夢
幻
夢なのか、幻なのか
現実なのか、幻想なのか
確認しようとするが、理解出来ない、理解しようとするが、確認出来ない
分かることもある
自分が今、とても暖かな、暖かなものに包まれている
それに包まれていると、とても、とてもとても安心する
しかし
それが徐々に失われていく
それを
どうにかして留めようとするが
無力にも何も出来ないでいた
それが
それが
それがとても大切なものである事は理解した
視界がぐにゃりと歪む
視界の
歪んだ先に
見たものは
紅色美しいものと、紫色の美しいもの
それが
それが
それが大切なものなのかは
確認出来なかった
□
…
……
…………
うっすらと目を開けると、いくら覚醒していない頭でも朝であることは理解した
外からは雀の鳴き声が響き、障子越しに見る天気は少なくともいい天気であることが窺える
…どんな夢だったかな
人狼の青年菫青(きんせい)は少し目を閉じる
しかし自分の脳はどんどんと覚醒を促してくる、まるで無かった事のように記憶の扉は固く閉ざされている
…まあ、いいか
いくらノックしても扉が開かれない事を確認し、顔を洗うため家の裏手の川に向かうのであった
川の水は冷たく、今日も清らかであった
顔を洗い水を掬って喉を潤すと完全に脳は覚醒する、空を見上げると雲一つ無い快晴である
このまま散歩に出掛けたら気持ちいいなと思いつつ、流石に褌一丁で出掛けるのはまずいと理性が押し止める
そもそも今日は客人がくる
…掃除しないと
人狼の青年は今日の予定を立てながら褌一丁で家に戻るのであった
菫青の家は山の中腹辺りにある、近くには人狼の村があり差ほど離れている事はない、交流が無いわけでは無い、用事があれば赴くし向こうから客人が来ることもある、まあほぼ特定の人狼達だが
また菫青は好んで人里の方にも赴いていた、人狼と言えども普段は人間と変わらない姿をしているので特に目立つ事もない
…しかしそれが一部の人狼達は面白くないようで批判もある、そのせいで、それだけでは無いが、人狼の村から離れた所で過ごしている
そして菫青の家の対面、人狼の村より遥か奥には
妖怪の山と呼ばれる、天狗が納める広大な山々が広がっている
菫青が住んでいる山は一応人狼の管理下ではあるが、最近は天狗の姿を目撃することも多くなってきた
そのせいで村はピリピリしている
…でもねぇ
数が違う、規模が違う、統率が違う、野心が違う、逆らうだけ無駄、なのである
戦を仕掛けた所で、万に一つも勝てる要素がない
最近は村ではよく会合が行われているそうだ、おそらく、答えは一つしか無いのだが
今日の客人の用事もそれだろう、それもあるが
…久しぶりに爺様と婆様と、やんちゃな妹に会えるな
そう思い、普段着用の胴着と袴に着替え、まずは茶の間の雑巾掛けから開始した
茶の間を雑巾掛けし、棚の埃もハタキで払う、三人分の布団を外に干し、備えてある着替えも用意する
台所に行き昨日の内に作っておいたおにぎりを方張りながらお茶葉とお茶請けになりそうなものを探す
人里で交換した煎餅がある、これにしよう
出しやすい所に置いておき、準備する
次は玄関
モグモグとおにぎりを最後まで咀嚼し水で流し込む、竹箒を持ち玄関の掃除を開始する
青空の下、落ち葉を掃きつつ、これから来る客人、いや家族に思いを馳せる
…皆元気かな
いや、間違いなく元気だろう、思わず顔がニヤケてしまう
玄関の掃除を大方終えた所で空を見る
昼時だ
そろそろかな
気配を感じる
箒を玄関に立て掛け気配がする方に向き直ると、少しずつ、少しずつ気配が色濃くなってくる
体躯のしっかりした立派な髭が印象的な爺様、相変わらずの存在感だ
笑顔で此方に気付き手を振る婆様、お元気そうで何より
そして
「菫兄ぃぃぃー!!」
妹の水晶が全速力で走って来るのが見えた
「菫兄!」
「水!」
全速力でタックルを構してくる妹をこれまた全力で受け止める
「よっ!と」
妹のタックルを受け止めるのは世の兄の務めであろう
「菫兄!元気にしてた?」
「ああ!水、お前も元気そうだな」
「えへへ~、私はいつでも元気一杯だよ~!」
えへへと、首に手を回して抱き付いてくる、それをしっかりと受け止めて水の白髪を透きながらこちらも抱き締めてやる
…相変わらずだな
妹の、水晶、水と呼んでいる
正確には義妹、だが
それにも関わらず兄と呼んでくれる妹、昔はギクシャクもしたし喧嘩もした、血が繋がっていないということに抵抗感もあった
それでも水はずっと兄と呼んでくれた
それが苦痛であった時期もあった
しかし
今は
水を下ろし、頭を撫でてやる
「水」
「ん?」
「…ますます可愛くなったな」
と、わしゃわしゃと強引に自慢の長い白髪を撫でる
「わ!ちょっと!せっかくセットしたのに!」
「水は可愛いなあ」
「もー!子ども扱いしないでよ!」
頬をぷくっと膨らませて抗議してくる
可愛い可愛い
自慢の妹だ
「あらあら、仲良しさんねえ」
「菫よ、息災か?」
「爺様、婆様」
妹を愛でるのをやめ、二人に向き直る
育ての親の、爺様婆様等と呼んでいるが自分にとっては父と母と言っても過言ではない存在である
「ごめんなさいねえ、水ったら朝から菫ちゃんに会えると思って興奮しっぱなしだったのよ~」
「…いえ、私も婆様に、皆に会えると思うと興奮してしまいます」
「あらあら、うふふ、晩御飯は期待してなさいね」
「はい!」
クスクスと婆様は上品に笑い、水よりも長い白髪を掻き上げた
「…菫よ」
「爺様、お久しぶりでございます」
最後に菫青よりも一回り大きな体躯の爺様に向き直る
自慢の長い白髭と長い白髪を揺らし近づいてきて
手を、差し伸べる
「…稽古は続けておるか」
…成る程、今日はこういう趣向か
「…ええ勿論、日々欠かさず続けております」
がっしりと、握手をする
チラリと婆様と妹を見ると
『またか』
『やれやれ』
と言った言葉が聞こえてきそうな表情をしている
「…ほう、それはいい、日々の鍛練に勝るものなど、無い!からのう」
爺様の握力が強くなる、来たか
「…はい、爺様の言いつけ通り、毎日!続けておりますよ」
こちらも握力を込めて握り返す
「ふ!?ふふ、流石、自慢の息子!であるな」
ますます握力を強めてくる、相変わらずの馬鹿力だなじじいめ、だが
「え!?ええ、ええ、爺様の教えに勝るものなど、無い!ですからねえ」
こちらもますます力を込めて握り返す
辺りは先程の空気とはうって変わって妖気が立ち上ってるようだった、それを婆様と妹は真底うんざりした顔で見ていた
「ぅふ!ふふ!菫よ、強くなったのう!ワシには負けるがな!」
「っは!はは!爺様!強がりはいけませんぞ!息子に負けたく無いからといって!」
「ぬぐっゎ!?ふふ!ふふ!何を言っておる!ワシはまだ!半分の力でしかないぞ!」
「ぁぐわぁ!?ほう!奇遇ですな!私も!半分!以下の!力しか出しておりません!」
「ふぐぅぉわ!?く!くく!菫よ!冷や汗を掻いておるの!そろそろ!離したらどうじゃ!」
「ぃだぐっあ!?は!はは!爺様こそ!涙目ではないですか!離したらどうですか!」
「ぬぬぬぬぬぬぬぬ!」
「ぐぐぐぐぐぐぐぐ!」
このままでは平行線だ
そこへ
ポカン!ポカン!と婆様に叩かれた
「いい加減にしなさい二人とも、いい年して」
いい年した人狼二人が怒られる
「む」
「う」
自然に手が離れる、右手がジンジンと痺れる、これは負けたか?と思ったが爺様も相当痺れてるようだった
「…てゆーかさー」
水が呆れた顔で話し出す
「毎度毎度会うたびに殴りあったり力比べしたりして恥ずかしくない?」
「水ちゃんの言う通りよ、二人ともいい加減…」
二人ともわかってないな…
「何を言うんだ!水!」
「へ?」
「婆よ!わかっておらんな!」
「はい?」
爺様とアイコンタクトで頷く
「これが!」
「これこそが!」
「「漢の世界だ!!!」」
…
……
…………
「…病気かしらね~」
「…馬鹿ばっか」
二人は家に入ってしまう、何故だ、何故わからないのだ
爺様と二人取り残される、いつまでもここに立ってても意味はない
「爺様」
「…うむ」
爺様と一緒に家に入る
爺様とは出会う度に力比べを行っている、それはその都度趣向を変えている、お互い一発ずつ殴りあいどちらがギブアップするか、お互いに組技で技を掛け合いどちらが長く耐えれるか、相撲をとったときはお互いがっぷり四つから小一時間微動だにしなかった
それが挨拶だった
そして大抵婆様に怒られるか、水に飽きられるかして終了するのである
しかし
…やはり遠いな
と感じてしまう
やればやるほど
爺様の存在感は増してくばかりなのである
爺様と歩きながらふと痺れた右手を見ていたら
ポン
と背中を叩かれた、爺様を思わず見る
「菫よ」
「はい」
「強くなったな…」
「…え?」
此方を見て爺様がニコリと笑う
「…あ、ありがとう、ございます…」
と絞り出す様に答えると、爺様はご満悦だったようで背中をバシバシと叩かれる
参ったな、余り誉められた事無いし
思わず顔がニヤケてしまった
まずいまずい、こんなの見られるわけにはいかない
私は照れ隠しのため顔を伏せ
黒髪を掻き上げた
読んで頂きありがとうございました