「やあぁぁぁッ!!!」
「甘いッ!」
ND2002、この時が来て欲しくないと思っていた。
それでも時は残酷に過ぎていく。まるで河を流れる流水のように、ゆっくりと。
ホドが滅ぶ、この子によって……。
いや、詳しくは他の誰かの手によってだ。
悪意を持たない純粋な子供が壊せる程、世界はそんなに脆くはない。
この子を利用する者、ソイツらこそが真に敵意の矛先を向けるべき相手。
「うわぁッ!?」
「まだまだ重心が剣を振る時に引っ張られてるぜ? 脇を絞めて弧を描くように振ってみな。剣は円運動が一番理想的だと聞いているからね」
「は、はいッ!」
「ハイル君、わざわざすまないね。ヴァンデスデルカの試合相手をしてもらって」
「いえ、こちらとしては武器を持つ相手に対しての対策訓練になりますから逆にありがたいですよ」
「ハイルさん! もう一度です!」
「はいはい、じゃあもう一勝負な?」
俺は約2年ぶりにフェンデ家に訪問させてもらっていた。
この年で自分は働けるようになり、船代を払う事も出来るくらいになったからだ。
久しぶりの来家だったが、この二人は何の惜しみもなく俺を歓迎してくれた。
特にヴァンのはしゃぎぶりは凄かったな……。
それに、ちょくちょく文通してたからな。
あ、ちなみに愛称としてヴァンと呼んでほしいと言われた。
今の生活はどうとか、食事を楽しんだりと色々屋敷で語らいあった。
そんな時、ふとヴァンが剣の腕を俺に見てほしいとお願いしてきたんだ。
なんでも、初めて出会った時に見た俺の勇姿を見てからずっと腕を磨き続けてきたらしく、成長した自分を見てほしいとの事だった。
そんでもって試合形式で実体験する事に決めました。
「牙連崩襲顎!」
ヴァンはアルバート流奥義の一つを放つ。
一番最初に習得する基本の奥義であり、これで『アルバートの卵』として認められる代物でもあるらしい。
この奥義は双牙斬という『斬り下ろしで敵を怯ませ斬り上げでしめる剣技』と崩襲脚という『上空から蹴りを繰り出す技』を組み合わせた合体剣技との事だ。
「ふッ!」
木刀から繰り出される鋭い切り返しをバックステップで避けようとするが――。
「そこだッ!」
遠心力を掛けた崩襲脚が俺の身体に喰らい付こうと迫ってきた。
ヴァンは「これで決まった!」と確信した表情をしているが……。
「ならこうだ!」
俺は片足を軸にして逆回転しながら跳ねるように蹴りを避け、そのままヴァンの後を取った。
そのままチョークスリーパーで首をホールド。
身動きができない所を背後から相手の膝に自分の膝を押し当てて曲げる――俗にいう膝カックンだ。
最後は強制的に膝を地面に着けさせ、座らせる形で制圧。
「ここをこうして組んで締めあげれば……どうだ、動けないだろう」
「ウーッ! ウーッ!!」
解こうともがいているが、無理だな。
それもその筈、今かけてる技は別名――裸締(はだかじめ)という格闘技においては脱出不可能とされているものなのだからな。
「これで5回目の負けが決まりだな」
「うぅぅ……ハイルさん強すぎる……」
「まぁな、剛剣がモットーのお前の剣術にとって俺の柔術は天敵だろうしな。そんで、まだ剣を『斬る』ではなく『当てる』の振り方にしてるから間合いが分かりやすいってことが欠点になってるぞ。初めから伸びきった腕で振る剣なんざ振る前から避けやすい」
「ほぅ……よく見ているね。息子の弱点を正確に指摘できるとは」
「自分は解剖学に基づいた身体の仕組みとかに則った推測を言ってるに過ぎませんがね」
とまぁ、うまくやってる。
こういう時間は俺も楽しむ事にしているし、この体験はいつか必要になるだろう。
今まで技の練習として相手した実験た――島の皆よ有難う!
本人達が聞けば「ふざけんなッ!!」と絶叫する感謝の仕方をした。
「ふふ、中々賑わいになられておられますね」
「母上、見に来てくださったのですね!」
突如として後に使用人を二人ほど連れた女性が現れた。
おそらく、この人がヴァンの母親――ファルミリアリカ・サティス・フェンデ夫人だろう。
――うわぁ……すんげー美人。
絶世と評してもおかしくはない。
優しくて慈愛に満ち溢れた顔をしている人だ。
「ミリィ、マリィベル様とのお茶会に誘われてガルディオス家へ出向いた筈だが、ずいぶん早かったな」
「え、えぇ……旦那様、別に大した理由ではありませんわ。少し体調が思わしくないようなので、私自身からお茶会を辞退させてもらいましたのです」
「母上、どこか具合が悪いのですか?」
「大丈夫ですよヴァン。そう心配する程の悪さではありませんから」
「…ミリィ、あまり無理をしないほうがいい。さきほどマリィベル様から知らせを頂いてな、なんでもお前は吐き気を催していたそうではないか」
「……いえ、本当に大丈夫なんですの。心配いりませんわ」
何か隠してそうだな。
肌から見て脱水症状を起こすような病気を患ってはなさそうだな。
嘔吐感だけは酷くと聞くが、体調は見た限り大きく崩しては無さそうだしな。
ふむ、この場合は――。
「ファルミリアリカ様、失礼ながら何度か御質問させてもよろしいでしょうか?」
「貴方は……確か、ハイルさんでしたかしら?」
「はい、私の名前はハイル・シュヴェールと申します。以後お見知りを」
「貴方の事は旦那様から聞かされておりますわ? なんでもヴァンの命の恩人だそうですね。その節は誠にありがとうございました」
「偶然でしたから、その件に関しては堅苦しい関係は必要ありませんよ。それで質問なんですが……例えば、近頃身体が重く感じられたとか、熱っぽかったり食欲が変わりやすくなった事はおありですか?」
「まぁ、良くお分かりですね。確かに、そのような事を感じたりした事は何度か……」
「そうですが。では……御無礼を承知で御尋ね致しますが――」
「はい」
「『月のもの』はここ数ヶ月ほどお止まりになられてませんか?」
「えッ!!?/////」
月のもの――良くて女の子の日――生理の通称である。
こんな事、平民で立場上、まだ医者にもなってない俺が女性――しかも貴族に馴れ馴れしく聞くのは結構まずいんだが……。
まずい、下手すりゃ打ち首になっても仕方がない。
だって仕方ないもん。好奇心が抑えられなかったんだもの!
「ハイルさん、月のものってなんのことですか?」
「ヴァンデスデルカ! 余計な質問はしなくてよろしいッ! ……ハイル君、さすがにそのような質問は些か失礼ではないかな?」
――やばいッ! フェンデ家当主の顔が若干恐ろしい事にッ!?
やはり、自分の妻の身体についてはあまり聞かれたくないよな……。
ちなみにこの世界での医学関係の知識は医者や研究者、または志望している人以外には殆ど知られていないらしい。
この世界にも問診は別として、触診等といった行為についても意味が分からない事もあるそうだ。
……となると言い訳は。
「いえ、自分は医学関連の本をよく読んでおりまして、先ほどの質問は別名――問診という患者自身の体調不良を聞いて病名を判断する行為です。ですので、別にやましい考えを持ってた訳ではありません」
確かにそういう本を見た事があるが、内容と知識で違った事は音素による身体の結合分子に関しての事と、俺の知ってる外科手術の概念や治療法がなかったことだ。
あと、なんか間違った治療法が書かれた物があったのを見た時は本の著者にブチ切れたね。
仮にも命を繋ぐ技術を教授する側か? 責任者出てこいや、こらッ!!
……だから、俺は自分が想いを込めて詰め込んできた医療知識はこの世界でも大切にしていきたいんだ。
「……君は医者を目指しているのかな?」
「それはまだ決めていません。ですが、間違ったことは言ってはいません」
俺はこの世界でも医者を続けるべきか正直迷っている。
治癒譜術や薬品投与が主流の世界に外科手術と言った刃物や針などで身体を切り開き、患部を切除するといった行為など、無学の人が傍から見れば邪道の行いに見えるだろう。そんな代物を教え、果たしてそれが認められるようになるか?
だけど俺はこれしか知らないし、これしかやらない。
必要な場合に限ってだがな……。
「少し、見せてもらいます」
でも、俺はやれる事はやる事にしよう。
場所を移し、フェンデ夫人の診察を特別に許可してもらった。
失礼のないように丁重に触診し、やはり睨んだ通りの結果が出た事で初めにフェンデ夫人に説明を行った。
話が終わった後に部屋から出ると、扉の前で座って待機していたフェンデ家当主とヴァンの姿が目に入った。
俺の後からはフェンデ夫人が着いてくる。
「ミリィ、ハイル君からは何と言われた」
「旦那様……」
フェンデ夫人の様子はおかしく見える。
少し、恥ずかしそうに顔を伏せながら間を止め、次には俺が説明した内容を話し始めた。
「来年からは、ここはより賑やかな家に御成りになられますわ」
「……む?」
ニコリとそう伝えたフェンデ夫人の言葉をフェンデ家当主とヴァンはまだその真意が読み取れないようだ。
なので、俺の方から分かりやすい言葉で直接伝える事にした。
「――『おめでた』ですよ」
「なんとッ!?」
そう、ご懐妊の知らせ。
俺の読み通り、フェンデ夫人は妊娠二ヶ月目と診断できたのだ。
「え……ぇ……? どういう事なんですか?」
ヴァンはこの言葉の意味がまだ良く分からなかったようだ。
なので、もっと分かりやすくして教えてあげた。
「お前のお母さんのお腹にはな、赤ちゃんがいるんだぞ。つまり、お前は『お兄ちゃん』になるって事さ」
「僕が……お兄ちゃん?」
「そうだ、頑張れよ」
そう聞いてようやく理解した途端、ヴァンは礼節ある態度を忘れてはしゃぎ回った。
屋敷の使用人達や執事、騎士達もフェンデ一家にお祝いの言葉を次々と掛けていた。
またこの家は幸せが一つ増えたんだな……。
けど、この家族はあの預言の後どうなるんだ?
――話してあげたい。
けど、それはこの先の未来を変えてしまい、本来の流れから外れてしまう事になる。
だけども俺は、この人達の笑顔を護ってあげたい。
ローレライ、この世界の残酷な運命はお前の意思じゃないんだろ?
お前にも傍観者としてではなく、何か行動を起こして欲しいんだがな。
でも、それが出来ないから俺という異端者(イレギュラー)を創り上げた。
そういう事なんだろう?
じゃあさ、少し……『ズル』をさせてもらおうか?
別に文句は言わないだろ――な?