「お待たせしました。こちらの馬車へとご搭乗なさってください」
「…分かった」
召喚状に応じやって来たグランコクマ港。
船から降りた途端、整列するマルクト兵達が出迎えの礼を取る。
――どうしたもんかな…。
まさか皇帝に呼ばれるとは…。
一応、ピオニーの父親なんだよなぁ。
世論では圧政を布く好戦主義的な暴君とまで呼ばれているらしいな。
間違いじゃないな。そうでなければホドを『あんな風』に態々するような人間とは到底思えない。
マルクトではキムラスカとの交戦が慢性的に奮起している。
十中八九、戦争に関する事柄での召喚だろう。
あの皇帝が少なくとも俺のような存在を正規の理由で呼び出す筈がない。
最悪な想定を考慮して赴かねばならない。
クロード印の特殊性能を持つ二重構造ケース――中は開ければ一見手術道具、だが特殊な開け方を裏面ですると隠された狙撃譜銃のパーツが取り出せる。
アクセサリーとして誤魔化せるワイヤーガン。
懐から移動し、同じくケースに入れた麻酔銃。
非殺傷の武器は二つ。狙撃譜銃はここぞの時のみに使うと決めよう。
「…念のためにシュウ先生とかにも話を付けておいて良かったかもな」
もし俺に何かあったら俺に関する物は一切痕跡を消していいと保険をかけておいた。
クロードやゼノンといった他の協力者からにも力を添えてもらえるだろう。
だから、シュウ先生には今すぐ第一音機関研究所の診察医における話を受けてもらうようにと説得した。
下手するとあの診療所は…いや、悪い事を多く考えるのはあまり良くない。止めておこう。
馬車は車輪を回す。
目指すはグランコクマ宮殿
そこに皇帝が…カール五世が待っている。
「それにしても、水の都とはよく言った物だ」
グランコクマは第四音素の加護を大いに受けている土地だと伝えられている。
これに比例して街中には水路が布かれ、宮殿の裏側には滝が見える程の水源が伝承を本物だと裏付ける。
ここまで来るのに一度ケセドニアを経由した事もあってか、水で満ちたこの場所は酷く新鮮に感じられた。
――そろそろ到着する頃だろうな。
予測は当たった。この数秒後に馬車は緩やかに停止した。
「シュヴェール氏がご到着なられた! 丁重に御持て成ししろ!」
「はッ!」
御者が扉を開けて先に護衛として乗っていた兵士達が降り、まず安全確認をする。
これが終わってから俺は足場を用意されてようやく地面に足を下ろした。
「どうぞこちらへ」
「ありがとう」
召喚自体に警戒を持つのは確か――でも礼儀を欠くつもりはない。
一礼をして案内役となる兵士の後ろを歩いて行った。
「ほぉーこいつは凄い」
目の前に広がるのは巨大な宮殿。
宮殿といえばケテルブルグ宮殿を思い出すが、あれとは比較にもならない規模の大きさだ。
これ程までに見事な建築物は前世で出張した際に訪れた外国の歴史ある建造物を見る以来になる。
圧巻する存在感が俺の身体を見えない『何か』で押し返そうとする感覚が伝わって来る。
もしくは緊張というか――。
宮殿入り口へと近づくや、中から一人のメガネをかけた長身な男が現れた。
服装からして他のマルクト兵とは違った青い制服――考えるに将校クラス。
軍人がメガネをかけるとは珍しい物だと俺は少々疑問に感じた。
「グランコクマまでの足運び、ご苦労様です。失礼、私は今回宮殿への案内役を務めさせていただくジェイド・カーティスと申します。階級は少佐です」
「ジェイド・カーティス…もしや死霊使い(ネクロマンサー)殿でしょうか?」
「これはこれは、貴方様のような高名な方の耳にも入っておられるとは…私も少なからず有名になったものですね」
「いえ、少佐殿の身体における音素が影響する反応に関した研究は医師である私にも眼を見開くほどの価値がありました」
まさか、あの骸狩りが案内役として回されるとは…。
あいつの――ヴァンの因縁。そして【ルーク】の始まり。
ジェイド・カーティス――本名ジェイド・バルフォア。
この男に関する情報はピオニーからの手紙が粗方教えてくれた。
まぁ、機密となる部分は流石に教えてもらってないがな。
本人曰く「そんな事したら俺がやばい!」との言葉を頂いている。
ピオニー抜きにしても、この男の経歴は測どれない。
有名なのはわずか8歳で身体的改造を施す事によって譜力を強化する技術――『譜眼』を発案し、12歳でフォミクリー技術の基本理論を組み立てる。
その才能を見出された事により、軍人の名門カーティス家へ養子に入り、グランコクマの士官学校にはたった1年で卒業してからは軍人と研究者共に凄まじい功績を挙げ続ける。
まさにマルクトの最終兵器(リーサルウェポン)だな。
「私も仕事上、医師資格を持っておりましてね。貴方の書かれた論文は大変興味深く拝見させていただきました。」
「…カーティス少佐のような天才譜術博士に私のようなしがない医者の論文を読んでもらえるとは光栄です」
「ですが、最も興味を持ったのは貴方の行う治療方法です。今までに見たこともない方法で病人の病を治してこられたと聞き及んでおりますよ? その中には不治とさえ言われた病も治してしまわれたとか…」
「買い被りです」
そんな情報どこから仕入れてくるんだか…。
まぁ、他の医者がさじを投げた病気を治したってのは事実だがな。
「実を言いますと、前々から貴方の事は私の知人から知らされていましたよ。すごい奴だと」
「…まさか、その知人とは『フランツ』という男ですか?」
「――――ッ!? おや、偶然とは恐ろしい物ですねぇ」
「はい、私も『フランツ』さんからは少佐殿の事は手紙で色々と教えていただきました。変な意味でですが…」
「それはどういう――」
「子供の頃、オネショした時のシーツを譜術で乾かそうとして燃やしてしまったとか、士官時代にある教官からホの字の色眼鏡で見られてたとか――」
「も、もう結構です! それ以上は止めてください」
「…あれには流石の貴方も苦労してなさるんですね。手紙に人の恥部を丸ごと公開して俺に送ってた事がありましたよ? おそらく貴方に対する日頃からの仕返しでしょうね」
「あの…馬鹿が……」
「ん、何か?」
「いえ、なんでもありません♪」
「そ、そうですか…」
俺はこの時知らなかった。
カーティス少佐がすぐにでも有給を取ってあの幼馴染をシバキ倒しに故郷へ帰ろうと心の中に誓っているとは。
「……ッ!? …な、なんだ! この悪寒は!?」
「では、私の出来る案内はここまでです。どうぞ奥へ」
「感謝します。貴方とはいつか知識人として語らい合いたいものですね」
「えぇ、とっておきのワインを用意してお待ちしておりますよ」
ようやく謁見の間目前か。
いよいよだ、ここからが吉となるか凶となるか。全てはこの扉を通り次第。
重々しい扉が徐々に開かれていく。
――落ち付け、呑まれたらいけない。己の意思を貫き続けろ。
謁見の間へと参上した瞬間、夥しいマルクト兵が道を作るようにして並んでいるのが目に入った。
さすが皇帝といった所か。警備も幾重にも厳重にしてあるな。
国の代表者としての構えがありありと伝わって来る。
暗君か賢王かはまだ判断つかないけどな。
王座に座るは老年の男性。
腰まで伸ばした金髪からピオニーの父親だという面影が伺える。
だが歳によるためか、身体の衰えから来る痩身が頬骨からして目立っていた。
玉座へと続く六つ階段。その下方にて俺は膝を折って頭を垂れた。
「ハイル・シュヴェール、勅命により参上致しました」
「御苦労、面を上げるがよい」
一先ず謁見の礼を終え、顔を上げる許しを得る。
「よろしい。今回、余がそなたをグランコクマに招いたのはそなたの医学知識をとある研究に活用してもらうべく招いた。この研究は以前より着目していたフォミクリー技術の前責任者であるカーティス少佐の研究結果から不可能に等しいと判断され、諦めかけておったのだが…そんな時にそなたの噂を余は耳にしたのだ。なんでも、人間の身体を切り開いて臓器自体を修復して難病を治す医者が我がマルクトの民にいると――」
「研究、ですか?」
フォミクリーに着目した研究? マルクトは一体何を…。
「左様、その研究とは――不老不死」
「――――ッ!?」
…こりゃまた途方もない目標で。
「…発言の許可を頂いてもよろしいでしょうか?」
「良い、赦す」
「軍事における研究でしたら皇帝陛下の国政方針からして納得は出来ます。しかしながら不老不死…人として死と老いを超越するのは確かに夢がある話ですが、皇帝陛下のような賢明なお方が夢物語といえる物を目指すというのは滑稽洒脱と申しますか…」
「…………」
皇帝は沈黙を続けていたが、しばらくすると玉座から腰を上げた。
その姿は焦りを孕んだ独特の雰囲気が零れ出す。
「余は…40年にも渡りマルクトを治め続けてきた。その間に何度もの戦争があった。憎きキムラスカ共を負かし、時には負かされてきた」
六つ階段に沿うよう歩みを続ける。
「勝つためならば何でもやった。この国の先に起こる不安要素を取り除くべく、余は業突く張り共が侍るローレライ教団にさえ協力を求めた。だが足りぬのだよ…たとえ先を予知したとしても、この身は唯一つ不完全なまま。完全なる帝国の姿をこの瞳に収めるまで余は死を受け入れたくはない。その為には寿命という枷を失くした肉体が必要なのだ」
やりたい事がまだまだたくさんある。
なるほど、人間らしい願望だ。
だが――。
「陛下の御子息達は? 王位はいつか譲らねばならぬ物。ならば彼らの意義はどうなるのでしょうか?」
「皇帝は余一人で十分だ…己がどのように見られているのかも気付かず、無得に余の玉座を狙い勝手に争うような愚息共に王位など必要あらぬ」
それは預言でピオニーが皇帝になると決まっているからこその言葉か。
はたまた為政者としての判断から来る物か。
「シュヴェールよ! マルクトの民として…我がマルクトに忠を尽くせ。故にこの研究の総責任者にそなたを任命する。これは勅令とす」
――マルクトの民、ねぇ…。
「安心するが良い。研究には罪人の身体を使って人体実験するのも良し、足りない場合はすぐに補充の伝手を送るのも良し、研究費用も極力大目に見させてもらおう。ただし、成果が出ない場合はこちらとしても考えさせてもらう」
政治家、為政者、政(まつりごと)に携わる人間っていうのは――。
どこへ行ってもやっぱり虫唾が奔る!
「では、後日改め詳しい「お断りします」事…」
皇帝の傍にいた内務大臣が何かを喋ろうとしたが、その前に俺の言葉が通った。
「…今、何と申した?」
「失礼ながら陛下、私はそのような『くだらない』研究など断じて拒否させていただきます」
周りが騒めき出す。
それも仕方がない。王命に逆らうとは、つまり死を覚悟しろと言われるに等しい。
特にカール五世のような為政者に対してはかなりの悪手。
肯定の言葉以外はあり得ないのだ。
「そなたは余の命令に従えぬ。そう申すというのか?」
「元より勘違いしておられる。我々医者の仕事は人間を死ななくする身体へと作り変えるのではなく、人を治す事にこそ意味があるのです。――とは言いますが、私個人が陛下が仰るような欲望の為に態々貴重な時間を使いたくはありません」
「よ、欲望だと! 貴様、何と無礼な事を申す!」
他の側近がその言葉に反応し、俺に対して怒りを露わにする。
忠誠心だか得点稼ぎだか知らんが、止めるつもりはないからそのつもりで。
「欲望じゃないですか。何時までも皇帝でありたいと願うが故に不死身の身体を欲し、民の為と言いながら結局は己の保身のためにフォミクリーに手を出してレプリカ兵を創り出そうとする。これを欲望と云わず何と言うんですか?」
「…綺麗事のみでは国は回らん。時には犠牲を以て後世へと繋げるべく突き進む必要がある」
「その結論が戦争なんですね、多くの血を流しながら得た土地に価値を見出す者は有権者だけであって俺達みたいなのにはただ結果だけを伝えられる。何を残そうとしているんですか?」
「いい加減、都合の良い口実ばっか並べてないで地に足を付けた政治をしてみろ。政治家気取りの賭博中毒者(ギャンブラー)共が…」
この場の空気が凍った。
気にせず俺は続ける。
俺としてもいい加減、腹の虫が収まらない範疇を越えていた。
「永久の平和なんてこの先きっと訪れる事はないだろう。だけど何十年かの平和で豊かな過去はいくつも存在してきた。当時の世を動かしてきた人々は心の奥底で思っていた筈だ。次の世代となる子供達のために遺すとしたらやはり『平和』である事を。だけど少年から大人になった俺達はその平和を受け継いだにもかかわらず、『戦争』へと奔ったのは何故か? それは恩恵だけを授かって責任を果たそうとしなかったからだ! 目先の利益を遺すべき物と勘違いした大馬鹿共が出しゃばったせいで全部台無しになるんだ!」
自分を選ばれた人間だと思う奴は何でも出来ると考える節がある。
ここで勘違いしてはいけないのが『やれる』ではなく、『出来る』だ。
『やれる』というのは際限がまったくない。
肯定と反対のバランスがしっかりしないと、限度というのは意味を成さない。
「欲が人の魂を毒し、憎しみと共に世界を閉鎖し、不幸、惨劇へと俺達を行進させた。さぁ次に犠牲になるのは誰だ? 本来なら一人一人が夢を抱いて明日へと踏み込み、助け合いがお互いの幸福と寄り添って人生というキャンパスに色を彩らせていく筈だった子供達だ! 愛を奪い、健康を奪い、夢を奪い、強欲な大人達は遂には命をも奪い去っていく。こんな姿を俺達は「しょうがない」、「別に珍しくない」と見て見ぬ振りをして強要を始める。違和感を感じなくなるというのがどれ程恐ろしい事かも理解せずにッ!」
上が下を引っ張っていく――。
上が間違った道を進むならば下は拒むのが正解。
だが、ここで『身分』・『権力』という拘束を加えるなら話は別。
引っ張られるのではなく、押し込まれると言った方が正しい先導方法。
さながら羊飼いの牧羊犬だ。スピードだけを望み、薄情さを特性とする躾を施される。
「いつから人は恥や外見を気にして生き様を誇らなくなった? 自分を貫くという大切さを見出さなくなった? それは貧富の瞭分化が始まったかもしれない、現実の厳しさに打ちひしがれたからやもしれない。挙げるだけでもキリが無いくらい理由は付けられてしまう。これを生み出したのもいつだって過去から現代にまで至ってきた俺達大人だ。だからこそ間違えてはいけないんだ! もう守るために壊す時代を終わりにしないと取り返しが付かなくなってしまう。分かっていながら馬鹿を繰り返す真似はもう止めろ。いつまでも下らない姿を子供に晒す真似なんざするんじゃねぇ! 自己中の集まりでしかないんだったら政治なんざ止めちまえッ! この《ピ――――ッ!!》がッ!!」
このままだと、預言云々の問題以前にホドやフェレスと同じような真似をする。
いや、更に過激さを増していくだろうな。
マルクトという国の末が幻視出来る気がした。
いつの間にかマルクト兵が俺を囲うようにして立ち塞がった。
槍やら剣やらと多種の武器が俺に向けられている。
「…シュヴェールよ、そなたは愚か者だ。そのような眉唾な理念を貫こうとはせずに余に従うべきであったな」
「――従う? そうして従ったとある伯爵様を五年前に領地もろとも滅ぼしたのはどこの誰でしょうか?」
「何…そなた、もしやホドの――ッ!?」
「惜しいな、正確にはフェレス島の生き残りだ。だが当時、俺はホドにいた。そこで直にお宅らのやり方を見てきた人間さ。知られてはまずそうな物ばかりをしっかりとな!」
「――その者を殺せ! 国家に仇なす反逆者だ!」
沈黙は金なり――証拠隠滅が主流ってか。
――上等!
「悪いが俺はまだまだ死ぬわけにはいかないんでね。さっそくだがこのまま――」
左腕にカモフラージュしておいたワイヤーガンが発射され、アンカーフックが宮殿の天井に突き刺さる
「退場といこうか」
ワイヤーが巻き戻され、俺は瞬時に天井へと張り付いた。
飛びつく筈だったマルクト兵達は全員が首を上に向けている。
「と、飛んだ!?」
「慌てるな! すぐさま出口を固めろ!」
「逃がすな! 皇帝陛下の御前だぞ」
そのまま玉座の後ろにある意向を凝らした蒼い窓枠の窓ガラスを蹴破った。
マルクト最強の警備網を誇るグランコクマの脱走劇が今始まった。