家族
私、水晶は兄菫青(きんせい)を尊敬している
年にすると5、6離れている兄はいつでも私を受け入れてくれていた
月に一度、多ければ2、3度兄の家を爺様と婆様と私で訪れている、稀に私一人で兄の家を訪れる事もある、その時は大好きな兄様を一人占め出来ることに歓喜していたが婆様に
『ずるいずるい!水ちゃん一人だけずるいー!』
と、駄々をこねられたので自重することにした
子供か
私達の住んでいる人狼の村と兄の住んでいる山は差して離れてはいない、そもそも昔は一緒に住んでいたのだ
しかし兄は村を出ていった
と言っても今兄が住んでいる山は人狼の村の管轄であり、人狼の縄張りの中であるので本当に出ていったという訳ではない
ならばどうしてか?
答えは簡単
兄は異端であった
人狼は一般的に白狼、あるいは銀狼等と呼ばれている
それは単純に髪の色を指している、多少の個人差は勿論あるがほとんどの人狼は白髪、銀髪をしており、それが自分達の誇り、あるいは存在意義を示していた
しかし
兄は黒髪であった
そしてそれは
私とは血が繋がっていない、と
爺様と婆様とも血が繋がっていない、と
村の誰とも違う、と
兄の存在そのものが語っているようであった
そして
黒髪の人狼
というものが
魔狼
私達白狼よりも、上級の妖怪であると、認識させられた
魔狼は、本来群れる事はない
その存在は孤高で、気高く、他者に媚びることはなく、人狼達にとって圧倒的な存在である
畏怖
まさにこの言葉に尽きる
しかし大半の人狼は魔狼に出会うことはない、先に言ったように魔狼は群れる事はない、人狼は妖怪の中でも短命の方ではあるが、その人生の中で魔狼に遭遇したことがある者など極僅かであろう
それが、何もない普通の村にいたとしたら
異質、異変、そう言っても過言ではない
私は両親がいない、とある事故に巻き込まれたらしい
それがまだ生まれて間もない時だったためほとんど覚えていない
そして兄も
その頃爺様と婆様に引き取られたと聞いたことがある
経緯迄はわからない、一度だけ兄に聞いたことがあるが
『…いや、覚えていない、正確に言うと思い出せないんだ』
と、一瞬だが虚ろな目をしたのを覚えている
私は生まれて間もない時だったため記憶はないが、兄は引き取られてくる前の記憶が抜け落ちてるようだった
物心ついたらすでに私にとっては爺様、婆様、兄の4人暮らしだったので家族というとその3人しかいない
だが、幼い身ながらも
兄が異質なのはわかってしまった
そして村全体から見ても
違和感、があった
村の大人達から、同年代のものから、年下のもの達から
等しく迫害をされる
そんな、存在
爺様に一度だけ聞いたことがある、兄と爺様のどちらが強いのかと
『…ルールがある試合なら儂が勝つじゃろうな』
『そうなの?』
『フフッ、経験が違う、伊達に歳をとっておらんよ』
爺様はニカッと笑う
しかし
『……爺様』
『うん?』
『…もしルールが無かったら?』
爺様は試合と言った、おそらく普段から兄とやってる悪ふざけの事を指しているのだろう
『………』
しばらくの沈黙、爺様は目を瞑って深く考える様な仕草をする
私も黙ってそれに従う
そして
『…もし』
『…』
『もし、ルールが無い、…命のやり取りだったと言うのなら』
私はゴクリと息を飲む
やがて爺様はゆっくりと目を開き
『間違いなく、儂が殺される』
静かに、だが確信をもって言った
私は恐怖心を抱いてしまった事を、多いに恥じた
□
久しぶりの家族団欒だと、菫青は堪能していた
妹の水晶とはまず川釣りに出かけた
晩ごはんのおかずも掛かっているので遊び半分という訳にもいかないが
以前知り合った河童に教えて貰ったポイントに向かうと
『おお!すごいすごい!すごいよ菫兄!』
まさに、入れ食い
魚の溜まっている場所を少し教えて貰っただけなのだが効果は抜群だった
晩のおかずをしっかり確保したので安心して水晶と他愛ない話をする
家の事、家族の事、村の事、妖怪の山の事、人里の事
『…ピリピリしている?』
『うん、村全体がねー、なんかこう…、喧嘩っぱやいというか』
『なんだそりゃ』
『うーんだからさ、…上手く言えないんだけどね、そんな感じなの』
『……』
おそらく
いや、おそらくじゃないな
十中八九天狗のせいだ
妖怪の山は今なお拡大している
近隣の妖怪達は次々と傘下に入っている、自分達の縄張りが奪われているのだが、逆に天狗の傘下に好んで入る勢力もある
それは天狗の傘下に入ると秩序が生まれる事が大きい
天狗の世界は厳しい
秩序と規律を重んじ、独特の世界を生み出している
…まあ一部規律とは程遠い輩もいるようだが
それを知っているせいか自ら傘下に入りたがる勢力も多い
縄張りは保証され、無秩序に回りと小競り合いをすることもなくなる、願っても無いことなのだ
それに
…昔から知っている天狗達ならば
という思いもあるのだろう、旧知の友と言う訳ではないが、それでも
新参の妖怪に蹂躙された時と比べたら
あの時の異変に比べたら
という思いがあるのだろう
『だからさー、あんまり村に居たくなくって』
『なるほどねー』
『だから今人里の寺子屋に通ってるんだ!毎日じゃないけど』
『…人里の寺子屋?』
『うん!』
は?
『はあ!?』
人里の寺子屋ってもしかして…
『あ!先生がね、菫兄に会いたがっていたよ、あいつは元気にしてるのかーって、最近はどうして顔を見せに来ないんだーって』
『いや、それは…』
思わず手で頭をカバーする
村に居づらい時期があり、その頃人里の寺子屋に通っていたのだが
宿題を忘れた時の半人半獣の先生の頭突きが死ぬほど痛かった、勿論優しい先生ではあったが
『ね!今度一緒に行こうよ!先生に会いに!』
『え゛』
『先生もきっと喜ぶよ!絶対!』
『ああ…うん…』
頭突きの一発は覚悟しておこう
水晶と他愛もない話しに花を咲かせていた
水晶と夕暮れまで遊び、帰ってきて婆様の夕食の準備の手伝いをし、爺様と今一度小競り合いをし、他の二人の冷たい目線を貰った所で夕食となる
家族が揃うときは決まって鍋である
山菜と茸を中心とした鍋、それに水晶と釣ってきた川魚を焼く、米は人里の高級米「コシユカリ」、酒は日本酒「星之鼠虎」
うむ、十分過ぎる
「…では頂こうかしら、あなた?」
「うむ、では」
皆で手を合わせる
「いただきます!」
「「「いただきます!」」」
菫青は改めて家族団欒を噛み締めていた、食事をし、酒を飲みながら他愛も無い話をする
爺様はお忍びで人里の格闘技大会を見に行ったそうだ、いやあなたは目立つでしょうが…でかいし
「優勝決定戦は見事であった」
「…あなたそれは何度も聞きましたよ」
ふう、と婆様がため息をつく、余程何度も聞かされたのだろう
打撃を中心とする半妖の前年度優勝者に対し外来のレスリングという武術を披露した人間の挑戦者、打撃を掻い潜り高速でタックル繰り出し何度も寝技に持ち込んでいた
しかし決めきれずに2R目に
1R目は挑戦者のポイント、これは遂に人間の優勝者が出るか?と思われたが
2R開始早々の挑戦者のフェイント無しでの高速タックル、後に挑戦者は安易であったと話している
それに合わせて半妖のカウンターでの膝!
挑戦者は崩れ落ち、審判がすぐに止めに入る
前回覇者の半妖が防衛した形となる
「…あのレスリングという武術、流行るかもしれんぞ」
「…何か良からぬ事を企んでませんか、爺様」
「む、何を言う、教えを請いに行こうと思っとるだけじゃぞ」
「あなた、自分の年も考えて下さいな」
「むむ、しかし、あの技は素晴らしかった」
一体何処まで本気なのやら
「こないだね~、村の視察に来た天狗の方達がね~、イケメン揃いだったの~、ウフフ♪」
視察という言葉に少し気にはなったが婆様はにこやかに話している
「お主はまたその話しか、お主こそ年を考えい」
「あ、でも村の女の子達も遠巻きに見てたよ、みんななんかキャーキャー言ってたし」
「役者か何かかそれは」
村はピリピリしていると聞いていたが案外そうでも無いかも、一部は大層友好的らしい
まあしかし
村の若い衆は面白く無いだろう、そういう意味でも
「この前ね、ふっふっふ、ミスティアの屋台で鰻食べさせて貰っちゃった、良いでしょう?」
ふふんと、無い胸を張る水晶
「…お前ちゃんと金払ったんだろうな」
「え?食べたこと無いって言ったら食べさせて貰ったよ」
「お前な、めちゃめちゃ高級品だぞあれ」
「いやー持つべきものは友ですな、流石おかみすちー」
確か八ツ目鰻の屋台やってるんだよな
「…今度金払いに行くぞ」
「え!?もしかして奢り?」
「ふざけんな」
それにしても鰻か…くそ、羨ましい
鍋も食べ終えて、酒も半分程飲み干した所で会話が途切れた
暫し皆が沈黙していたがやがて
「…あなた、そろそろ」
「うむ、そうじゃな」
コトリと盃を置く、それに習い自分も盃を置く、水晶が背筋を伸ばす
「菫青、話しがある」
「はい」
微妙に空気が入れ替わっていく、先程までの和やかな雰囲気が薄れていく
「我が村は、天狗の傘下に入る」
「はい」
「…驚かんのじゃな」
「予想はしていました」
おそらく、というか間違いなくそうであろうと思っていた
残念ながら、現実として天狗は人狼より格上の存在である、能力、組織力において全てにおいて負けている
対抗出来るものは爺様ぐらいであろう、爺様は天狗にも一目置かれている
しかし爺様以外で対抗出来るものは指折り数える程しかいない
「…まあその通りじゃな、対抗する術がない」
今の天狗の勢力ならば人狼の村の一つや二つ簡単に潰せる、対話による交渉なら人狼側としてもありがたい事だ
「それで?」
「村は分断される、村に残るものと、天狗の傘下にて戦闘に参加するものと二つに別れる」
「…なるほど」
天狗の勢力は未だ拡大中である、兵力は多ければ良い、そしてそれを扱う自信があるのだろう
「…村の若い衆を中心に、前線に近い場所に移り住む事となる」
婆様と水晶が少し悲しげな顔をする
「…爺様は?」
「ワシは今の村に残る、婆と水晶を残しては行けんよ」
「…確かに」
暫し沈黙が流れる
「…まあ、何も不満だらけで前線に行くわけではない、若い衆の中には『天狗の世界で成り上がってやる!』と息巻いておるのもいるからの」
「…」
おそらく無理だろう、天狗は徹底した身内主義、相当な実力がなければ上に上がるのは無理だ
爺様なら可能性があったかもしれんが村の若い連中の実力では無理だろう
「…無理、でしょうね」
「そう、じゃな」
爺様も同じ考えに至っていたのだろう、少しうつ向いている
「そこで、じゃ」
「…」
少し間を置いてから
「…お主に若い衆を率いて貰いたい」
「…」
「お主なら、天狗に対抗出来る」
「…」
婆様は目を閉じジッと会話を聞いている、水晶は此方をチラチラと見ている
確かに自分なら
魔狼である自分なら、人狼の尊厳を守り、天狗への牽制になれると思う、しかし
「…お主が過去、村でどの様な扱いを受けているかは知っている、その点に関してはワシの力不足もある」
「いえ、その様な」
「…しかし、今の様な隠居生活を何時までも出来ないじゃろう」
「…」
「お主も、もう立派な成狼じゃ、今後の事も考えて」
「…」
「村に戻ってこんか?」
目を閉じ、考える
確かにこのままの状況が続くとは思っていない、何時かは決断をしなければならない
「…菫ちゃん」
婆様が口を開く
「…貴方がやりたいようにやりなさい」
「…」
「私は必ず応援して上げるわ」
ニコリと婆様は笑う、それに釣られて此方も笑ってしまう
「菫兄」
「…ん?」
「私も、絶対に菫兄の味方だよ」
エヘヘと妹が笑う、それを受けてくしゃくしゃと頭を撫でてやる
決断の時なのだろうなと、考える
村に戻るという選択肢も無くは無い
しかし
実は
やりたいことが
一つある
これは誰にも話していない
いや、話せない
話したら
壊れてしまいそうな
取り返しが付かないような
そんな気がしてならない
…
「…一つやりたい事があります」
全員が驚いた顔をしている
「…なんじゃ、そうだったのか?」
爺様が此方を見据える
「あらあら、そうだったのね菫ちゃん」
婆様がにこやかに顔を向ける
「え!?何々!?」
水晶が此方の顔を覗き込んでいる
「…聞かしてくれるか、菫青よ」
爺様が問う
本当に
いいのか?
「…紅魔館に行こうと思っています」
ピシリと、空気にヒビが入った音がした
読んで頂きありがとうございました