「今日は何の日でしょー?」
「は?」
派手な髪色をした子が地面に座っていた私の顔を覗き込んできた
大きくクリクリとした小動物のような紫の目が私を真っ直ぐ捉えて離さない
「……知らないわよ。
「ブー! 残念! 瑞鶴さんが着任してから一週間経った日だよ!」
この子の名前は子日
駆逐艦娘の一人でやたら元気がいい
私が着任した時にたまたま提督さんの執務室にいたからか、会うとよく話しかけてくる
「あー、そうだったかしらね。気にしてなかったわ」
「もー! せっかくの記念日なのにー!」
記念日と言うほどのものでもない、たかが一週間だ
それともこんな戦時中だと一週間生き延びるのも難しいのか
「ていうかなんでこんなとこにいるの? 加賀さんが探してたよ?」
座っていた私の顔を覗き込むためにしゃがんでいた彼女はスクッと立ち上がった
後ろでまとめた三つ編みが跳ねる
私は彼女の言葉に何も答えずに下を向いた
ここは工廠の裏で、当たり前だけど私達以外誰もいない
「喧嘩したの?」
「……べつに」
「じゃあサボりー? 加賀さん厳しいもんねー」
「……いや」
喧嘩なんてしていない、本当だ
サボり……でもない
あの人は私が着任してから私の指導係に任命されているが、べつに今日は訓練の予定はない
ただ……
「もー、せっかく加賀さんがお昼誘ったのにすっぽかすのはサボりじゃなくてもダメですよー」
「……知ってたのね」
そう、お昼を一緒にどうかと誘われたのに無視してここに隠れてるだけ
何も知らない体で色々訊いてきたのにこの子、全部知ってるじゃない
「加賀さん嫌いなの? 厳しいから?」
「べつに嫌いじゃないし、なんであんたはさっきからそんな厳しい厳しい言うのよ。あんたこそ嫌いなの?」
「ぜんっぜん! 優しいもん」
「……意味分かんない」
さっきからそんなに言うんだから嫌いなのか訊くと即答で否定された
この子に限ってウソは言わないだろうし、いったいなんなのか
ため息しか出てこない
「だって、ねのひたまに加賀さんが瑞鶴さん指導してるとこ見るけど凄い厳しいから怖くて嫌いになっちゃったのかなって。ごこーせん、ごこーせんって。蒼龍さん教えてた時はもっと落ち着いてたのに」
「じゃあ向こうが私のこと嫌いなんじゃない」
納得のいってない私の顔を見てブーっと頬を膨らませながら理由を言ってきた
彼女が私に厳しい理由なんて知らない
一航戦たる彼女が五航戦の私に厳しく当たるのは昔からだし、特に何も思わない
そう、私が艦娘・瑞鶴ではなく空母・瑞鶴だった時から一航戦は厳しかったのだ
「それはないよー、いっつも気にかけてるもん。それに嫌いだったらわざわざお昼誘わないよ、赤城さん今日出撃してないもん」
「そう、どうでもいいわ」
あの人は同じ一航戦たる赤城さんといることが多い
その赤城さんが出撃してなくて鎮守府にいるというのに、わざわざ私を誘ったということは嫌いなはずはない
とのことらしい
……ホントにどうでもいい
「ほーらー、食堂行こうよー。今日のお昼はなんと肉じゃがだよー!」
私の手を取って引っ張る
無理やり立たせようとはせずにあくまでも私の意思を尊重している辺り、案外私が思ってたよりも空気を読める子なのかもしれない
「あ!?」
私は立ち上がる
ようやく動いてくれるか
きっと子日はそう思ったのだろう
だから私の手を握る小さな手を放した
私はそのタイミングを逃すことなく走りだす
食堂のある方向とは別の方向に
もー! と怒る彼女の声が後ろで響いたのが聞こえた
―――――
空母・瑞鶴は帝国海軍きっての殊勲艦だ
が、最後は囮として使われ沈んだ悲しい艦でもある
艦娘は自らの名を持つ軍艦の魂を持ち、完全ではないが記憶も持つ
しかしこと記憶に関してはそれぞれ個体差というか一人一人かなり差異があり、軍艦としての自分の記憶を結構覚えている子もいればかなり忘れている子もいる
艦娘はそれぞれ同じ名前、同じ姿はしていても性格はそこそこ違う
建造された鎮守府や提督、周りの環境が大きく関係しているからだと言われているし、それは紛れもない事実だろう
しかしそれだけではなく、この記憶というものもそれぞれの性格が違うそこそこ大きい原因である
「瑞鶴はよく覚えてるんだろうな、昔のこと。だからなんというか……スレてるというか、グレてるというか」
「別の所の瑞鶴さんは姉思いで快活な方でしたしね」
「うちに翔鶴がまだいないのも原因か……」
執務室の椅子の背もたれにもたれ、天井を見上げる男が一人
切れ長の鋭い目に着崩した軍服
悪人っぽいが間違いなくこの鎮守府の提督である
「うちに
「分かりませんが、彩雲飛ばしましょうか?」
「……いや、それはいい」
彼の座る椅子の隣に控える黒髪が腰まで届くほど長く、赤い膝丈までのスカートを穿いた女性が後ろに
彩雲
高速で空を翔る偵察機だ
そんなもの一人の女の子を探すのに駆り出すのには過剰としか言いようがない
艦載機の妖精もビックリだ
「赤城はてきとーに加賀のケアでもしといてくれ。あいつ地味に落ち込んでるだろうしな」
「瑞鶴さんはどうするんですか?」
「明日は軽めのだが出撃予定あるし大丈夫だろう。なんとなくだが、出撃はちゃんとする気がする」
誘いを見事に無視された加賀
彼女は表情はいつも変わらないのだがその中身の感情はかなり動く
感情のメーターがあればわりと色々なことで乱高下しているだろう
何故表情に出さないのかは知らないが、嬉しい時も悲しい時もほとんど表情は動かない
今もおそらく見た目はいつも通りだろう
心はかなり沈んでいるだろうが
そんな加賀の様子を察したのか赤城は提督の命令というか頼みに素直に頭を下げて了解の意を見せた
「着任して一週間で実戦ですか。最近の子にしては随分早いですね」
「理由はお前の方がよく分かっているだろう?」
赤城は正規空母としてはここでの最古参である
彼女が着任する遥か前から鳳翔や龍驤という歴戦の軽空母が活躍していたが、正規空母という艦種では確かに彼女が最初なのだ
そして古株の彼女の経験上新入りはある程度訓練や演習を重ねてから出撃させるのがこの鎮守府の、提督のルールであった
一週間は早すぎる
今は戦争勃発直後ではなく、一応は近海のみだが制海権を確保している程度には巻き返している状況なのに
「……確かに筋は良いですが、まだ荒いです」
鎮守府全体で見ても割と古参であるがゆえに、彼女は彼女の後に着任した多くの軽空母と空母の指導を行い、成長を見てきた
加賀でさえ、赤城着任後わりとすぐに来たが、それでも一応先輩として、相棒として指導していた
二人が至らぬところは鳳翔が叩き直せば良かったわけであり、それで上手く回っていたという裏話もある
可愛い後輩や相棒を見てきた彼女だからこそ分かる、瑞鶴の筋の良さと荒々しさ
弓で艦載機を放つ空母ならば当たり前だが弓の扱いに長けていた方が良い
戦場を動き回って戦うので別に弓道のように静かに、美しく矢を射れとは言わないが、だからと言って適当に放ってはいけない
空母はただ矢を放って艦載機を飛ばせば良いというものではないのだ
だからこそ一週間は早すぎる
「あれは精神的な面からきてるもんだ。直すのは加賀でもお前でも、鳳翔でも無理だな。仮にうちに翔鶴がいても無理だろう。見極めたいんだよ、俺は。それに、お前は言えねえだろ?」
今までずっと上を向いていた提督の顔がようやく隣の赤城を真っ直ぐ見つめる
最後の言葉にニヤッと悪戯っぽく笑いながら
それを見て全てを察したのか、赤城はため息をつく
「了解しました。それでは加賀さんの様子を見てきますね」
「おう、任せた」
何を言っても聞かないだろうし、自分の意見が正しいのかも分からない
そして何よりそう、彼の言う通りなのだ
ならば信頼する彼の考えに従おう
赤城の顔はそんな顔である
先ほど任された通り加賀の様子を見るために執務室をあとにする……前に扉が誰かにノックされた
「はい?」
「あ、赤城さんだ! こんにちはー!」
「子日さんじゃないですか、こんにちは。それでは私はこれで」
赤城が扉を開けると立っていたのは明るいピンクの髪をした女の子、子日である
赤城とお互いに元気良く挨拶をした後、加賀の様子を見に行く赤城と入れ違いで執務室に入ってくる
「瑞鶴さん見たよー!」
「お、マジか」
無邪気な笑顔でサラリと言う
子日が瑞鶴によく話しかけるのは彼も知っていた
「でも逃げちゃった」
「マジか、逃げたのかー」
話している内容に対して二人の口調は軽い
「追わなかったのかー?」
「追いかけてほしくなさそうだったから」
「そうかー」
執務室のテーブルを回り込み、椅子に座った提督の膝に飛び乗りながらあっさりと言う
提督も提督で膝に乗った彼女に腕を回して頭を撫でるだけで何も言わない
この子は実は結構人の考えや空気を読むのが上手い
だからこの子が追わない方が良いと判断したのならきっとそうなのだろう
それが彼の考えであった
「子日、明日は任せたぞー」
「はーい、ねのひにお任せをー」
口調は軽く、表情もお互い緩い
ただそれは別に適当にやっているわけではない
この二人の間にある独特のリズムというか、空気である
駆逐艦は建造する際に必要な資源は少ない
それゆえ建造され易い
絶対的に艦娘の数が足りなかった戦争勃発時は兎にも角にも駆逐艦を建造、そして出撃という作戦が執られたほどにコストが少ない
そのためか平均的に戦歴は長い子が多い
初期艦の吹雪、彼の最初の建造艦である初霜、霞や白雪、睦月に綾波
初期から戦い続けた者は皆駆逐艦だ
そして初春型二番艦・子日
妹の初霜程ではないが、その他の姉妹含めこの鎮守府でも屈指の練度を誇る小さな艦娘である
初陣の瑞鶴一人程度の面倒を見るのは容易く、朝飯前とさえ言える
絶対の信頼と、その信頼に応えられるという自信
二人にあるのはその確かな絆なのだ
―――――
人のいなさそうな場所を点々と移動した後、コッソリと私は自室に戻る
今日は訓練も何もない
明日が私の初陣だから今日はゆっくりしとくといいと提督さんは言っていた
ベッドに飛び込み、枕に顔を沈める
普通私室は二人でシェアする形らしいけど、私の部屋は私だけ
私の態度を見て提督さんが一人部屋にしてくれたのか、それともたまたまなのか、もしかしたらいつか来るであろう翔鶴姉のためにとっているのかは知らない
ともかく今はこの一人部屋なのが救いだ
「……はあ」
結局お昼は食べてない
食堂に加賀さんがいるかもしれないから
やっぱり気まずいし
ここの鎮守府の人達はやたら仲が良い
いや、生まれたばっかの私は他の鎮守府の様子なんて知らないけど、それでも話を聞くにはやっぱり特別仲が良いらしい
鎮守府を案内されたときに誰かが胸を張って言っていた
喧嘩も揉め事もするらしいし見たこともあるけど原因は誰が私のアイスを食べたか、とかなんかそんな下らないことばっかり
提督という上官はいても形だけ
実際は一部の古参艦娘の尻に敷かれているらしい
艦娘も皆対等な関係、戦艦も空母も駆逐艦も
先輩後輩すら関係ない
せいぜい加賀さんが私に付いているように最初だけ指導係としているだけで、それも特に敬語で話せだなんだと言われることもない
そこが私は怖い
今は深海棲艦と戦争中だ
いつどこで誰が沈むかも分からないのにどうして皆それぞれ輪を広げていくのか
失うことを怖がらないの?
外で鐘が鳴る
夕食の時間を告げる鐘だ
何故かこの鎮守府では出撃や遠征でいない者以外はなるべく皆一緒に夕食を食べるという暗黙のルールがある
あくまでも暗黙のルールだから別に合わせなくても何も言われないし、実際何かしらの用で別の時間に食べる子も少しはいる
……私もそうしよう
大勢でワイワイと食べる気なんて起こらない
意識を深い深い暗闇へと投げる
もう明日の出撃に寝坊さえしなければいいや
―――――
「今回お前達には輸送船の護衛を任せたい。ぶっちゃけ護衛対象は一隻だから楽勝だ」
「旗艦は大淀さんです。初の旗艦ということで多少緊張しているでしょう。古鷹さん、天龍さん、子日さんはサポートをお願いします」
朝食後、執務室に集まった私達六人に提督さんは今回の任務の内容を言って緊張するなと笑う
隣の、今日の秘書艦らしい赤城さんは手に持った書類を見ながら輸送船や通る海域での敵艦船の出没情報などを私達に伝える
どうやら輸送船の目的地は離島にある鎮守府への物資の輸送で、かつ往復でも一日かからない、つまり今日の夜にはここに帰投出来る程度のものらしい
「本土から近い位置だからか大した敵さんはここ最近出てないが、油断だけはしないようにな」
「大事なのは皆さんが無事に帰ってくることです。現れた敵艦船が予想外に多かった、もしくは強力な艦種ばかりだった場合は迷うことなく引き返してください。護送艦の方もその辺は分かっています」
赤城さんが優しくそう言って微笑む
大切なのは無事全員が帰ってくること
その言葉に私の心がピクリと反応した
提督さんは初めての旗艦だということでか、ガチガチに緊張している大淀さんの頭を撫でて笑い、撫でられてる大淀さんはかけてる眼鏡がズレているのに気付いていない
大淀さんは結構クールな人だと思っていたが実は違うのかな
「んじゃあ、行ってみるか!」
「御武運を」
最後にポンッと大淀さんの頭を叩き、提督さんが号令をかける
それに伴って私達は、大淀さんはようやく眼鏡をかけ直して、一斉に敬礼を行う
前に立つ提督さんも赤城さんもだ
執務室を出る六つの足音
軽快な足取りのものもあれば、緊張からかどこかぎこちないものもある
初の旗艦だという大淀さんは口を真一文字に結び見るからに固い
前を歩く戦歴の長い三人は対照的に足取りは軽く、新米三人の面倒を見るという、はっきり言って面倒だと思う今回の役割にも特に何も思ってないのか表情は柔らかい
ただ子日は固い大淀さんをどうにかしたいのか積極的にちょっかいをかけていた
隣を見る
小柄で童顔な女の子の顔が視界の下の方に映る
軽空母・瑞鳳
私よりも二週間くらいしか着任の時期が違わないらしく、私を入れなかったらここでは一番の新入りになる
彼女も大淀さんと同じように表情は固いが、私の視線に気付くとぎこちない笑顔を浮かべた
「瑞鶴は初陣なのにビシッとしてるね。……私はまだ緊張するなあ」
少し恥ずかしそうにそう言って固い笑顔を作る
「今まで何回出たことあるんだっけ?」
「今回で二回目だよ。だから先輩としては頼りないからごめんね?」
なるべく明るく振る舞おうとしてるけど、やっぱり微妙に固い
ただ昔の記憶が多く残ってる私にとって彼女は最も話しやすい存在の一人で、一緒に出撃出来るのはありがたい
瑞鳳は私がビシッとしてると言うが、なんだかんだ私も緊張してるから
工廠でそれぞれ艤装を装備する
矢筒に矢を入れ、肩を回す
艦載機の妖精さん達も心なしか表情が固い
「大丈夫、どんな相手が来ても絶対加賀さんよりは弱いから」
隣で艤装の整備をしながら瑞鳳は言った
その言葉で今までの訓練を思い出す
……確かに敵空母があんなのばっかだと日本の空はこんなに穏やかじゃないだろう
「そうね、アレは異常よ」
「……異常で悪かったわね」
「あっ」
烈風のような最新の艦載機を使ってもどうやってもあの人から制空権を取れたことはない
妖精さんに出す指示は多分いつも的確で、ついでにその指示に応える妖精さんの操縦技術も壊れ性能だ
私の妖精さんもいつかあんな風に空を翔るのだろうか
そんなことを想いながら瑞鳳に言葉を返す
と、瑞鳳があっとなんとも言えない声を上げて表情が曇る
……後ろからいつもと同じ冷めた声がかかる
「か、加賀さん……」
振り向くとそこにはサイドテールに青いスカート、そしていつもと同じ無表情の女の人
加賀さんだ
赤城さんと同じ一航戦で、今は私の教官にあたる艦娘
気まずい
なんせ昨日お昼の誘いを無視してそれっきりだし
断り一つ入れてない、完全な無視だし
「あの……」
「初陣だそうね」
「え? はい……」
非は確実に私にある
謝らないと
そう思って口を開けるとそれに被せるように加賀さんは口を開いた
「貴女は筋は良いわ。でも細かく見ればまだまだ粗いし判断も遅い。今回戦闘があるかどうかは分からないけど、どちらにせよあなたにとって良い経験になるわ。瑞鳳の動きも良い手本になるでしょう。あなたがどう動くか、見させてもらうわ」
「えっと……はい、わかりました」
何を思っているのか分からない無表情のまま加賀さんはそう言って一歩下がる
それと同時に奥から大淀さんの声がした
全員の艤装の装備が完了したらしく、出撃の号令だった
私は結局加賀さんに謝罪も何も言えないまま工廠の奥へと進む
工廠の奥に進むと舟屋のように海へと繋がる水路がある
「そ……それではこれより艦隊旗艦大淀、出撃致します。皆さんついてきてください!」
水面に立ち、ぎこちなく不慣れな感じの掛け声を大淀さんが上げ、海へ向かって動き出す
ただそのぎこちない掛け声とは裏腹に水面を滑る動きはなめらかで、鎮守府の中ではまだまだ新兵とはいえ多くの訓練や演習を重ねてきた者の動きだ
大淀さんの背中を追い、周りの子達も動き出す
帰ったら加賀さんに謝ろう、そう思いながら私も水面を駆けた