練習試合は誠凛の勝利で終わった。見応えのある熱い展開に終始、見惚れてしまった私である。
ギュッと拳を握って、息をするのも忘れて見入っていた。試合終了と同時に大我くんのダンクが決まって、体育館は歓声に包まれる。私はリコ先輩に抱きついて、周りの観客が引く程に喜んでしまった。
途中で黒子くんが負傷するというアクシデントがあったものの、皆の力で、我ら誠凛が見事に勝利を納めたのだ。
たかが練習試合だって周りの観客は言うけれど、誠凛にとっては大事な試合だったのである。先輩達も皆嬉しそうな顔で、私は感極まって泣きそうになった。そんな私の頭をリコ先輩が優しく撫でてくれる。
私、信じてた!
握りっぱなしで感覚がおかしくなった掌を、グーパーと動かしていると黄瀬くんが出ていくのが見えた。
なんとなく気になる。なにせ今しがた、初めて黄瀬くんが泣くのを見たのだ。小学生の時からずっと一緒だったが、黄瀬くんが負けて泣くなんて初めてだった。
負けた事がないなんて、人生負けっぱなしの私には信じられない話だが、黄瀬くんにとっては衝撃的な出来事だったに違いない。大丈夫だろうか、と心配になった。
しかし追いかけてどうするのか。慰めるというのは何か違う気がするし、わざわざ敗北した相手に『ざまあ』と追い討ちをかけるほど私は鬼畜ではない。
だけど深い考えなんてなく、ただ黄瀬くんを追いかけたいと思ったのだ。いや、でも、やっぱり一人になりたいだろうし。彼女でも何でもない私が出しゃばって追いかけるのもなあ。
躊躇している私に、リコ先輩が「どうかした?」と声を掛けてくる。
「先輩、ちょっとトイレ行ってきます!」
「う、うん。そんなに我慢してたの?」
「え、あ、はい」
ちょっとした誤解を受けてしまった。確かに、そわそわしてたけど……っ!
「……じゃあ、行ってきます」
とりあえず黄瀬くんには声を掛けずに、ただ様子を見るだけにしよう。そう決めて、私は体育館を出た。
*
「花梨?」
そして一発で見つかる私である。
「き、黄瀬くん。お、お疲れ様、です」
挙動不審で挨拶する私に「まさか、追いかけてきたんスか?」と冷ややかに告げる黄瀬くん。
勘違いしないでよね! いや、全くその通りなんだけど!!
「……すみません」
「わざわざ馬鹿にしにきたとか?」
「いや、そこまで性格は悪くないです」
ぶんぶんと首を横に振る。というか黄瀬くんの中の月島花梨像は一体どうなっているのか、其処んとこ確かめたいんだが。
どこでそういった誤解を受けたのか。私は黄瀬くんの顔や、『モデルの彼女』というステータス目当ての『馬鹿女』と同じに思われているらしい。
なんというか、心外である。それこそ、「勘違いしないでよね!」と言いたい。
黄瀬くんは私を無視する方向に決めたようだ。蛇口から流れる水道水に頭ごと突っ込み、汗と涙を流している。
そこでタオルなり何なり渡せば好感度は上がるのだろうが、生憎と体育館に忘れてきた。さすが私、残念クオリティー。
手持ちぶさたで何と声を掛ければいいかも分からず、仕方ないので帰ろうかと背中を向けると、黄瀬くんの方から話しかけてきた。
「……カッコ悪いとか思ったっスよね」
「え、何で?」
アッサリと返す私に、黄瀬くんが苛立たしげに吐き捨てる。
「大口叩いといて負けるとか、カッコ悪いって思ってんだろ!」
なに勝手にキレてんだろう、この金髪。
「思わないよ。むしろボールを追いかけて走る黄瀬くんはカッコいいと思った」
本音だ。
『何でも軽くこなす黄瀬くん』より、がむしゃらにプレイする黄瀬くんの方がずっと格好良かった。ああ、そうだ――。
「私、バスケットプレイヤーの黄瀬くんが好き」
気付いた。あの頃から、楽しそうにバスケットをする黄瀬くんが好きだったんだ。
「一生懸命頑張る姿がカッコ悪いだなんて、そんなこと絶対にないよ」
「……花梨」
それっきり、黄瀬くんは黙ってしまう。気まずいんだが……。
「それじゃあ、また会う日まで」
私は今度こそ、黄瀬くんに背を向けて去ったのだった。
*
「あ」
私は何気なくポケットに手を突っ込み、声を上げた。
練習試合の後、ステーキ店で打ち上げのようなものをして、それから迷子の黒子くんを捜したりで色々あったが。東京に帰り着き、こうして無事に帰宅しているわけである。そんな時だった。
「家のカギ、忘れた……」
私の呟きに、前を歩く大我くんが「はあ?」と足を止める。
実は、私の家と大我くんのマンションは近い。調べたわけじゃなく、偶然だ。たまたま登下校が一緒になる事が多く、会話の末に判明したのだった。
私が計ったわけではなく偶然、我が家の近くのマンションに大我くんが越してきたのだ。わお、ミラクル。天は私に味方している。
大通りで他の部員達と別れた後、私は歩き慣れた通学路で大我くんと二人きりだった。
大我くんは、あたふたとポケットや鞄を漁る私を見ながら「家、誰かいねえの?」と尋ねる。
「今日は、お父さんもお母さんも残業で遅くなるって……」
「どのくらい?」
「九時くらいまで……」
今日に限って!
父か母が帰るまでの間、一人寂しく家の前にいなきゃいけないのか。寒いだろうな、これは。
困り果てる私に対して、大我くんはアッサリと「ウチに来るか?」と告げた。
「え?」
「だから、親父さん達が帰ってくるまでウチにいりゃいいだろ」
な、なんてこった。『ウチに来るか?』だなんて私の脳内の大我くんに言われたい台詞ランキング上位ではないか……!
あ、一位は『嫁に来い』ですけど。
「で、でも大我くん……迷惑じゃない?」
「迷惑だったら言わねーよ」
どうしよう私ったら今日、可愛いパンツじゃないわ!
とか、早まった事を考えていると大我くんは怪訝そうな顔をした。いけない、いけない。私はおしとやかな女子なんだぜ。
「じゃあ、お邪魔していい?」
「別に構わねーよ。俺しかいねえし」
バカな。一人暮らしの自宅に異性を招くなんて、それはもうOKという事ではなかろうか。
「……お、お願いします」
「おう」
ドキドキしながら頭を下げると、大我くんは先を歩き始めた。あああ、私、変な顔してないかな!
*
「広いね!」
大我くんの部屋のリビングに入って、第一声がそれだった。
前もって大我くんから『親父と住む筈だったけど急にアメリカに戻る事になって、一人暮らし』とは聞いていたが、これほど広いとは……。
「その辺、テキトーに座れよ」
大我くんはそう言うと、荷物を床に置く。
男子高校生の一人暮らしというから、さぞや散らかっているものだと思いきや、きっちり整頓されていた。というか、それほど物がない。
バスケットボールやバスケ関係の雑誌以外は必要最低限しかなくて、部屋全体がスッキリしていた。だからか、余計に広い空間に見える。
「茶、淹れるわ」
「あ、お構い無く」
「いいって、座ってろ」
これは恋人同士の会話みたいではないですか。内心ハアハア通り越してゼエハアしていると、大我くんが冷蔵庫から麦茶を取り出してコップに注いだ。
「ほら」
「ありがとう」
まずは落ち着こうと、一息吐く。大我くんの部屋だなんて、私、夢のようだわ。
大我くんは麦茶を飲み干すと、もう一杯注ぎながら「夕飯どうすっかな」と呟いた。あれだけ食べておいてまだ食べるというのか、この人。でも、そんな大我くんも素敵。
「その辺のでテキトーに作っか。花梨も食ってく?」
「あ、じゃあ! 夕飯、私が作るよ!」
挙手すると大我くんが「お前、作れんの?」と首を傾げた。私は、えへん、と胸を張る。
「我が家は共働きなので私、料理は人並みに出来るのです。大我くんは試合で疲れてるだろうし、座ってて!」
強く願い出ると大我くんは「……じゃあ、頼むわ」と気圧されたように頷いた。大我くんが食べるんだから下手なものは出せないぜ、私。
了承を得て冷蔵庫を開けると、意外にも沢山食材が入っていた。空っぽかと思いきや、野菜も肉も揃っている。
我が家の冷蔵庫より充実しているかもしれない。きちんと自炊されているようだ。凄いぞ、大我くん。
冷蔵庫を漁り、じゃがいもを手に取る。よし、無難に肉じゃがと味噌汁を作ろう。作り慣れているし、失敗も少ない選択肢である。
我ながら包丁の扱いも手慣れたものだ。トントン、と野菜を切っていると大我くんがキッチンに顔を出す。
「手伝うか?」
「ううん、大丈夫。ゆっくりしてて」
「ああ」
ふと気付いた。これって、夫婦みたいではないか!
にへにへ笑う私に大我くんは不思議そうな顔をしていた。うん、幸せだ。
「うまい」
豆腐とワカメの味噌汁を啜り、大我くんが短く言った。
「良かった」
私はニコニコ笑いながら大我くんの顔を見つめる。大我くんは肉じゃがを一口、「うまいな」と感想を告げた。
大我くんに褒められるなんて思いっきりバンザイしたい気分だったが、なんとか我慢する。感極まってブルブル震える私に首を傾げつつ、ご飯を食べ続ける大我くん。
「あ、明日の朝の分まで作ったから、温めて食べてね」
「何から何まで悪ぃな」
「ううん、気にしないで!」
私は焼き鮭を食べていた手を止め、大我くんが持つ茶碗に目をとめる。それは既に空っぽで、嬉しくなった。
「お代わりいる?」
「おう、大盛りで」
「はい!」
茶碗にご飯をよそって手渡すと、大我くんは「サンキュ」と笑う。無邪気な笑顔で、キュンときた。
あああ、不意打ちにも程がある。結婚式はいつにしましょうか、とかポロッと溢しそうになった。危ない危ない。
「お茶、淹れるね」
平静を装いながら急須で二人分の緑茶を淹れていると、大我くんが口を開いた。
「お前、いい嫁になるんじゃねーの」
「えっ!?」
手元が狂って、お茶を溢しかけた。セーフ。しかし一瞬で、『あああ、録音しとけば良かった私のバカバカ!』と後悔した私は凄いと思う。
急須を持ったまま目を丸くする私に大我くんは、自分でも恥ずかしいことを言ったと気付いたのか、慌ててそっぽを向いた。
「……何でもねー」
幸せだなあ。
私は両親が帰って来るまで、大我くんの部屋で新婚気分を満喫したのだった。