ソードアート・オンライン《かさなる手、つながる想い》 作:ほしな まつり
ありませんが、気持ち的には十月に投稿したかったんです。
明日奈の和人の衣裳はネットで画像検索をかけた時に見たものを参考にしました。
「では、これからお二人には館内のスタジオに移動していただき、ご親族の皆様と
お写真っ……」
手入れの行き届いたホテル自慢の庭園でかなりの枚数の写真を撮り終えた二人に、
担当の女性スタッフが次の予定を伝えている最中、インカムに何か指示が入ったようで、
言葉が中途半端な途切れ方をした。
「……はい、了解しました」
どこを見るともなく、耳からの伝達事項に集中していた女性スタッフの意識が、ブツッと通話の
切れた音と同時に戻ってくる。
「……失礼しました。親族の方がまだ集合されていないので、お二人には外の東屋で少々
お待ちいただきたいのですが」
「ええ、わかりました。彼女も少し疲れているようだし……」
「では、ご案内いたします」
女性スタッフが右手をあげて、方向を示した。
そのまま二人の前をゆっくりと歩いて行く。
女性スタッフの後ろで、彼女はドレスの裾を踏まないよう、ベルラインのスカートを
左手で軽く持ち上げた。一歩先で待ってくれていた彼が彼女に向かっておもむろに左手を
伸ばすと、それを見た彼女は嬉しそうにその左手に自分の右手を重ねる。
そのまま多少入り組んだ小径を歩いて行くと、庭園の樹木に隠れるようにひっそりとやや小ぶりな
東屋が姿を現した。
「こちらは一般の方の立入をご遠慮いただいてますので、安心してお休みください」
女性スタッフは二人を東屋の中央に設置してある木製の長椅子へと導くと「それでは
準備が整いましたらお迎えにあがります」と一礼をして、もと来た道を足早に去って行った。
その後ろ姿を見送ると、彼が「ふーっ」と大きく息を吐き出して、ドサッと長椅子に腰を
おろし、スッスッと手慣れた手つきでタイを緩める。
それは二人が同じ学校へ通っていた頃によく見た彼のいつもの仕草で……当時の制服姿と
ダブりそうになるが、今日の装いはあの頃とはかけ離れて、ベストだけは薄色で染めた
白のスーツだった。
彼のイメージカラーとは真逆の色をまとっている姿に新鮮さを感じながらも、相変わらずの
部分に彼女も軽く笑みを浮かべる。それから静かに身体の向きを変え、今度は後ろの裾を気に
しながら彼の隣にフワリと座ると、やはり同じように小さく吐息を漏らした。
「疲れただろ、明日奈」
「うううん、大丈……」
「大丈夫」と言おうとして隣の和人の視線に気づき、言葉に詰まった。
「……ちょっとだけ」
肩をすくめ、ほわんっ、と微笑んで本音を言い直す。
既に十分見慣れているはずの和人の瞳なのに、その吸い込まれそうな深い漆黒に見つめられると
ヘンな強がりも言えなくなってしまうのだ。
和人は片手を明日奈の頬に伸ばすと同時に、悪戯っ子のような笑みを浮かべた。
「充電しようか?」
一瞬意味を計りかねた明日奈だが、その真意を悟るやいなや和人のぬくもりが伝わる頬を
紅潮させて言い返す。
「か、和人くんだって疲れてるでしょっ」
「ああ、だから……オレも充電させて」
「!!……」
最初から明日奈に選択権はなかったようで、そっと唇を重ねて、小一時間ほど前、ホテルの
敷地内に建つ教会の中で交わした神聖な誓いのキスよりゆっくりとその密着度を増していく。
少々じれったささえ感じる口づけに、疲れたと言った自分への気遣いを感じて思わず口元を
綻ばせた瞬間、その隙を逃すことなく、口内の深部にまで密着を許してしまった。
「んっ……はぁっ……もう……ルージュ落ちちゃうのに……」
さっきの女性スタッフが戻ってきた時、崩れたメイクの理由を想像されるのが恥ずかしい
のだろうが、本日挙式を上げる新郎新婦を人気のない場所に二人きりにさせれば、何が
あったとしても、素知らぬ顔をするくらいの思慮は持ち合わせているだろう。
「明日奈……やっぱりちょっと顔色が悪い気がするんだけど」
薄化粧をしているとは言え、頬を染めるその色に違和感を感じた和人が今度こそ心配そうな
瞳でのぞき込んでくる。
挙式は無事に済んだとは言え、まだ写真撮影も全ては終わっておらず、その後は披露宴が控えて
いるのだ。時間的には予定の半分も終わっていない、といったところだろう。
「昨晩、オレと電話した後、すぐに休まなかったのか?」
お互いちゃんと睡眠をとるため「もう寝よう」と言って電話を切ったはずなのだが。
明日奈が言いにくそうに口を開いた。
「あの後、すぐ里香から電話があってね。今日の披露宴に友人代表でスピーチお願い
したでしょ……それで緊張して『どうしよう』って……」
「……」
和人は口を半開きに固まっていた。
「どうしよう」も何も……それを明日奈に電話してどうするつもりだったのだろう。
だいたい今日は里香より明日奈の方が間違いなく大変なわけで、その相手に前夜電話をかけて
くるとは、一体何を考えているのか……。
複雑な表情で和人が自分の額に手を当てた。
「まあ……リズらしいと言えば、そうなんだけど……なぁ」
まさか明日奈の睡眠時間を削るような行為にでるとは予想していなかった。
人選を間違えただろうかか、と思考回路が迷いだす。こんな事なら……と考えて一番に
思い浮かんだのはエギルの顔だが……新郎新婦共通の友人という肩書きにはいささか
ビジュアル的に違和感が漂うと判断し、次の候補を思い浮かべる。
クライン……はダメだ、アイツは何を言い出すかわからない。
シリカなら……逆に緊張のあまり何も喋れなくなりそうだし……シノンもある意味
爆弾発言の可能性は否定できないしな。
結局自分たちの人選は正しかったのだ、という結論に至り、それでも感じてしまう
やるせなさが大きなため息となって口から吐き出される。
そのため息を見た明日奈がことさら明るく話しかけてきた。
「和人くんは?、ちゃんと眠れた?」
「ん?、ああ。すぐに寝たけど……朝が……早くから母さんやスグが大騒ぎしてて、
結局目覚ましより早く起こされたよ」
それを聞いて明日奈が「ふふっ」と微笑む。
「女性は準備に時間がかかるから……なら、スグちゃんや翠さん、あっ……
お義母さん、も……きっと寝不足だね」
昨日まで「翠さん」と呼ばれていた自分の母が、今日からは「お義母さん」と
呼ばれることに、和人は今更ながら実感が湧いてくる。
……やっと……たどり着いたな。
「なら、明日奈も寝不足だろ?」
「まあ……新婦は新郎より二時間前にホテル入りだからね。でも顔色が悪いのは
寝不足っていうより緊張から、かな」
自ら苦笑いをする明日奈を見て、意外だと言いたげに和人が目を見開いた。
「明日奈なら、大勢の人に囲まれるのは慣れてるかと思ったけど……」
その言葉に心外とばかりにすぐさま否定の言を述べてくる。
「そんなことないよ。父や兄のお供でパーティーには出るけど……今日は……そういう
のじゃ、ないでしょ」
言葉を濁しつつ下を向いてしまった彼女を見て、和人は改めて自分の隣に寄り添う全身
無垢な白を眺めた。
上半身はスッキリとしたビスチェにロンググロープだが、シンプルなデザインなだけに
胸のボリューム感が際だっている。《仮想世界》で身にまとっている戦闘衣よりも
むき出しの鎖骨、そこに華奢なデザインのネックレスを付け、細い肩から二の腕の途中まで
白い肌が露わになっていた。
くびれたウエストから下はふんわりとしたフリルを重ねて広がりを持たせ、いつもより
少し高めの白いハイヒール。
「……そうだな。あの時は結婚式的なコトすら出来なかったし……やっとここまで来たって
言うか……やっと明日奈のウェディングドレス姿が見れたって言うか……」
「……うん」
ほころぶように微笑む明日奈を目の前に、思わず和人の頬も淡く染まった。
この姿も手伝ってか、今日の彼女の笑顔や恥じらいの表情は、いつもより破壊力が
増している。
ホテル側が来期のブライダルパンフのモデルを依頼するわけだよなぁ。
当初は明日奈に直接話を持ちかけたようだが、あっさりと断られた為、それならば、と
新郎である和人に新婦の説得を頼みにきたのだ。
もともと彼女がそういった事をしたがらないのは知っていたし、既に断ったのなら
自分が口を出すことではないと、和人もハッキリ言ったのだが……。
わざわざ庭園での撮影、尋常ではない撮影枚数……多分まだ諦めていないのだろう。
これで持ち込んだドレスのデザイナー名がバレたら……。
「それにしても、よく連絡がとれたな」
誰と、とまで言わずとも明日奈には通じたようだ。
「うん、いきなりメッセージくれたから、私も最初は本人なのか疑っちゃったよ」
「結構忙しいんだろ」
「今頃はヨーロッパかな。スケジュールの合間を縫ってこっそり作ってもらったから、
これがアシュレイ・ブランドだって事は秘密だし」
そう言ってサラリ、とドレスの一部を軽く持ち上げた。
明日奈から聞くところによると、《現実世界》でも超人気の若手デザイナーさまは
コレクションに未だウェディングドレスがなく、本来なら今、隣で彼女が着ている一着が
初めて公にされたデザインということになるらしい。
注目度の高さも加えて、普通に購入したらいくらになるのか想像もつかない。
それを「《あの世界》で交わした約束だから」と明日奈に贈ってくれたのだ。
「連絡をくれた経緯は教えてもらえなかったのか?」
「うん……それは内緒だって」
「……ふーん」
旧《SAO》でのアスナとアシュレイの関係を知っている第三者の影を感じるが……悪意は
ないと判断し、それ以上の詮索はしないことにする。
明日奈は、もう一度微笑むと背筋を伸ばし、担当の女性スタッフが消えた方向を確認してから
隣の和人に身体を向けるように座り直した。
「そろそろ迎えに来てくれるんじゃない?」
言いながら、おもむろにロンググロープをはめた両手を和人の首元へと伸ばす。
和人が緩めたタイに触れ、元のように締め直そうとした時、和人がその両腕を捕らえた。
和人の目線の先には首から胸元にかけて、何ら覆う物のない明日奈の素肌が、しかも僅かな
面積ではあるが、その先を想像させるふたつの膨らみの一部さえ露わになっているのだ。
明日奈が伸ばした腕はそのまま引き寄せられ、同時に吸い寄せられるように和人の顔が彼女の
胸元へと近づく。
「ちょっ、ダメだったら!」
触れたタイから手を離し、咄嗟に和人の両肩をつかんでその接近を拒む。
もう少しで目的の柔肌へ着地せんとする寸前で両肩に抵抗を感じた和人が「ん゛?」と
不満気な声をあげながら明日奈の顔へと視線を上げた。
和人の吐く息を胸元に感じ、既に顔全体を紅潮させた明日奈が目を瞑って握る肩に力を入れる。
「いくらなんでもダメ」
その表情から察するに、一応の抵抗、という感じでもないらしいと判断した和人は、大切な日に
無理矢理はしたくない、と許しを求めた。
「……触れるだけ」
「ダメだよ」
真っ先に近づいてきたのが和人の顔、という時点で「触れる」のが手ではないことを
明日奈は悟っていた。きっと唇で……もしかしたら舌で「触れる」気かもしれない。
「……ほんのちょっと」
上目遣いで請われるが、そこを譲るわけにはいかない。
「デコルテにラメパウダー散らしてるからダメなの」
「……このキラキラしてるやつ?」
鎖骨のあたりを凝視している和人に向かい、明日奈は大きく頷いた。
そんな攻防を続けていると、小径の向こうからカツッ、カツッ、とヒールの音が聞こえ
女性スタッフが勢いよく歩いてくるのが見える。
「ほら、和人くん、迎えに来てくれたよ」
時間切れ、とばかりに安堵した表情で言うと、未だ不機嫌な顔のなのか、和人が俯いたまま
ゆっくりと上体を戻しながらも、明日奈には十分聞き取れる声でつぶやいた。
「なら、続きは今夜。ここのウェディング・スイートで、だな」
口の片端だけを上げ、一瞬、明日奈に向けて不遜な笑みを浮かべる。
二人は挙式後に宿泊までが含まれているウェディングプランを選んでおり、このホテルの
スイートルームが今晩の宿となっていた。
「なっ……」
返す言葉を探している間に、和人は立ち上がり、自ら緩んだタイをササッと締め直すと、
やって来た女性スタッフに何食わぬ顔で声をかけている。その様子を見た明日奈は、小さく
「もうっ」と困ったような怒ったような一言を漏らすが、顔は耳までも赤く染まっていた。
自分も、と明日奈が立ち上がろうとしたその時、ザァァァーッと一陣の風が吹き、東屋を
取り囲む樹木の葉擦れが明日奈の周りを舞うように駆け抜ける。
巻き上げられそうな髪とドレスの裾を押さえた時、ふいに東屋の外れから風に乗って声が
届いた。
「相変わらず、キー坊は甘えん坊だナ」
えっ?!
「アシュレイ女史への橋渡しが、ご祝儀だヨ」
アルゴさん?
「お幸せにナ、キー坊、アーちゃん!」
急いで振り返るが、そこには風に踊らされた樹木達が落ち着きを取り戻した姿しかなかった。
キョロキョロと必死な面持ちで辺りを見回している明日奈に、和人が首をかしげて歩みより、
手を差し出す。
「明日奈?」
不思議そうに見下ろしている和人の顔を受け、今起こった出来事を勢い込んで説明しようと唇を
開きかけた明日奈は、一拍後、静かに息を吐き出すと差し出された手を取って、ゆっくりと
立ち上がった。
そのまま和人の腕に手を絡ませ、耳元に囁く。
「アシュレイさんと引き合わせてくれた人、わかったわ」
「えっ?」
「『お幸せにナ、キー坊、アーちゃん』ですって」
言いざま「クスッ」と笑い声を漏らす。
だが逆に和人はたいそうな焦り顔に転じて、先ほどの明日奈以上の勢いでキョロキョロと
周囲を索敵した。しかし彼女同様、あの左右三本ずつのヒゲ模様を見つけることは出来ない。
《現実世界》で、あのフェイスペイントをしている可能性がゼロに近いことはわかっていても、
つい探してしまうのは《かの世界》で身についてしまった習性とでも言おうか。
しばらくして諦めがついたのか「はぁ〜っ」とため息をついてから、誰に言うでもなく
言葉を吐く。
「散々探したのになぁ……」
あの森の家で交わした会話を……100層に到達したら結婚式にはみんなを呼んで……それを
叶えるべく《ALO》はもちろん、旧《SAO》時代に懇意にしてもらったプレーヤー達も
探し出せるだけ探し、今回の招待状を送っていた。
だが、菊岡に頼んでも『アルゴ』の情報は一切手に入らなかったのである。
これはもう情報屋『アルゴ』が情報操作をしているとしか考えられないくらい、見事な
隠蔽っぷりだった。
「でも、ちゃんとお祝い言いに来てくれたのね」
あの22層の家の前で、まだMarriage申請も家の購入もしていない段階で、早々に
関係を見破られ、一番に祝辞をくれたアルゴには、是非《現実世界》での式に列席して
欲しかったのだが。
「あいつが大人しく披露宴の席に座っている姿なんて……想像できないしな」
「そうね」
顔も見せずに言いたい事を言って姿を消してしまう……なんともアルゴらしい。
また、いつか、どこかで会える日は来るだろう。既に《現実世界》でもキリトとアスナが
結婚をした、という情報は握られているのだから。
二人はお互いの顔を見合わせ「クスリ」と微笑み合った。
そうして改めてスタッフの元へと足を踏み出した時、ふと、明日奈はかつて二人が通っていた
学校の屋上で交わした言葉を思い出していた。
明日奈と一緒にたどり着くのは当たり前に思ってる……将来に不安を抱いていた明日奈に
和人が言ってくれた言葉。
「やっとここまで、二人でたどり着いたのね」
伝えるつもりもなく呟いた言葉だったが、和人は聞き逃さず、その意味を正確に受け取って
いた。
「ああ、またここから二人で一緒に色んな景色を見ていこう」
あの日と変わらない優しい眼差しを受けて、明日奈は絡ませた腕にギュッと力を込めて
輝く笑顔で答えたのだった。
お読みいただき、有り難うございました。
前作と対関係の本作の二作には『シュガーリィ・デイズ』と『ザ・デイ・ビフォア』の設定を
かなり使わせていただいております。特典小説なので未読の方にはわかりづらい部分が
あると思います。申し訳ありません。
予告で二本立てとお伝えした通り、この二編で終わるつもりでしたが、どうせなら
「強制イベント」もやったろかい、と内で盛り上がってしまいまして、二本立てプラス
番外編となってしまいました。
投稿数が増える分には怒られないかな?、とビクビクしております。
では、よろしければ番外編もどうぞ。