「最近、花梨……黄瀬のヤツと仲いいよな」
大我君の思わぬ発言に、私はスプーンを落としてしまった。銀色のスプーンはテーブルの上でカランカランと甲高い音を立て、しばらくして止まる。
大我君の家で夕飯を食べている最中での一言だった。まさか大我君の口から黄瀬君の名前が出るとは思わず、酷く狼狽してしまう。
今日は両親共に帰りが遅いので大我君の家で夕飯を食べさせて貰っていた私。ビーフシチューを作り過ぎたのでお裾分けという建前で訪れたのだが、うっかり「両親の帰りが遅くて夕飯はひとりだよ」と漏らしたところ「じゃあウチで食べてけよ」というお言葉を頂いたわけである。計算通……いやいや、何でもない。大我君の優しさに胸が張り裂けそうです。
二人で向かい合って夕飯を食べながら、私は内心で「うふふ、夫婦みたいだわ」と幸せを噛み締めていたのだった。
そんな時の、この台詞。大我君との幸せの一時まで何故、あの金髪少年が出張ってくるのか。さっぱりわからん。
「別に普通だよ、普通!」
浮気の誤解を解く妻よろしく、力説する私。確かに最近は前より黄瀬君との関係は良好ではあるが、友人の域だ。
大我君は「ふーん、そうか」とビーフシチューを口に運ぶ。まさかヤキモチか!と期待したが、大我君に限ってそれはないだろうと思い直した。
確かに最近、黄瀬君とのエンカウント率が異常に高い。帰り道では学校の校門の前で黄瀬君に会い、町を歩けばバッタリと黄瀬君に会い、家に帰れば黄瀬君がいたりする。有り得ないだろうと言いたいが、現実に起きているのだから仕方ない。
黄瀬君はバスケ部の練習がない時、いわゆるオフの日には時間の許す限り私に会いに来る。毎回毎回「会いたいから来たんス!」とにこやかに笑う黄瀬君を、私は前ほど辛辣に扱えなくなった。大型犬のように懐かれ、しょんぼりとした顔で見つめられた日には強く追い払えないのだ。段々と、ほだされてきた気がする。
なんというか黄瀬君は最近、やたら私に甘い。
メールは小まめに来るし、一日の終わりには必ず電話が掛かってくる。一緒に出掛けると黄瀬君は然り気無く車道側を歩き、荷物まで持ってくれるわけだ。付き合っていた時よりも、よっぽど彼氏彼女らしい。まるでお姫様のような扱いに首の後ろがむず痒くなってくる。
客観的に見ても贔屓目に見ても、黄瀬君はとても格好良い。艶やかな金髪にスラリとした長身、そして整った顔立ち。そんな王子様のような男の子に甘やかされたら、誰だってときめいてしまうと思う。ズルい。
黄瀬君の事を考えていて、ふと大我君に視線を移すと、大我君は何故か不機嫌そうな顔をしていた。
「どうしたの?」
「別に……」
「ご飯、美味しくなかった?」
「いや、飯はいつも通り、うめえよ」
心配して顔を覗き込むと、大我君はガツガツと勢いよくビーフシチューを口に運んだ。それから「ただ……」と、珍しく歯切れ悪く言う。
「花梨と黄瀬のヤツが話してると……なんかムカムカする」
「え……」
真っ直ぐに見つめられてドキリとした。そんなこと言われたら、期待してしまう。
固まる私に対して、大我君は困ったようにワシャワシャと頭を掻いた。自分でもよくわかっていないような、そんな感じだ。
「俺にしてるみたいに黄瀬にも接してるんかなって思ったら、なんか嫌だ。だから、俺以外のヤツの世話は焼いて欲しくねえっつーか……あー、自分でも何言ってっか分かんねえわ」
「大我君……」
「ハズイから、あんま見んな!」
大我君は顔を赤くして、そっぽを向く。私はえへへ、と顔を緩ませた。
「私、大我君が……」
「何?」
「ううん、やっぱり何でもない」
笑う私に大我君は怪訝そうな顔をする。この幸せが続いて欲しいと、私はそう思ったのだった。
ところが嵐は現れる。
桐皇戦も勝利で終わって、先輩達も一緒に大我君のマンションにお邪魔した時だった。
「I missed you so much.」
大我君に謎の金髪美女のディープキスがさくれつ。
私の魂は天に召された。
リコ先輩も小学生扱いされてショックを受ける中、金髪美女は「ここにも可愛い女子がいるじゃねえか」と顔を近付けてくる。
「んーっ」
そして、私にもキス。
放心状態の私は避けられなかった。
「アレックスー!」
大我君が叫ぶ。
「だだだ大丈夫だよ、大我君! ファーストキスじゃないから! ファーストキスは黄瀬君だから!」
テンパって、いらんことまで口走ってしまった。先輩達がざわっとする。
「そういや、黄瀬と付き合ってたんだっけ」
「つーか、どこまで行ったの?」
「いや、あの、胸揉まれるまでですけど」
先輩達が今度は、どよっとした。
しまった。まだ頭が正気に戻っていないようだ、私。
胸を揉まれたというのは先週、黄瀬くんと歩いていて転んだ私を黄瀬君が支えてくれた時のことだ。偶然、黄瀬君の手の位置が私の胸だったというだけの話である。不可抗力だ。むしろ、こんな貧乳ですまなかった黄瀬君。
大我君を見ると、やたら鋭い目付きになっていた。違うんです、ふしだらな女じゃないんです! と、普段なら言ったかもしれないが、現在の私は頭が正常じゃなかった。
金髪美女ことアレックスさんは大我君のバスケの師匠で、本当に親しげな様子だ。しかも胸はあるし、出るとこ出て引っ込んでるとこは引っ込んでという、ナイスバディーとはこのことを言うんじゃなかろうかという体型を見せられては流石の私もへこむ。
自分の胸を見て、更にへこんだ。
さ、さつきちゃんサイズあれば……!
大我君に仲良さげに抱き付くアレックスさんを見ていられなくて、私は立ち上がった。
「お、お邪魔しました!」
「あ、オイ! 花梨!?」
大我君の引き留める声も聞かず、部屋から出る。それから脇目も振らずに私は走った。
つまりは、逃げ出したのだ。大我君があのアレックスさんを好きだったらどうしようとか、勝ち目ないよとか、ぐるぐる考えてしまって無性に泣きたくなる。
そんな時、頭に思い描いたのは、何故か黄瀬君の明るい笑顔だった。