深淵の異端者   作:Jastice

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第31話 プロの追跡者から逃げ切るにはSEALs並の体力と技術が最低限必要とされているんだってさ

 ぐるりと丸く水道橋に囲まれ、そこを流れる水が滝のように流れ落ち、あるいは壁のように逆流している。

 譜業の盛んなキムラスカと相反し、固定式の譜術を所々に施して海上に浮かぶ街を顕現する水上の街――グランコクマ。

 建築物もまた、蒼と白を強調して外観のイメージを損なわぬ芸術性に満ち溢れ、清涼とした景色には趣が感じられる。

 キムラスカの首都バチカルと並んで『観光するならどこがいい?』ランキングで上位に位置するこの美しい街にて俺は今、

 

「うぉッ! あっぶねぇッ!?」

 

 乱発する譜術による嵐の中、丈夫な建築物のカウンターを背に肝を冷やしていた。

 内装から察するにどうやら酒場のようだ。

 ちなみに、ここの店主さんは風の中級譜術――ターピュランスと共に窓から突っ込んできた時にて即座に裏口から脱出済み。

 

 ――いやぁ、スンマセン…。

 

 礼儀としては弁償するのが誠意なんだろうが、生憎そういう考えを持つ余裕がない。

 ケースから秘密の開け方をして麻酔銃を取り出し、懐に入れながら心の中で店主さんに謝罪を申し上げた

 

「譜術大国とは言ったが、譜術士多過ぎだ! オーバーキルする気満々だろ!?」

 

 相も変わらず、マルクト兵達の譜術は絶え間なく放たれていく。

 だが恐らくこの攻撃は牽制。俺の足を塞いで裏口から接近戦のプロを送り込む魂胆だろう。

 聴覚が麻痺する程の轟音を発する譜術の攻撃に紛れ、微かに床から伝わる反響音。

 足跡が近づいているな。

 

「やばいな…確実に追い込んできているな」

 

 早く次の手を考えないと完璧に『詰み』だ。

 多少の焦りを胸に俺は持ち主の不在な棚に並ぶ酒類を流し見した。

 ここで目に入ったのがウォッカ。

 

 ――…こいつは使えそうだ。

 

 運悪く譜術で粉砕し、内容物の酒で水浸しになった棚から無事な状態であるウォッカの瓶を手に取り、コルク栓を引き抜いた。

 試しに一口。

 

「んくッ…かぁー効くなぁーッ!」

 

 結構きつめの度数物だ。

 値段も結構張るだろう。

 リッチで滑らかな味わいと芳醇なフルボディテイスト。

 舌に残る味わいを名残惜しみながらも、コルク栓を抜いた瓶口にそこら辺のナプキンを詰め込んでいく。

 少し部分を残し、外に出た部分にもウォッカを湿らすよう逆さに向けて準備完了。

 

 同時に裏口が勢いよく開かれた。

 武装したマルクト兵が雪崩れ込もうとする――そこを突いて先ほどのウォッカ瓶を彼らへ向けて投げると次の瞬間、

 

「炸裂する力よ、《エナジーブラスト》!!」

 

 エナジーブラストを詠唱。

 純粋な音素の爆発には熱を伴う。

 するとウォッカ瓶は雪崩れ込もうとするマルクト兵達の目前にて、内容物に火を帯びながら空中で撒き散らされた。

 

 ここからは阿鼻叫喚。

 鎧に付着したウォッカの量だけ火炎は猛々しく燃え盛る。

 マルクト兵達の中には急いで鎧や服を脱ぎ捨てようとする者が出る始末。

 

「荒れ狂いし濁流よ、《スプラッシュ》!!」

 

 俺はその隙を見逃さない。

 雪崩れ込んできたマルクト兵達を押し返すように強烈な水の奔流が裏口向けて放つや、まるで水洗トイレのように一気に彼らは外へと水ごと流れていった。

 

「よし!」

 

 後から俺も裏口を通っていく。

 出た先には巨大な水溜りにて倒れこんだり、立ち尽くしたりするマルクト兵が大勢だ。

 これを無視してワイヤーガンを発射、地の利となる建物の屋根に移動した。

 

「あそこだ、見失うな!」

「全部隊、構え!!」

 

 ワイヤーが巻き戻される合間にも飛び交う譜術。

 着弾点と速度を正確に計算しなければ俺という的には当たらないだろう。

 

 マルクト兵達が放って来た風の譜術によって出来たFOFへと入り込む。

 今だ漂う風の音素をフォンスロットに取り込み、今から使う水の上級譜術――セイントバブルに補填していく。

 反発し続ける力に形を成していき、詠唱を紡いだ。

 

「聖なる意思よ――」

 

 想像(イメージ)するのは怒れる雷神の猛撃。

 

 空に三重もの譜陣を描いていき、秘めたる力を充電していき――。

 

「我が仇名す敵を討て――」

 

 一気に放出する!

 

「≪ディバインセイバー≫!!」

 

 プラズマと呼ばれる物をご存じだろうか?

 気体、固体、液体に次ぐ第四の状態とも言われる物質だ

 その正体は色々あるが、一般的には極限にまで圧縮・真空にした空間上にある気体の原子で中性子が分離し、正イオンと負電子が自由に拡散する――つまり電離した気体の事を指す。

 

 ディバインセイバーはいわば『プラズマ』を収束・圧縮の力に適した第四音素で固定化し、稲妻のように降り注がせるのが抜本的な原理。

 簡単な話としては風が電気、水が電線の役割を持たせた巨大な音譜の塊って訳だ。

 聖なる稲妻が容赦なく、マルクト兵ごとグランコクマの石床を穿っていった。

 

「ぐあぁぁぁぁッ!!」

「退け! 退くんだ!」

「た、助けてくれえぇぇぇ――ッ!!」

 

 よし、ひとまず攻撃が止まった。

 

 今の内に…。

 

「終りの安らぎを与えよ、≪フレイムバースト≫!!」

「――――ッ!?」

 

 第二音素の譜術!

 嘘だろ、フレイムバーストは中級譜術の筈!?

 なのに…何だこの威力は! 上級譜術――エクスプロード並じゃないか!?

 

 まずい、このまま直撃したら…。

 くッ、応戦するしかあるまい。

 

「具現せよ、敵を滅ぼす神の雫よ、≪セイントバブル≫!!」

 

 数多の水塊が具現化し、炎の奔流へと急速に向かっていく。

 炎と水――対反する属性の譜術。

 相殺されると共に周りに向かい風を撒き散らした。

 

「ちぃ…ッ!」

 

 崩壊していく屋根から瓦礫を伝って地面に降り立った。

 あのまま上にいたら狙い撃ちされると感じたからだった。

 

 そして、目の前の男に視線を向ける。

 

「これはこれは中々…譜術においても腕前をお持ちで、私も些か驚きました」

「…こちらのセリフですよ。少佐殿」

 

 俺の渾身の力を込めた上級譜術を中級一発で押しのけるとは…。

 そうだ、この男を忘れていた。

 

 天才譜術士――ジェイド・カーティス。

 

 この男はまずい。先ほどの譜術による応戦で一瞬にして悟った。

 今の俺ではこの男には勝てない。

 無理に戦おうとするとたちまちやられる。

 俺は逃げに徹する事に決めた。

 

「おや、どちらへ行かれるんですか?」

 

 カーティス少佐からフォンスロットの昂りを感じた次の瞬間、俺の後方に第五音素の譜陣が現れるや、大地の牙が突き立った。

 

「無詠唱によるロックブレイクだと!?」

 

 ――逃げ道を塞がれた!

 

 しかも俺の無詠唱譜術より遙かに練度が高い。

 ここまで高みをいくか…ジェイド・カーティス!

 

「…譜眼か」

「その通り、譜眼は自身の限界値を凌駕するための強化型フォンスロットとして作り変える技術です。凡人が扱おうとすると視神経を通して脳神経が焼き切れる程の負担が生じますが、上手く扱えればこんな芸当も簡単な物です」

「おいおい、なんつー反則な技術だな」

「発案した私にとっては便利この上無い代物ですよ♪」

 

 ――えぇい! そんな笑顔で言われてもこっちが困る!

 

「…少佐殿。言っても無駄とは思いますが、見逃してくれませんかね?」

「駄目です♪ 貴方を処刑ないしは拘束しろとのご命令が下されてますので」

「やっぱりですか…俺捕まったら具体的にどうなるか一応教えてくれませんか?」

「そうですねぇ――基本このまま処刑コース一直線ですが、貴方の意思次第では良くて牢獄の中で強制的に研究を行わされるか、拷問して貴方の医学知識を洗いざらい全て吐いてもらう事になるでしょうね」

「Hell or hell!? 酷いですねおいッ!?」

「そのヘルオァヘルがどういう意味だか知りませんが、暗い人生が待ち構えているのは確かですねぇ」

「絶望した! これからの人生に絶望した!」

「だったらあんな事を初めからなさらなければ良かったでしょうに…。ちなみに捕えられましたら、拷問係は私でお願いさせてもらうつもりです、貴方の医学知識という新しい知識を得れて拷問も楽しめるという一石二鳥ですから♪」

「鬼! 悪魔! 陰険! 鬼畜! ホモの標的!!」

「…最後の言葉については間違いである事を後にて貴方の身体で直に教え込んでさしあげましょう。えぇ、特にじっくりと――」

 

 やっべぇ、思わず毒吐いちゃったよ!?

 しかも少佐殿の堪忍袋クリーンヒット、青筋浮かべてるしな!

 

「唸れ烈風、大気の刃よ、斬り刻め、≪ターピュランス≫!!」

 

 烈風とは形容しがたい風の渦が俺へと迫って来る。

 

「うおぉぉぉッ!? ちょッ、こんなもん烈風じゃねぇよ! むしろ竜巻の間違いだろうが!」

 

 服の一部がざんばらになるまで切り刻まれたぞ!?

 かなり譜を込めて放ちやがる、あの男!

 

 しょうがねぇッ! 弾は少ないから出来るだけ使いたくなかったが、ここで贅沢は言ってはいられねぇッ!

 

 ――ここは麻酔銃だ!

 

 現時点、麻酔弾は全部で22発――アルミニウム製の超小型注射器に原液を約1~2ml詰め込んである。

 一度、体内に薬液が入れば半気管等が麻痺してその後には強烈な眠気に襲われる。

 数十分はまともに立てなくなるだろう。

 

「おや、それは譜銃ですか? ずいぶん珍しい物を――」

 

 余裕こいてんのも今の内だ、喰らいやがれ!

 

 そうして、ガスの破裂音が響き渡る。

 

「む――ッ!?」

 

 カーティス少佐の胸へと吸い込まれるはずだった小型注射器。

 それはカーティス少佐の手元にいきなり現れた槍によって弾かれる。

 

「んなぁッ!?」

 

 なんだそりゃ!? 手品か何かか!?

 しかもタイミングよくこんな小さい物を見切るとは、どんな動体視力してんだよ!

 くそ、弾は無駄にできないっていうのに!

 

 カーティス少佐は槍から零れ落ちた小型注射器の残骸を凝視していた。

 

「これは――何とも珍しい弾の形をしてますね? 音素の塊を打ち出す型ではないという事ですか。ほぉ、なるほど…これは敵に当たると同時に弾の内側にある内容物を注入する仕組みですか…いやはや、攻撃方法も変わっているとは恐れ入りますよ」

「げぇ…ッ!?」

 

 おまけに麻酔銃について解析しやがった。殆ど合ってるのがおぞましい。

 あの様子じゃ続けても同じように避けられるのがオチか。

 

 どうする、奥の手はあるが、勘の鋭い相手の事だ。

 主力となる狙撃譜銃は組み立てる暇がなかったから未だにケースの中。

 

 考えろ、考えろ…。

 

「どうしましたか? 観念して大人しく拘束される気になりましたか?」

「…………」

 

 戦場では迷った奴から死んでいくとどこかで聞いたな。

 だったら思いっきりも必要だ。

 

 俺はカーティス少佐の提案に『否』と答えるように麻酔銃を発射する。

 想定していた通り、これもまた簡単に避けられる。

 

「あーあ…これ高くてまだ試作段階だったんだがな……」

 

 一体多数を想定してクロードに作ってもらった武器。

 希少な第六譜石をふんだんに使っているため、財布が出血大サービスを起こす代物だが、命には代えられない。

 隠していた袖から手元に取り寄せ、薬瓶を片手で開けるようにして栓を抜く。

 

「それは…爆弾ッ!?」

 

 ――残念、外れだ。

 

 カーティス少佐が無詠唱譜術を放つ前に『それ』は俺の手元から放たれた。

 それからすぐにエナジーブラストが俺の右肩で爆発。

 

「うぐぅッ!」

 

 痛みに我慢しながら、俺が咄嗟に取った行動。それは――。

 

 

 頭を伏せて身を屈める事だった。

 

 

 閃光が一面を覆い尽くす。

 まばゆい光が無慈悲にも網膜を焼き付け、視力を一時的に奪う代物。

 

 クロード印の『閃光弾』――そのお値段なんと50000G!!

 

 お蔭で購入後その月での朝食はパンの耳でした…。

 

「獲ったぁッ!」

 

 右肩の痛みに耐えつつ、利き腕でない左手で麻酔銃を発射。

 

 一発、二発、三発と残弾を気にせずカーティス少佐へと撃ち込んだ。

 

「しまっ――ッ!?」

 

 慌てて防ごうとしているがもう遅い。

 右大腿部、左胸部、腹部と鋭い注射針がカーティス少佐の軍服を貫いて突き刺さった。

 

 それを確認し終えるや、俺はその隙をついて急いで逃げ出すようにしてワイヤーガンを発射してこの場から離脱した。

 途中でケースを回収するのも忘れずに、だ。

 

「逃がしませんよ! ぅ…くっ……ッ!?」

 

 カーティス少佐が飛び去る俺へと手を向けて譜術を放とうとしたが、身体の様子がおかしい。

 よしよし、麻酔がしっかり効き始めたか…。

 

「油断…しました…か……」

「カーティス少佐!?」

 

 その場にて崩れ落ちたカーティス少佐を気にして何人かの兵士が駆け寄ってきている

 

「へへ、一杯喰わせてやったぜ…」

 

 出し抜いてやった…出し抜いてやったぞ……。

 あのジェイド・カーティスに!

 俺は密かな興奮を覚えつつあったが、この脱走はまだ終わってない事を思い出し、再び冷静さを取り戻した。

 

 

 

「ここの港は使えないとなると…別の港を使う他ないか……」

 

 一度街の出口付近にて物陰に隠れながら今後の脱出プランを練る。

 

「カイツールか…いや、伝書鳩で連絡を既に取られているかもしれない。となると、テオルの森を越えて……」

 

 あそこにおける軍の守りはグランコクマに次いで堅いと言われてるが、森に入れば食料や水が確保出来るようになる。

 

 ――なら決まりだ。

 

「テオルの森で持久戦と持ち込むか」

 

 軍の捜索が緩まるのを待つしか手はない。

 前世における紛争地での医療活動上、サバイバルの経験は少し持っている。

 この世界での食物は薬草関連で大体覚えているからな

 

「先ずはそこを目指そう。ここはそろそろまずい」

 

 良く付近を見渡すと、追手のマルクト兵達がだいぶ近づいてきている。

 俺の痕跡を綿密に辿っているという証拠だろう。

 優秀な軍程追われる側にとって怖い物はない。

 

 

 目指すはテオルの森――。

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