少女漫画じゃあるまいし!   作:藤吉郎

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04、黄瀬君とデートと私

 

「俺、今は彼女とかいらねーから」

 

 休み時間。男子と会話していた大我くんはキッパリとそう告げた。

 

 その発言に周りの男子達は「火神だもんな」とか「バスケバカだしな」とか納得する。

 その反応が大我くんにとっては不本意だったらしく、ぶっきらぼうに「うるせー」と吐いていた。クラスメイトと無邪気に話す大我くんも可愛い。

 

 私は友達の輪に入り他愛ないお喋りに興じていたものの、全神経はそちらへと集中していた。「彼女欲しいよな」とかそういった流れでの話である。男子も意外に恋バナとかするらしい。

 

「でさー……って、花梨聞いてる?」

「うん、バッチリガッツリ聞いてる!」

「そんな力説しなくてもいいけど」

 

 また話し始める友人達に心の中で「聞いてませんでした」と謝りつつ、私の耳は更に大我くんの情報を集めるべく過敏になる。

 

「月島とはどうなんだよ?」

「つーか、もう付き合っちゃえよ」

 

 来た!

 今、一番気になる話題が来た!!

 

 大我くんは「うーん」と少しばかり考えるような仕種をして、それからあっさりと答えた。

 

「ねーな」

 

 ねーのかよ!

 

 思わず壁に向けてビシッとツッコむ私に、周りの友人達は「え、何?」と不思議そうな顔をした。慌てて「何でもないの」と笑顔で誤魔化す。

 

「火神さ、月島のこと恋愛対象として少しも見てねえの?」

「ねーよ。花梨はそーゆーんじゃねぇし」

「お前、あれだけ甲斐甲斐しく尽くしてもらっておいて……」

「おう、花梨ってスゲーいいヤツだよな」

 

 アウトオブ眼中だった!

 

 がっくりと膝をつく私に、友人達は「えっ、花梨!? そんなに五時限目の小テスト嫌だったの!?」と慌てた様子を見せた。ああ……うん、いつの間にか小テストの話題になっていたのね……ははは。

 間接的に振られた気がする。地味にダメージを受けた。火神くんは「バスケに集中してぇから」と真っ直ぐ過ぎる目で宣言し、男子達は「やっぱりな」と笑う。和やかな雰囲気だった。

 

 今、告白しても望みは薄いだろう。いや、それが分かっただけでも収穫なのか。前向きに考えよう。

 

「私、頑張る」

 

 そう言うと友人達は温かい目で「頑張ろうね」と返してくれた。

 

「花梨、ギリギリまで一緒に勉強しようか」

「出来るだけ、いい点取れるように頑張ろ!」

 

 テストの話じゃないんだけど!

 

 

 携帯に黄瀬くんからのメールが入ったのは、その日の夜の事だった。

 

 メールの内容は『デートしませんか?』。

 

 私の記憶が確かならば、デートというのは好き合った男女がキャッキャうふふと出かける事だ。現在、私の黄瀬くんへの好感度は『知り合い』レベルである。というわけでデートは成り立たないと思うのだが。

 そーゆー旨のメールを送ると『今度の日曜日あけといて下さいね! 絶対っスよ!』と、数分で返事が返ってきた。イラッとして電源を切った私は悪くない。

 

 付き合っている時ですらデートした回数なんて片手で足りる程だった。何を今更、というのが正直な感想である。ナメとんのか。

 苛立ちと共にベッドへダイブし、私はそのまま眠りについた。

 

*

 

 そして迎えた日曜日。

 部活も休みで、私は惰眠を貪っていた。ベッドの中でぬくぬくと丸くなる。うん、幸せだ。

 

「花梨ちゃーん、起きなさーい」

「今起きるとこー」

 

 階下から聞こえる母の声に返事をするのも億劫で、適当に返す。枕元の時計を見ると、時刻は九時を過ぎたところだった。

 

「花梨ちゃーん!」

「もー、分かったってば!」

 

 ちょっと苛々しながらベッドから跳ね起きる。休日くらい、ゆっくりさせてくれたっていいじゃないか。

 

 椅子にかけていたカーディガンを羽織り、不機嫌な顔を隠さず階段を降りる。洗濯カゴを持って通り掛かったお母さんは、ムスッとした顔で起きてくる娘に「休みの日だからってダラダラしないのー」と小言を言ってきた。

 しかし、なにぶん母の言葉が煩わしい年頃である。「分かった分かった」と適当に返し、リビングの扉を開け……固まった。

 

「花梨っち、おはようっス」

 

 なんでやねん。

 

 どうやら私はまだ寝ぼけているらしい。リビングの扉をそっと閉め、目を擦りながら洗面所へ向かう。顔を洗い、水滴を拭うと少しスッキリした。

 再びリビングに向かうと、見慣れた部屋に見慣れたくない金髪。……黄瀬くんがいた。

 

「どうしてお前がここにいるんですか」

「あら、そんなこと言ったらダメよー。涼太くんはわざわざ、花梨ちゃんを迎えに来てくれたんだから」

 

 疑問を吐く私を、母が軽く叱りつける。迎えにって……。

 

「デートの約束したじゃないっスか」

「してねえよ」

「涼太くん、大きくなったわねえ。最後に会った時はまだ小学生だったかしら」

「そうっスね。おばさんは全然変わってなくて綺麗なままっス!」

「やだ、涼太くんったらお上手なんだから!」

「何なの? 何で普通に母は黄瀬くんを家に招き入れてんの? 何で普通に娘をスルーして会話してんの?」

「花梨ちゃん、早くご飯食べちゃってね」

「そうっスよ、花梨っち。出かけるの遅くなるじゃないっスか」

「ちょっと、ツッコんでる私がおかしいみたいな空気やめてよね!」

 

 自由か!

 

 あれから詳しい時間や待ち合わせ場所など何も連絡がなくて、どうせまた黄瀬くんの気まぐれだったのだろうと思っていたら……まさか家に押し掛けて来るとは。盲点だった。

 食パンにジャムを塗りながら黄瀬くんを睨むように見つめる。その間、黄瀬くんはお母さんと楽しそうに話していた。

 

「おばさん、涼太くんが載ってる雑誌よく買ってるのよ。娘の同級生だって自慢出来るもの!」

「や、照れるっスよー」

「ちょっと見ない間に、すごく格好良くなっちゃって。モテるでしょ?」

「んー、まあまあっスかね」

「ふふふ、涼太くんってば格好いいものねえ」

 

 それに比べて、と母が溜め息を吐く。

 

「花梨ちゃんも、もうちょっとお洒落すればいいのに。毎日バスケ部の活動が忙しいって、買い物にも付き合ってくれないのよ。よっぽどバスケ部と大我くんが好きなのね」

「な、何でお母さんが知ってるの!」

 

 母には大我くんへの恋心を話した事なんてないのに、何故知っているのか。危うく苺ジャムを吹き出しかけた。

 

「だって夕飯作りすぎたからーって、しょっちゅう大我くんのお家に行ってるじゃない。口を開けば大我くん大我くんって。さすがに分かるわよー」

「いや、だって大我くん一人暮らしだから大変じゃないかなって!」

「お母さん、一人暮らしの男の子の家に行くのってあんまり感心しないけど、大我くんなら許すわよ。いい子だし、カッコいいし。ただ避妊はきちんと……」

「あああああ朝っぱらから何言ってんの!?」

 

 身内に好きな人を知られるというのは気恥ずかしいものがある。悶える私に、黄瀬くんは「へえ、そうなんスか」と目を細めた。

 咎めるような視線を向けられ、私は肩をビクリと揺らす。この人は何故不機嫌なんだ。わからない。

 

 今更、私が好きだとか、そーゆー事はないだろう。ただ単に、朝ご飯を食べるのが遅いから苛ついているのかもしれない。はっ、まさかコイツ、大我くんが好きなのか!

 

「大我くんは渡さない!」

「何で思考がそっちにいくんスか!!」

 

 怒られた。

 

「いってらっしゃーい」

「……いってきます」

「じゃ、花梨さんお借りします!」

「うふふ、そのまま貰ってもいいのよー」

「お母さん何言ってんの! 私がヤダよ!!」

 

 歯を磨いて着替えて、こうして笑顔の母親に見送られている私。嫌々な私とは違って、黄瀬くんは妙に楽しそうだった。

 

「ほら、行くっスよ」

 

 自然に手を引かれ、困惑してしまう。恋人でもないのに、これは変だ。おかしい。

 振り払おうと握られた手をブンブン振っても、しっかり掴まれたままだ。びくともしない。

 

「どこ行くの?」

 

 諦めて尋ねると黄瀬くんは明るく笑った。

 

「映画行こう!」

 

 ……久しぶりだし、まあいいか。頷く私に黄瀬くんは嬉しそうに笑んだ。

 

*

 

「楽しかったっスか?」

「うん、すっごく楽しかった。やっぱり映画館で観ると迫力があって、もう来て良かったよ!」

 

 映画が終わってから、私と黄瀬くんは映画館近くの喫茶店にいた。ケーキが美味しいと評判の店らしく、それならと二人共ケーキセットを頼んだ。黄瀬くんはコーヒー、私は紅茶である。

 ケーキを食べながら映画の感想を言い合う……と言うよりも、私が一人で喋っていた。興奮して、あれこれと語ってしまう。

 

「驚いたよ、まさかの超展開で!」

 

 結論から言うと、映画は楽しかった。私の好きな監督の作品で、いつか観に行こうと思っていたものだ。

 黄瀬くんは昔、私が好きだと言ったのを覚えていたのだろうか。いや、まさか。

 

「終盤のヒロインの健気さが良くて泣いちゃったよ……って、ごめん」

 

 ハッと我に返り、目を逸らす。はしゃぎ過ぎてしまった、と反省する私に黄瀬くんは「花梨っち、どうかしたっスか?」と首を傾げた。私は何でもない風を装って、ケーキを口に運ぶ。

 

「いや……すみません、テンション上がって喋り過ぎました」

「別にいいのに。花梨っちが楽しいと俺も楽しいっスよ」

「えー……」

「ちょっ、なんスか、その微妙そうな顔!」

「そうやって女子を口説くんですね、お前は」

 

 勉強になった。そう言うと黄瀬くんは「誤解っスよ!」と否定する。いや、私に弁解しなくてもいいと思うが。

 私はもうただの知人なのだから、干渉するつもりはないのだ。自由にやってくれていい。

 

 もくもくとケーキを食べ続ける私を、何故か黄瀬くんは優しい目で見つめている。そんなに見られると食べ辛いんだが。

 

「花梨っちって甘いの好きっスよね」

「え、まあ、普通に好きですけど」

「小学生の時、俺が給食のプリンあげたらスゲー喜んでたっスよね」

「あったね、そんな事も。よく覚えてましたね」

 

 思い出して、笑ってしまった。隣の席になった時、黄瀬くんが気紛れにくれたプリンが嬉しくて、今でも覚えている。懐かしい。

 

「……花梨っちって、笑うんスね」

「そりゃあ普通に笑うだろうよ」

 

 しみじみと言われて突っ込みを入れてしまう。この人は私を何だと思っているのか。

 

「付き合ってた時は困った顔とか引きつった笑顔ばっかだったじゃないスか」

「お前は自分の行動を振り返ったことがあるんですか。私の気持ちなんて知らなかったでしょうに。とりあえず自分の胸に手を当てて聞いてみるといいです。まあ昔は昔で、今は大我くんがいるので幸せですけど!」

「なんスか、そのドヤ顔。……花梨っち、火神っちの前では乙女っスよね」

「大我くんの側にいる時は、貞淑な妻でいたい」

「妻!?」

 

 ええ、狙ってますので。私が狙いを定めているのは『彼女』の座ではなく、『妻』の座なのだ。じわじわ距離を詰めて、狙い撃つぜ。

 

「火神っちのどこが好きなんスか?」

「全部です」

「俺にしとけばいいのに」

「え……ごめん、聞いてなかった」

「ひどっ!」

 

 昔の事は忘れたい。黄瀬くんを前にすると、あの頃の醜い自分を思い出しそうで嫌になるのだ。

 嫉妬して、知らない振りをして、物分かりのいい彼女を演じていた自分。胸に小さな刺が突き刺さったままみたいに、未だに痛んでいる。

 

「黄瀬くんのこと、好きでしたよ」

「……過去形っスか?」

「だって、もう過去の話ですから」

 

 傷口はじくじくと膿んで、醜い。要は、引きずっているのだ。彼に対する中途半端な敬語も、私が彼に反抗している証なのだろう。

 子供で意地っ張りな私は、まだ彼を許せないでいるのだ。自分でも馬鹿げていると思う。それでも――。

 

「花梨っち」

 

 黄瀬くんの長い指先が、私の口元に触れる。驚いて固まる私に黄瀬くんは、ふっと笑った。

 

「クリームついてたっスよ」

 

 黄瀬くんが指についたクリームをぺろりと舐める。何故か恥ずかしくて顔が見れなくなった。大我くんの時は恥ずかしい、なんて思わないのに。大我くんの場合は『恥ずかしい』というより、『嬉しい』と思う。

 

「なっ、なななにを……!」

「花梨っち、可愛い」

 

 なんだこれ。まるで恋人同士みたいじゃないか。あり得ない。

 

「花梨っちの事、最近よく思い出すんスよ」

 

 何でっスかね、と黄瀬くんは切なげに笑った。

 

「泣いてたり怒ってたり、そんな顔ばかり思い出しちゃうんスよね。それでも、花梨っちは、ずっと俺の側にいてくれた」

 

 いとおしそうに言わないで欲しい。気持ちが揺らいでしまいそうで、そんな自分が嫌になる。

 

「私は、黄瀬くんのこと、思い出さないよ」

 

 吐き出して、胸が痛んだ。もう黄瀬くんとの事は過去の事なのだと、虚勢を張ってみせる。

 未だに引きずっているくせに、馬鹿みたいだ。強ばった顔で嘘を吐く。情けなくて悲しくて、泣きたくなった。

 

*

 

 お店を出て、二人並んで大通りを歩く。黄瀬くんの方が私よりも足が長くて歩くペースも速いのに、離れすぎず近すぎず、適度な距離感で変に緊張せずに済んだ。

 歩調を合わせてくれているんだろうな、と思うと少しだけ心が温かくなる。昔は私なんて気にせず、さっさと先を歩いているような人だった。今思えば、私はいつも黄瀬くんの背中ばかり見ていた気がする。

 

 本当はずっと、手を繋いで隣を歩きたかった。昔の私ならば、今の状況を嬉しく思うのだろうか。ああ、なんだか懐かしく思う。

 

 横断歩道で信号待ちをしていると、視線を感じた。顔を向けると数人の女子が、こちらを……というか黄瀬くんを見て何か喋っている。「あれってモデルの……」とか「やっぱり黄瀬くんじゃない?」とか聞こえてきた。

 

 こうして隣を歩いていると、確かに黄瀬くんは格好良いと思う。

 遠目でも目立つ長身に、すらりと伸びた手足。艶やかな金髪に長い睫毛、長い時間ずっと眺めていると思わず溜め息が出るくらい、綺麗な顔立ちをしている。

 

 じいっと見つめていると、黄瀬くんは何故か頬を赤らめた。

 

「黄瀬くん!」

「やっぱり黄瀬くんだ!」

「あ、どーもっス」

 

 キャアキャアと黄色い悲鳴と共に、黄瀬くんは数人の女子に囲まれる。少し離れて眺めてみると、みんな可愛い子だった。レベル高いぜ。

 彼女達の白い肌には華やかな化粧、爪は色鮮やかなマニキュアで彩られている。綺麗にアレンジされた髪はそれぞれ違っていて、雑誌に載っているモデルさんみたいだ。服は流行のもので着飾られていて、周りまでキラキラと輝いて見えた。

 

 彼女達は誰もが黄瀬くんと並んでも違和感がなくて、感心する。とても同じ年頃とは思えない。

 

「あれって、もしかして黄瀬くんの彼女!?」

「あははっ、まさかー!」

「だよねー。冴えないし地味だし、ないわー」

 

 彼女達がこちらを見ながら、こそこそと話す声が聞こえた。確かにあり得ないと自分でも思う。

 

 私は化粧なんてしないし、ネイルなんてものにも慣れていない。髪は適当に一つに纏めて、大体ジャージ姿で部活に明け暮れているのだ。

 それに対して目の前の彼女達はお洒落だし可愛いし、私では到底敵わない。分かっているから、私もさほど傷付きはしないのだ。

 

 彼女達は、ボーッと突っ立ったままの地味で人畜無害な女……つまり、私に対する興味を失ったらしい。黄瀬くんを囲む女子の群れに割り込むと、頬を朱に染め、「この辺よく来るんですか?」とか「サイン下さい!」とか黄瀬くんに迫っていた。……黄瀬くんも大変だ。少し同情した私である。

 

「あ……」

 

 信号が青に変わった。私は女子に囲まれた黄瀬くんに対して、口パクで「じゃあ、またね」と告げる。軽く頭を下げ、私はその場から立ち去る事にした。

 どうせあの子達とどこかへ行く約束をして、私とはこの場で解散するのだ。それが、いつものパターンだった。だから私も無駄に気を遣わず、あっさりと帰宅出来る。

 

 ――しかし今日は『いつも』と違った。

 

「花梨っち」

 

 腕を捕まれ、足を止める。驚きで目を丸くする私に対して、黄瀬くんは焦った様子だった。

「帰らないで」と懇願するような視線を向けられては、なんだか私が悪いことをしている気分になる。

 

「彼女達は、いいの?」

 

 すごい形相で睨んでくる女の子達。気を遣って尋ねると、黄瀬くんは笑って「いいんスよ」と答える。

 

「だって俺は今、花梨っちとデートしてるわけだし」

「いや、別にデートじゃないですけど」

「え~、デートっスよ!」

 

 黄瀬くんはそう言うと、私の手に自分の手を絡めた。いわゆる、恋人繋ぎというヤツだ。

 キャアッ、と後ろで悲鳴があがる。「私達の黄瀬くんが」とか「何であんな地味な女を」とか色々と聞こえてきたが、黄瀬くんが一瞥すると彼女達は皆一様に口を閉じた。

 

 恥ずかしくて固まる私に、黄瀬くんは柔らかく微笑んだ。

 

「信じられないかもしれないけど、花梨っちのこと好きっス」

 

 嘘じゃない、というように繋いだ手に力がこもる。

 

「だから、火神っちには渡したくない」

 

 ……ああもう、心が揺らいだ私を誰か殴ってくれ。

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