深淵の異端者   作:Jastice

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Ex 栄光(破滅)を掴む(誘う)者

【騎士とは護りに本質がある】

 

 それが父上の口癖だった。

 だから、人を理不尽に傷つけようとする奴らが僕にはどうしても我慢できなかった。

 修行中とはいえ、これでもアルバート流剣術を受け継ぐ身。

 僕には誰かを護れる力がある、そう信じて疑わなかった。

 その驕りが父の言葉に込められた真意を理解するのを妨げていたんだと今では僕は思う。

 

 それを正してくれたのは『あの人』だった。

 

 あの日、野蛮な男達に詰め寄られていた女の人を逃がす事べく、僕は義憤のままに行動したものの、逆に僕が標的とされてしまった。

 大多数を相手をするには力不足だった。いざ目の前に敵が迫っても、剣を向ける勇気が僕には持てなかった。

 だから、その場で逃げ出す事に決めたんだけど、運悪く人にぶつかってしまい、結局再び男達に囲まれてしまった。

 

 ――怖い。

 

 今ここで奴らに連れてかれたら無傷じゃすまない。

 そう悟ってしまった。

 こうしている内にも僕の代わりに奴らへ問いかけている運悪くぶつかった人。

 怯えながら隠れているこの背中の持ち主に僕は縋りついている。

 

 ――うぅ、こんなんじゃあ父上のような騎士になるなんて…情けないよぉ……。

 

 自分は強いと信じていた。でも実際は自分の力量を見極める事もせずに無謀な事をしでかし、報復に怯える事しか出来ないただの子供だった。

 きっと、この人は余計な事に巻き込まれたくないから僕を差し出す。

 これから訪れるであろう未来に軽く絶望しながら諦めに包まれていた。

 

 でも違った。

 目の前にいる人は赤の他人である僕を護ろうと多数を相手に引きはしなかった。

 服にしがみつき、縋りつく背中が実際よりとても大きく見えた。

 

 だけど男達はこの人のいった言葉に憤りを感じたのか、掴みかかろうと勢いよく手を服に伸ばしてきた。

 駄目だ、このままだと関係ないこの人までもが危険な目に!

 そんなの僕は望んでいない!

 

 でも、そんな考えは杞憂に終わった。

 男がその人に掴みかかったと思いきや、逆に男の方が宙に舞っていた。

 いきなりの現象に僕は目を疑った。自分よりも身長の高い相手をその人はなんの苦もなく、そんな神技をやってのけたのだ。

 

 戦況はその人の優勢が続いていたけど、次第に数の差が覆し始め、男達の何人かがその人に殴りかかろうとしていた。

 僕はそこへ咄嗟に助太刀した。

 ここで動かなければ僕は本当の意味で何も出来ないまま終わってしまう。

 そう考えたからだった。

 

 やがて、男達を完全に制圧し終えたら、その人と場を離れた。

 後に待っていたのは――うぅ、今でも思い出すだけでも頬がない筈の痛みで疼くよ。

 思い出してみれば、父上以外に叱られたのってあの人が初めてだった。

 だからこそ、自分を叱っていいのは父上だけと範囲を狭めた許容を作っていた。

 見事に打ち砕かれたっけ。悪い事をしたら叱られるのは当たり前という認識と同時、自分が如何に弱いって事を歯に衣を着せず言い放ったんだ。

 

 けど、弱さは罪じゃない。焦らずに進む事こそが正しい道だって教えてくれた。

 ガイラルディア様の騎士であれ、と教えを受けてきた僕だけど、実際騎士とは何かを誤解していた。

 

 あの人を――ハイルさんと出逢ってようやく入口に踏み込めるきっかけに出会えた気がした。

 

 ――そうか、『護る』ってこういう事をいうんだ。

 

 主の御身を傷つけられるのを防ぐだけが騎士と呼ぶんじゃない。

 恐怖や不安、心に伸し掛かろうとする負の感情からにも護ってこそ騎士を名乗れるんだって僕は気付いた。

 

 

 この出逢いを切っ掛けに僕とハイルさんは親友となった。

 歳は離れていたけど、ハイルさんはそんなの気にしないと言わんばかりに僕と壁を作らず接してくれた。

 僕が道に躓きそうになった時、その道を照らす言葉をくれた。

 もし僕に兄上がいたとすれば、こんな感じなのかもしれない。そう考えた事もあった。

 

 でも、そう甘えてはいられない。

 代わりに僕の方が兄として、後に生まれてくる家族を支えられるように…。

 本当の意味で強くなっていきたい、そう思っていた。

 

 

 この日がやって来るまでは――。 

 

 

「父上、僕達はどうすればいいんでしょうか……」

「…………」

 

 その日、僕達一家はガルディオス家の次男であらせられるガイラルディア様の誕生会に出席していた。

 本来なら祝いの場だった屋敷は送られてきた伝令により、突如として焦燥の場へと変貌したんだ。

 

 僕も詳しくは知らされていないけど、父上から聞いた所、キムラスカの軍隊がホドに攻めてきたとの事だった。

 僕が将来剣を捧げる主人にして友であるガイラルディア様の誕生日によ

りによって戦争が始まってしまった。

 

「ヴァン、どうしたの?」

「なんでもありません…ガイラルディア様」

 

 今日、五歳になるガイラルディア様は戦争という物をまだ詳しくは知らないんだ。

 だから、周りのギスギスした空気が疑問に思えて仕方がないんだろう。

 

「皆様方、このたびは大変な時期ながらもわざわざの御来訪、誠にありがとうございました。ですが、今現在ここホドは危険な状態に陥っています。しかし、ここは何とぞ落ち着きを保ったままでいて頂きたい」

 

 ジグムント様はこの場に集まった親戚一同を何とか纏めようとしているけど、騒ぎ立てるばかりで焼け石に水でしかない。

 時には八つ当たりの言葉を発し始める始末だ。

 

 ――どうしたらいいんだろう…。

 

 そう考えてると僕達の元へガルディオス家の使用人が近づいて来る。

 

「フェンデ様、貴方様にお会いしたいと申されてる方々が屋敷の前まで来てらっしゃいます」

「このような状況で私に? して、どのような輩だ」

 

 次に発せられた言葉に僕は嫌悪感を煮えたぎらせる事となる。

 

「――フォミクリー研究所の者達との事です」

 

 【フォミクリー】。

 

 あらゆる物質の複製――レプリカが作れる技術。

 

 実は以前から本国の命令により、ホドで一番第七音素の扱いに長けているとされる僕を被験者とした実験に参加していた。

 詳しい内容は父上が全て聞いているそうだけど、実験は苛烈を極めた。

 

 とにかく苦痛が続くんだ。

 

 音素振動数やら、同位体やら、訳の分からない用語が研究員達から飛び交っていたけど、そんな事構っていられないくらいに身体を痛めつける実験が僕に対して行われていた。

 その苦痛に耐えきれないと父上に進言し、実験を止めてほしいと願ったけど、一つの理由によって僕の願いは払い落とされる。

 

「これは預言に詠まれていた事ですので――」

 

 預言、この事柄に対して僕達一家は是非を言えない。

 ガイラルディア様やハイルさんにも言ってないけど、僕達フェンデの一族にはとんでもない秘密があるんだ。

 その秘密こそが預言を必ずしも虚ろにしてはいけない楔となっているんだ。

 

 だから、嫌々でも僕はあの苦痛を伴う実験に参加するしかなかった。

 この時、母上も同伴してくれる事になったのが唯一の救いだった。

 

 なのに――。

 

「母上ッ!」

「お止めなさいッ! ヴァンデスデルカをどうなさるおつもりなのですか、あなた方は!?」

「この少年は第七音素譜術士としての資質が最も高い。そして、ダアト上層部からの進言による事もあり、次段階の実験に付き合わせていただきたい」

 

 母上がフォミクリー研究所の者達によってどこかへ連れていかれる。

 僕もまた、強引にどこかへ連れていかれようとしていた。

 

「フェンデ様、この戦争を覆すにはあなた様の子息の持つ第七音素が必要不可欠なのです。ご容赦を――」

 

 彼らが言うには秘預言(クローズスコア)に関連しているとの事らしい。

 僕達の最大の秘密――始祖ユリア様の子孫が預言について疎かにする。

 確かに犯してはならない禁忌だと僕も理解している。

 

 だけどこれは…。

 

「グランコクマにいるカーティス博士は何と言っている?」

「すぐさま例の計画を実行せよとの事です」

「よし、すぐさま装置を作動させる準備にとりかかれ!」

 

 母上はこれから僕にされようとしている事を止めようと抵抗していた。

 でも、女性の身が大の男達の力に敵う筈もなく、どこかへと連れていかれた。

 母上は今大事な時期なんだ!

 無下に扱ったりしようものなら僕は決して許しはしない。

 

「…ジェイド、カーティス……」

 

 そしてこの男を僕は絶対に許さない。

 僕をこんな目に合わせる切っ掛けとなった男の名を。

 もし、この男に出逢う日が巡り合うのなら…

 

 

 ――■してやる…。

 

 

「よし、全ての書類や資料の回収確認が終わった。これより被験者(オリジナル)と複写体(レプリカ)を使っての超振動実験を開始する」

「装置起動ッ!」

 

 身体中に張り付けられた数多の電極から加えられる刺激が僕の力を根こそぎ奪い去っていった。

 意識を保つだけが精いっぱい。隣に位置する巨大な試験管には何かが浮かんでいる。

 僕は霞む視界で『それ』を見て固まってしまった。

 

 

 ――あ…れ…は、だ…れ……?

 

 ――何で、僕が…もうひ…と…り……?

 

 

「被験者、体内の第七音素抽出!」

「同じく複写体、抽出開始!」

 

 

 ――身体、くる…しい……。

 

 ――なにか…でて、おさ…え切れ……。

 

 

「緊急事態発生ッ! 被験者側の第七音素が急激な活性を!」

「何ッ!? すぐさま抑え込め! 同質量の第七音素による超振動でなければ規定外の範囲まで影響が及ぶ事になるぞ!」

「だ、駄目ですッ! 抑え込めれません! 今だ活性化の増加傾向あり!」

「まずいぞ、この研究所の下には…セフィロトが存在しているんだぞ。万が一、あれを破壊してしまったら…」

「中止だッ! この実験は中止だ、中止するんだ! 速く装置を止めろ!!」

 

 

 ――こわい、こわい、コわイ、コワい、コワイ――ッ!!!

 

 ――ぼくがボクじゃなくナル。

 

 ――タス、ケテ…

 

 ――誰か、ボクを助…ケ…て……。

 

 

 

 

 

 

 その後の事はハッキリと覚えていない。

 一瞬、気を失ったかと思えば、そこは先ほどまで実験場であった瓦礫に埋もれた場所に僕は倒れこんでいた。

 閉じ込められていた試験管はどこにもない。そればかりか、他にもあった筈の譜業はどこにも存在していなかった。

 傍には薄汚れた何者かの白衣。無理矢理実験のため、上着を剥ぎ取られていた僕はそれを身に纏い、いざ立ち上がろうと足に力を入れようとした。

 

「……ッ!?」

 

 けど立てない、足がまるで言う事が聞かないんだ。

 足だけじゃない、身体全体がまるで石になったように重く感じる。

 たった一歩進めるだけでも胸が張り裂けそうなくらい苦しくなった。

 僕は偶々目に付いた棒状の残骸――おそらく譜業の部品か何かを手に取り、杖として扱いながら少しづつ足を進める。

 

 

 ――そういえば母上は? 探さないと、早く…。

 

 

 その時、足が縺れる。震えによる物じゃない。

 

「…地震?」

 

 こんな時に地鳴りが起こるなんて珍しいや。

 

 

「ぐ、うぅ……」

 

 

 瓦礫が崩れる音が聞こえると同時、何者かの呻き声が聞こえてきた。

 血を流しながら這い出てきた呻き声の主、それは僕が目にしていた研究員の一人だった。

 苦悶の表情を顔に出しながら力の限り、そこから脱出しようとして

いた

 

「ぐ、が…こんな、こんな事になる筈では……」

 

 どうやらこちらの様子に気づいていない。

 独り言を呟いていた。

 

「カール陛下は…この実験を成功させれば…秘預言の成就に繋がると……」

 

 力なく、失意のどん底と表してるかのように声は弱々しい

 

「――待てよ? 秘預言は必ず成就されるように…」

 

 僕は研究員の言動を物陰からジッと伺っていた。

 彼が発している言葉の意味に不審な点を感じ取ったからだった。

 

「……ハ、ハハハ――。そうか、そういうことだったのかッ!!」

 

 突如として研究員は笑い出した。狂喜とも呼ぶのかもしれない。

 

「これこそが預言の成就だったんだ! 俺達はその為の礎とされたんだ! あぁ、何て光栄な――ッ!」

「――――ッ!?」

「ホドは滅びる! 【栄光を掴む者】によって! セフィロトツリーが壊れた事によるこの島の結末こそが標(しる)すべき道なんだ!!」

 

 あまりの形相に僕は思わず引いてしまった。

 その際、驚きのあまり手にしていた杖代わりの棒を手から放してしまい、“カランッ!”と音を鳴らしてしまう。

 

「誰だ!」

 

 これが僕の居場所を突き止められる直接の原因となってしまった。

 

「――お前か、【栄光を掴む者】ッ! 喜べ、お前のおかげでまた世界は繁栄へと進む事となる!」

「ど、どういう――」

「おぉ、始祖ユリアよ。あなた様の懇願は無事果たされるべき道を順調に辿っております。喜ばしくもあなた様の子孫によって!」

 

 同じ人間とは到底思えない姿だった。

 目の前に映る男はまさしく、預言という名の麻薬に縛られた狂信者の姿そのものだった。

 

 男は恍惚とした笑みを浮かべている。

 僕にはそれが何よりも恐ろしい物だと感じられた。

 その顔の持ち主はゆっくりと僕へと歩み始めた。

 

「お前は偉大なる繁栄への礎となれるのだ! さぁ、まだ作業は終わってはいない。最後まで為すべき使命を果たすぞッ!」

「ひっ…!!」

「心配はいらん。まだ装置は起動できる筈だ! さぁ、早くこっちに――」

 

 言葉は最後まで紡がれる事はなかった。

 天井から屋根の一部が崩れ落ち、研究員をそのまま下敷きにした。

 離れた所には男の物であっただろう肉に包まれた『ガラス玉』。

 

 男が居た場所に残るのは――まるで僕を最後まで引き摺り込もうとこちらに向かって伸びてくる血溜まりの跡だった。

 

「う、う、うわあぁぁぁ――――ッ!!!!!」

 

 叫んだ、恐怖した。

 先ほどまでの不調がまるで嘘のように消え、知らず駆け足を始めた。

 一刻も早くその場から僕は逃げ出したかった。

 あの地獄の光景から一刻も遠ざかりたかったんだ。

 

 実験場から出た僕は何よりもまず母上を探した。

 絶対に同じ研究所の中にまだいる筈だと察知していたからだ。

 迷路のような研究所内を闇雲に走り出す。

 

「こっちですか?」

「実験場はこの先に続く階段です。間違いありませんわ!」

「よし、急ぎましょう。ですがファルミリアリカ様、その足で歩くのは辛いんじゃ…」

「ヴァンデスデルカが苦しんでいるのです! 母である私がここで励まなくては示しがつきません!」

 

 僕にとって最も聞き慣れた人の声、最も頼れる人の声。

 疑う余地は一切ない。

 悲壮感に満ちていた筈の顔が一気に晴れた。

 残りの力を振り絞り、声が聞こえる方へと急いだ。

 

「母上ッ!」

 

 ようやく見つけた。

 

 僕の大切な人。

 

「ヴァンッ!?」

「ヴァンデスデルカッ!」

 

 お互い、無事を確認し合った僕達は知りうる限りの現状を話し合う。

 

「ならば早くここから出ましょう。さぁ、ハイルさんも一緒に!」

「…ヴァン」

「何しているんですか、さぁ急いで!」

「今の内に話しておかないといけない気がしてな…お前の父さんの事なんだが…」

 

 父上? 父上がどうかしたんですか、ハイルさん。

 

 母上、何故そのように悲しそうな顔をして目を伏せているんですか。

 

「お前の父さんは――」

 

 ハイルさんの肝心な話はそこで途切れた。

 本当は聞きたくなかったんだけど、とっくにハイルさんが言いたい事を理解してしまった。

 だけど、今は何の意味もない事柄。

 

 

 音が一度聞こえた。

 

 

 世界の『壊れる』音がこの場にいる僕達全員の耳に触れた。

 

 

 地面がまるで沈んでいくかの感覚。

 大地に千を超える亀裂が奔っていく。

 

「なんだこれは、一体何がどうなっているんだ!?」

 

 …僕の、せいだ。

 

「大地が崩れるって――そう言ってました」

「おい冗談だろう。そんな馬鹿なことが――」

「このままじゃ僕達も…」

「ここの崩落に巻き込まれてお陀仏という事か」

 

 僕がいたから、こんな事が…。

 

「僕が、何とかします」

「何か方法があるのか!?」

「僕達フェンデ家に伝わるユリアの譜歌には害悪から身を護る術がある物があるんです。それを謳えば…」

 

 ごめんなさい、僕のせいでホドは…。

 

 

≪♬―クロア―リュオ―ズェ―トゥエ―リュオ―レィ―ネゥ―リュオ―ズェ―♬≫

 

 

 ごめんなさい…。

 

 

 その旋律は、堅固たる護り手の調べ。

 

 担い手を中心とした空間に虚無を生み出し、ありとあらゆる魔の手から逃れる術。

 

 

 落ちていく――。

 

 全てが崩落し、堕ちていく――。

 

 

 

 

 

 …ごめん、なさい――ッ!!

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