人が仕上げにかかり始めた。
「頭ではちゃんとわかっているのに、出来ないまま……なんて、明日奈らしくないし」
あくまでも笑顔の態を崩さずに、既にわかりきっているはずと言わんばかりの口ぶりだが、出来ない事の内容を考えればいささかその物言いには疑問符が浮かぶ。それでも「そうだろ?」と確かめるように軽く首を傾げる姿を見れば、元来、生真面目で負けず嫌いな優等生気質の明日奈に否定の言葉はなかった。
その否定なき無言が肯定の言質とでも言いたいのか、和人の口の端がご馳走を前にした肉食獣のように上機嫌となる。
「だったら、出来るようにならなきゃな」
「出来る……ように?」
深く考えもせずオウム返しに口にした事で、すっかり自らが甘い罠にはまってしまったのだと気づかず、もがくことも抵抗することもない獲物に和人は恭しく協力を申し出た。
「ああ、それには何回も練習するしかないし。大丈夫、練習相手にはオレがなるよ、って言うかオレ以外は認めない」
どのみち練習相手も本番相手も変わりはしないのに妙に真面目ぶって満足げに頷いている和人の腕の中ではぽわり、と頬を染めた明日奈が飲み込めない事態と、それでも何やら蠱惑的なお誘いを受けたのだというのは理解できて「えっ!?、それって……」と詳細を求めようとした途端、耳元から「こういうこと」と囁く声が聞こえたと思えば、すぐさま唇を塞がれ言葉ではなく行動で教えられるはめになったのだった。
お読みいただき、有り難うございました。
《仮想世界》での触れ合いしか経験のない二人が《現実世界》で同じような事を
試みると、戸惑い(主に明日奈が)、暴走気味になる(主に和人が)のでは?、と(笑)
「私、こんな子だったかなぁ……」は、蜜月中、あまりにもイチャり過ぎて漏らした
特典小説のアスナの台詞です。
少し久々に十代でちょっと腹黒な和人でしたが、それを煽って誘導してるのは
無自覚の明日奈なので……まあ、お互い様でしょう。