ソードアート・オンライン《かさなる手、つながる想い》   作:ほしな まつり

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「やっぱり、アスナと一緒には……眠れないな……」
二人並んでベッドに入った数時間後、ひとり起き上がったキリトの
呟きを聞いてしまったアスナは……
という前話の後編です。


〈UW〉君とはじまる・後編

息を止めたままどれくらいの時が経っただろうか……多分、キリトが思わず吐露した本音を聞いてしまってからほんの僅かな間だったのだろうが、アスナにとっては時間さえも凍り付いてしまったように長く感じる。

すると触れ合っていた肌を自らの意志で遠ざけたキリトは、更に彼女から距離を取るように、むくり、と起き上がった。

もし、少しでもアスナを気に掛けて、その寝顔を見ようと振り向けば泣き出す一歩手前の彼女の瞳がまっすぐ自分を見ている事に気づいただろう。けれどキリトはアスナに背を向けたまま項垂れて何か思い悩んでいるようだ。

アスナと一緒では眠れない……ならばキリトにとって悩んだ先の選択肢が少ない事はアスナにもわかって、もう一度、今度はさっきよりも幾分小さく息を吐いたキリトがベッドに手を突き、立ち上がる為の予備動作に入った時、一番選んで欲しくない選択をキリトがしたのだと解釈したアスナはピシッと心にひびが入る音を聞いた気がした。

 

「どこに、行く…の?」

 

誰かが待つ場所に行くの?、と思いながらキリトを呼び止めた声は随分と掠れていて、しかしキリトはそれを寝起きだからと思ったらしく、すぐにいつもの優しい笑みで振り返る。

 

「起こしちゃったか?……」

 

少し気まずそうに見えるのは自分の心に渦巻く不安のせいだろうか?、とアスナはもっとよくキリトの顔を確かめたくて同じように身体を起こした。

近くから覗き込めばアスナの大好きな漆黒の瞳には隠し切れていない苛立ちがうっすら漂っていて、それがさっきのキリトの独白と重なり自分の考えが単なる思い過ごしかも、という願いを消し去る。声を掛けなければキリトは静かにベッドからおりて部屋を出て行き、そのままアスナが知らない二年間で心を開いた人の元へと向かうつもりだったのだろうか。

キリトが自身のフラクトライトを攻撃してしまう程の強烈な後悔と絶望に飲み込まれてしまった時、隣に居られなかったアスナが言える事は彼の行為を認め許す事だと心に誓ってこの世界にやってきたはずなのに、アスナ以外の誰かがキリトを支え、キリトもまたアスナよりもその人物への気持ちの方が大きいのだと思うと、それを受け入れる事は容易ではなかった。

《現実世界》では自分の選んだ進路へ向かう時は共に明日奈も、と欲してくれた和人だったが、それはもう彼の中では二年前という過去になっていて、「アスナが居ないとだめだ」と言ってくれたキリトはとっくに存在せず、今のキリトはもう別の人のものだと認める勇気なんて、どこを探しても見つからない。

全てをひっくるめて、どうしたらいいんだろう……、と途方に暮れるアスナにとって頼れる人物はやはり一人しかいなくて、情けなくも「キリトくん……」と名を呼んでしまい、次の言葉が見つけられずにいると先にキリトから「ごめん」という謝罪がぽつり、と返ってきた。

何に対してなのか、もうアスナへの気持ちは薄らいでしまったという告白は聞きたくなくて、身を硬くしていると目を合わせないままキリトが言葉を続ける。

 

「アスナの腕が切り落とされるのも、その身体が顔も見えない赤い兵士の剣に貫かれるのも、地面に膝を突いて血を吐いていたのも、みんな分かってたのに……オレは、何も……」

 

絞り出された声を聞いた瞬間、それまで石のように動けずにいたアスナは気がつけばキリトを抱きしめていた。

 

「ちゃんと…ちゃんと守ってもらったよ。《現実世界》の私はキリトくんのお陰でかすり傷ひとつついてないよ。だから……」

 

今度は自分が彼を守る為に、と思っていたのだが、この状況はキリトにとって望むべき結果ではなかったのかもしれない、と思っていると、キリトが「アスナ、悪いんだけど……」ともぞもぞと居心地が悪そうに身体をよじらせる。ぱっ、とキリトを包み込んでいた両腕を離し「ご、ごめんね」と隣に座ったまま、シーツを見つめるアスナだったが続くと思っていたキリトの声が途切れたままなので盗み見るように、そっと顔を上げると、そこにはやはり気まずそうに視線をそらした彼が途方に暮れた様子で肩を落としていた。

さっきより苛立ちは薄まったように感じるものの、触れられる事すら厭うキリトの態度に少なからずショックを受けたまま何も話しかけられずにいると、何度目かわからない溜め息をついてからキリトが覚悟を決めたように打ち明けてくる。

 

「……さっきまではとにかくアスナの体調が心配で、そればかりに気を取られてたんだ……だけど……」

 

途切れた言葉の先の怖さに、こくっ、とアスナが唾を飲み込んだ。

 

「オレの感覚だともう数年前の記憶なのに、同じベッドに並んで眠ってみたら隣にアスナの温もりがあって、アスナの寝息が聞こえて、アスナの匂いがして……今更なんだけど、目を閉じていてもわかるくらいにアスナがオレの隣にいるんだなって実感したら……」

 

それはアスナも同じような感覚に陥ったので黙ってその続きを待ち受けて両手を握りしめる。

 

「もう眠るどころじゃなくなった……」

「え?」

「だから……我慢できそうにないんだ……」

「なにを?」

「……アスナを」

 

素直な告白に驚いて目を見開いていると、顔を背けたままのキリトの耳が真っ赤になっているのに気付いて今度はアスナが、ふあぁっ、と全身の力を抜いて大きな息を吐いた。

 

「…それじゃあ、キリトくんが眠れない理由って……」

「アスナに……触れたい」

 

言葉と同時にキリトが真っ直ぐアスナを見つめる。

 

「ごめん、アスナはこの世界に来たばかりで色々不安だろうし、今までずっと《アンダーワールド》の為に戦い続けてくれて休息だって必要だ。それにいきなり《現実世界》に戻れなくなって……だから、アスナに触れたいなんてオレの我が儘なのはわかってる」

 

だから一緒にはいられないと、我慢が出来ないから逆にアスナから離れる選択をしたキリトの優しさが逆に彼女を誤解させ傷つけたのだが、それをアスナは「仕方ないなぁ」と苦笑ひとつで流した。

 

「もうっ…私はいつだってキリトくんのものなのに」

「それっ、て……」

 

ほんの少し前まで触れる事さえ厭うていたキリトがアスナの笑顔に引き寄せ慣れるように身体を乗り出してくる。けれど今度はアスナがキリトの接近を「あ、でも、ちょっと待って」と一旦拒んで、ふいっ、とキリトの視線から逃れた。

 

「えっとね……ちょっと確認したいんだけど……」

「確認?」

「この世界の愛情表現って《リアルワールド》といっしょ?」

 

アスナの言わんとしている事がはっきりと分かっているわけではなかったが、自分の知る限り表現方法に違いはなかったと感じていたキリトは少しの戸惑いを含ませながらゆっくりと頷く。

 

「だと思う……実体験はないから自信を持って、とは言えないけど」

 

やましさは全くなかったっ、とステイシア神に誓って言えるが……とは言え、よく考えればそのステイシア神の生まれ変わりと囁かれている人は今、キリトの目の前にいるわけで……とにかく、この世界の女性を何人か抱きしめた記憶はあるものの、アスナに対して後ろめたい気持ちは一つもない。だからキリトの感覚で言えば異性に特別な情を示した覚えはない、と言うことになるのだろう。

《アンダーワールド》にダイブしてから交流のあった女性達の様子から見るにキリトの感覚とのズレを感じずにはいられないアスナだったが、それはこの世界に限ったことではないので、内心で「やっぱり」と溜め息をついて少し意地悪な口調になってしまう。

 

「二年間もこの世界にいて?」

「当たり前だろ」

 

平然と言い切ってくるキリトに毒気を抜かれたのか、これ以上考えても仕方ないと割り切ったのか、こっそり「キリトくんだもんね」と納めていると「それよりも、アスナ……」とさっきよりも近くからキリトの声が振ってきた。

 

「その手の確認はオレ以外の男に聞くの、絶対ダメだから」

 

他の雄を警戒する言葉が五十階の大広間で聞いた声音と同じだと気付いたアスナが顔を上げるとそこには唸りを上げるような熱を再燃させ、けれどそれをギリギリのところで抑え込んでいるのか苦しげな顔のキリトがいる。

そんな心配や我慢はどこにもいらないのに、とアスナがキリトの胸へ額を押し付けるとそこから直接頭の中にキリトの感情が響いてきた。

 

「ごめん……多分…いや、絶対…加減できない」

 

それでもいいか?、と問いかけてくる漆黒の瞳の奥はとっくに飢えた獣を思わせるギラついた欲が灯っているが、そんな物、見なくてもわかっているアスナはすぐにキリトの胸元を一回だけ上下に擦る。

 

「オレにとっては…二年ぶりのアスナなんだ」

 

最後に気弱な言い訳なのか、渇望しすぎて思うように喉から声が出せないのか、掠れ声にアスナが顔を上げて応えようと唇を開いた途端、黒い獣は噛みつくようなキスをした。




ここまでお読みいただき、有り難うございました。
続きは「R−18」となりますので18歳以上でこの先が気になる方は
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