深淵の異端者   作:Jastice

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第17話 医療漫画の主人公は駆け出しか天才が定番だね

「きゃあぁぁぁッ!!!!!」

 

 

 何者かの女性特有な甲高い悲鳴が響き渡った。

 なぜ叫んでいるのかというのは目の前にて披露される光景が元凶。

 

「心膜穿刺ならびに排液完了…これより心膜切開を行い患部の修復に取り掛かる」

 

 俺は全身を真っ赤に染め上げていた。染料は少年の血液そのもの。

 猟奇的な光景に見えるかもしれないが、所詮手術なんて倫理を行き来するような行為だ。

 全身を白い布で覆い、剪刀(メス)代わりのナイフでリート少年の胸を斬り裂き、ヘラ代わりのフォークでその切開部を慎重に且つ強引に開く。

 端から見れば何をしているのか分からないだろうが、俺は消毒用に沸騰させたお湯や白ワインをこれらに浸したり、濡らしたりとリート少年の傷に布で拭ったりする。

 狂人と見られようがお構いない。そんな批判に構ってやるほど俺は器用ではない。

 

 雑菌がまき散らされるのを極力防ぐべく、動かすべき身体だけに集中の目を張り巡らし続ける。

 切り開いた皮下にて僅かに露出した心臓。先ほどの心膜穿刺で開いた穴を目印にして、鉗子(クーパー)代わりの鋏で心膜を小さく切り開く。

 

「見えた…」

 

 応力に負けてパックリと縦に割れたかのような心臓本体の傷。

 瞳孔を開いて視力を気休めに上げ、縫合針代わりの裁縫針で傷目掛けて突き刺す。

 その瞬間、リート少年の胸から勢いよく血が噴水のように噴出してきた。

 

「や、や、やめろおぉぉぉッ!! これ以上この子を傷付けるな!」

「静かにしろ、集中が途切れる」

 

 俺はどう言われようが腕を止めなかった。

 なるほど、俺の姿が恐ろしいか?

 悪魔とでも形容してみるか?

 

 外野が一々煩いが、説明している暇なんて俺にはない。

 確かに、外科手術なんて物を初めて見る人間にとっては嫌悪感込み上げるこの上無い代物。

 現に何人かは離れている、この光景を目に入れたくがない為に…。

 

 ――異常者。

 

 前世は時代が進むにつれて認識の仕方も変わっていったが、初心に返って考えて見てみれば、人間の身体を切り開く人を好んで見るのを正常だなんて言えるだろうか?

 

 ――答えは断じて否、だ。

 

 オールドラントはいわばそんな初心の心を持つ人間ばかりなのだ。

 けど、そんな心情や感情を考慮してはこの少年を救う事は出来ないんでな。

 このまま続けさせてもらうぜ。

 

「裂傷部分発見。これより絹糸による縫合を行い、後に治癒譜術(ファーストエイド)をかけつつ修復しながらの抜糸を行う」

 

 良かった、肺動脈での右室部位に小さな裂傷だけか。

 大静脈か大動脈に裂傷があれば本来ならば人工血管を使わざるを得ない術式でなければ助けられなかった。

 まさしくこれぞ不幸中の幸いって訳だな。

 

 これなら助けられ――。

 

 安堵の溜息を付いた途端、横からリート少年の父親――ライラックが掴みかかってきた。

 

「――――ッ!?」

「貴様ッ! これ以上この子に何かするというなら殺してやる!!」

 

 裁縫針を持ったままの状態で何とか持ちこたえ、ライラックに諌口をかける。

 

「離せ! 早く縫合を終わらせないと余計に大変なことになるぞ!?」

「もう何もしないでくれ! そんな事しても無駄なんだよ。この子の身体は…できるだけ無傷のまま見届けてやりたいんだ……」

 

 ――無傷のまま見届ける?

 

 俺はライラックの言葉にどこか疑念を感じた。

 

「あんた…どういうことだ? まるで最初から諦めてる様な言い方をして――」

「諦めるも何も、リートは…この年で死ぬ運命だったんだ……」

「死ぬ、だと?」

「あぁそうさ! 二年前預言を詠んでもらったんだ! リートの預言でND2002の内に事故によって命を落とすだろう――てなッ! だからどうしようとも無理なんだ! この子はもう助からないんだよ」

「…………」

 

 預言で死を詠まれた。

 

「それを聞いて私達がどんなに悲しんだか貴様に分かるか!? せめてその日が来るまでにこの子の好きな事をしてあげようと決めつつも、その日が迫っているという恐怖を…何も出来ないという私達家族の悔しさをッ!」

 

「…そういう意味か」

「今日がその日だった。預言は絶対だ! 何しようがそれは変わらないんだ。でも貴様がしている事はなんだ! 息子の身体を悪戯に切り刻んでるだけじゃないか!」

「違う、あと少しでこの子は助かる! 俺は自信を持って言えるからそうしてるんだ」

「だから助からないと言ってるだろうが! 死の預言に詠まれてたんだぞ、貴様がしている事は無駄以下の何でもない!」

 

 …無駄じゃない。

 

 それに、助かる助からないの問題じゃないだろ。

 

 何言ってんだ、こいつは…。

 

「なんでそう早く諦めるんだ。あんたはこの子の父親なんだろ? 子供の無事を願うのが本来は筋ってもんだろうがッ!」

「だから…預言が……ッ!!」

 

 預言、預言、預言預言預言預言預言――――ッ!!!

 

 ――ふざけるなッ!!

 

「いいかげんにしろッ!!!」

 

 俺は裏拳を放って強引にライラックを引き離した。

 彼は勢いを殺せぬまま後へと転がっていく。

 殴られた部分を抑えつつもライラックはならばとこちらを見据えた。

 

「うぅ……」

「預言に詠まれた? だから諦めろ? どこまで腐ってるんだあんたはッ!!」

 

 助けられる命がそこにあるんだ。

 

 それを自ら放り棄てる事を俺が許す筈がない!

 

「預言は可能性であって決して確立された未来なんかじゃねぇんだ! 数ある未来の一つでしかない! それ以前にあんたは親失格だ、自分の息子の命を雀の涙くらいにしか軽く見てねぇんだからな」

「ち、ちが――ッ!?」

「いいや、違わないね。あんたはこの子をついさっき見捨てたんだ。それが何よりの証拠だ」

「あ、あぁぁ…」

 

 俺はすぐさま手に包んでいた布を熱湯や白ワインに付け消毒し直す。

 途中、患部に埃が極力入らぬよう消毒済みの布で覆っておく。

 その作業を続けながらライラックに向けて話を続ける。

 

「はっきり言っとく。俺はあんたみたいな奴が何よりも大嫌いだ。不可能を可能にする努力をせず、たとえ身が汚れても本気で護りたい物のためならば何でもするくらいの心を持てない人間がな」

「…………」

「運命が決められた物だとするなら俺達は人形として生きるしかないのか? だったらなぜ俺達は考える力を持った?」

 

 ――自分自身の幸せを掴み取る為だ!

 

「しあ…わせ……?」

「そうだ、自分の足で歩み寄らなければ決して手に入る事のない幸せだ!」

 

 十分な消毒がようやく終わり、再び作業に戻る。

 一つ一つが迅速な行動だ。

 遅れを取り戻すには十分な手際。

 

「あんたも試してみろよ。たとえ後の人生が明るかろうが暗かろうが、足掻いてみる事だけは出来るんじゃないか? 頑張って頑張って、後悔だけは残そうとしないのが一番だろ?」

 

 ――だから、俺に賭けてみてくれないか?

 

 失望だけはさせない。

 期待をするんだったら利子を付けて結果を送り返してやる。

 

 ライラックは静かに俯いた後、唐突に顔を上げて俺を見つめる。

 その目は暗い目ではなく、力強い眼つき。

 

「息子を…リートを…どうか…頼む……」

「…まかせろ、必ず助ける」

 

 改めて俺は裁縫針を手に取った。

 消毒し終えたそれは微かに熱を帯びている。

 そして、針を右室部位の裂傷部分に縫い進め縫合していく。

 

「肺動脈右室部位、ならびに心膜縫合完了…そして――」

 

 

「癒しの力よ、≪ファーストエイド≫!!」

 

 

 左手から第七音素が治癒力の促進としての力に変換された譜術が放たれ、リート少年の傷を塞いでいく。

 その間、右手を上手く使って縫合した絹糸を抜糸しながらと案外器用な作業も忘れずに。

 これで感染症と化膿の危険性は減る。

 

「次は閉腹し、ドレーンを挿入して陰圧落差を応用しての排液を終えたら再度ファーストエイドを行使する方法を取る」

 

 さて、仕上げだ。

 

「癒しの力よ、≪ファーストエイド≫!!」

 

 患部を塞ぎ、チューブを抜きとり、遂に最後の治癒譜術が発動した。

 

「手術(オペ)、完了…」

 

 命との闘いが終わった。

 使った布は計り知れず、周りには血に濡れた布が散乱。

 

「ふぅぅ…」

 

 今まで集中した分だけ終わった後にはどっと疲れが襲ってくる。

 楽が出来なかった分、付けられなかった手を地面にどっしりと置いていた。

 

「…終わったのか?」

「あぁ、この子はまだまだ生きられるよ。脈も安定しているし顔色も良好だ」

「本当に、助かったのか?」

「当たり前だ。傷は少々残るだろうが、成長の過程ですっかり消える程度のもんだ。アフターケアもばっちしって訳だな」

「ハ、ハハハ…良かった…良かった…良かった……」

 

 ライラックは壊れたテープのようにその言葉を呟いていた。

 だが、その顔は涙で頬を確かに濡らしていた。

 

「…………」

 

 予想外のハプニングにも関わらず、成功して本当に良かったな。

 大口叩いた分、やれなきゃ裏切りになる訳だしな。

 ま、良かったよ。

 本当に――。

 

「どこにいる! あの男はッ!?」

「こちらです市長!」

 

 ――これからが騒がしい事になりそうだな。

 

 この時、俺は忘れていた。

 己がこの街における最大の禁忌を犯していた事を…。

 

 そう、預言を破るという『呪い』を――。

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