深淵の異端者   作:Jastice

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第20話 津波を絶対に嘗めないでください、約束ですよ?

 港という場所に集まるのは主に漁師か定期船で観光目的に立ち寄る者が占めているが、ここダアト港に集まるのはダアトから赴いている敬虔なるローレライ教団の信徒、神託の盾(オラクル)騎士団員、もしくは参拝者が多く挙げられる。

 故にローレライ教団の正装を着ている者が闊歩している様におかしさは存在しない。

 長らく、ダアト唯一の港であるこの場所では来る者拒まず、行き先キムラスカ、マルクトどちらも許可が下りる体制が保たれていた。

 預言におけるwin-win関係を公平にするべく、基本的に中立国家であるダアトでは二国側からの小競り合いに関しては預言関連を除いては不干渉な部分が多いらしく、政治介入に寛容である以上、割と自由な活動を可能にしていた。

 逆もまたしかり、献金における優位を通じて二国からの来国者の受け入れも特別な許可は必要としないのだ。

 

「なかなか、しんどい…」

 

 アラミス湧水洞から去った後にも続いた旅路においても、俺は魔物の襲撃によって心身共に疲れ果てており、いささか足取りが重い。

 とりあえず適当な店で休憩を取る事を優先した。

 近場としては目に入った酒場。

 

「酒は飲まないが、とにかく入るか。ここでの情報も知りたいしな」

 

 まずは数ヶ月離れたここ外殻大地では何が起きたかを直に知りたい。

 今のところ知っているのは、ホド戦争は導師エベノスの仲裁により停戦したそうだ。

 よってキムラスカとマルクトの関係は一時停戦状態という事である。

 政治に関してはあまり関心がない俺でも探らなければいけない事が沢山ある。

 

「いらっしゃい、ご注文は?」

「すぐに発つから簡単な物をたのむ」

 

 酒場に来た以上、注文しない訳にもいかないので建前として…。

 俺は今年18歳だが、心は60超えてますよ?

 ビールがあったらぐいっていきたいねぇ。

 

 まぁ、オールドラントでは年齢による酒の規制とかは正確に定められていないらしいが。

 

「おい聞いたか、ローテルロー橋の戦いであの死霊使い(ネクロマンサー)が出陣したらしいぜ?」

「あ、あの戦場の骸を漁り、死者の復活研究をしていると言われる!?」

「すごかったらしいぜ…マルクトが一時あのキムラスカの英雄として名高いスティール将軍の攻撃を受けて壊滅状態に追い詰められたんだけどよ? 死霊使いが使った強力な譜術たった一発で戦況をすぐさまひっくり返されちまったらしいぞ」

「一発って…どんだけすさまじい譜術なんだよ」

「そのおかげでスティール将軍は眼を焼き付けられちまってな。二度と軍人として出陣できないようにされちまったんだぜ?」

「おんやまぁ、かの英雄様も眼をやられちゃあ形無しって訳か」

 

 死霊使い――。

 

 なんとも物騒な二つ名だ。

 骸を漁るってのは前世の医学生時代に解剖を似たような意味合いで俺もやっているが、死者の復活まではさすがにやれんわな。

 人は必ず死ぬ――それが遅かれ早かれ。

 ゾンビもどきでも作って何かしたかったのかねぇ…。

 

「マルクトも自国の領地が滅んだってのに、それを口実に戦争引き延ばすなんざ正直無謀だよな」

「あぁホドか。皇帝が言うにはあそこに建てられていた譜業兵器関連の研究所、キムラスカによって投下された大型譜業爆弾が譜業兵器と連動して大規模な爆発を引き起こした結果、島ごと文字通り消えてなくなったっていう――」

「土の一粒さえも残ってないらしいぜ?」

「うっへー恐ろしいな」

 

 …皇帝め、やはり事実隠蔽をしてきたな。

 本当はフォミクリー関連における資料の流出を恐れ、超振動の実験を兼ねて闇に葬り去ろうとしたが、それが失敗に終わるという自業自得で自国の領地を滅ぼしてしまったというのに。

 証人(ヴァン)がキッチリ研究者の口から聞いているぞ。

 自から出た錆をそこまで隠したいというのか。

 

 ――まったく苛々する。

 

「そういや知ってっか? ホドの消滅の影響で起きた津波によって近くの諸島までもが沈没したってぇ話だ」

「でっかい津波だったよな。遠く離れたダアト港が冠水になるくらいひでぇもんだった」

「それで、えーと何だっけ? その諸島の名前」

「なんだ知らないのか。えっとたしか…」

 

 

 

「フェレス島っていう所だったぞ?」

 

 

 

 

 ――何だって……?

 

 

 

 

「今じゃあホドへ送る筈だった物資を入れた木箱や住宅の一部が海の上で漂ってるくらいにしか残ってないってよ」

「フェレス島ってあんま話聞かないけど…結構人いたんじゃねぇのか?」

「そうだなぁ…商業での交流が割と盛んに行っていたって聞いてるから結構いたんじゃないか?」

「ふーん」

 

 

 

 ――フェレス島が…沈没…した……?

 

 

 

 ――そんな訳が…。

 

 

 

 ――そんな訳があるかッ!!!

 

 

 

「…おい、そんなデマ、誰が流した」

「ん? 何だあんちゃん知らねえのか? マルクトからも正式に通告が出てる話だぞ」

「デマじゃなくて正真正銘事実だ。割と有名な話なんだがなぁ…」

 

 

 ――嘘だ。

 

 

「フェレス島からの難民も多くて路頭に迷う奴が多いって話だ」

「グランコクマでも急な避難民によって物価の暴騰が起こったって話もつい最近聞いてるぞ?」

 

 

 

 ――嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ――――ッ!!!!!

 

 

 

「…もしかしてあんちゃん、フェレス島の――」

「え、マジかッ!?」

 

 俺は気付けば男の片割れに掴みかかっていた。

 

「うぐッ!?」

「…な、なぁ、冗談だと言って、くれよ。お、俺の事、か、からかって…いるんじゃ…ねえ…よ……」

「お、落ちつけよ。おい!?」

 

 諌めようとしたもう一人の言葉を冷静に受け取れない。

 感情のまま、今度はその男に掴みかかった。

 

「嘘だ! お、俺は信じねえぞ! フェレスが、沈む筈がないんだ! あそこは、あそこは、ぁ、ぁぁ…嘘だあぁぁぁ――――ッ!!!!!」

 

「ぐがぁッ!?」

「だから落ち付いてくれ! すごい力だなおい!?」

 

 俺は真偽を問い質すべく、乱暴に振り回した。

 だが、望んでいた答えが得られず、行動はさらに過激になっていく。

 壁に強引に押し付け、まるで無理矢理にでも自分の満足する答えを口に出させようと暴行を加え始めていた。

 

 ――大切な物を奪われた。

 

 その後、騒ぎを起こしたためか、俺は酒場から追い出された。

 

 

 

 浮浪者のように建物の壁に寄り座っていた。

 その姿は端から見れば、生きる気力を失った死人のようだ。

 眼に光は無く、孤独という名の鎖を幾重にも巻き付けられた人形。

 今の俺はそう言い表せた。

 

「まぁた、とりのこされた…」

 

 嘗て最後にたどり着いた地にて、人を殺めた事で唯一人だけ絶望に捕えられた過去が忍び寄る。

 

「あは、ははは…これが、こんなのがあたりまえなのかよ、このせかいって……」

 

 俺の目標は唯の借り物――ローレライの契約によって与えられた使命。

 かくいう俺も偽りの存在。

 フェレス島で暮らす日々が俺のオールドラントで生きているという事を証明できる物だった。

 

「けっきょく、おれってなんだよ?」

 

 存在してもいい『存在』なんだろうか?

 この手も、足も、髪も、血肉も――。

 全ては本物の『ハイル・シュヴェール』に与えられるべく用意されていた肉体。

俺はそれをいつの間にか元々自分の物だと塗り替えるように考えていたからか?

 

「これはそのことをわすれたおまえからの『ばつ』なのか…ローレライ……」

 

 

 ――罪って…赦される物なんですか?

 

 

 ヴァン、その答えを探すのはお前だけではないのかもしれない。

 だったら、他人事みたいにしていて悪かったよ。

 お前の苦しみを分かち合うべきだった。

 俺は、最低だ。

 結局、あの時の俺はどこまでいっても『他人事』でしかなかったんだな。

 すまない、本当に…すまない……。

 

 ふと、物思いに深けていると誰かがこちらに近づいて来る。

 俺は足音に気付き、ふと顔を上げた。

 足跡の主はダアト港にて定期船の案内役を務める船員であった。

 

「あのーどちらの船便をお待ちですか?」

「…え?」

「いえ、ずっと港口の前で待つようにしてましたからそうなのかと…違いましたか?」

「あ…えっと……」

 

 フェレス島は、俺の故郷はもはやどこにもない。

 だったら、行き先なんかどうでもいい。

 

「…今、何処行きが残ってるんですか?」

「あ、はい。今から出港する船は――ケテルブルク行となっております」

「…じゃあ、そこでお願いします」

「では、切符をあちらで」

 

 俺はふらついた足取りで切符売り場へと向かう。

 この先がどうだか、それからどうするだか何も考えず…。

 失意の中、俺を乗せた定期船は帆を立て、譜業動力を回して推進力を上げていく。

 

 

 今、ダアト港から出港する。

 消えた景色の住人――道無き道を進んでいく。

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