ソードアート・オンライン《かさなる手、つながる想い》   作:ほしな まつり

81 / 150
リーファ視点です。
「劇場版オーディナルスケール」をご覧頂いてなくても……大丈夫かな?


短編集・リーファ編

秋葉原で『オーディナルスケール』をアスナさんと一緒に挑戦してきたお兄ちゃんが帰宅するなり私の部屋のドアをノックしてきた時は驚いた。いつもならデートから帰って来た後もすぐにお風呂を済ませてアスナさんと長電話をするか、《仮想世界》にダイブするかの二択がほとんどだからだ。これは急遽クエストの応援要請かな?、という私の予想を裏切ってお兄ちゃんは普通に「スグ、これから、時間あるか?」と、誘いともとれる言葉を投げかけてきた。

 

「えっ?、う、うん。大丈夫だけど?」

 

たまにはアスナさんじゃなくて私を夜のツーリングに連れて行ってくれるの?、なんて淡い期待は一瞬の後に消えてなくなる。

 

「今晩、ログハウスに来てくれ。皆に話したい事があるんだ」

「あー……うん、わかった」

 

集合時間を聞いて、私はうっすーい笑みを浮かべ「じゃ、あとでね」と言って静かに、けれど素早くドアを閉めた。

 

 

 

 

 

ALOの《イグドラシル・シティ》にログインした私は上昇気流に乗って上空に浮かんでいる鋼鉄の城目指し空を駆け上がる。今日の風はいつもより勢いがあるみたいで私を軽々と押し上げてくれて、それにつられるように私のスピードもどんどんと加速していった。

そのせいだろう、想定していた時間よりかなり早く到着してしまいそうになって、私は二十二層までやってきてから途中で一旦地面に降り、周辺を見渡した。

妖精郷の空に《浮遊城アインクラッド》が実装されてこの二十二層が開放されるまでは半年以上かかったけど、ほぼ全面が深い森と草原と湖で構成されているのは、アスナさん曰く「あの頃のまんまだね」らしくて、要するに刺激的要素がかなり少なめに設定されている場所なのだ。ある意味、癒やしの層、と言えなくもないが、そういった大自然感なら既にALOの世界で十分に味わっているから、ハッキリ言ってクエストやモンスターとの戦いを求める妖精達にとっては人気のあるエリア…とは言いにくい。

この場所にシルフやケットシーの領主、サラマンダーの将軍が時折訪れているなんて、きっと誰も予想出来ないだろう。

当然いつも彼らのお目当てはこの先の森の中にあるログハウスで、手土産にと持参した食材はいつも最高級の料理となってテーブルに並び、賑やかな語らいの場をより一層盛り上げてくれる。

だから同様に私も二十二層内ではあの森の家にしか行った事がなかったけど、ふと、前に聞いたアスナさんの話が頭に浮かんで、ちょっと確かめてみたくなったのだ。

 

『キリトくんたらね、眼と勘だけで見つけたんだぞ、って…相変わらずメチャクチャよね』

 

困ったように笑うアスナさんは本当に綺麗で、私は思わず見とれてしまうそうになった自分を誤魔化す為に『キリトくんらしい』って笑ったんだっけ、と思い出しながら広大な湖のほとりを歩く。

 

「あっ……ここ、かな?」

 

うわー、ほんとに……こんなの普通気付かないよ、と呆れつつも、これを見つけた時のキリトくんの笑顔と、更にそれをアスナさんに教えた時の得意気な表情を想像して私の頬も自然と緩んだ。

そこは事前に聞いてなかったら全く目に付かないほど細い道で、目印になりそうなのは高い針葉樹くらい。それに私は目的地であるログハウスの位置を知ってるから探せたようなもので、これを自力で見つけたというキリトくんの…何と言うか、執念?、幸運度?、ゲームセンス?……素直に羨ましいとは思えない何かがこのうっすらとした細い道に凝縮されているような気がする。

それから私はキリトくんがあのデスゲームで見つけた道と同じであって同じではないここを歩いてみよう、といつもなら空をひとっ飛びで到着してしまう森の家を目指し、そっ、と足を踏み入れた。

慣れてしまえば、そのうっすらとした道を見失うことはなく、なだらかな丘を登り切ればあの優しい佇まいのログハウスが見えるはず、と殊更のんびりと周囲の様子を楽しみながら歩いた私が緩やかな頂上に立った時、風に乗って来たふたつの声を耳が捉える。

 

「んー、やっぱりどう頑張っても足りないかも」

「クライン達にはなくていいだろ」

「そうはいかないよ」

 

アスナさんとキリトくんの声だ。

風向きもあるけど風妖精族は聴力に長けている。そうは言っても室内の声や音は外に漏れるはずがないから、二人はログハウスの外で会話をしているのかな?、と思えば、次のアスナさんの声でその疑問は解消された。

 

「キリトくん、ウッドデッキの揺り椅子、中に入れてくれる?」

「おう」

 

意識を集中して耳を澄ませればほんの少しの違いだけどアスナさんの声の方が多少籠もって聞こえる。それに僅かだけど陶器の食器を重ねたり、金属の……あの家には銀のカトラリーがフルセットで何組もある……フォークやスプーンが擦れる音がして、それでアスナさんはこれからログハウスに集まる人数分の接待準備をしていて、キリトくんは外にいるから玄関の扉が開いたままなのだと気付いた。

でも普段から来客は多いはずだし、この前、外でバーベキューをした時はそれこそ十何人の妖精達が集まったはずで、今更食器類が足りないなんて事態にはならないはず、と不思議に思いつつも丘を下ろうとすれば未だに扉は閉じられていないらしく、二人の会話と、キィ、キィ、と規則的に椅子の揺れる音が流れてくる。

 

「お皿やティーカップは十分あるんだけど……」

「声を掛けたのがリズ、シリカ、シノンにリーファだろ、あとエギルとクライン」

「キリトくんはそのままそのイスでいい?」

「ああ、俺の指定席だしな……だいたいオレとアスナ、ユイの三人で使ってるプレイヤーホームに三人掛けのソファが二組って、十分だと思いますけど」

「そうよね。揺り椅子だってあるんだし……考えてみたらちょうどメンバー全員がこのお家に揃う事ってなかったから今まで気付かなくて」

「大人数の時は外も使って飲み食いしちゃうしな」

「うん、あれはあれで楽しいよね」

 

アスナさんの嬉しそうな声はきっとあのバーベキューの時を思い出しているんだろう。

偶然、耳にしてしまったこれまでの会話で足りないのはイスの数なんだとわかった私はそのままログハウスに向けて歩き始めた。確かにゲストの頭数は六つだけど、あのソファ、エギルさんが座ったらあと二人、座れるかな?、と思いつつ、視界に入ったログハウスの扉はまだ開いたままになっているから二人の声はどうしても聞こえてしまう。

 

「足りないのはあと一人分なんだろ?」

「うん、だから私は別に立ったままでもいいかな、って」

「ここに座ればいいじゃないですか」

「ひゃっ…………キ、キリトくんっ」

 

突然、アスナさんの跳ねた声と同時に揺り椅子の、ギッ、と床を擦る音がして「えっ?」と思った次にはすぐにキリトくんのしれっ、とした声がした。

 

「別に、しょっちゅうこうしてるし。この揺り椅子、丈夫ですし?」

「だっ、だからって、皆がいる前では駄っ……ン」

 

不自然に途切れたアスナさんの声の理由は考えないようにして、私はお兄ちゃんに言われた集合時間ギリギリまでどこかで時間を潰すべく、もう一度羽根を出して飛び上がるとその場から急速離脱をしたのだった。




お読みいただき、有り難うございました。
劇場版OSでメンバーがログハウスに集まっているシーン、
結局エギルとアスナが立ってましたね(笑)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。