ソードアート・オンライン《かさなる手、つながる想い》 作:ほしな まつり
和人の職場の同僚「松浦」と後輩の「麻倉」
明日奈の同僚の「水嶋」
が出てくるオリジナル男性キャラ祭り(笑)っぽくなっていますが
「水嶋」に関してはちょうど三年前に投稿した「みっつめの天賜物」を
思い出していただけると、わかりやすいと思います。
まるで穴蔵の中を進んでいる錯覚に陥る高さのない天井、幅狭い通路……加えて『ここは慣れた人間しか来やしないよ』とでも言いたげに、あまり意味を成していない緩い光量……そんなアーケード内の左右には客本位の商売など鼻からするつもりもない小さな店構えの商店ばかりが並んでいる。それなのに、悔しいかな、どの店も足繁く通い続けていると思われる客達が薄暗く狭い店内で無造作に並べられている商品に瞳を輝かせ、興奮気味に店主とのやり取りを楽しんでいた。
そんな店と店主と客とそれら全てを内包しているこのアーケードの雰囲気に若干飲まれつつも目が離せず、けれどここではぐれたらシャレにならない、と先導してくれている職場の先輩のジャケットを常に視界の端にキープしながらグルグルと視線を四方八方に飛ばしていた青年が声を潜めて前の男に声を掛ける。
「……松浦さんっ、松浦さんっ、なんスか?!、ここ!!」
問われた長身の男、松浦はとにかくこの場を早く通り抜けたいらしく、いつも以上の歩行速度で振り返りもせずにポソリ、と答えた。
「何って…………商店街です」
間違ってはいない……商品を売る店が通りを挟んで左右に建ち並んでいる場所、いわゆる商店街……年齢的にも立場的にも目下に当たる人間に対してすら崩すことない丁寧な物言いだ。しかしそこに麻倉の感謝の念は生まれない。
「そうじゃなくて、ですね。《現実世界》にこんな場所があるなんて……俺、時間があるなら片っ端から見て回りたいですっ」
「麻倉君…時間はないですし、例えあったとしても僕は絶対付き合いませんから。もし誰かを誘うなら桐ヶ谷をお薦めします」
競歩じみた足取りを緩めることなく松浦は前を向いたまま補足説明を加える。
「この場所もこれから行く店も桐ヶ谷に教えて貰ったので」
それを聞いた麻倉がすぐに納得の頷きを繰り返した。どう見ても、どう考えても、実際にこの場を闊歩している後ろ姿を目にしている今でさえ、ここに松浦が存在する構図は違和感しかないからだ。
麻倉にとっては松浦も桐ヶ谷も職場の尊敬すべき先輩である事に変わりはないが、その二人は同期で実力こそ拮抗しているものの性格などは似通っている所がまるでなく、共通する部分がなさすぎて逆に気が合うんだろうなぁ、というのが麻倉と周囲の見解だった。
そしてこの雑多な空間で怪しげなオーラが充満している謎の商店街の雰囲気は間違いなく松浦ではなく桐ヶ谷和人がお似合いである。
「桐ヶ谷さん、こーゆーの子供みたいに喜ぶんでしょうね」
「みたい、ではなく、完全に子供に戻りますよ、桐ヶ谷は」
「あー……ははっ、そうですね」
確かに桐ヶ谷和人という人間はそういう子供っぽい一面を持っていた。けれど逆にそういった部分が常識にとらわれない柔軟な発想に繋がっているのだという事もこの二人には分かっている。
「一見、飄々としてますけど、実は好奇心旺盛だし、独占欲も強いですよねぇ、桐ヶ谷さん」
「そうですね、僕は研修生の頃からの付き合いですから身に沁みているので、今回、いかに君が大変だったか他の所員達よりは理解していると思いますよ」
「だからですか?、珍しく食事に誘っていただいたのは?」
「まあ今夜は君の慰労と、僕自身の慰労も兼ねてます」
「はぁ、そうなんスか」
「女性が喜ぶような雰囲気とはまた別の意味で独特な雰囲気のある店ですが料理はなかなかです。ただ、あそこを通り抜けないとたどり着けないのが最大の問題点ですね…………さ、ここです」
商店街を抜けた先、街灯もまばらな薄い暗闇の中にのっそりと一軒家が建っていた。窓から溢れている室内の光のせいで建物の輪郭を一層ぼやかしているが確かにお世辞にも洗練された、とは言いがたい佇まいである事はわかる。狭い洞窟からようやく這いだし、辿り着いて目にする灯りなのだから温かみや安堵感を生み出しても良さそうなものだが、昔話で言えば、どうにも中で山姥が鎌を研いでいるような気がしてならないのはなぜなのか?、と麻倉が首を捻っている間に松浦は臆することなくドアノブに手を掛け木製の扉を動かした。
想像を裏切らない、ギギィッ、と立て付けが悪そうな音がする。
それから松浦が振り返り、少し悪巧みをしているような笑みを口元に宿した。
「どうぞ、麻倉くん」
松浦にエスコートされ恐る恐る足を踏み入れた麻倉の目に映った光景は、意外にも、と言うと失礼だが清潔感のある明るいごく普通の料理店といった感じの店内だった。しかし完全予約制なのかそれとも店自体が通りすがり程度で見つけられる場所にないせいか、夕食時にも関わらず半分近くが空席という寂しい有様だ。
連れてきてもらって何だけど、この店、色んな意味で大丈夫なのかなぁ、と苦笑いを浮かべていると案内されてもいないのに松浦がスタスタと店の中を進み四人掛けのイスに腰を降ろす。それに倣い麻倉も若干何かに警戒しつつ松浦の隣の席に落ち着いたものの小声で「勝手に、いいんですか?」と周囲を見回し、店員の姿を探した。
「いいんですよ。ここはシェフが一人でやっている店なので席は客が勝手に決めるんです。ちなみにメニューもないので待っていれば今日の料理が出てきますから、麻倉くんはお水を取ってきて下さい」
視線で促されれば片隅にあるテーブルには大きなガラスピッチャーが三つとシンプルなタンブラーグラスが幾つも置いてある。職場の先輩に水を所望されれば「はい」と言う選択肢しかありえない麻倉は腰掛けたばかりのイスからすぐに立ち上がり、水を求めて店内を横切りピッチャーの前まで来たものの「う゛っ」と眉間に皺を寄せた。
三つのピッチャーの中身はどれも水らしいのだが、うち一つにはレモンの薄い輪切りが浮かんでいて、もう一つにはミントの葉がたくさん詰まっている。
最後の一つには何も入っていないので、きっとこれはナチュラルウォーターだろうと予想できるが、さて松浦がどの水を欲しているかがわからない麻倉はくるりと振り返った。
「松浦さーん、お水、普通のでいいんですかー?」
既に提供されている料理を笑顔で口に運んでいるカップルも、食後の飲み物を手にしつつ楽しげに会話を弾ませているスーツ姿の男性グループも、その他、店の客としてこの場に居る誰も彼もが麻倉を見てから次に松浦へと視線を移動させる。これまで何人もの女性に告白されては付き合い、別れ、また告白され、をほぼ途切れる事無く続けているのも納得の容貌を有している松浦に注がれる視線はそこで停滞した。
昔から初見で他者から受ける視線の長さに慣れている松浦は諦めたように息を吐く。特に女性は凝視に近い深さまで一瞬で濃度が増すのだ。
違う反応、と言えば、数年前、研修生だった頃に隣部屋の住人を訪ねて来た女性くらいでしょうか……と松浦はある日、偶然マンションの廊下で出くわせた事で嫌そうな顔に変化した和人に「紹介してよ、和人くん」と強請る女性の淑やかな姿を思い出していた。
僕に対して好奇心や色めいた感情など一滴も視線に混ぜず、さらり、と通り過ぎて、媚びることない涼やかな声と優しい笑顔を向けてくれたあの女性はとっくに一番を決めていた人だったし、そもそも僕も彼女を恋愛対象として見ることはないので、だからこそたまに連絡を取り合う程度の付き合いが今も続いているのだと言えますが……と視線が散っていく間、懐かしい記憶で時間を潰していた松浦は、ふと固定され続けている視線に気付いて発信源を見返した。
そこには料理を待ちながら端末画面を眺めていたらしい一人の青年が目を見開いている。
おや?、と思うのと麻倉が再度返事を求めて「松浦さーん」と呼ぶのは同時だった。
しかし松浦は麻倉の声を無視したまま、たまたま居合わせた同世代の青年と少し離れた距離から見つめ合っている。
驚きの表情で松浦を見ている青年はシャープなフレームのメガネと、短く刈り上げた髪、サックスシャツにライトグレーのジャケットを羽織っており、どうも一般的なサラリーマンとは違う業種の人間と思われた。その彼が小さく「……松浦って……」と呟くやいなや、ガタッとイスから立ち上がり「あーっ!」と声を上げたかと思えば俊敏な動きで松浦達のテーブルまで突進してくる。
「失礼ですが、もしかして……桐ヶ谷さんと同じ職場の方では?」
「…ええ、そうですが」
肯定した途端、青年が早口でがまくしたててきた。
「やっぱりっ。うわっ、すごい偶然ですね。ああ、俺の事は覚えてなくて当然なので気にしないで下さい。あの披露宴会場にいた顔ぶれなんて当人達も把握してなかったそうですよ」
思い出し笑いをしている青年の言葉に思い当たる節があったのか、遅れて松浦も「じゃあ、あなたも」と声を緩ませる。
「俺は……桐ヶ谷さんの奥さんの同僚としてあの会場にいた水嶋といいます」
「彼女と同じ事務所の方でしたか。気付かずに申し訳ありません」
「いえ無理もないですよ。一体どうやってあそこまでの人数が集まったんだか、ってくらい盛大でしたしね。俺は職業柄、人の顔と名前はとりあえず覚える派なんです」
「ちなみに俺は顔だけでもなんとか覚えようと努力だけはする派です」
突然、二人の会話に巫山戯た台詞で割り込んできたのは両手に水の入ったグラスを持った麻倉だった。
「はい、松浦さん、水です。返事がなかったんで、なんの味もついてないヤツとミント味のヤツ、どっちにします?…あとレモン味のもあったんですけど、俺、酸っぱいの得意じゃないんで松浦さんが飲まない方を飲もうと思ってのチョイスです」
松浦の前に二つのグラスを置いた麻倉は空いた手の片方をそのまま水嶋に差し出した。
「失礼しました。初めまして、麻倉といいます。桐ヶ谷さんや松浦さんの職場で後輩という名の下僕をやってます」
「それはそれは、なかなか誰にでも務まる役職ではないですね。俺は桐ヶ谷さんの奥さんと一緒に働いてる水嶋です」
「桐ヶ谷さんの奥さんって……明日奈さん、でしたっけ?」
「ああ、名前を御存知なら話は早い。彼女はうちの事務所では旧姓で通してるので俺は『結城』って呼んでますけど、勝手に彼女の下の名前や旧姓をばらすと桐ヶ谷さんに怒られるから」
「ああ、桐ヶ谷の性質をよく御存知なんですね」
一層親近感が湧いたのか、松浦は穏やかに微笑んだ。
「披露宴でお見かけしたのが最初ですけど、結城が妊娠出産で休職中俺がフォローに回っていたので、その時、モニターや携帯端末越しに何度かやりとりを。そして出産後にうちの所長とお祝いに伺った時、初めてちゃんと対面したんです。まあそんな感じであそこの夫婦とはだいたい常にニコイチで接してましたから、そりゃあまあ、わかりますよ」
「うわぁっ、桐ヶ谷さんて奥さんの同僚さんにも態度変わらずなんスね」
「どちらかと言うと逆に過剰防衛に走る傾向にありますね、桐ヶ谷は。しかし明日奈さん程の女性なら過去に色々とあったでしょうから、仕方ありませんよ」
直接本人達から聞いた事はないが少しでも明日奈を知る者なら、何のトラブルもなく平々凡々と人生を送ってきました、と言われて信じる人間はまずいないだろう。そして十代半ばからずっとパートナーとしての関係が続いているのだから明日奈が辛い時は必ず和人が怒りや歯がゆさをを覚えていたに違いないのだ。
それは社会人となった今現在の明日奈にも言えることで、過去の経験のお陰か防御策や対処法は色々と身についているようだが、あくまでも友人という立場で水嶋も気に掛けていた。
「結城は別格としても、うちの事務所の女子って人数は少ないんですが全員見た目もかなり良い感じの子ばかりなんで、まあスタッフは男女問わず所長がスカウトしてくるんですけど、本当にどこから見つけてくるんだか……結城は大学の時に書いた論文がきっかけだって言ってましたけどね」
そこまで話したところで麻倉は自分達のテーブルで空いている席のイスをズイッと動かして水嶋に向ける。
「よかったら一緒に食事どうですか?…俺も色々とお話聞きたいですし。ね?、松浦さん、いいですよね?」
「そうですね。水嶋さんがよろしければ」
「是非」
持ち前の人好きする水嶋の笑顔は偽りのない喜びを表していた。
離れた席に置きっ放しだった手荷物を移動させて四人掛けテーブルの三辺に不思議な組み合わせが出来上がる。
明日奈の職場である事務所の同期で入所当時から互いに尊敬し合う間柄から結婚披露宴パーティーにも出席した水嶋。
その水嶋の向かいに座っているのは和人と同僚の、こちらは勤務前の研修期間から研修生用のマンションでも隣部屋同士で、今現在もスタッフルームで机を並べており、加えて明日奈が研修中の和人の元を尋ねていた為その頃から彼女とも交流のあった松浦。
そして二人の間には和人と松浦の職場の後輩であり、明日奈とは直接面識のない麻倉が、松浦の選ばなかったミント水をゴクリ、と飲んで喉の渇きを潤していた。
「そう言えばここって、飲み物もオーダーできないんですか?」
「麻倉さんはこの店、初めてなんですね」
水嶋の言葉に裏付けを添えたのは松浦だった。
「ここ半月ほど麻倉くんは桐ヶ谷のお陰で結構大変な思いをしたので、今夜は僕がご馳走してあげようと誘ったんです。彼ならこの店の見てくれやシステム込みでここの味が気に入ると思ったので」
「ああ、この店は相性がありますから」
「水嶋さんは明日奈さんからこの店を?」
「はい。今は結城のサポートに就いている女性所員と一緒に教えて貰ってから二人ともハマってて」
「へぇっ、そんなに美味いんですか、楽しみだなぁ」
「……そうですね、何と言うか、不思議な味ですよね」
「……確かに、シンプルに美味しい、ではなく、不思議と美味しい、がしっくりきます」
「なンすかそれ。一体何料理なんです?」
「なんでしょう?」と素直に水嶋が松浦を見る。
「当てはまる言葉が見つかりません……ですがさっき麻倉くんは酸っぱい味が苦手と言っていましたよね。僕も好物ではありませんがこの店の酢漬けと明日奈さんのマリネは箸が進みます」
「はぁ……さすが、桐ヶ谷さんお薦めの店。味付けが似てるんですかね」
「そうかもしれないな。結城も気に入っている店ですから」
「あ、なら大丈夫だ。あの弁当を作ってる奥さんのお墨付きなら。あー、よかった」
これで味の保証はついたと言わんばかりの安心しきった笑顔に水嶋が、ぷっ、と小さく吹き出した。
「面白い人ですね、麻倉さんは。あの桐ヶ谷さんの下僕と言うだけはあります」
「でしょう?、うちの研究所自慢の下僕体質ですから」
「ちょ、ちょっとっ。下僕、下僕って、ヒドくないですか?」
「最初に自分で言ったんですよ。だいたい桐ヶ谷の個人購入書類の提出を気軽に引き受ける時点で立派な下僕じゃないですか」
「あん時はついでがあったんですっ。まさかあんなに注目されるなんて、知ってたら絶対断ってましたっ」
「一体何の書類なのか…伺っても大丈夫ですか?」
和人の勤め先を知っている水嶋が遠慮がちに問うと、麻倉は逆に「聞いて下さいよっ」と話し始めた。
「うちの研究所ってシステム開発やらなんやらやってる関係で結構色んなトコと取り引きあるんですよ」
「まぁ、そうでしょうね」
『なんやら』の内容や『色んなトコ』の具体的な名前はスルーする分別がある水嶋は、うんうんと頷くだけで話の先を促す。
「だから個人的に欲しい商品があれば研究所経由で発注してもらえるんです。もちろん代金は給料から引かれますけど」
「なるほど」
そういう制度は別に珍しい事ではない。さっきの話から察するに和人がその制度を利用して何かを購入する為の書類に麻倉が関わったのだろう、と理解した水嶋は「それがどう大変なんです?」と更なる説明を求めた。
「桐ヶ谷さんに頼まれた書類が個人購入の発注書なのはわかってたんですが、急いでたんでろくに見もせず自分が提出する書類と一緒に出したらですね……まぁ、大騒ぎになりました」
「はい?」
「事務方の人間でもうちの所員ですからそれなりの知識はあるんで、先輩のオーダーしたパーツがほぼ小型PC一台分だと分かったんでしょう」
「へぇ、じゃあ自分で一から組み上げる為にって事ですか」
「まぁ、平たく言うとそうです」
「すごいですね」
「いやいや、ただ組み上げるだけなら俺にも出来ますよ。問題って言うか、大騒ぎになったのは、あの桐ヶ谷さんがどこのメーカーのどのパーツをチョイスしたか、って事で、なぜか発注先にまで注文主が先輩だって情報が漏れて、書類を提出した俺が代理人だと思われ、連日メーカーから問い合わせが殺到するし、所内は所内で珍しく先輩が勤務時間後に居残ってソフト面のシステム構築やハード面の組み上げ作業をやってるもんですから情報を取ってこいとか色々注文くるし……」
自分の仕事にさえ支障が出るほど対応に追われた目まぐるしい日々を振り返って麻倉は「はあぁっ」と大きな溜め息をつく。メーカーにとっては桐ヶ谷和人が選ぶ製品という情報はかなりの値打ちがあるのだろう。メーカー同士の提携や契約といった縛りもなく予算の上限もないとなれば茅場晶彦の再来とさえ言われている桐ヶ谷和人が制作するPCは間違いなく超ハイスペックな究極の一品に違いない。
そこに今度は松浦の声が加わった。
「と、まあ、ここ二週間ほど色々と桐ヶ谷の周囲はざわつき、この麻倉くんはヘロヘロに振り回されていたんですが、桐ヶ谷の帰宅が連日遅いせいで明日奈さんが心配して珍しく僕に何度か連絡をくれまして、二人の板挟みで僕も結構疲れました」
「だいたい小型PC一台を組み上げるなんて桐ヶ谷さんなら朝飯前ですよね。なんであんなに時間かかったんですか?」
「それは僕も思いました。ただ、それでもあまり帰宅が遅くならないよう退所時間を調整していたようだったので手伝える事があれば協力しますよ、と言ったんですが」
「げっ、やめて下さいよ。桐ヶ谷さんだけでも大騒ぎになったのに、これで松浦さんとの共同開発なんて事になったら俺の端末鳴り止まなくなります」
「それが、桐ヶ谷は自分一人でやるから大丈夫だ、と。ただ、その時随分軽量化を重視していたようなので、もしかしたらと思って明日奈さんに伺ったら案の定でした。あれは明日奈さんの為のPCだったんです。それなら桐ヶ谷が帰宅を遅らせてまでこだわりを持って打ち込むのも納得です」
「なるほど。松浦さんに関わらせないのも当然ですね。ってかそのPCに妙なソフトを開発仕込んでるからって可能性も……」
「明日奈さんに対してだと否定できないのが桐ヶ谷ですね」
学生の頃からずっと明日奈の携帯端末位置情報を把握している事を知っている松浦が残念そうに首を振る。
「けれどそんな日々も終わりです。今日は昼休憩まで使って仕上げてましたからね。持ち帰ったPCを今頃得意気に明日奈さんに披露しているでしょう」
「あーっ、助かったぁ……それにしても今日の桐ヶ谷さん、随分焦ってましたよね。なんか作業も急ピッチって感じで……」
「あのぅ……それ、うちの莉…所員のせい……です」
それまでずっと松浦と麻倉の会話の聞き役に徹していた水嶋が随分と気まずい表情でおずおずと口を挟んできた。
「桐ヶ谷さんが製作していた結城のラップトップPC……今まで使っていたのは今月の初め頃から時々調子が悪くなるって結城が事務所でボヤいてたんで実は俺が助言したんです。『旦那に相談して早めに新しいの用意しておいた方がいいぞ』って。餅は餅屋、って言うか桐ヶ谷さんなら色々と詳しいと思ったもので……ただ、俺は単純にどんなPCを購入するか相談して決めればいいと思って言ったんですけど、まさかご自分で作り上げるとは……」
予想を超えた和人の行動に水嶋の声が途切れる。続きを大人しく待てない麻倉が「それで?、水嶋さんとこの所員さんのせい、ってのは?」と先を急かせば、落ち着いた松浦の声が場を静めた。
「水嶋さんの予想は明日奈さんも同じでした。『今度、新しくしようと思う』と桐ヶ谷に伝えたところ、すぐに『なら、任せろ』と言ったそうで。それで明日奈さんも色々な製品の比較検討をしてくれるのだと思っていたそうです。しかしなぜかその数日後から連日帰りが遅くなるようになり、本人に聞いても理由をはぐらかすような態度だったので僕に連絡がきまして……正直に告げましたら『既製品を買うからちゃんと帰宅するように言ってくださいっ』と僕が叱られましたよ」
「んーでも既に製作に入ってた桐ヶ谷さんはそのまま作業を進め、松浦さんとこには明日奈さんから再三連絡が入り、ってわけですか……それはちょっと羨ましいなぁ」
「何を呑気なことを言ってるんです。本気で明日奈さんがヘソを曲げたらその対応に桐ヶ谷は何の躊躇もなく長期の有給を取りますよ。そうなれば全てのしわ寄せは麻倉くん、君にくるのに……」
「…………ウソです、すみません、全然羨ましくなんかないです。だから松浦さんは全力であの夫婦のフォローをお願いします」
「とにかく、今回はPCが間に合ってよかったです。ああ、でも水嶋さんの事務所の方も関わっていらっしゃるというお話でしたが?」
「はい、先程も言いかけたんですけど、結城は調子が悪くても慣れたPCだったので今までどうにか使ってたんです。ところが今日の午前中に偶々そのラップトップを抱えていた彼女にサポートの後輩女性が背後から助走を付けて抱きつきまして……」
「抱きつき?!」
「あー、新人研修の時は俺が面倒見た子なんですけど、その頃から結城の事がめちゃくちゃ大好きなんですよ。しかもハーフの帰国子女なんで感情表現がストレート、と言うか勢い任せ、と言うか……俺に対しての愛情表現は極端に消極的なんですけどね。とにかく突然の接触に驚いた拍子に結城は持っていたPCを壁にぶつけたんです。俺もその現場を見てましたけど、軽く当たった程度で控えめな音しかしなかったんですが、とにかくその時から電源が入らなくなってしまい……」
「ああぁ……」
「多分、通常なら不具合が生じる程の衝撃ではなかったと思うんですが元々調子が悪かったPCですから完全にとどめを刺した形になって……バックアップはこまめに取っていたらしく、なんとか今日の仕事は乗り切ったようですけど」
「それで急遽、新しいPCが必要になったと」
「ええ、きっとすぐに桐ヶ谷さんに連絡したんだと思います」
「だから今日の先輩、昼休みも作業してたんスか」
「それにしてもその女性所員さん、大丈夫ですか?……明日奈さんの事が大好きなら余計にご自分を責めていらっしゃるのでは?」
「そりぁもう、今まで見た事ないくらい落ち込んでます」
「お気の毒に。たとえぶつけなくても遅かれ早かれダウンしたと思いますが……」
「結城もそう言ってくれたんですけど…………普段はふわふわしていますが責任感はしっかりある子なので」
水嶋の口調と表情の変化に気付いた松浦は何かを悟ったように眉をピクリと動かす。しかしその何かを口にしてもいいだろうか?、と考えている間に奥の厨房から一人の男性がカートに料理を乗せ運んで来た。
テーブルを移動した水嶋をきちんと把握していたようで、カートにはちゃんと三人前の料理が並んでいる。
着衣からその男が店のシェフである事は一目瞭然だが、ヤル気皆無のトーンで「いらっしゃいませ」と平坦に言われ、ただ黙々と定速でテーブルに料理を移していく様はまるで人間味を感じさせない。ここが《仮想世界》ならば彼がNPCであると言われても全く疑問を抱かないだろう。
初めてこの店を訪れている麻倉は唖然とした面持ちでシェフを見つめていたが、次々にテーブルへ移動してくる料理の香りに鼻を刺激されて自然と視線を料理に移した。
「わっ、うまそーっ」
口を子供のように開けて、目を輝かせている後輩の姿に珍しくも温かな笑みを浮かべる松浦がいる。一方水嶋はシェフが料理を並べ終わるのを待って「いつものやつ、持ち帰りで一つ頼めますか?」と問いかけていた。
相変わらず無表情のままのシェフがゆっくりと頷く。それに対して「有り難う」と礼を言うとシェフはもう一度頷いて再び厨房へと消えていった。
テーブルには和え物の小鉢にサラダ、麺の入った小ぶりの丼にメイン料理の平皿と汁物の椀、それにガラスの器に数種類の漬物が盛ってある。中央には大きな土瓶と空の湯飲みが三つ置いてあるので、きっと中身はお茶だろう。
「今日の料理は……和風ですかね」
「しかしメインの皿はローストビーフに見えますが……」
「そこにかかってるソースはおろし醤油みたいですけど」
「もーっ、美味けりゃ何だっていいですよ。俺、すっごく腹ぺこなの思い出しました。食べましょうっ」
麻倉に促され三人は揃って手を合わせてから箸を持ち、次々に料理を口に運び始めた。ひとつひとつの品を味わう度に松浦と水嶋は満足そうに口角を上げているが、一人だけ賑やかにも「うまっ、うまっ」とボキャブラリーの貧困さをどんどん露呈させている麻倉がガラス容器の中身から漂う匂いに気付く。
「あ、これ、酢の物かな。うーん……」
悩んだのも一瞬でこの短時間で味わった料理の美味しさに後押しされたのか、ままよっ、とばかりに大きめにカットしてある野菜をひとつ、口の中に放り込む。ぽりぽり、こりこり、と良い音を立てて噛み砕いた瞬間「んまーっ」と悦なる声を上げた。
「こらこら麻倉くん、行儀悪いですよ。それに他のお客様もいらっしゃるんだから」
「あ、しょーでした…こりぽり…すーましぇん…ぽりぽり…でも、コレ、美味くて……」
「あー、わかります。今日のはピクルスですね。毎回漬物が付いてくるとは限らないけど、うん、美味いなぁ。おかわりしたい」
麻倉と水嶋は止まらなくなっているのか、ぽりぽりし続けている様子を見ていた松浦もつられてピクルスに箸がのびる。
「確かに、香辛料の配合が絶妙です。ところで水嶋さん、先程シェフに頼んでいた『持ち帰り』というのは?」
「結城に抱きついた女性所員にですよ。多分、マンションの自室に引きこもって何も食べずに後悔と反省でうんうん唸っているでしょうから、帰りに届けてやろうと思って」
少し照れくさい笑い方と共に「頼んだのは彼女の好物なんです」と明かす水嶋の頬が僅かに色づいていて、交際相手を自分の中で一番に置けない松浦は僅かに羨望を込めた。
「水嶋さんは釣った魚のお世話をマメにする方なんですね」
「そうならいいんですが、実は今、釣り上げようとしてる最中なんです」
何の話かを瞬時に理解した水嶋が困り笑いで現状を明かすと、逆に松浦は意外だと言いたげに目を見開く。
「先程からのお話ぶりで、てっきり釣り上げていると思っていましたが……」
「いえいえ、針にはしっかりとかかっている手応えはあるんですけど、なかなか手元まで引き寄せられず。とりあえず好みのエサで餌付け中ですよ」
「さっきから何の話です?」
ピクルスを完食した麻倉が話に加わってきた。
「『釣った魚に餌をやらない』などという言葉は今時通用しない、という話ですよ」
「ああ、なるほど」
こちらも意外と察しの良い麻倉が『釣り』や『魚』と言ったキーワードが何を指すのかに気付いて「俺はちゃんと尽くすタイプですっ」と胸を張る。
「誕生日とかクリスマスなんかは絶対に贈り物を用意します」
「えーと、麻倉さん、言いにくいんですけど、その二大イベントでの贈り物は当然の認識なので『餌』には該当しないようです」
「えっ、そうなんスか?!」
驚いた顔の麻倉に松浦は学校の先生口調で講説を垂れた。
「一般的に『餌』をやらなくなるは…この『餌』という表現も甚だ時代錯誤ですが…口説き落とした後は相手に興味を失ったり、餌の必要性を感じなくなったり、といった理由のようです」
「はぁ、なんかゲームの攻略済み、みたいな感じですかね」
「そうかもしれません、僕には理解出来ませんが」
「松浦さんはいっつも餌を貢がれる方じゃないですかっ」
「別に僕から要求した事はありませんが」
「わーっ、そういう発言がダメなんですよっ」
「まあまあ、麻倉さん。松浦さんみたいな人に限って『餌』をあげたいお魚さんが現れた時はきっと大変ですよ」
「ああ、加減もわからずにガンガンあげそうですよねー」
「まさか、桐ヶ谷じゃあるまいし」
「そっか、桐ヶ谷さんはガンガンですね」
「しかも独自配合のやつを」
「他の『餌』なんて一粒も食べさせたくないんでしょうね」
三人がアップテンポで会話を弾ませている中に突然別の声が投下される。
「オレがなんだって?」
「ぎゃっ」
「おや」
「ぅわっ」
突然ふってきた声に座っていた三人がそれぞれの反応みせると、大成功とばかりに和人の口元が悪い笑みになった。
「桐ヶ谷……一体どこから現れたんです?」
この店のドア特有の「ギギィッ」という音を捉えていない松浦が謎の解明を求めると、和人は何でも無いような顔で店の奥を指す。
「厨房の勝手口から」
「全く、君は出入り業者ですか?」
「似たようなもんだな。ピクルスが美味く出来たからアスナが持って行くって言うんで和真も連れて三人で来たんだ」
「へ?、じゃあさっきまで食べてたのって……」
「結城の手作り?」
「うわーっ、勿体ないことしたっ。俺、一気に食べちゃいましたよ」
空になったガラスの器を見つめる麻倉の目が気のせいか潤み始めている。
「え?、なら今までこの店で食べた漬物も全部…?」
「まさか、本物の業者じゃあるまいし。ただこの店の味については結構相談に乗ってるからアスナの味付けに似てるかもな」
「ああ、どうりで……僕がここの酢漬けなら食べられる理由がわかりましたよ」
謎が解けてみれば、恋愛対象にならないとは言えしっかり胃袋を掴まれていたらしいと自覚した松浦が苦味を混ぜた笑顔になり、水嶋はこっそりと「レシピ、結城にもらえないかな」と呟いていた。そんな三人を見回して和人は、ふむ、と鼻から息をはく。
「それにしても、珍しいメンバーで食事してるんだな」
そこで松浦が今夜は自分が麻倉をここに連れて来て、水嶋とは偶然出くわしたのだと話せば「へぇ」と既に興味は失せたような返事がかえってくる。すると話の区切りが付いたところで水嶋がイスから立ち上がり、和人に対してペコリと頭を下げた。
「今日はうちの莉々が結城のPCを壊してしまい、本当に申し訳ありませんでした」
「それに関してはオレに謝る必要はないですよ、水嶋さん」
「けれど作業を急かしてしまったのでは?」
「いえ、いい加減組み上げないとアスナが本気で拗ねる寸前だったんで、どのみち今日明日には仕上げるつもりだったし」
「そう言っていただけると莉々も少しは浮上するかと」
「ああ、それと水嶋さんが頼んだ『持ち帰り』、今、奥でアスナが作ってますから」
「それは…莉々が完全復活します」
「えっ、その『持ち帰り』、俺も頼みたいですっ」
生気を取り戻したように、麻倉がガバッと身を起こしてきらめく目で和人を見上げれば、ふふん、と小馬鹿にしたような細い目で見返される。
「今日、初めて店に来た客に『アルゲード焼き』は出せないな」
「なんスか、それ。水嶋さんが頼んだ料理って『アルゲード焼き』って言うんですか?」
「いや、俺も初めて聞いたけど……」
「ちなみにそこの丼の中身が『アルゲードそば』だ」
「え?、このラーメンみたいな麺がそば?」
「かつてオレとアスナがその謎を究明すべく、どれほど辛く苦しい道を共に歩んだか……」
言葉だけでは、かつてデスゲームと言われた《仮想世界》でここのシェフがNPCかプレイヤーであるかを確かめる為に二人が限界まで『アルゲードそば』を食べ続けた黒歴史だとは予想もつかないだろう。
「そんな前から結城と桐ヶ谷さんはここのシェフと面識があったんですか」
「まあ知り合ったのは十代の頃だけど、その時はここのシェフ、荻窪でやってたラーメン屋が既に潰れててさ」
「じゃあ、やっぱりこれはラーメンなんじゃ……」
「その後、色々あってアスナに味の相談なんかをしているうちに他の料理にも興味が湧いたらしくて数年前にこの店をオープンさせたんだ」
「この店に来るまでの胡散臭い商店街もそうですけど、よくこんな場所で商売をやろうと思いましたねぇ」
「それは……この辺の雰囲気がかつて店があった場所と似てるからかもな……」
呟くような声に郷愁が混じっていたのは気のせいだったのか、けれど次にはトーンを一転させて和人は三人に顔を近づけた。
「それで、さっきオレがどうとか言ってたのは何の話なんだ?」
「え?、ああ…桐ヶ谷さんなら釣った魚にはオリジナルブレンドの餌をホイホイあげそうだな、って言ってたんです」
「は?、釣った魚なら美味しく食べるだろ?」
妙に当を得ている和人の言葉に、三人は言葉を失ったのだった。
寝室の扉がゆっくりと開く。
数刻前に家族で訪れていた料理店のドアと違い何の音も立たなかったが中に居た和人は既に寝る支度を済ませた姿で索敵スキルを発動していたのか素早くその動きを察知していた。少し気まずそうに、でもちょっと唇を尖らせたパジャマ姿の明日奈が寝室の中を確認するように、こそっ、と顔を覗かせる。
途端にばっちり和人と目が合ってしまい明日奈は諦めたように肩を落とし、ふぅっ、と溜め息を落としてから静かに寝室へ入ってくるが、そこで一旦足を止めた。一連の様子を見守っていた和人がベッドの上に腰掛けたまま手にしていた携帯端末をサイドボードに移動させて「アスナ」と呼びかける。
それでもその場から動かない明日奈に和人は根気よくもう一度「アスナ」と彼女の名を口にした。
抗えないと覚悟を決めたのか、コクリ、と唾を飲み込み、硬い表情のまま和人の目の前まで来て足を止める。和人はそれ以上明日奈の名を呼ぶことなく見上げる形で彼女と視線を合わせた。
「和真を寝かせてからリビングでラップトップいじってたのか?」
「…うん」
「どうだった?、セットアップはユイにも手伝ってもらったからすぐに使える状態だと思うけど」
「データ移行も済んでたし、画面も全部今まで使ってたPCと同じだった」
「打ち込みの反応速度は前のより少し上げてみた」
ほんの少し前までタイピングの感触を試していただろう明日奈の手に和人がそっと触れる。
「うん、今の設定の方がスムーズ…かな」
「全体の重量は軽くしたけどメモリは増えてるから」
明日奈の指先を緩く包んで小さな爪の形を確かめるように親指の腹でゆっくりとなぞると彼女の肩から力が抜けた。
「そう…なんだ」
「ボディカラーは赤がいいって言ってただろ?」
半月ほど前、夫婦の日常会話の延長で『そろそろ買い換えなきゃ、かもなの』と言った時、告げる気もなくただぼんやりと独り言のように『やっぱり次も赤がいいな』の小さな呟きをちゃんと拾って覚えていてくれたのだとわかった明日奈の目元がようやく緩む。
「とっても綺麗な色ね。和人くんが選んでくれたの?」
「ああ、アスナの色だからな」
ようやく淡い微笑みを引き出せたタイミングでニヤっと笑った和人が軽く明日奈の指先を引っ張りながら「気に入ったか?」と最後の質問を口にした。
体勢を崩すほど力は入っていなかったが、それが合図のように明日奈が和人の腕の中へ堕ちてくる。
「もうっ、当たり前でしょ……有り難う、和人くん」
しっかり受け止めて細い腰を抱きしめると、お返しとばかりに和人の首に両腕を回した明日奈も頬を摺り寄せてきた。けれどすぐに「でも……」と声を落ち着かせると和人に抱きついたまま後ろにある部屋の壁を見つめて眉根を寄せる。
「お仕事だけでも大変なのに、毎日遅くまで研究所に残って組み立ててくれなくても」
「その辺は全然苦にならないと言うか……」
「睡眠時間だって短くなってたでしょ」
「これでも早めに切り上げてたんだけどな」
「お夕飯も全然一緒に食べられなかったし」
「それに関しては……ごめん」
オレの身体を心配するのと同じ位寂しくて拗ねてたんだな……と察した和人が「よっこいしょ」と重くもない明日奈の身体を持ち上げベッドに横たえた。体勢が変わった事でしがみついていられなくなった明日奈の腕はそのまま枕の両端に、ぽすん、と着地し、すぐさま上から和人の手によって縫い付けられる。
「大丈夫だ、アスナ。ここ十日ほどは連日遅い夕飯に寝るだけの日々だったから、さすがにオレも飢えてる。今夜はゆっくり時間を掛けてアスナを味わうからさ」
和人の瞳に荒ぶる欲を感じ取った明日奈は「えっ?!」と獣に捕獲された小動物のように身を震わせるが、内では待ち望んでいた自分もいて、軽く頬を染めながらも身を捧げるべく静かに目を閉じたのだった。
お読みいただき、有り難うございました。
「ウラ話」で、ほんのちょっとだけ補足のオマケを
載せておきます。