ソードアート・オンライン《かさなる手、つながる想い》   作:ほしな まつり

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リズ視点です。
こっちは「劇場版オーディナルスケール」をご覧頂いてないと
ちょっとわかりづらいかも……。


短編集・リズ編

店内を見回し、イスに腰掛けている見慣れた黒ずくめの後ろ姿を見つけて私は「お待たせ」と声を掛けた。

顔だけをこっちに向けたキリトは、持っていたカップをテーブルに戻して「よっ」と短い声を返してくる。

 

「悪いな、リズ。呼び出して」

「別にいいけど……ん?、コーヒーだけ?、アンタにしては大人しめね」

 

私はキリトの向かいの席に腰をおろすとテーブルの端をタップしてメニューウィンドウを出した。

このカフェは主街区の中心からは少し外れているけど、そのお陰で混雑もしていないし窓の外の景観もなかなかでオマケにメニューの種類が豊富な事もあり、随分前にアスナに教えてもらってから私のお気に入りの店のひとつになっている。

だからキリトから相談事を持ちかけられた時、だったら、とこのカフェを指定したんだけど、階層と店名を言ったらすぐに「ああ、あそこか」って知ってたみたいだから……まぁ、そうよね、私に教えるくらいだもんね、既に二人で来た事があるんだろう。

あまりない事だけど、こんな風にアスナ抜きで会う時、キリトは絶対にログハウスを選ばない。

もちろんアスナがあの場所をとっても大事に思っているのを知ってるから私達も勝手に押し入ったりはしないけど、きっと色々考えた末の行動じゃなくて、キリトにとってもあの家は、アスナと一緒にいる場所、なんだと思う。

まあ、アスナの作ってくれるスイーツが食べられないのは残念だけど、ここのはここのでまた美味しいし、とメニューを上から順に眺めながら「どれにしようかしら」と迷い、悩む。

折角だからここのメニューでまだ食べたことのないケーキは、と考えつつ、そう言えばこの前ログハウスで食べたアスナお手製のチーズケーキ、美味しかったなぁ、と思い出し、選択肢からチーズケーキを除外した。

ちらり、と見ればキリトのコーヒーも既に半分以上減っている。

 

「キリトも何か追加オーダーする?」

「そうだな、じゃ、同じのをもう一杯」

「え?、またコーヒー?、どうしたの?」

「どうしたの、って…別に……」

 

手持ちのユルドが底をつく程くだらない買い物でもしたのかと思って、今日の相談事ってもしかして破格の金額で武器メンテをしてくれ、とか、そういうヤツ?!、と思わず警戒の目で見てしまった私にキリトは「あーっ…、うー…、えーっと……」と殆どア行の言葉だけを吐き出し続けている。

 

「わ、わかったわよ、ここはオゴってあげるから」

「ちがうって!」

 

焦り顔で身を乗り出して私の心優しい申し出を拒否したキリトは「とにかく、オレはコーヒーでいいんだ」と言い切ってから珍しく少し視線を泳がせたままメニューウィンドウを指さした。

 

「オレが呼んだんだし、リズの分もオレが持つから」

「ほんとに?、いいの?、じゃあちょっと贅沢して、このアップルシュトロイゼルクーヘン・ベリーソース添えにカフェオレ!」

 

ぴっ、ぴっ、とメニューをタップして、ついでにキリトのコーヒーもオーダーする。

一気に機嫌を良くした私がうきうきと声を弾ませて「で?、相談ってなんなのよ?」と、何でも来いっ、の心意気を表した言葉にベリーソースではなく笑顔を添えるとキリトは残っていたコーヒーをズビッと啜って「例えば、なんだけどさ」と話し始めた。

 

「例えば、……付き合ってる彼女の家に行く時って、やっぱり手土産とか持って行った方が…………いいよな?」

「はっ?」

「だから……あ、そうそう、オレの友達がさ、今度、恋人の家に行くらしくて……それで、さ、親にも顔を合わせる……かもしれなくて……」

 

その、取って付けたような例え話って言うか、自分の事のくせに架空の友達登場させるの、やめなさいよね……と言いたかった私は、って言うかもうほとんど言っちゃう一歩手前だった私は、咄嗟に頭の中で「アップルシュトロイゼルクーヘン・ベリーソース添え」を三回唱えて湧き出てくるはずのない唾をごくんっ、と飲み込む。

 

「へぇ、そうなの…ふーん、例えばね……なるほど、キリトの友達が彼女の家に……そーなんだぁ」

 

結局、例え話なのか友人話なのかどっちつかずのまま話は進行した。

 

「ああ、その……初めて母親に会うんなら、やっぱり手土産くらい、必要だろ?」

「そうねぇ、そんなに悩むんなら手っ取り早く、その彼女に聞いちゃえば?」

「いや、ア……じゃなくて、彼女はいらないって言ってる……らしい、場合は……、そう言われても、例えば、既にその母親の心証があまり良くなかったりする時は……あった方が、と……」

「そうねぇ、ないよりはあった方がいいのかもね」

「だよな」

 

自分の意見を肯定されて安心したのか、ふむふむとテーブルに視線を落としたまま頷いているキリトには見えていないでしょうが、私の唇の端は痙攣エフェクトというかなりレアな現象を起こしている。

それにしても、なんだってそんな相談を私に…………と思ったところで、ああ、そっか、と一つの仮設が浮かび上がった。

 

「そうは言っても的外れな手土産じゃ逆効果になりそうだから、そこは相手の好みとか重要かも」

「うーん、好みかぁ……」

 

その点、私はアスナのお母さんに会った事はないけど、アスナの家に遊びに行った事はあるからアップルシュトロイゼルクーヘン・ベリーソース添えとカフェオレの代金分くらいはアドバイスしてあげるわよ、と自分の優位性に胸を張る。

 

「例えば……だけど」

 

と言ってから、これ、私も「例えば」って付ける必要あるの?、と頭の隅で思いつつ、大部分の所でアスナの家の内装を思い浮かべながら言葉を選んだ。

 

「雰囲気が近代的な洋風のお家だったら……」

「そうだな、純和風の木造家屋ではないよな」

「でも外観だけで判断しちゃ駄目よ。室内が可愛い感じなのか、シンプルな感じなのかで……」

「そこはシンプルで。パッと見、あまり物がない感じだった」

「だったら落ち着いた色合いの花束とか?、花なら嫌いな人はそういないでしょうし」

「大丈夫だ。確か玄関先やリビングにも飾ってあったし……あ…………」

「リビング?、はぁ?」

 

と、そこまでの会話で互いに気付いた内容が容赦なく顔に出ていて、私達は声を詰まらせ見つめ合った。

まずはキリトだけど……うっかり仮定設定も友人設定もすっとばしている状況に、「しまった」感が口を「あ」の字で固定している。

次に私は、キリトが初めてアスナの家に行く、という前提が全くの間違いだった事を悟ってしまい、「はぁ?」と奇しくもやっぱり「あ」の字の口のまま斜め下からヤツを睨み付けている。

これは、絶対、間違いなく、アンタ、アスナが家に一人の時に上がり込んだわねっ、という私からの批難をめいっぱい込めた視線に金縛り効果でもあったのか、キリトは微動だにせずただ冷や汗だけをタラタラと流し続けていた。

 

「…キリト、アンタ……」

「そ、そうだなっ、もし、仮に友達が恋人の母親への印象改善を試みるなら花は効果的かもな、うん……」

 

それ、まだ中身あったの?、と突っ込まずにはいられないカップを素早く持ち上げ、私から顔を隠すようにしてコーヒーを飲み干すキリトにはもう呆れてかける言葉がみつからない。

するとようやくNPCウェイトレスがやって来て、待ちに待ったアップルシュトロイゼルクーヘン・ベリーソース添えのプレートとカフェオレのカップを私の目の前に並べ、次に向かいの席にコーヒーカップを置いた後、未だ掴んで離さないキリトの手からとっくに空になっているカップをもぎ取っていく。キリトは半ば強引に持って行かれた空のコーヒーカップを少し名残惜しそうにしながらも新しいカップの中身を一口啜った。

私は気分を一新させてケーキに集中し、期待に胸をふくらませてプレートが置かれたと同時に現れたカトラリーを手に取る。

 

「じゃ、遠慮無く、いただきますっ」

「どーぞ、どーぞ」

 

注文の品が到着した事で私の意識が逸れたせいか、相談した悩み事にある程度解決の糸口が見えたのか、キリトは落ち着きを取り戻して私にケーキを促した。

真っ白なお皿にはふっくらとした丸形のパン生地にリンゴのキャラメリゼがのっていて、更にその上にはそぼろ状のシュトロイゼルがあり、ベリーソースがたっぷりと添えてある。まずはそのまま食べてから次にベリーソースを絡ませるという二段階の楽しみ方で味わおうと決めた私は早速一口目を頬張った。

 

「んーっ、美味しいっ」

「それはなにより」

「あ、手土産だけど、お菓子でもいいんじゃない?」

「なるほど、なるほど」

 

妙な合いの手を入れてくるキリトは二杯目のコーヒーを大人しく飲んでいて、私もそれに倣ってカフェオレで一旦味覚をリセットさせ、次にベリーソースをこれでもか、とケーキですくい取る。

 

「うーんっ、このベリーソースもっ…………ん?」

 

なんだろう?、この違和感……美味しいはずなのに、絶対美味しいはずなのに……なんか違う。

 

「リズ……なんか、違う感じ、しないか?」

 

ゲホホッ、とベリーソースの酸味が上手く飲み込めなかった感覚も手伝って、私は内心を言い当てられた驚きに喉を詰まらせた。

 

「な、なによ、いきなり…」

 

急いでカフェオレを流し込み、違和感もろとも飲み込んでから探るような目のキリトに尋ねる。

 

「実は……どうやら、最近、またアスナが料理の腕を上げたっぽくってさ……」

「は?、あの子、料理スキルはコンプリしたんじゃなかったの?」

「それは旧SAOでの話で、ALOだとレベルがない分スキルの上限がさらに上がってるやつがあるだろ?」

 

そう言われてみれば確かに浮遊城アインクラッドが実装されたタイミングで全てのスキルではないけど、上限の大幅拡張があったというニュースが出回ってたわね、と記憶をほじくり返す。それにしても、もともとALOは種族対抗で世界樹頂上への到達を競う事がメインのゲームだったし、アインクラッドにはゴロゴロあったヘンテコ料理なんて存在すらも怪しいくらいだから、わざわざ料理スキルを極めようとする妖精なんて殆どいなかったでしょうに……それなのに料理スキルの上限を変動させたなんて、これはもはやアスナとGMとの戦いなんじゃないの?、それでいて二つ名は「バーサクヒーラー」なのよね、と親友の多彩な能力に感動を通り越して苦笑いしか出てこなくなった私は、今の話とこのケーキの味とがどうつながるのかが分からなくて首を傾げた。

 

「だから、この前、ログハウスで食べたチーズケーキ。あれにもベリーソースがかかってたの、覚えてるか?」

「ああっ、そうね、そうだったわ。チーズケーキも美味しかったけど、あのソースも絶品だった」

「うん、あれはアスナがシリカと一緒に森で摘んできたベリーでさ」

「シリカと?」

「正確にはピナと、だな。そういうの見つけるの、ピナが得意らしい」

「へぇ」

「アスナいわく、ただ単にそれをシロップと一緒に煮詰めただけ、らしいんだけど……」

 

どんどん記憶が刺激されてあの時の色や味が脳裏に蘇ってくる。

艶のある赤紫色のソースは味も濃厚でレモンの風味付けがしてあるチーズケーキとの相性は抜群だった。あんなソースを味わってしまうと、それ以上のベリーソースなんてない気がして、現にこのお店のベリーソースの印象さえアスナの味の前では霞んでしまうのだ…………ああっ、もう私、普通のベリーソースじゃ満足できなくなってるかも、と恐ろしい現実に気付いたついでに、今、私と相対している男が、甘味も喜んで食べるはずのこの男が、頑なにコーヒーしか口にしない理由にまで気付いてしまって、せっかくの奢りのケーキの上に盛大な溜め息を落としたのであった。




お読みいただき、有り難うございました。
劇場版OSのエンディングロール中のカットでは、ちゃんとキリトが
手提げ袋を持っていたので……花はやめたようです(笑)
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