ソードアート・オンライン《かさなる手、つながる想い》   作:ほしな まつり

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最後はキリト視点です。


短編集・キリト編

暑くもなく寒くもなく穏やかな陽射しが木々の隙間から差し込む場所にピクニックシートを広げ、そこにちょこん、と正座するアスナの隣はオレの指定席で、当たり前に寝転んでその膝に頭を乗せてうたた寝をしていた…………はずだったのに、公園の広場でなぜか右手に長剣、ではなくバドミントンのラケットを握って五メートルほど離れた位置にいるクラインと相対しているオレは未だに眠気が取れず、こっそり欠伸を噛み殺した。

 

「よっしゃーっ、いくぜっ、キリト!」

「おー…」

「先に五点取った方が勝ちだからなっ」

「…わかった」

 

テンションの温度差など物ともしないのは相変わらずで、クラインはやはりオレと同様、右手に構えたラケットでシャトルを打ち込んできた。スパンッ、と小気味良い音が聞こえたかと思えば、まっすぐシャトルがこっちに飛んでくる。オレはそれを片手剣ソードスキル、バーチカルの要領でクラインに打ち返した。軌道を読んだクラインがすぐさま反応して再びシャトルをラケットのガットに垂直に当ててくる。

少し浮いたシャトルが放物線を描いて戻って来るのを見て、落下地点を予測し今度は肘から指先までを外側にひねり、バックハンドで応戦した。

 

「キリトさーんっ、クラインさーんっ、頑張ってくださーいっ」

 

シリカの明るい声援が広場を囲む木々の方から飛んでくる。

 

「キリト……、負けたら何かおごってもらうわ」

 

しっかり聞こえてるからな、シノン…………シリカのすぐ隣からも、応援、と言うよりは一方的な要求が耳に届いて、その冷静な物言いがシノンらしくてシャトルを目で追いながら内心で苦笑した。

今日は都内、と言ってももうすぐ埼玉県との県境がある森林公園にやって来ている。

当初はいつも通り、週末のオレとアスナだけの外出のはずだったのだが一緒に行きたそうだったシリカも誘い、他にも声を掛けて公園でバドミントンをする事になったのだ。それは別に構わない。オレだってワイワイと賑やかな雰囲気も嫌いじゃないし……。

だからほんの少し前まで、オレは木陰に敷いたピクニックシートの上で公園の木々の葉がそよぐ音を子守歌代わりにアスナの膝枕で惰眠を貪り、シリカとシノンは陽射しの元でバドミントンを楽しみ、俺達の横ではそれを眺めながらクラインがビール風味の発泡アルコール飲料を飲むという、それぞれが至福の時を過ごしていたというのに、そろそろお開きに、という時間になって、最後にクラインがオレに勝負を挑んできたのである。

眠気覚ましに、程度の軽い気持ちで受けたオレだったがクラインはアルコール摂取のせいなのか、持ち前の闘争心に火が付いたらしく、やけに本気モードで鼻息も荒くラケットを振ってくる。ピクニックシートの傍で立ち上がって声援を送ってくれる弾んだシリカの声とは裏腹に、これが今日最後の大一番とでも言いたげなクラインの渾身の鋭いスマッシュがオレの胸元辺りを狙い容赦なく飛んで来た。

そこそこの量を呑んでいたように見えたが、そう言えばARの『オーディナルスケール』でも動きは良かったな、と思い出して、これは決着が着くまで少々時間がかかるかも……、と半歩身体をずらし腕をしならせてロブショットで返す。

すぐさま「ちっ」と微かな舌打ちが五メートル前方から聞こえてきた。

後ずさりでシャトルを追いかけたクラインが少々強引な体勢で打ち返したせいか、こちらに戻って来る球威は殆どと言っていいほど出ていない。

ヨレヨレのシャトルがなんとかオレの元まで辿り着く寸前……

 

「が、がんばってっ…二人とも……」

「はぁっ!?」

 

公園という公の場所で声を張り上げる事に幾らかの抵抗があったのだと容易に推測できる程か細かったが、オレがその声の主を間違えるはずもなく、思わずその音源ならぬ声源に振り向いてしまった直後、オレの足元にぽとり、とシャトルが着地する。

 

「うおぉーっ、まずは一点先取だっ」

 

クラインの喜声がやけに耳障りだった事までは覚えているが、その後、オレがストレート負けをした状況は全く記憶に残らなかった。

 

 

 

 

 

「ふゃっ!」

「アスナ?」

 

オレとクラインの勝負がついた後、一旦ピクニックシートに座り喉の渇きを癒やしていた時だ、一緒に座っていたアスナの声と肩が小さく跳ねた。ちなみにシリカとシノンは帰り支度を済ませ、連れだってトイレに行っている。

隣にいたアスナはもぞもぞと上半身を動かしたかと思うとオレのTシャツの裾を軽く引っ張り、小声で「キリトくん、ちょっと」と助けを求めるように困り顔で見つめてきた。事情がわからずに首を傾げたオレの耳に桜色の唇が近づいてくる。

 

「あの、ね。背中に、なんか、虫が入っちゃった……みたいで……ひぅっ」

 

言っているそばから虫の感触を拾ってしまったのだろう、既に目元が潤み始めていて、色々な面で事態の深刻さを訴えていた。

暦の上では既に秋だが少し動けば肌は汗ばむし、何より本能的に陽射しは避けたい、と思う程に太陽の熱は未だ衰えを見せていない。当然、オレ達の服装も薄着で肌露出の高いものとなっているわけで……。

 

「服の中ってことか?、だいたいの場所が分かればオレが服の上から叩いて……」

「絶対、いやッ」

 

デスヨネー……自分の肌と服の間で虫を叩き潰すなどアスナが受け入れるはずもなく、とりあえずオレは「言ってみただけだって」と本気ではないアピールをしてみる。けれどそうなると生きたまま不埒な虫を捕獲しなくてはならないわけだが、オレはしばし考えた後、さっきのバドミントン対決ですっかり酔いが回ってしまったらしいクラインに「荷物番、頼む」とだけ伝えてその場からアスナを連れ出した。

理想としては誰かと一緒に女性トイレにでも行って服をまくってみればいいのだろうが、生憎と今日はそんな頼み事に適任のリズは参加していないし、シリカとシノンはそのトイレに行ってしまっている。しかもオレ達がシートを広げた場所は運悪くトイレからかなり離れた位置で、二人が帰ってくるまでにはまだ時間がかかるだろうし、帰って来た途端、もう一度行ってくれ、と頼むのはアスナでなくても気が引けるだろう。

これだけ広い公園なんだから、もっとトイレの設置場所を増やしてくれてもいいよなぁ、と思いながらオレはアスナの手を引きながらズンズンと木々が生い茂っている中を進み続けた。

ここまで来れば、と周囲の樹木が完全にオレ達を隠してくれている事を確認したうえで、くるり、と振り返る。

黙ってついて来てくれたアスナはいきなり足を止めたオレが目の前に迫ってきた事に驚いたのか「にぇっ?」と何語かわからない言語を発した。こういうのは先手必勝だ……理由を問われる前に「じゃ、失礼して」とすっかり身体が覚え込んでいる仕草で彼女の細腰に両手を回し、腕の中に閉じ込める。

一瞬、驚きで走った身体の強張りがすぐに和らいだ事を直に感じてオレの口元も自然と緩んだ。

こんな触れ合いはもう数え切れないくらい繰り返していて、今更戸惑いや緊張は生まれないが、逆に何度経験しても飽きることはないし得られる多幸感は薄れることもない。オレはうっかりいつものようにアスナから受け取る五感の充足度に酔いそうなっていた自分を慌てて呼び戻し、目的はそうじゃなくて……、と自身に言い聞かせ片手をアスナの背中に侵入させる。

今日のアスナは淡い鳶色のキュロットスカートの上に生成り地のノースリーブシャツを被せていて、色だけなら秋を感じさせるが、ハッキリ言って虫だけではなく、よこしまな視線も入り込み放題だ。シリカ達とバドミントンをしている間、その前を意味もなく往復を繰り返していた男が何人いたと思っているのか……その時の苛つきがぶり返して、ついアスナの背骨の上を、つつーっ、と首めがけて一本指で撫で上げれば「ひゃぅっ」と跳ねた声がオレの首元に吹きかけられた。

 

「キリトくんっ」

「悪い悪い、で?、虫は?」

「うっ……なんか今のでよくわからなく…………あっ、肩っ、肩の方っ」

「どっちの?」

 

あまり聞く機会の少ない焦り声で「右っ、右の肩っ」と言われたので都合良く首元まで侵入していた手を右に移動させると、途端に「そっちじゃなくてっ」と今度はよく聞くお叱りの声が飛んでくる。向かい合わせの状態なんだからアスナが言う「右」はオレからしたら「左」になるわけで「今のは理不尽なんじゃ…」と口から出かかった文句も、プルプルと両肩を震わせている姿を見てしまえば「ゴメンナサイ」という、それこそ己の本心的には理不尽でしかない言葉が素直にこぼれ落ちた。

それから気を取り直したオレは言われた通りアスナの右肩へ手を伸ばしてみるがそれらしき感触を拾う事は出来ず、とりあえず、ぱっ、ぱっ、と服の内側で払い落とすような動作をしてみるが、依然としてアスナはもぞもぞと背を捩っている。

 

「まだいるか?」

「う、ん……さっきより下の方に移動したみたい……」

 

下?、肩より下なら脇の下あたりか?、それとももっと背中の中心の方とか?…などと考えて手を動かしてみれば、当たり前のように存在する物があって、オレは少し考えてから思い切った案を提示した。

 

「えっと、アスナ……ホック、外していい?」

「ふう゛ぅっっ」

 

それって、いいの?、だめなの?、と判断に困る声が返ってくる。

多分、彼女の中でも葛藤があるんだろう、しかし、考えている間にも虫は移動を続けるわけで、ここは迅速な決断が求められる場面だ。

 

「このまま下着を伝って前側に虫がいっても困るだろ?」

 

オレの言葉にその光景と感触を想像したらしいアスナがぞぞぞっ、と鳥肌を立てて再び「うなっ」といずこの地の言語を操る。アスナとしても早期決着を目指しているはずだ。オレは《こっちの世界》でもアスナといわゆる恋人同士というお付き合いを続けているお陰で、今では目で見なくても彼女の下着装備の解除を可能にするスキルを習得している。

さすがに日中の公園という場所でこのスキルを使うとは予想もしていなかったが、何よりこれはアスナの為だし、と正義感に胸を熱くしたオレは彼女の口から「いい、けど……」の言葉が漏れると同時に指を金具に絡ませた。

プチッ、という軽い振動の後、結合部から解き放たれた柔らかな帯状の布地が弾力によって左右に引っ張られ、すぐに勢いをなくして垂れ下がる。

オレの前身に密着しているアスナの胸部の重力が僅かに増した感覚で技の発動が成功したことを悟ると、今度はアスナがユニークスキルを繰り出してきた。

 

「手探りじゃなくて、キリトくんが私の背中を直接見てくれればいいと思うの」

「は?」

 

それは暗にこうやって抱きしめる体勢ではなく、オレがアスナの背中側に回り、シャツの裾をまくり上げろと言っているのだろうか?、と一瞬気が遠のく。

さっきから手の平へと伝わってくる素肌の滑らかさと程よい弾力、それにオレに触れられているせいかいつもより少し高めの体温と小刻みの震え、どれもが理性の糸を断ち切りにかかっているとしか思えないのに、ここにきて更に色白の肌を目にし、その匂いを深く吸い込んだりしたら…………生殺しもいいところなんだけど、オレをどうしたいんデス?、と彼女からのクリティカルヒットに足元がふらつく。

 

「さっきの応援といい、なんか、オレ、試されてるのか?」

「応援?」

「クラインとバドミントンした時。アスナ、どっちも頑張れ、って言っただろ」

「あっ……あれ、あれね…うん」

 

そこまで認めて口を閉じてしまったアスナに、だんまりは許さないぞ、と障害のなくなった背中の上を好き勝手に手を這わし始めれば、堪えきれなくなった声にほんの微量の艶めかしさが混ざり込んだ。

 

「んっ……ぁっ……キリトくんっ」

 

手を止めて更にもうひと押し、とばかりに背と腰を強く抱き寄せ、アスナの耳元まで顔を近づける。

 

「それで?」

「うっ……だって……クラインさんが……」

「クラインのやつが?」

「キリトくんにどうしても勝ちたいから自分だけ応援してくれ、って」

「アイツ、そんな事を……」

 

卑怯とまでは言わないが、武士道からは外れるんじゃないのか?、と思う反面、たかが公園でやるバドミントンにそこまで策を巡らせるクラインに、知らず重い溜め息が落ちた。

 

「けど、クラインさんだけ応援するのはちょっと……って言ったら、なら平等に二人共って事になって……」

 

二人共、の妥協案でさえオレはストレート負けだったんだから、これでアスナがクラインの要望通り、アイツの名前だけを口にしていたらオレはきっとその場に崩れ落ち、試合放棄となったことだろう。

 

「あれで戦闘意欲が一気になくなったんたぞ」

 

自分でも無意識に拗ねた声と口調になってしまったが、それを敏感に聞き分けたアスナがなぜか逆に機嫌を良くしたらしく「ふふっ」と嬉しげな笑いを添えてオレの肩に、こてん、と頭を預けてきた。

 

「ごめんね。あんなに動揺すとるは思わなくて」

「なんだか楽しそうだな、アスナ。だったらオレのストレート負けの責任はとってもらわないと」

 

こっちは半分酔っ払いの、しかもあのクラインに完敗を喫したのだから、たかが公園でのバドミントンとは言えその屈辱たるやそんじょそこらの敗北感と同じに思ってもらっては困るのだ。

 

「じゃあ、晩ご飯はキリトくんの好きな物、作るから」

 

まだ、くすくすと笑いながら提案してくるアスナに一瞬、単純に「おっ」と気分を浮上させかけたオレは「んん?」と首を捻って肩にあるアスナの小さな頭にこっそりと頬をすり寄せた。今日はこの後、公園で解散したらオレとアスナは夕飯の買い物をしつつ川越のオレの家に来て一緒に過ごすことになっているから、それはいい、献立がオレの好物になるのはむしろ大歓迎なのだが……それって、いつもと同じだよな。むしろアスナが作ってくれた料理で「この味はちょっと…」と眉をひそめた経験なんてないんだから。

ここはもう少しおねだりをしても許されるだろう、と「あとは?」と彼女の髪の上で口を動かした。

 

「ふぇぇっ……えっと……帰りは、バイクで送ってくれるんでしょう?」

 

単に帰宅の為の手段を確認しただけなのに恥ずかしさで細い声は更に震え、耳を美味しそうな朱色に染めているアスナに知らず抱きしめる腕に力が籠もる。

埼玉県の、もっと言えばオレの家までの移動時間がそうかからない公園を選んだ理由と、事前に今日は家に誰も居ないんだ、と告げた意味とを正確に理解しているアスナからの、許されるギリギリの時間までオレを受け入れてくれる意思を読み取ったオレはニヤリとした笑みを浮かべ「もちろん」と返事をしたのだった。




お読みいただき、有り難うございました。
……虫、どこいったー!(苦笑)

いちを一番手「シリカ編」の伏線の回収という感じで「キリト編」を最後に
6編を並べてみましたがいかがでしたでしょうか?
ウラ話は通常投稿とまとめて上げたいと思います。
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