ソードアート・オンライン《かさなる手、つながる想い》   作:ほしな まつり

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『「お気に入り」200件突破記念大大感謝編】選ばれし者』の
スポーツ大会で午後の部のお話です。
内容的には『女神な彼女』をお読み頂いてからのほうが
すんなりつながります(苦笑)


借りモノ競走で借りてもいい?

空は高く澄み渡り、校舎からグラウンドへと吹き抜ける秋風は湿気もなく肌に心地よい。穏やかな日差しの下、手探り状態で開催されているスポーツ大会もそれなりの盛り上がりを見せ、プログラムも午後の部の終盤に差し掛かっていた。

グラウンドの片隅では出番を待つ生徒達が思い思いにウォーミングアップを始めている……はずなのだが、次の競技に限ってはそれほど身体を解す必要もないのでほとんどの生徒がお喋りに興じていた。

その中にひとりぽつん、と哀愁を漂わせている男子生徒の背後に佐々井が忍び寄る。

 

「おーい、モンモン……」

「誰が『モンモン』だよっ」

 

しょんぼりと落ちていた肩がすぐさま怒り肩に尖り、と同時に振り返りざまに佐々井を見る目も完全に尖りきっている。しかしそんな反応にも頓着しない佐々井は普段通りゆるみきった顔で友人の視線を受け流した。

 

「誰って、お前だよ、お前。好きな女子に告白するとかどうかで悶々と悩み続けている、お・ま・え」

「お前らが勝手にオレの事をお猿さんちっくに『モンモン』なんて呼び始めたから、最近は語源を知らないヤツらまでオレの事を『モンモン』って呼ぶんだぞっ」

「いいじゃないか、かわいくて……モンモン」

「よかねーわ。ついにっ、ついに、だっ……さっきこの待機場所に移動してる途中、目当ての彼女にまで『モンモンって呼んでいい?』って聞かれたわっ」

「えっ、それはおめでとうっ」

 

佐々井の目と口が驚きで大きく丸くなった後、すぐにそれは笑顔へと変わった。心底嬉しそうに、楽しそうに笑うその表情の裏に気づいたモンモンが目一杯眉間に皺を寄せ眼光鋭く斜め下から佐々井を睨み上げる。

 

「佐々……お前、それ、絶対おもしろおかしんでるだろ」

「ひどいなぁ、モンモン。オレは純粋に彼女がお前に関心があってよかったね、って思ってるだけなのに……」

「人の恋心を弄びやがって。純粋だって言うならお前もカズも、もうちょっと普通に応援してくれっ」

 

先日、ネト研が活動していたパソコンルーム内での会話を思い出したモンモンが噛みつきそうな勢いで顔を近づけると、たじろぐ事なく佐々井がひらひらと片手を振って動じないテッパンの笑みを浮かべた。

 

「オレは告った事もなければ今のところ告る予定の相手もいないし、カズに至っては人の恋愛サポートより自分の恋愛で手一杯だろー」

「佐々……お前って恋愛感情をうっかりストレージから削除しちゃった可哀想なヤツなのか?」

 

一転して哀れみの視線を送られると佐々井の笑顔の中でピクリと眉だけが持ち上がる。

 

「告らなくても彼女は出来るんだぞ、モンモン」

「は?…………それって……ええっと…………げっ、ま、まさか……ええっ?!、お前がっ??、まじかっ」

「モンモンは意外と失礼なヤツだな…………そっ、自分から告らなくても、相手が告ってくれれば、それをOKして彼女ゲットだ」

 

その言葉を聞いて文字通り、モンモンがグラウンドの地面に崩れ落ちた。

 

「無理だ……彼女がオレに告る?……何をどうしたらそんなシチュエーションになるのか想像すら出来ない」

「うん、オレもモンモンが上手いことそんな感じに女子の感情を誘導するなんて高等テクを習得できるとは思ってないよ」

 

地面に座り込んでいるモンモンの肩をポンッと軽く叩いた佐々井がへらっ、と笑って「お前がそうやって悶々としている姿がオレは大好きだぜ」と告げると、モンモンがキキッ、と顔を上げる。

 

「佐々、お前はわざわざオレを打ちのめしに来たのかっ」

「まさか。オレは久里の背中のクラスゼッケンが取れそうだからそれを直しに来たんだよ。久里もお前と同じでこの後の借り物競走に出るんだ。まぁ、順番はお前のひとつ前だから一緒に競うことはないけどな」

 

そう言いながら周囲を見回して久里を見つけると佐々井は「じゃあな」と言ってモンモンから離れて行った。しかし、数歩足を運んでからくるり、と振り返り、未だ立てずにいるモンモンへ得意気な笑みを向ける。

 

「そうだっ、モンモン。お前、この借り物競走、最終組だろ?……最後は盛り上がるように全員、借り物のお題を『好きな異性』にしといてやったからっ」

「はぁっ!?」

 

バネ仕掛けのように顔を上げたモンモンが同時に驚愕の声を上げた。

 

「なんだよっ、そのお題はっ」

「だからさ、きっかけ作りに協力してやろうと思って。ダメモトで実行委員に提案してみたらノリのいい連中だよなぁ、二つ返事で採用してくれたんだ。だからちゃんと走る前に彼女のいる場所、チェックしとけよー」

 

朗らかに手を振りながら去って行く佐々井とは反対に、お題ネタを耳にしてしまった最終組の出場者はモンモンと同様に驚愕の顔に転じて慌てふためき、足をもつれさせながらも会場内の応援席に視線を走らせ始める。捜索のためにこの場から離れるのは時間的に無理だが、意中の女子、又は男子、又は教師の位置情報を得ようと必死だ。しかし中には全く変化のない者も若干名……既にパートナーが居る者達だろう。逆に走る前にお題が分かって安心しきった顔になっている態度が妙に腹立たしい、と余裕のある生徒数名を視界の端におさめながら、やはりモンモンも目を凝らしてさっきすれ違ったばかりの彼女の姿を探したのだった。

 

 

 

 

 

「位置について、用意……」

 

パンッ、とグラウンドに響くスターターピストルの音を合図に久里はスタート地点からトテトテと走り出した。

歩いてはいない……から、これは走っているのだ、と、いかにも言い訳じみた走り方だったが、所詮「借り物競走」、全力疾走が結果に直結しない競技である。左右を走る同じ組の出場者達も同様で、お題を手にするまではライバルと言う緊迫感より同一行動を取る連帯感さえ漂わせる表情で男女問わず緩やかな足運びのまま『借りモノ』の書いてあるカードが入った封筒が置いてある机までほぼ横一列のまま辿り着いた。

そしてここからは運との勝負だ。

先に『お題』を選んだからといって勝ちが取れるわけでもない。

日本には『残り物には福がある』という諺もある。

けれどお腹も膨れた午後のまったりとした時間帯で行われているせいか、各クラスの応援も順位を急かす雰囲気はなく、どこかお祭りのような賑々しい和気あいあい感満載だ。そんな楽しげな空気の中、久里を始めたとした競技者達は別段諍い合うことなく自然と自分から一番近い位置にある封筒に手を伸ばした。

僅かな緊張と共に封を開けて小さなカードを取り出し、そこにある文字を目にした途端、全員がピシッ、と音を立てたように固まる。

カードに書かれていた硬直呪文が発動したのか?、とその光景を不思議そうに見つめる応援席の生徒達の疑問を解消すべく、実況担当の女子生徒が急いでマイクを手に出場者達に駆け寄った。

 

『えーっと……こちらの一年の男子が選んだ『借りモノ』はですね…………あれ?、え?、ウソ…………ええっ?』

 

戸惑いの声がグラウンド内の各所に設置されているスピーカーからこぼれ落ちる。

そこに書かれているはずのない文字を見たと思われる実況担当者は一年生が手にしていた紙面をギョッと覗き込むと、素早くその隣の生徒のカードにも目を走らせ、反対側の生徒が持っているカードにおいては確認だけで一瞥を投げてから頬をポリポリと掻くと、何かを吹っ切ったように頬に触れていた手を広げて空に伸ばし四方に向けて笑顔全開で声を張った。

 

『すみませーん、ちょっと手違いがあったみたいで、どうやらお題が次の最終組用のと入れ替わっちゃったぽいですけど、こうなったら仕方ないです。とゆーわけで『借りモノ』は全員同じ……『好きな異性』っ。張り切って探してきてくださーいっ』

 

開き直った実況担当者の声が響き渡った一瞬の後、応援席では「うぉーっ」と言う野太い声と「きゃーっ」という悲鳴に近い喜声があがり、その中に紛れ込むように「ええーっ」と細く困惑の声が混じっていたが、総じてその場の空気は一気に色めき立つ。

その空気に飲まれ気味の出場者達は唖然とした顔で数刻前の自分達を振り返っていた。

実は聞こえていたのだ、佐々井がモンモンにかけた言葉を。

だからその時は完全に他人事で「うわー、最終組にならなくてよかったー」ぐらいに思っていたのだが、蓋を開けてみればこのうっかりミス……目頭が熱くなる。

けれど頭を数回振って無理矢理意識を現実に戻し、自分達を見守るそわそわとした落ち着きのない視線の集中砲火を浴びながら「ウソだろ」「もしかしてチャンス?」「えーっ、無理っ」と前向き、後ろ向き、それぞれに思考を働かせ己の取るべき行動を考え始めた。

全員が一様に熟考しているところを見ると奇跡的に誰も彼氏、彼女持ちはいないらしい。

そんな中、意を決したようにキリリッと顔を上げ、覚悟を決めた足取りで全校生徒が待ち構えている応援席へと一直線に進んで行く…………ならばこの場も更に盛り上がっただろうに、一番最初にトテトテと気負いなく足を動かしたのは久里だった。

難なくお目当ての人物を見つけたようで、普段、あまり気持ちが顔に出ない久里にしては珍しくちょっぴり目を細める。

 

「姫ちゃーん」

 

片手を顔の隣に持って来て、招き猫よろしく、おいでおいでの仕草で呼んでいるのはあろう事か結城明日奈そのヒトだった。

途端にグラウンド全体がどよめく。

多分、同じ男子出場者達の誰もが一瞬は選択肢の一人として彼女の影をよぎらせただろう。しかしこの全校生徒と全職員達を立ち会いにして公開告白ショーを披露する度胸はないし、ヘタをすればファンクラブの奴らから凄まじいブーイングの嵐に襲われる危険性もある……ああ、それでもゴールするまでの僅かな距離、姫と手を繋いで走れるのなら、そんな一時の思い出作りにチャレンジするというのもアリだったか……と様々な思考と想像が交錯している間に、明日奈は大笑いしながら隣に座っていた里香に背中を叩かれて、少し照れながらも困ったように眉を落としたまま久里の前まで歩み出て来ていた。

何と言葉を発して良いのかわからず、明日奈にしては珍しくまごついていると、「姫ちゃん」とお日様のような笑顔でもう一度、久里だけが使っている呼称で呼ばれる。

 

「ゴールまで一緒に来てよぉ」

「うっ……えっと……」

「だめ?」

「ダメって言うか……」

 

お題は『好きな異性』なんだから、手招きした時点で告白と同義になっている事をわかってるのかしら?、と明日奈は返答に窮した。

久里は佐々井と一緒に和人のクラスメイトである。もっと言うならばただのクラスメイトと言うよりは「仲の良い」を付ける間柄で間違いない。だから当然、明日奈が和人と付き合っている事は知っているはずで、それなのに『好きな異性』として名指しされた明日奈としては戸惑うばかりだ。しかし、それと同時に恋人である和人と懇意にしている人の頼みなら出来る限り協力をしたいという気持ちもある。けれどこの条件での協力要請には応じて良いのか判断に迷うところだし、仮にその手を取ってしまった場合、告白を受け入れた事になってしまうのでは?、との心配もあった。

 

「ねぇ、久里くん。好きな女の子、いないの?」

「ボク、姫ちゃん、好きだけどなぁ」

「……有り難う、久里くん……でもね……」

「ちょっと待てっ、久里っ」

 

明日奈の背後からグラウンドの砂を蹴る足音がして、すぐに息を切らした和人のいつもより低い声が飛んできた。

 

『はい、「ちょっと待った」来ましたーっ』

 

実況女子の合いの手が入る。

他の出場者達もようやく決心したのか、思い思いの方向に足を進め、目的の異性をひたすら目で探す者や友人達に頼み込んで人海作戦に入ろうとしている者もいる中、やはり一番オイシイのはここだろう、とマイクを握りしめた実況担当者は瞳を輝かせ、慌てふためきながらやって来た闖入者の次の動向を待った。

久里が明日奈の名を呼んだ時点で、もう自分がその名を呼ぶ権利はないのだと決めつけていた男子出場者達は「待った」の声で、一瞬「それってアリなの?」と胸に小さな希望の火を灯す。久里の誘いを明日奈が断った場合、一縷の望みをかけて「じゃあ俺は?」と聞いてみてもいいんじゃないか?、と、聞くだけならタダだ、と、こうなったら借り物競走の獲得順位なんて知ったことか、と……公衆の面前で名前を叫んで呼び出す勇気はないが、既にそこに姫がいるのなら自分の恋心を伝えてみるのも青春だ、と妙にピンクに色づいている会場の雰囲気に酔ったらしく、男子出場者達が次々に「俺も、待った……」と言いながら振り返って目にした光景は、のんびり笑っている久里と困り顔の明日奈の間に牙を剥く形相で和人が割り込んでいて、その三人が視界に収まる距離で実況担当の女子生徒がワクワクオーラを発散しまくっている。

「待った」をかけたのが同じ出場者ではなく、更に言えばどす黒い気迫を纏ったまま射殺しそうな目で久里を睨みつけている桐ヶ谷和人で、その背に庇われながら安心したように、でもほんの少し嬉しそうに頬を染め、その後ろ姿を見つめている結城明日奈。その二人の前には何の圧も感じていない様子で自然体のまま、ぽけっ、と立っている久里に少し離れた場所には事の一部始終を見逃すまいと前のめりにマイクを構えている実況女子。そしてその場を遠巻きに包み込んでいるピンクのオーラ……。

 

「カオスだ……あそこにカオスフィールドが発生してるっ」

「無理だな、俺の耐久値じゃ……あのフィールドに足を踏み入れた途端……消滅確定だ……」

 

結果、暖色、寒色、無彩色が溶け合うことなく複雑に入り交じっている混沌空間へのダイブを試みる猛者は現れなかった。

己は己の戦いをするだけだっ、とカオスフィールドへの関心を断ち切った男子達はそれぞれ当初の目標に立ち返り、改めて応援席へと向き直る。そんな中、実行委員で司会進行役の男子の声がスピーカーから興奮気味に流れてきた。

 

「一年生の女子が、今、トップでゴールテープを切りましたっ。彼女の『好きな異性』として一緒にゴールしたのは……ほっちゃんですっ。若手の科学教師、穂坂先生っ。噂によるとカフェテリアの調理主任『俺達の胃袋かあさん』と呼ばれているヨシエさん、カッコ、永遠の三十代、カッコとじ、も密かに恋心を寄せているという我が校のイケメン教師っ…………あーっと、応援席からブーイングが飛んで来ていますっ。どうやら『穂坂会』会員の女子から非難の声があがっているようですっ」

 

和人が久里を睨み付けている間に一位は決まったようだ。

カオスフィールド内に留まっていた実況担当者がすぐには対応できないと判断した進行役の男子の機転で、一位を獲得した女子の様子を司会として常駐しているゴール前の本部テント内から伝えると、やはりカオスフィールドに釘付けになっていた観衆の視線が一気に移動する。一位の女子と手を繋いでいる教師にいち早く反応したのはその教師、穂坂のファンクラブと言うべき『穂坂会』の会員となっている女生徒達の悲鳴と怒号のミックスだった。衆人環視の目がカオスフィールドに向いている間にこっそりと穂坂を連れ出してゴールテープを切った女生徒もあまりの過激な反応に驚き、慌てて繋いでいた手を離すがブーイングが収まる気配はない。

カオスフィールド内の三人に張り付いていた実況女子がこの騒ぎを収拾する為に急いで駆け寄り、マイクのスイッチを一旦切って一位の生徒と穂坂に話しかけている。

どうやら『借りモノ競走』出場者の生徒はこの場に残ってもらうが、協力してくれた相手が留まる必要はない、と伝えているようだった。穂坂を連れて来た一年の女子はしきりと頭を下げ、感謝の礼を告げているが、穂坂はそれに応えるように笑顔で手を振るとそのまま彼女の頭をぽふ、ぽふ、と軽く労うように触れる。

 

「「「ひぃぃゃやあぁぁぁぁぁっ」」」

 

同時多発的に引いているのか押しているのか分からない叫悲の声が会場内をうねり巡った。

ポフポフされた女生徒、それを間近で見た実況女子、そして、応援席に点在する『穂坂会』会員達がそれぞれ、驚きと嬉しさと恥ずかしさと妬ましさと羨ましさのどれかの感情が全身を占めて言葉にならず、ただ頬を真っ赤に染め上げ穂坂を見つめている。

単に「お疲れさま」のつもりだった穂坂は予想外の反応に「んん?」と首を傾げたものの、実行委員の女子スタッフにこの場を退場して欲しい旨を伝えられた事を思いだし「じゃあね」と声を掛けてグラウンドの外に出るが……途端、バタバタと殺到してきた女生徒達が次々に頭を差し出してきて、彼女達のポフポフリクエストに頬をヒクつかせながら応じる羽目となってしまったのだった。

そしてその頃、カオスフィールドのただ中にいる和人は明日奈を背で隠しつつ久里を問いただしていた。

 

「どうしてアスナなんだ、久里」

「うーん、だって『好きな異性』ってお題だからだねぇ」

「そうじゃなくて……」

 

こいつ、オレとアスナの関係に気づいてなかったとか言わないよな、と久里ならばありえる可能性に和人は痛みを覚えたのか片手で頭をおさえた。自分に向けられた不安と疑いの眼差しに「大丈夫だよぅ」と久里が気の抜けた声を出す。

 

「ボク、カズくんも好きだし、佐々も大好きだからぁ」

「あっ?、あぁ……あー……」

 

一音の強弱だけで疑問と戸惑いと納得を示した和人はもう一度「だからそうじゃなくてさ……」と次に続く言葉に悩んだ。お題の『好きな異性』の『好き』は同性に抱く『好き』と同じじゃないから、をどう表現していのかがわからない。

すると和人の背中から優しい声と同時に明日奈が歩み出てくる。

 

「あのね、久里くん。もし私が同じように『借り物競走』で『好きな異性』ってお題が出たら、私は久里くんじゃなくて和人くんを呼ぶの」

 

みんなが魅了されるほわん、ほわん、とした笑顔が添えられた明日奈の発言に和人が目元を染めて「あ、ありがと」と小さく返すと「もうっ、当たり前でしょ」と明日奈の眉毛が跳ねた。けれど互いを見つめ合う二人の前で久里が臆することなく「姫ちゃん」と明日奈を呼ぶ。

 

「姫ちゃん、ボクの事、好き?、嫌い?」

 

二択を迫られてはどうしようもなく、明日奈は「うん、好きだよ。でもね……」と続けようとすると、久里はホッとしたように顔を緩ませた。

 

「うん、ボクも姫ちゃん、好きだよぉ」

 

どうやら話が振り出しに戻ったらしいと気づいた和人が「あー……」と項垂れる。それでも懸命に説明をしようと試みる明日奈が「確かに私は久里くんが好きだけど……」と言うと、それを遮るように「いいよ、アスナ」と和人が諦めの声を吐いた。

 

「なんかアスナの口から『久里が好き』とか聞かされるのも無理だし」

「でも、和人くん」

「久里ってさ、確か幼馴染みの彼女がいるって佐々が言ってた気がするけど……」

「えっ、そうなの?」

「ああ、だからこの学校には、そういう意味での『好きな異性』はいないんだろ。きっと……多分……ちゃんと……わかっててアスナを呼んだんだと……思う」

「あー、よかった」

 

心底ホッとしたような顔の明日奈を横目で見ながら和人は「だからってなんでわざわざアスナを選ぶんだよ」と不満げに文句を零しながら改めて久里の前に進み出た。

 

「久里」

「なぁに?、カズくん」

「これは『借りモノ競走』だ」

「そうだねぇ」

「借りるんだから当然そのモノには所有者がいるって事だよな?」

「そうだねぇ」

「だから今回だけはお前にアスナを貸すよ。いいか、ゴール地点まで貸すだけだからな」

「うん、ありがとぉ、カズくん」

 

言外に明日奈の所有者は自分だと言ってのける和人に久里は相変わらずの笑顔で応えるだけだ。困った笑みを浮かべている明日奈は二人の取り決めが終わったところで「じゃ、ゴールまで走ろっか、久里くん」と言って久里の隣に立つ。周囲に目を向け、借りモノ交渉に成功した出場者達がパートナーと手を繋いでいるのを見て逡巡すると、それに気づいた和人が後ろから「今回だけな」と渋々お許しを出してくれた。

くすっ、と笑って明日奈が久里に手をのばす。その手を嬉しそうに握って走り出した二人の後ろ姿を苦笑いの溜め息と共に真っ黒な瞳が見送っていた。

その光景をすぐ近くの応援席から眺めていた佐々井が目に涙を貯めて笑い悶えていた事も、もちろん、その次に控えていた最終組のモンモンがスタート地点で既に泣き崩れていた事も言うまでもなく、そんなグラウンド内の状況には目もくれずに永遠の三十代であるヨシエさんはキラキラとした若々しい笑顔で穂坂にポフポフしてもらう列の最後尾についたのだった。




お読みいただき、有り難うございました。
今回は『秘め事』で出た穂坂先生(に関連して「穂坂会」)なども登場で
あっちこっち《かさ、つな》オリジナルキャラばかりが絡んでいて
少し読みにくかったでしょうか?
ヨシエさん……煮豆が得意です(苦笑)……既に小学生のお孫さんもいる
永遠の三十代ですっ。
世に言う「頭ポンポン」は結構、賛否両論みたいですけど「セットした髪が
乱れるっ」とゆーご意見もあったので、あまり勢いなさげな「ポフポフ」に
してみました(笑)
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