――きよ、人の子よ、起きるのだ。
誰だ? 俺に話しかける奴は。
そんなことはあり得ない筈だ。俺は自ら命を断ったのだから。
話す事も喋る事も聞く事もできないようになったんだぞ?
なら――ここ――はどこだ?
――ここは世界を紡ぐ次元の狭間、本来は死者はおろか生命が来れるような場ではないがな。
お前は俺の考えてる事がわかるのか!?
――人の姿のままでは不可能、我がそなたの体を音素(フォニム)に変換させたためだ。
ふぉにむ? 聞いた事のない言葉だな?
――それはそうだ、我はそなたとは違う並行世界に存在する者なのだからな。似て異なる世界の物を全て知ってる訳ではあるまい。
並行世界、なんとも夢のあるようなお話だ。
今の俺の状態を考えて信じない訳にもいかないけどな。
それで、結局あんたは何者なんだ?
――むっ、いろいろと話してて我の事を紹介するのを忘れていたようだ、では改めて紹介しよう。
――我が名、『ローレライ』。惑星オールドラントに存在する第七の音素集合体に位置する者。
ローレライ、たしかドイツの伝承で歌で人を惑わそうとした水の妖精の名前だったか。
それに惑星、おーるどらんと? おんそしゅうごうたい? さっぱり言葉の意味がわからん。
――ほぅ、我が名を冠する存在がこの世界にもいるとはさすがは異界といえる。
まぁいい、そんで?
妖精サマと同じ名前の奴が俺みたいな自殺者に一体何のようなんだ?
ふざけた内容だったら早く眠らせて欲しいものなんだが…。
――我の存在する世界を救う手助けをしてほしい。
……は?
――其方(そなた)には意味の分からぬ事を申していると思っている。すまないが時間がないのだ。答えを率直に聞きたい。
ちょ、ちょっと待てよッ!? いきなり世界を救えだのなんとか言われても意味が理解できる訳ないだろうが!!
――では、長くはなるができるだけ簡潔に話そう。惑星オールドランドには星の記憶というものが存在している。それには人個人の未来までもが正確に記されており、我の世界はそれを知る業(わざ)を持つ事ができた。それこそが預言(スコア)、人の王が持つとされる権力と同等の力を見い出せる存在までにもなったのだ。
未来が分かるって、随分とSFチックな話になってきたな……。
――だが、預言にも栄光に導く物もあれば破滅へ導く物もある。オールドランドの人等は預言が絶対であるという考えを2000年の時で心底まで定着させてしまった。預言が必ずしも繁栄に導くものではないと疑いもせずに……。
その預言のせいで結果的に世界の危機に陥る最悪の未来のシナリオを人々は選んじまったという訳か?
――理解が早く助かる。その通り、世界は二度も滅びかけた。だが滅びはしなかったのだ、我が愛し子『聖なる焔の光』のおかげで……。
滅びはしなかった? ん、だったらそれで良いはずじゃないのか?
――良い訳がなかろうが! 我が愛し子はその為の生贄にされたのだ! かつては一つの国のために、そして世界のために3度までも世界はあの子の生を否定されたのだぞ!?
……生を否定された?
――そうだっ! だがあの子は決してその運命を嘆こうとはしなかった。己が複写体(レプリカ)だから――『聖なる焔の光』の身代わりだからと――故に命を捧げようと考えてた。しかし、最後には己は一人の人間だと気付いてくれた。ただそれだけだったと真に生を望むようになってくれた。我にはそれがどれほど喜ばしかったことか……。
……その子は幸せになる事が出来たのか?
―――そうでもあり、そうでもないといえる。あの子は、『ルーク』は『アッシュ』と最後には一体化した。そうして戻ってきたのは、結果的に言えば『ルーク』の記憶を持った『アッシュ』であったからな。
『ルーク』と『アッシュ』って言うんだな。その子達の名前は。しかし一体化とはどういうことだ? まさか融合したという意味か?
――まだ話してなかったが、整理しよう。『アッシュ』とは本来『ルーク』という名であった者の事だ。預言に死を詠まれ、あの子は【栄光を掴む者】に惑わされたために己の分身である『ルーク』としての複写体を創り、己の死を逃れようとした。
身代わりって訳か。随分と複雑な事情だな。
――『アッシュ』はその途中にて騙された事に気づき、『ルーク』に戻ろうとした。だが、『ルーク』の位置にはすでに己の分身がいた。それを見た時、【栄光を掴む者】の洗脳生活によってか、『アッシュ』は『ルーク』としての居場所を奪われたと考えてしまった。あの子はまだ立つどころか考える事も出来ない赤子当然の存在だったはずなのに……。
悲運としか言いようがない出来事だな。それと質問だ、レプリカとは何を意味する物だ?
――レプリカとは我の持つ第七音素のみによって人為的に作る事が出来る「複写体」の事を言う。譜業と呼ばれるものによって有機体をも複写体を作る事を人々は可能にした。だがしかし、複写体は人々にとっては理解しがたい存在でな、一部は劣化を起こし、複写体の起源である被験者(オリジナル)がレプリカに存在を喰われてしまう大爆発(ビックバン)現象が起きたりと未だ我にも全てを知ることができぬ存在とされている。
だからその『アッシュ』と『ルーク』は一体化したという訳か。じゃあ更に最後に質問だ、お前の言う音素とは?
――音素とはオールドランドに存在するあらゆる物質を構成する元素の一端、または元素から逸脱した存在の事を指す物だ。それは我の持つ第七音素(セブンスフォニム)を含め、闇、地、風、水、火、光、音の属性を持つ七つの音素が存在している。
…なんか子供が好きそうな要素が一気に出てきたな。
――さらに音素は一定量集合すると我のように意思を持つことができるのだ。他にもシャドウ、ノーム、シルフ、ウンディーネ、イフリート、レムと称されてる我の仲間達がな。
おいおい、最近の子供が好きそうな精霊の名前勢ぞろいかよ。ま、そんなことは置いといてと――。
どうして“俺”を選んだんだ?
俺はただ医者であった事しか何の取り柄も無い世の中にとっては凡人にすぎない男でしかないんだぞ?
――我がこの世界を探し当てた時、偶々見た人の中に其方が目に付いた事、そして、もう一つは……其方はあの子とどこか似ていると感じたからなのだ。
そうか……。
――もし引き受けてくれるのならば、其方は人の赤子として二度目の人生をオールドラントで送ってもらいたい。もしそうでなければ……ただ無として何かしらの力によって今の存在を消され、別の生命体として何時しか生を受ける事になるだろう。もちろん、記憶も何もかも失ってな。
神様のくせして脅しまがいな言い方をするんだな。
――そう受け取ってもらってもいい。其方は異端者(イレギュラー)として私の言いなりになれと遠回しに言ってるようなものなのだからな。我は何通りも存在し続けるあの子の悲しみの未来に終止符を打てるのなら何だってしよう。
立派な考えをお持ちのようだが、だからといって俺がそのオールドラントに現れたからって未来を回避する事は出来ないかもしれないんだぞ?
――唯の人として其方を我がオールドラントへ送るつもりはもっぱら考えてはいない。其方には第七音素を扱う資質と、これまで培ってきた記憶を来る時にて蘇らせよう。少しでも其方の手助けになるべくな。さらに運命を回避する『鍵』となるオールドラントの秘預言、惑星預言、破滅への道標――他にも呼び方はあるが、その全貌を授けたい。
ハハハ……あんたなんでもありだな。まるであんた神様だ。
――まるで――ではなく、我は神同様に崇め上げられてるがな。
屁理屈を言うなよ。そうか、じゃあとりあえずの納得はするとしよう。
あの記憶も持っていく以上、俺は新しい人生を唯の人として楽しむつもりはない。
あんたの望み通り、願いを叶える駒としてせいぜい惑星(ほし)の運命とやらに抗ってやるよ。
その結果、どうなっても後悔するなよ。
これはお前が望んで選んだ結果だって事を認めろ。
――感謝する人の子よ、これで可能性は増える事になる。
人の意思が勝つか、神の宣告が勝つか。
人間にとっては重すぎる大勝負をしてやろう。
じゃあローレライとやら、準備はいいぜ?
とっとと始めてくれ。
――……すまない。
俺の身体が解けていく。
もう肉体はないのだが、心地よく温かった。
全てが温もりに包まれる瞬間、最後にローレライが何か言っていた気がした。
忘れないでほしい。
星の記憶は絶対ではない事を。
ユリアが愛した世界を嫌いにならずにいて欲しい。
其方に渡したその加護でルークには祝福を渡してほしい。
どうか――我の望みを……。
それを聞きつつ、俺は意識を閉じる。
次に目覚める時は何者になるのかわからない。
でも新たな命を得た責任を以てもう一度。
今度こそ、だ。失敗はもうしたりしない。