ソードアート・オンライン《かさなる手、つながる想い》   作:ほしな まつり

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オリキャラの佐々井と久里が和人・明日奈と初めて出会った日のお話です。
【番外編】ではありますが、和人・明日奈はほぼ出突っ張りです。
やはり二人抜きには書けません(笑)


【番外編】想定外の初日

マズイ、マズイ、マズイ、マズイー!

って、オレ、朝飯も食べてないんで美味いも不味いもないデスけど……

 

「くだらない」と自覚のあるツッコミを自らに入れつつ学校への道をひたすら走り続けている

男子高校生がひとり。

 

うーん、このままだと待ち合わせの時間に間に合うか、間に合わないか、ビミョーかも。

 

トホホな顔のまま走る速度は変わらない。

 

アイツ、時間だけはウルサイからなぁ……。

駅から学校までは約三キロ。バス停五つ分。

駅でバスに乗るか迷ったが、走って正解。

ずっとバス通りを走っているけと、今までバスに追い抜かれてないし、ナイス、オレの脚力。

 

自分の選択に花マルをあげてから、遠くにある学校の最寄りバス停をゴール地点かのように

誇らしげに見つめる。

バス停前に据え付けられたベンチに座っている人影にふと気づいて、思わず首をかしげた。

 

アレってウチの制服だよな?

 

ちょっと独特な色のブレザーに特徴的なラインの入ったワイシャツの襟が視認できる。

バス停にバス待ちの列はないので、立ってバスを待つ必要はないようだが……。

 

ここまでバスで来て、ヒマつぶし中?

まさか入学初日にバックレるご予定なのだろうか?

 

だったらわざわざここまで来なくても、と思うが、それは人それぞれ。

しかも段々距離が縮まってみると、ベンチの御仁は女子生徒であることが判明する。

 

おおぅっ、女の子だ

 

なぜ「おおぅっ」なのかと言うと、彼がこれから通う高校には女子生徒が極端に少ないからだ。

こうなるともうゴールはバス停なのか、女子生徒なのか、いや、本来のゴールは校門の

はずなのだが、既に視線はベンチに釘付けである。

もうすぐベンチに最接近、という時に、肩に衝撃が走った。

 

「うわっ!、と……あ、すみません」

 

前から小走りにやってきた若いサラリーマン風の男性とぶつかったのである。

男性は聞こえるように「チッ」と舌打ちするとそのまま駅の方へ走って行ってしまった。

5ヶ月程前まで自分がいた世界での記憶が思い出される。

 

主街区でやたらジャラジャラと武装した連中にぶつかった。

レストランや商店の多い通りで、時間も夕食時、人はごった返している。

ぶつからない方が無理な相談、という場所で、やはり相手は「チッ」と言ってから

「オレ達は貴様らみたいにレベルの低い連中と違って、最前線で命を張って攻略を続けて

いるんだぞ」

とかなんとか、なんせもの凄い人通りで、発している言葉も正確には聞き取れなかったが

雰囲気からしてそんな事実をサイテーな言い方で言っているらしい事はわかった。

ここでトラブっても得はないから「すみません」と言ってその場は離れたのだ。

最前線で戦ってくれている人達には感謝していたが、そいつらをオレは王様のように

崇めなければいけないのか?、と悶々としたっけ。

 

と、そこまで思い出してから、芋づる式に……

 

最前線で攻略、と言えば……やたら強くて綺麗な女性剣士がいるって聞いたなぁ。

最強ギルドの副団長まで務めてるって。

周りにいた男性プレーヤーは色めき立って話をしていたけど、いくら綺麗でも、話を聞く分には

キツそうな雰囲気だったし……やっぱり女の子は優しくてふんわりしてる方がいいな。

 

などと好みのタイプに思考が転がり落ちそうになり、慌ててブレーキをかける。

持っていたカバンの外ポケットの中身を盛大にまき散らかしているのだ、早く拾わないと。

 

うう〜、想定外のタイムロス……

でも今日は新年度の第一週目、どこもかしこも想定外の出来事に遭遇しているヤツらばかりの

時期だもんなぁ

 

心の涙を流しつつ、己を慰めながら散らばったアイテムを拾い集める。

視線の延長線上に例のベンチの下まで飛んでしまった携帯端末があった。

後ろから腕を伸ばそうとした時、ベンチの向こう側から下に伸びた細い手がオレの携帯端末を

拾いあげる。

急いでベンチの前に回り込み「ありがとう」と声をかけた。

 

「はい、どうぞ。キズがついてないといいけど」

 

栗色のロングヘアにヘイゼル色の瞳、やわらかく微笑むその顔立ちは……

 

すっごく可愛いんですけど

 

うわっ、こんな子、あの世界にいたんだぁ〜。

『はじまりの街』から出なかったのかな……そうだよなぁ、間違っても最前線にいる

タイプじゃ、ないよなぁ。

 

「さっきぶつかった人、失礼ですよね、何も言わずに」

 

携帯端末を渡しながら、オレより憤慨した表情を浮かべている。

意外と気が強いのかも、と感じながら

 

「あ、見てました?」

 

と聞くと

 

「ちょっとだけ」

 

と、今度は茶目っ気のある笑顔を見せてくれた。

はぁ〜っ、こんな子が近くに居てくれてたら、あの二年間、もーちょっと楽しい思い出が

増えたんだろうなぁ、と頭がまたもやトリップを始める。

 

やっぱ女の子はこうでないと。ガンガン最前線で戦ってくれてたってゆう女性剣士さんには、

きっと、こんな笑顔を見せる相手もいなくてさ……

 

マイワールドが展開されている間に、目の前の彼女は少し離れた所に落ちている何かに

気づいた様子で、腰を浮かして手を伸ばしていた。

 

なんて名前だったかなぁ……その女性剣士さん……確か「ア」

 

「あっ」

 

小さく声をあげ、目の前の彼女が手を伸ばしたまま、バランスを崩し、膝から地面に

座り込んでしまう。

 

「明日奈っ」

 

そうっ、確か「アスナ」って……えっ?

 

オレが走ってきた駅の方角から、やっぱり全速力で走ってくるヤツが一人。

ヤツが発した「アスナ」という名前を耳にして彼女が振り返った。

彼女の手前で急制動をかけて、両膝に両手をつき、下を向いたまま、ゼーゼーと肩で息を

している。

やはりオレや彼女と同じ制服だった。

呼吸も整わないまま、やってきた男子生徒は彼女に少々声を荒げた。

 

「何やってるんだ。駅で待ってろって言っただろ」

 

こうなる事は承知の上だったのか、彼女は路上にペタンと座ったままの格好で困り笑いを

浮かべつつ、弁明の言葉を口にする。

 

「だって……一本早い電車に乗れたから、改札口で待ってたんだけど、なんかジロジロ

見られている気がして……」

 

そりゃあそうでしょ。

当然でしょ。

改札口でこんな子が立ってたら、もう朝からめちゃくちゃラッキーって見るでしょ。

 

そう言われてヤツもオレと同じ事を思ったようで、それ以上は何も言えず、うぐぐぐっと

いった表情になっている。

彼女もそれ以上は怒られないと判断したのか、ちょっと得意げに

 

「だから、先に行くねってメールして、のんびり歩いて、ここで待っててあげたんじゃない」

 

とすまし顔だ。

それを聞いたヤツの方は、じとーっと彼女を見つめると、大きく息を吐き出した。

 

「ウソつけ。ここまで来て休んでたんだろ。学校着く前に体力使い果たしてどうするんだ。

ほらっ、カバンはオレが持つから」

 

そう言って、彼女の前にしゃがみこんだ。

 

「……バレちゃった。その前に、アレ、拾ってくれる?……この人のだと思うんだけど」

 

悪戯が見つかってしまった子供のように、少し舌を見せて笑い、スッと人差し指を伸ばす。

彼女の指さした場所にオレのペンが転がっていた。

 

「え?……ああ」

 

その時になって初めてオレの存在に気づいたような反応だ。

面倒くさそうにペンを拾い上げ、オレに手渡ししてくれる。

 

「あ……ありがとう」

 

ここまでの仏頂面にお礼言うの生まれて初めてかもっつーくらいの愛想のなさだった。

すぐさま彼女の方に向き直ると、両手をまっすぐに彼女の身体へと伸ばす。

 

「とりあえずベンチに」

 

そう言いながら、慣れた手つきで彼女の正面から両脇に腕を差し入れ、お人形を

持ち上げるよう、大事そうに抱き上げる。一方、彼女の方もこれが初めてでは

ないのだろう、ヤツの腕が密着すると、その肩にそっと両手を乗せ、後ろのベンチの位置を

気にしながら移動した。

 

「ありがとう」

 

謝意を述べながらの彼女の笑顔……それは、さきほどオレに向けられた時より何倍もの

気持ちがこもった笑顔だった……それを見て、ヤツも笑顔を浮かべる。

今さっきの、オレの「ありがとう」聞こえてた?、と疑いたくなるほどの違いだ。

 

「少し、顔色悪いけど……」

「大丈夫。今日は午前中だけだし」

 

ヤツは心配そうな表情のまま、ベンチに置いてある彼女のカバンを自分のと一緒に持つと、

かがみ込み、空いている手を自然な仕草で彼女の腰に回した。

 

「ほら」

「えっ、いいよ、自分で立つから」

「サポートした方が楽だろ」

「……でも、ここ外だよ」

「今だけ……学校じゃやらないよ」

「……ん」

 

彼女の両手がためらいがちにヤツの首に伸びる。頬を薄紅色に染めつつも、目を細め、

嬉しそうな表情を織り交ぜながら、しっかりと首にしがみついた。それを確認してから、

ヤツはゆっくりと自らの腰をのばし、彼女を立たせる。

スカートの下から見える膝が少し震えていた。

腰に回した手と自分の腰で彼女を支えながら次の指示をだす。

 

「そのまま腕につかまって」

 

素直に従う彼女。

 

なんなの、この二人……それに「アスナ」って……アノ女性剣士サマ?

いやいや、普通あの世界ではキャラネームのはず。

偶然の一致だろうな。

 

時間も忘れて二人のイチャつきっぷりを傍観していると、いつの間にか登校時刻の

ゴールデンタイムに突入していたようで、次々と生徒達がやってくる。

 

やっばっっ、完全にタイムオーバーだ!

 

焦ったと同時に校門の方から今一番聞きたくない声が近づいてきた。

 

「佐々ぁ〜」

 

呼び方だけは妙に間延びしているが、機嫌を損ねていることがわかるくらい長いつきあいの

相方「久里(くり)」がトテテテッとこちらにやってくる。

 

「うわぁーっ、久里、ごめんっ、想定外の出来事が重なって……」

 

平謝りに謝り倒そうとした時、登校中の集団の中で騒がしい声があがった。

 

「おらおらっ、道を開けろよ。誰のお陰で現実世界に戻ってこれたと思ってるんだっ。

オレ達が最前線で命を張って攻略を続けてきたからだろうが」

 

おーっ、まいがーっ

なんつータイミング、なにも初日に出くわさなくっても……想定外にも程があるだろう。

 

そこのけそこのけで道の真ん中を歩いてくるヤロー集団の先頭の一人が、こちらに気づいて

近づいてきた。

オレは急いで久里に耳打ちする。

 

「手も口も出すなよ。この後、オレを保健室まで運ぶヤツが必要だから」

「おっけぇー」

 

先頭の男子生徒は迷うことなくオレの目の前までやってくると、睨み殺すかの形相だ。

 

「お前……『交渉屋のコトハ』だな……忘れてねえぞ、その顔」

 

今にも噛みつきそうな距離までその顔を近づけてきた。

幸いにも残りのヤツらは傍観を決め込んでいるらしい。その他一般の生徒は視線を向ける

だけで足早に校門へと歩を進めている。

 

「いやぁ、久しぶり。お互い現実に復帰できてよかったね」

 

ことさら明るく振る舞ってみました……けど?

 

「お前がオレ達にしてくれた事、忘れたわけじゃないよなぁ」

「うーん、ちょっと記憶障害がぁ……」

「ふざけんなよ、テメー!」

 

今度ばかりは想定内で、目の前の男子生徒が太い右腕を振り上げた。

 

ああ〜、初日からジェットコースターすぎるぅ

 

覚悟を決めて目をつぶった。

 

……が、いつまで経っても殴られない。

そ〜っと目を開けると、振り上げられた右手首をさっきまでイチャついてた彼氏くんが

つかんでいた。

 

へっ?

 

「何があったか知らないけど、ここでキャラネームはNGだろ」

「お前には関係ねーだろ、離せよ、オレ達は最前線で戦ってたんだぞっ……」

「最前線って言っても、あなた達が参戦してたのはせいぜい4層まででしょ。それだって

ほとんど後方支援で終わっていたはずだわ」

 

ベンチに寄りかかるように立っている彼女が怒気を含んだ声でこの場を制した。

手首をつかんだままの彼氏くんがその言葉に再びため息をつき、彼女に向かって静かに、

けれど少々威圧感を込めて短い言葉を投げる。

 

「明日奈も、それ以上はマナー違反だ」

 

真摯な眼差しで、彼女の口を封じた。

 

「げっ、お前……血盟騎士団のアスナ……イテテテテテッ」

 

どうやら彼氏くんがつかんでいる手首に更に力をこめたらしい。

それ以上余計な言葉は発するな、という事なのだろう。

 

「わかったよ。忘れてやるよっ」

 

そう言って腕をふりほどくと、振り返る事もなく元いた集団へと逃げるように走り去って

いく。その後ろ姿を見ながら、彼氏くんがオレに声をかけてきた。

 

「一体どんな因縁なんだよ、あれ、相当恨んでたぞ」

「まぁ、ちょっと、あっちの世界で肩がぶつかった事があってさ」

「絶対ウソだろ」

 

「ねえ、『交渉屋』さんって何?」

「佐々はねぇ、NPCと交渉してクエストの報酬の数とか変えられるんだよぅ」

「……クエストのNPCに交渉なんて……できるの?」

「佐々はできるんだぁ」

「ウソみたい……」

 

こっちはこっちで、あっちはあっちでウソのような話が展開されていた。

 

「まあ、とにかく助かったよ。サンキュー」

 

この短時間に、この無愛想なお顔に二回も礼を述べてしまった。

こうならないよう、早めに登校しようと久里と待ち合わせしてたんだけどなぁ。

 

「そっちの彼女さんも……えっと……『アスナちゃん』だっけ?」

 

彼女に話しかけた途端、HPバーが一気にレッドまで削られた時のような血の気の引く

オーラを隣から感じる。

 

うーん、もの凄い殺気がダダ漏れてますよ〜、彼氏くん……。

はいはい『アスナちゃん』はNGなのね。

どうやら彼女、有名人みたいだし、しかも本名をキャラネームにしちゃってる、ちょっと

うっかりさんな可愛いところもあるみたいだし……なら

 

「『姫』もありがとっ」

「え?」

 

いつの間にか久里と楽しそうにお喋りをしている彼女がキョトンとした。

もちろん、キョトン顔も、めっちゃ可愛い。

 

「いやいや、可愛いだけじゃなくて、正義感も強くて、気高くて、まさに『姫』じゃん。

だからこれからは『姫』って呼ぶから」

「お前なぁ……」

 

改めて自分と彼女のカバンを持ち直した彼氏くんが、オレにあきれた視線を送ってくる。

しかし、それもほんの一瞬、すぐにオレはアウドオブ眼中だ。

 

「ほら、明日奈、つかまれって」

「あ、うん……それじゃ、またね」

「またねぇ、姫ちゃん」

 

久里がヒラヒラと手をふる。

コイツが初対面で懐くなんて珍しいなぁ、と少し驚きつつ、オレもあわせて手をふる。

姫はオレ達にニコリと会釈をしてから、彼氏くんの腕に両手でギュッとつかまり、ゆっくりと

二人で校門へと向かっていった。

歩きながら二人の会話がかすかに聞こえてくる。

 

「アイツと何話してたんだ?」

「うん『交渉屋』さんについて……キリトくん知ってる?」

「『交渉屋』?」

 

ああ、あんまり「交渉屋」「交渉屋」ってオレの屋号、連発しないでぇぇぇっ、と思いつつ

二人を見送る。

 

「噂になってた女性剣士さんて、同年代だったんだ」

「そうだねぇ」

 

これは早速担任に交渉して全校生徒のクラス別名簿を手にいれなくてはっ、と決意したのは

言うまでもない。

 

その後、オレは時間をズラす意図もあって、その場で久里に登校中の出来事を、要はなぜ

待ち合わせの時間に遅れたのかを簡単に説明した。

それから平謝りに謝り、ようやく「許してくれる?」の問いに、いつもの「そうだねぇ」が

聞けたところで、改めて学校へと並んで歩き出す。

校門をくぐり、昇降口の手前でクラスを確認してから教室に向かった。

 

「同じクラスで良かったな」

「そうだねぇ」

 

久里の口癖は「そうだねぇ」だが、今のは結構嬉しい時の「そうだねぇ」だ。

結局、遅刻ギリセーフの時間帯になってしまい、慌てて教室に入ると正面のメインパネルに

席次表が映し出されていた。

新年度なので、おきまりの五十音順だ。

 

「久里とオレの間、誰もいないんだな」

 

前後の続き席に向かおうとした時、本日二回目の「おや?」な首かしげの光景が目に入った。

久里の席の前にいるのは……すぐさまパネルで名前をチェック。

そっと後ろに忍び寄る。

 

「やぁっ、また会ったね、桐ヶ谷くんっ」

 

声をかけると同時に肩も叩くスペシャルメニューを繰り出した。

ゆっくりと、しかもイヤそ〜な視線全開で姫の「彼氏くん」こと「桐ヶ谷」くんが

振り返った。そんな照れ屋さんな桐ヶ谷くんの視線をオレは笑顔で受け止める。

そして始業のチャイムが鳴った。

 

 

 

 

 

ホームルームが終わり、今日はこれで解散、と担任が締めたところで久里の前に

座っていた桐ヶ谷くんがすぐさま立ち上がった。

無駄のない動作でカバンをつかむと足早に教室を出ていく。

急いで後を追いかけるオレと久里。

 

「桐ヶ谷くん、ドコ行くのかな?」

 

一瞬振り返り、オレ達と認識すると、完全無視で校内を移動していく。

 

「桐ヶ谷くーん」

「ついてくるなよ」

 

顔は正面を向いたままだが、オレ達に言っているのは間違いないだろう。

だってオレ達以外、桐ヶ谷くんの後を追っかけてる人間いないし。

各教室から時間差でゾロゾロと生徒達が出てくる。

今日はどのクラスも午前中で終わりなのだ。

前から横から後ろから人があふれ、急ぎたくても思うように移動ができない。

 

「あっ、もしかして姫の教室に向かってる?」

 

そう言った途端、歩く速度があがった。

 

わっかりやすいヤツ(笑)

 

速度をあげても、すぐに人にはばまれて、速度を落とすことになるのに……。

なので結局オレ達をまく事もできず目的の教室に到着してしまう。

空いているドアから教室内をのぞき込むと、既に生徒の半分以上は教室から出て行ったようで、

空席の目立つ状態となっていた。

 

あそこにいるの、入学生代表だった人だな、ってことは、ココ、最高学年の

クラスかぁ。

 

そう思って見ると、残っている生徒がなんだか全員頭がよさそうな顔に見えてくる。

 

「あれ?、キ……和人くん、と……えっと……」

 

オレ達を見つけた姫が仏頂面の桐ヶ谷くんと、その隣で笑顔全開のオレと、さらにその隣の

普通な久里を見つけて困惑気味の笑顔を浮かべている。

つかつかと無遠慮に教室に足を踏み入れる桐ヶ谷くん。

それに続いてオレも笑顔を振りまきながらお邪魔する。

 

「明日奈、調子はどうだ?」

「大丈夫だって。心配しすぎ、キ……和人くん」

 

微かに、ホントーッに微かに、桐ヶ谷くんが照れている。

 

「それより、どうして三人一緒なの?」

「それはですね、『桐ヶ谷』『久里』『佐々井』と、同じクラスでしかも

五十音順でも固い絆でつながっている、さながら姫を守る三銃士みたいな関係だから」

 

笑顔で答えたオレの横っ腹に桐ヶ谷くんから愛のこもったエルボー攻撃が炸裂する。

それを見た姫がクスクスと笑った。

 

「初日で随分仲良しになったんだね」

 

オレと認識を共感してくれて、満足げなオレとは正反対の表情の桐ヶ谷くんだが、あえて

それ以上の反論や反撃はなかった。

これはもう、全員一致の共通認識となった証だろう。

 

周りを見ればいつの間にか教室に残っているのは姫と三銃士だけ。

 

「そろそろ帰るか?」

 

桐ヶ谷くんが持ちかけたが、姫は座ったままオレ達三人に上目遣いで聞いてきた。

 

「もうちょっとここでお喋りしてもいい?」

 

『この上目遣いに逆らえるヤツっているの?』レベルの強制力に思わずフラフラと

よろけそうになる。

 

「もちろんだよっ、姫。あ、じゃあオレは失礼して……朝メシ食ってなかったんで」

 

カバンの中からゴソゴソとコッペパンの卵サンドとハムカツサンド、それにコーヒー牛乳を

取り出しながら、知らない人の席のイスを借りて、姫の近くに陣取る。

姫の前席のイスは桐ヶ谷くんが使い、久里はオレの隣にイスを持ってきて座った。

 

「佐々井、お前、それ、ずっとカバンに入れてたのか?」

 

既に見なくてもわかる桐ヶ谷くんのあきれ顔を感じながら、パンのラップをはがす。

 

「『佐々』でいいよ。ずっとって言うか、式が終わって体育館から教室に戻る時、

売店のおばちゃんから買ったのさ」

「今日って午前中で終わりだから、売店、開いてないだろ?」

「ああ、おばちゃんつかまえて、教師の為に少し仕入れがあるって聞いたから、

交渉したら売ってくれた」

 

唖然としている桐ヶ谷くんと、苦笑いの姫と、当然顔の久里の顔を順番に見ながら、

パンを頬張り「何か問題でも?」と首をかしげる。

オレ、今日、人生で最高回数首をかしげてるなぁ。

 

「姫は久里から聞いたでしょ。オレ、あっちの世界で『交渉屋』だったって」

「……うん」

「『交渉屋』って言うのはさ……」

 

口火を切ったところで、桐ヶ谷くんがオレの言葉を手で制した。

 

「それ以上はいいよ」

「なんで?、自分から話すんだからいいだろ。それに具体的な話はしないし」

 

たいした話じゃないよ、と前置きをしてから、話を続ける。

 

「クエストでNPCから報酬を受け取る時に交渉して、量を多く貰って、それを

欲しがってるヤツに売ってコルにかえたり、物々交換したり、ってのが、まあメイン

なんだけど、たま〜にクエストに挑戦する連中と一緒に行って、その場でNPCに

交渉してやるってのもやっててさ……それが『交渉屋』」

 

ココで説明は終わり……のはずだった。

普段なら、ココで終わらせてたんだ。

いつもなら、ココまでで……それがオレも相手もほどよい関係を築けるから……。

 

「二人とも驚いた顔してるけど……」

 

そう、驚かれても、疑われても、事実は事実。

信じなくてもココで終わりなんだ。

同じ相手にもう二度とこの話をすることはない。

それ以上は……どうせ……言っても……。

 

「……NPCなんて、人間と違って言ってることにウラオモテないし、特にあの城の

NPCは他のMMORPGのヤツらより、なんつーか、表情が豊かだったし、会話能力も

ハイレベルだったから、逆に交渉はしやすかったくらいだな……」

「……佐々ぁ……」

 

隣の久里が心配そうにオレの名前を呼んだ。

 

そうなんだよな〜、ここまで話すと、まずヒャクパー、信じてもらえないんだよな。

結果は出してんのに、その手段の段階でNPCの表情が変わるとか、理解できないん

だろうけど。

だからNPCに対して公開されていない裏キーワードを知ってるんじゃないか、って

疑われたり、それを教えろって脅されたり……。

折角仲良くなれそうなのに、なんで調子乗って勝手に口が喋っちゃったかなぁ……。

 

話をしてからパンを食べるどころの気分ではなくなってしまった。

完全に自己反省に陥っている。

パンを持つ手が膝に落ち、下を向いてしまったオレを久里が見つめていた。

 

まあ、理解されなきゃ、されないで……今までだってそうしてきたし……。

オレってば慣れっ子さんだし、久里もいるから大丈夫、よし。

 

「ああ、わかるよ」

「そうだね」

 

信じられない言葉が耳に飛び込んできた。

急いで顔をあげると二人がオレに頷き、それから何か共通の想い出を確かめ合うように、

互いに笑顔で見つめ合っている。

 

「佐々ぁ、よかったねぇ」

 

表情の読み取りにくい久里が、珍しく誰にでもわかるくらいの笑顔でオレを見ていた。

二人の様子からして、オレに気を遣って同意をしてくれたのではないことくらい

『交渉屋』として表情の読み取りは得意中の得意なオレに判断できないわけがない。

 

「君たちって……無茶苦茶だよね」

「そうだねぇ、無茶苦茶だねぇ」

 

こんな話、信じるなんて無茶苦茶だ。

こんな話、久里以外に肯定する人間が二人もいっぺんに現れるなんて……なんて今日は

想定外盛りだくさんの日なんだ。

 

「そうね、少なくとも、和人くんは無茶無謀の人だから」

 

確信の笑顔で言い切る姫。

そう言われて、なぜかまたもや桐ヶ谷くんは微かな照れを懸命に隠そうとしつつ、右手を

のばし、姫の頬に触れた。

 

「そういう明日奈だって、無理して……気分、少しは良くなったのか?」

「……なんでわかっちゃうの?」

 

嬉しいと言うより、悔しいという表情もまた可愛い。

 

「朝だって顔色悪かっただろ。さっき教室来て顔見た時も思ったけど、すぐに

帰らないって言うし、お喋りしたいって言ったわりに、口数少ないし」

「ちょっと人当たりした程度だよ、もう大丈夫ですっ」

 

姫は背筋を伸ばして、ことさら元気をアピールしてくる。

 

「実はオレも姫の表情がすぐれないの、わかってたよ。まぁ、野生の勘で、久里にも

バレてたと思うけど」

 

オレの言葉で姫が肩の力を抜いて、照れたような、困ったような笑顔になった。

 

「ご心配をおかけしました、佐々井くん、久里くん、和人くん」

「……で、桐ヶ谷くんはなんでそう、いちいち照れてんの?」

 

もういい加減吐けよ〜、気になって仕方ないんだよ〜。

いやいや、これは「気になる」って言うより

 

「気が散って、姫に集中できないんだよぅ」

「しなくていいし、それに照れてないから」

 

またもや桐ヶ谷くんが無表情を装う。

無駄無駄、オレと久里の前で表情を誤魔化そうなんて、それこそあの城の100層に到達するよか

無茶無謀なのに。

 

「あっ、もしかして……桐ヶ谷くん、姫から『和人くん』って呼ばれるの、慣れて

ないとか?」

 

瞬時、桐ヶ谷くんがたくさんの感情が入り交じった、要するにビンゴの顔になったのを

オレは見逃さない。

だいたい桐ヶ谷くんが頑張っても、目の前の姫が完全に納得顔になってるし……。

 

「そうなのぉ?、姫ちゃん」

 

久里の一押しで姫が決壊した。

 

「あ……うん、今まではキャラネームで呼んでたから」

「明日奈っ」

「私もついキャラネーム言いそうになっちゃうけど……すぐ慣れるよ」

 

桐ヶ谷くんが頭を抱えている。

 

「では友人としてオレ達も協力しなくちゃ……なっ、久里」

「そうだねぇ」

「『和人くん』……ってのはなんか気持ち悪いから……『カズ』でいいな」

「じゃぁ、ボクはぁ……カズくん」

「お前達……別に名前呼ばれるのが慣れてないわけじゃないっ」

 

カズは両手を姫の机に乗せて、拳をプルプルさせている。

 

「人前で姫に呼ばれるのが恥ずかしいんだろ、ん〜なコトわかってるよ、カズ」

 

わざとあきれ顔で言ってやった。

ああ、どうしよう、心のニヤつきが止まらない、楽しすぎるっ。

 

「明日奈、帰ろう」

 

机に乗せている拳に力を入れ、ガタンッと大げさな音を立てて立ち上がり、無理矢理

話題転換という裏技を繰り出してきた。

これ以上遊ぶのはちょっと可愛そうだな、と姫、オレ、久里の表情に共通の色を見る。

 

「うん、そうだね」

 

素直に帰り支度を始めるところも、姫は優しいなぁ……いや、甘いと言うべきか。

姫が支度する様子を見ながらも、カズが窓の外に視線を移す。

 

「車、来てるんだろ?」

「校門の外で待っててくれてるはずだけど」

「ならそこまで一緒に」

 

当然のように、姫のカバンを持ち、立ち上がる姫の腕を支えている。

 

「なに?、姫はお迎えつき?」

「あ、そうなの。まだ本調子じゃなくって……」

「そうなんだぁ、エライねぇ」

「え?」

 

予想外の久里の言葉に驚いて、カズにつかまりながら歩き始めていた姫が足を止める。

オレが言葉の説明を引き継いだ。

 

「だってまだ調子悪いのに学校来るの、エライでしょ。オレだったら来ないね」

「そうだねぇ、佐々だったらこないねぇ」

「ほら、久里の保証付き……カズも心配ばっかしてないで、姫の頑張りを褒める事も

必要だぞっ」

「うっ」

 

言葉に詰まるカズを、楽しそうに見ている姫がこちらに顔を向ける。

 

「有り難う、久里くん、佐々井くん」

 

今日一番の笑顔をくれた。

 

 

 

 

四人一緒に校門からでると、姫と出会ったバス停の先に黒塗りのデカイ車が停まっていた。

てっきり親が誰かが普通の乗用車で迎えに来ているものと思い込んでいたオレは思わず

足が止まる。

姫の姿を認めると、スーツ姿の初老の運転手がでてきて後部座席のドアを開けた。

なんとなく近寄りがたいものを感じて、その場に立ち尽くしているオレと久里とは対照的に

姫が腕にしがみついているカズは当然の様子で車に近づいていく。

ハッキリとは聞こえないが、姫が運転手に向かって声をかけているようだ。

 

「……さん、遅くなってごめんなさい」

 

運転手は、優しく首をふり「お気になさらず」と言葉を添えた。

カズの手助けを受けながら、姫が座席に腰を落としたのを確認すると、運転手は運転席に

回り込む。

その間に、かがみ込んでいるカズの顔が車内の姫に急接近したが、それも一瞬で、

すぐに車の外に立ち、ドアをゆっくりと閉めた。

フィルターの張ってある車窓ガラスが静かにおりて、姫が顔をだし、手を振る。

それを見てカズも手を上げ、その後ろでオレは盛大に腕ごとふった。

車がスムーズに走り出すと、ちゃんと視線をオレ達に向けて、手を振ってくれる姫。

だが、車は角を曲がり、その姿はすぐに見えなくなってしまった。

 

「もしかして姫ってお嬢?」

 

オレ達が立ち尽くしていた場所まで戻ってきたカズは、意外にもその質問に素直に答えて

くれる。

 

「まあな……でも今のは明日奈の父親の運転手だよ。体調が戻るまでの期間限定って条件で

下校の時だけ迎えに来てもらうのを明日奈が受け入れたから」

 

その言い方から察するに、下校時のお迎えは不本意なのだろう。

お嬢なのに意外と言うか、姫なら納得と言うか、オレなら喜んで毎日送迎してもらうのに。

 

「姫って見た目より気が強いよな」

「まぁ『攻略の鬼』と呼ばれた『副団長』サマだからな……っと、オレまで口がすべった」

 

カズは思わず手で口をおさえている。

 

「そっか、あっちで『キツい』イメージなのはホントだったんだ……大変だったんだろうな。

女の子が最前線で……」

「ああ、明日奈はたくさんのプレーヤーの支えとして戦ってたから」

 

駅に向かって歩き出していたオレ達は、カズがあの世界での姫を思い出しているのを

感じながら質問を続けた。

 

「……姫、たまには笑ってたか?」

「そうだな。本当にたまに……攻略から離れた時は笑ってたよ」

「そっか……ちゃんと笑顔になれる時間があったなら……よかった。カズはあの世界でも

姫が笑顔を向ける相手だったんだな……」

「うっ……うん、まあ……そうかな」

「一緒にクエストしたり?」

「まあ、やったな」

「レベル上げしたり?」

「そうだな」

「メシ食ったり?」

「ああ、アスナ、料理スキル、コンプリートしてたし」

「一緒に暮らしたり?」

「そりゃあ、結婚してたから……」

 

質問したオレがバカなのか、正直に答えるカズがアホなのか……。

両者共にショックを隠しきれない表情で思わず見つめ合ってしまった。

口をパクパクしているカズの肩を叩きながら、ため息交じりにアドバイスを授ける。

 

「カズ、こんなの『交渉』って言わないからな。誘導尋問のレベルにも達していない。

お前うっかりしすぎ。結婚の事、あんま人に言うと姫に嫌われるよ」

 

それでもまだ口をパクパクしている。

 

「わかってるって。オレも久里も喋ったりしないから。オレは最前線で戦ってくれていた

攻略組の皆さんを崇拝しているのだよ、うん」

 

そう告げた途端、今度は久里が何かを訴えるよう、オレの肩に手を置いた。

 

「な、なんだよっ、これから崇拝するんだよ。確かにあの時はお前にも迷惑かけたけど……」

「……『あの時』って、なに?」

 

久里の手が乗っているのとは反対側の肩にカズが手を乗せた。

見れば表情は完全復活を告げている。

 

「うげげっ」

 

両肩にかかる圧のせいか、オレは諦めて肩を落とし、今は無きあの城で、アバターを通して

この肩がぶつかった高慢ちきな自称最前線攻略組の皆さんと、後になんの巡り合わせか

『交渉屋』としてクエストに同行し、報酬の数を逆に少なくしてやった武勇伝を

駅にたどり着くまで語らなければならなくなった。




お読みいただき、有り難うございました。
一番の「想定外」は、文章が予定の倍以上の長さになった事です(苦笑)。
オリキャラの佐々井目線なので【番外編】とし、キリアスのイチャこらぶりも
封印のはずでしたが、いつの間にかこっそりイチャついてますね……。
『交渉屋』としてNPCと接する事が出来る設定は『SAOP』を読む前から
出来ていたので、読んでビックリ……佐々井にキズメルを会わせて
あげたかったかも。
では、次は現実世界での二本立てです。

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