「貴方様は次期皇帝になられるお方。預言に詠まれている道筋は必ずや貴方様を栄華へと導き出すでしょう。ご安心なされよ、この茶番劇もいずれ終わりを迎える筈です」
多くの人間からずっと向けられてきた気味の悪い笑顔。
こいつのせいで俺はガキの頃から心休まる時間なんて殆どなかった。
親父がマルクトの皇帝だという事実、下級の子爵令嬢がお情けで側室として娶られた母親――それが俺の起源(ルーツ)だ。
俺には異母兄が二人、異母姉が一人いる。
何の後ろ盾もない俺の母親と違い、彼らの生まれはマルクト貴族として名高い名家の血筋だ。
マルクトにおいて血の濃さは尊ばれる存在。
よって、俺という存在は他の兄姉にとって『余分』な血族だと見られていた。
元々身体が強くなかった母親は日々向けられる悪意によって次第に体調を崩していき、遂には病に倒れそのまま亡くなった。
その後のグランコクマでの暮らしは俺にとってまさに生き地獄だった。
あの後宮で生きるには当時の俺は若すぎた。
そんな時だった。例の預言を聞いたのは…。
幼子だった俺には内容を真に理解していなかったが、この地獄から抜け出せる手がかりを手に入れられると聞こえたらしく、滅多に俺の前へと姿を現さなかった親父が俺の誕生日に気まぐれで招いた預言士へと感謝の念を何度も送ったくらいだ。
この日を切っ掛けに俺への対応が一気に変わった。
だけど俺の心は晴れなかった。
そりゃそうだ、単に『生ごみ』扱いが『腫れ物』扱いに変わっただけだからだ。
真摯に接してくれる人間なんて俺にはいなかった。
誰もが俺の後ろにいる皇帝を恐れて仮面で接する。
俺の中では何の解決にも至っちゃくれなかった。
そして、最後に親父と顔を合わせた日。
会話はたったの数分、概要はこうだ。
「ND2014の来る日までお前の身を案じてケテルブルクにて我が一族の所有する屋敷で暮らさせる事が決まった。有無は言わせない」
早い話が軟禁の命令。
俺が十歳の出来事だった。
ケテルブルクでの暮らしはあの禍根渦巻く後宮での暮らしとは比べものにならないくらいに静かな物だった。
異母兄姉達には俺が居を移された理由が皇帝の目障りになったからと伝えられていたそうだが、正直そんな事どうでもよかった。
牢屋という名の屋敷で暮らし続けて早一年。
次に俺を苦しめたのは『退屈』という二文字。
偶に窓から眺められる同世代の子供達が楽しく遊んでいる光景を見ていて羨ましくて堪らなかった。
同時に自分の運命を呪った。
普通と違うのがこんなにも苦しいのか、という事実に当時は相当参っていた。
けど、くくく…あいつ等と出逢ったのもこうして不貞腐れていた日だったっけな。
ある日、屋敷の外で何やら騒ぎが起きた。
何でも子供が鉄格子を乗り越えて侵入してきたとの話だった。
なんつー無茶をする奴だと呆れかえっていたが、逆にそいつの面を見てみたいと使用人に願ったが、当初から俺の自由は束縛されていたからすぐさま却下され、部屋に一歩も出ないようにと見張り付きで戻されたっけな。
でも『あいつ』は屋敷の誇る警備を難なく掻い潜り、俺の部屋へと直接侵入してきたんだ。
あいつ――ジェイド・バルフォアに初めて会った時、「何しに来たんだ?」って聞いてみたんだ。
すると帰ってきた答えってのがな…。
「別に、くだらない噂話が塾で広がっていたから直接確かめに来ただけだ。でも噂が本当だったのが僕でさえ驚いているくらいだ」
無表情な癖してどこが驚いているんだ! って逆にツッコんじまったよ。
おまけに確認が終わったから「それじゃあ僕はこれで帰るから」と普通に屋敷から抜け出そうとするのを思わず止めちまったんだよな。
仮にもお前、侵入者なのに…。
「知りたいから調べてみた」って理論が俺の屋敷へ侵入する口実として普通に通じるなんて思うようなこいつに興味が湧いてきた。
だから番兵に付き出さないのを盾に、譜術が得意だと教えたジェイドにはある事を頼んだ。
――町と屋敷を結ぶ抜け穴作ってくれんなら黙っておいてやる。
正直、ジェイドの困り顔を見てやるつもりで気まぐれに発した提案。
恐ろしい事にあいつはたった二週間で物の見事に作り上げやがった。
そん時にサフィールとも知り合ったんだよなぁ。
実はジェイドと初めて会った日に屋敷で捕まった侵入者ってのがサフィールの事だった。
それにはひでぇ話があってな、あいつ…ジェイドが俺の屋敷に侵入する際の囮として騙された形で利用されてたんだぜ?
「友達をそういう扱いするか普通!?」とジェイドに聞いて返ってきたのが「あいつは唯の鼻垂れだ、どうでもいい」と一蹴しやがった。
流石の俺もこれには苦笑いだったぜ。
抜け穴が出来て以降、俺とジェイドとサフィールの三人で色んな馬鹿をやったもんだ。
偶々読んだ冒険録を真似して夜のケテルブルクの海へと手作りボートで出港して遭難しかけたり――。
ロニール雪山を頂上から一気にスキーで滑ろうとして雪崩に呑み込まれかけたり――。
トナカイの角を手に入れようとして奴らの群れに襲われて逃げ回ったり――。
…まぁ、刺激的な時間が多かったよ。
だけど一番楽しかったのはジェイド達が通うネビリム先生が経営していた私塾に行く事だったな。
早い段階でネビリム先生には俺の正体がバレちまったが、あの人は俺の事を知っても一生徒として接してくれた。
俺が大人で初めて心を許せた人でもあったな。
だけどネビリム先生はもういない…。
後にジェイドが素養のない第七音素を扱った末での暴走だと本人から告白を聞くことになるが、突然の私塾での火災が先生を…俺達の思い出を燃やし尽くしてしまった。
火災が起きた同時刻、珍しくも屋敷で過ごしていた俺にはそれが唯情報として耳に入るだけだった。
ネビリム先生が死んでからジェイドとサフィールは変わった。
ジェイドは特に酷い。家族に何の説明も無しにマルクト軍家の名門であるカーティス家へと養子縁組を結んでいたくらいだ。
何でも、譜術の才能を見出されたからとかで、その繋がりからグランコクマの帝国譜術・譜業研究院へと配属を取り付けたかったから渡りに船だと言っていた。
遂にはグランコクマの士官学校へと入学を決める始末だった。
サフィールもそんなジェイドに着いていくかのように同じ道を選んでいった。
いや、何かに取り憑かれたようにフォミクリーって研究に取り組むようになっていった。
確実に変貌していく兆しを見せていた二人。
ジェイドの妹――ネフリーはそんな二人の事を只管心配していたな。
故郷を離れて連絡も寄越さないあいつらの無事を祈るその姿に俺はその…保護欲というか、まるで妹を見る様な目で見守るようになっていった。
え、俺のブウサギがネフリーって名前なのは何でかだって?
決まっているだろ、俺の『趣味』だからだ!
…話を戻すか。
俺も疎遠になっていたジェイドとサフィールとは何度も連絡を取ろうとした。
だけど向こう側があえて無視しているのか、何も返事を寄越さない日がいつまでも続いた。
あいつらの不穏な噂が耳に入る度、俺とネフリーの不安は徐々に募っていった。
自分の兄貴が『死霊使い(ネクロマンサー)』だなんて呼ばれていて、しかも死者を復活させようとしているだなんて話を耳に入れる度、ネフリーの表情は曇っていった。
だからこそ、余計にムカついた。
俺は意を決して一度ケテルブルクから抜け出し、グランコクマへと直接ジェイドとサフィールの様子を見に行った。
一発ぶん殴るつもりの意気込みで向かってたっけな。
だけど俺の方が逆に耳を疑う事になった。
久しぶりに会ったジェイドから一連における行動理念を聞かされる事によって…。
――ネビリム先生の復活。
全て知ったよ、私塾での真実も、フォミクリーを研究する理由も。
それを踏まえて俺はジェイドを批判した。
――人は死んだら終わりだ、死人は決して蘇らない!
何度も説得を試みた。
だけどあいつの心は微動だにしなかった。むしろ俺の言葉なんぞ鬱陶しいと言わんばかりの表情を向けられた。
この時、一度俺達の間では深い溝が生まれたと言って良かった。
ケテルブルクから戻ってから俺は肝心な所を抜いてネフリーにジェイドの無事を知らせてやった。
すると「兄は無事なのね?」って…嬉し涙を流した。
言えなかった、あいつの本当の姿を俺は聞かせられる筈がなかった。
俺にとって大事な存在を態々傷付けるなんてとても出来やしない。
漫然と過ぎていく年月。
ホド戦争でのジェイドにおける活躍を聞く度、俺は自分の無力さに打ちひしがれた。
ダチが間違った方向へと進んでいる。
それを知っていながら止める事が出来ない。
軟禁の身にはこのジレンマは流石に応えた。
戦争が終わってから数ヶ月に一度帰って来るジェイドと何とか話し合いの機会を作っても、碌な成果を上げる事は出来ない。
だけど俺は諦めやしなかった。
ダチとしてやれる事をしよう――それも考えとしてあったが、恋人となったネフリーのためにジェイドには目を覚まして欲しいという気持ちもあったのは事実。
元々諦めが悪い方だったが、こいつをこんな事で生涯を終わらせるには『惜しい』と考えてもいた。
だが、もしもネフリーとの仲が発展して良い関係になってあいつに「義兄さん」と呼ばれる日が来るのは正直、まだ勘弁願いたいがな!
俺はやるべき事をしていく――その筈だった。
同じ頃、グランコクマでは容体の思わしくない親父を切っ掛けに王宮全体を巻き込んだ後継者争いが勃発しているとは、軟禁状態の俺には知る由もなかった。
初めてこの事実を知ったのはある日、長年屋敷に仕えていた侍従から毒を盛られかけたのが切っ掛けだった。
どうやら奴さん達、小石程度の存在でも邪魔になる存在は徹底的に踏み潰す姿勢を貫くつもりらしい。
命を狙われる日が月に何度かやって来るようになった。
「おいおい、俺とのデートはいっぺんでやるのはお断りだぜ?」
面白そうな奴と別れた後、知らず人気の付かない場所へと追いやられた先に待っていたのは黒い外套を来た男達。
手には命を刈り取る獲物をちらつかせて歓迎ムード真っ盛りだ。
「…今度は兄貴か? それとも元老院の誰かか? よかったら依頼主はどいつか教えてくんね?」
「…………」
「なーんて…答える訳ねぇよな……」
おどけている口調の俺に対して暗殺者達は相変わらず沈黙を保っていた。
余計な事を喋るような口は持ち合わせてないという訳か。
「――ったくあの糞親父め。預言がどうとかで人の将来勝手に決め付けやがって…」
俺は原因である顔も碌に覚えていない親父に対して愚痴を零した。
「ま、今そんな事をぐちぐちとしていちゃ仕様もないが…」
その間、暗殺者達はそれぞれの武器を構え出した。
「おいお前ら、この俺の命が欲しけりゃ甘く見ない事だぜ。でないと…痛い目に会うぜ? あ、これ一度言ってみたかったんだよなー」
俺も護身として構えを取り始める。
睨み合う中、しばらくの静寂が訪れる。
雪が降り続け、視界が悪くなりつつも敵をしっかりと捉える。
足を擦る音が次第に聞こえ、緊張感は最高に達する。
瞬間、遂に動きを見せた。
最初に動いた方は暗殺者達。
まず二人組が左右から素早く駆け寄り、相互にナイフを突き立てようとした。
狙われているのは肺か心臓。
「はぁッ!」
即座に俺は回し蹴りを仕掛け、二人共々腕を蹴り払った。
鈍い音を立ててナイフが雪の大地に滑り落ちると同時に二人は腕を抑えていた
かなりの痛手を貰ったようだ。
「舐めんなよ、これでも自分の身を守るくらいの嗜みは一応付けているってもんよ!」
「ちッ…」
暗殺者達から初めて聞かされた声は何と舌打ち。
「さぁ、どんどん来やがれ!」
今度は剣を携えた一人が出てくる。
ナイフとは違い、リーチが長い剣では素手で立ち向かうのは至難の技だろう。
見る限り、相手は剣を前に出して構える形だ。
相手の急所を一撃で潰す刺突を目的とした代物。
突進力を使って放つその一撃は並大抵の防御では防ぎ切れるものじゃない。
「来るかッ!?」
ならばと俺は距離を大きく取って避ける方を選んだ。
致命傷となる威力を放つ一撃でも当たらなければどうって事ない。
バックステップを繰り返し下がる。
だが俺は暗殺者の執念というのを嘗めていた。
身動きが突如として封じられる。
「…………ッ!?」
原因は最初に倒した二人組が俺の背後から組み付いて来たからだった。
一人は足を、もう一人は腰に腕を巻き付けて俺の行動をほぼ完全に停止させていた。
「くっ、こんのッ! 放しやがれ!!」
腰に巻きつく方に打撃を喰らわせて何とか拘束から逃れようとする。
だが足をうまく動かせないせいで踏ん張りが利かず、拳に力を込められず決定打に欠けた打撃しか出せないでいた。
逃げられぬまま暗殺者の剣は俺へと吸い込まれるように向かってくる。
「や、べ…」
この時ばかりは俺もここまでかと死を覚悟した。
もし俺が死んだらあいつら、悲しんでくれるだろうか?
俺は最後までどうでも良い思考を浮かばせていた。
「ネフリーシュートッ!!」
「プギイィィィ――――ッ!!!」
「ごばあッ!?」
俺に剣をあと一歩で突き刺す筈だった暗殺者は聞き覚えのある叫び声と共に飛んできた物体によって顔を叩きつけられ、大きくバランスを崩した。
飛んできた物体の正体はどうやらブウサ…ギ……?
――ブウサギ、だと…?
「ネ、ネ、ネ…」
「ネフリイィィィ――――ッ!!?」
「がッ!」
「ぎゃあッ!」
俺の愛しの大事な大事な(数度復唱)ブウサギ――ネフリーになんつー扱いしやがるんだ!
俺は感情のまま、障害となる男達を吹き飛ばし、すぐさま眼を回して気絶しているネフリーを思いっきし抱きしめ、慌てながら無事を確認した。
「おーあれが火事場の馬鹿力ならぬ…雪場の馬鹿力」
おい、ちょっと話がアルンダガ…イッペンコッチコイヤ?
「何してやがんだてめぇぇぇッ!!!」
この後、見事に返り討ちになるとは知らぬまま、俺は『奴』へと飛びかかるのであった。