深淵の異端者   作:Jastice

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第19話 ローションって昆布から作る事が出来るんだって

「うおッ! み、水、濡れる濡れる!」

「騒ぐな、セフィロトの力によって弾かれる。濡れはしない」

「…んな事言ったってこんな場所に出るとは初めっから知らなかったんだ。仕方ねぇだろうが」

 

 魔界にあるユリアシティと外殻大地を唯一繋ぐ道――ユリアロードを抜けた先には長らく暮らしてきた場所とは比べ物にならない瑞々しい樹林の景色。

 久しぶりの植物、妙に懐かしく感じてしまう。

 ユリアシティにある設立記念碑が建てられている部屋に唯一つ、魔界でも花を咲かせられるセレニアの花があるが、環境の問題上として弱々しく咲いている物でしかない。

 緑は癒しを人に与えてくれる、初めてその意味が分かった気がする。

 

「案内はここまでだ。ここを抜けて北西に向かえばダアト港にたどり着く」

「だが東へ行けばダアトだが、お前には相応しくない神聖な場だ。むやみやたらに近づく事はあまり勧められん」

「…別に俺はダアトには行かないさ。まぁ、こっちからもお断りだが?」

「――減らず口をッ!」

 

 …たく、ここまで盲信していると逆に哀れに思えてくるな。

 預言は十六年後には覆される未来が待っているというのに。

 それを知ってるのは今の所、俺とローレライだけだが。

 

 さてと…食料やテントに薬品、それに今日まで捨てられずに保管していた壊れた狙撃譜銃が一挺。

 ユリアシティでの買い物――ぼったくりも良い所だったな、食料も中々分けてくれなかったし。

 あいつら、俺を追い出す以前にも低賃金で馬車馬の如く働かせた癖に…。

 誰のおかげで飲み水の確保が楽に出来たと思ってやがる、ったく…。

 積んできた徳を全て台無しにした俺がそこまでどうこう言えるもんじゃないけどな。

 

 爽快さに満ち溢れるアラミス湧水洞。

 その実、魔物の巣窟。

 ここから先は警戒して進まないと危険だ。

 

 ――やれやれ、あの爺共。少なからず俺をあわよくばここで果てさせようって魂胆で何も知らせず送り出したな。

 

「だけどこれでもユリアシティでのんびりと暮らしてきた訳じゃないんだよな」

 

 この数ヶ月、暇な時にはヴァン相手に徒手格闘試合をしていたり、時折ユリアの子孫に馴れ馴れしいと見当違いな理由で突っかかってきた街の連中を『徹底的』に技の編纂目的でぶちのめしたりと、ある意味楽しい日々を送ってきた。

 お陰で上級譜術を2、3回ぐらいは扱えるようにもなれた。

 使うとすぐにバテるので、いざという切り札にしている。

 

「それじゃあ行くとしますか」

 

 俺は一歩を踏み出した。

 人の手が加えられていない洞窟には入り口となる穴があちこちと存在している。

 ここを抜けるには必然と正解に導く正しい道順に進まなければいけない。

 だが地理を知らない俺には全てが手探りからだ。

 

「お邪魔するぞ、と」

 

 青みを帯びた岩壁を伝うように中へと進む。

 洞窟の中には山脈の地質から濾し出た濾過水が溢れんばかりに流れている。

 

「ほぉー、水か。こんなに透明な物なんてめったに見ないな」

 

 堅苦しかった心が落ち着いていく。心的治癒を促す程にそれほどまで流麗な山の産物。

 水の『匂い』がここまで香しいだなんて初めて知った。

 

 こんなにも気分が良いと、ついつい前世で有名なH.Mさんの『川の流れ』をテーマとした歌を口ずさんでしまいそうだ。

 俺はもはや遠足気分で歌いながら洞窟を軽快な足取りでどんどん進んでいく。

 だが、そんな時だった。

 足元に“グニュッ!”と嫌な感触が伝わってきた。

 そう、何やら柔らかそうで生温かい…。

 

「あ、なんだ? 何か踏んだ――」

 

 そいつは高速に足元から這い上がる。

 基本的に水色な軟体を持つ生物?のそれはスライムに似ている。

 だが唯のスライムではない。刺激に反応したかのように図体を盛り上がらせるや、上半身だけの乙女と形容する姿を現した。

 造形は確かに乙女だが、目や口といった部位はついておらず、飽くまで形作っている。

 

「…なんだこいつ?」

 

 見るからに面白そうな生物。

 だが俺は魔物というカテゴリーにおける認識を甘く見ていた。

 触り心地が良さそうなスライムを興味深そうに眺めていたが、ふいに髪に当たる部分を大雑把に振り回し始めた。

 何をする気だ? と見ていると…脚に鋭い痛みが奔った。

 

「痛ッ!?」

 

 スライムから伸ばされた髪は鞭の役割を果たしたのか、俺の脚に裂傷を作り上げた。

 

「――ってめぇこんのッ!」

 

 あからさまな挑発。地面に這い蹲るような姿をしているスライムに俺は容赦なくストンプを喰らわせた。

 苦しそうなのか、スライムは固定されたままもがき続ける。

 二度目のストンプを喰らわせようかと足を上げた瞬間、スライムは狙ったかのように身体を触手状に伸ばして俺に直打を…。

 

 

 

 ――触手を相手の『玉』にシュゥゥゥーッ!! 超! エキサイティン!

 

 

 

「あひいぃぃぃ――――ッ!!!!!」

 

 この世の言葉とは思えない叫び声が洞窟に響き渡った。

 俺は股間を押さえてその場に蹲る。

 

 い、痛ぇ…こいつはひでぇッ!

 

 男に対してやってはならぬ事をこの乙女型スライム擬き――ウォータスピリッツは仕出かした。

 だが彼の者による攻撃は自重しない。

 弱った敵を好機と見たのか、身体全体を使って俺に巻き付いてきた。

 

「おいこら止めろ! 俺に触手プレイは興味ねえ!」

 

 前世の友達だった女性麻酔科医が好む言葉を選ぶならこう表すだろう。

 

 

 ――やめて! 私に乱暴する気でしょう? エロ同人みたいに!

 

 

 生憎、野郎がそんな事言っても単に気持ち悪いだけである。

 俺はすぐさま腰に差していたナイフを抜いてウォータスピリッツを切り剥がし、体液が付くのも構わず鷲掴みにして全力で投球した。

 遠くの溜まり水に着水して水柱が上がる。

 

 しかし、俺の困難はまだまだ終わらない。

 洞窟は音における反響が凄まじい。

 音というアドバンテージに秀でる存在には格好の獲物探しに役立つ要素だ。

 先ほどの絶叫を聞きつけたのか、今度は蝙蝠型の魔物――ウォーターバット達が大量に飛んできたのだ。

 蝙蝠というのは小さい身でありながら、超音波を自ら発してそれの反射の仕方を感じ取って位置を認識する夜行性でその実大変賢い生物である。

 たちまち引き寄せられてくる。唯の蝙蝠ではなく、魔物という事が楽観視出来ない理由として挙げられる。

 俺に群がってきたウォーターバット達は数の暴力に物を言わすようにして俺を弄んでいった。

 

「てんめぇこっち来んなぁッ! ぎゃー首噛むな! 群がるなぁッ!!」

 

 集団攻撃と言う名の『レ●プ』にさすがの俺も堪らない。

 俺は害虫や害獣の類は好きじゃねえんだ。

 正直、精神的にかなりきつい。

 

「こん…のぉッ! 我に仇なす者よ、その身に聖印を刻め、≪エクレールラルム≫!!」

 

 群がるウォーターバット達を相手に意地でも精神を保ちつつ、どうにか完成させた譜術を放つ。

 眩い十字の刻印が地面に浮かび上がり、光の波動が敵を呑みこんでいく。

 この譜術は光属性だ。元々眼の弱い蝙蝠には感覚を麻痺させる効果が見込まれる。

 その目録どおり、魔物達は次第に俺から離れていく。

 

「なんつー所だここは! とにかく早くここから出よう。長居は却って危険だ」

 

 このままではあの爺共の思惑通りにされてしまう。

 それは何としてでも阻止したい。

 俺は考える事は後にしてとりあえず進むのであった。

 

 だが嘗めていた。

 

 

 

「蟹怖い…半漁人キモい…蝙蝠ウザい…ぶつぶつ……」

 

 その後は災難としか言いようがなかった。

 

 大きな蟹の魔物――アイアンクラブにいきなり上から襲われるわ――。

 

 半魚人っぽい魔物――ウオントに鎌振り回しながら追いかけ回されるわ――。

 

 尾びれの付いた恐竜――コリュンテイスに突進され、高い所から突き落とされるわ――。

 

 特に最後のは完璧死ぬかと思った。下が水で本当に助かった。

 はっきし言って、鬱になるくらい悲惨な目に会っていた。

 それでも挫けそうな心に鞭打ったおかげでアラミス湧水洞を抜ける事には成功していた。

 

 あぁ、きっと今の俺…見事なorzを作ってるんだろうなぁ…。

 感情が色で表せるなら、黒い瘴気がとしてふつふつと全身から湧き上がってそうだよ。

 

「…今日はもう暗いな。ここで野宿しかないか」

 

 時間をかけたつもりはなかった。

 ふと周りを見てみると、日が落ちる寸前だ。

 出発が午後だった。道中に時間を掛け過ぎるというアクシデントのおかげで夕暮れになっている。

 

 そんな訳で背中のリュックから折りたたまれたテントを取りだす。

 骨組みを立て、杭を打ち込み、形を整えるといった旧来の風避け程度の物ではあるが、無いよりはマシ。

 手際良く立て終えた後は周りに落ちている枝を集めに向かった。

 これは薪の代わりに使えるので、多く集めるに越した事はない。

 火は魔物も恐れる。

 これがあれば向こうは警戒して近づく事は殆どなくなるだろう。

 

 そうして就寝への準備は整っていった。

 

「…静かなものだ」

 

 火の傍に寄り添いながらポツリと独り言を漏らした。

 虫の鳴音を聞く事も無く、ついさっきまで幾度も耳にしていた水の流れもない。

 この場で聞こえる物といえば、時々吹いてくる風の音ぐらいだ。

 

「ダアト港へついたら…そうだな、フェレス島行きの船に乗ろう。母さんと父さん、ノワール達やシェリィーおばさん…それに――」

 

 闇を照らす譜灯(ランプ)の光を浴びつつ、俺はこれからやるべき事を整理する。

 とりあえず両親には真っ先に謝ろう。

 それとあいつ等とまたふざけ合ったり、あの人と言い合ったり…。

 やりたい事がたくさんあるんだ。

 自分にとって帰るべき場所はあのフェレス島。

 

 家族や友達、皆がいるあの島なんだ。

 

「…もう寝るか」

 

 横にあった譜灯を消して力を抜いて横になる。

 大事なのは休む事。焦ってはいけない。

 時間は沢山あるのだから…。

 

「…おやすみ」

 

 自分に向けての挨拶ではあったが、見えない『誰か』に伝えるように言った。

 

 俺は眠りにつく。

 親しい者達との再会を胸に秘め、今は静かに眠る。

 

 

 ――後に、残酷な事実を知る事になろうとも。

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