風声鶴唳   作:母屋

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 陽が西に沈みかけた時間の執務室

窓から入る斜陽のオレンジの光が逆光になって前にいる三人の表情がよく分からない

ただ一つ、これだけは分かる

加賀さんは怒ってる

 鎮守府に帰投し工廠で装備を外していたところで出迎えてくれたのは加賀さんだった

結構ボロボロな私の姿を見ても眉一つ動かさずに一言、提督さんへの報告の前に全員入渠して汗を流してきなさい、だ

これだけだといつもの加賀さんだけど、今回ばかりはその無表情の奥に何かが燃えているのが私には分かった

なんせ出撃した六人全員に対して言っているのにずっと私を見てた、というか睨んでたし

刺すようなその視線は結局私達が入渠ドックに向かうまで私に突き刺さり続けた

途中からもう気まずくて意図的に視線を感じないように逃げちゃったんだけど、隣で瑞鳳がビビっていたので間違いなく最後まで私に刺さっていたと思う

 それでドックで汗を流し、被弾した私と、庇ったけど少し爆発に巻き込まれていた大淀さんは傷を癒して執務室へ向かった

待っていたのは提督さんと今日の秘書艦の赤城さんと、加賀さんだ

 

「まずは出撃お疲れ様。護衛艦の艦長から複数回の襲撃から助けてもらって本当に助かったと感謝の言葉をもらったよ。まあ、皆も既に感謝の言葉はもらってるだろうがな」

 

 逆光で表情はよく分からないけど、明るいというか朗らかな声で提督さんがそう言った

提督さんの言うとおり護送終了後あの補給船の艦長さんや船員さん達からお礼はいただいた

皆無事帰れたことにホッとした表情をしていて印象的だった

たかが物資の輸送で命の危険が伴う、というのはかつての大戦では当たり前だったけど今は少し違うのかもしれない

 

「襲撃してきた敵艦船の詳細とか諸々のことは後で大淀、書類にまとめて頼むな」

「了解しました」

 

 大淀さんがビシッと敬礼をする

こういう出撃なんかのデータを書類で纏めて提督さんに渡すのは旗艦の役割らしい

艦娘によってパソコンのワード、とかいうなんか凄そうなもので綺麗に纏める子もいればノートとかにサッと手書きで纏めて渡す子まで様々らしいけど、多分大淀さんは前者だろう

こういうデータを各鎮守で共有して現在国を守ってるらしい

 

「大淀は初めての旗艦ってことで緊張してたと思うが、襲撃とかイレギュラーな事態にもなんとか対応出来てたらしいしよく頑張った。古鷹達も良く支えてくれた、ありがとう」

 

 イレギュラーな事態

その言葉の時に前の三人のうちの誰かから視線を感じた

まあそうだ、私の暴走はイレギュラーだろう

 

「今日明日はゆっくり休んでくれ。お疲れ! あ、瑞鶴は加賀が話あるそうだから悪いけど残ってくれ」

 

 提督さんの言葉に私達は敬礼で応え、この帰投の報告と言うか挨拶は終了した

私以外は、だ

 瑞鶴は残ってくれ

しっかりとした出撃内容の報告は当たり前だけどまだだ

でもあの補給艦の艦長さん辺りから提督さんに報告は行ってるんじゃないないだろうかとは思っていた

補給艦とのやり取りは艦隊内でやりとりを行う無線とは別の無線で旗艦、今日だったら大淀さんが行っていた

ただあの時大淀さんは私に大声で止まれと何度も叫んでたわけで、その声をもう一つの無線が拾っていても不思議じゃない

だから私に対して何かお叱りだなんだがあるのは一応予想していた

悪いのは私だから仕方ない

 私以外の皆は退室していく

目の端で瑞鳳が心配そうな視線を私に送るのが見えた

あれだけ散々迷惑かけたのにまだ心配してくれる彼女の優しさに私はなんとも言えない気持ちになった

 

「単刀直入に訊きます。何故あんな馬鹿げたことをしたのかしら?」

 

 皆が退室したのと同時に加賀さんの冷たい声が私に刺さる

陽はさっきより沈んだから少し暗いけどもう逆光ではない

だからそう言った加賀さんの表情はよく見える

パッと見はいつも通りの無表情

だけどよく見ると瞳の中に怒りの炎が燃え盛ってるのが分かる

 

「あの時はあれが最良だと判断したからです」

 

 少しムッとした

確かに今はあれは最良の判断ではなかったと分かる

でも最悪の手でもなかったとも思う

馬鹿げたことと一蹴されるものなのか

 

「艦隊指揮は緊急の場合を除けば旗艦の役目です。あの程度の事態は貴女が独断で動くほどの緊急性はありませんでした。事実、貴女以外の子達は落ち着いていたでしょう? 無意味な貴女の行動が馬鹿げたことじゃなければ何かしら」

「……」

 

 怒りを湛えた、私を刺し殺すんじゃないかと思うほどの鋭い目で睨みながら加賀さんはバッサリと斬り捨てた

提督さんが加賀さんを見てため息をついた

 

「加賀、瑞鶴は初陣だったんだぞ? いきなりあんな状況になって冷静になれと言うのは酷じゃねえか?」

「初陣ならば尚更おとなしく旗艦の命令を待つべきです。最も経験の浅い者が勝手に行動してなんの意味があるのです?」

 

 全否定だ

提督さんがフォローしてくれたけどそれすら斬り捨てた

ただ、確かに加賀さんが正しい

 

「そもそもあれは囮と言うよりは特攻です。貴女も本当は分かっていたんじゃないかしら?」

 

 加賀さんの言葉にピクリと心が跳ねる

提督さんの目が一瞬光ったように見えた

 

「私があの中では一番練度も低いし、たとえ沈んでも大した影響ないじゃないですか。それで皆を守れるならそれはそれで戦略としては正しいはずです。それに、どうせ沈んでも建造すればまた『瑞鶴』は着任します! ていうかそう、私だってここの鎮守府の何人目かの『瑞鶴』かもしれないですしね!」

 

 本当はこんなこと言いたいわけじゃない

ただなんか心を見透かされたようでカッとなったからつい心にもないことが口から飛び出した

 加賀さんの目の色が変わる

今までも十分なくらい険しかった目付きが更に鋭くなった

地雷踏んだことくらいサルでも分かる

 

「加賀」

 

 提督さんが一言加賀さんの名前を呼ぶ

今まで静かに加賀さんの隣にいた赤城さんが左手を加賀さんの前を遮るように伸ばした

加賀さんがこっちに、私の方へ踏み出そうとしたから

 

「失礼します!」

 

 いてもたってもいられなくなり私は執務室を出る

そう、逃げた

加賀さんから、記憶に残るトラウマを見透かされる怖さから

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 

 部屋に戻って鍵をかけ、昨日のようにベッドに飛び込む

本当は全部知ってる

この鎮守府で轟沈した子はいない

だから私はここで初めての『瑞鶴』だ

全部知ってるんだ

深海棲艦との戦いが始まった初期から参戦しながら轟沈者がいない鎮守府はここだけで、そのために提督さんがどれだけ頑張ってきたかも

なんで夕食はなるべく全員で食べるという暗黙のルールがあるのかも知ってる

 部屋の扉がノックされた

 

「瑞鶴、俺だ。少し話をしないか?」

 

 提督さんの声がする

穏やかな声だ

加賀さんと違って怒ってないらしい

提督さんの頑張りを真正面から否定というか、無視したのに

 正直話すのは気まずいけどここで逃げたらもう取り返しがつかない気がしたから鍵を開けた

すでに一回逃げてるけど

 

「お邪魔するな」

 

 声と同様穏やかな表情で提督さんが部屋に入ってくる

私はベッドに座り、提督さんは向かいの椅子に座った

 

「加賀は赤城に任せてきたよ。まあ心配すんな」

 

 そう言って笑う

間違いなく怒り狂ってた加賀さんを任された赤城さんに申し訳なく思う

 

「……なんで瑞鶴はずっと皆を避けてたのかずっと考えてたんだんだ。最初は昔の記憶が多く残ってて、境遇から言い方は悪いがグレたんじゃねえかって思ってたんだわ俺。でも全然違ったな」

 

 提督さんが肩を竦める

 

「本当ならうちでは着任して二週間は訓練や演習だけで出撃はさせないんだけどな。悪いが今回は見極めるために瑞鶴には出てもらったんだ」

「……何をです?」

「お前が何にビビってたか、だ」

 

 真っ直ぐ私を見据えて提督さんが話す

思えば提督さんとこんなに面と向かって話すのは初めてだ

着任した時はすぐに鎮守府の案内のために執務室を出たし、それ以降はあまり話す機会がなかったし

 

「加賀からの訓練の報告からして厭戦派というわけじゃなかったしな。となると、まず考えられるのが囮の経験から自棄になってるって線だ。他の子達を避けてた理由は自分がいつ沈んでもいいように、ってな感じか」

 

 提督さんは私と大して話したわけでもないのに色々考えていたらしい

というか、訓練についての報告まで全部しっかり読んでいたんだ

他にも書類とかいっぱいありそうなのに

 

「まあこれは今回の事を踏まえると違ったがな」

「……」

 

 やれやれと首を左右に振る

ここで私は提督さんに全部見透かされたということを確信した

だって、私の行動は普通に見れば自棄になってやったものだと見做しても筋は通るはずだし

 

「一つ言っておくとな、今回の護送任務、出撃したのは六人だけじゃねえんだよ」

「はい?」

 

 唐突に提督さんが話題を変えた

私はわけが分からずポカンとした返ししか出来ない

 

「なんで雷撃があまり強くない大淀の魚雷が深海棲艦二体を沈めることが出来たと思う? どうして加賀はお前の行動を詳しく把握してたと思う? 出撃前に工廠で会った加賀はなんて言ったか覚えてるか?」

 

 提督さんの言葉で記憶を辿る

加賀さんはなんて言ってたっけ

……あなたがどう動くのか見させてもらうわ(・・・・・・・・)

あっ

 

「……加賀さんも出撃してたんですか?」

「そういうことだ」

 

 提督さんが頷く

だから私がどう動いたか、とか全部知ってたのか……

 

「うちの教育方針は過保護だ。毎回は不可能だが新人が多数出撃するときは保険をかける時がある。今回は保険として加賀と駆逐艦の朧、潜水艦のイムヤとゴーヤがお前達についていた。だから例えばお前を狙った敵艦船を沈めたのは大淀の雷撃じゃなくてイムヤとゴーヤの魚雷だ」

「でも、だったら電探や水偵が加賀さん達を発見するんじゃ」

 

 向こうが私達を見ていたということはこっちからも発見出来るということだ

だったら一方的に見られるはずはない、と思う

 

「今回主に索敵してたのは古鷹と天龍だろ? あの二人と子日は知ってたからな。加賀達見つけても特に何も言わずにスルーだ。大淀の偵察機だけは加賀が見張ってバレないように動いてたがな」

 

 どうやら私と瑞鳳、大淀さん以外の三人は加賀さん達の存在を知っていたらしい

今回私や瑞鳳は偵察機を装備してなかったけど、空母が扱う偵察機は大淀さんの水偵より遥かに高性能だ

大淀さんにバレずに動くことは確かに可能かもしれない

 

「本当にヤバい時以外は手出し禁止してるし、事実お前が独断で動いてなかったら加賀達が動かなくてもあの程度の戦況は問題なく切り抜けれてたよ。だから加賀はキレてたわけだが」

 

 経験の差だから判断は仕方ない

さっき加賀さんに対して言ったフォローを繰り返す

結局あの程度は私というペーペーを抱えても問題ないほど皆、というか三人の練度が高いということらしい

 

「つーわけで、今から無責任な約束するな」

「?」

 

 さっきから話が飛び飛びでよく分からない

私の底にあるものに多分気付いてるのにそこに触れない

 

「誰も沈まないって約束するから安心してこっちに来てくれないか?」

 

 今まで散々変化球投げてきてたのに突然の剛速球

そんな感じだ

やっぱり提督さんは見透かしていた

 

「誰とも関わろうとしなかったのは仲良くなった後に失うのが怖いから。真っ先に囮として突っ込んだのは不利な戦況の中で誰かが沈むかもしれないなら自分がその役目を請け負って、誰かが沈む姿を見たくないから。しかもこれは自己犠牲じゃねえ、逃げの考えから出た行動だ。違うか?」

 

 提督さんは相変わらず私を真っ直ぐ見つめながら言う

加賀さんとは違う、けど鋭いその目から逃げれない

 そして、その言葉は図星だった

 

「瑞鶴、お前が徹底的に人を避けてたのは囮になった記憶からグレたんじゃくて、ただ単純に記憶にある誰かを失う辛さをもう経験したくなかったからだろ? 自分が戦うのは別にいい、誰かを守れるからな。ただ今度は死を見たくなくてどうしても、無意識に力んでた。これが赤城や加賀の言う粗さの原因ってわけだ。自覚はないかもしれないけどな」

 

 囮になったこと作戦そのものを『私』はとくに恨んではいない

それも作戦のうちだし、私が囮になったからこそ生き延びてくれた子もいる

そもそも私自身そうやって生かされたこともあるから、そこでその作戦を恨んだらきっと私のために沈んでしまった人に申し訳が立たない

 それよりも怖かったのはそう、喪失の記憶

目の前で多くの沈没を見た

姉の翔鶴や大鳳、それこそ赤城さんも加賀さんも私を置いて沈んでいった

 正直なんで艦娘として再び生を受けたのかも分からなかった

また誰かが沈むのなんて冗談でも見たくなかったし、当たり前のように生きてる一航戦の二人にも戸惑った

 

「怖がるのは当たり前だ、俺だって瑞鶴の立場ならそうなるだろうしな。でも悪いが、どうやったって皆出撃するし戦わねえといけないんだわ今。それは俺でもどうしようもないってか、そうしねえといけないんだよ。だからさっきも言ったがせめて約束させてくれないか?」

 

 提督さんが立ち上がってこっちにくる

ただ少し歩み寄るだけで止まった

 

「はっきり言ってこんな無責任な約束はねえよな、自分は前線に立てないのに口だけは偉そうに誰も沈ませねえって。自覚はある。うちにいる子達が今日まで誰も沈まなかったのは運以外のなにもんでもねえし、この先その幸運が続くとは全く言えねえよ。でも、それでも言わせてほしい、瑞鶴、大丈夫だ。信じてほしい」

 

 そう言って深々と頭を下げた

その姿に私は戸惑う

意外だったから

私の中のこの人のイメージはいつも自信に満ちていて、艦娘達を鼓舞している姿だ

今日だってそう、大淀さんを出撃前にずっと笑顔で大丈夫だと言って励ましてたし

 

「俺も同じなんだ。昔一緒に出撃してた時に多くの死を見た。今でも耳に残ってるよ、通信先から聞こえる先輩や同期の撃墜された時の叫び声とか、別の鎮守府の子が沈んだ仲間の名前を必死に叫んでる声とか。トラウマだし、たまに夢に見る。声の主がうちの子達に変わってな。酷い時には毎晩吐いてた」

 

 頭を上げた提督さんの目には憂いの色が見えた

深海棲艦との戦争が始まった時、提督さんは新米の戦闘機乗りだったという話を聞いている

艦娘が少ない初期は一緒に出撃してたとも

ここの鎮守府の夕食の暗黙のルールは、出撃から帰ってきた後に全員がちゃんと生きているか確認するために集まって食べてたのが始まりだ

 人の乗る戦闘機に対して深海棲艦の艦載機は小さすぎるし、そもそも人間側の攻撃は殆ど深海棲艦には通らない

だからもっぱら役割は囮だったらしい

一機で数十億する戦闘機が囮として敵を引き付け、その隙に艦娘が叩く

戦闘機だけじゃない、イージス艦や潜水艦もそうだったらしい

採算が合わない無茶苦茶な戦い方だけど、そこまでしないと国を守れなかったのも事実

多くの国の多くの人が命を落とした

そんなところの最前線に一時期とはいえ提督さんはいたんだ

私と同じ、という言葉にも重みがある

 

「失う怖さは分かってるつもりだ。でもずっとビビってちゃ何も出来ねえし、何より一人は寂しいだろ? 苦い記憶を今度は明るい記憶で塗り替えてほしい。大丈夫だ、誰もお前の前からいなくならない」

 

 もう一度提督さんはそう言った

私と、自分に言い聞かせるように

 

「あとそうだ、俺は空母瑞鶴でもその艦娘の瑞鶴でもなく、お前自身を見てるんだ。私が沈んでもまた瑞鶴は来るなんて悲しいことは言わないでくれ、頼む」

 

 もう一度頭を下げた

どっかの口説き文句みたいな言葉だけど、なんの躊躇いもなう言い切ったからこっちが恥ずかしい

 

「……えっと」

 

 なんて返せばいいんだろう?

はい、信じます、なんてのも変だし

 

「……とりあえず、加賀さんや大淀さんに謝らないと、ですよね」

 

 信じる信じないじゃない

でもとりあえずこの人は私の心というか底に抱えた不安を見抜いて、一緒にいてくれる気がした

 私の言葉に提督さんが頭を上げた

そしてたぶん、私の顔を見て何か悟ったらしい

 

「それと、なんか色々迷惑かけてすいません」

 

 私が色んな人に迷惑かけてた自覚はある

自覚しときながら何も言えなかったのは、やっぱり誰かと面と向かってちゃんと話して打ち解けるのが怖かったから

私を指導していた加賀さんや回数は少ないけど少しは会話をしていた子日と瑞鳳ですら、上っ面というか上辺だけの関係に徹してたし

だから謝らないといけない

今なら分かる

向こうは私がどうであれ受け入れてくれるつもりだったみたいだったんだ

 まずは提督さんに、今度は私が立ち上がって頭を下げた

 

「敬語じゃなくていいぞ。あと俺に対してはそう気にしなくていい。空母勢に手を焼くのは慣れてるしな」

 

 顔を上げると悪戯っぽく笑った提督さんの顔がさっきより近くにあった

 

「そうなの?」

「おぅ、赤城と鳳翔にそれはそれは手を焼いたよ」

 

 提督さんの手が頭の上に乗る

そしてわしゃわしゃと荒っぽく撫でられた

犬じゃないわと睨もうかと思ったけど、なんとなくやめた

 

「なんか意外な二人なんだけど……」

「お前と一緒だ。二人とも記憶を引きづりまくってたんだよ。赤城は先の戦いで沈んだことで後輩に迷惑をかけたと悔やんでてな。周りが引くほどの訓練と出撃の繰り返し。ミッドウェーでの敗戦の全責任を一人で抱えて戦ってたよ」

 

 思い出したのか深い深いため息をついた

 

「鳳翔はもっと酷い。なんせ自分の可愛い後輩ほぼ全員が自分より先に沈んだし、そこに寄り添って看取ることも出来なかったからな。しかもあいつが着任した時は戦況もぐちゃぐちゃで、着任したら即出撃だ。他のとこでは轟沈した子も多い時期で地獄絵図みたいな感じ。昔がフラッシュバックしたんだろう。だから今回は前線に立てたから、って言ってそれはもう……。一歩も前線から退かねえし、中破して艦載機が発艦出来なくなったら今度は拳で殴りに突撃だ。今まで色んな艦娘に会ってきたが、あそこまで苛烈に攻める子は見たことねえよ。しかも装甲の薄い軽空母だぞ? あれこそまさに特攻だ。五体バラバラになっても相手をあの世に道連れにする気満々の目をしてた。先に着任してた龍驤が泣いて止めても聞かなかったしな」

 

 本当に苦労したんだろう

鳳翔さんは今は穏やかで多くの子達から慕われてるのに意外だ

でも、私が真似した近接戦もこなす空母の戦い方、これは鳳翔さんが演習で戦ってるのを見て真似したものだ

落ち着いても苛烈な戦い方は残ったんだなって思う

 

「大なり小なり昔の記憶を引きずる子は多い。瑞鶴だけが特別どうってわけじゃねえから安心してくれ。だから今までのお前の行動にも皆実はちゃんと理解してる。勿論加賀もだ。てか、加賀が一番お前を気にかけてたよ」

 

 ポケットから四角い何かを取り出して弄りながら提督さんは言う

もうすっかり暗くなった外と、電気も点けずにベッドに飛び込んだから外と同じようにくらい部屋

その中で光を出してる四角いそれが目立つ

 

「スマホだ。やっと心開いてくれたからな、希望すれば支給するぞ?」

 

 私の視線に気づいたのか提督さんはその四角くて薄いそれを見せてくる

そういえばそんなのを皆持ってた気もする

 

「さて、皆集めたから行こうか。謝罪会見だ」

「加賀さんには一発ぶたれることを覚悟します……」

 

 部屋を出て歩き出す

ほんと今更だけど凄い気まずい

昨日のことも謝らないといけないし

重ねた無礼は自覚があるんだけど、いざ見つめ直すとやっぱり目を逸らしたくなる程度には積もってた

気にかけてくれてたそうだけど、それを私は全部ぶち壊してたし

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 

「俺はあんだけ尖ってたこいつを一時間かけずに丸くする提督がこえーよ」

 

 提督さんに連れられて着いたのは作戦会議などで使う部屋の一つだった

中には今日一緒に出撃したメンバーと加賀さん、そしてその付添いで赤城さん

提督さんが言った通り皆私の精神面とかを理解してくれてたのか、加賀さん以外は落ち着いた顔をしてたし、赤城さんは私と目が合うと口パクで大丈夫と言って頷いてくれた

とても昔は荒んでたとは思えないくらい優しい顔で

ただやっぱり加賀さんだけは目付きが鋭かった

 加賀さんの眼光に臆さずとりあえず皆の前に立って頭を下げた

そして次に一人ずつ前に行って頭を下げた

大淀さん達一緒に出撃した人達は全く怒ってないし大丈夫と笑ってくれた

瑞鳳は何故か頭を撫でてきたし、子日は抱きついてきた

そして意外なことに加賀さんは明日一緒にお昼を食べたら許しますと言ってそれだけで終わった

ぶたれる覚悟してたし、さっきまで睨んでたのに

そう言うと表情見ればもう大丈夫そうなので、と大人の余裕を感じる返しをされた

あと赤城さんは私は直接は関係ないんですけど、と少し困ってた

 一通り謝った後は間宮さんが奥から夕食を運んできてくれた

私が提督さんと話してる間に実は夕食の時間になっていて、今日はここにいるメンバーは親睦を深めるためにもここで一緒に食べろ、とのことらしい

 

「鏡見ろ、お前も似たようなもんだったから」

 

 運ばれてきた焼き魚をつつきながら天龍が提督さんを指さしながら言う

が、提督さんの切り返しになんとも言えない顔をした

そういえば天龍は私の気持ちは分かるとかなんとか言っていた気がする

 

「龍田さんに怒られてもんねー」

「そうそう、どっちが姉だか分かりゃしねえよ」

「あれは、まあ、そうだな……」

 

 子日が懐かしむ

天龍は頭を掻いた

 

「しかし今回は暴走前科持ち二人とフォローに慣れてる古鷹、瑞鶴を気にかけてた瑞鳳と子日の編成にしたのも正解だったな。瑞鶴がやらかしても問題ないメンツで丸く収まった」

「二人?」

「天龍と大淀だ。正直今回も旗艦で暴走する可能性も考えてた」

「うっ」

 

 見回しながら提督さんが頷く

その言葉に古鷹さんは苦笑いして、大淀さんがむせた

 出撃前はあんなに緊張してたし、出撃したらしたで基本は冷静だったんだけど猫を被ってたのかな

子日と天龍がそんな彼女を見て笑う

 

「うちはなんでか暴走キャラ多いんだわ。他のとこは同じ名前でも落ち着いてたりするんだがな」

「そもそも提督が提督ですからね」

「……言うじゃねえか赤城」

 

 なんでだろうな

そう言って肩をすかしてご飯を口に運ぶ

……前に赤城さんの一言でピタリと止まった

 

「昔はこの鎮守府で一二を争う問題児だったのに、立派になったもんだな赤城」

「お陰様で。でも手のかかった子ほど可愛いでしょう?」

 

 ジト目で睨む提督さんにニッコリと微笑みながら赤城さんが返す

 

「そういや提督的に誰に一番手を焼いたんだ? 赤城か?」

「話を聞くに鳳翔さんじゃないんでしょうか? 私なんて可愛いものです」

「ねのひは長門さんだと思うなー」

「案外ゴーヤちゃんとか?」

 

 天龍の質問に赤城さんや子日、古鷹さんが続々と候補を上げる

ここに私の名前が出てこないのはありがたいんだけど、この先今名前が挙がってる人に会うとなんか気まずい

 

「一番とかねえよ。敢えていうなら俺自身だ」

「……それはリアル過ぎだぞ提督」

 

 この中だと多分最古参になる天龍が提督さんの答えに引きつった顔になりながら言う

隣で子日も普段から考えたらあり得ないくらい悲しい顔で提督さんを見ていた

この鎮守府色々ありすぎない?

 

「……あ、そうだ、瑞鶴」

「はい!?」

 

 一気になんとも言えない空気になった部屋の雰囲気を変えるためか、いきなり私に話を振ってきた

予想外すぎて変な声出たわ

 

「さっき鳳翔から連絡あってな、直々に教えてくれるそうだぞ」

「え、何を?」

「空母の近接戦のやり方」

「え゛」

 

 今の今まで昔はヤバかったと聞いてた人からの直々の指導

体が一気に緊張で固くなる

もはや名前だけで怖い

 咄嗟に空母の先輩二人を見る

赤城さんも加賀さんも静かに両手を合わせて私に合掌してた

決してご馳走様じゃない

 

「何他人事みたいな顔してんだ加賀。お前も瑞鶴の指導係として随伴だ」

「!?」

 

 提督さんの言葉に加賀さんの目が大きく開く

間違いなく私が今まで見た中で一番動揺してる

というかこんな顔もするんだ、って意外に思えるほど明らかに恐怖が顔に浮かんでた

 

「訂正します、瑞鶴、私はやっぱり貴女を許しません」

「なんで!?」

 

 突然凄まじい掌返しを見た

そんなにヤバいの?

今は落ち着いてるんじゃ?

 

「鳳翔さんの指導はここでも随一の厳しさらしいよ。私もまだ経験したことないんだけど」

 

 戸惑う私の耳元で瑞鳳が呟く

ああ、なんとなくそんな気もしてた

でも歴戦の一航戦二人が合掌するほどなの?

 

「骨は拾いますね二人とも」

 

 自分は関係ないからか、最高に眩しい笑顔で赤城さんがそう言い放った

空母じゃない他の皆も心なしか同情の視線を私と加賀さんに送ってる気がする

 

「私はまだ鳳翔さんと訓練や演習で当たったことないんですが、どれ程なんです?」

「那珂と長良くらいだな」

「……うわぁ」

 

 唯一どんなものなのか分かってなかったっぽい大淀さんだけど、天龍の一言で一気に顔が渋くなる

てか、ここの鎮守府訓練厳しい人多すぎない?

加賀さんでも十分厳しかったと思うんだけど

 

「まあそうビビんな。加賀から制空権取るよりは楽だから」

「制空権取っても叩きのめされたんですが」

 

 提督さんがハッハッハと笑って私の頭をポンポンと叩く

 

「初めて真っ向勝負した時は今でも覚えています、恐怖を」

「艦載機を一機も落とせずに完敗したもんなお前ら」

「龍驤に『どないした一航戦? うちの先輩やろ?』って煽られたのも覚えてます」

 

 加賀さんがブルッと身震いして自分の体を抱く

赤城さんは深い深いため息をついた

 

「頭にきました瑞鶴。そもそも貴女が鳳翔さんの真似をしたのが悪いんです」

「え、ちょ、私のせい!?」

「それ以外に何があるんですか」

 

 加賀さんが立ち上がってこっちにくる

もしかしたら今日一番怒ってるかもしれない

 

「ちょ、あ、瑞鳳助けて!」

「いやー、ちょっと厳しいかなって」

 

 咄嗟に私も立ち上がって逃げる

私の方が足は速いから逃げ切れる自信はあるけど今の加賀さんなら艦載機飛ばしてきそうな気がするから安全とは言えない

瑞鳳に助けを求めてみるけどやんわりと逃げられた

 

「マジで良い顔になったなあいつ」

「人たらしですからね、提督は」

 

 加賀さんに追い回される私を見ながらほのぼのと天龍はそう言って笑う

古鷹さんも頷いてる

そんなこと言ってないで助けてほしいんですけど!

 

「子日ー、今日は何の日にするー?」

 

 その人たらしな提督さんは子日になんかよく分からないこと訊いてるし

追い回される私を見てすらない

 

「んー、瑞鶴さんがやっと仲間になってくれた日かな!」

 

 子日のいつもと変わらない元気な声が部屋に響く

こんな状況だけど、その言葉が少し照れくさくて変な気分になる

そもそも私に原因があったんだけど

 照れてる場合じゃなかった

油断してたら後ろから腕が伸びてきて肩を掴まれ思いっきり引き寄せられた

 

「さて、鳳翔さんに『加賀さんだけは見逃して』と懇願しに行きましょうか。代わりに瑞鳳を入れましょう」

「ふぇっ!?」

 

 その言葉に瑞鳳の素っ頓狂な声がする

なんか、こんな状況なのに我ながら変だけど、その声を聴いて笑った

着任して初めてちゃんと笑った気がする

 

「笑う余裕があるんですか。ますます頭にきました」

「ちょ、うそ、加賀さんごめんなさいー!」

 

 アームロックを決められて私はジタバタもがく

と、加賀さんの顔が少し見えた

微笑んでた

子日の言う通り、やっと私はここの一員になれた気がした




 聖母的なキャラ付けも多いですが、鳳翔さんは荒れててもなんら不思議ではないと思います
直に見て育て上げた赤城加賀龍驤が真っ先に退場していくわ、隼鷹葛城以外は先に逝く鬱展開
幸せになってくれ鳳翔さん、頼むよ
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